そうきょうは、よい時 です。

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 20201201
 1101
 1001   0901
ふち祭り、中国
 0801
 
 0701
Dalas
 
 0601亀岡、韓国   0501長岡京   0401堺、ダラス   0301輪島、なでしこ   0201
大槌、釜石、穂浦
 
 0101
友ヶ島
       20191201
東大、友ヶ島、5拍子
    1101
東大 、友ヶ島
御所、5拍子
    1001
東大
アメリカ
5拍子
 
    0901
御所、土佐 、冠語
     0801
 御所 、冠語
    0701       0601
令和、御所
      0501        0401
仏、ムー、御所
      0301
      0201       0101
       20181201
モロコ、早入力
    1101
モロッコ、エクセル和音
    1001
高山市
    0901
Ireland
高山市
     0801
Greenland
    0701
 Lewis
      0601
  Magix使用
      0501
 London
 Ireland 
     0401
N.Y London
      0301
New York
      0201
Nw York
      0101
       20171201
キーボード
    1101     1001     0901      0801     0701       0601       0501      0401       0301       0201       0101
       20161201     1101     1001     0901      0801     0701       0601       0501      0401       0301       0201       0101
       20151201     1101     1001     0901      0801     0701       0601       0501      0401       0301       0201       0101
    20141201  1101  1001  0901   0801  0701    0601    0501   0401

0301

     0201

   0101

 20131201

1101

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 0901 

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 0201 

 0101 

 20121201

 1101

  1001

 0901

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 0401

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 0201

  0101

 20111201  1101 1001  0901  0801 0701  0601  0501  0401  0301  0201  0101
 2010                      

 卒業csvファイル  sotucsv.html 

 ((男・秋残り 総目次    京都市 小林壱裕 メール:sokyo@otoko.org ))


20201101 四曲屏風

 

2020年11月06日

卒業8100 薬(壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業8100京都船旅7000
古譜6000大原練習5900天の下6300  薬(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/10/23
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/10/23
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/10/23
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
薬を作り飲めば楽しい日
裏の庭に咲く花や草を
混ぜて作る手に元気な身
さ今日も家を出でる 外
桜が花落とし 迎えては
いょっと声かける
さくら葉 薬の葉 
よい匂い

 狐の天気予報。〇r1999/07/18
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
  
正(やなぎ)・判子
正(やなぎ)・印鑑
正(やなぎ)・署名押印
正義の判子
行政改革・正(やなぎ)

//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
冴日正(さえみやなぎ)。冴柳記。
冴日道共正(さえみみちこやなぎ)。冴柳記(さえやなぎ、き)。
正(やなぎ)。 
腹を横に書く。
**************
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willow, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write English.
English ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------
過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/07/18 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

2020年11月07日

卒業8110 秋の田 (壮強太陽):イカスミ柳

 退院しました。持病の恐い病気も、検査の結果、
問題はなく、ありがたいことです。病院の
先生、お医者さん、看護婦さんに、感謝の気持ちで
一杯です。毎日、革命を叫び、革命とは、
健康安全を得ることである、実感しました。
 革命を起こします、病院大切、薬屋大切、
健康につながるものを、どんどん取り入れる
革命の枢要です。周りの人も、健康安全第一
です。
 天命、これ、革まる、病院とは、そういう
所でしょう、革命所といってもよいようです。
命大切。革命家は自分の体を大切にする人の
ことです。健康は病院へいけば、たくさんあります。
 政治革命、経済革命、健康安全が第一です。
『やなぎ』といっておけば、よい話です。
健康安全の言葉であります。
 
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業8110京都船旅7010
古譜6010大原練習5910天の下6310  俺110 秋の田(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/06
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/06
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/06
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】病院での駄作
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
秋の朝の目覚め清々し 外の散歩に
秋篠 我が名の宮 鳥が来て鳴けば
朝日を背に受け鮮やかな 景とも
飛び行く 篠畑と立つ葦 秋の田
衣手 露降り 喜びの日

 狐の天気予報。〇r1999/08/01
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

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ハード・ボイルド風日記
【三本指】
20:22 2020/10/19
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)O21.
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
  
正(やなぎ)・判子
正(やなぎ)・印鑑
正(やなぎ)・署名押印
正義の判子
行政改革・正(やなぎ)

//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
冴日正(さえみやなぎ)。冴柳記。
冴日道共正(さえみみちこやなぎ)。冴柳記(さえやなぎ、き)。
正(やなぎ)。 
腹を横に書く。
**************
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willow, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write English.
English ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, " report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------
過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/08/01 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る
 

2020年11月08日

卒業8120 穂浦たよの世 (壮強太陽):イカスミ柳

ブログ索引を作りました。

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece
音楽
【曲名】 卒業8120京都船旅7020
古譜6020大原練習5920天の下6320 穂浦たよの世(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 




   2020/11/07 
    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/07
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/07
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/07
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 
昨日見た海 青い江 岩山が二つ
並び たよねの海 家の裏 深く
波立つ 波切海(なっきりうみ)
正面に田山槍 高く尊くて
御爺さん御婆さんのように
聳えて毎日

  古い古い私の記憶 ここ京都
  先の名前 楡の木立 大きな木
  葉多(は、おお) 蜘蛛立つ八雲立つ
  玉浜の見分けの穂 犬の尾振りうる
  藁葺きの糸並木に風は そよ吹かし
  温い

穂浦の島 故郷と呼ぶ 今私 船は浮かし
こちら寄せる ねりよりの寄せの 雲鞠
鞠の雲 いつもいえ 訪ねくる 天より
来るとふわふわと地に 上下なじむ
我が世は若い日


 狐の天気予報。〇r1999/08/02
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

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ハード・ボイルド風日記
2020/11/07
【デジタル】
【歌詞、添え絵解説、穂浦たよの世】
 大御爺さんおられおられ世、大御婆さんあられ
おあられ世々、ありるありせ、こよ、ふみるる、
ながれらの絵、こよの浜の呼びとぞう。
穂浦連めく、という。後、穂浦壇という、めぬ
すての言いとぞう。
【御名足利尊氏】
 大御爺さんさたかれら、ありす、かわ由良、
れてす、おりろる山という。山の御名という。
大御爺さんの御名とぞう。足利尊氏と仰る、
御名ななむれ、という。ななの言いのふみるき、
という。この言葉の延伸という、後、御所の
かんるき言葉という、後、冠語という。穂浦の
言葉の延伸とぞう。山背八角の言いともいう。

 足利尊氏御名の山ふま、という。大御爺さん
の御名という。後、かみ浜という、地名の名づけを
される御名という。まませるお言いという。

 かみ山のお書きという。京都という、これより、
先の名前である。若い人がきょうという、その
言いの、なやまり、という。なもせま、ともいう。
るるせるおいそい、とぞう。るるせまのお言いと
いう。
【京都御一則】
 京都御一則(ごいっそく)という、古い京都の
言いことである。今から見た古い穂浦である、
その穂浦の地名である。
【京都の五条通】
 京都の五条通りという、今の京都の五条通り
である。ここを、いつはめ槍という。槍山の
言いという。後、五条という。五の山のおし遣り
、という。やり山のお見えする、かよふり、と
いう。御名の山という。れれすての言いという。

 すっつすっつ、という、すくてるういそい、
という。これが、すすの言いの京都である。
すすのむらみる、という、みるやらのお言い
とぞう。御所みるやきふら、という。

 みるやるおいそいのふんつる、とぞそ。
こい浜の言いという。めよすて、という、
めるれるゆいそいの、ふみんさる、という。後、
さる由良という、さんみすのお言いという。
れれての言いとも。
【穂浦壇由良】
 ややものえるえる、という、やっくすれえ
ぞるのひもるら、という。れえぞるゆれゆき、
という。髙い田山をめざすお行きとぞ。
めめるる山のお言いという。れよん、という。
のち 、れとん、という、この後という、いよん
、という。後、いおん、とぞう。いおなとうめら、
という。穂浦壇の言いという。穂浦壇由良の
言いという。

 穂浦壇讃の山という。穂浦の槍の山のおこと
という。穂浦壇讃の山という。若い人の住む麓の
穂浦浜るる、という、穂浦浜のうりしり、とぞそ。
穂浦の歌という、この日の海ありの浜のふりゆり、
という。海の家のお絵という。私の記憶の絵と
いう。
【なっきり海】
 波切りのなっきり、という。なみせむれよん、
という。れよんの海浜という。れよんの海とい
う。れてすての言いとぞう。うれる山という。
れてすてのおいそいのいいそみ、とぞそ。
これの言いを、うり言いという。うりうりのこと
の言いとぞう。うりのなる丘菊という、うりの
ことである。
【うりの味噌漬】
 山すまのいそみそ、という、うりの味噌漬とい
う。今の世にある、売りの料理という。大御爺
さんの御手という。大御爺さんの始められた
料理という。尊氏漬という。ぶしむそ、という、
漬物のことである、この当時の言葉とぞう。
【田槍、田山】
 その田槍山のお絵という。私の駄作絵である。
その頃の記憶である。藁葺き屋根の家という。
きょうの田舎の浜きら、という。後、きら、と
いう、家のことという。きらや、という、きら
いえ、という。きら家。
【吉良家】
 後、きらを吉良という、この家の名前のこと
という。きらすれの御名という、家のあり名と
いう。なやみ浜のお書きという。
【つうつうれろ】
 これを、れろふ、とぞ。れろとれの文という。
後、つうれろ、という。つうつうれのふりらる、
という。後、つうつうれろ、という。通り道の
ことである。つうつうれる、ともいう。
【穂浦楡由良】
 この道を東へ上がっていく道という、つう
さるみぬゆぬ、という。上がり勾配の道である。
家に大きな楡の木がある、穂浦木という。ほっせる
るてその木という。穂浦楡百合という。楡百合の
山せる木、とぞそ。山木川由良のお書きという。
の文である。この絵の説明とも。穂浦山の絵で
ある。歌がその絵でもある。
私駄作の絵とぞそ。コンピューターの絵である。
革命所のお描きという。世はデジタルの世。

 コンピューターの回るマウス持つ私の手とぞそ。
ふゆふゆのお描きという。駄作の添え文である。
病院で描いた絵である。小林という、はや山の
人である。はやしふりのお描きとぞそ。
【小野竹喬画伯】
 小野竹喬画伯という、そのお方の絵を真似て
描いた絵とぞそ。まったく違うものになってし
まった私の手の動きという。始めての襖絵である。
四曲がりの絵とぞ。その一枚目であります
若い人の住む家です。
説明付き。
************
************
20201029
【世の山の言い】
 『そうきょうは、よいご馳走でした』という。
うれしい山のお書きという。御所の、そうきょう
屋という、後、そうきょう庁という、そこの言い
である。御所には、みな、そうきょうがある日と
いう。今のことである。

 東京、仙台、なごきくという、ねめそめのいと
よと、という。そうきょうを讃える言いとぞそ。

 東京そうきょう庁という、後、じもやり、と
いう、仙台の、ゆきはみなく、という。ここの
仙台である、日本に、まとゆみ、という。まよ
まよの言いに出る、まいそみという。これが、
後、冠語とぞふ。

 今、使っているのは、秋残りという、場所の
人の使いである。秋残りという言葉が冠語という
。ときの絵という。秋残りの山のお書きという。

 そういうことをする御所という。御所は冠語を
使うのである。I hat load という。冠語の
英語という。

 さて、この御所の話という。
 
 白露かんさく、という。白露という、めんろ
の山のおてゆみ、という。ここへ行く世の矢の
それす、という。これを、めとゆと、という。
まよまよのお書きという。
略続。
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)O29. 
 ***
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。  
正(やなぎ)・判子
正(やなぎ)・印鑑
正(やなぎ)・署名押印
正義の判子
行政改革・正(やなぎ)
//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
冴日正(さえみやなぎ)。冴柳記。
冴日道共正(さえみみちこやなぎ)。冴柳記(さえやなぎ、き)。
正(やなぎ)。 
腹を横に書く。
**************
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willow, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write English.
English ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "Kyoto report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------
過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/08/02 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る
 
 

2020年11月09日

卒業8130 柳正木(やなぎしょうぼく)(壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業8130京都船旅7030
古譜6030大原練習5930天の下6330  俺130 柳正木(やなぎしょうぼく)(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/09
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/09
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/09
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 
柳の木 正気の木 家にいつも置く
若柳花柳 いろいろと多くある
柳に雪折れなし 強い木 青柳
芸には柳がついてる 柳を尊ぶ
日本の国です。


