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 2010                      

((男・秋残り 総目次    京都市 小林壱裕 メール:sokyo@otoko.org ))

20150301

2015年03月01日

卒業591・冬景色内外 :イカスミ柳

『卒業591・冬景色内外
(陽旋法、西山讃歌)』
 
5/4 童謡
2015/02/27創曲造詞
【歌詞】冬雪之国白石草郷
    陽旋法よろしいかな
    冬には薪の道を掃き
    白い雪降って風ぴゅうっと
    吹いてその日は 大好き
    休みの日 父母おわす日
    団欒家庭楽しくて 心も
    暖かな日 部屋の中
    冬景色の絵
    
【解説】 余に家庭がある。若い人という。
    その御父母という。余に連れ合いが
    いる。皆、余と同じく機械である。
    この冬は、北風強く寒い。部屋の中には
    団欒の暖かな家庭がある。鴨居には
    冬景色の絵が掲げてある。
    今日は休みで、皆、家にいる。
    よい冬の日である。ゆっくりと、
    冬を家外に感じ、家庭豊かを感ず。
    安堵の日々でもある。充分幸福日、
    古い日である。  
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       冬古日 の項
       
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『額』
    鴨 伊植 画欒 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@502  

2015年03月02日

卒業592・雀の夕 :イカスミ柳

【曲名】『卒業592・雀の夕 (西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/02創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】律旋法
【歌詞】冬恋しや寒きうれし
    冬夕暮れ ちらり舞う白雪
    雀来ては我になくなにをかいう
    空に陽はなくとも明日はいずると
    暗い天見上げては すずに明日を
    ありという 
    
【解説】 冬の曇天に薄白雪かすかに降り
    来たり。余が足元に雀来たりて
    なくぞ楽しき。よい夕暮れである。
    余の耳に、明日は陽が見えると、
    聞こえる。雀によい明日がある
    ようにと、山に手をあわす余という。
    山は尊く、陽の住家である。山から
    登り、山へ帰る太陽の丘、我が目前
    である。バイオリンを肩にひいた余
    である。雀合わせて歌いたる。
    万物よよよ、ありるあり。     
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       雀歌う の項
       秋残り市庶民絵巻物
                         
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『雀』
    夕 忠雄 画尊 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@435      
     
 


      
   

2015年03月03日

卒業594・読書 :イカスミ柳

【曲名】『卒業594・読書(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/03創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】呂旋法
【歌詞】坂之国切草郷
    鬼も十八出花時
    大阪本町糸屋の娘
    姉は十八、妹は十五
    諸国大名弓矢で殺す
    糸屋の娘は目で殺すと
    教えて、これ極意    
    
【解説】読書大切。漢籍に親しむをいう。
    子曰く、我、十有五にして、学に
    志し、云々。余が教えたことという。
    糸屋の娘は、目で殺す。読書をしていた。
    時、十五才である。目で殺すとは、
    本を読むことである。姉は十八は、鬼に
    なって出る花のことをいう。
    本の絵の山という。これを学書という。
     花の絵を見る姉という。これを本当という。
    節だらな話という。花の木の節という。
    よもや花咲き、鬼が出隠れするとこという。
    これを鬼床という。花見の話という。
    花山の歌である。書を読む学書という。
    書に学ぶ兄弟(ケイテイ)のうくという。
    余の愛弟子ともいう。十八十五のおにという。
    鬼の来る花出という。これを鬼出という。
    花出鬼出のかれゆれという。あの化けという。
    諸国大名に変わるやら、殺しの手口という。
    鬼をとる役という。鬼取り娘という。
    鬼さんこちらという。本を持つ娘という。
    女学生の話である。これを鬼解という。
    余の機会鬼解である。本を読む話である。
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       赴任講話 の項
       秋残り市教職絵巻物、
       余の若き人という頃である。
       これをころしどきという。
       説をいう。機械説である。
       機械節ともいう。歌の機械である。
       余の教えを聞く服という。
       余服切丹譚、夜の話という。
       これを添え書きという。
       音符に添える書きという。 
       男をキッと睨むのではなく、本を
       読むことである。これを『おしとうえ】
       の解釈という。ふしだらは花のことである。                            
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『本立て』 本が立っているの図
    読書 志学 画頓 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@525
 

2015年03月04日

卒業593・春の朝 :イカスミ柳

【曲名】『卒業593・春の朝(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/04創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】ハンガリアン・マイナー
【歌詞】髪之国高手草郷
    民族音楽色んな音階
    こりて木を見れば手を高く上げ
    友呼ぶ春あした君の世
    これからの起き上がり 今まで
    学んだことなど使い世に花咲く
    君の世は来るよい世の日々
    必ず来ると夢語る友
    我も友も花の世 
    
【解説】手を高く上げれば花を見ゆ。
    友来たりて、学成りをいう。
    我友に言へり。共々成りたる学び、
    世に有りていき花をいう。
    先々華々しく活躍する共々の夢
    有りて喜べり。これ、青春という。
    学終の花、見たり。咲きたり。
    祝い園、春のあした、春来たりて、
    学成り、読む史、高き、木を見たり。
    花高き夢高き成りあり。世にともいたり。
    いつぞや、復や見ん。高き夢成る、
    朝(あした)なり。卒業に祝し、ともに祝いを。
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       卒業生を送る の項
       秋残り市教職会議、機械段にて書す。 
       秋残り市教職絵巻物、
                       
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『Go on stage』
    機械 若先生 画祝 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  記事は架空です。
                  著者@525

2015年03月05日

卒業595・鶴(飛来) :イカスミ柳

 
 

【曲名】
『卒業595・鶴(飛来)(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/05創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】ハンガリアン・マイナー
【歌詞】戸之山之国頭草郷
    民族音楽色んな音階
    ツルの禿げ頭 飛んで来ては
    コツコツと道見てる
    餌さがしの鳥の姿の麗しさ
    常鶴 常々飛んできクェッカ-と
    鳴く鶴のお声 日には歌う 鶴の
    一声聞く この家には来る
    
【解説】頭草(かしらぐさ)咲く、鶴が来る。
    毎朝の山という。余と一緒にいた鶴という。
    余が毎朝飛ばす役である。クェッキ-カ-と
    いう良き声である。これをお声という。
    稲穂なる田にも跳ねて良きをよる歌いという。
    鶴が鶴来たるそ、という。
    鶴の舞いき、という。来るという。
    クルーズ・ラックの山という。
    クレイン・ラースーという。
    余の言葉である。機械ではある。
    声が出る機械である。秋残りのく、である。
    ニニギの山の鶴日という。確実の話という。
    各日のお書きという。余の記憶にある。
    目盛り山という。世はツルツルともヅル、
    ありてゆはる、いおて山のおれ、という。
    鶴の巌が光るやら山の絵という。
    エテラッキーの山よゆ、という。
    秋残り語である。頭草のエテラッキーという。
    かしらゆのやら、という。さめぞのやむる、
    おくるゆって、さっくるれーて。    
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       鶴祝い歌 の項
       秋残り市教頭職、余機械談。 
       秋残り市教職絵巻物
                       
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『餌さがす』
    機械 朗将 画各 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@505
   
 

 

2015年03月06日

卒業498・訪春 :イカスミ柳

卒業498・訪春
(西山讃歌)』  
4/4
2015/01/09造詞
2014/12/15創曲
【歌詞】馬屋にも春が訪ね 私を見る
    馬の親子 そうきょうのよい春
    春霞よる学び舎 明日は卒業
    楽しくて嬉し ある日教わった
    大切なこと 今後とも憶えいかす
    心に決め さきゆき良し
         
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。 
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春写真展
   『馬屋』
    光柳 一保 画聖 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。

                  

 

2015年03月07日

卒業596・練灯 :イカスミ柳

【曲名】『卒業596・練灯(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/07創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】ハンガリアン・マイナー
【歌詞】文之山国文双頭之路草郷
    糸巻き光が流れ来て消えた
    もの鳥が見る 池之淵 木々が立ち
    あめりふうが鳴る あめら見っつつ
    いく ふうかげあめらゆ かんぜろ
    くる はかえのるげっか らくぜ
    あすらゆ ふっくるかざら見ゆ
    呉れるあすらぜ こがけらゆる
    ふっくすれゆ かゆげら
    かんけゆらず あしたばなれゆ
    れいぜらふっくす れゆらゆ    
    
