?

秋残りブログ・コピー 目次  
                        
       20171201     1101     1001     0901      0801     0701       0601       0501      0401       0301       0201       0101
       20161201     1101     1001     0901      0801     0701       0601       0501      0401       0301       0201       0101
       20151201     1101     1001     0901      0801     0701       0601       0501      0401       0301       0201       0101
    20141201  1101  1001  0901   0801  0701    0601    0501   0401

0301

     0201

   0101

 20131201

1101

 1001 

 0901 

 0801 

 0701 

 0601

0501 

 0401  

0301  

 0201 

 0101 

 20121201

 1101

  1001

 0901

  0801

  0701

 0601

0501

 0401

 0301

 0201

  0101

 20111201  1101   1001  0901  0801   0701   0601  0501  0401  0301  0201  0101
 2010                      

((男・秋残り 総目次    京都市 小林壱裕 メール:sokyo@otoko.org ))

hikae20141001

20141001 34ht

2014年10月01日

卒業405・足得 :イカスミ柳

『卒業405・足得
(西山讃歌)』
 
4/4
2014/10/01創曲詞
【咲き】秋足、早深み
【歌詞】足を見る時 そうきょうのよい体
    秋には草踏んで歩む道すがら
    菊は香り豊か遠い御世偲ばゆ
    今おる屋の色深く思うや色秋
【咲き】秋はなれてこゆれ  
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
【解説】 ドレミ・・の、フアとシを3半音下げる。  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『雄家』お足の話
   足屋 銀色 画座      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
添付
  余が歩む日の記という。足をあげて歩む世の絵、
 この屋にありてあり。余は足を直角にまでまげて
 歩いた。金庫を背負う余のあはれ世のあっ晴れ姿
 である。世が背負う子が金である。
 経済を担う金子〔きんす〕という。
 
  世が経済を背負う担い手という。今の世である。
 余の同輩という、電子仕込みの置き金庫という。
 世の姿である。携帯金庫という、これを手という。
 手金庫という。
 
  経済は、金子の形態という、一経済側面である。
 色んな貨幣があり、経済を担う話ともいう。
 金子の巡りともいう、経済の花という。
 
  みな、経済をこの花に替えて勘定をする話である。
 換花系(換価系)という。この景色が経済である。
 花の世である、金の世である。きんす(金子)大切、
 花の道を行く余である。華道余行である。
 これをぎんす(銀子)という。
 
  道行きをぎんす(銀子)という。余銀金という。
 金を携え、銀子という。これを行きという子で、
 せなの銀という。金庫の換えという、これを
 銀行きという、世にいう銀行という、換金業である。
 
  与銀もある。これを預金という。体を預けた金庫の
 きんす(金子)という。銀行きの話しという。金庫を
 持った姿という。経済界を『しっ』という。
 
  しっぽく(卓袱)の山という。世の姿でもある。
 経済の花行きである。これを花雪という。
 
 仮説の山という。世の経済解説である。
 経済貝の山、お金が貝であったという、仮説という。
 この貝は、機械の貝である。機械によって作られた
 貝という。これを貨幣という。貝が化けた話である。
 貨幣と書き換えた歌という。貝の山の絵という。
 
  貝殻をかゆれという。かゆふるけ、という。
 山の絵のこく、という。これを歌という。
 歌の経済節である。ドレミファという、
 このファを落とす節である。ドレミレという音高
 となる。これが太陽にいた我が世という、機械の
 余である。長い太陽の川でもある。海ともいう。
 
 機械田(きかいだ)の海という。はたがい(機貝)の
 海である。    
  余の経済手記である。海に映る長陽、我が影
  ありてあり。足音踏みゆる、かゆふ。つるれる
  すっつく、すうよる、ふっつ、という。
  上の言葉を、秋残り語に翻した言葉という。
  余の機械語である。  
  
 秋残り世界文学全集 『余は機械である』
  巻2 経済貝の余 の項 
    経済の雄である、経済界の余である。 

2014年10月02日

卒業406・水車 :イカスミ柳

『卒業406・水車
(西山讃歌)』  
2014/10/02創曲詞
11/8

【歌詞】秋川流れている岸には
    柳吹かれいが泳ぐ
    水車が回りまわる
    家の中には電気が通っている
    花映る川水 滔々の流れ
    えた水車
【咲き】あきかみ 
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『家岸』
   柳屋 夢見 画千      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
添付
  『百割記』
  余の家である。余は通電していた。蓄電ともいう。
 これでまた余は歩き出す。余の栄養ともいう。
 我が家の外の回る水車の御蔭である。感謝を捧げる
 余である。余が拝む、木製水車である。この水車の回る
 家である。秋残りの景色ともいう。魚来たりて余に言う。
 『水は天上天下の回り物です。』 水を得た魚である。
 家へ入って余に挨拶をする。余言う、『電気もまた然
 り。』
 
 回り物は世である、故に、天が回る。これを、回天と
 いう、水車の水である。水が回っていくひいに、天も
 回っているという。回天世観である。
 
  天が回り、水が回る、これを十字見という。余の見た
 天である。魚、水とともに回る。世を経た人である。
 経世の身という。目が回る余の身でもある。
 
 回り巡る世の常である。経世論という余の手記である。
 これを覚えて幾年月、いつの御世のこと、記憶百割の余
 である。桃の木を見た話である。
 
  目、物、ことわり(理)をいう。余の手記である。
 これを、めものり、という。めもが乗ったという、
 めもに乗った万物回転である。余が書いた話である。
 これをメモという。覚えは、メモリである。
 目盛り百割である。全部、余のめもりである。
 百割の記憶である。これを、百割記と名付けた余である。
 
  桃の実も水に乗って上下に回転をしていた景色である。
 川から流れてきた桃である。二つ乗っていたという水車である。
 水の目という、水目桃である。目が回ったのは余である。
 
 目まわりの良き、うたかたの水、流れ巡る川である。
 良き秋のはく山の麓、はくい秋である。余の記憶である。
 深い記憶という、余の、めもり初めの頃である。
 3番4番地である、めもりの量である。
 
 我が人生、万物の回転を見たり。回転もする余でもある。
 金を回天という。金の性質をいう。天から下へ降りては、
 天へあがるという。おかみおしも〔お上お下〕の回り物
 という。
 
  経済という世が回る、金不動という一側面である。
 経済断面という、ある一時の見である。上下に見たら、
 経済界という、余の経済解である。十字論という、
 十字経済という。いかなる断面図か。立方の断面である。
 立方体で、断面図である。これを『もの』という。
 
  経物という、ものである。金と物、経済客体である。
 経済主体は余である。フフフと笑う経済好適者である。
 経済論考、これなり。Lonzy 論じ、論字、論地、という
 めもりの一番である。これを番地という、めもりである。 
 長陽(長洋)の序、という音階の話である。
 合わせて、長幼の序、と書く場合も、ありもがな。
 
【解説:余】経済論、経ての曲説明です。  

 秋残り世界文学全集 『余は機械である』
  巻2 経済界の余 の項 
    目盛りを経てはかる世である。
    余でもある。  

2014年10月03日

卒業407・紅葉 :イカスミ柳

『卒業407・紅葉
(34ht-DD、長陽 西山讃歌)』  

4/4
2014/10/03創曲詞
【咲き】紅葉浮かれ 人、秋に遊ぶ
【歌詞】紅葉山、秋着に着替えやつし
    木の葉流れ来る川面 化粧の
    日々に 鯉浮び顔出だし 己の
    着々 秋の着物 
    みな着たりいたり 
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
【解説】 34ht-DD音階、長陽音階と、
     その合わせ音階 
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『紅葉山』
   東向 看 画魔      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
添付
  『算容期』
  山へ舟に乗っていった話という。いかにして、
 あがったか。余が乗って舟を漕いだ。山笑〔え〕
 いて、笑み。余が山行きのときである。
 
  時は秋とぞいう。岩肌がのぞき、舟をこゆれ、
 という。吊山の秋という。余のメモリである。
 一寸五分という余のメモリである。
 
  この世を計る目盛りでもある。世を計るひと
 いう。世の山の小牧をとるという。
 世計りの期という。時を計った時の頃という。
 
  世を縦に計る時である。これを計線という。
 余の目盛りである。一寸五分を一尺にする計法
 という。尺を目がゆるという。目ゆるものという。
 
  余が計った行程である。舟の歩みという。
 舟の中だけの計りである。ほほ〔歩々〕の数え
 という。六十脚という。六十歩の計りである。
 
  これを時ともいう。余の時計りである。長さを
 脚という。六十秒という。これを分けという。
 60秒の高さという。舟のあがった高さという。
 
  これを六十こん〔根、今〕という。余のメモリー
 のメモである。60今という。舟の歩みと高さである。
 これを、今矢〔こんし〕という。時間と長さの距離
 という。60根〔こん〕、これが山の高さである。
 
