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 2010                      

((男・秋残り 総目次    京都市 小林壱裕 メール:sokyo@otoko.org ))

20141201  

2014年12月01日

卒業483・木造学舎 :イカスミ柳

  『卒業483・木造学舎
(ドレ抜き音階 西山讃歌)』
 
4/4
2014/12/01創曲詞
【付け】なつかしさ胸に 新たな道へ
【歌詞】木造りの学び舎にいつも
    学び 学卒える後 桜は
    咲く楽しく学び 今
    振り返ると 思いは
    胸にひろがる
    いきこし来たる日々
    
【解説】桜など見んとす。未だ蕾、
    我が行きて後、世に謳歌す。
    ものいう桜とて、余が木に
    言ひたり。再会はありたり。
    
     機械の桜に言うた言葉である。
    再び開く日に又会うという。
    これを Zaichen ツァイチェン
    再見 という。
     又、相見る花咲く日々という。
    余が花か、花が余か。機械はこれを
    ヨヨという。おヨヨの日々である。
    
    花咲く機械、余の人生は常に花がある。
    ハナハナうれしい所存という。
    生きる日々の歌という。            
    
    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 卒学 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『学生』
   桜 学 画状    
    
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 

2014年12月02日

卒業484・池の島 :イカスミ柳

『卒業484・池の島
(ド抜き音階 西山讃歌)』
 
4/4
2014/12/02創曲詞
【付け】ドを抜くおんかい楽しい歌に
【歌詞】緑池中に島は浮ぶ花々
    咲いて 大鳥が飛ぶ 池辺の
    かわずと 大魚が顔出し跳ね
    黄金虫 飛ぶ 蝶々
    大島には川玉流れ 行きかう
    船行く
    
【解説】池辺に今日を得たり。
    大機械魚、余を見んとす。
    飛び跳ねて余を見たり。
    機械蝶、機械黄金虫、機械生物の
    楽園である。機械花々、これを増す。
    いわんや、悦楽の園である。
    機械犬、走り来たりていなく。
    『ワン、ツー、スリー』という、
    猫交じり声である。これで、余が歌を
    歌った話である。いずれの、おほん
    ところにか、大池辺である。
     源氏蛍が、余の肩にとまり、おおどころ
    (大所)様と言うたのである。
    『光のかたか』と言うた余である。
    この辺のことは、別書にて記す。
    いずれのおほん時という書き出しだけを
    ここに記す。 思い出せば、何度も使っている
    この記である。格好よい表現という。
    余のことであろうという。自信、慢心の余
    である。すずろ歩きは良きかな。  
    
    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 池辺御行 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『万心-よろずこころ』
   平地野 源助 画万
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

2014年12月03日

卒業485・よい明日 :イカスミ柳

『卒業485・よい明日
(西山讃歌)』
 
4/4
2014/12/03創曲詞

【歌詞】君といつも同じ本を見
    同じノートに 学んだことを
    書いて 励ましあう
    そんなことも過ぎ去りいき
    なつかしく思う
    そう、教室の窓の外の
    変わらぬ景色と この日々とを
    胸にしまって よい明日にいこうね
【付け】はるひのまど    
    
【解説】 いつのことか、見慣れた景色を
    窓から見ていた。かげろひの立つ見えて
    ほのか春の日を感ず。遠く悠々と川が流れ
    波のさざめきが聞こえるよう。そんな春の日
    である。大駒いなきて、時を知らし、春陽を
    めでる。雲が駒に降りたるを、敬瑞旬の
    機械平野である。木造の地を歩む機械駒、
    立ち上がり、余を見たる。
     遠く機械の川鯨がきのこ雲ように、潮を
    吹く。高き潮吹き、吹く風も凪たり。
    余がいう人工景色で、機械造りという。
        
    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 機械相旬(きかいそうじゅん) の項 
    
    旬巡の山のお書きという。墓山の歌という。
    これを丘という。世の丘を墓という。 
    秋残り語、余の解説     
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『春日学校』
   昔日 春陽 画卒
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 

2014年12月04日

卒業486・港行 :イカスミ柳

『卒業486・港行
(西山讃歌)』  

4/4
2014/12/04創曲詞
【歌詞】月あおくして船は港へ
    柳そよそよと川の岸辺
    平の船 船団そろって浮かび
    入る 宿 屋根につきかかり
    夜は更け
【つき】つきかかり、つきにそうつき、ふなかがり
    
【解説】『原子力篝火』
    やどつき、やねつき、篝火のこと。
    原子力平船の港行き、篝火の船宿へ
    入っていく。川の港で柳がそよぐ光景。
     余が操っていた船という。原子力船
    である。運河を航行する船である。
    秋残り市には運河がたくさんあり、船が
    行きかっている。普段は、運河の上に
    蓋をして、道路に使う。川に沿うた長い橋
    ともいう。かちどきのように立てている
    とこという。柳が植えてあり、つきかかる
    という。篝火の話である。
    