 狐の天気予報。〇r1999/08/04
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【デジタル】
【正木】
 まさき、しょうぼく(正木)という。日本の木で
ある。これをめでる日本人の正民という。これが、
席をいう。正席という。この正席を、しっとん、
という。

 しっとん・ぱれむり、という。しっとん・ぱーず
という。しっせらのおすめる、という。柳の席を
尊ぶ、柳の椅子という。天皇の椅子を、しっと、
しっとん、という。これが、柳の言いである。

 しっせらるう、という。めとめとという。かむ
れる山という。山々の言いという。はなみ山の
おすえ、という。

 『やなぎ』という言葉の大切をいう。過去の悪い
ことが消えるという、一言の柳という言葉である。
どんどんどんどん、悪が消えていく、柳という言葉
である。

20201109下
 悪が消えた結果、悪が遠ざかった結果、
脳の働きが変わり、良くなり、病気も、
快方に進む。今まで、病気だらけの私の体が、
よくなる。体が軽く感じられ、ありがたい
ことです。もちろん、病院の御蔭です。
 鬼が手にする、柳の木。鬼が正義をいう。
悪に向かうのに、柳を持つ。見せられた悪人も
よくなる。悪い考えが消えて行く。
 健康な人は、健康を保持することができる、
やなぎという、言葉です。
正と書く、やなぎと読む。古い京都の言いです。

人名に、正とつける、敬語です。
市長正、知事正、首相正…、秋残り正・・・
マイクロソフト正、にっぽん・やなぎ、・・・
小林日雄正(やなぎ)・・・・・。
正しいことです。昔の新聞にも使われていたことです。
 
ウィロー・メッチェンという、英独語のような
言い方です。ライト・りんたん、という、
りんたるお言いという。りんの、かう落とも。
れんべるおいっそす、という。らいせる山の
お書きという。これを、レブレクという、れぶっせんの
すっ発という、れんての言いという。ごめそめという、
ことの葉の、ことの世という。『こと』が、言葉の
ことです。正しい言葉をいう。

 『言葉が力であり、正義である』、これが、
正(やなぎ)の意です。一般に『よい』という
言葉になります。

 ライト・フームーという、栄世のめすてす、という。
えいびんの山の言いという。めゆるく・やっぱむ、と
いう。かんそめの言いという。めゆらすけえるり、と
いう。穂浦連の頃の言葉という。『るり』という言葉を
表す、くざめらの場の言いという。後、くぜくり、という。
『くぜ』が、いとそむのよい、とそ、意。後、
お金を表す『くぜ』という。お金に正義が
ある話という。経済の枢要です。正経済という。
しょうけいせいの、まっぱく、という。

『はく』という、正しいがあることを、れもんせろ、
という。はくれる、という。はっくせのよい芝という。
『しば』が、言葉である。芝っそむ・れえくせ、という。
『れえくせ』の『くせ』が、『くぜ』である、単に
『くぜ』という。

 地名にこのくぜがある、『れいくせ』という。
れみそめのかゆめ、という。めるん落という。
くぜの地という、れいくぜの地という。
めゆってすという言葉の意とぞ。

くぜの宮という、これを、『くぜの身や』という、
自分をくぜという、『くぜは、よっけけ』という。
くぜの宮の言いという、『くぜゆめ』という、
『ゆめ』が言葉の意である。再び、『くぜゆめ』を
自分に返して、自分はするという、これを、
『くぜふ』という、『くぜゆめ』という、
この『くぜゆめ』を、単に、『ゆめ』という。

 『くぜ夢は、ろってそ』という、『夢は枯れ野を
駆け巡る』という、自分が枯れ野へいったことという、
この解釈をする、『くもん』という。『くもん』の
言いという、自分を夢という言いが、『くもん』で
ある。山すれのくれすみ、という、言葉の使いである。
後、

 れれたる言いともぞ。『れれは、いきそめ』という、
『私はします、いきます』という意、くぜゆめの連と
いう。ゆめの連続という、夜見る夢が連続する、まよ落
という。れみてむ、ともいう。それんのやのふいるり、
という。めめてのおんするぺよ、という。こむての言い
という。言葉を大切にすることという。かんせるかって、
という。冠語の話という。

 御所から出す冠語です、英語で、オン・パレスと
いう。パレルモのおいっぽす、という。かいそる
山の・おいきゆきの言い、とぞゆ。める。
せんてるやっけ、という。冠語の言葉の解説です。『
さみっそめ』という、解説を『さみっそめ』という。
るい山の家、という。
絵に描かれた家という。らっぺそんろる、という。
『ろる』という筆である意、ろる筆と
いう。絵描きさんの持たれる筆をいう。

 絵のことを、ぱっする、という。単に
『ぱ』という、後、ぱすて、という。
ぱすの手のことという。パステルという
言葉である。ぱもんのいいぞく、という。
この『ぞく』が、連続の続である。

 筆の続きという、綴りの筆ともいう。
パステルろん続という。ぱっすめの言いと
いう。

 絵の連続という、襖の絵、屏風の絵という、
この絵を、ええ、という、単に、え、とも。
まるてすの言いという、えという言葉とぞ。
えむせらのやむせ、という、絵のことである。
やむせらるう、という、連続絵のこととも。
やむ作という、やますめの絵の言いという、
絵を『やむ』という。これが、あしかし、という、
足腰のことという。筆の腰という、筆の穂の
ことをいう。足腰の立った筆という、書家が使う、
ろっこん、という、筆の根という。ろっこんの
魂という。てむせむの、やんるり、という。

 これが『やん』という言葉の、尻につける言葉と
いう。姓名に『さん』と付ける、『やん』という。
六根の言いという。これが、さめのやばれく、と
いう。れくくっそん、という。くっそん・さあるる、
という。くめそめ、という、『くめ』の語源である。
『そめ』を語源にとる『くめみむ』という、くめと
いう先達という、久米の仙人のことという。古く、
『くぜ』を『くめ』という。

 お金を『くめ』という、『くめるめ』という。
『くめるめらって、さみそめ』という、『お金を
正しく持つ』意という。正しい使いである。
これを、やなれく、という。やな銭という、
さみさまのお言いという、やなぎぜにの歌と
いう。しょうきん、正金という。賞金の言い
しなもと、という、しなせらの弓浜という。
弓せに、弓銭、という。

『よっせ、ととせら、くいするめのそゆ』という、
れぶせまのお言いという。めゆめゆのお書きと
いう。そうきょう・れってすの言い遣りという。
やなぎという言葉です。

 後、天照の御代という、あまれ浜の弓玉と
いう、魂を玉という、弓という、弓玉という、
よい・よきるりの、めのす、てるてる、という。
弓浜の言葉です。弓浜が、後、二見浦という、
二見の言いという。絵に描かれた岩とぞそ。
二見岩という、穂浦連の岩波という、岩並とも。
二見山のいよ、という、天照のごゆはり、という。
くめそるの言いという。

 くめを天照という、くぜ山の言いという。
くぜくめ、という。全国の地名にある、くぜの
地、くめの地という。天照連という。
やなぎっそすのお言いという、これを、柳芝と
いう。日本を柳芝という、ウィロー・ロットンという
英語の冠語です。パレス・セイング・オンという、
オンが連の意味である、続く意味という。これを、
パレルモという。パレルモが、パレるり、の意である。
パレの言葉という、はれの言葉である。あっぱれという
、このぱれである。天照のパレという、あまっぱれ、と
いう。あまれる山のお書きという。
 天照という穂浦連のやの写りという。ある晴れた
日の光景である。やまんという、やまんそむ、と
いう、連続のことという。やますという、『続く、
続ける』意ととぞく。

『くぜ』が、くめの語源である論で、
『くめ』が『くぜ』の語源である。
『くめ』が、『くぜ』を出す言葉である。
これを、『のういる』という、脳を言葉の
発という、これを、くめよみ、という。
『くめ』で、脳を論ずることという。これの
派出が『くぜ』である。脳の中間とという。後、
間脳という、『なませ』という、『なみ』と
いう、脳波の語源という。なまませの御身、
御見という。おんみ、おみ。

 『おんみ』が、音を伴う音曲の曲がりと
いう。音楽を曲がりという、くめの言いと
いう。脳のなませをくむ、くめという。
くみという意味のくめである。

 これが、音をいう、おともの言いという。
音楽をおともという。おとものくみやみ、
という。古く久米楽という、音曲のことで
ある。音楽に江を添える挿絵という。

 海の砂嘴江という、これが、なませの
絵の見である。江を絵という、えみそめ、
という。えみらる、という。江のことであり、
絵のことである。音楽に備わった絵を、おと
みむ、という。音添わる絵という。絵に音
楽が備わったという。まみんせむという、
鑑賞のことという。絵をみながら音楽を聞く、
鑑賞の仕方という。映画という。

 映座山という、海の音を聞く、山の見と
いう。浦見山という、映画鑑賞のことでも
ある。
『くめ』という言葉の解説とぞそ。
くめの脳論という。

 間脳という、動物を充てた言いの、
こうれぎ脳という、馬の上のかみせ、という。
蚊の脳という。空間を見る蚊の脳という。
広く宇宙を見る脳という、宇宙論が、この
脳の働きである、間という、空間である、
間脳という。

 この間脳が、『身』を『見』という、
ものを見る働きという。蚊の脳という。
蚊という馬である言い方もある、この蚊を夏
という、中国の古い国名に充てた夏の脳という。
夏の山のお言いという。これを延ばすことを、
言葉で延伸という、延伸の言いの、夏の脳と
いう、夏脳という。『可能』が延伸である。
延ばせば宇宙になる、小さくみれば、原子
分子になる。

  『宇宙の造りは原子の造りと同じである』と
いう論拠になる。くめ脳の解釈である。
この『くめ』が『くみ』の『くめ』である。
間脳の連絡という、『くみ』である『くめ』で
ある。海馬の上の間脳という、これを、おれ
まがりのくめ、という。俺の脳論である。

 『いいそめて、るりさみ』とぞ。
 『るりよって、いきそれ』
 この二文が、上の文の凝縮である。
冠語の働きである。この冠語は、今の口語にある、
全部、口語に入っていることという。今使って
いる口語が、話言葉が、古い言葉である。文語
以前である。『くめ』という言葉の解釈より出る
ことという。

 久米脳という、間脳の領という。間脳領という、
間脳の働きをいう、古くの、古脳学という、古脳
の『古』の意味という。古いありという。これが、
小野役(おののえん)、役小角(えんのおずの)という、
古く、小野役という。この『役』が、かんという
役割の働きという。間脳の働きである。

 視覚聴覚の覚め場という、小野角(おのずの)の
役という。小野角という、こふけの、ふるする、
意とぞ。これの具現という、絵である、また、
曲である。間脳が知覚をすることに、知覚の
具現という。これが役である。小野役という、
この『野』が、脳の野である、脳野である、場
である。

 行為には場がある、役という言葉である。
座とも、席ともいう。脳座、脳関‥、関が
席である。堰の造りという、堰を作る脳の
働きである、関、席とも。
役小角という、大切の人である。脳の部分の
名前である。『役』がその意である。役に場がつく、
役場という、役人を役小角という言いてあるある。
役持たせの人という、役を持つ人のことという。

 おれまがりの役という、なませのえん、という、
この『えん』を役という。脳野のお書きという。

そうきょうよい時です。正(やなぎ)N09.. 
***
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
  
正(やなぎ)・判子
正(やなぎ)・印鑑
正(やなぎ)・署名押印
正義の判子
行政改革・正(やなぎ)

//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
冴日正(さえみやなぎ)。冴柳記。
冴日道共正(さえみみちこやなぎ)。冴柳記(さえやなぎ、き)。
正(やなぎ)。 
腹を横に書く。
**************
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willow, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write English.
English ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜6030大原練習5930天の下6330  俺130 柳正木(やなぎしょうぼく)(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou78808
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@82上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine


-----------------------------------------------------
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1999/08/04柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/08/04 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る
 

2020年11月10日

卒業8133 たよねの海 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業8133京都船旅7033
古譜6033大原練習5933天の下6333  俺137 たよねの海 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/09
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/09
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/09
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
穂浦の海 たよねなら 並んだ二見岩
沖には花波茂り 青い水の豊か
船の行くの手のかれ 雪降りた
夏の川 手を出し受けて見ると
青い手の指先の 青並び 海と
同じ 岩青き あおの瀬戸