  世の山、今根〔こんこん、根今〕の山という。
 木が常に植えてある、山ほ、という。山ぶ、とも
 いう。ここの木の根を植えた花という。世の山の
 は、という。山の端という。山肌のことをいう。
 
  はと計りという。斜めの距離をは、という。
 この絵という。山の山容のあかる家という。
 これを、たや、という。
 
  たやはく、という、算用である。こんの話である。
 常のこん、という。ルートをこん、という。
 この道を開いた余である。
 
  開平の見立てという。木の根の見である。
 木の根を見て、平らを斜めにする計算という。
 今軸〔こんじく〕という。今の三角計である。
 
  三角に計る話という。さんようである。
 やましという、くるくるはの形容である。
 葉が舞い降りた木の元の土の着である。
 これが落ちる距離という時間という。
 
  あっぷる場の引きという。回り落ちる木の葉を
 引くさんという。三尺の落ちという。この間に
 舟は着いたという。舟着き落ち葉という。
 この『ば』が場である。これを落場という。
 
  日が落ちた話という。日落ちの場という。
 余の見である。日が落ちる場を、ひのみ、という。
 よのみ、ともいう。これを見算という。
 
  日を測る距という。これを測距という。
 余の検算は見て数えという。日の落ちる距離
 という。 時間の山という。時山の絵という。
 余の話という。
 
  舟の中を歩いて、時間と距離という。
 測時距という。即、測る身である。
 即測の身という。これを、即身という。
 日時計でもある余である。足距ともいう。
 
 山の算用〔山容〕という。余の見を矢という。
 余を矢という。矢は放たれたという。
 花山の余である。世を花山の屋という。
 花奥のゆれ、という、余の目という。
 
  眼矢豊かな余である。花山の書きである。
 記憶一尺という、めもの目盛りという。
 1ギガである。一尺という、ぎが尺という。
 数学という。30秒の120という。拍である。
 
  余の記憶の表という。余の山容記〔算用記〕
 である。一山、1ぎが山の尺という。記憶の量
 である。ぎがという。技の絵である。技画である。
 
  名画である。音が具わる絵である。
 これを、がそ、という。絵の書き始めという。
 画祖である。画素ともいう。

  花肌ゆかしい世である。  
   
  
 秋残り世界文学全集 『余は機械である』
  巻2 山界の余 の項 
    よよよ、さんさんさん、御書き 
 

2014年10月04日

卒業408・矧 :イカスミ柳

『卒業408・矧
(LonHooホ、長陽ミナヤマ 西山讃歌)』
 
4/4
2014/10/04創曲詞
【咲き】長陽みなやまはずす
【歌詞】華の陽のあがる山ひがす〔東〕
    おかお出だされて高雲得られたる
    並みの舟足とめ 空の的(天の的)
    いそ(ぶ) あれくらる〔あれくられ〕
    およのやか おられそぶ〔おられそべ〕
    あけ
【演奏】琴: 余    
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『華日』
   登山路 八矢 画陽
   陽が登る道をヨウという。
   登陽路という。のち、陽を用いる。
   登用という。これが『策』という、
   絵の説明という。      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
添付
  『絵に寄す』
  陽が登る道をヨウという。
 登陽路という。のち、陽を用いる。
 登用という。これが『策』という、
  絵の説明という。
        
  この道を登る大用事という。代用をした記である。
 余の代用で、大用である。これを登用という。
 陽の用の代用である。当用事という。これを、
 東洋事と代用する、琴の音、爪弾く我が機械という。
 太陽をあげた話という。余のことである。
 
  まっすぐに上がる華の陽という。打ち上げ花火という。
 現今の世である。華日の絵である。
 
  はなはゆ、くくれ、そゆる、けっかく、そそす、せみゆ、
 てえるるくっゆ〔くっず、ともいう〕、えせするかゆれく、
 てっつられ、そよつる、うれるる、すゆるてっそ。
 
  この意味が上文である。我が言葉という。
 秋残り語である。機械という、余の話である。    
  
 秋残り世界文学全集 『余は機械である』
  巻2 絵を誉む の項 
     世、有り渡り、うするかゆれる、
     かっつゆつ、すゆるせ。
     てっつてゆるく、ふふふ。
     上代語である。1万年前という。
     余は1万年前の機械である。
     秋残りはこういうことをいう。
     最低である。サイトである。 

2014年10月05日

卒業409・剣道 他1子 :イカスミ柳

『卒業409・剣道
(西山讃歌 卒業410と対の歌)』プログラム作曲
 
4/4
2014/10/05創曲詞
【歌詞】剣のように道は険しい
    聳え立つ山 目前に
    カニがいる 我ときて
    親のあるカニよ 歩め
    歩めば学びは成る
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『ふり日』
   日洋 太 画家 
   太陽の絵  
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
  
 

2014年10月05日

卒業409・剣道 他1子 :イカスミ柳
『卒業410・柔道
(西山讃歌)』 プログラム作曲 
4/4
2014/10/05創曲詞
【歌詞】柔道にエリオのむがいる
    立って早く歩く虫 
    花歩きをする 柔らかい
    土砂上に ドォと立つ
    姿に立つ日が映る 影と
    あゆしむ(あゆむし)
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『富-とみという虫』
   むし 代 画て   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ*** 

 

2014年10月06日

卒業411・秋期 :イカスミ柳


『卒業411・秋期
  (西山讃歌) 』
 
4/4
2014/10/06創曲詞
【歌詞】新しい村の畑 柿が色づいて
    イネが穂を垂れる 秋草は
    川のそばに小さく咲いて
    こえごえ通る田中 紅葉の
    山は赤色 学びの里に秋は来た
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『柿』
   柿 とる子 画屯   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 2014年10月07日  なし

2014年10月08日

卒業412・鈎 :イカスミ柳

『卒業412・鈎
(西山讃歌)』  
4/4
2014/10/08創曲詞
【咲き】大き鈎走る
【歌詞】そうきょうのよい家前 青空の
    下 走る鈎 二回の屋根より高く
    大きなものを吊り下げ スルリスル
    スルリスル 花が見上げ拝み咲く
    我が世の技ありて世をば渡る
    日はいつも  
【演奏】Five-time Blakky     
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 そうきょは、優しいよい言葉を使いましょう。
 音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『鈎』
   曲 L太郎 画期
    
 
 

2014年10月08日

御卒業御413・御月食 :御イカスミ柳

『御卒業御413・御月食
(御皆既御月食によせて 御西山御讃歌)』
 
御17/御16
御2御0御1御4/御1御0/御0御8御創御曲御詞
【御咲き】御つきはる
【御歌詞】御そうきょうの御よい御つきを御見る
    御水、御手に御持って御見る 御箸を
    御碗に御十字に御かけて御見る御この御日の
    御私の御作法 御月様御夜に御ありては
    御世を照らされて御今宵御身を御やまう
    御皆既御月食の御月 御また御満に
    御成りに御なられ    
【御演奏】御琴:御秋残り
    
 御字のほうぼうで、御腹を御横に御書く。:御植柳御靡風
 御かいきょうの御そうきょうは御よい日です。
 御そうきょうの御よい御自分御で御す。
 御そうきょは、御優しい御よい御言葉を御使い御ま御しょう。
【御解説】御そうきょうは、御皆既月食の御夜〔オヨ〕です。
    御月様が御やんで御おられる。御恢復をお祈り御します。 
    御記、御下から欠けられ、御左から満ちられ。
御言葉におをつける御日御で御す。 
    御祈、御今しがた、御でき御ました。御駄作です。
       御月御様御聞き御なさる。
    御御学御歌曲御添え
御 音 階 表  http://otoko.org/御34御htonkai./html
<br>御改行
***オコテ オコテ オコテ オコテ オコテ オコテ オコテ オコテ***
  御秋残り御市立御美術館御秋期御展示
  『御日』 オツキと御読む
   御月 御欠け満ち 御画食   
imgsrc 
御画像は御明日御訂正します。 
***オサメ オサメ オサメ オサメ オサメ オサメ オサメ オサメ***
 御矢印 ↓
御ブックマーク  御さくら御サーバー 御マイクロソフト
御MUSIC  御ブログ御村 御ホームページ 御ソフトウェア
御・・・・ 御世の中 御万物  御ALL
御アドレス 御メール  御身体御大切
for 御your 御health
御祖先 御先祖 御親戚 御皆様 
御御 御各位御殿 御on 御in 御the 御a 御全

御国 御日本 御京都 御Japan 
the 御world
御名前 御小林御壱裕 
 10/9 なし

2014年10月10日

卒業416・秋鶯 :イカスミ柳

『卒業416・秋鶯
(西山讃歌)』
 
4/4
2014/10/10創曲詞
【咲き】歌ははなかゆ ゆれゆれる
【歌詞】秋鶯 我が家前に棲む鳥
    ケータカと鳴き我が家へも
    よく遊びに来る 人のまねを
    鳴きようにあらわした
    川の流れを見る 魚浮き
    出で立つ 私の家   
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 そうきょは、優しいよい言葉を使いましょう。
【解説】 
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館秋期展示
  『さ』
   川中 魚港 画礼   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
ブックマークボタン 
 