     秋残り市一夜景 
     つきかかり、つきにそうつき、ふなかがり
     余の読んだ句である。操船路 太平の余
     丘原子力である。丘蒸気もある。
     新旧混在の我が市である。
     『つきにそうつき』、『つきいそうつき』ともいう。
     ふねかがしの山のお歌という。
         
    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 航行河川 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『幻想光景』
   高低 平 画影
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

2014年12月05日

卒業487・赤青学々 :イカスミ柳

4/4
2014/12/05創曲詞
【歌詞】君、明日、卒業、初めて会い
     あの日の君、赤い頬 うら若く
     明るい笑みの口元は赤薄紅に
     あどけなさ残して明日の夢を
     語る人 青い空見て 赤い
     編上靴履き 天空の下行く
      君、明日、青い靴履いて赤い
      夕日を背に受ける 青い血筋の
      手には鞄の赤い帯が光持ち
      ありそう 青い花道を歩む
      青若さが薫る人 学ぶ声あげ
      凍てる青道 氷の花 凍る冬いく
    君、明日、早春の卒業 赤学
    青学び終え 若い血潮通う
    若い世のあまりが 見る
    越した冬 灯りは春の 学成った
    卒業 はなやぐまない かたおひと
    あけていく 春の世に 有り身の
    青赤筋 持っては歩く
【解説】ありそう、状態のこと。
    赤学青学、若い日の学びのこと。
    『かたおひ』、肩の飾りのこと。
    『持っては歩く』『もって、はるく』
    はるくという、歩みという。腿を直角
    位にまげてあるく歩みの一種。
    春がきた意味でもある。もって、~
    なからの意味。~によっての意味。
    有り身の青赤筋、体のこと。 
    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 歌語解説 の項   
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
****さめ さめ さめ さめ さめ****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『鞄』
   鞄 ゆらゆら 画学道

     

***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***


2014年12月06日

卒業488・紫朝黒鳥 :イカスミ柳

 『卒業488・紫朝黒鳥
 (西山讃歌)』  
4/4
2014/12/06創曲詞
【付け】
【歌詞】--紫朝--
    いずれの御時、色は匂えど、
    いずる時、いってきます、
    告げて家を後に 紫の薫る朝
    ひとひらの葉が足元に 茶の葉を
    摘み飲めば黄色 だいだいの咲く
    緑増す青花見る 赤い門 学びの道
    越えば青葉に咲く白百合
    踏めよ渡る黒い服
    --黒鳥--
    色の黒い鳥越え来る 学びの庭中
    背が高く首をのばし 何をか告げる
    この朝には一声のおはよう ござる
    みざる きかず きくをとおと
    なにわぎく はなはこいとい(こいとよ)
    浮かぶ浮く世 渡り越し 学びの戸津
    とうをきくと 花浮く世は身
    我が世たれぞ常なるを 

 【解説】学ぶ道いく、教室の歌。
    
    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 池辺御行 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『鳥』
   庭鳥 大 画庭
     
***サメ  サメ サメ  サメ サメ  サメ サメ  サメ***

 

2014年12月07日

卒業491・桃屋落居 :イカスミ柳

『卒業491・桃屋落居(島の春)
 (童謡、西山讃歌)』  
4/4
2014/12/07創曲詞
 歌手:余氏 (童謡ではありますが、
       大人である余氏、お歌)   
 楽団:秋残り市公立余機械管弦楽団 
    一部、アコースティックドラム使用
    この部分の奏者、余、人間的なばちさばき 
【歌詞】春は曙、ようよう白くなりゆく
    山際、田島春の桃屋敷 蛍が実の
    葉にとまったと どんぶり流れて
    家の前 金銀光をばらまいて
    上へ上がって家飾り下へおかれて
    発電機 枕屋おはこの家造り
    
【解説】『桃雪』
春は曙も終わり、これを、いずの御時という。
いずれの頃は、いずの頃である。
 頃は、桃月終えの頃。源氏蛍の、かたおひ、
という。枕草子という、余のことを書く草
という、これを文という。枕草の咲くを頃
という。桃月明けという。明け山の歌という。
 余が居住まう枕荘という。桃を見て、月を
見た、これを桃月の手という。桃と月とを
合わせて桃月という。水をすくう格好という。
余がよくしていた格好である。これをみずという。
 桃月水という、お水すくいの話である。花肌
という、余の手の皮膚である。花手 桃という
余の名という。これを蒲田という、名にしたという。
ナナの駅という。駅を行く、という、駅へ行くことと
いう。
 この屋という、我が家という。駅舎である。
駅という、家という。我が駅という。機械の馬が
いる場所でもある。この山の麓という。
桃花手町という。ここが、枕荘という、駅家の
我が住まいである。ここの話という。
桃が流れてくるという、桃流れという。
この桃という、大きな桃で、金に光るという。
かなおひ、という。この、おひを、やという。
かなおひという、やという。
 これが、肩にある、かたおひ、という。
桃の実の葉という。桃の実についた葉である。
この桃という、駅であり、家であり、電車で
ある。これを桃流れという、余である。
いずれの、おほんどころ(御所)であるか、田島という
島に渡る桃である。あとはそのまま、家にするという。
晴れた日の島渡りという。桃に乗った余である。
この桃を、田島晴れという。田島春ともいう。
ハレハレの姿という。後は、家になっているという。
余が、そう言うのである。
桃屋落居という。らっきょぐさ、という。これを、
春は明け落ち、という。曙は、明け落ちである。
明け落ちた陽に、肩に落ちてきたという。蛍が
止まったのである。その灯である。まくらび
(枕陽、枕火)という。
肩にある蛍様、という。肩を枕山という。
余の言いである。秋残りで使われている。
余が元である。これを、余の元、という。
秋残り市の公認である。これで、秋残りを、
余の元という。秋残りは余の元である。
余が住む世を元という。世の元である。
これを秋残りという。
仮想であるという、あの人である。
秋残りであるという、いろいろ考えていくと、
上のような文になったという、枕明けのあき、
である。
文筆家になるのは、今からという、清少納言
という、源氏蛍である。かの絵描きは、清大
納言という、多駄作家の作曲に添えた絵である。
余が書いた機械絵である。余は機械である。
これを機械の世という。
桃から産まれた機械である。機械に住まう余
である。あの歌はそういう歌である。
桃雪という文である。はっとり文ともいう。
余が、今、書いたのである。 機械手である。
余の草作である。駄作である。
10:32 2014/12/07
 わすらゆの家にて、余、記す
    