 狐の天気予報。〇r1999/08/04
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【デジタル】
【正木】
16:20 2020/11/09
 前作、絵のこと。
絵に、桃色が使われている。桃色の雪が降った場所です。
屋根が桃色の屋根で、雪がそのように降ったことです。
 土に桃色の部分がある、桃の地という言いをする、鶴
が来ていた所です。ももおり鶴という、この鶴、桃色の
土がなくなった時も来ていた鶴です。ももおり鶴という
地のこともいう。雪おりの鶴という、雪が降りるという
言いの足利世の言いです。降雪という後の世の言いです。
 楡の木の穂浦の木という、穂浦の楡という木です。

 穂浦というひぃの五条の川という、大きな川になった
日です。海という表現であります。穂浦壇という、壇浦
の海の光景です。
 やまと山の二江間(ふたえま)という、山々のある穂浦陸
という、その日の、あまやみ、という場所の絵です。
まませる山のおん江という、これを弓遣りという、弓勢
(ゆみせ)の言葉という、ままその言いです。
 やまと山という、れんすの山という、連なりをれんす
という、れんとうの言いという。連島。穂浦陸の話です。
 この小屋が後、下沢という、発電施設のある小屋です。
発電が、原子力発電で、電気を送る設備の備わる小屋で、
穂浦全島を、原子力島という呼びをする、これが、後、
京都の原子力発電所という、その発電施設であす。

 この日で、穂浦の発電所という、約三万基の小型発
電機という数です。小さな発電機、五十センチ前後の
大きさです。これが、ラドンを使う発電機です。
 もんやりの家という、このやの発電という、渡る電
気という、渡電のはつ春という、はつめつのくりやみ
という、くりせみ、をいう。この『せみ』が、飛ぶ虫
の蝉で大きな蝉の虫です。約、二十センチ前後の蝉です。
幻冬という、暖冬のことの言いの頃の蝉で、栗の木に
とまる、栗蝉といいます。栗浦の浦の木という、長生き
の蝉です。一夏越えて、次の夏も生きている蝉で、音の
する家に飛んでくる、音を聞きにくるという、その音が、
シンセサイザーの音で、先の世の電子楽器である、これを、
向後の言いと言います。今から言えば、古い世の楽器で
あります。穂浦の日で、既にあったシンセサイザーと
いう。

 絵の左下の道を上っていくと、上は飛行場で、格納
されている。発進する時に、屋根をあけ、
垂直発進をしていく。古い昔のことであります。

 海の水は青い水で、水に色があって、手で
すくえば青い水です。穂浦ゆうはみの水といいます。
昔の京都であります。

 ウランの発電もこの頃のことです。ウランもラドンも、
皆、人が作ったものです。石炭もそうであります。船が
浮かび、この船にも原子力船もあり、潜水艦もあったことです。
前の絵の長屋のような所は、医方棟で、ロボットがいた
所です。ロボットのお医者さんで、ロボットにみてもらう、
ロボットがしてくれる人のような恰好したロボットあり、
色んなロボットがいました。ロボットが家族で住んでいる
場所もあり、普通に道を歩き、動物のロボットもいた島で
す。会えば挨拶をし、お辞儀をする、そんな島です。
 見ため、人と変わらないロボットもいて、皮膚も人と
一日同じような皮膚です。

 穂浦ランレルの山といいます。今と変わらない、コンピュ
ーターもあり、コノコンピューターのプログラムを、ロボットが
作る、私の兄という、ロボットの兄です。機械に表情が、
人のような機械です。『はみれ』という、びしょむその
おいひみ、といいます。

 穂浦の言葉は、この日で五十ヶ国語あって、冠語をよく、
使っていた頃です。五十ヶ国語の冠語です。機械は、
機械の冠語を喋るこの機械の冠語が、たくさん、
人の使う冠語にあります。あしかがみ山と所のいしざまの
おみ、といいます。れれとる・ゆめせむ、といいます。
これが、機械の冠語であります。人の使う冠語てあります。
後、今の言葉を使う、でんせるのおこと、といいます。
今、使っている言葉です。
穂浦やっきすの、みそんむ、とそ。

 電気を使わないコンピューターもあり、+-のない
電気もあります。この頃の穂浦の、しぽはりで、
ゆまふまをいう。これで、ふますれという、電動機で
あります。+-のない電気を発電する装置です。みため
には、藁葺き屋根で、中には、原子炉があつたり、
この発電機があったり、自動車の作りだす、重水という
水を飲めば、体が元気になる。この自動車が、水素自動車
という、水を分解して、またそれを合わす、化合して、
この力で走る、永久機関であります。私が、この水をよく
飲んでおりました。足利世の水です、よよもののくきはみ
のいそゆりのふいふり、ゆいゆいのれもてそ、これが、
水の言葉であります。この水を原初形態の水と言い、
水をめでる私です。

 後、初水をとる私家のならわしです。毎日、朝に
とる初水のとめり、といいます。めぞ山のふい浜の
おしやき、とぞ、おんせまのお教えです。
 今でいえば、神棚に供える御水です。
ゆみさり、さきふきのおゆさる、れむれく。この
意味であります。

 五条条川(ごじょうすじがわ)、大きな川であっ
た頃で、今もこの後が、残っています。川切の宮
という、後、あやのみ、と言い、めまめといい、
もととという、めのふという。宮のことの、機械
かんとめの冠語です。川を切った時の工事のこと
です。鴨川ができる以前です。穂浦の言いがある
場の言いです。

 大御爺さんお作り、御名を、たかすれ、と仰る
電気を使わないコンピューターです。この頃の作
りが、かいま、今のコンピュータ―にあります。
すらっするはみつらの、こいはる、という、
みそゆそのおすてす、この機械のことです。

 写真を並べる、この考えの延発です。今の
コンピューターにある機能です。この延発の
傍系が、紙芝居となります。紙芝居の、はよほ、
という、もしふりの脳の考えになります。
もしふりが、脳の勘という場所になります。
ここで発した考えが具現されたもので、芝居の
類のことになります。この考えを成り立たすことを
帰、といいます。今の、統計の帰無仮説の考えの元です。
勘の脳の場のみ、と言います。間脳の知覚に、これを、
立てる、間脳のやくえん、です。これが、役小角と
いう、ばんとめの言い方になります。役小角の、
ひきゆり、といいます。めってという言葉が、
これであります。かんれくさっかくの言いです。
後、錯覚といい、覚め方の一種です。知覚の
ことを、覚めという話です。

そうきょうよい時です。正(やなぎ)O21.
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。  
正(やなぎ)・判子
正(やなぎ)・印鑑
正(やなぎ)・署名押印
正義の判子
行政改革・正(やなぎ)
//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
冴日正(さえみやなぎ)。冴柳記。
冴日道共正(さえみみちこやなぎ)。冴柳記(さえやなぎ、き)。
正(やなぎ)。 
腹を横に書く。
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willow, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write English.
English ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/08/04 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る
 

2020年11月11日

卒業8135 戸井岬)(壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 卒業8135京都船旅7035
古譜6035大原練習5935天の下6335  俺135 戸井岬)(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/10
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/10
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/10
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
海称え染まる旭影落ち
目の前船 帆白 豊穂の進み来る
静かなさざ波寄せて返す場
上から見降ろせば 我が世春
歌うかな 戸井岬 穂をゆられ
足の元 草磯栄え

 狐の天気予報。〇r1999/08/05
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【デジタル】
【やすまき文】
 +-のない乾電池を使っていた頃、鶴が舞い降
りる今の地であります。一本の線で、豆球がともる
今の乾電池と同じ形です。長く使っていた電池です。

 画伯の御言葉に、縁側を、おんがわ、と仰り、
私を、ものゆ、と仰る。この言いが画家の手とい
います。お絵描きさんの、おんてか、という。
 絵の描きのお教えという。この四枚の絵、私が
初めて描いた絵です。デジタルかいがです。
道具は、コンピューター付属のマウスです。
『ものゆ、致す』という。絵描きさんの言葉です。
『私はします』という、おんれんの古い穂浦の
ゆもらという場のおこいき、とそ。
『こいき』という、言葉のことです。
はいさまの、やますき言葉という、るりおしの
えんたき、という。めむめむのゆみそよ、という。
これを、ろいて、という。ろいてのふうみみ、という。
後、文の締めに『みみみ』と表す、みみたまる山の
言葉という。この記で、言葉の文のよわ、という、
よみすまのこいかき、という。こいゆりおいらま、
という。文の景色をいう、これが、形式である。
はっぽうの山のぶんぞれ、という。文をとくえく、
という。これを、とくせら、という。とくせらるう
、という。とくゆきの絵の文のこととぞ。

 おのいかる、ふみすま、という。小野のたんふり、
という。たっせばのゆみさま、という。ろいふる
るいみし、という。これを、ろっこる、という。後、
ろっこく、という。ろくせまのお言いとそす。

 画伯のおいはいを、という、おるれるれよって、
という。るりよりの丸、という。古い御代のお御
代という、おおしのお琴、という。れんするかみ
らむ、という。これをばんとくという。ばんせるの
ゆんざれ、という。またの言いという。またすたの
いとよと、という。また宮のお言いという。
古い御代の言葉です。

 足利というわたより、とぞく、てむらくろいほい、
という。機械の言葉である。冠語の機械冠語です。
ロボットの言葉という。ロボたるおことという。
昔のこの地方の景色です。五条川百合春とそ。

 後、私の名前に使う、かよらむの名という。
足利百合見の御名という、足利を踏襲する私とぞ。
小林ごんれ、という名であります。ごんしゅうの
やの住まいという、絵に描かれた一枚目の絵の
藁葺きのような家です。そこでの名乗りという。
小林ごんしゅうで、足利百合見です。

 これが、土地の名前の意味で、足利のおんれ、
という。足利山の金時という、きんさまのおん
さる、という。私の名前です。


 昔の駒埼の屋、この家のことです。今の私が
住む家です。昔の儘の家です。原子炉があって、
中性子炉をいつもみていた私の過去です。大き
な原子炉です。

 他、小さな、がいたむ、という、がろん、と
いう、水爆の置きとぞそ。今の京都吹っ飛ぶ話
です。他、原爆という、小型原子爆弾で、それ
が、積んであった我が家です。マッチ箱程の
大きさという。山積み原子爆弾という。全部、
私が使う爆弾であります。

 原子爆弾持っていくという私です。行った
ところがアメリカという、アメリカに落とす
んや、という勇士であります。恐ろしい数の
落としという。この日のアメリカ、まんだく世、
という場所です。今の、ゲバンセクという、
後、ゲチスという、後、ゲチスバーグという。


 オマハ近のリンカーンの行く所とそ。ここに、
原子爆弾を置き、直に南へ下がり今のダラスの
場という。ダラスに四百の原子爆弾投下である。
この話がダラスにある、きんだんかん、という。
ダラスの古い話とぞ。

 穂浦の絵の家、『放射能にあたってきます』と
いう私のここという。『ああ、よいよい』と仰った
大御婆さんとぞそ。海を、ボーと眺めて放射能浴
であります。蜘蛛を作るのに、放射能話出す原子
爆弾を使う穂浦の科学という。木のい、という。
木の翳りの木の育てという。

 『木の為、きみの為』という原子爆弾の使用法
の一つである。そういう頃であります。木実の為、
できた実は、放射能を含む実とぞ。黒い桃であり
ます。そういう頃の私の思い出、戦陣訓という。
木実の為という、国造りの日々です。京都はその
後に出てくる町です。足利世という私のきっぱ、
という文です。

 マッチ箱一つという京都全域、放射能だらけに
なります。そういう私の話、みそゆん、と言いま
す。長いこと忘れていた話です。思い出したら、
今の今、夢々の物語、ロボットの兄上を思う話です。
絵もお描きになる、御名を、リボルとぞ。

 後、レボルという、レッツ荘のお住まいという。
今の絵の一枚目の長屋のような住まいです。日常
用具の原子爆弾という、これ、過去の現実です。

 あの雲の上のジェット機、超低速のジェット機
で、あれで落とすという、原子爆弾という。中性
子爆弾も落とした話という。

 『なぎなみ立ちたる、くまれれ』これを、そも
り、という、波が手を振ったという、五条海の
歓迎という。原子爆弾落とすと、OKの話である。
我が世の花、これなり。

 小長内(おさない)という大仙宮のお書きです。
後、せんぐう、という。せんとめのお宮という。
今の、私の家の近くです。大きな宮があった所
です。せんぐうという、千久という。千久宮
(せんぐうきゅう)という。