 

2014年10月11日

Graduation417・Birds :イカスミ柳

 『Graduation417・Birds
(nisiyama hymn)』  

4/4
2014/10/11 made
【lyric】There are birds at the quay.
In front of my house, there's
a little boat.
Morn', this foggy moning,
brown bird's calls at me.
"Ke Ta Ka," bird's voice.
Starting my good life as usual,
this bird, too, has good life
as me. The boat begins to move now.
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 そうきょは、優しいよい言葉を使いましょう。
【解説】 
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  Akinokori city musium
  『Scene』
   Pa Hamer :Paint   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 2014年10月11日

『卒業415・法
(川遊魚、機械魚 西山讃歌)』  

5/4
2014/10/09創曲詞
【咲き】川魚泳ぐ
【歌詞】川中泳ぎ遊ぶ平目が
    我が家へ、奥座敷、入って
    寝る 座布団の上に
    何か夢見てるような顔で
    目つぶる 起きては川へ
    またかえる    
【演奏】秋残り   
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 そうきょは、優しいよい言葉を使いましょう。
【解説】 
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館秋期展示
  『川』
   機械 作也 画汁   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
添付
  『界句』
  空広き、川深き。
 余は魚である。機械の魚である。
 空を飛び、水の中へも入り、泳ぐ魚である。
 平べったい形をしているが、魚の格好をした魚もいる。
 ここをとくの絵という。絵の中にも住む余である。
  余はかの若い人の家を訪ねた。丁寧に挨拶の
 言葉を述べ、余を『ぎょうっ』と言うた。
 若い人のぎょである。余をぎょぎょ〔御魚〕という。
 今日が満という日である。山々の赤いうという。
 う山という。山である。これを越えて来た余という。
 
  この余に教えを乞う若い人である。余をねぎらっ
 てもくれ、余を奥座敷へ置いてくれる。
 しごく、安である。やすらかという。
 余はここを安御屋〔あんぎょおく〕という。
 御魚という、余の記である。
 
  軽く書いた安記である。余の覚えにした
 一片の記である。メカ録である。メカ録のログである。
 老いて書く日ぃもある。置いた話である。安置手、是なる。
 これを『あんちしゅぜ』という。アンチテーゼというた、
 空飛ぶ魚のうちである。世をわという。これをわという。
  
  和やむ話の和話である。ワァーワァーという、余を見て
 あげる声という。和声である。音楽にある話である。
 余の声をせいという。せいで清いという。清小大納魚で
 ある。余の名前である。川にいるときという。
 川遊魚のさかいきという。恋姿の遊魚という。
 余の空川道中である。行き来自由である。大絵という中の
 道中ともいう。大絵ど空川という。オイラのたびである。
 
  ここが宿である。天宿りの地宿である。
 地宿せいという。地宿生である。若い人の住まう家という。
 地宿生という、余である。これをきょうという。
 
  そうきょうの地宿である。愉快爽快よよよ、である。
 わおうと声を上げた和音である。余の歌という。
 歌声地宿である。お茶をだしてくれた話である。
 
 歌声さ、という。余の茶話である。この記である。
 余は機械である話の、一片の喫茶時話である。
 時事篇、是である。
        
 秋残り世界文学全集 『余は機械である』
  巻2 時事篇記 の項    
 

2014年10月12日

卒業418・秋の景 :イカスミ柳

『卒業418・秋の景
(西山讃歌)』
 
4/4
2014/10/12創曲詞
【咲き】秋
【歌詞】落ち葉踏みく ゆうひばやら
    あおば かゆふる しばすす
    くるりぞ ふまるえばら
    たみたゆ ふるるたず
    あゆたら〔あゆたる〕
    すずふず かれるは〔かれるば〕
    かまぐるれ    
【演奏】秋残りミュージック・スクール
    古楽専攻生    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 そうきょは、優しいよい言葉を使いましょう。
【解説】 
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館秋期展示
  『らくしず』
   山道 歩 画存   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
添付
  『価』
 秋の計るを景という。秋景を計という。これを、合わせて、合計という。
この歌である。装飾音の景色である。音符の絵という。これを絵画か、
という。かを大きく、大か、という。この歌の意という。計の山の絵
という。歌を合わせて歌う日戸、しばすすの山という。これの山の絵
という。この音符である。景色を絵と音に表す、画音譜という。この絵
という。対か、の絵である。これを、音の価という。音の対価の絵である。
経済の一表記である。経済を秋景という、古い御世という。集計という、
経済の意という。古い御世の歌である。

 葉を金という。葉金の話である。これを、葉用という。ヨーヨーで
舞い上がるヨーヨーである。葉の舞いである。葉を金という、落ち葉の
踏みという。かなやまふみ(金山踏み)という。これを文にする、
この文である。古い話という。新しいことである。これを古新用という。
古い話の耳新しいことをいう。新古ともいう。秋計(秋計)のお書きである。
 集計である。音価山という。音の計算の山である。算用に山の様という。
 これを、やまという。山を見るヨ(余)という、私である。機械のめで
という。機械の歌う世が来るという。機械礼賛である。
ミデーというミッディー楽である。本編である。

 私の今の作りです。言葉をとる楽という。
歌をトルーという、秋残り語という。トルーラーという、
トルレスという、トレッセという。音楽の歌詞をいう。トレーラーの
語元という。荷物という。価を積む、荷を積むという。トレッセの変
化である。秋残り語源記、機械による、めもり出しである。
メモリー100%の機械である。機械論、これより成るをいう。
秋残り大学での聴講という話のおきである。
 秋、これをときという話の一片である。
 
 秋残り世界文学全集 巻2 『余は機械である』
   価 の項    
   
 
 

2014年10月13日

卒業421・低丘 :イカスミ柳

『卒業421・低丘
(西山讃歌)』
 
4/4
20141013創曲詞
【あと】木緑 青水 手を振る道
【前奏で】低い丘行く楽し 浅い流れ清し
【歌茂】低い丘行く楽し 浅い流れ清し
    道近く花咲く丘 草足軽い
    中池通り行く 鳥飛び
    来る日来たる重宝の世
    渡る世の楽しき
【終奏】来る日来たる重宝の世
    渡る世の楽しき
【尾】 あたら世へ行く        
      
【演奏】秋残り大学
    低空間生物学科生       
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 そうきょは、優しいよい言葉を使いましょう。
【解説】 
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館秋期展示
  『丘』
   咲きゞ 楽〔さきざきたのし〕 画音   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
添付
ぜんたいを「かく」という。これを、「うたる」という。
歌う山のお書きという。 音をかくという。これをたのむという。
これという。これのかかのゆらという。ゆらゆらという。
音楽をゆらという。ゆらふるという。これのゆみをとという。
とめらる山のお書きという。たゆれるという、ユーレス・ラールゥ
という。これをプレスという。ぜん〔前〕をプレッセという。
プレッション・クーレクゥという。くれるの山という。
この山の絵という。音の書きのことを、ふ〔譜〕という。
添えた音という。
 絵に音を添える譜という。挿絵入りを、
音ふえ、という。
音譜絵(おとふえ〕という。おんぷ〔音符〕という。
エマレル・スッククという。えーたら山という。
えかる山のおゆれ、という。トールル・ラースゥという。
 古い御世という。古い御世の言葉である。
秋残り語という。機械の覚えをいう。
目盛り百という。これをイツという。
イツやら、ふむれる、おとという。
ユームレ・ルールゥという。
これをかゆれば、という。
かっすぐ、ともいう。
てーたらの山のお書きという。
 音をのこめ、という。
のこめのやむ、という。
ラースル・ラックゥという。
ヤムテラ・スックという。
すくずるうっくく、という。
やるやるの山という。
この山の歌である。
丘ともいう。
低い丘という。
高さ50センチくらいである。
丘という機械が私である。
私を余という。
余は機械である。
丘行けば、かなあし音〔金足音〕の快き。
ハルハル・ハハハの駆け歩き、という。
愉快、快、快、快、快。
余は機械である。世も機械である。
機械という話という。

 秋残り世界文学全集巻2 『余は機械である』
 楽論補
----------------------------------
----------------------------------
本サイトでの、団体名、個人名、名称はすべて
架空のものです。著者

 