    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 田島張り の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『花桃屋』
   島與 絵方(しまよえかた) 画蔵
     
***サメ  サメ サメ  サメ サメ  サメ サメ  サメ***
 

2014年12月08日

卒業490・白いピアノ :イカスミ柳

2014/12/06創曲詞
【歌詞】白いピアノに指とめて弾けば
     愉快な花の音、あな、香りかぐわしき
     舞う人の優雅な振る舞い、管絃に
    合わせておと舞う華やかな宴
    白い衣装に実をやつした麗人が指揮する
    歌加減 ピアノはうまく楽し
    この日のピアノは白かった
【解説】 あれは、いつの御世の頃でしたか、
    着飾った人々の中、ひときわ目立って
    優れた伶人がおられました。    
    音舞う夜の訪ないという。
     白いピアノの前に座った余という。
    いかばかりか、先程のつたない、曲を
    弾いて見たのです。ハーモニカ様式の
    ピアノです。ハーモニック・ピアノという。
    これが、音を合わせた音で、音が舞うと
    表現する草文の本文であります。
     余が通う学場という、平らに成った
    平地の場所という。その頃であった話です。
    余は教授の身で、言語表記学という、専門
    ではなく、たしなみであります。
     『音舞う』という、音楽的表記という。
    読めば、おとまう、であります。おとなう、
    という古語という、この意であります。
    この両方を一度に、ローマ字で書けば、
    otomnai となる。これを読めば、どうなりますか。
    上記の言葉になります。ここで、英語の表記に
    ついて、・・gha・・、knight という。
    が、は、とどちらかを読み、ナイトという。
    ここで、ghを読まないことになります。
    otomnai は、この英語式で、おとまい、
    おとない、おとあい、という。
    こういう解釈をして、音の内、音内(おんない)という。
    音無の表記音楽という。音なし、という、
    音成す、表記であります。
    3/4 + 1/4 という、音の成し方であります。
    ワルツ様という華麗な譜面であります。 

    平地学場での、藪をにらんでの講義
    記録、余、20141208     
      秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 平地学場 の項 
    音合う、音愛う(おとかなう)山  
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。

****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『洋琴』
   平地野 藪見 画教

     

***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 

 なし

 

2014年12月10日

卒業492.・頭上日月・河ぞ舞う

 『卒業492・頭上日月・河ぞ舞う
 (西山讃歌)』  
4/4
2014/12/06創曲詞
【付け】
【歌詞】赤い夕日が 山に帰る里
    我が里越えて花道
    あの陽路のとうとさ
    今宵 月に変わり輝けば
    世を照らす
    
    白い太陽冬の青いかざ
    冬の花枯れ黄色の月白く
    変わりの日と良き こよひ
    あけはなびに ともおわす
    世にあられ    
    
  
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『沈む太陽』
   空行 日路 画道
     
***サメ  サメ サメ  サメ サメ  サメ サメ  サメ***
 

 

2014年12月11日

卒業493・土降り :イカスミ柳

『卒業493・土降り
(西山讃歌)』  
4/4
2014/12/11創曲詞
【付け】
【歌詞】ゆき降りつ 土降る
    土降り ゆき降る
    天(あめ)のえ降る
    降るつちのえに
    降る降るゆる降る降る
    