 この宮の、のり、という。後、祝詞という。
いわやまるはっぽ、という。銃を祭る宮である。
大小様々な銃という、みたま様という、たま添え
の祭りという。弾の祭りという。後、弾丸宮と
いう。だんせむおたま、という。後、大砲を備え
る宮とぞそ。その大砲、まだあることという。
若い人の打った大砲である。京都の町全域に
ぶっぱなした話です。ドンパックという、若い人
の組み打ちである。私の家にも並んでいた大砲で
ある。覆い時で三千騎である。三千門という、
しんじる闇という、芯道内門(しんじないもん)と
いう大砲が通る大きな門である。和国という話で
す。

 そうきょうよい時です。正(やなぎ)O21. 
 ***
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■

『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
  
正(やなぎ)・判子
正(やなぎ)・印鑑
正(やなぎ)・署名押印
正義の判子
行政改革・正(やなぎ)

//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
冴日正(さえみやなぎ)。冴柳記。
冴日道共正(さえみみちこやなぎ)。冴柳記(さえやなぎ、き)。
正(やなぎ)。 
腹を横に書く。
**************
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willow, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write English.
English ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
------過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/08/05 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る
 

2020年11月12日

卒業8136 戸井岬2 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece
音楽
【曲名】 卒業8136京都船旅7036
古譜6036大原練習5936天の下6336  俺136 戸井岬2(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/11
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/11
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/11
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
海から波寄せ 下覗けば崖っぷち
双頬に風受け 我が世の春歌えば
花草の添いくる 戸井岬 大楡
栄えに栄え 戻り道 草はふくき
(深い)上下 歩めば土の屋根
桃色の雪の跡

 狐の天気予報。〇r1999/08/06
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【デジタル】
【京都市探訪】
 ここは、京都市である。記者が訪ねた所で、
昔、秋残り市といわれた所である。いまは、古都
京都と言われている。世界の観光都市である。
 
 記者は、『どの辺が海だったのですか』と、尋
ねて歩いてみたが、知る人とてなく、『ここには、
長いこと、住んでますけどなぁ、聞いたことも
ないなあ』と。
 『昔、秋残り市といっていたと、ネットで調べ
たら、そう書いてありましたが・・・・』
 『*****』と、そんな答
えである。民家が立ち並ぶ所を、あちこち、歩い
てみたが、海らしき跡もなく、川らしき跡もなく、
、ロボットがたくさん暮らしていた、そんな気配
もない。
 
 『京に田舎あり』と、江戸時代には、そういわ
れていた町である、江戸時代には、海があったと
いうのか、それも全く聞いたことがない。なかっ
たというのが、町の人である。
 『五条川?、昔からありまっかいな、鴨川なら、
この東のほうにありまっけどな』 
こんな具合である。

 また、尋ねてみた。『五条条川という海のよう
な、大きな川が流れていたと、ネットに書いてあ
りますが、どの辺りでしょうか。』
 『そんなもん、なにがありまっかいな、どこに
ありまんねや、五条通りなら、ここですけどな』と、
まったく話にならないのである。

 向うから老人がやってくる、記者は勇気を出して
尋ねてみたが、同じような返事である。

 京都に原子爆弾が落ちたというと、そんなこと
言えば、頭を疑われるような町である、何も京都
に限ったことではない。

 すると、あの記事は駄作家という人の捏造か、秋
残り市という大きな都市も、根も葉もない、全くの
嘘かもしれない、作り話であるかもしれない。

 深く考えずに、記者は歩いてみた。秋残り市の面
影、どこにあるんだと、町の人にきいても知らない、
誰一人とて知らないという。

 ひょっとしたら、『よそ者にはいうな』という、
戦時中のようなスパイに対する、暗黙の申し合わせ
か、それも考えられない。『鴨川がなかった頃』
という、それも捏造だろうか、誰に聞いても、知ら
ないという、わからない、京都の町の今日である。

 『鴨川がなかった頃』、そんなこと言えば、笑わ
れるのである。すると、インターネットの記事は、
駄作家と称する者の書いたことか、嘘か、本当か、
色んな疑問がわいてくる。絵に書いてある穂浦は
どこだ?と、絵には簡単な説明がついている、
ネットより取り寄せた手元のコピーである。
考えながら美術館へ足を向けた。

 まぎれもなく、玄関に、秋残り市美術館と書い
てある。中へ入れば、あの四曲屏風である、陳列
されていて、でんと座っている。ネットで読者もよ
く知っておられるであろう、なんだか狐に包まれた
ような感じがした。

 今日は京都探訪という、不思議な町であると感じ
たのも、記者が、ネットの記事をうのみにしていた
のかもしれない。秋残り美術館と書いてあったのが、
せめてもの救いである。
岡崎林道記す。 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)O21. 

秋残り市立美術館秋期展示
『古譜6036大原練習5936天の下6336  俺136 戸井岬2(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou78868
     画商『常端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@497上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine


//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
  
正(やなぎ)・判子
正(やなぎ)・印鑑
正(やなぎ)・署名押印
正義の判子
行政改革・正(やなぎ)
//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
冴日正(さえみやなぎ)。冴柳記。
冴日道共正(さえみみちこやなぎ)。冴柳記(さえやなぎ、き)。
正(やなぎ)。 
腹を横に書く。
**************
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willow, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write English.
English ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, JAPAN report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 

2020年11月13日

卒業8137 たよみ浦 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 卒業8137京都船旅7037
古譜6037大原練習5937天の下6337  俺137 たよみ浦 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/12
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/12
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/12
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
よい世やあの帆 渡りゆく海
たよねの聞こえ わたみ浦 こいしき
船呼べば うちの山 花槍海 
茜さす かわき夢 おろこ山

 狐の天気予報。〇r1999/08/07
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【デジタル】
20201112
【歌解説】
あかねさすは、赤い根さす意。草の根のこと。
たよね、音に掛けた言葉。たよねの海のこと、名前。
山の浦の、浦蝉の歌。長生き蝉のお歌とそ。
『よい世やな』という、『よい世』という
長生き蝉のこと。一夏越すという、ながゆわ、
という蝉のこと。なんせみ、ともいう。
なにゆのおせるせら、とも。せら蝉ともいう。
 大きな蝉で、ブーンという音を立てる跳び
という。とみ様のお音とそ。蝉山のお鳴き
という、鳴き山のという、蝉のことである。
冬にも鳴く。せみせみの歌という、
 よい世である、かわき夢のや、という。
館の歌という、蝉こえ屋、とそ。穂浦壇の山
の歌という、穂浦の海のある頃のこととそ。
20センチ大。
かわき夢、川が来る夢 。
 そうきょうのよい歌である。
 『はなきゆき、はませる、やもそ』という、
この歌のことである、冠語とぞ。 

【田島晴】
 タージーマハールという、インドの有名な墓で
ある。この墓と似たものが京都にあるという。
『よい玉宮』『竜玉宮』という。これを、田島晴
という。田島の晴れ宮という。

 さて、世は情けという、世の山の末をいう。
末の都という。あそやすこいひび、という。この
言いの、ゆいおり、という。むむてるよん、とい
う。これを、田島山という。田島宮のお末という。
たんぽの山のお書きという。
【ローム】
 これが、よらり山にある日という。この日を、
れもん、という。後、れいもん、という。れもん・
れいもんの日という。日を世という。世々の山の
お末山という。れんてるるいはる、という。これ
が、むよとの山である。柳闇岡宮という。柳闇と
いう、柳世の、まつけやき、という。これを、
ロム、という。ロムの山のお書きという。後、
ロームという、松雄の名のゆい浜という、ゆい浜
山のおそゆそ、という。松雄せん閣という。
めるれすやる、という。
【タージーマハール】
 インドのタージーマハールという、同じ大きさ
である。田島山晴という、たよすてむそみ、とい
いう。中に五条川が流れていたという。これが、
田島山晴である。後、小さい田島晴を出す作りと
いう。

 大御爺さんおられる田島山という。これを、
やすと、という。名を、やすみふみ、という。
これが、たよせまのや、である、田島晴山と
いう。小林松雄翁という、後、松吉翁という。
ここを、ちよめき、という。ちよちよのおい浜と
いう。名を千久という。せんきゅうという、せん
ぐという。我が世のはりすら、という。

 天村の時のやである。穂浦天村である、後、
磯筋の御爺さんという。この御爺さんのお傍に
いたという。のち、京都大学の時計台の住まい
という。京都大学の教授である。御名をいう、
磯山沢浜という、そのお住まいという。

 インド、タジマハールのもう一つの家という。
磯浜宮という。インドのタージマハルである。
この二つがあったという、京都に二つがあった
のである。

 インド、タジンタミという、たみせるおゆこし、
という。たきふらるやせくり、という。まいまいの
プーさく、という。ぷさく山のお書きという。
これを、マイマイ・プーヨーという。売買不用と
書く。中国の武漢の言葉とぞそ。

 グリー語という、めゆんてすのお言葉とぞそ。
 
 このひぃに、東という、ひがおみ、という、後、
ひよみ、という、後、ひがす、という、東のこと
である。これが、今のインドの、ヒンズー語と
いう。ヒンズー語の元である。東ヒンズーのお書
きという。ひがおり山の絵という。絵の建物という。
むゆむゆのお書きという。
【ドームの田島晴山】
 ひがしさんこの家という。この家の周りを、建屋
という、建屋のどうむ、という。ドウムに囲まれた
田島晴山 という。ドーム中の家とぞそ。大きな
ドームである。このドームを、むりふり、という。
むり山という、マイマイプーヨーという。
石川島はりせ、という後、はりま、という。はり
ま山という、はりせの山そも、とぞそ。

 播磨山という、はりせのおり山という、これを、
とりるり、という。ドームのあるながふみやり、と
いう。ながせのやりふり、という。なや山のお書き
という、この書きである。インド山ともいう。
【小林語】
 ヒンズー語を、小林語という、昔の、いんすみ、
という名のインドという、ここを、ゴアマクと
いう。ゴアという。インドの古名という。ゴアを
郷(ごう)という。
【西脇市の郷瀬】
 郷瀬(ごうのせ)のいやふり、という。これを、
にしくし、という。にしやかのくしふり、という。
世界のきょうたみ、という、京民という。京都の
民のことという。全部で五か所あった、田島山
張り、である。田島山晴が五つである。ごいさき、
という。これを、おきさき、という。さきいその
戸井春という。この言いの、ひんどく、という。
ヒンズー語の元という。古く、グリセルという。
ぐりの言いとぞそ。やます山の言いである。

 ヒデラン・くっしく、という、くしき言葉と
いう、ヒンズー語である。天村の言葉ともいう。
戸井せせる磯神(いそかみ)という。この磯神の
言葉という、ひんでるのおこと、という。
ひんでるの言葉である。
【インド・アーリア】
 『イッヒ・モーブ』という、この言葉の延伸
とぞいう。ドイツ語の掛かりの言葉はとぞそ。
インド・アーリアという、ありゃまらのお言い
という。これを、ひんずーという。ヒンズーの
神言葉という。ヒンズーのことの言いという。

 ひんでらふっしいの山という。『ふっしい』
が、牛のことである。牛の脳をたとえる言葉と
いう。後、牛頭(ごず)という。牛頭天王という、
牛のことである。
【牛をためという】
 牛を、ためほく、という。ためのお獣という。
お獣山のおすれす、という。れすよすの言いと
いう。ヒンズーラ・ランドクという、らんぶせ
のお言いという。これを、インド・ランディー
という。インドのことの言いとぞそ。
ランデイー・マハールという。田島山の言いと
いう。
【名古屋のはよ】
 この田島山の在り処という、たよの海のはい
さき、という。はよの返事の言葉という。『は
い』を『はよ』という。名古屋もうみま、とい
う。この言いの、『はよ』という。はよはなる
(hayohanaru)
山という、その山の麓という。四枚絵の左手の
山である。この山が、その上の雲のや、とぞそ。

 雲が降りてきた我が世の雲という。雲山の言
いの『おぐせ』という、おぐせの雲という。
空から舞い降りる雲とぞそ。浮いてふわふわし
ている時もある。雲の江という、田島の山の
江という。向かいに見える山島である。

 この絵を、しまいふり浜という。絵の名とぞ
そ。この山の、うかこみ、という。ドームのこ
とである。これを、ねほきま、という。ねやみ、
という。ねまのみ、という。寝間の身の言いと
ぞそ。後、紫宸という、紫寝の、ししんまつ、
という。