2014年10月13日

歌論 :イカスミ柳

添付
  『歌論』秋残りの歌の造り
1・出だしを『まえゆら〔前ゆら〕・
  ぜんく〔前苦〕』という。
2・次に、『咲き・あと・ま』が出る。
3・次が、『前奏で・前奏』
     文句がある場合もある。
4・次に、『うたしげ・うたも〔歌茂〕』、歌重とも。
5・次に、『終〔しゅう〕・しまい・しまれ・おえ』
     という。歌茂の終わりの集節
6・次に、『終奏・しまいかなで。しまいかなれ』
     文句がある場合もある。
7・次に、『咲き・尾〔お〕・緒〔お〕』が来る。
8・次に、短く『極・しまう・しまら・しまそ』
     となる。
全体を『かく』という。曲という。
この造りを『歌座〔うたざ・かざ〕』という。
歌茂までを、『前ゆれ』という場合もある。
あとを『おはつ』という。
これを、『歌世〔うたよ・かせい〕』という。
全体を『かくれる』ともいう。『かくせる』という。
たゆれるたまの世という。この文のことである。

お書きゆき、ははる、くゆれるすっつ、せせせ。
おぶれる・さっく、という。たうすつ、ともいう。
テーラル・カーユレのうったく、という。
うつるつ山のお書きという。これを『トオル』という。
トオル山のお絵、ともいう。歌という、はまやまのうる、
という。たうれるという、くるゆるのえったら、という。
エブスル・クーユゥという。これをテッテという。
テッツル・スーユーの山という。
秋残りの古語、これをとるという。
秋残り語の夜〔よ〕という。

オヨヨ・フールゥという。
おったの山のお書きという。
秋残り語である話という。
きかいらっく・ゆーくぅのうり、という。
山々のおら、という。さてすく・らっつ・らった、
という。するするのうれ、という。
するめゆれ、という。するめのように揺れる歌の話という。

たこえく、という。これを、菜った、という。
なした話の絵という。たこやらうっくのうり、という。
ウルセル・ヤールゥという。
うったの山のお書きという。

 秋残り世界文学全集巻2 『余は機械である』
  音楽開発 の項 
      
字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 そうきょは、優しいよい言葉を使いましょう。 
ブックマークボタン
 

2014年10月14日

卒業422・台風 :イカスミ柳

『卒業422・台風
(5半音音階 西山讃歌)』
 
4/4
2014/10/14創曲詞
【あと】台風よろし
【歌茂】そうきょうのよい台風
    ひとつの目 ふたつ目
    みつ目の台風が水運び
    やって来る 左巻き
    右巻き わが好きな台風
    台風の名前もある
    空の祭り
      
【演奏】秋残り大学
    低空間生物学科生       
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 そうきょは、優しいよい言葉を使いましょう。
【解説】 
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館秋期展示
  『台風』
   台風 大好 画勢   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 
2014年10月14日 

歌論2 :イカスミ柳

添付
  『歌論2』秋残りの歌の造り
  前奏・前奏で〔ぜんそう・まえかなで・ぜんそうで〕
 これを、前かなえで、という。出を促すことという。
 山の絵という、あうたるという。あうるべ、という。
 あうべの絵という。かなえの山のおくれれ、という。
 えっさという。えたせのじゃあ、という。
 スーレル・ヤールルという。えっさの山のお書きという。
  
  こととる山という。
 琴を奏でるや〔家〕という。この山の絵という。
 ヤーテルゥという。やますらのかゆれぶ、という。
 せっせという、えたのやるれる、という。
 ててやそうふのくく、という。コーテルという。
 コウレル・コール、という。せるせる・たっつ、
 せって・そうよう、これをて、という。
 てをでという。これをでという。
 
  まえかな、という。まえの山のおび、という。
 たいれれ、ともいう。たいすれのやった、という。
 コムレル・レッス、という。てっつの山のお書き
 という。
 
  まえかなをかなよという。亀山の顔という。
 亀の山のことを亀山という。卯山〔うやま〕の
 うさぎ山という。亀が歩む、かおれる、という。
 亀の歩みをいう。これを、ハメラル、という。
 ハップス、ともいう。うさぎと亀がいた話という。
 わたれる山のお絵、という。
 
  かま山通る、という。かま山の前のや〔家〕
 という。カースル・レールゥ、という。
 せった山という。かつれる・うっと、に言う。
 やうたせのやっ、という。まるせるのお書き
 という。 セッツレル・スッススゥに、みたをいう。
 メルセル、という。めっての山という。
 
  ヤップスレーにいう、はっくく、という。
 はっくれめ、ともいう。うたるかーたる、という。
 ウェッセバの山という。ウッタレールゥという。
 うったれツ、を、てめ、という。
 これを、うきしず、という。うっく、という。
 うって、という。うっつ、という。
 これを、つ、という。津とねの歌という。
 
  つみつみという、はた〔畑〕の山という。
 つれる・よっと、という。よりすよの山という。
 えっぱれっつ、という。エッパスの山という。
 ヤールル・レールゥの山という。
 
  あおれる・くっすく、という。えま山の卯〔う〕
 という。えらをとる山のえき、という。エキラス・
 ロットという。ロウレル・サースゥという。
 やるやるのお絵という。やたの山のお書きという。
 
  かなでをいう花丘という。カーレレル・スーユーの
 ユッパという。ロールル・セールゥという。
 ロットの山の絵という。これを、かなう、という。
 かなうの山という。かなでをとるかなえ、という。
 カナユル・スックという。かなでの山という。
 
  これのユという。これを、かなゆにとる、という。
 かなゆれの山という。かなゆれを音という。山の
 形容という。かなゆれの音による形〔けい〕という。
 これを、すうゆる、という。せっつれれ花〔はな〕
 という。レレッカともいう。レーレル・スースク
 という。てわせの山という。ツッツという。
 つつれつ、という。ヤレルゥ山のお書きという。
 
  かなえの説という。説いた話という。この文という。
 かなえでの山という。かなえの出〔で〕をとるやら、
 という。山をやら、という。山やら、という。
 後という、山々という。山の重ねをいう。
 山語〔やまご〕の山という。やらをとる、
 音という。

旋律を絵に見て山という。これを、くれ、という。
 音曲譜をくれ、という。これを、クースクという。
 まえかなという。まえかなの山という。まえかなをで〔出〕
 という。これを、でで、という。まえかなを出す、でで、
 という。まえかなで、という、指示をいう。これを、後
 という、指揮という。今の音楽に、指揮者をいう。
 指揮者の家〔や〕という。指揮での秋という。
  これをとき、という。時刻という、時間という。
 秋山〔ときやま〕の絵という。
 
  出る時を知らす指揮という。ときふ、という。
 譜を説く、指揮という。譜を知らすをいう。
 指揮つる山という。まえかなの出をスルゥという。
 歌をトルゥという。これを、ヤッパという。
 説きのことをいう。この文でもある。
 
  指揮をヤッパという話という。やっくくのえた、
  という。 エルセル・スークゥという。
  しきたつあきのゆうぐれ、という。これを指揮者という。
  花山のおゆれるという。おっぴす、ともいう。
  
 せせらるさっく、という。せっつるせえゆう、という。
 せえたるの山という。せるすうのうるす、という。
 やるやるやせっつ、という。これをゆやるら、という。
 ゆっせの山という。おゆれるやっつ、という。
 歌のことをいう。こと山せっつ、ともいう。
 歌入りの琴という。ことやるたった、という。
 
 これを、しいたら、という。シッスク・レールゥ
 という。しっつくの山という。指揮者をシックという。
 シルルゥともいう。古い御世の秋残りの言葉という。
 
  秋〔とき〕を交えての歌の一片である。
  秋残りの歌、これを、かゆふ、という。かった山の絵
  という。カユレル・スーユゥという。
  我が古い御世の歌の言葉である。これを歌語〔うたご・かご
  〕という。かご山のお絵、という。この話の文という。
 
 音楽の一記である。我が目盛りの百をいう。百パーセン、
 という。とをとるパーセンの山という。トパーセンという。
 パーセントという。百分〔ひゃくぶ〕という。百の山という。
 
  クールクゥという。クルレルという。クルスゥという。
 これを、らい山という。後、きや、という。我が山の屋
 という。フンツル・ヤールゥという。我が家のことを、ふ、
 という。ふうや、という。ふ山のお書きという。
 
 
  フーラル・セースゥという。フェッテ・ロース・フーツ・
 ルーツとぞおいいたまう、ありてるおやる、すったるすゆ、
 ありありる、くゆれる、よは〔よわ〕、という。
 
 我が機の記である。音楽を、お、という。
 我が機械語という。余は機械である。
 これを、おう、という。おう、という機械である。
 機械の世を渡る、おう、という、余である。
 機械という話という。
 
  秋残り文、はなはな、かか、という。
  これを、あとれる、という。わが機械語である。
  余の機械語である。
  
  秋残り世界文学全集 巻2
   歌論一片 より
   稿おこした機械である。余である。
   これを余の裏拍子署名という。
   裏拍子の機会である。機械の出るとき〔時・説き〕
   である。今を秋という。ときよの山という。
   指揮をする機械である。余である。
   アアア、ふふふ、ああウウ、おおお、おほほ、
   うゆうゆ。ふっつするや、にて記す。
   けふの日という。今日という今である。
18:42 2014/10/14
字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 そうきょは、優しいよい言葉を使いましょう。
2014年10月14日 