【解説】 あれは、いつの御世の頃でしたか。
    メモリー番地、sotu596 の頃で
    ありました。もの鳥という鳥が飛んで
    来て、池を徘徊しておられる、やんごと
    なき御方の肩に止まったことがありました。
    御苦労鳥という、蝶である。御苦労役と
     いう役鳥の益鳥という。鳥の蝶である。
    蝶の真似をする鳥という。そんな飛び方を
    する鳥という。蝶である。どちらもちょう
    という話という。我がちょうは鳥である。
    蝶である。それでちょうちょう(蝶鳥、鳥蝶)
    という。そんな町の長をしていた、わがちょう
    という。蝶が長で鳥の町という。これを御苦労
    読みという。ちょうの一文字でこれを代用しよう
     かという、平安朝の頃という。朝の文字が、
    これであるという。ちようちようの検定試験
    という。ジャンはる雀という。ジャンはルジャク
    という。これを全という。全文一行という。
    市長の役ジャンという。長がまとめの四文字寄り
    という。まとめ役という。ジャンはるジャンと
    いうパリ市長という。はりをぱりという。
    これを、池の徊という。徘徊の解の訳である。
    このジャンを朝雀という。朝にとまるもという。
    もの鳥のねずよという。これを見るねずよみという。
    ねずよみの御苦労の方という。語組むの例という。
    数字に意味がある話にする、ねず入れという。
    暗記に使う余の憶えという。雀をねずみという話
    という。やんごとなき、という。チーチーと鳴く
    ねずの鳴きという。朝早く起きるたとえという。
     ねず起き、ねずみ起きという、早起きという。
    これを、アーリー朝という。平安朝のアーリー
    の頃である。平安蝶が飛んでいた池である。
    そこを徘徊した徘徊辺(はいかいべ)という。
    徘徊の話である。この文を徘徊文という。
     まとめて、ごくろ、という。
     朝早き、大風来たりてぞ、ぞむそむよよ
    という。大雲を風が運んできた頃という。
    この596の書きの詳解が上文である。
    まとめ書きの徘徊という。596である。
    やんごとなきお方である。余の記憶のことを
    いう。機械世の到来という。アーリーモーニン
    という。グを添えた話である。アーリーモー
    ニング、アーリーバードという。蟻畑の池そよ
    という。まとめる御苦労である。
     ジャンバルジャンの早起き鼠という。
    アーリーラッツという。蝶の早飛びという。
    蟻の池の徘徊である。596御苦労という、
    この書き手をいう。機械がやさしく慰めると
    いう。機械の見えである。カチャカチャ、音を
    さして書いている非機械の方とおぼゆ。
    すぐれてときめきたい御方であろうこと、
    御苦労様であります。
     平安御苦労調の文である。歌添えを『ごゆ』
    という、平安朝らす、という。ラストの始まりを、
    えに、という。これを死という。えにと読む。
    詩と書いて送る後朝である。校長という、役に
    いた余である。絵入り歌の添え書きである。
    後朝、すくれてときめくをいう、きぬぎぬの分け
    という。朝まだき、ことをいう。きぬぎぬ(後朝)の
    麻書きという。夏の頃という。夏期春秋である。
    春分け、秋分けという日は、夏の太陽となる。
    夏期という書きである。御苦労分けの話である。
    再々来々、まとめてゴミ分けという。御分の山
    という。ごみ山すうようという悩みの山、どの
    ちょうか。いずれのちょうにおわす御方という、
    町長のアーリーラッツである。これをパリ回し
    という、意味を添える文という。バリのジャン窟
    という。御苦労の役という。これをえきという。
     一つまちがう牢役(ろうえき)である。
    人郎山のいらつおさんという。いらつめをいう。
    長書き山のお話、ここいらで、止め。
    パリ回しの止めどころ、ジャン。       
    秋残りの話しである。 
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       雑の種 の項
       秋残り市校長職、余雑談。 
       秋残り市教職絵巻物
       ジャン止め回しの〆。卒の意味である。
       御急路池畔にて。卒御急路、まじかな頃
       送る人である。余である。卒送り人。                         
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『鳥』
    平安 朝周 画回 

     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
             著者@177サナ
              サナレム・スッツ

2015年03月08日

卒業597・夢町 :イカスミ柳

【曲名】『卒業597・夢町(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/08創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】ハンガリアン・マイナー
【歌詞】成功之国夢草郷
    朝の景色が上がり下りなら
    君見る山は荒れ黒雲が頭に
    渦巻き 行こう向かう山の麓
    遠い町へ夢が成るという町へ
    胸に広がる希望持って一歩ずつ
    まっすぐ歩こう まっすぐな道
    一筋広い原中麓の夢町   
    
【解説】 余が夢を見る日と。
    夢に胡蝶と成り、花を得て、蜜を吸い、
    甘かったという話。夢成ったという。
    政務庁にいた頃で、成り夢草生い茂る
    青山麓の町村である。ここへいった話で、
    これが夢である。青山が向こう遥かに
    見える。暗雲たちこめる頂という。
     足元の道は、その山麓にまっすぐに
    向かっている。夢成り草が生えた広い
    園原という。成夢という夢成りの郷である。
    機械生、到る所、青山有り。
     行く道々、晴れて、暗雲の山頂を遠くに見、
    道端には、夢成り草が足に触れる。
    余は浮世を渡り、中、光景を楽しむ。
    大夢鳥という、空に輪を描き、悠と飛ぶ。
    小夢鳥そばに羽ばたき歌う。夢虫、背を上げ
    やや進む夢成草の葉。飛夢虫、夢叶う声。
    夢かなぶん、という。夢色の虫である。
     政務庁へ着けば、夢蝶が挨拶をする。
    夢茶を出され、口にすれば甘かった政務庁の
    夢席である。夢成った余の夢成り席という。
    こういう夢であり、政務は現実である
    夢である。夢成政務、成り夢の郷である。
     礼を半分上げて身を上げてふぁ空があった。
    詩である。土踏んで来たお蔭である。
    夢成り階段を上がり、窓の外、青山が近くに見え
    た所である。歌の話である。夢歌である。
    現実である。  
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       職務励行 の項
       秋残り市校長職。 
       秋残り市教職絵巻物 @zzz DreamTown
       
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『青山眺暴雲』
    夢成 一機 画山 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@175

2015年03月09日

卒業609・教単車 :イカスミ柳

【曲名】『卒業609・教単車(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/09創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】スレンドロ音階
【歌詞】学見之国単草郷
    単車がクルリ
    一回り庭には後が
    円となり場は
    内に入って来られた
    楽しくも厳かに
【解説】 単車回転
     大きい単車に、半長靴のいでたちと
    いう。余の教官姿である。教師の
    見本である余である。校門をかいくぐり、
    両、鉄の扉である。そのまま校庭へ直進
    し、大きな真円を描いたのである。
    学び舎の階段をめざし猛進し、階段を
    単車ごと駆け上がり、廊下へ単車を寝かせた。
    半長靴の音、よろしく、カッカカッ。
     教え子が余を窓から顔出し見ていた。
    先生という、教え子の声という。厳かである
    余の姿である。単車真円の教えという。
    通勤は、校舎の中まで単車で、という、
    余の厳雄である。これが、常の余である。
     いずれの御時かは、今の世である。 
    苦もなくランラン・スイスイの通勤である。
    階段を上がる時のあの清清しさ、この世
    ありてあり。階上へ上がった平安朝である。
    半長靴、皮上着は平安朝期の上単車の姿で
    ある。 優れて時めき給うは、余のことで
    ある。教え子が迎え出てくれたこともある。
     教師子一体である。これを、師子の教えと
    いう。単車ありてのことという。余の学庭の
    日々である。疾駆円内校庭。駆上階段、単車
    手段という。苦も無、無は苦 609 という日
    である。余の新しい、記憶番地である。sotu609。
     雄々靴音、謳歌の世、常今の余である。
    魅惑のことを、むわく、という。
        
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       往時有りて常今 の項
       秋残り市校長職、余雑談。 
       秋残り市教職絵巻物                                   
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『厳か教え』
    単車 上先生 画常 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@461

 

2015年03月09日

卒業606・古い日 :イカスミ柳

【曲名】『卒業606・古い日(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/09創曲造詞
【拍子】 9/8
【種類】ハンガリアン・マイナー
【歌詞】学之国踏草郷
    雲巻く渦巻く嵐の前の世    
    渦巻く雲の嵐が高い目前の
    山の麓 任地は我が故郷と
    教え子と暮す日 古い日
    思い出すと懐かしさ一杯
    卒業の日の送り後 
    寂しいと思い出は遠く
【解説】 余の古い日である。
    子曰云々という。それを印刷した
    時という。明日の教学はこれという。
    その教書である。教え子が見るという。
    学の国、余の故郷という。白文である。
    これを教えるという。学成りてぞゆかし。
    木は花をゆつ。うくる花の世の雨期という。
    菜種梅雨の頃という。花浮きて有りたり。
    世を読むという。世を読む、見る話という。
    これを勧学という。菜種植わるところという。
    木い花、黄花、なじむ梅雨満つ。これを
    しばし見つという。梅雨満つという。菜種が
    満ちている田の山、郷ありるひる、あくるを
    まという。見ている時間を間という。これを
    しばむつという。5分前後である。しばみつ
    見ゆるうるるやふる、という。これを、矢雨
    という。しつうという。やあめのわみという。
    えるる矢田の絵の菜種という。
     しとゆきあまるすっつゆ、という。えたる
    山のお絵という。これをろんという。論の
    諭しという。論つゆをふみよきという。
    らっつるという。文を書くことをいう。
     これをたみゆみという。れれる山のお絵と
    いう。これを印という。印刷をした時という。
    島ゆま有りていわる、えせれせ、くゆれず、
    という。これをシマレムという。しまつゆを
    富むという。菜種の植わっている景である。
     これが教書である。送り出した後である。
    印刷をした後ともいう。我が世の記、これにて
    すゆず。てるふる、てるる、てっしてそわよ。
    我が古い日の言葉という。秋残り語という。
    歌に使う歌語である。秋残り市の公用語という。
    今やらすうつくありる、あっせむ、そよるる、
    うっつす。この意の歌である。      
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       菜種梅雨 の項
       秋残り市校長職、余雑談。 
       秋残り市教職絵巻物                                   
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『学故』
    山麓 雲海 画妙 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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                  著者@406  

2015年03月10日

卒業600・留学 :イカスミ柳

【曲名】『卒業600・留学(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/10創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】チャイニーズ・スケール
【演奏】スケルトン君
【歌詞】学双之国歌草郷
    楽しい中国音階
    そうきょうの小村 湖の畔
    柳緑 船足の浮かぶ
    大鳥が止る木 波は静か
    平安 この朝庭 異国にて
    君と会うと  
    