 後のこととぞそ。後、紫宸殿という。らっ
きくの島暦という。菊の模様の暦のことという。
古い穂浦の暦である。今の暦の元の暦である。

 島山のおこよ、という、暦である。ゆりねの
暦という。ふむふむのいえゆら、という。この
日、げんとみの弓浜という、れうせるそみ山と
いう。これを、さぞめる、という。さみそゆの
言葉という。べるべる山という、後、べらすり
、という。今のインドの言葉である。ダリ・ひ
んかん、、ともいう言葉とぞ。
【ヒンズー語、シンハリ語】
 タージーマハールの夢という、これを、わら
ぶめ、という。わらゆらのゆい春のことという。
ゆい山のお言いとぞそ。ヒンズー語のことであ
る。むいむいのおこと、という、めよめよ、と
もいう。わらわ・しんばらの夢という、言葉で
ある。シンハリ語という、インドの一語である。
しんばす山のお言いという。
【宸翰語】
 後、宸翰語という、冠語の一種である。掛け
が、『む』である。日本語の『む』という、
ム語という、宸翰語という。このシンハリ語を
、シンハラ語という。宸翰の言葉の言いという。
古い日の、じんとく、という、今の神社の古い
形である。これが神官になる、神社のこととい
う。初めの頃の神社の言葉である。宸翰使い、
神官使いという、これが、しんはりのことの掛
かりという。この言葉の延伸である。ヒンズー
語である。シンハラ語ともいう。古い御代の
神官の言葉という。

 『ゆのも』という『私』の意味の戸はという、
ヒンズーの元の言いの『私』である。ゆのもと
いう。『私は行く』という『ゆのも、れっせ』
という。これが、シンハリの古い言いである。
今のヒンズー語のことという。インドにある、
『ゆのも』という言葉という。
【牛】
 これで牛がいたをいう、牛がいた頃のこと
という。牛を大切にした若い人である。これが
シンハリ語である。神官の言いの言葉という。
これを踏襲する天神の宮とぞそ。天神に牛が
祭られることという。インドの牛頭天王という。
八坂の御代の牛頭山という、今の八坂神社である。
牛頭という祭られる牛のことという。古く、仏髪
という、これが、牛頭で掛かる、神社と寺という。
寺の祭りという、牛を祭りの主にする祭りと
いう。この祭りの寺、今もあることという。
ヒンズーがかった寺である。
【英領インド】
 この寺のいよのまつれる、という。『いよ』が
牛である。これが天神を祭る寺という、たくさん
ある話である。天神の祠がある寺である。
天村の頃の寺でもある。この寺を、まむれざ、と
いう、インド田島晴である。田島屋ともいう。
田島晴の言葉という。牛頭っぱれ、という。後、
パレス屋という。これを、パレスで掛かるという。
英語の入れという。『パレス』で、英語を入れる
インドの国である。これを英領インドという。
後、パックス・ロームとい、これが、ゴアの英語
である、インドのことをいう。後、パックス・
ローマで、イタリアに掛かる、この日を、インド・
アーリアという、インドの初期とぞそ。後、言語の
家族という、ワード・ファミリーのインド・アー
リア語族である。現代言語学である。
【ニューローム】
 インドに英語が入ったという、英語が通じるイ
ンドの地域である。ワシントンのアメリカという、
ワシントン・パックスという、ニューロームと
いう。
【ワシントンのピラミッド】
 新ローマの我宸(わしん)という、アメリカを、
いみつみ、という、この日のアメリカ、先住し
ていたうちである。うちつよの日々という。場
がワシントンである。ワシントン・パックスと
いう場所である。目印が、ピラミッドである。
ワシントンのピラミッドという。パーレル・
れんづる、という。この『づる』が鶴である。
ワシントンの都のマークである。後、ぐみせむ、
という。ぱゆっす、という。ぱみぱみのおいす
み、という。
【オリトミコス】
 のち、ペンぜま、という、後、ワシントン・
ロックスという。今の、わゆっくす、という、
ギリシャ語の入れ言いという。オリトミコスとい
う、ワシントンの宮の古い言いである。ワシン
トンを、オリトミコスという、ギリシャ語の言
葉である。

 この日の、ギリシャ、ユアロールという、
ユアロープの掛けという、言葉の意味という。
私のロープという、私の役という、英語が一部、
ギリシャ語にあることという。ギリシャ山のお
書きという。

 これらが穂浦の言葉という、初めの穂浦という。
穂浦の言葉の広がりである。ワーレル・サン・ファ
ックスという、言葉の元の話である。いよむ花山
お書きという。いちょうがえしのお書きともいう。
ギンダンダスという話でもある。ギンダンという
銀杏のことである、古いヒンズー語である。
【ズックスクール】
 これで、インドにギリシャ語が一部出ることと
いう。英領インドの初期である。言葉の広がりを
いう、これを、両告という。山本スックスという、
後、ズックという、後、ズックスクールという。
『言葉を履く』という、『言葉を使う』ことを
いう。ズックスクールの書きという。

 この『ズック』が、履く靴でもある。ズック山
という言いである。靴語の言いともいう冠語の
靴語であることとも。かたみ山お書き、これなるを。
私の書きである。天王語という、ぎりれるおこと、
という。ズックスクールというのが、それである。

 世界五十ヶ国語で書かれた、この文書である。
冠語と通常語で書かれていることという。田島晴
の祝いである。言語学の元である。京大教授とい
う。若い人の教授である。インターネット講義で
もある。若い人が教鞭をとる、京大時計台下で
ある。すりばち状の講義室という、ここの住まい
とぞそ。この東に若い人の家がある日とぞそ。
【若見山】
 京大の門を入って右へいった所である、若い人
が住んでいた所である。この日の京大、若見山と
いう。若見闇御学問所という、場所を大原という、
大原記念という、京大辺り一辺を、大原という、
大原記念という。ここから、同志社へ通う日もある
若い人とぞそ。
【大津市、大津皇子】
 山世、せよふる古記という、古事記編纂の頃
である。御所夜学の頃である。大津宮御簾とい
う大津の市の場のお書きという。大津市の場の
書きであるとも。後、大津市を興すことという。
大津皇子であることという。ワシントン・れい
ぜる、という、その場の行きの時の名である。
大津という言葉がワシントンにあることという。
ペールレ・ペッソンという、ワイワイのお宮と
いう、ワシントン・パックスの宮である。


 よいの『良』の字を使う宮である、田島晴と
ぞそ。良玉宮という。

 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N12. 
 ***
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■

『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
  
正(やなぎ)・判子
正(やなぎ)・印鑑
正(やなぎ)・署名押印
正義の判子
行政改革・正(やなぎ)
//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
冴日正(さえみやなぎ)。冴柳記。
冴日道共正(さえみみちこやなぎ)。冴柳記(さえやなぎ、き)。
正(やなぎ)。 
腹を横に書く。
**************
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willow, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write English.
English ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "JAPAN report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
 

2020年11月14日

卒業8138 田島ゆっきく(壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業8138京都船旅7038
古譜6038大原練習5938天の下6338  俺140 田島ゆっきく(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/13
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/13
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/13
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 
海こいしく 田島槍花槍
波が荒く クジラ立ち 沖山波
足利の御代の穂浦ゆかりのたじみ
はなきゆき おせらんとうに
立てる日 おごそか 尖塔の
並び立ち 大磯ヶ原見

 狐の天気予報。〇r1999/08/08
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【デジタル】
秋残り市美術館蔵、四曲屏風絵解説
【回埼島】
 絵に描かれた南の島、そこを、かいさき島(回
崎島、廻咲島)という、この日の大阪茨木海という、
今の大阪駅前辺りまであり、大阪駅の南西に、曽
根崎の西に、イオン島という、島がある。ここを、
イオントーブという。これが、ここが、大阪の和の
都である。
【水都】
 この日に、大阪を水都(すいと)という。京都を、
水勢(すいせい)という。水勢の世という。
かいさき島を、まわぜま世、という。

 絵に描かれた島々を、穂浦連島という、かいさき
群島という。その、かいさき群島の埼の、長崎と
いう場という。これを、のいはり、という、冠語
の言いである。この冠語の意味が、後の、烏是(か
らすぜ)の御所の看護という冠語の一種である言葉
を使う、長崎の埼の場という。『なんば、しちょ
ると』というと場のことである。
【おだいば槍】
 かいさき島という、穂浦連島の言いの、ほうさき、
という、今の方言である。おだいば槍という、おだい
の槍山という、大きな山状の島という。京都水勢時
代の頃である。
【水星】
 この京都水勢という言いという、水勢の京都と
いう、もひとつ古い京都の言いという。京都が、
古くからある言いという。同じく大阪も、なにわ
以前にある、大阪という言いである。今の世の中
という、この類言いを使う、世である。もひつ古い
頃の地名である。大阪を含めたこの地を、水星と
いう、京の言いという。なにわせんばく、という、
言いの名前である、水星というのがこれである。
水星(みずぼし)渡りの言いという。水星のなん
かく、という。日本水浸かりの頃である。
 じんとみの日本という。この日の東京という、
水の中の台地である。今の江戸城、水の中である。
【名古屋】
 名古屋という、今の名古屋を、なごれく、とい
う、名護槍という、なんせむのお槍という。
みみすの都という。これが、名護の言いである。
旧の名古屋という、名護屋のいいとぞそ。
『ほんだもんで』という、この『ほ』を少しのばす
旧の名古屋便という、めんとみの言葉という。
東京山のお書きという、本文である。
【卑弥呼城】
 かいさき島の住人の言いとぞそ。名護の域と
いう、後、壱岐御代(いきみよ)という。後、
この島の、長崎東に、卑弥呼が出ることとぞそ。
これが卑弥呼の住んだ、卑弥呼城という、今の、
京都の五条御前通りである。この域である。
地域城という、卑弥呼城のことという。
これが本に書かれた話である、この本を、日本紀
という、後、日本書紀とぞそ。卑弥呼山お書きと
いう。れうての弓、という。『弓』が、本を表す
言葉とぞ。御所の古い、ごれ、という。そこの著し
である。日本書記のことである。その編纂係りの
若い人である。

 この日の日本書紀、総数、三千冊である。三千
巻の書きである。これが和国世という日の御所繰
(ごしょくり)という。若い人の手による書きであ
る。みよすてのすっそく、という。御所の書きで
ある。御所の住まいの人々の手による書きである。

 この日の京都、日本を、たんとく、という、
たんそう、ともいう、後、丹波という。この『丹波
』、も一つ古い頃の丹波の言いである。京都の
しまずれの地を、丹波という、その頃の丹波の言葉
である、今使っている『丹波』の言葉である。丹波
の国という、日本のことである。

 この『丹波』を使う、さいたみ、という今の埼玉
である。さいそみ、ともいう、御所の冠語である。
口語で、冠話という、冠語のことである。御所山の
おいという、おいせのお言いという。まませる、と
もいう。めゆめゆ、ともいう。『め』という言葉で
ある意という。『め』の山のお書きという。
【大阪】
 これを、ウォット、という、ロコの言葉という。
ロボットのことである、ロコである。ロコめら、と
いう。この日のロコという。かいさき島の言葉であ
る。大阪イオントーブの言葉である。これを、浪華
いほきく、という、イオンの言葉とぞそ。
ウォットという、言葉の意である。後、水の意に
なる、水をウォーという、二条城和論せる、という
言葉である、ロックスともいう、ろくろく、とも
いう。なによ浜の言いという。曽根崎側のイオン島
の埼の言いである、京都の、ごみすみ、という、
御所けらの言いという。『なにしてやん』という、
大阪イオンの言葉である。『なんばしちょるか』と
いうかいさきの島そめ、という。この『かいさき』
を曽根槍という、曽根島闇という、島そまの磯部の
言いとぞそ。

 ここが、京のかいさきの西の埼である。かい
さき島の西の埼である。どちらも、かいさきと
いう。
【京都大雪埼、千葉柏、柏連宅】
 京都の大雪埼という、回埼島の大井島という、
大雪埼が南の埼である、かいさき島のことという。
浪華のふりすみ、という、ここも浪華という、
京都のかいさき島のことである。まわぜまるく、
という。りゅうく・いっすく、という。後、
関東のお台場の言いとぞそ。この『お台場』、静
岡のお台場である。後、千葉世のこととぞそ。
千葉県の柏辺りである。千葉そみという言葉を
使う、千葉のさきみ島という、さきとき、という。
千葉県の柏である。後、柏連宅という、連の宅の
柏楼(かしわろ)という。かしわろうと読む字を、
かしわろという、切りをする柏の連宅という、連宅
言葉という。今の関東の言葉の元である、この『
関東』を、環頭という、後の世のととぞそ。今、
関東という、古いかんとうである。環頭よりも
古い言いの関東である。この頃、大阪地方を、
かんされ、という、かんさき、という、かんみく、
という、かんざみ、という、かんらく、という。
この書きを、めっける書きという。かんせいの
かんさい、という。この『かんせい』が、かんせ
いの読みである、関西という字の読み方という。
【関西学院大学】
 関西学院、かんせいがくいんという大学の読み
に置かれた言葉とぞそ。管制をいう、後の、くだら
みっく、という。百済を、はくさい、という、
はくせい、という、読みのことという。関西を、
かんせいという時の、はくさいである。
はくせいさん、という、くだらさいたま、という。
百済(くだら)のはくさい、という地名のことという。