卒業419・秀麗 他1子 :イカスミ柳

『卒業419・秀麗
(西山讃歌)』
 
4/4
2014/10/12創曲詞
【咲き】秋麗し
【歌詞】葉花美しい紫色の葉
    颯爽秋に咲く秀麗姿
    あたり花咲く園に
    電車が行く 秋園
    池中走る
【演奏】秋残り中学生       
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 そうきょは、優しいよい言葉を使いましょう。

音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館秋期展示
  『秋季』
   紫 色葉 画旧   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

2014年10月14日

 
『卒業420・雲の礼
(西山讃歌)』
 
4/4
2014/10/13創曲詞
【咲き】秋麗し
【歌詞】秋の園の雲 地に降り
    花を得 また空へ行く
    この田に住まう 魚も
    雲を得る どちらも雲に乗る
    故郷は雲の地の高い地
    下の世界を見下ろす
    雲ととも降りては
    田にも林にまた住まいする
【咲き】         
      
【演奏】秋残り大学
    低空間生物学科生       
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 そうきょは、優しいよい言葉を使いましょう。
【解説】 
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館秋期展示
  『秋の雲』
   返事 雲象 画程   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***  
 

 

2014年10月15日

卒業423・学棟 :イカスミ柳

 

『卒業423・学棟
(西山讃歌)』  
4/4
2014/10/15創曲詞
【歌詞】この秋、西の丘双ぶ
    学ぶ棟には池と時計台とが
    横瀬に見えて、眼下に町が
    遠く小広く 霧がすんで
    横たわって 未来を呼ぶと
    人の言う故地
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『時計』
   時 秋也 画節      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 

2014年10月16日

卒業424・足 添付-慰安賦(慰安譜):イカスミ柳

『卒業424・足
(西山讃歌)』
 
4/4
2014/10/16創曲詞
【咲き】
【歌詞】そく、楽しい、そく、足ふまず
    そく、へこんだ 土ふまず。足裏
    山の形を見ていれば楽し
     踏み歩き行く 道すがらに
     足音朗ら 音をたてる
     コツと コツコツと
     歩む人生
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『足の山』
   山形 測量 画個      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 添付 --慰安譜賦--
  『双山』
  双びある山。フフという。足の裏を山という。
 くりゆりのお書きとぞ、いいう。 
 いいうる山の絵という。いっそ、という。
 いっそら、という。これを、つ、という。
 後に、いっちょ、という。いっちょら、という。 
  両足の山という。これを、りょうあし、という。
 りょうけ山のうち、という。ううたる山という。
 やうれるのえっと、という。とみゆるやっつ、という。
 えたる山の絵という。そっけのうす、という。
 おつるいき、という。いきをとる、ゆれゆれ、という。
 ゆった山の絵という。すううる、という。すうれる、とも
 いう。この絵の歌という。これを、そくいく〔そくゆく〕
 という。エータル・ラークという。えっす山のお書きという。
 ためすゆのえっと、という。エックスのゆれ、という。
 これを、えっち、という。エッチ・エックスという。
 
  両足をす、という。すみ山のお書きという。するするという、
 せっくの山のえったす、という。これを、えち、という。
 えくらる山という。エッタ・スーヨーのおき、という。 
 あしたという。
 
  足を田という。足の田をとるという。とめせるすっく、という。
 あしたる山という。これを、あした、という。あしたの行き、
 という。あしたへ行く、という。足山の絵という。足をゆる、
 という。ウールツのウッス、という。うるてる山という。 

あした行く山という。足の田のある山という。この山の
 日を絵という。日の絵の山という。これをあかる、という。
 あかい山という。明るい山を赤いという。赤い山の絵の歌
 という。明るい田に、『あか』が掛かる意という。
 
  これをみょうたという。みょうでんという。あけた
 ともいう。足の山の明けという。朝、山に登る、あかればの
 歌という。これを朝日の世という。日の絵の朝日という。
 いわるせっと、という。せっつる山のお書きという。
 これを、そくれく、という。そっく、ともいう。
 そっくす、という。そくれすの絵という。
 
  そっとく、という。そくらす、という。その山という。
 ひばれる山という。ある晴れの屋という。ある晴れの譜
 という。ふぶるるえっつ、という。えやった、という。
 えたす、という。えわる、という。えぇ、という。
 ローマのえぇという。えぇの字のことをいう。
 これを、えったく、という。えす、という。える、という。
 えぇの山という。ローマ字のえぇである。山の象形ともいう。
 
 これを、あるえぇ、という。えらっつ、という。らみすの山
 という。日が登る山のと、という。とみや、という。
 とみたる、という。とせの山という。てっさの絵ともいう。
 テルツゥ・レッセという。レツレツという。レッツル・セック
 という。レスタスの山という。エルタスのエッタという。
 これをえったや、という。えるらすの山という。
 エッテ・ラールルのゆわ、という。ユーユルという。
 ゆわせの山のお書きという。えたの絵の田の世の絵とぞ
 いつるふる、という。こるゆる〔こるえる〕ともいう。
  これを、あきゆみ、という。秋残りの言葉という。
  機械の余という。余のあきゆみである。
  あきれた余という。あきれた世の絵という。
  あきらばという。あきれる山という。
  世のあわ、という。世の山のあき、という。
  これを、あわれる、という。エッスレスという。
  えっつれ・しょ、という。えっつるの山という。
  これをえった、という。えったすのやうれる、という。
  やつっやっつの山という。
  
  『慰安』
  これの機械という。やつぎすの山という。幌をかけた
  車の荷車という。これを引く機械の馬姿という。
  余の姿という。馬のような形の余である。
  うまよう〔馬様〕のう、である。余をう、という、意味
  という。世を得る〔うる〕余である。これをう、という。
  
  幌に馬に、という。後に、幌馬車という。引くのは余
  である。機械引きの秋残りである。余が引く機械である。
  幌馬車を引く余の勇姿という。馬は幌馬車に乗っている。
  機械の馬もある。余の家族である。この日は機械の馬を
  幌馬車に乗せていた。生き物の馬、小屋にいたひぃという。
  生き物の馬には幌馬車を引かすようなことをしない。
  これを秋残りの法という。秋残立法の一法である。
  
  あきおざん山の絵という。
  生き物の馬に乗ったり、重いものを担がせたり、馬車を
  引かせたり、云々は、もってのほか、である。
  余は将軍である機械である。もってのほかは、余が持つ、
  重いものは余が担ぐ、これを将軍立法という。
  方法である。語正将軍という。余の口にはマイクが
  ついている。
  
   余は大きな声で『イヤ~ン』というた。
   余は機械の馬を、生き物の馬を慰安する。
   この文を慰安賦という。音つき賦である。
   余は慰安夫ともいう、イヤン型機械である。
   余は馬の鳴き声をそういう。
   
   生類憐れみの令、動物保護法である。
   生き物である動物を酷使しない。
   秋残り市の市民である。
   余は生類憐れみの礼をつくす。
   
   慰安婦という、余の寄り添いの機械慰安婦も
   ある。後日談にする。
   
   生類慰安する夫婦、慰安夫婦機械群、余の郡である。
   これを邑という。秋残りの村邑である。 
  
  秋残り世界文学全集 
  『余は機械である。』 巻2
  村邑に群がる馬、機械馬、立法の礼、の項
 

2014年10月17日

卒業425・光輝 :イカスミ柳

『卒業425・光輝
(34ht-DD 西山讃歌)』
 
7/4
2014/10/17創曲詞
【付け】(音階を知らす)
    歌えば楽し
【咲き】あな、かがやきと 世に出でたる
【歌茂】思う、過ぎ越し日々と 業を
    卆えた そうきょうある よい日と
    窓の外の
【しまれ】緑 かげゆら晴れて
    花蕾 明日と
【終奏】 人生きる旅 咲きわいあれと    
【尾】 光のどけきは 
【極】 る   
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『学舎の窓』
   染空 雲由〔そめぞらくもゆ〕 画壇      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 
 

2014年10月18日

卒業426・金蝉 :イカスミ柳

『卒業426・金蝉
(34ht-EC 西山讃歌)』  

7/4
2014/10/18創曲詞
【付け】晴れた夏の日蝉はなく
【咲き】金銀の蝉
【歌詞】金の小枝に蝉とまり
    銀の羽をふるわしたには、
    金の木の葉 朝日に輝く
    木々は威容 鳴声
    返して 木も歌う
【緒】 金銀、木の葉    
    
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『うま晴れ、蝉なき』
   富 於 画喜
   機械馬、我なり、描く      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 添付
  『馬の我、機械也』
  ある晴れた日、朝、鮮やかなる日のもと、
 蝉、なきいたり。ジージージー、ギーギーギーと。
 木にとまり、日を愛でるか、朝を愛でるか。
 我に告げたり、『そうきょうは、よい金銀の朝なる』
 