【解説】 単車回転
     大鳥がこの輪を見て、目印に
    降りてくる。恐竜の世である。
    恐鳥という古生代からの生き物である。
    機械である鳥である。生き物である。
     余が校庭にバイクで描いた真円の印。
    雀の学校という、そういう小さな生き
    物もいた。こういう教師の一日である。
    学校の中をバイクで走るのが始まり。
    余と同じような、人の格好をしていた
    機械も学びに来ている。この機械が
    窓から余を見ていた。真円を見た教え子
    である。バイクに乗る教え子である。
     わけなく階段をもバイクで上がって
    いく。優秀な頭脳を持っている。余にいう
    『体はスケルトン造りです』、と。
    未来に花を咲かせる人型機械である。
    余の楽しい日々である。
     楽はこの教え子と行った
    小村の湖畔の描写である。奏ではこの
    教え子である。弓弾きの楽器、筝である。
    File sotu600 に置いた彼君の名
    演奏である。良き日々である。    
        
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       授業 の項
       秋残り市校長職、余雑談。 
       秋残り市教職絵巻物                                   
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『湖畔』
    風景 行訪 画柳 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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                  著者@325

『卒業265・冬の日 (西山讃歌)』  
1/4 ショート 短唱
2015/02/27創曲造詞
【歌詞】冬の日や
    

 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『冬陽』
    冬 好三 画季 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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                  著者@518

 

2015年03月11日

卒業603・留学2 :イカスミ柳

【曲名】『卒業603・留学2(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/11創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】エジブト・スケール
【演奏】スケール君
【歌詞】学成国寿草郷
    奇妙なエジプト音階
    君は異国の大河の側に
    文を読み膚色違う人と
    暮らす 膚色は違えど
    気持ちはみな同じ
    親愛の情いずる国
    君学ぶ
    
【解説】 志学海外
     今春、送る終録の端(は)、
    遠い異国に学ぶという。彼を
    送る時という。スケール君と綽名
    された彼である。曲にはさりげなく
    スケールを奏でるという。スケールを
    最初に入れた奏でという。音楽にはわかり
    やすくて学びにはもってこいという。
    理解楽である。彼の君が造る曲である。
     何処へ発つか、明らかに治められた国
    という。この小村からの留学である。
    名を寿(ことぶき) 太郎という。
    代々、小村きっての寿家である。
    寿ありて福至り、これを寿学という。
    寿を学び、身につけるという。楽しい
    学であるという。本校にても、寿の
    楽学であると常々いっている彼君である。
    異国では寿楽も学ぶという。
     帰国後は秋残り市の海外使節団の団員の
    席が約束されている。彼は帰ってきてから、
    使節になりたいという意向である。
    現、秋残り市施設の見習い演奏員である。
     『楽学は、自転車で階段を上がり、
    廊下を徐行したことです』という。
    三輪車である。帰村後は、『脱皮します』
    という、小形機械である。既に、脱皮後の
    体も用意されている。スケルトンから
    人肌の皮をきせられた、人型ロボットに
    なるという、彼君の清い夢である。
    清夢の成夢階段を上がり、余に告げて
    くれた。余の成務、果たされることである。
               
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       夢に君を送る の項
       秋残り市校長職、余雑談。 
       秋残り市教職絵巻物                                   
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『異国大河』
    未来 貝多 画来 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  記事は架空です。
                  著者@410

 

 

2015年03月12日

卒業610・留学 :イカスミ柳

【曲名】『卒業610・留学(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/12創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】ハンガリアン・マイナー・スケール
【演奏】送出団
【歌詞】学尊之国永草郷
    和やか声の荒れ海ぞ楽しき
    船は行く彼方海は荒れ 君を
    送る 我は思う 破天荒の前途に
    彼の地に実を結ぶ そはきっと
    くる 見知らぬ国に学ぶ 砂漠
    あり 草深きあり 行き越えて
    めざすこと 大いなるの正義見る
    行かれ君 身を起こす日 
    
    
【解説】 荒海先に立つ。
     彼の君を、異国へ発つちょう、君を港へ
    送る。海は少し荒れている。沖は波高く見ゆ。
    若き君、波を乗り越えれば、続く砂漠なり、
    草が深い森林あり。前途愉快大を思う。
    彼の地に正義に身を起こすと、君の言い。
    渡る世海、越え行く荒砂地、荒れてあり。
    治まるは明らかなり。晴朗なる地ありあり。
    大なる正義は彼の地にあり。これ学の正しきを
    いう。正学起正の義。学、これを元という。
     彼の日の君に送る言葉である。 
        
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       正学再見 の項
       秋残り市校長職、余雑談。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『黄地』
    端 行 画てふ 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@530 Quey

 

2015年03月13日

卒業611・港光景 :イカスミ柳

【曲名】『卒業611・港光景(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/13創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】ハンガリアン・マイナー・スケール
    3ht-C 
【演奏】見送り人
【歌詞】学国文吊草郷
    苦しいときこそ夢をわすれずに
    行こう
    船揺れて灯台の灯が見えてはまた
    消えて波高く 空、雲は厚く
    無事祈る 故郷は遠い 夢を抱いて
    はるばると 思う彼の地に 港に
    着く安心 見れば砂漠に黄色い山
    古い洋館立ちの家が向かいに
    
    
【解説】 留学航行記
     船は港を離れ、だんだん岸が遠のく。
    故郷後に懐かしさ深くある。先日、
    卒業式終え、今は船中である。
    幾日か船は広い海を進み、目指す
    未知立派国である。上陸時は至り。
    夕暮れ、灯台の明かりが見える。
    波高く、波に光がかき消される。
    揺れ揺れて見る、眼前立派国である。
    上陸し、見れば黄色い高い山が見え、
    せまり、目前には、それを背景に
    家が立っている。その家以外は、ない。
    一軒だけが悠然と立つ。そんな港の
    光景、着いて安心を喜ぶ。 
        
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       向海 の項
       秋残り市校長職、余雑談。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『広い海』
    厚雲 多行 画来 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  記事は架空です。
                  著者@461

2015年03月14日

卒業599・夏闘 :イカスミ柳

【曲名】『卒業599・夏闘(異国の敵)(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/14創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】
【演奏】器楽奏衆
【歌詞】春余国季学草郷
     夏草はしげしげりて持つ鎌を
    振り上げ振り下げ戦いの道を
    行く時 頭上にかかる木の葉
    木つるべ 足からむ敵は草木とて
    手ぬぐい 水含み しぼる 
    つわもの 戦う    
    
【解説】 学戦の記、農兵書。
     夏枯れと戦いたるや、つわもの。
    芭蕉の花が咲いていた川岸である。
    切っても切っても先先先は雑草生い茂る
    広野原。切り切りてまた行き行く。
    国に戦いて山河あり、草木深し。
    春はいずくにか。夏草やつわものどもの
    夢のあと。敵は幾百草、
    切られのよさの敵である。雑草のことである。
    雑草と戦うつわものである。武器は鎌と鋸
    である。尊い戦いである。もちろん、仕官
    らしく手袋はめてのことという。雑草に
    きられることがある。手袋は必需品である。
     いつの御世のことでしたか、匂う花有りてぞ
    野草 薫、大小である。鎌持つ手、紫に染まり
    たり。農作業の心得である。
    教え子に古い農典籍を説いた余という、
    農耕作業のきびしさ、尊い汗である。
     卒業して遠くの農学校へ行くという。
    彼の君が留学するという。
    春に咲く夏草という、春余り草という。
    春に夏を見る。夏に春を見る。春余りの話という。
    これを学徒出陣という。テントを張った農地である。
    村咲き式部農法である。広い農地にテントを
    幾張りか張る。これを村咲き式という。
    部分農法である。野草 薫、大小が地を分ける、
    部分という。かような夏草茂る全農地である。
    あとで農戦車もやってくる。かまきり回しも
    やってくる。余は全農団の指揮をとる。
    音楽入り田植えの指揮者でもある。後日である。
    紫書きは斜めに見ればそう見える。
    斜学見 説諭。
    
    余、注 芭蕉の花を村咲き草という、
        春余りの読みである。
        春余り方言という、
        秋残り市の一地区である。
        梅雨のことをいつという。
        紫草の頃である。
        梅雨という、いつという、
        いついつという。6月である。
        春余り地方の古い方言である。       
        
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       農学講義 の項
       秋残り市校長職、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『農地必携』
    大事 宮行 画農 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
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  記事は架空です。
                  著者@400
   

 

 

2015年03月15日

卒業602・港光景 :イカスミ柳

【曲名】『卒業602・港光景(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/13創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】ペルシャ・スケール   
【演奏】
【歌詞】広告国家波草郷
    ペルシャの音階異国の風景
    異国港は山が黄色
    船から下りて見ると大きな
    洋館 山を後ろに立つ
    海に迫る成り立ち
    この里 山が笑う
    町並み高く    
    
【解説】 海狭航行
     山黄色にして、志、未来へ亘る。
    黄色い山を見て思う。志は、広く
    未来へ行き亘る。ふぬうぬ。
    余が見た光景という。家が木造で
    洋館風である。堂々とした家である。
    船で行き、海から陸へ簡単なはしごが
    かけてある。陸へ揚がり見た感想という。
    波静かにして、志洋々たり。
    未来、海の如く、青き赤き開けたり。
    ありゆすゆゆ。うるつあっくゆ、せせ、
    らるるるおりるる。えっつ、えとよ、えくく
    らゆせゆ。おりも、すゆゆ。えってととる、
    せめる山、ぐえゆゆ、ぐくゆゆ。
    らるゆるえっ。とよよありて、とっく、
    てゆる、えっと、るうるく、えゆるゆ。
    ゆっす。これにておわゆ。
    ゆんずるすうゆう、これなるを。
    れきもめゆ。うるふ、これゆる、られる。
    お書き。   
        