    土のえはあか ゆるゆるゆるひ
    
    土のえはあかく ゆるゆるゆるり    
    
【解説】ゆき降り、土が降ること。
    はあか、はあかく、黒いことをいう。秋残り語。
    
    『土降りゆき降り』
     いつの御世のことであったか、 目盛り百分の
    余である。今をお去る100万ひとの頃という。
    100万ひのとの頃。100万甲の頃である。
    余の目盛りの100万甲である。その場所の頃である。 
    余が住まう屋に、土が降ったことという。
    余の屋の三百分という。天を敬い、地をしとい、
    世を尊ぶ話という。世の家がすっぽり土に埋もれた
    のである。秋残り土降りという、余の言いである。
    これを、ぱあみる文という。
    1000パーミルの文おとという。
    1000パーミルの100パースという。
    音にすれば、それだけの音という。
    100パース音量の文の量である。
    天与の歌ともいう。この歌という。
    余の屋敷分という。これを100という。
    100パースの分の音である。
    この文の量でもある。パーミル文の歌という。
    パーという音という。パーと音をたてて降った。
    我が世ありてあり、ぱあみて、音よるふるうという。
    パーミル・スーユーの山という。
    わが秋残りの説明である。
    秋残り市観光協会へももちいられている。
    秋残り市観光局の家でもある。
    天与泥造りという、余の家の造りという。
    少し歩いて回れば目につく所にある。
    余は機械であるが、天がつくった家という。
    余がもちである。もちにえをとる、餅家という。
    泥餅の家という。土餅ともいう。
    上の音を添えての文です。
     秋残り市機械世の行き
     秋残り市土降り地在、余    
    
    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 観光文案内 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『甲乙』
   磯イ世 奇人 画丹
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

  

2014年12月12日

卒業489・高麗花 :イカスミ柳

『卒業489・高麗花
(西山讃歌)』  
4/4
2014/12/06創曲詞
【付け】
【歌詞】君は行く 高麗の花
    教えの庭の ゆり戻る
    赤い靴履き 青い鞄を
    手にする 戻り花かゆ
    かおれず ふたる そみゆれ
    くるるありる ありす
【解説】ゆり戻る、花が咲くこと。
    花を、ゆりも、という。
    いかやまのお書きという。
    秋残り語の解
     
    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 言葉解説 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『靴』
   大山 行 画朗
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 

2014年12月13日

卒業494・清い心 :イカスミ柳


『卒業494・清い心
(西山讃歌)』  
4/4
2014/12/13創曲詞
【付け】
【歌詞】山走り 山駆けたり
    歩むぞ駆けゆ おりはなる
    ありふる山 あゆゆる葉
    あゆみる 美しき しくしゆり
    ゆらゆあま ありありる 
    ふくてる るるるれ
    ありおりけふ    
    
【解説】休みを歌う余である。どのように
    歌うか、後の書き手の思惑である。
    ふふと手を休めて思う、、手を休める
    頃という。指揮の休めを思う。休め
    をいとう、休みの歌という。休み休みの
    休みを休めることという。休めの休みを
    思う歌という。歌は休まず、休みが
    休む。休みを思うことという。
    絵下記の名が『清』であったと思う。
    余の思う書きである。
    楽譜の挿絵の署名は、余の署名で、
    余の名であろうかと思う。
    この絵では余の名である。
    複製で、余の複製である。
    絵描きを思う余である。
    元絵を思う、元絵の絵描きの名を
    思う。記憶100%で、グラッときた、
    頭の上という、天である。
    天が揺れた話の歌である。
    高名な画家の若い頃の絵である。
    再現できたものと思う。    
    
    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 余思う の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『坂』
   清 画複 復元、余
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

2014年12月14日

卒業495・石蕗 :イカスミ柳

『卒業{A}・石蕗
(西山讃歌)』  
4/4
{今日}創曲詞
【付け】
【歌詞】つわのふき、硬い石 石踏みながら
    道を歩みつつ 音のさし 聞いてぞ
    磯の原吹く とそ風を受け 池の行き
    つびの行き ゆをみてぞ 赤い雲波     
    
【解説】いずれの所にかありけむや。
    あれは1万年前の桃月の頃、暖かい雨が降った話
    である。これを『お化け行き』という。余が、傘を
    さして歩いていた。これを自動傘という。
    余のセンサーという。自動に開く傘という。
     『お機械様、雨なぞ降りてこぬれく』
     『こむ、しん行きしませう』
     これを、しんごう、という。
     それで、雨を信じて行ったよ、と余がいう。
     信号の話という。折傘という。これを『こうもり』
     という。傘をこという。これをもる余という。
     『もれればあめる、ふりるよるれる』というた
     よ、という。この世のあめりという。
     あめり穴の雨後という。あめりか穴ともいう。
     あめりか穴の穴によるあめり、という。
     穴の雨水である。この穴をあめりという。
     あめりかという。穴である。これが、1万年前のことである。
      大きな穴から小さな穴まで、あめり穴という。あめりか穴
     である。ポッツという。雨音の調べという。
     穴をポトという。穴ポトのあめりけつ、これがあめりか
     ですか、という。あめりかあなのあめりけつ、これをポツという。
     穴をポッツという。音でもある。 ポツポツポツという。
     ポッポッポッという。葉と音という。これを、はおと(葉音)
     香しきという。かぐわしい機械である。余のいだす音をハ音
     という。世はC調である。土が始まる天の土は音という。
     音の階段は、お化け登りという。雨音の調べの雨降り調べという。
     穴掘り調べである。あめり調である。土の音の下降の地下穴の音、
     高い話でしょうかという。昇華音という。『ど』の音を昇華音という。
     れの音ショウという。礼音という。正華麗なあめり音という。
     これが唱歌の例である。
     