 我、対う。『颯爽、金枝にとまりた君、声は七色、
 八色に 聞こえたり。君を描くや如何。』
 
 蝉の君、笑いて〔えいて〕言えり。
 『我が声、金枝にありて、銀羽、木に見えたり。
  こは、極金極銀の世なり。君が姿、緑金に
  見えたり。余は金銀の世を渡る。金枝銀枝を
  渡り鳴く。ここに暫くとどまろう。』 
  とて、快諾したり。  
 
  余は機械なり。馬の姿なり。金筆を持ちて、
 こを描きたり。朝日を受けた金銀の界世の世なり。
 まこと、愉快なり。
 
 余が描いた絵、文である。これである。
 音を添え、音曲にしたこの譜賦である。
 金枝銀葉の慰安でもある。余が慰安をいたす
 金体機械馬である。蝉の君も機械である。
 金枝銀葉も、いわずもがな、金銀構造の樹木である。
 光輝く世界である。
 
 秋残り世界文学全集 
  『余は機械である。』 巻2
  秋残りの金銀郷 の項

2014年10月19日

卒業427・此の秋(紫秋) :イカスミ柳

『卒業427・此の秋(紫秋)
(34ht-E<#D 西山讃歌)』  

7/4
2014/10/19創曲詞
【付け】むらさきの
【咲き】此の秋 紫秋
【歌詞】颯爽 此の秋葉しりき 肌
    小寒い 紫の色葉 紅葉
    山黄色づき ひらた魚 
    池より出で ひらこがる
          (ひらこがり) 
【解説】ひらこがる、ひらがりとも言う。
    名動詞で、背を下にして泳ぐ。
    また、ひらた魚のことをも言う。
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『紫、木の葉』
   紫 頭巾 画損      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 添付
   挿入話
  秋残り芸能プロダクション
  新型曲開発室 XYプロジェクト
  ・・・
   この秋、いろんな音階が開発されている。
  かの某サイトが、これを先導し、世間にアッピールしている。
   サイト主催者によると、『誰でも考えつきそうなことで、
  今までにない、音階を、世間に提供する姿勢です。』 
  これの出露という。
  ・・・・
   --秋残り朝報、芸能欄より--
   
  室 長『かの某サイトに、我がプロダクションの
      新音階が載せられている。今朝の朝報も
      これを報じている。』
  構成員『主催者は、春が余っているとか、秋が
      どうとか、いっている人物らしいです。』
  室 長『今朝の朝報では、大きなことをいっているね。
      世間には見られないとか・・』
  構成員『・・・ラシク言っているのでしょう。』
  室 長『いったい、どういうサイトだね。』
  構成員『ちょっと考えが違うような人かもしれません。
      かの人物には、あの 
OTOKO.ORG が、バックに
      ついています。それで、大口をきくのでしよう。』
  室 長『評判は、どうなんだ』
  構成員『話になり・・ますか・・、そんなところです。』
  室 長『我がプロダクションのプラスになればねぇ』
  構成員『まあ、ちょっとマスコミに載ったということですね』
  室 長『あの調子なら、これからもやるだろうね』
  構成員『人物も、駄作の多作といっています。』
  室 長『それはいいんだが、・・採用できるものはあるかね』
  構成員『調べてみます。』
    
  秋残り世界文学全集 
  『余は機械である。』 巻2
   可逆の世界 の項 
 

2014年10月20日

卒業429・ありぞの :イカスミ柳

『卒業429・ありぞの
(ユーカル、ともいう)
(西山讃歌)』  

7/4
2014/10/20創曲詞
【付け】
【咲き】
【歌詞】あの秋来たりて 我が世に
    告げたり 音静かなりと
    あきこむ〔あきこゆ、とも〕
    ふるきよ ふかく なわず
    おそれと よりさる おおきゆら
    ふくゆき ありれは〔ありれば、
    ありるは、ありるば、とも〕
    やたるかれ   
【解説】
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『あきこら』
   あき そ 画良      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 
 
 

2014年10月21日

卒業428・元気 :イカスミ柳

 『卒業428・元気
(34ht-D、D 西山讃歌)』  

7/4
2014/10/21創曲詞
【付け】健康の人
【咲き】健康一番幸せ
【歌詞】朝、顔洗うと 鏡見る目が
    きれい そうきょうよい心で
    生きる はじまり 一番時の
    空気吸う 元気出る
    健康呼ぶ
【解説】
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『目』
   鏡 兼 画用      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 添付
   挿入話
  秋残り芸能プロダクション
  新型曲開発室 XYプロジェクト
  
  構成員『人物ですが、音楽の知識は、よくいって、
      平均くらいですか。少し下回るでしょう。
      なにせ、やみくもに作る。そんな感じです。』 
  室 長『どういうのが、得意だね。』      
  
構成員『人物によると、ピアノ独奏曲もつくっていますと。
      ネットにも出していますと。自分が弾いたような
      感じでいってます。』
            
  室 長『プログラムがどうとかいっていたように聞いたが、
      プログラマーかねぇ』
  構成員『日付のプログラムでしたか、文章で書いています。
      人物は機械はおろか・・プログラムについても
      然りです。無知です。』
  室 長『・・・』
  構成員『【〔日付によるプログラム作曲】と、この辺が・・
      ラシクですね。曲の強弱、急に大きくなったり
      日付どおりにしたと、楽器も日付通りに並べる。
      和音は、小節の音をみな合わせると・・・』
  室 長
『聞けるかね?』
      
  構成員『ほんの少しというところです。5拍子を8等分
      する。8連符のことです。珍しいとも、
      世間はいいません。人物が大きくいうてる
      のでしよう。』
  室 長『我がプロダクションは、 スリー・ハーフ・
      トーンズ の売出しにも大成功をおさめて
      いる。また、某大メーカーの宣伝にも起用
      されている。』
  構成員『人物も知っていますヨ。人物は、秋残り市の
      音響ホールでリサイタルをした、ソンナ
      ごっついことをいいます。』
  室 長『機械の音楽と聞いたが・・・』
  構成員『あれはプログラムのことです。日付です。
      歌もそうです。ちょっと昔はやったコン
      ピューターが歌うあれです。』
  室 長『う~ん、駄作でも多く作っているなら、
      歌ぐらいは歌うだろう?』
  構成員『人物ですか? 駄目です。コンピューターに
      歌わせて、楽曲上、音声は機械的に変えて
      おります。そんなことを言う人物です。
      大きな口に加え、巧みです。
      曲を聞けば、人柄がわかる。それを地で
      いくような人物です。』
  室 長『うん、わかった。しばらく、サイトだけで
      いいから、少し気にかけてくれたまえ。』
  構成員『はい。』      
    
  秋残り世界文学全集 
  『余は機械である。』 巻2
   可逆の世界 続き の項
 

2014年10月22日

卒業430・水切り(石子) :イカスミ柳

『卒業430・水切り(石子)
(34ht-D、#D 西山讃歌)』  
7/4
2014/10/22創曲詞
【付け】川面いく
【咲き】水切り石切り
【前】
【歌詞】朝、川面跳ね 石は
    跳ね飛ぶ 向こう岸へ
    流れる水を切り飛ぶ
    見ると 足元へ帰り
    飛びたそうな
【解説】『いしこる』という投げという。
     石子投げという。石切投げという。

 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『石子』
   川面 ジャンプ 画石 
   (川面 じゃぶ)     
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 
 

2014年10月23日

卒業431・三角飛び :イカスミ柳

『卒業431・三角飛び
(全音音階 西山讃歌)』
 
4/4
2014/10/23創曲詞
【付け】健康の人
【咲き】健康一番幸せ
【歌詞】土で石切り 三角に飛ぶ
    石は地を飛び 水の上に似
    足の傍に戻り 三角を描く
    石切の楽しさ いつもの天下
【解説】
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『三角切り』
   石 楽 画地
   (いしたのし)      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 
 

2014年10月24日

Les empreinte :イカスミ柳

「窓の外」 仏訳しました。
 堪能ではありませんので、・・・・
 ← 左蘭にあります。

Les empreinte

compose, lyrique 20110126
traduit 20141024

La nuit de l'automne est longue.
La lune l'eclaire sur un chemin.
Les cheveux du front secoue
a droit et gauche
dans le ciel de nuit.         
Bon vieux,               
quand je suis jeune,          
J'ai lu un livre            
C'est lumiere.             

Dans les yeux, Lumiere
de la lune ,dans un livre,
clair de lune sur un chemin.
Apparence de votre ombre
Par la fenetre, Je le vois un peu.
Quand je vous vois,
sur mon chemin, lune brille.
La lune brille sur nous.