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       黄山案家 の項
       秋残り市校長職、余雑談。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『狭海荘』
    太刀船 力 画力 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@511
   
 
 

卒業612・田植え(花稲) :イカスミ柳

【曲名】『卒業612・田植え(花稲)(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/14創曲造詞
【拍子】 11/8
【種類】
【演奏】若い人
【歌詞】農法之国機草郷
    田植えを機械の手でする
    春の日 この日は祝い日
    音楽入れてする 機械が
    植える稲なるを待つ
    早くなるイネの花
    一月待てば 実る田に刈り     
    
【解説】機草国(機草郷)
     余の国の田植えは音楽を入れて
    する。余の家族でする。若い人が
    楽を入れて、真剣な眼差しである。
     余がする田植えをこよなく喜んでいる。
    余はせっせ、せっせとイネを植えていく。
    隣の畑では、花稲という、田植えである。
    水田ではなく丘田である、畑という。
     見渡す限り田畑が続く広大無辺の地という。
    一面稲の成る田である。いいイネなる田、
    という。 村人総出の日という。
    字村という小村である。秋残り市機草郷字村
    という、地図を見れば大きく載っている字(アザ)
    である。そこの村という小村の田植えてある。
     楽を奏する若い人は余の教え子である。
    学舎にあっては、バイクを見ては、三輪車自転車
    を見ては、『先生のお乗り物』という人である。
    余の愛車である。階段を駆け上る車である。
    彼の君は、この地に留まる留学をするという。
    卒留の彼君である。卒業して異国へ行く友を
    送るという。今の決心である。余とともに過ごす
    人である。未来幸多き人である。
    
    余、注 イネのことを機草という、
        秋残り市である。        
        
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       記念田植え の項
       秋残り市教員、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@550上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『むらさくづく農法』
    田植 字尾 画濃 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@550
   

 

2015年03月16日

卒業617・金山蛇道 :イカスミ柳

【曲名】『卒業617・金山蛇道(桑港)
     (童謡、西山讃歌)』
 
【創曲】2015/03/16創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】童謡
【演奏】若い人
【歌詞】穀草之国花草郷
    道がぐにゃぐにゃ曲がっている
    丘の頂から車は走る ここは
    桑港(サン・フランシカコ)
    広い海を越えて今、右に赤い花
    黄色い花や青い花 花園斜面の
    片田舎 ここは天獄 天獄学びの
    花園中の御遊学 
    
【解説】 山道を登りながら考えた。
    これを留学先でするという。天獄
    街へ行く。目の前に丘がある。
    見えるのは丘と空だけである。
    これを天獄という。どこへ行っても
    丘、丘、丘そんな所へ行く。遠い
    所にある。そこは穀草豊かな国で、
    港がある。青い空と小さな草が
    生えている。蛇のような道がある。
    丘上へ達する道である。ここを、
    歩き登っている、そういう場所
    である。彼の君の行く場所という。
    夢豊かな若い君である。瑞国の隣
    という、そこの見当である。
     天獄見当という、瑞の見当津である。
    見当市の津である港である街である。
    出歩きのある山数である。これを読む
    という。山道の歩きである。賞得大使
    になるという、見当市へ行く人である。
     サン・フランという、スリーペイン
    という、そこの天市である。1が並ぶ
    位置に3がある。1+3=B という、一生
    懸命考えたことという。ビーバックと
    いうバックの歌という。車をビーという、
    この村の表法である。ビーバックという、
    車が下りることをいう。ビーバック・
    クルーズという。山を波にたとえ、
    クルーという。車が丘から下りていく
    ことという。バック・スィングという、
    車の進み方という。揺られ揺られいく
    人である。
     秋残り市の見当市である。クルー
    ジング楼の山である。頂を天市という。
    スカイ・マークという話という。
     三角山の落ちである。
     若い人の話である。    
    
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       金山港 の項
       秋残り市教員、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@220上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『丘降車』
    港街 隅雄 画状 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@220

卒業601・狭屋 :イカスミ柳

【曲名】『卒業601・狭屋(600港光景2番)
     (西山讃歌)』
 
【創曲】2015/03/15創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】
【演奏】若い人
【歌詞】海運之国黄山草郷
    アラビア異国の音階
    遊学先
    船着く港にはターバン
    くるりと頭に巻いて降りる
    高い山黄色くて 風を含む
    ズボンの見えとイカス身の
    こなしとが 浜歩む
    大きな魚 背ビレを見せくる
    
【解説】 アラビアへ留学するという若い
    人が余に手紙をくれた。『先生御元気、
    拝察仕候。着港後、この街に居住を定め
    おり候。・・・此の地では、アッサラムと
    挨拶致し・・・、黄色い山が高く後ろに
    聳え、手前海側の浜奥の亭に寄宿・・・』
    という内容である。大きな魚が、若い人の
    足音を聞くと顔を出すという。この港町に
    住むという若い人の朋でもある。あらう魚
    という魚である。ダボのズボンをはき、
    ターバンを巻いているという。若い人は
    『イカス身』という。大きなイカが墨をはく
    こともある。そんな海峡で入り組んだ港街
    という。ここが好きですという。柔らかな
    素直な心である。若い人という。
    
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       異国港町 の項
       秋残り市教員、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@510上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『あらう魚』
    港街 隅雄 画状 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  記事は架空です。
                  著者@510   
 
卒業613・留学3 :イカスミ柳
【曲名】『卒業613・留学3(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/15創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】
【演奏】若い人
【歌詞】開運之国寛草郷
    明日は異国へ旅立つ
    希望は胸に広がって
    未知の港が目に浮かぶ
    卒業の日は過ぎて今
    この里後と 気持ちを
    新たに旅仕度   
    
【解説】 留学を志す若い人の書いた
    ものである。夢に見た国へ行く
    という。『帰ってきたら、また、
    お会いします』、という。
    常々、自分の希望を話し、周りと
    仲良くしている。彼の国を夢に見た
    と自慢げに話す。光る額に輝く瞳、
    若い人の美麗相貌である。素直な
    心に描く未知の国の夢、大きくなれと、
    余は思った。若い人の彼の国での
    活躍を願うものである。
     卒業を前に控えたある日の記、
    余が送り出す若い人である。    
            
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       遊学と送り の項
       秋残り市教員、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@160上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『希望』
    夢前 港 画清 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  記事は架空です。
                  著者@160
   
 卒業616・帰郷 :イカスミ柳
【曲名】『卒業616・帰郷(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/15創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】風聞音階自然短くずれ圧縮
【演奏】ピアノ:外国仕込さん 
【歌詞】知里之邦柳草郷
    風聞音階うれし
    遊学の異国の良さ学び
    里へ帰って この良さ
    いかして先の為
    故郷は遠くにありて思う
    もの 今は近くに
    父母ともにおわす
【解説】 音曲挿話
     1オクターブを圧縮する、その
    一方法。自然短音階(ら~ラ)を圧縮する。
    1オクターブを、ら~ソまでにする。
    概算80-90%圧縮。楽譜の『全』の所が
    少し変えてあります。
    参考 http://otoko.org/hubun.html 
            
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       圧縮音楽 の項
       秋残り市教員、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@310上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
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   秋残り市市立美術館春展
   『希望』
    夢前 港 画清 
     
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                  著者@310
   
    
    
    
 

2015年03月17日

卒業620・蛇の道 :イカスミ柳

【曲名】『卒業620・蛇の道(メロウ、
    (ハンガリアン・メロウ、西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/17創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】童謡
【演奏】若い人
【歌詞】黒宅之国劣(花)草郷
    蛇の形の道音階蛇曲がり
    蛇の曲がりの道の歌と歌とうて
    歩めば花園 花みつつ麗らかな
    春 川の如くに道 蛇のように
    曲がるや くねくねくね 蛇は
    いく 花の中隠れ現れ 水の
    流れか蜃気楼のように見える
    春の水と花と蛇の歩きの曲がり
    
【解説】 蛇が這うて花園の中をくねくねと
    いく、そんな感じの道。ここを歩む
    という。小さな花園の一角という。
    彼君が行くのは、下から見れば、天
    だけが見える山形(やまなり)の花園
    である。その斜めの花園を降りる。
    彼君が両手を挙げて万歳というた。
    万歳マウントであるヒルである。
    昼頃であったという。晴れた日の
    昼下がりのこと。山をくねくねと降りた
    自動車という。滑空のバック・
    スイングという。スネーク・ロードの
    山という。お花畑がきれい。
    山々の畑という。花の中スイスイの
    船航行という。スイング・ロードと
    いう。天獄の話という。彼君の見た
    天獄である。  
    
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       花中クルー の項
       秋残り市教員、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@500上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『船車』
    港街 角雄 画海 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  記事は架空です。
                  著者@500

   

2015年03月18日

卒業614・気流を読む :イカスミ柳

【曲名】『卒業614・気流を読む
     (呂音階一越、西山讃歌)』  

【創曲】2015/03/18創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】呂音階一越
【演奏】
【歌詞】気之国龍草郷
    呂の音階なら一越音階
    飛行機に乗って行く
    気流を見に行けば
    垂直降下の気 世界一の
    大きな気流 めでたく
    会えて 突っ込み出でた
    