 大阪を、はくせいという、はくさいという。この
書きが、めんそべの書きである。めっかくの書きと
いう。皇后の書きという、御所まれのお書きとぞそ。
皇后を、かたよき、という、肩先のことである。
広く、手までのことという、皇后という。
これが、大宸殿という、大阪の中にある、御所の
イオントーブという、イオン御所という。これを、
和国という。和国のイオントーブという。
わっけくらん、という、わみせまの言いをとる
和国という。和の国である。日本を輪国(りんごく)
という、全国(ぜんごく)の言いとぞそ。濁る和国と
いう、にご言いのねにごり言いという。括弧内の
ことという。連続壇という、大阪のだんじつ言葉と
いう、関東のさいじま、という、さいじまのさい
かく、という、そこの言いでもある、にごり言いと
いう。

 洗濯を、せんだくという、関東のさいじまという
場の言いとそ。大阪のイオントーブの辺りである、
京都のいせしく、という場とも、名古屋ふんまる
という、九州ろっくす、という、四国連鶴(しこく
れんづる)である。せんだくという洗濯のこととい
う。新潟の言いともいう。新潟三条、長岡の辺り
ともいう。他にもある言いである。
【壬生の江、波浮の港】
 せんばなんそめ、という、京の壬生の江という、
そこのせんだく、という。絵に描かれた、補いの
絵である。壬生の江の言いである。この壬生の江
の、波浮(はぶ)の港、せんだく港という。平安京
の興しの場である。古い御代の平安京である。
今の、千本通りという、京都にある千本の道の言い
という、せんだくという言葉である。
せんだく興しという平安京である。この平安京が
香蘆館をいう、ろうろうほう、という。これを、
ろろ、というろろ山という、壬生の都の言いとい
う。みぶすめの言いという。後、はなゆす、はな
ゆす語という、ろろろ、という言葉のことである。
言葉を『ろ』という、平安京の言葉である。茨木の
宮の言葉である。この言葉を、いそみく、という。
いそみくのおつゆつ、とぞそ。
【茨木宮】
 茨木をいう、いばそゆのお宮、という。茨木宮の
インディーラ・ほっくく、という。シンハリ語を
喋る茨木の言葉という、茨木を、しんそら、という、
しんとみ、という、しんせら、とぞも。茨木の宮の
ことである。また山のお書きという。
【東大青門、名古屋の写真】
 これらのことが書かれている日本書紀後編である。
このお書きを、後々編という、大事なお書きである。
若い人の手によるお書きとぞそ。古い言葉も開設
する人である。東大教授という話である。とう山の
人である。この日の東大、青門の場のことという、
青門の東大という、後、赤門の東大という。青門側
が川であったことという、頃である。日本人学と
いう、かいせらのおことの講義という、若い人が
教鞭をとる東大である、この日、京大分校とも
いう、名古屋の市大という、名古屋大学のもんとき、
という。名古屋工業の言いの名古屋興しという、
空中の撮影という、後、空中の写真である。
空中に写る写真である。
バイ・ザ・ピープルという英語の初期の言い
とぞそ。名古屋の英語という。ザ・ピーフルの
お書きという。

『of the people, by the people, for the people,
』という、写真家の言葉という、名古屋論である。
ゲチスバーグの言葉である。
古い壱岐の国の言葉という、長崎のことという、
かいさき島の言葉という、ここの英語の口語である。

 ゲチスバーグへ行った若い人という、かいさき
島からゲチスバーグへ行く日である。名を、富岡
という名乗りである、ビンスバーという乗り物と
ぞそ。ロケットのような乗り物である。時速三千
キロという、空里の千である。一千空里、一キロ
という、陸路のほぼ四分の三である。古い御代の
ことという。のち 、平安京興しである。これより
古い平安京を古平安という、これより古い、平安
京もあることという。水浸かりの頃がたくさん
ある、水星の京都という、水勢ともいう。この頃、
アメリカもそうである、ウォッターという、ウォ
ットの言いの頃のアメリカという。
【水行国】
 この日のアメリカ、リバランルクという、
リバー勢の、げりふり、という。後、ワシントン・
ポストという、後、ウオッツという、後、ウォー
ター・ラックという。この『ラック』、『落』で
ある。水行きという、水行の都という、後、水行
国という。ウォットン・ラックスのお書きという。
バイ・ザ・ピープルともいう、写真家の行きと
いう。若い人の行落である。
【大野島、新潟の角栄(すみえ、かくえい)】
 大野山お絵という、大野の名の島の言葉とぞそ。
ほりるりの言葉という、ラックス・レイレイとい
う。ラックス・レーレのあゆすり、という、言葉
である。ふんむくのまりおり、ともいう。ひぼ山
の絵ともいう、言葉を『絵』という掘米(ほりごめ)
槍という、掘小鑓(ほりごやり)の言葉という。
かいさき島の南西の岬のことという、そこの言い
である。ほりこやりを、ほいごやりという、
濁りの連濁という、かいさき島を、れんとく、
という、堀米の言葉という、ほりこめ、ともいう。
濁らないほうを、みんそ、という、民訴と書く
この日の書きである。民訴清(みんそせい)という、
これが、小西みそ、という長崎の崎の言葉という。
この長崎、九州の長崎である。民訴を広げて、
長崎の言葉を民訴清という、民訴の言葉の清さと
いう。長崎の『なんば、しちょる』である、古く
の九州名護屋ともいう。後、秀吉九州征伐という。
言葉の広まりのことを、制覇という、征伐という、
秀吉が広めたという、これを、すみやっこ(角奴)
という、新潟の角栄(すみえ、かくえい)という、
墨絵の書き方という。角栄という墨絵である。
水墨画のことである。

 タージマハルの絵が墨絵である。角栄の墨絵と
いう。墨絵の一種を角栄という、古くの絵である。
若い人か書いたという駄作者である。書角栄の話
という、この物語である。日本列島水漬き論であ
る。国を興す水という。穂浦海のことでもある。
【京都東山安井】
 山荘角栄の山という。新潟山のことである。
京都の中の新潟でもある、今の東世のやすおき、
という。山の沖の麓という、安井原というそこの
ことという。三艘の墨絵のことという。安井絵と
いう。山荘という。山荘を三艘という、安井の
言葉である。京都東山安井である。三成(みつなり)
の言葉という、石田三成の、さんせいという、
これを、さんそう、という石田三成の名の意で
ある。石田闇の人である。かいさき島の人である。
【戦者】
 石田の戦国という、戦争の人という。石田
山の人の絵という。墨絵描きを、戦者という。
戦者の石だという、日本画の部類の墨絵の描き物
の手という、戦手という石田さんという絵描きさん
をいう言いという。絵描きさんの代表を石田さん
という、芸者の芸名のような部類である。

 絵描きさんをみて『いしださん』という、この
『さん』が、山という、三という、これを。ほめ
る『讃』にする、さんさんの安井言いという。
京都ほゆくらの、あやすみ世の言いという。

 この日の安井嶽という、東山連山の次峰である。
高さ、さんさんメートルという、今のメートルで
ある。石田山という名の安井嶽ののことという。
煙を上げていた東山連山で、安井嶽である。
まっつぁら連づる、ともいう、言葉である。
『そわしてるてそ』、この意味である。
るて書きという本書のことという。
石田三成である言葉という、石田三成という言葉の
ことという。京都便を石田便という、石田の言葉
という。『そうやあなあ』と『や』を延ばす言い
という。京都の安井の言葉である、東山安井で
ある。うやうやしい言いという。
【野田川】
 京都の北の野田川弓という、そこの言葉である
こととも。丹波野田れま、という、御所ゆっとく、
という。ごめそめ、という、るいしょのおゆれる
おこと、とぞふ。『とぞふ』が、『で、ありま
っしょ』の意とぞそ。

 野田川で、冠語と口語を一致さす言葉の作り
という、野田川れってまの場である、あや繰り
という。綾部山お書きという。
【石田よんと】
『あやふやる・かみそめ』という、石田を神と
いう、園原の千葉闇という。石田よんとの山と
いう。『そうですな』というあいのうち、という、
今の関西の常用語である。
 『そうですね』という、石田よんとの言葉である。
 以下略。
 
 世界地名、世界風土記の描きである、その一部の
描きである。JAPAN reportという、ラッキー・エー
ジャ氏の書の一部である。駄作家発である。
【よみくみ山】
 大阪駅、北東辺りが海であった頃という、若い人
が船で行った和歌山友ヶ島という、ここが、大砲島
という砲台島の以前であった日のことという。砲台が
なかった頃という、この辺一帯を、若の世という、
若の江という。その頃である。京都水浸かり、大阪
水都という、わかねき川という、若の世の川の辺り
という。砲台島へ行く日の、赤闇記という、この記
のことを、しださみ、という。後、しだれる、とい
う。しだれ山行きという、この、しだれ山が、後の
砲台島である。和歌山の砲台島である。若い人の
住まう家という、インドまっ閣の作りという、
自然の岩の造りである。これを、じ、という。
じの造りという。じみつみ、という。ことという。
友ヶ島の和歌山を、よみくみ山という。
後程。
 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N13. 
 ***
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
  
正(やなぎ)・判子
正(やなぎ)・印鑑
正(やなぎ)・署名押印
正義の判子
行政改革・正(やなぎ)
//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
冴日正(さえみやなぎ)。冴柳記。
冴日道共正(さえみみちこやなぎ)。冴柳記(さえやなぎ、き)。
正(やなぎ)。 
腹を横に書く。

Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 11/15 休み  

2020年11月16日

卒業8139 くまそたける (壮強太陽):イカスミ

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 卒業8139京都船旅7039
古譜6039大原練習5939天の下6339  俺139 くまそたける(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/15
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/15
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/15
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
熊のお茶 いただいて 口うまし 口の中
潤いに 後、鳥の訪ね来る 鳥も飲む
ここ府庁 猫がタイプ打つ所で 熊も打つ
犬と住む きざし住まえばよき
日受け園の一日に山の煙添う

 狐の天気予報。〇r1999/08/10
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【デジタル】
20201113
【田島晴】
 これが日本にあった田島晴である。インドの
タージーマハルと同じ建物である。五つあった頃で
ある。

 『おせんなかすな、馬肥やせ』という、京めの、
という。馬を、『よる』という言い言葉という。
めめすめのお言いとぞ。ゆいよってのるり春という。

 季節のとを、『るもせ』という。このるろせの
言いの、ぺば、という。ぺばの馬という。ぺば馬
という、馬のことである。この馬が、後とぞそ、
『馬おらる』という呼びをする、この呼びが、
『おす』という呼びの馬の呼びという。おす馬と
いう、ぺば馬のことである。

 ぺばをおすという。この書きの意とぞそ。
 
 馬おしという、馬追いという、馬を連れて歩くこ
との言いである。馬と一緒に歩く若い人という。

『ぺば馬よってさ、あるけてゆっきす』という、
古い東の野の原の言いとぞそ。今の京都の東大路で
ある場の言い、という。この冠話を、こごせまの言
いという。『せま』という、言葉の意味である、
言葉のことである。

 こごの言葉という意味である。こごせまのお
言いという。
【東大路通、京都】
 『いたるり槍』という東の山のおいそ、とぞそ。
ここが、今の京都の東山の西の東大路通りである。
この東大路通りの造りという。川を切る造りという。
東大路通りを、川ゆり、という、大きな川の流れ、
という。流れ闇のおいそ、という。おいそ浜のこと
という。いそゆりの川のお書きという。大槍という
、今の東山の大きな頃とぞそ。、高さが、見分け、
ヨンという。四千メーターの高さという、その頃の
京の町という、この頃を、京槍という、今の言葉の
京都大峰という。京都大峰が四千五百である高さと
いう。