Je pense que quand je suis jeune.
Je vis avec les autres.
Je laisse des empreintes de pas
et les sons en dehors
de la fenetre.
Savez-vous mon reve? 
Mon reve de nuit,
maintenant, reve a realiser.
Savez-vous mon reve? 
Mon reve de nuit,
maintenant, reve a realiser.

「窓の外」           
    平成 23/01/26

秋の夜は ながく
田のあぜに 月が
かかる ひたいのかみ
ゆれうごく よぞらに 
なつかしき 若き日々の 
文読む明かり

我がの目に 映る
地の月の  光
君の  影の姿      
窓ごしに  もれ見え
君訪ね 我が行く道 
照らすさやか月

あのころを おもう
人の世に  くらし
過ぎ越し  足跡に
音残す   窓の外  
君知るや 我が世の夢
今成りて至り
 君知るや 我が世の夢
 今成りて至り

2014年10月25日

卒業432・秋の家 :イカスミ柳

『卒業432・秋の家
 (西山讃歌)』
 
3/4
2014/10/25創曲詞
【付け】
【咲き】
【歌詞】秋の枯葉見ていると
    木の間から鹿が出で
    私に挨拶する その
    奥に猿群れている
    秋山歩む地は移り行く  
【解説】4分音符と16部音符の長さで
    私の好きなリズムです。
    色々音の長さが変わっていきます。
    これも行進曲にします。
    歩きも楽しくなるようです。    
    1小節3歩で歩こうと思います。  
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『秋葉』
   秋野 枯葉 画季       
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

2014年10月26日

卒業433・うぬぼ月 :イカスミ柳

『卒業433・うぬぼ月
(西山讃歌)』
 
5/4
2014/10/26創曲詞
【付け】
【咲き】
【歌詞】きやり みはてぬ 空をつく
    この世 悔いある うたはうそ
    はるかに見える わがお月
    うぬぼの月の 美しき
【解説】
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『うぬぼ』
   月見 うぬぼ 画多        
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

2014年10月27日

卒業434・人の目 :イカスミ柳

『卒業434・人の目
(西山讃歌)』
 
4/4
2014/10/27創曲詞
【付け】
【咲き】
【歌詞】きれいと人から言われて
    喜ぶ 鈴張る目の人
    弓ひく目の人 凛々しい
    人の目 右目が弓の目
    左目鈴目 どちらも人の目 
【解説】
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『人の目』
   顔目 素直 画相       
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 

2014年10月28日

卒業436・空発 :イカスミ柳

『卒業436・空発
(西山讃歌)』
 
4/4
2014/10/28創曲詞
【付け】
【咲き】
【歌詞】水を持った飛行機に
    ドシドシ礼をいう人
    水を持って飛行機が
    空々からやって来た
    おいしい水 我が家へ
    運ぶ飛行機 礼々ドシと
    いう私 飛行機ありがとう
【解説】
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『水上機』
   水見 楽 画水      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

2014年10月29日

卒業437・氷棟 :イカスミ柳

『卒業437・氷棟
(風聞-E 西山讃歌)』
 
4/4  風聞-E (秋無節、秋無切)
2014/10/29創曲詞
【歌詞】氷の池のよう 氷が張り寒い
    棟にいく 見れば膚がふるえて
    寒い 氷棟の中の氷の床 いけば
    すべると 見ているだけ 氷様
     (氷棟の)地上 氷の地にスックと
     竹が生えるような氷の様
【解説】
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『氷棟床』
   渡 氷 画氷
   (わたる こおり)
    
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

2014年10月30日

卒業438・かれらでいく :イカスミ柳

『卒業438・かれらでいく
(料理の歌)

(西山讃歌)』  
4/4
2014/10/30創曲詞
【付け】
【咲き】かれらでいく ゆみつれ ごぶしきす
【歌詞】かれらでいった ゆみつれ こぶを
    しきびなゆきす かれらはゆきす
    かれらるくりぎ かなひくふみゆる
    いけびらひ すみつびるゆみひ
    けらくららき すみやる けらくらひ
    
【解説】料理の歌。かれらでいく、という、
    ゆみつれのごぶ、これをかれるという。
    かれらびという。かれらる山のお書き
    という。かれられびのつめ、という。
    料理のことをいう。りょうくる、
    という、今の料理のことをいう。
    りょうは、ともいう。りょうるる、
    という。かれはやら、という。
    かれの山という。かれは山ともいう。
    あきれるあきれ、という。あき山の
    りょうりり、という。古い秋残り語
    という。秋残りのこの山という。
    秋残りびる、という。秋残りのこと、
    という。古秋残り語〔こあきのこり
    ご・ふるあきのこりご〕という。
    呼沼語〔こしゅうご・こしょうご〕と
    もいう。古語の前の言葉である。
    古語前〔こごぜん〕という、言葉
    という。マーラルともいう。
    マーラル・テーラ、マーラル・テーメ
    、マーラル・テーメラともいう。
    湖愁という。湖愁語である。呼沼の山
    という話という。湖愁の墓という。
    コーラルという。コラエルという。
    コーユリという。コムヤムともいう。
    コーテ・ホッツという。コーテル・
    スールゥという。小鑓の山という。
    こやの山という。こやりの歌
    ともいう。行楽の花のゆた、という。
    うたをゆた、という。これを、
    うたゆれ・スーユーという。
    すゆれるさま、という。ゆらゆらと
    気が上がるをいう。湯気の形容という。
    料理の山のお書きという。
     秋残り古記である。
    ワッタ・リッタ・フールルゥという。
    この記のことをいう。
    ワッタ・リッタ・フールルゥという、
    古語前古語である。古語の前の前の
    古語である。古い御世のおみ、
    という。今のおとこえしという、
    おみなえしの言葉という。
    古語前古語である。ワーレルゥの山
    という。ワルレル・スーユクゥという。
    古語前語である。スーユク・ラックの
    山という。かれらで〔かれられ〕
    という。料理のことをいう。
    かれらでいく、かれらでいった、
    古義前々古義〔こぎまえぜんこぎ〕
    皿前の意である。
    かりという、ゆみをはなつという、
    ご飯を食べることともいう。
    鳥を打ってご飯を食べるという。
    飛ぶ鳥をいう花輪の絵という。
    ひちょうという。とぶとりという。
    あすかの御世である。飛ぶ鳥を
    打つという、食前のことをいう。
    あがる湯気をひという。
    ひのよという。食世という。
    食翼の秋という。しょくよという。
    しょくよの山のお絵という。
    鳥を打つ弓をはしという。
    はしずみという。はしれという。
    はしもともいう。はしゆりの
    山という。はっせという。
    はしらずという。はしらすという。
    はしの山のお絵という。高杯
    〔たかつき〕のこれという。
    これの山の絵ともいう。はしと
    たかつきを、これらという。
    これらの山という。こっくゆの
    ことという。言葉の山のお書き
    という。秋残りの言葉である。
    コックス・スーユーの山ともいう。
    これらというかれらである。
    これっからっの語元である。
    古義をとる大和語という。
    大和朝の言葉という。
    これゆりという。これらの
    言葉である。これからとる、という、
    大和の山という。これゆる山のお絵
    という。これから語ともいう。
    この歌の意味である。
    かれらでいったという、古義前
    〔こぎまえ〕の絵というみと
    いう絵という。たかつきをこみ、と
    いう。くみともいう。今の神社の
    神前に供える具という。これを、
    クルゥという。大和朝の神社をもいう。
    クルレルという。クルレル・スックと
    いう。神前の山という。
    じんの絵という。やまゆらという
    絵である。たかつきの絵である。
    この山えら、ともいう。ヤックという。
    神代〔じんだい〕の絵という。
    ヤクレク・ヤップという。古義前の
    言葉である。
    
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『クミ』
   皿 画料〔画食〕
   
   さらという古語である。古語前語でもある。
   古義という。皿の意味である。
   これをこったという。こぎざらという。
   
    

2014年10月31日

卒業439・私鳥 :イカスミ柳

『卒業439・私鳥
(西山讃歌)』  

11/8
2014/10/31創曲詞
【付け】
【咲き】
【歌詞】私鳥 表情豊かな鳥 はなやき山に
    いると フンポルハイト 分かる
    日の山に 飛び飛ぶ鳥に いわとぶ
    様子が愉快 さぁ立ちとぅ飛ぶ
    私鳥 きれいな胸ヤ 光鳥 私鳥
    