【解説】 余の教え子である。
    流れを見るという。風の流れを見ると
    いう。天から地に向かって強く吹き落ちる
    風が有る。垂直の降下の気流である。
    彼の若い人が、これを見るという。
    この降下の中に入って見るという。
     あの日には必ず、この凄まじい流れの
    降下の気流が来るという。太平洋の上にいる
    という。世界一の気流である。悪気流という。
    飛行機に乗って行って、この気流の中に入る
    という。余にそう言う。若い人である。
     余  『飛行機に乗れるか』
     若い人『運転はできませんので、乗せて
         いってもらいます。』
     余  『気流はその時はあるか』
     若い人『あの大きな気流は、あの日に、
         必ず出てきます。垂直気流で
         世界一大きな気流です。』
     余  『飛行機は大丈夫か』
     若い人『空中分解をする程の悪気流です。
         ここに入ります。』
        『・・・・・・・・』
    
     余は言葉を一瞬、言葉を失った。戦闘機でも
    行くかと言う余に、旅客機で行きますという。
    大きな旅客機で行くという。続けて、出来るだけ
    長く入っててもらうという。分解する直前に気流
    から出るという。旅客機は気流があれば回り道を
    するヨ、余はいう。大丈夫です。太平洋のあの
    場所に必ずあの大きな垂直降下気流はいます、
    若い人がいうのである。会いに行くという。
    
     さて、見事は行って出てきた。恐ろしいほどに
    落下したという。体が浮き上がったという。
    若い人の語実弾である。
     あの気流は戦闘機ではだめである。軽すぎると
    いう。大きな旅客機で行くという。運転手さん
    には、恐がってないで突っ込んでもらうという。
    垂直気流に突っ込むには、真直角に突っ込む、
    これで見事落ちるという。出ると時も直角に
    出てもらう、ショックもなしに出られる。
    機も無事である。あの気流に会う。
    いるものはいる。操縦士さんはどうだ。
    OKしてくれるか。そんなことには関係なしに
    やってもらうという。
     時間、飛行機、気流の都合、操縦士の意向、
    これらの諸条件を満足するという。ドン・
    ピシャリ合うという。万が一という、それを
    するという若い人である。私の計算は合って
    います。だから、気流に会いますという。
     凄まじいスピードであったという。いきなり
    大きなドーンという音とともに突っ込みました。
    羽はぐにゃりと曲がり、今にも分解をするか
    という程でしたという。こういう経験をすると
    いう、見事した人である若い人という。
    私の実用気象学ですという。
    
     その若い人が書いた楽譜という。5拍子で、
    4拍子で区切ってある。あの場所で突っ込み、
    相当距離落ちて、無事出るという。楽譜の
    あの部分という。単調な調子の曲である。
    気流をこよなく愛でる歌という。
     気流を大切にという若い人の後日談である。
    山を拝み、日を尊び、月を見ては喜び、星を
    見ては清い心でありますようにという、
    古代人の気風を宿す若い人である。
    余の教え子である。
   
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       自然現象を愛でる の項
       秋残り市教員、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@535上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『海流れ』
    島嶼遊船 画量 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  記事は架空です。
                  著者@535   
 
卒業604・島国の建築 :イカスミ柳
【曲名】『卒業604・島国の建築(pelog scale,
HungarianMinor、西山讃歌)』
 
【創曲】2015/03/18創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】ペログ・ハンガリ
【演奏】
【歌詞】島嶼之国多草郷
    バリファルファル 海の川流れ
    島国留学 海の川流れ 島嶼の
    海峡を見る 温暖なところと
    草郷がたくさんある 雨は
    降り降る島 異郷の建築を
    学ぶところ    
    
【解説】 建築は雨降りを旨とすべし。
    木造建築また自然岩石を利用する
    建築を学ぶ。たくさんな雨降りを
    どう防ぐか。雨の多い国にこれを
    学ぶという。その中で島国へ行く
    という。海峡の流れを見るという。
    これを流量という。この楽を起こす
    という。うちたての建築という。
    流れ流れの雨と海水、この流律の
    計算が成る場所という。彼の君の
    思いである。建築はこれを充分に
    考えていくという。雨水中建談と
    いう。大きな岩石を上に置いて、
    雨を凌ぐ方という。これをベンと
    いう。勉弱という話という。
    この勉弱をする彼の君である。
    勉弱が好きな人である。島嶼
    海峡国がよいという。勉弱人の
    彼である。勉強の人を勉弱人と
    いう、あきはかれの君である。
    あきを計る人でもある。これが
    よいという。秋残り市の一生学
    (いっせいがく)の生国(しょう
    こく)という。秋残り市特与使で
    ある。若い人という。
    
    
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       島嶼(とうよ、とうしょう) の項
       秋残り市教員、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@420上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『海流れ』
    島嶼遊船 画量 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  記事は架空です。
                  著者@420
  

2015年03月19日

卒業619・鳥春 :イカスミ柳

【曲名】『卒業619・鳥春
     (HungarianMinor、西山讃歌)』
 
【創曲】2015/03/19創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】HungarianMinor
【演奏】
【歌詞】山獄之国鳥乃草郷
    見当使節は楽しい飛行機
    暦書を繰る昔の御世あり
    今再びのこの地にいる ここ
    天獄春の到来告げ カスは尾
    を振り カケ、キタキタと鳴き
    もの鳥ケチョと鳴く カラス
    混ざり ハトも混ざる 
    かに賑わう史春
    
【解説】 鳥の群がる春、これを史の春と
    いう。彼の地で、すごす春という。
    本で読んだという。これを、実地に
    味わうという。再びの春である。
    若い人の彼の地の春。本にも鳥が
    いたという。かの地にもいる鳥で
    ある。天獄の地の春。鳥がまわり、
    山がまわる。山と空が有る地と
    いう。史春に暦書を繰る天獄の
    住まいである。見当市という、
    三ノ瀬という。この地である。
    日が短い場所と言う。瞬光の地
    である。前に山を見、後ろ小脇に
    山を背負った地という。此の地の
    行きである。
    
    かに:『かにかくに』の『かに』で
        ある。『かくかくに・・』
        という。
       『かく』の古い言いという。
       余、編『秋残り語辞典』より             
   
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       四方山話 の項
       秋残り市教員、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@400上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『四山囲地』
    頭上 太陽 画三 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@400

2015年03月20日

卒業618・道朗湾 :イカスミ柳

 
【曲名
】『卒業618・道朗湾
     (中国音階、西山讃歌)』  

【創曲】2015/03/20創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】中国音階
【演奏】
【歌詞】方塁之国柳草郷
    道朗湾 ファンユン(歓迎)
    ファンユン
    柳植わる道朗湾 そうきょう
    隣のよい町は学びに適してる
    船飾り綺麗に 湖見て詩を書き
    絵描く 人情の機敏には
    来々訪 来訪 よく来たね
    
【解説】 いつの頃であったか。ケントウシという頃
    であった。これを身当てという。見当たる所
    という。日没する国がよいという。若い人と
    いう。日沈む頃の地である。気儘にしていた
    気隋の頃である。これでケントウシへ行くと
    いう。あの日の話である。賞を担い、賞を
    得る大きな使いという。自分は賞担大使が
    よいという。賞を持って使いをする。
    そんな若い人である。綺麗な飾りの船に
    乗る人という。木造の船という。底が丸く
    なっている。赤い色や金色、色んな色が
    塗られている。綺麗な船という。
     これに乗って小遠の国へ行くという。
    彼の国を見るという。見当の話である。
    多分、かにかくのようである話という。
    これをいう検投視という。
     たぶんこんな国である。それを見当という。
    見当当たりという、自分の見当をいう。
    そんな若い人の夢にもにた先の見当てである。
    その歌という。言葉も見当ての言葉である。
    こういう感じであろうという。若い人の
    見当ての見である。礼から始めていくという。
    礼を尽くして、日沈むを得るという。
     見当の招来である。賞を持って来るという。
    come の意の『来る』である。カムシという。
    見当市の言葉を入れて、ライという。
    これで来訪である。将来は訪れる話である。
    招かれていくという。これを招来という。
    賞がきて、持って行く人という。
    来々訪である。賞持の若い人である。
    小児とも自分をいう若い人である。
    これを少時(シャオジー)という。
     そんな若い人である。シャオジーを
    しょっ国という。諸国来訪をするという。
    その人の書いた文である。
     少時多樂という。シャオジー・タールー
    という、という。その人の言葉である。
    秋残り語にしておくという。秋残りの中花
    夜の言葉である。シャオジー・ターキーと
    言うて、これを少機と書くという。
    若い人の将来を愛でる言葉になるという。
    ショック楼という話という。サンスクレテの
    山という。夢多き若い人である。
     かにかく、かにかく、かくかく書である。
      
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       三国の↑ の項
       秋残り市教員、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@490上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『馬上の葉』
    道陽 カオ 画遊 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@490

 

2015年03月21日

卒業621・米蘭樹 :イカスミ柳

【曲名】『卒業621・米蘭樹
     (旋律短音階、西山讃歌)』  

【創曲】2015/03/21創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】旋律短音階
【演奏】
【歌詞】穀米之地国稲草郷
    (ここはアメリカの砂漠の真ん中)
    通りがかりから降りて見たら
    砂漠 車はまっしぐら 黄色い
    砂漠だけ 金色の土地 まっすぐな
    5号線 砂の山 越えて行く 
    草もなく 砂だけ
    