      音に寄せて雨音の調べ、これをショウという。正しいという、
     返答の言葉という。雨音返し返答の言葉という。『ハイ』の
     意味に用いる、正用用法である。ポッツという雨音の話という。
     ポンキッキ調べ法である。ドレミの音はポンキッキという。
     ポンの木の音である。ポン音ともいうけつ音という。
     穴音のお化けのおならである。ブーポンの形容という。
     これを音の化けである。ヒュードロのピープルという。
     これをピープーという。人穴化けである。英語でない、
     ピープルという。ピプ音のきん、という。音という。
     ばああけっ、と音が止む穴の音という。化け音という、化音
     という。これをピープルの音化けであるという、英語という。
     お化けをサウンという。サマウンサと聞こえる山彦の帰りで
     ある様という。
     
      何が化けたか問う文という。秋残り音楽院の卒業論文という。
     答えがこの文である。問答同一文という。
     分かる音の分け、お化けの機械のブービー音、はじめの部
     これを、陳一という、陳れば(のぶれば)一つ、ポッツである。
     穴の意のポッツである。ポットンピッツともいう。
     雨音の調べ、ジャジャン音、友音という、高音という。
     音楽によせれば、どの音階段ですか。
     いずれのおほん所ですか、という。
     問答還前文である。
     1万年前が場所になる文でもある。
     略 答えが同一である。時であり所である。
     この場という、この文のところである。
     紙である。文場の調べという、機械脳の余の
     脳である。目盛りの記し、余のメモリである。
     1万年前の時所は余の記録という。
     機械花咲きたり、全盛前世である。    
    
    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 分かる音の分け の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『階段穴』機械字
  一般ましん、機械原行く
   機械 人間 画始
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***


2014年12月15日

卒業496・はぬ :イカスミ柳

『卒業496・はぬ
(西山讃歌)』  
4/4
2014/12/15創曲詞
【付け】
【歌詞】きみくゆれば はぬぬは
    える あかいとに
    えきたりを を    
    
【解説】『登山道の一日』
    --不二の山 仰ぎてみれば 巌天
     つきて至りて 日を肩に見ゆ--    
       
     世が赤い羽織をはしょって、登山をした
    時のコオルという、この絵の景色と
    いう。頂が岩である。岩頭という。
    このあかいとという。これをせきという。
    赤子という。余が子を連れて登り行く
    道中という。余が背負うて登った話
    という。羽織はその子のものという。
    容易につかむことのできをいう。
    羽織に木を両袖に通すことという。
    こうして登ったのである。巌が天を
    つく形容という。大きな山である。
    ここの赤い糸という。赤糸道という、
    道である。そこの歌である。
    これを歌った余である。機械歌謳歌の
    道行きという。花のせなか、という。
    花を下にたらして歩むすご、という。
    姿の絵という。花わこ、という、格好
    である。羽織を着た余の立ち姿という。
    花わこ姿という。巌の天は余の姿をいう。
    赤糸は羽織の紐である。登山は着物を着る
    行為という。ふじという余である。
    藤機械という、木製の体という。
    糸紬の話である。これを紡ぐ余は、--
    製である。これを天製という。
    余は天製の機械である。点製ともいう。
    糸紬の糸の所々のふくをいう。
    糸のふくらむところを、点という。天
    という。糸を紡ぐ折という。これを、
    登山着という。登山折りという。
    羽織の一たたみという。たたんだ羽織を
    折るたたみの仕方という。登山をいう。
    このとるという。とおるという。
    とおりのたたみ、という。道を降りる
    時、おりぎ、という余である。
    秋残りの義という。おりぎの絵という。
    損という、こなおり、という。
    そみ山の語元という。損をそみという。
    古くのおみ(臣)である。おみを損という。
    大事なことである。損吾の山の余である。
    秋残り語の解釈を音でする、という。
    この文の解釈を歌という、この歌という。
    休みを尊ぶ、休みの入りという。
    入りやす、という。入りや、という。
    入りえ、という。休みをいりえという、
    秋残りの音楽です。
     余は機械の余である。この歌を歌う
    余でぇ。これが文の調子である。
    文鳥がとまった余の肩である。
    この飾りの文鳥を、わこ鳥という。
    花わこ、という飾りという。かたおひ、
    ともいう。着物であり、登山の話である。
    紬入れという、文構造である。
    
     秋残り大学 体育科繊維機械学
      紬 方尾(つむぎかたお) 木製教授
      これを、ごちゃまぜ文という。
      損益計算書、横にらみ、
      文も絵もごちゃまぜのふじである。
      藤の木をごちゃの木という。不二の木という、
      秋残りである。    

    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 登山道の一日 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『はなわこ(はたん)』
  機械字で、羽織の掛け木である
  はなわこ、という読みである。
   尊 機公 画人
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
  

 