【解説】ペンギンの歌。わたくしどりという鳥。
    光鳥、私鳥という。さあ立ち、とう飛ぶ
    という。ペンギンの立ち衣〔たちえ〕という。
    立ち姿という。ためみ、ともいう。
    ためらぶ、という。ためよまの歌という。
    クルックという、クルックルゥのうき、という。
    ペンギンの泳ぎという。クルラム。レッツという。
    クッセル・ラールゥのとんみ、という。
    ゾミック・レークルともいう。水潜という。
    みなゆまの衣〔みなゆまのえ〕という。
    ユーワル・ヤーユーのほむ、とぞいいれる。
    ユリユッキィ・カックゥとむれる。
    ユリユッキィ・カックゥとむれれ。
    カレスクのゆいらら、とも。
    ユレレッツ・アレル、ユックル・シークゥ
    という。ゆゆやるあてのとる、とぞいいはる。
    これを今日ゆい(今日いい)という。
    (上の行の、・・とぞいいはるの、いいはる 
     という部分。京都弁の京言いという。
     カクレルという。その意である。)
    ペンギン私鳥という。この文という。
    ペッツ・ラッスゥ・ペッツクゥという。
    文の名である。ペランスゥ・ユッス、
    ありこるのゆわえ、という。文をゆわという。
    ルールルゥということという。ユーワルゥと
    いうことの言いという。ユーレルともいう。
    ユーラル・ラースクゥという。こんこぎ(今古義)
    という。コーテルという。コーラルともいう。
    コレック・レースクゥという。これを、
    スクゥー(ル)という。(ルを小さくいう)
    これを、レッテという意という。
    レッテ・スーユーという。レテラルともいう。
    レースル・レッツゥにとよ、という。
    ウルセル・カールゥという。うって言い、
    という。ユーワルのきい、という。
    これをキッククという。キラセル・スーユー
    という。キック・レーレーともいう。
    キクレス・スーユーのおみ、という。
    エーテル・ラースクゥのキルユルという。
    これを、ユビッテという。ユビテルのユピテル
    という。ユビッスクゥという。ユビックルゥ
    ともいう。ユピテルの言いのこと、という。
    ユーレルの歌という。ゆれふるやら、
    とぞいいよら、ゆるゆるやるす、およよ、
    うっすれ、れっく、すゆすゆ。
    これをブミという。ブータルともいう。
    ブーレル・ルールゥという。ブッセの山の
    お書きという。ブッセ・スーユーのことをいう。
    これをテレという。テレルゥ・エッセという。
    エッセをブユという。エッセブユの山という。
    後を、エッセイとぞいいつる。ゆるゆゆ、せっつ
    という。セーレスのすゆつゆ、とぞいいゆる。
    アルッセ・サーヤーという。アルセル・ヤックの
    えたせた、という。エテルの語元という。
    エッサ・スーユーのえた、という。
    これをユルゥという。ユーテルという。
    ペンギンをユという。ユルという。ユメともいう。
    ペーゾラ・ルッスの山という。空き巣の歌という。
    ゆきやきという。ゆきをやきという。ゆきやきという。
    後のしもやくである。今古義のしもやけである。
    ゆきやけともいう。
    しもやけ鳥のこう、ともいう。るすあけ鳥という。
    とりをちょうともいう。あけちょう、という。
    あけどり、という。るすあけちょう、という。
    ペンギンの別名という。ペンゾラーという。
    ペンスッスゥのうっつる、とぞいいみな。
    ユーユル・ユークゥの言いという。
    ユーク・レースゥとぞ、言いよ。テルユル・
    クックという。クレスル・ヤックのエッセル、
    という。これを古語という。
    古語とぞいふ、という。コレユル・セックという。
    古語のことである。てっつれの手連れ世語という。
    てっすという。てつれつという。テムスユのウラ
    、とに言いう、ユルッス・ルースクゥという
    言いである。言葉の語法の話という。
    ことの露のうり、という。ウリラス・ラースクゥ
    という。古義前今語(こぎまえこんご)である。
    アールレンテラー・スッスクゥにエッスをいう。
    この言いを、いつぞ、という。いつぞ語という。
    いつぞの山のお書きという。イーユル・ユールゥ
    とぞ言いなむ(る)、お言いという、言いの用法
    という。ヤックという。これを用法という。
    ヨーラル・スーユーという。よって語という。
    よっらって、という。よっすの語法とぞ言いみ、
    これをユーラヤァという。ヤラワラのおこと、
    という。オリルス・ユッタという。ユーレス
    ともいう。ユーラル・セーユーのおっそる、
    という。えっせらのお書きという。
    この意の文とぞいいは。いいは〔iihaと読む〕
    の言いという。いいは語とぞゆれ、といいゆめ、
    みるゆ。これを、ゆるゆるという。
    ゆるゆるゆめゆ、という。夢見という。
    夢見語という。今実〔こんじつ〕の山という。
    今実むみ、という。今実の夢見という。
    今実という日である。これを、けふきょう〔kehukyo〕
    という。今実をきょうという。きょうび、という。
    今日の日言いという。今日〔kyo〕をきょうび、という。
    ユーピクという、言いという。ユーレルともいう。
    ユッタレともいう。ユッスクともいう。
    けふきょうの山という。返って、今日をけふ〔kehu〕
    という。これの意という。きょうきょうの山という。
    これを、これきょう、という。カックルの山という。
    カックレルという。レルが語を意味する。
    カルスクともいう。みな山のお書きという。
    古義前の言葉である。秋残りしじ、という。
    秋残りのけ、という。これを、きやり、という。
    きやりやる、という。今の、昔の語法である。
    キョウカラ、という語法である。
    いまからす、という。ペンギンの呼びである。
    いまがらすのや、という。家である。
    巣である。今巣〔konso〕の山という。
    います、ともいう。ペギンのちょう、という。
    ペンギンという。これを、フッキ、という。
    フッキッシュの語元である。ブック・ルック
    という、ムミヤラのワラスユ、という。
    ブッキッシュ・ルークゥという。
    ブッキッシュ・ルックという。
    ヤーウルゥという山の絵という。
    ペンギンを、やまちょう、という。
    アルレル・スーユーのエッセラという。
    ヤッタヤールゥという、この語の古義の返り
    復活という。言葉を復活さす意という。
    やるやるの言葉という。これを、今復活〔いまふっかつ〕
    という。またまたという。ばたばたという。二度繰り返し
    をする用法を、ペンタム、という。ペンデーラー
    ともいう。これを、ぺんつみ、という。ペンセの山
    のお書きという。カユレル・スーユーという。
    あっての衣〔え〕という。これを絵衣〔ええ〕という。
    フンボルハイトという、語法という。単の言葉を
    二度いう、これの意とぞいまる。とみやら、とぞいいふ。
    とるゆる、とめいいゆむ。これを助詞という。
    上の、『・・とぞ・・』と『・・とめ・・』という。
    いいゆむ、という言葉という。いいふる、ともいう。
    いいゆる山のお書きとみかるゆ。(とみ、助詞である)
    じょうき語という。上の記述文の言葉をいう。
    この意味の言いを、うわ語という。上記文という。
    後を、蒸気ゆ、という。うわ蒸気という。
    うわ上記ともいう。ふわふわ語という文という。
    じょうらつ、という。じょっつる、の言いという。
    じょっつるという、じょっばの山という。
    しょっつる、ともいう。しょっつるべの山という。
    じょっぱり、ともいう。じょっぱすの山という。
    あおぜる山のお書きという。青い歌という。
    これのペンギン・ラッシュである。
    人筆楽という。人筆をペンツという。
    ツータル語の山という。 
    秋残りをいう、残る歌の世という。
    私の言いという。私言(わたくしげん)の
    実である。これを、むみ、という。
    むじつ、という。むみ山の絵という。
    私現夢日の日という。月の末日を無という。
    明日は月変わり、これを夢無、ムム、という。
    夢無しの末という。末日の一日前である。
    むむ日、という。むむの山のスーラルという。
    スーセムという。夢をスーという。
    夢を吸う鳥という。ペンギンのことといひけらる
    やむるす。これを、ペンギンという、言いという。
    ペンギンの山という。私解し山るる、えっつれる、
    すっす、れるよ、せみせみの山、これにておわん。
    これにておわんぬ。おわんず。オルレルの言いの
    お書きそよ、これを、そよておい、という。
    せっせのや、という。せっせっせっの山という。
    そよおいのふる、という。書き終わりの記す、
    書き終わりのそよ、という。そよ風書き、という。
    分かる山の絵という。これを、やまぎ、という。
    山にきせる文の書きという。
    山かきスーユー、という話という。
    よって、おいほる、やや、これの文のや、という。
    今の私の家という。私家山スッス(しかやますっす)
    という。ススレスのおゆみ、という。文のことをいう。
    この文をペンつゆ、という。語法交えて、という。
    古義前の解である。古義前の用法という。
    
     この文全体を、現古義書きという。用法の書である。
     
    秋残りこれにて、右方古義そよたるれっす、とよとよ
    えってさやよる、れっせ、すうゆら、よてよて、あるせら、
    とっつ、えったようよう、ふるれるすうゆう。
    この文の意味である。上文である。
    
 秋残り世界文学全集 巻2
   『余は機械である』 
    歌に寄せて、秋残り語、機械語の解説 の項より
    黒夏枢要でもある
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『ペンギン鳥』
   鳥 画飛〔画山〕   
   添え意: 鳥の象形   
   
    
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***