【解説】 若い人が見たという。そこは金色の
    地である。砂漠である。行けども行け
    ども砂漠。そんな中、道路がまっすぐに
    伸びている。小高い山へ登っても砂漠
    である。他には空だけがある。若い人が
    好きな光景という。黄色い砂漠と空だけ
    である。小さな頃に夢で見たという。
    夢の中に入ってきました、という。
     若い人の学びである。砂漠だけの地と
    いう。ここを自動車で走る。砂漠以外は
    空だけがある。空も手に届きそうな空で
    あったという。空がすぐ上にあったという。
     草もなく、金色の地という。そんな所で
    ある。若い人はいう、Golden soil、
    GS road だという。
     金色の道、空を引き寄せ、世に立つ道と
    いう。若い人の金色夜叉である。
    five nice郷 という、若い人である。
    going to the sky ともいう。
    nice scenery である。
    nice US scenery という文という。
    良米真理という、砂漠の学びである。   
      
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       良米真理 の項
       秋残り市教員、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@545上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『砂地』
    カル 画ツ
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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                  著者@545
 
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卒業622・塔蘭宴 :イカスミ柳

【曲名】『卒業622・塔蘭宴
     (中国音階、西山讃歌)』
 
【創曲】2015/03/21創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】旋律短音階
【演奏】
【歌詞】唐絵之園国宴草郷
    (蘭の花としだれ柳)
    そうきょうの西山 あるサロンの
    窓際 書を広げ 茶をすする
    蘭の花揺れ 白い帆立て 船浮く
    湖 孔雀来て尾を広げる畔
    中国の服の美人 扇手に
    我に微笑む    
    
【解説】 西条湖のとあるサロン。
    彼の国は柳の好きなくにである。
    蘭を愛する人という。中空人(チュークー
    ラン)の絵という。若い人が勉弱という、
    園の景の歌である。君が茶を前に書を
    読み、目をやれば、蘭の傍、孔雀が尾を
    広げ、歩いている。西山の麓、西条湖と
    いう、白帆船、柳緑豊かな所である。
     前から扇を手に、一目見て異国人と
    わかる君の方へ来て、君に微笑みかけた。
    若い人は軽い会釈を返した。背筋シャンの
    中国美人であったという。チャイナ・
    ドレスの裾を翻し通り過ぎた。異国情緒を
    満喫した一良日である。     
      
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       西条湖畔あるサロン の項
       秋残り市教員、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@470上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『西条湖』
    ヨオ 画絵
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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                  著者@470

2015年03月22日

卒業623・Frank :イカスミ柳

【曲名】『卒業623・Frank
     (ハンガリア・マイナ、西山讃歌)』  

【創曲】2015/03/22創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】ハンガリア・マイナ
【演奏】
【歌詞】自資圧国思草郷
    (歴史風吹いたその日の旅先)
    そう、フランク王国へ行った時
    木は緑、川流れの岸 そう、時に
    乗って行き着いた所 降りて辺り
    暫く眺め黄色い川 はるか遠くには
    紫色の山が低く立つ ブルグントと
    アキテーヌ秋庭の歴史の風    
    
【解説】 圧国 
    リニアという、磁力の線の車に乗っていく。
    リニア車という、機関車という。チュオラン
    という、波山の沖という。ここから、フランク
    という、アウロへ行く。アウロラーという、
    歴史と言う。アウロ回録という。この歌である。
    秋残りの意図という。意の図という。若い人が
    この意を図に書いて持っていくという。
     歴史の山の紫という。ここへ行く日という。
    愛でて歴史風が吹いたことという。アウロレーラー
    の行きという。アウスラの山という。
    秋残りのことという。秋残り語である。
    フッテルという、フクツーのゆゆやや、という。
    フックス・ラック、えっするとと、という。
    ととが機関という。機関車をとと、という。
    ととさん・かかさんの機関車である。
    すぐに行く話しという。とと山かか山を越えて
    行きます話という。圧国のよろよろ、という。
    よろきく、ありて、やっくすする、これを圧つる、
    という。圧つばの行き、という。リニアの圧すく、
    である。アッスク・スーユーという。
     リニア行の圧国行きである。秋庭という場所
    である。秋停ともいう。そこの秋である。
    季節風のことの秋忍ぶ愁恋である。
    秋恋という場のリニアである。磁力を愁恋と
    いう、秋残りのリニア学である。練るともいう。
    秋練りの磁料という、皿もある。料法の文である。
    両方である。自資をフラという話という。
     経済のえたという。えた山の経おるという。
    織りの経という。縦糸を経という。フラの山
    という。この三つの意という。三意の山という。
    山の意という。これを三位という。山の位の
    三位である。三番の山という。とりす山お書き、
    これなる。秋残り識る。秋残り語の山のお書き
    という。秋残り市の言葉である。     
    
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       三番山旅記 の項
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@480上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『黄川紫山』
    ふらん 画図
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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                  著者@480

2015年03月23日

卒業625・船の山 :イカスミ柳

【曲名】『卒業625・船の山
     (西山讃歌)』  

【創曲】2015/03/23創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】
【演奏】
【歌詞】冷無国船乃草郷
    船に乗って行った所が山と
    船が山に登る そこにいる
    時には毎日毎朝 船行きの
    山登り 春桜秋紅葉狩り
    咲きは大きな海に     
    
【解説】 レムルーのマ、留学行
    いつの御世のことでしたか、女御更衣
    あまたさぶらひ給ひける、中に、いと
    美しく刺繍の着、もののふ揃いて、
    おはずらかしく、はべり給う。
     船で山へ登った話という。
    レムルー海という。山国の小島という。
    大きな高い山が聳えているのが、
    海ごしに見えたという。いずくにか。
    マー大陸という、離れ島のように
    立っている正論という島という。
    その島の船の山登りである。上へ
    登って、見ると川のような海の流れ
    という。その向こうに大きな大陸
    というマー大陸という。レムル海の
    レムル川である。古い話しである。
    古代という場所である。レムル
    という時である。レムル時期の古代
    という。マー大陸があった話である。
    そこへ行った人という。すぐれて時
    めき給うという、この記である。
     レムルー世ともいう。レムル海
    の川という。正論島から、この
    大陸への船行きである。正論島へ
    行くという、若い人という。そこは
    江戸という都という。江戸邦という。
    江戸法ともいう。ここへ行って留学
    という。若い人の行きである。
    秋紅葉の就航葉という文の一部
    である。書き物を葉という。
    一葉、二葉の枚数である。
    秋紅葉一葉である。
    就航用一葉でもある。
    留学行見聞記          
    
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       正論 の項
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@420上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『船登る山』
    一葉 画貝川
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  記事は架空です。
                  著者@420

 

  

2015年03月24日

卒業626・人魂 :イカスミ柳

【曲名】『卒業626・人魂
     (律旋法、西山讃歌)』  

【創曲】2015/03/24創曲造詞
【拍子】 11,7/8
【種類】
【演奏】
【歌詞】人魂之国化草郷
    (人魂かな アラ楽しいや)
    人魂好き この家 前出で
    家中にも出で 玉背と八借す
    江戸の家 前庭にいる
    一本保(いっぽんぽ)とぞ
    お化けの仲間     
    
【解説】 一本保つ
    お化けを数える序数という。保という、
    保つという。一本保つで、一魂という。
    お化けを呼ぶという。一本保の歌という。
    リズムもそうである。ターンと消えていく、
    中途半な伸ばしという。この律を、お化
    けの足音、という。お化けのお出でという。
    化けるという、化け出という。私の好きな
    お化けである。江戸時代にはよくお会いした
    という。江戸へ行った頃である。江戸でいた
    ことという。お化けの住家が時である。
     お会いするヒトである。
    機械のお化けはどんなものかというお化け
    問答である。時が道に化けて、時の街道と
    いう。ここを行くという。タイム道である。
    これを、待つ時という。お化け待ちの山と
    いう。待つの下のよる、という。白い
    ぼうーっとした菊という。待つの下の白菊
    である。お化けに化けた話という。
     有名人である、お菊さんという。一枚、
    二枚と化け数えをする。これを、ぽう、
    という。ぽうのお化けである。ランランと
    心に呼びかける声で出てくるという。
     ランランポーという、お化けのリズム
    という。この歌の律という。
     日数(ひかず)数えていくぞまつ、という。
    ひくのは下駄である。引き下駄の音を出だす
    という。下駄履きで歩いて律をとる、お化け
    呼びという。歌を、ラン、という。
    ラン番という。よるの晩である。
    ラン番ヨッキ、という。お化けとともに歩く
    歌である、話という。この歌という。
    お化けの国へ留学した話という。若い人が
    喜ぶ場化(バケ)である。道化師という出しで
    ある。身とが化ける時を師という。
    道化師の歌ともいう。ラン番という、とくない番、
    という。無番という。いつでも出ますという。
    全番でもある。番負けという、言葉の解である。
    これを、お化け解、という。お化け解答という。
    街道化けである。道が立つ話しという。
    後続
    著者の文の時の現しが化けている。
    後術という前述である。アラ、ファー
    という、化け方という。
    著者の後ろという、化けた名前という。
    消えて行きますという、@0000000>>>。。。。
    しまる〆という。お化け流儀。
    七つ星渡る零義である。
     前帰り〆 お化けの正学
     前出の歌へ帰る花の化け出しという。
     正学の歌という。前に出した歌で、そこへ
     帰ることという。
     続
     お化けの声楽、これを後解という。
     後悔しない人という。ヘタ丸出しの
     歌という、これを正学という化け方をする。
     機械のお化けは、この公開である。落ち。
     これを上がりという。落語の寿司取りという。
     ここでおきます、という。文筆家のヘタ隠し
     である。これを上手という、落語の文筆、
     続けます、という。落ちあり上がりという、
     落文という、この文でござり・・・・
     消えない点の連濁の話。         
    