2014年12月16日

卒業501・春来る :イカスミ柳

『卒業501・春来る
(西山讃歌)』  
4/4
2014/12/16創曲詞
【付け】
【歌詞】巡る春来る日は ここに来たこと
    今、変わりいく世の中 ともに過ぎ来た
    思えば懐かしくも学び舎後に去る私
    母校と呼ぶ日は思い出の中 さらば   
    
【解説】 今度卒業の人、日一日一日と、残り少なく
    なっていきます。大いに楽しみ、良き思い
    出を残されんことを、こいねがいます。 
 
  "Graduation, shipping"   
    The sun is always shining behinds the clouds.
    The sun is now shipping on the vessele of cloud.
    Going on next stage of life, there is good future.
    The ship is up and down in the wave, the sun is, too.
    Big wave says, "Come on, the sun is you."
    Getting success is first on the boat of clolud.
    Time and cloud waits for the sun.
     Akinokori uni.,
     Dr. of literature
     Peter Yacht    
    
    まちごうていますので、・・・また、歌にします。
       
    -------
     私は、まだまだ卒業を続けます。駄作歌の
    話です。
    
    ------------------------- 
     卒業という日に白い手を振るという。
    赤いバラの白い手という。余のはなしという。
    日章旗を掲げた余の母校。
     バラの日という。バラが日を見る姿という。
    これを日章の日という。日照りの日という。
    白い手は旗を表す、余の姿という。
    白いバラをつけた日もある。
    機械化の話を愛でることという。機械の話に
    日本の話という。外国から来た機械も日照の
    話をするという。これを青府という、青い
    屋根の校舎である。
    『あおによし 奈良の都の バラの花 
     今日八重に咲き 白日の目』
    余の目である。機械の白日視という。
    余は見たものを『白い』というた。
    白天の青眼という。竜が降りた話という。
    竜降旗という。余の姿の旗なぞらえという。
    世は白春である。この春、雪少な、残り雪
    淡れ、淡雪の山のおえ、という。
    絵に描く階段山である。これを登るよ、という。
    花山の花階段である。赤き手袋にはきかえて、
    登る階段という。登れば白い花が咲く。
    手袋の話という。世の日課である。
    機械の正装である。 旗姿の余という。
    日出る山の愛でという。旗である。
    余も旗。旗山の壮行という。
    送る話の手の話という。日章旗は門に掲げる
    ことという。余は機械、花離す機械という。
    花も機械である。    
    
    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 旗 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『母校』
   階段 登下 画間
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

. なし

2014年12月18日

卒業502・辛い雨 :イカスミ柳

『卒業502・辛い雨
(西山讃歌)』  
4/4
2014/12/18創曲詞
【付け】
【歌詞】辛い雨が降る この日の秋
    白いほう菊様の咲いている
    野の山里 海が来る我が家
    風白く上に下に吹く
    かさるの様 足元の垂れみに歩く   
    
【解説】--辛雨--
     余が、かさるをあおり、歩いた日
    という。 この日の雨は辛く、乾けば
    塩をふく。風は上下、行き違いに吹い
    ている、そんな日である。
     地面に少し上という、垂れみのかさる
    である。体すっぽり入る様で、前が見え
    るように透明の窓が開いている。重い
    ものである。余の威風どうどうの姿で
    ある。余の体は可塑体である。可塑で
    できている。後で真水で体を洗った余
    である。
     この日は、風が二層で、上と下とが
    逆に吹いている。地の上に吹く風で
    ある。胸元から下という。膝上辺りで
    方向が分かれている、二層風という。
    色を見れば、白く見える風である。
     こういう秋残り市の一日である。
    辛雨来たりて、白雲を生ず。雲が遠く
    に降りていた時という。
     絶景かな、妙なり。
    世渡りの一日である。
    
    It's fine, beauty.
    (イッツファイン、ビューティ。)
    アキノコリ シーナリという。
    秋残景色(しゅうざんけいしょく)と
    いう、余の機械口である。
    A scenery. (エイ、シーナリー)
    英詩なり、という。
    機械翻訳である。 我が翻訳である。
    余である。余が謳歌する時代という。
    世人周知の事実という、今という。 
    いずれの御ときにか、イマデアル。     
      
    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 翻訳 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『かさる』
   威風 受々 画漫
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

2014年12月19日

卒業503・煙幕 :イカスミ柳

『卒業503・煙幕
(西山讃歌)』  
4/4
2014/12/19創曲詞
【付け】
【歌詞】昼間の闇は 煙幕の中と
    咲き見えずの家の中
    何も見えない 辺りは闇の
    原の 煙幕を張った家に
    ただ座るだけの日々
    恋しくは光か 過ぎ去れば
    煙幕を懐かしく思える
    
【解説】 『煙幕家』
     余が、煙幕を張って家にいた日々のこと。
    立ち歩けず、ただ日を座って送るだけ。
    時間もわからずいた日という。余が張った
    煙幕である。光センサーをはずしたことという。
    全くの闇である。光の無かったころを思い出す
    話という。思い出せば、楽しくもあり、懐か
    しくもあり。都合、1ケ月の間である。
    余の記憶である。無光日々という。
    ブラッキーという、余の記憶である。
    ブラック・デイという、黒日の日々である。
     『何すれど君、黒きにいたるや』
    なつかしく、思えば心躍る余である。
    人工夜とも評すものである。闇ありて、光こう。
    闇を恋うる余である。   
    