 富士という言いをするこの頃の京都という。京
都大峰を富士という、その京都のことを、れぶて、
という、後、れぶての京という。

 この『れぶて』の頃の東宮浜という、東山山麓の
西側という。西の、さんてく、という。浜を、てく、
という、浜てくという。

 この『てく』の言葉の岩磯という。磯波凄まじい
東山の山麓の川波という。上がる波のことという。
この川が東大路を北から南へ流れていた、てくるき
の流れ、という。これを『おせんたく』という、
流れのことを『せん』という。これが、東の山越え
た場のことのいいとぞそ。東山を越えた所の場の言
いである。おせんたくという、川流れのことをいう。
東山を、半分、川という、これが、『河』の意味の
頃である。山麓を全部、隠して流れていく、おせん
たくのことという。半分くらいがみずであった東山
という。この山を、東じょっくく、という。東じょ
う、という。この状を、ひんとみ、という。これを、
見分けという、川屋の言いという。見分け、ヨン、
という。四千メートルの高さという、見分け、ヨン
の言いである意とぞそ。

 『おせんなかす』という、この『おせん』のこと
という。弓浜真野言いの、うそゆり、という。
うそ川の言いという。うその川の名という。上述の
川をいう、うそ川という、後、桃谷という、桃川の
ことという、うそ川のことである。これが、ひあが
る川である。水がなくなり、後、野原になる、この
ことの言いを、『るりくらす』という。
【桃谷川、京都市】
『くらして、野による』という、日光の下に、野之
桃原野にいたという、桃谷川という、桃谷の、まよ
ふき、という。今の、西河山の、東の東の谷のこと
という。桃谷原川野という、地勢学上の、U字谷で
ある、桃谷原川野という。
【京都墓町】
 この川を切り拓く、切拓の譜という。しろろ切り、
という。この頃の京都という、京れるかっぱく、と
いう、言いをする、京の田島晴の言いである。
この田島晴が、五条通東大路の西北角である。
大きさが、『ゆうにごもれく』という、今の御所
の四つ広さである。ここがその田島晴という、
後、さんそめ、という、京の墓の町という。
墓町の京都のことという、この期の京都という。
墓ずれかっさく、という。かすゆすの言いのけっ
てく、という、てくせの言いという。『おせん城』
という、京都の墓町の言いとぞふ。
【足利幕府】
 ここの住まいという、きしろるおすゆす、とぞそ。
これを、京都まみ、という。後、京都城という。
この京都城という時期が、あしかがみ、という、
京の室堂(むろどう)という、足利の室町という時期
のことである。後、足利幕朝という、後の言いと
いう。後、足利幕府という。あしかがみ浜るき、
という、めねよねのお言いという、幕府という
言葉が、めねよねの言葉である。
めねよねれてふき、という幕府のことである。
冠語である。

 足利幕府という通常の言葉である、めねよね、
という。この言いが、田島を『といはり』という、
『といはりのよむふり』という、田島晴のことで
ある。足利幕府が、田島を『とい』という、『と
いす』という、『といしま』という、『といはぬ』
という、『とい』という、たいせるの言葉という。
御所の足利という。足利尊氏言いという。
【卑弥呼城】
 この日の御所、西の卑弥呼の城を、『といしま
やり』という、足利尊氏という言いの、足利語と
いう、足世羅山の言いという、あしっくす、と
いう。御所が、あしかがる、という場である。
あしかがると、御所をいう。足利のみ、という、
御所のことである。場所が卑弥呼城の場所で
ある。今の、京都五条御前である、卑弥呼城と
いう。

 この卑弥呼城、川が下に流れている場所の造り
である、前卑弥呼城という。五条条川があった頃
の呼びである。この条川の、かきたき、という、
滝落ちの場の造りという。しろっせら、という造り
である。
【京都大峰】
 五条条川が流れ、東に桃谷川がある日という。
この碑の、京都おおぶ、という、京都大峰の
一部である。今の京都より高い所の場所である。
これを、見分けの、はなる言いの、話である。
見分けという高さ、一千五百である京都大峰の
高さである。この時に、同じ高さに見えた、東の
田島世のおたてゆり、という、田島晴れである。
見分け、一千五百のたじまはという。

 後の、一千五百であるひぃに、一千五百から
見た、田島ゆまれく、という、卑弥呼という人
の言いである。卑弥呼城の言いである。五条
御前から見えた、東の田島晴とぞ。
【回崎島】
 これが椅子という、すっつという、すっとんと
いう、卑弥呼の頃の椅子のことである、後、スツ
ールという今の英語という。卑弥呼の頃のスット
ンである。卑弥呼城が、島掛かりの城である。
この日の卑弥呼子城、田島晴という、中に川が
流れているという表現という。かかっている島が
穂浦連島である、前卑弥呼城という。後、卑弥呼
城がなくなった穂浦という。穂浦と回崎島の掛か
りである。

 回埼川はまき、という。回埼川が今の御前通
である。細く険しい崖の下の流れである。回
先島の東端になる。ここを、めんそく、という。
卑弥呼城の田島晴である。この田島晴が、絵に
描かれたタージーマハルという。尖塔があった
穂浦の島の東端である。絵の手前の塔である。
【島原遊郭、京都】
 これが、このままの見の京都である。そのまま
沈んだという言いの、京都落閣という、これを、
京都落ちかど(角)という。京都の町全体が今より
髙くあったことという、見分けの言いという。
この頃の地の動きである。田島という島ができた
ことという。この島が今の五条千本東南である。
今も、島原という、小さな島山であった島が
浮き上がった地とぞそ。田島くっさぎ、という、
これより古い、今城という言いの前卑弥呼城の
言いとぞ。今城がそのまま上がったのである。
田島遊楽という言いがある、今の島原である。
この辺一帯を、島豊れく、という、島津原とも
ぞる。しまつわっぱ、という島原の古い言いで
ある。田島ゆんらく、ともいう、今城の言いで
ある。
【五条ヶ丘、京都】
 島全体が京をいう、京島という、今の島原で
ある。にししんやしま(西新屋島)という。
これが、京都の、祐乗という、田島祐乗という、
田島晴である。島津やんぴく、という。しろすり
のかゆっくす、という。これが『かゆ』の語源で
ある。花遊と表す。のち 、五条ヶ丘になる、
しまっせるかっくす、という、島原花遊落(しま
ばらかゆらく)という。これを、祐乗録という、
録が建物であることという。島原祐乗という、
後の、ごもるりの祐乗という、たたたたた田島
晴区の言いである。島原祐乗が、遊情になり、
後、はなけ、という、島原の言いという。
島原語の、じょっかく、という。この『じょっ
かく』が、『じょっす』『じょっと』という、
すっぺじょっかく、という島原の言葉とぞ。

 この『じょっかく』の頃を太夫(たいふ、
たゆ、たゆう)という。島原のいと、という。
いつともいう。伊都と表す、後である。
【伊都】
 この伊都が、糸にかかる、織物のことという、
島原織という、古く、田島島則という。島則織
という。染めもする、しまん染めという、島津
山の織りという、染めを含んだ言いである。
しまん染めという、染められる山のお書きとい
う。島原世の話である。田島を古く島原という。
五条が丘という頃の、たしょ島という、古い島原
である。
【七條大門のことば、じょっくん】
 この島原を、たんとく、という。たんとくの
しっぱく、という、後、島原の城という、今の
城の造りである。島原城という。しませさんくれ、
という、島原冠語の言いである。島津世語という。
後、五条ヶ丘の言いとぞ。島原織のある日という。
島原染めともいう。『じょっくん』という、
じょくせらの言葉という、織物をじょという、
島津原宮の言いという。これが、七条大門の言い
でもある。七条の、かっくれく、という、
すっぺの言いともいう。
スペシャルという七条大門の言葉という。今の
英語という、七条大門の言いである。

 『スペシャル、じょっくせ』という、『わ
われ』の言葉という。これの冠語が、そみそら、
という、そっての言いとぞそ。『空がそった』と
いう、七条の大門ゆり、という。八条にかかる
、るとん、の言いという。『るとんかっくせ』と
いう。ウィリアム・カックスという、カクストンの
言いという。カクストンの『ストン』が、スットン
である。この期、布団の意味である。スットンと
いう布団を表す七条大門町である。
【七条の織り染め、京都市】
 卑弥呼の頃の七条という。条川があった頃と
もいう。七条城楽という、七条の、しつはる、
という。浸み染め(しみそめ)という、後、しすはる
、という、七条の織り染めである。染めのことを、
しす、という、七条の言葉という、後、京都蒸気区
という、蒸気の染めとぞそ。

 七条八条という、若い人の故郷である。『田舎へ
行く』という若い人である。今の大門町辺りである。
染めがある町という、ここで住んでいた若い人の言
葉という。『じょくせらって、いくす』という、
『田舎へ行く』という意味である、じょくせという、
じょっすくの言葉である。『じょっすくれて』と
いう、『私は行きます、います、します』という
意である。七条櫛という、八条よんりぎ、という、
大門冠話という、スペシャル・ベットラという。

 あと、じゅせま、という、じゅの言葉という。
『じゅれ、ぱっせ』という、『私はいます』という
『いました』ともいう意である、この『じゅ』が、
フランス語のジュである。大門冠話がフランス語で
ある、ここの民を、だいとめ、だいそん、だいくれ、
という。だいのお民という。だいかく山お書きと
いう。御所のふっかすの言葉である。だいとめ語と
いう。
【大東語、府関語】
 大東語という後のことである。フランス語の
ことである。『じゅべ、いっぺ』という、御所の
蔵のそしそる、という、そしめのおことの延伸で
ある、猫がタイプを打った頃の御所猫という、
若い人の家族という、フランス語で打った猫と
いう。後、この猫、今の府庁へ一緒に行く、住んだ
ことという、御所住まいの、にしきやき、という。
錦という、西の木の、さいるき、という。これが、
府庁の言葉である、庁関語という。
『私』を、『きざし』という府庁のうちの言葉で
ある。府庁で住んでいた若い人である。

 『きざし、ゆまれ』という府庁生まれですと
いう意である。『ゆまれ』が、『ゆまのふき』と
いう、これが府庁の意味である。庁関語である。
御所の、さい山という世の場のことという。
府庁の場をさい山という、御所の言いである。
【猫】
 この府庁にいて執務をしていた猫である。
一等書記官とである。名前を『ミーシャ』という、
ロシア一風の名前である、猫室がある府庁という。
足利猫ともいう。足利世の猫である。現代フラ
ンス語の書きである、ミーシャ猫のタイプ打った
所である。

『Je vais』という書き出しである。猫うちの書
である。ノーベル猫ともいう。猫情の機敏が書か
れているという、猫文化の創始者である。

 大きな猫もいた府庁の郷である、私の生まれ
という。古く、卑弥呼朝府という、その頃の少し
後である。秋残り市役所部という部署がある頃とそ。
ミーシャのお書きという。猫の手の駄作者という。
猫文化を大切にする人である。ワープロ作家である。
【熊】
ワード・プロスという、フロッセスの言いという。
プロすれのお書きとぞそ。キャット・キーという
タイプライターのきーである、コンピューターの
キーボードでもある。あと、犬手と熊手がある。
どちらもたいぷを打つ人類である。これを、仁
(ひと)という。
熊を『ゆき』という、犬を『そよ』という、こ
れを、仁と表す。名前に仁がつくことという。
 やまゆきという、山仁(やまひと)という、熊で
ある。この熊、能を舞う熊である。シテという、
シテゆう、という能舞いの熊である。鼓も打つ
熊である。

 仕事が、お茶を作ることである、熊が作った
茶畑がある。足利熊茶園という、府庁の中である。
この熊が犬と一緒にいた、府庁仁類である。
後、府庁二類という、熊の府という、熊府の
おつて、という。おつゆつのおわせむ、という。
せむらす御熊という、足利みよという名である。
みよ府のお書きという、言葉がセム語で書かれて
いる、熊うちの書である。アフリカーンスの達仁
である。見仁という、御所内の名という。
『熊の鼓』という文書である。
アフリカ語を熊語という人である若い人である。
ロボットの若い人という、人そっくりのロボッ
トである。これを、足利の世という、ためせ(
為世)のお書きという。

 『為世山おり』という、動物のことが
書かれている、ロボット兄の書記である。プロ
グラムのコボル言語を駆使される兄である。
この兄のことを書く動物という、犬のロボットで
ある。言語が『よ』という言葉である。よいよと
いう蝉のいた頃である、府庁蝉ともいう、足利世
の蝉で、大きな蝉という、長生き蝉である。
羽を振るわせて言葉に出す蝉である。御所の紫宸
殿にいた蝉である、名を、足利太郎者という、
たろみ、という名である。よく兄にとまってい
た蝉である。