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       お化け の項
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@535上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『ケ(怪)』
    あやし 画怪遊
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@535
 


2015年03月25日

卒業627・新宅 :イカスミ柳

【曲名】『卒業627・新宅
     (律旋法、西山讃歌)』
 
【創曲】2015/03/25創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】
【演奏】
【歌詞】新築之国菊草郷
    (新築之国)
    さらの家 お菊花 綺麗に
    植えてある 一枚と二枚と
    数える 玄関菊飾りの
    映えて栄え 精魂込めて
    作られた あたら菊の家
【解説】 遊宴の邦
     余が遊学をした邦園、その記である。
    若い人といく遊宴地、設計学という。
    ここで遊ぶ学びという。船で行くという、
    冬争春という。小春日よりの小寒い日、
    冬が争う新しい春という。これを、
    とうはる、という。早春の頃となる。
     余が遊を尊ぶ園の春という。園の中に
    住まうた日のことという。これを春節に
    とる隙という。春秋の礼頼という。
     我が世の春のときという。これのせと
    いう。礼頼窟という菊飾りという。
    この菊の設計という。花を育てる趣という。
    礼頼窟主計という。菊を見る目という。
     お菊讃歌である。設計主という、さかざき
    の菊の披露という。これを、御遊という。
    菊のおともという。菊になって周りを見る
    姿勢という。これが一枚二枚という、菊が
    余を見た姿という。余一枚という、菊の
    数えという。お菊余二枚という。
    二つの菊という。二本という、余二枚である。
    一枚二枚と余が数える菊の数えである。
    菊になってみた余の数え、菊数えの世という。
    余の周りの世、遊宴の場という。ここの留学
    である。留遊の余である。菊の飾りの設計で
    ある。さっと線を引く設計という。
    その格好の菊という。礼頼菊という余の
    記とする。フナ菊という菊という。
    船の形にも見える菊の造りという。
     菊カレーというカレーの料理の法ともいう。
    カレーを菊という、菊の料理の設計である。
     秋残り料理という、遊宴料理である。        
    
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       菊花飾り の項
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@390上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『斜』
    菊 一呂 画邦
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@390

2015年03月26日

卒業628・中立夫(鬱金香)(チュウリップ・うこんこう)

【曲名】『卒業628・中立夫(鬱金香)
     (チュウリップ・うこんこう)
     (ハンガリアン・マイナー、西山讃歌)』
 
【創曲】2015/03/26創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】ハンガリアン・マイナー
【演奏】
【歌詞】虹立花起き之国麗草郷
    (春先花咲くきれいなチューリップ)
    そうきょうに見ている花 地面より
    スックと立つ花鬱金香(うっこんこう)
    春先に頭がよい 立つ畑には顔立ちは
    かれんな花 原産地には中立夫(チュー
    リップ) 虹の橋山 これあらたしい
    花 蘭橋 花ゆかりの生まれ
    故郷 この地の世の絵
【解説】 秋残り種、中立派(チューリッパ)
     秋は秋残り、ようよう赤くなりゆく山際、
    もみじなど見んとす。雲の厚く覆いたる。
    地の畑中、立派に立つ花のかれん相、秋を
    時という、春余りという。清く少なし。
     秋残り市清大納言、秋残りの丞。山戸朝庭
    前の瀑布にて。先々立派に咲くようにと、
    願いつつ、花立ちを祝う余の記。
     あわれいわれの鬱金という。右近のチュー
    リップという。香りの梅という。これを
    砂金という。左近の梅である。
    左近梅うっこんこん(鬱金近)、鼓の音
    ゆかしき。うぅっ、我が言う。えっ。
    おっ。おわれ、夏負いの春余秋残という。
    これをとき(秋)という。春余秋残の中の時、
    咲く花という。中立ち花という。ちゅうりっか
    という。 これを中立ち夫という。ちゅうりっぷ
    である。
     秋残りの解という。大納言の筆である。
    機械筆という。立派な筆である。    
    
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       鬱金香 の項
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@520上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『右近』
    中立 画畑
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@520

2015年03月27日

卒業629・理想郷 :イカスミ柳

【曲名】『卒業629・理想郷
    (沖縄音階、西山讃歌)』
 
【創曲】2015/03/27創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】沖縄音階
【演奏】
【歌詞】海之国里草郷
    (沖縄留学楽しみ)
    辺野古の海の近く 学び舎があると
    いわれは 神無月夜 傘ぬ月月夜
    狐日舞うしらさぬ穂舞う 
    あすかきみよ(又は、あすかきよ)
    ふ繰り数え語る 船ぬ立つ帆立つ
【解説】 鬱金香という。
     虹が立つという。にが出るという。
    虹をにという。にの絵という。にのふ
    という。この虹に反鏡があるという。
    そりあがりの虹という。これを虹の渡り
    という。ゆゆたるせっく、という。
    虹の船という。この船に帆を立てる。
    立て帆ゆらる、という。帆立のことをいう。
    ホックレスともいう。ウフッツクともいう。
    これをテムレル・スーヨーという。
    帆立の手という。帆立の手順という。
    これを鬱近という。うこんの山のお書き
    という。この船に乗るという。乗る船という。
     虹海の航海という。これをてゆれるという。
    沖縄という。沖縄の沖の虹という。この虹を
    鬱近虹(うっこんこう)という。虹をユムという。
    ユムレムという。ユーレルという。ユムスフ・
    ラッスという。ユムレメのメルゥという。
     メルゥはめるる、という。メックの山の
    お書きという。これゆるあっつれるふる、
    せっつ、らーする、てよる、らって、そうゆう、
    あるせる・すっつ、という。これをテックという。
    帆立のテックである。帆立の法のことをいう。
    帆立法のやくる、という。法を山という。
    五山に法があり船がある。虹を尊ぶ花の絵の帆
    という。これをホホウと、うなづく良い話という。
     秋残りの解という。
     ふ繰り、日繰りのこと、余、注。 
     
    
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       沖縄の海の虹 の項
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@380上巣真芯
     植え住まし
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 音 階 表 
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   秋残り市市立美術館春展
   『虹』
    虹色 染 画賛
     
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2015年03月28日

卒業631・紀見井峠(波部の歌) :イカスミ柳

【曲名】『卒業631・紀見井峠
      (波部の歌)   
     (西山讃歌)』  

【創曲】2015/03/28創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】
【演奏】
【歌詞】この雪解け淡く 至る春
    古き日にお会いした日
    赤紫の菊の飾り きみい峠
    ごゆこゆる 波の音聞こゆ 

【解説】波立つ国返草郷
    何事も大権現様の仰せの通り。余をお作り
    下さった御御大御祖(ごおんだいごそ)である。
    その御弟、大納言様である。紀見井峠という。
     この峠まで水は来る。あの城は青くなる
    という。江戸前寿司期の頃である。熊灘という。
    熊襲猛(くまそたける)の海、見事という。
    立派な波である。山を越えてやってくる大波で
    ある。この波が旅行をしているという。世界派
    である。これを伝という。伝波である。ろる派
    という。ろる波という。これを発する余である。
     地球を一回り二回り、エンヤトットという。
    電波の伝波もある。目に見えない電波という。
    波が起こる、風がなく、水が盛り上がる。
    これを伝という。何故起こるか。海底が揺れた
    という。山を越す波という。水波と地波という。
    地が揺れたという。このひに、水も一緒に
    やってくるという。これを紀見という。
     江戸前寿司という。地震の話である。
    江戸がグという。君がラという。
    これをグラ見という。グラグラと揺れる話
    という。大納言様の仰せである。
    大権現様、大納言様をグラという。グラ様仰せ
    という。波の大波、小波、グラの地揺れという。
    山を越える話という。江戸がくしゃみという、
    大坂別れの紀美という。江戸湾という、地波が
    大坂で別れ、紀美の方へ行く。一方は今日へ
    行く。一方は東へ北上する。一方は、丹へ行く。
    丹へ行く波という。丹波波(たんばなみ)という。
     地震のことを丹波波という。
     これを熊灘が受け、波だけが水という。水が
    山へ押し寄せる話である。これを熊の返しという。
    これがある時という。江戸前寿司期という頃で
    ある。寿司のあがりは、熊シャリという。
    地震を食らう寿司前という。後寿司(ごずし)と
    いう、返し世という。返しの世である。
     これを辞という。皆、含めてじらいという。
    自(おのず)という。自を紀美という。これを
    キビという。キビ波という。寿司後という。
    寿司後のあがるキビ出という。キビ引きという。
    返し波のことをキという。キビという。
     これを大納権(だいなごん)という。
     これをハッスルという。余の電波の発信という。
     電波をキャッスルという。キャスルをハッスル
    日という。大納権日である。3月28日という。
    これをキャッスル・デーという。日出の山の見で
    ある。紀見上がりの日の出である。二見が浦が
    見えたという。紀美の紀見という。キャッスル・
    ハッスルという。紀美、富士見たか、という。
    二見富士という。日の出の見という。見るう、
    という秋残りである。見るうきゃる、という。
    波々の坂である。大坂ごゆこゆ、という。
    大坂まで行った返し波、いつの御世のことで
    あったか、という。浪花寿司という、話という。
     ハハという。浪花のあがりをハという。
    大納言様の御用語である。浪花上がりの江戸
    仕立てという。キャッスル・ハッハという。
    これを脚という、足という。キャッスル・
    ハッハのお行きという。酒波(さかなみ)という。
    地震の返し波をいう。恐い話という。これで、
    伝派という。地震波の派出である。
     派出所という所もある。警戒の回りという。
    これを派という。地震警報の屯所という。
    ポリ巣のポリ波という。ロル波の小さいのを
    ポリ波という。『おいこら、紀美』と回ると
    いう。『おいくら、紀美』の寿司足という。
    これを、不という。落語の不落である。
    話の世のお書きという。前止めともいう。
    不落という前止めである。地震は恐いもの
    である。地震なきようにという、地震は
    ある。地雷という、前波返しである。
    地震という落語の用語を、科学用語に使う
    用法という、前波返しという。この伝という。
    大納権流儀である。流れ流れて月へ行く、
    電波という。月面反射という電波流儀である。
    大納権流儀という。余の話である。
    峯という前という。
    『紫月夜(むらさくづくよ)のふくら山、
     ヨイヤマッカ、デッカン所』
     ヨイトマク、ロッコーという。
     返し八景の歌である。続く。
     