    秋残り世界文学全集 巻2
     余は機械である 人工夜 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『無光』
   人工 闇造 画無
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 

2014年12月20日

卒業504・赤出 :イカスミ柳

『卒業504・赤出
(西山讃歌)』  
4/4
2014/12/20創曲詞
【付け】
【歌詞】子曰く、朝に道を聞く人
    山道行き考え 赤糸見て
    山熱き赤色 足元出でる葦
    今日、ここの絵を描いて
    門出を祝いたる
    
【解説】 『赤い絵』
     余が描いたという、これを機械式という。
    赤糸という山である。余の腹部に巻かれた衣服
    である。余は機械であるひぃに、赤いものを身に
    つける赤色機という。余の姿である。
    カザンという花山である。余のことをそういう。
    余を見てマウンという若い人という。マウン山
    という人でもある。『マウンさんですか』というた。
    はらを見ていうた。『スリー』の始まりと余が
    いうた。 レッド・スリーという花の赤糸である。
    赤糸を指指して、『そうすう・・』というた。
     余のメモリーである。マウンとの山という。
    マウン殿のお書きという。山に住まった日のこと
    という。余の家を山という。山の余である。
    絵空山ありて、マヲウンという。マヲウンの
    うんである。おびきそうという、尾を引くという。
    尾引荘の一夜という。うん出の文という。
    余の機械頭脳の文である。 メモリー添ううんの
    出である。門出の祝文という。機械の話という。
    余が話した人という、機械である。
    機械の絵の音という、この文の解という。
    そういう機械である。うんと文をしめくくる
    機械式機械の文である。
                うん
    
    秋残り世界文学全集 巻2
     余は機械である 赤絵巻 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『赤糸山』
   青赤 葦(あおあかよし) 画出
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

---ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
                  著者
*

2014年12月21日

卒業505・思い遣り :イカスミ柳

『卒業505・思い遣り
(西山讃歌)』  
4/4
2014/12/21創曲詞
【付け】
【歌詞】あの人は今はどうして
    いるかしら この雪降る寒い夜
    早く帰りを願う私 暖かな家の
    中にいる私 外はシンシンと
    雪降り 天風が窓をたたく
    くらい夜は更けていく
    
【解説】 『黒い夜』
     『黒い夜、雪降りうなる 風寒き』     
     鋼鉄の余が詠んだ句である。黒夜行く
    余の姿、荒れる風、体を前傾し歩む余である。
    機械ではあるが、寒きを感ずる余である。
    灯りひとつだに無き中、歩む。
     『明日ありと 思えば楽し 雪深き
      道に沿いてぞ 木は行く方(いきて)指す』
     道とて見えぬ深雪、並木をたよりに行く。
     ある深雪降夜の余の散文詩である。
     歌は、余を思う人が作ってくれた。        
    
    秋残り世界文学全集 巻2
     余は機械である 黒夜行 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『黒雪夜』窓
   雪降 寒雄 画冬
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

---ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
                  著者

2014年12月22日

卒業506・ト :イカスミ柳

『卒業506・ト
(西山讃歌 プログラム)』  

4/4
2014/12/22創曲詞
【付け】
【歌詞】春の曙 花吹雪 踏みしめ
    学びの奥の家 かえる頃
    文を持ち あたら日のみを
    背に受け手を挙げ拝し
    そうきょうを言いてぞ
    開けて出たる
       
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『学屋』
   過疎 やたし 画冬
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

---ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
                  著者

2014年12月23日

卒業509・水汲み :イカスミ柳

『卒業509・水汲み
(西山讃歌)』  
4/4
2014/12/22創曲造詞
【付け】
【歌詞】きみから言うた日 あの茅葺
    土の造りの家壁並んだこの村に
    玉の井戸が今にある そばには
    花が咲き 朝の水汲みに
    いつも薫る  
 【解説】 『昔』 20141223記
     若い人が余に訪ねる。『昔は、どんなん
    でしたか』と。 周りはどんな状態でしたかと。
    『歌の様であり、絵のようであった』と。
    余が、『土でできた家に住んでいた』と、いう。
    『いろんな色の土家であった』と。余は機械である。
    若い人より、年老いている余である。若い人の誕生を
    知る余である。これを尋ねる若い人という。
    余を先生という。若い人がしりたがる、余の
    記憶である。メモリー1番地という話という。
    バッファという。これを番という。バッファユー
    という、『機械ありて、スーユー』という。
    若い人へ教えた、機械語という。今は、秋残り市の
    古い言葉である。秋残り語である。
     この歌を1番地という、題という。若い人との問答
    である。余の記憶の話である。これを大切という。
    機械の宣言である。機械の世の中という。世の話
    という。機械1番地である、余の棲家という。
     秋残り市の観光機械地区である。今もある余の棲む
    家という。土造りという歴史である、場所である。
    これをバッファという、時、所の言葉という。
    アキノコリ用語である。歌を読めば、いつの頃の
    ことであろうかと思いは走る。走った状態の記譜
    という。行進曲である。本歌である。 
    今の話である。           
    