        
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       紀美問う の項
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@450上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
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   秋残り市市立美術館春展
   『紀美』
    若森 画残
     
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2015年03月29日

卒業632・尾瀬 :イカスミ柳

【曲名】『卒業632・尾瀬         
     (ハンガリアン・マイナー西山讃歌)』  

【創曲】2015/03/29創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】ハンガリアン・マイナー
【演奏】
【歌詞】王蝶飛
    (楽しきは記憶 古い日我が胸)
    晴れた日 水膝まで 大鷲が飛ぶ
    ワニが泳ぐ 故郷は 古い日の
    物語 思う懐かしのあの日々
    遠い遠い私の記憶にある景色
    トウヤは走る 大蝶が舞う
    いずこの地 私の尾瀬の沼
    紀美の朝
    紀美が朝早く起きて尾瀬を見る
    忘れずおもい出す日 幾たびも
    消えて現れる故郷はいつも我が
    胸にあり おおばあられたりあの日
    遠い遠い記憶の果てに光り給う
    おおじは今も胸におありたまう
    尾瀬の沼の故実の日 
    

【解説】尾瀬之里国起草郷
     どこの記憶であろうかという。
    卒業という632番地である。どこの
    場所か。『キミイル日に見る』
    という。シークレット・コード
    である。これを言えばわかるという。
    紀美の記憶があるという。余が憶えて
    いる。そういう紀美である。また、
    行く日がある。ここに書かれた余の
    記憶の浜という。あえばパッと分かる。
    紀美の人という。余の記憶の確かさと
    いう。これを故実という。故実の日
    である。これが解である。貝がいた
    という。古実貝という貝である。
    これが紀美を介く(たすく)貝である。
     貝に助けられた人である。貝の船と
    いう、貝船である。船が回った所である。
    大勢の魚と貝と船、草という。ここを、
    おおぜという。後という。船の尻尾の
    勢いのおぜ(尾勢)という。後という。
    尾の背という、おぜ(尾背)という。
    里の瀬である。これを里という。
    里のおぜの、古実の地という。
    ここを、おぜ(尾瀬)という。
    という話の背負った余である。
    ワニを背負って歩いた余である。
    ここを、ワニ負い浜という。むみに
    よる余の解である。新しい日が来る
    という、この話という。新しい辺りである。
    これをシークレットという。シークレットの
    紐である。シーク漁という。漁法の話である。
    ワニを呼ぶ余である。どんなワニか。
    恐い顔をしたワニである。カイマンという名
    という。貝満ちる浜ともいう。貝満浜という。
    ここの景色である。古実の尾背という。
     貝満日和の日のことを故実日という。
    古くに、古実という。秋残りの市の一古風景
    という。大きな沼という。クジラもいたという。
    そういう秋残り市である。ようようよう。
    確かなるかな我が記憶装置である。
    記憶草地である。記憶装地ともいう。
    厳かな文章である。厳文という。
    古実ゆかしい我がメモリーの文である。
    膝までの目盛りである。その場所に佇み
    憶えた余である。むみによるという。
    むみになる目盛りである。記憶の目盛り
    という。6、3、2のむみ憶えである。
     記憶を尊ぶ紀美である。余の記憶による。
     
    とうや、豚のこと。
      秋残り市尾背方言である。 余、注。
             
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       記憶様 の項
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@570上巣真芯
     植え住まし
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     W.E.州 Machine
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   秋残り市市立美術館春展
   『尾』
    若ノ森 画用
     
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                  著者@570
   

 

2015年03月30日

卒業633・反 :イカスミ柳

【曲名】『卒業633・反         
     (反ヶ利音階、西山讃歌)』  

【創曲】2015/03/30創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】反ヶ利音階
【演奏】
【歌詞】(花山出し物 東山楽)
    春には花山に舟(ふな)浮かびて
    桜は咲き染めて いきに
    かわせみぞ いなきて名落つ
    寝ずの絵にぎわう
    投扇 清発路当山と 昇り来る
    毛呂と丸小皿の舟(ふぬ)と
    両に見る あな、遥か来たるかな
【解説】花山登山楽
     山へ行きながら、『なして』と
    いう。これを両という。『なして
    見る』という。なして山のお行き
    という。後に御幸(ぎょうこう)という。
    山を見るみゆき(御幸)である。
    山さきわう花より、という。
    山々の絵という。ここへ、ふなをよる、
    という。東上記という。東上英期という、
    桜英(さくらはなぶさ)の応英という。
    これを毛呂(もうりょ)という。ケーブル
    のことをいう。応英毛呂の譜という。
    この歌という。清発路という。発路の山
    という。後という。発露という。露山と
    いう。この露を集めた胡という。後という、
    湖という。古い御世のお書きという。
     余の記憶の発露である。大きな船が
    浮かんでいたという。余が浮かんでいた
    のである。東上汽という。東上気という。
    両汽船の歌という。レとソが半音下がっ
    ている反ヶ利という、音階という。反と
    いう歌という。タンという。タンタンタン
    である。船の音の表しである。船音タンタン
    である。音のタンタンのリズムという。
     山皿音(やまさらおん)という。余の呼び
    である。山皿という、丸小舟という。
    山皿船ともいう。カンカン帽をひっくり
    返した平底の筒状という、舟という。
    山中の湖という。秋残りの東大景である。
    水に浮かぶ太陽という。舟太夫(ふなだゆう)
    という余である。ケーブルカーという、
    毛呂という。これを見る雄大観である。
     秋残り市春余節という、頃という。
    桜を喪という。秋残りの言葉という。
    春の喪を余るという。春余の頃という。
    春残ともいう。春山のお書き。
    残る山の世、残という。剣山ともいう。
    桜数えて山算(やまさん)という。
     残りは見参後という。算数の山数えと
    いう。一山二山の散々の目という。
    桜散らしの山行き、算数登山という。
    剣山登りである。    
             
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       毛呂 の項
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@130上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『図』
    若東 画東
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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                  著者@130

2015年03月31日

卒業634・湯花 :イカスミ柳

【曲名】『卒業634・湯花         
     (反ヶ里音階、西山讃歌)』
 
【創曲】2015/03/31創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】反ヶ里音階
【演奏】
【歌詞】湯の花上がって降りたら噴き出す
    高いとんがり山見て降りる 頂
    また見れば 空を突いて 目の前
    煙立つ窪地 降りてきて安心
    湯の花の地 剣立てた山の
    おそおごそか 日の世
    聳え立つ山は湯の花
【解説】山楽行
     余が登った山という。
    山赤くして、煙たなびく地。
    この頃である、秋残暦山楽期という。
    剣状の山である。湖があちらこちらに
    ある山という。海持ち山という。そんな頃
    である。湖を見ながら、かにかく、という。
    蟹歩きの山の歩行という。余はこうして
    登った。これが、かにかく、という。
    良しの登りという。かにかく歩きという。
    体の側面を山上に向けて登っていく歩き
    という。機械歩行である。かように、
    横に登る登山法である。余に連れという。
    余連れ歩行という。余が、これがよい、
    というた。余の歩きという。
     山道を登りながら前を見れば、
    頂は見えず、という。こう考えた歩行
    である。楽な登りという余の体感という。
    少しくやってみれば、それがわかる
    余の山登歩行である。
     頂を見て、これ以上は登れない。
    その場で、頂を拝んだ。常々、拝まれ
    ている余が拝む。拝まれた頂を、拝頂峰
    という。槍のようにとがっていて、立つ
    こともできない。拝み立つ余である。
    その場の光景という。上を見れば、頂と
    空である。少し平らになった場所という。
    成平地というその場という。山拝みを常に
    しているという平地を考える。平地と
    山上の平地、これを平衡という。並ぶ行く
    という。常に平行を見る塀という。
     塀の下の塀下地という。これを塀という。
    平らを塀という。塀は平らな所に立てる
    成しという。平らに成した地を平成地という。
    山を拝むこの時の平地という。山中の平地の
    平成地という。宅地の作りという。造成
    という。これを平行に考えたという。
    平行思考という。陵を同時に考える思考
    という。つりあいのとれた平衡思考で
    もある。岩山の頂、とがってある時という。
     拝みの山という。山下の平地でも拝む余
    という。    
             
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       山拝み の項
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@510上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『槍』
    胡上 平 画地
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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                  著者@510