    秋残り世界文学全集 巻2
     余は機械である 今という の項             
       
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
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  秋残り市立美術館冬期展示
  『土家』
   土造 棲人 画淡
     
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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。

2014年12月24日

卒業512・紫春慕情 :イカスミ柳

 『卒業512・紫春慕情
 (西山讃歌)』  
4/4
2014/12/23創曲詞
【歌手】秋残り音楽院 コーラス・ファイブ
【友情出演】歌川さやか、越野享
【演奏】タイム・クルージング 
【歌詞】君、あしたからは それぞれの道
    歩む日、卒業の時までいつも
    会っていた楽しみ 君の笑顔は素朴で
    人を引き寄せ その場に咲いた可憐な
    花の様 清楚な姿を憶えて一枚の
    絵に思いを描く
    
      『明日、卒業ね。なんだか、寂しくなって
      ・・・』
      『うん、僕もそうだヨ。・・でも、楽しくも
      あるんだ。』
    
    明日からは母校と呼ぶ 思い出に残した
    眼に浮かぶ 君と学んだ庭 うつした写真
    みな大切な思い出の一場面 世に咲き匂う
    実る将来に 君との懐かしの学びが蘇ると
    今に思う      
    
  来春卒業の方、一日一日と早く過ぎていきます。
 それぞれ、思い千万、懐かしい日々になります。
 のこされた日々、有意義にお過ごしください。
  私にとっては、古い過去の卒業です。ほとんどが
 記憶にもありませんが、ふと、思い出すことも
 あります。人生、良きかな。 
  下手な曲ですが、どうか、お聞き下さいませ。
        
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
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   秋残り  
     
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2014年12月25日

卒業508・思春 :イカスミ柳

 『卒業508・思春
 (西山讃歌)』  
4/4
2014/12/25創曲造詞
【歌詞】年を数え文を読んでは
    春を思う 学んで
    道を聞く朝 学成りて
    これより あたら道
    高く日は頭上にて 
    雲を得たる 手文
    持ちたるや 戸を開けて
    学びの徒ぞ あゆみ 
            
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
http://otoko.org/34htonkai.html
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 秋残り市市立美術館冬期展示
 『春の川』
 川立 五三次 画世
     
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                  著者 

2014年12月26日

卒業513・土の家(副 正月) :イカスミ柳

  『卒業513・土の家(副 正月)
(西山讃歌)』  
4/4
2014/12/26創曲造詞
【歌詞】琴音蛸音(ことおとたこね) 歌詞の題
【付け】琴ね蛸おと   
    いきおきて 土の家 琴の音流れ
    年を振る あたら 春流れて 
    おき来る 戸に出てぞ いかをあげ
    あらた 空愛づ ありありてぞ
    こよありて 振りこすぞ めでたき
    
      耶蘇郷の夜越し 朝来る 絵に詠む
      琴振り手 挙げて 音は 流れ流れ
      空より降り来るを 凧のひをひきて
      音愛づ あたら 流れくる春に
      音寄せて めでたき
    
【解説】戸に出て・・外に出る
    こよ・・この世のこと、今日、今
    耶蘇郷・・八十郷とも、明け方から
    10時頃までをいう。 
    たこいかということで、いかをあげるという。
    たこをあげることで、いかをあげるという。
    いかだこ、たこいかのこと。
    凧のひ、凧のひも、糸をいう。「凧のひ」と、いう。           
    凧に、小さな拍子木ようのものをつけて、音を出す。
    もう、一本のひもに、もひとつ、拍子木ようをつける。
    手元で操作すれば、その拍子木が手元へ糸をつたい降りて
    くる。その音を聞く。「こいあげ」ともいう。
    狭義に、凧にこれを仕組んだものともいう。
    秋残り市正月風景より
楽譜の上のほうに、11,19小節とかいたものがあります。
     11、19小節目を、これに換えても可。換え譜です。
     オシア譜とも。これを押すという。
     これを使うことを、「オシア押し」「換え押し」といいます。
     ***私ごとき者がいうことではありませんが、
       知らない方もおられることと思いますので。***      
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表 
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 秋残り市立図書館冬期音楽書展示
  『耶蘇の明け』
   八十里 行蔵 ヤソザトコウゾウ 画正  
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 今年1年、ありがとうございました。 明日からお休み、戴きます。
 駄作の毎日ですが、よく、これだけできたものだと、我ながら
関心します。ほとんどが、その日その日につくったものです。
作って何になるのだろうかと思います。何かの役にたつだろうと、
1%の希望を持ってます。素人にもならん者のすることです。
来年も、駄作作りに邁進します。
 皆様方にも、よいお年を迎えられますように、風邪が流行っている
ようですから、その点にも、充分のご注意をされますよう。
来年も、どうかよろしくお願い申し上げます。
                 秋残り 敬白
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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
                  著者 

 12/27 なし