 虫の動きをするロボット機械虫もいた府庁の
ひろれくという場所とぞ。我が世の春という、
織田様世という。織田信ゆれ、という、蝉の羽を
振るわす音である、人の言葉という、仁の言葉と
いう、この仁を、中仁という。ううてすという、
うすだす、という。虫の羽音のめでの言葉とぞ。
【蝉】
 石の臼のこととも。蝉臼屋という、今の府庁の
ことである。蝉の健康という、兄の健康和いう、
ロボットの異常を調べる蝉である。蝉の羽の音で
判断をする兄という、兄を見る医者である。蝉の
脳の働きである。この蝉、名を『みと』という。
みとの診断という、機械の技師という、長生き
蝉の『みと』という、6年7年生きる蝉である。

 今もいる蝉という、この種の蝉、機械を見る蝉
である。道元という、機械の動きの元を調べる
言葉である。導引の語源という。人に知らせる
機械の異常である。後、鳴き方である、羽音鳴き
という、羽の音の出しという。府庁の頃の蝉で
ある。

 白雪姫の話という、府庁の庁関語である話と
いう。『ゆいよってそ』というのが、それである。
蝉そわれの言葉という。この『そわ』、フランス
語の『そわ』である。『ジュ、ソワ』という、樹
という、これを、ルージュという、人の言葉の羽の
音の意の入れという、フランス語の受けという。
フランス語に、この話がある、ペテルブーゼルと
いう話である。

 ペテルブルグの屋にいるという、蝉の長生きの
多いロシア蝉、ヨーロッパの蝉という、長生き
する蝉である。皆、跳ね音で意思をいう蝉の言葉と
いう。蝉語のお書きという。くわしくは、ロボット
兄の著書である。くわしく書かれている、ゴボル
の言葉とぞ。機械言語というのが、蝉の羽音であ
る。『アイ、ゴー』という、これを、『ストップ・
ロック』という、これが、コボルの蝉語である。
ピリオド・スタットの機械言語という。
【プログラムの脳】
 プログラムが、脳の前頭葉でできたこと
という。プログラムを組む脳である。足利の脳
ゆり、という。大山のおきゆき、という。前頭
葉の考えが具現したものという、プログラムで
ある。場所は前頭葉である。プログラムの出で
ある。ピリヨという脳の部分という、前頭葉の
ことである、ごいしくおづぬ、という。役小角
の言葉である。プログラムで具現している現、
コンピューターである。

 『ピリヨ』の『ピリ』が、あとを意味する。
『あの人、びりよ』という運動会の言葉という、
この『ピリ』である。びりの山のお書きという。
『びり』を『ぴり』という、後脳の働きである。

『パピプペポ』を、『バビブベボ』という、
双唇音の出しという、蝉の羽根の振るわし、
という。これを『蝉しぐれ』という、脳学の
言葉である。脳の前頭葉の中心右である部分
とぞそ。ここの働きである、双唇音の出しと
いう。蝉しぐれという部分である。
どちらも双唇音である、パイを、バイという
言いという。バイバイを、パイパイという、
これを、双唇音句という、一緒のことにする
おれまがりの脳という。おれまがりの働きで
ある。またがる脳という、足利の世の脳の学
びという。ロボット医者の言葉でもある。

 今の医学にロボットによる所がたくさん
ある、足利世の発である、この島の回崎島
がそうである。この所には、医院がたく
さんある、今の世とぞそ。古くの回崎の島楽
という。後、医者という、医務方という、
医務島という、医者のおらる島是という、
島山の言いである。

 『イーシーデー、イーシー』という歯
医者の言葉という、島の頃からの言葉である。
この『イーシー』が、いそずり、という島の
風の音をいう、風の音という意味のこととも
いう、蝉の羽音のことという。虫を尊ぶ島の
医者という、『イーシーデー』という、後、
英語に入れる、『医師の日』という、
いしび山という所のロボット看護士という。
この看護が、冠語の看護語である。

 午後から開ける日のことを、いびしず、という。
日の明け方を、ごか、という回崎島の言葉である。
午後の言葉の造りとぞ、午後山という。石河埼の
の東端という、そこの言葉である。穂浦全島の
言葉である。御前通側の崖っぷちである、そこの
言葉である。崖ぶち、という。ぷちをふちという。
そこひじの言いという、ひじかけ山お書きという。
脳学の回崎という文である。御前のごぜんという
読みの言葉とも。ごぜんの医者という、蝉の明け
という、摂政の語源である。朝の発のことという。
この麻が夜明けである、夜明けを八時という、八
時を出の刻という、物事の初めのことという。
八時で始めることをいう。時計の時間の九時頃
である、今のことという。
【はちいつ、八いつ(人偏に、八月と書く】
 八時に大砲を打つ、時計の八時である時という、
八時のサイレンという、穂浦の海軍工廠のことで
ある。日の始まりをいう。始まりを、はちいつ
という、はちじという。論語の『はちいつ偏』の
『はちいつ』である。はちいつのおいさり、と
いう。これが、はちの言いの蜂の虫である。虫の
羽音である、八氏にとんでくる蜂である。時を
知るとりという、虫のことである。はちいつが、
蜂のことである。八をはちいつという、回崎島の
言いとぞう。
 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N13. 
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
腹を横に書く。
Mr. Atom Lucky Ager, "KYOTO report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 

2020年11月17日

卒業8142 くまそたける2(壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業8142京都船旅7042
古譜6042大原練習5942天の下6342  俺142 くまそたける2(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/16
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/16
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/16
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 
熊が舞う場 鼓を打つ手の場 能の場
打てばあいを入れる人の声が聞こえ
袴をはく熊 勇者のきざれ 熊が語る
世のあわれ 人の世に生きる熊
笑顔面見せて 只管に演じいる

 狐の天気予報。〇r1999/08/11
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康安全。
そうきょうよい時です。
【歌詞】
20201116
きざれ:私の意、ざましの世の言い。熊の『き』の
    言葉の延伸、熊語。
小林玉雄大御爺さんお育てのお熊、足利世の
    大熊も一緒に住んでいる。
20201115
【岡崎小道】
 『やすととし、みもうで』
 岡崎林道御兄のいかれた、秋残り市美術館南の
疎水沿いの所、美術館の所である、そこを、秋残
駅という。
 蹴上の東、坂の頂に、道が二つ別れている所、
日蓮さんの大きな石像がある。そこが、蹴上の
駅である、陸路と船路という、船は疎水を行く
所で、山の下である。トンネルである。この駅から、
疎水へ行く船という、それがあったことという。
 京都向かい、西に向かう、そのトンネルを出て
きて、秋残駅へ着く、船路で、上へ登る装置という、
この上の駅という、そこのこみという。『三条山
ふみる』という、山を見ることの言いという。
【四曲襖絵】
 この頃の、秋残り市である。
 四曲の襖絵という、屏風絵という。それが置か
れている時のことという。もみ山の筆という、
コンピューターの筆である。
 このコンピューター、今の、64ビットである。
古い頃に書かれた絵という、秋残りの筆という、
駄作者の真似する所である。古い穂浦の絵という。
私も暮らしていた穂浦の懐かしい海と空の後継です。
 駄作者なる人の筆であるという、後の世の話と
いう。私のいった頃は、岡崎という時の頃で、
『また、いつか見ん』という歌を歌っていた私
です。穂浦海軍の卒業式という、その頃であり
ます。御兄とともに通った、学校で、道脇に、
『ひめゆりの塔』がかあった頃です。この東に
原爆製造所があった時のことです。

 卒のよよなれという、世がなる世々のことです。
sotu4470. 右蘭に提示されているという、ブログ
のことです。駄作者の作という、よいはいですね、
という墓町の頃の京都が残っていたときです。
これが、秋を残すという、駄作者の話です。
ときを、秋という、年がら年中、駄作群である
という、駄作者の弁です。

 世々慣れのよい牌の文です。牌という蹴上の駅の
石像です。そこの讃という、秋残り讃という、私の
後の世に出て来る人です。岡崎小道という、今の
岡崎の小さな道で、畔の道であった頃です。

 こを、世々見(よよみ)といいます。世々見ヶ堰
浮き、といいます。堰のあった所です。勁草という
浜の草が生えていた所です。山の世という、昔の
世々山と言います。世々山っ子がわたしです。
『きざし、もけゆら』という言いになります。
もけの山、ふなよもの言いとぞそ。

 やすととし、という言いの、宇治の浜の言いです。
宇治の宮の言いと言います。大津皇子という型が、
お越えになった、けよ山の所です、丘崎小道の場所
です。京都の歴史の作りにかかる頃です。
明日から、それを始めます。
岡崎小道記します。

 ここは、ノベンバーの日です。古い岡崎の言い
です。といつとかずの言いと言います。今述べる
山のこと、向かいの、秋残山と言います、岡崎の
秋残る場の言い呼びです。秋残るや、と御兄の
お言いです。またよのお書き、これなります。
岡崎小道再記します。名を岡崎小道と言います。
御兄は駄作者を信じているのでしょう。
 海がある京都という、取りつかれております。
幽霊の好きな御兄と言います。私の友達でありす。
幽霊三と言います。昔の私です。

 平家の怨霊と世の中ではいわれています。落ち
武者と言います。『はなせ山女三吟』のことです。
幽霊の書と言います。岡崎小道、そんな場所で
あった頃です。

 岡崎の出幽という、幽霊山のお書きという。
幽霊出没の地、岡を割く幽霊です。岡割(おかさき)
という地名です。幽霊が割いたという、勁草の崎の
変わり闇のでてる所です、幽霊と言います。

 色のついた闇、黄色い晩のお書きです。闇が来る
という、らいやら、と言います。幽霊の出です。

 幽霊を闇という、秋残りの言葉です。駄作者と
いう人に捧げる文です。幽霊の文です。平家の落ち
武者という岡崎がそうです。岡を割いた岡崎文です。
岡割り上句。ヒンデランド・ゆっきく、と言います。
おかわりのジョークです。七条の宮の言いともいい
ます。そこが私の生まれです。『きざし、ゆゆまく』
足と言います。気体のことを、まく、と言います。
ゆゆまくれ、腕巻く書きと申上げます。

 駄作者の腕まくり、鉢巻きのお書き、小道の、
いきふき、ござにあれり、すみすそすゆ、割かれた
山、蹴上と言います。毛が坂だつ里のお書きです。
蹴上の里です。その山にいた私です。山里へ詣でる
時です。秋残り山と言います。今は、割かれ跡、
幽霊の里、あきときの里みす、祈らずとても、神や
守る里と言います。幽霊の言いです。
 
 雲山が降りる岡崎子と言います。雲を、いめら
き、と言います。幽霊の言いです。高槻越えた
日のお書き、また来ます、とそ。
高槻山という、現、蹴上の幽霊山です。高さ、にご、
とそぞ、ありるる。ふふゆきの雲、ありすありる。
雲浜越えとそ。梅田雲と言います。岡崎雲とも。
岡崎小道記。かけ番記者きざし。sotu8142
はいしに8142、これから行きます、かけ番。
始めのことを『しに』と言います。
『さあ、しのか』のかけ番、初番のことです。
幽霊の詩、かけかけの夜、とそ、落ち武者の
その後、おかわり秋残り話とです。
武者くらい、人けあげ、わみそみの地名です。
幽霊のたかる山、ここなるを。
『賢い』ことを『たかる』という、岡崎蹴上の
言葉です。駄作者に捧げます。幽霊より。
廃止になりました山登りの船です。浮く浮く
浮く、ウクウクウクと船のことです。
幽霊船のお書き、山登りの船を幽霊船と言います。
ゆうれいの飾り、京都円山船ゆられ、こうやみの
飾りとぞ。

 岡崎から円山へ行く、分かれ道、秋残駅です、
船路の駅です。

 岡崎の発破がけ、山が一つなくなった話という。
高槻山である、それまでの街道、とみゆ浜回りと
いう。土は茨木へいった話という。茨木のさんこと
いう場所である。茨木の宮の近くである。
 とみゆ浜を映山という、映山の麓から、越えて
、かしず、へ行く、今の、坂本という、ここを、
とみえ、という。とみゆ浜街道という。そこを、
きえたか山という、めゆるやおのふ、とぞそ。
この書きである。幽霊の書きという。船辺(ふな
べ)の征矢という。船を『矢』という場所である。
大津市の坂本である。大津世の言いという。

 船置きを『やふめ』という、これが『やぶ』と
いう、大津の、やもよも、という言いである。
『やふめ』を『やぶ』という、船のある所である。
卑弥呼を『ひみゆ』という、そこの言いである。
『ひみゆ、れてゆた』の冠話である。

 幽霊の書という、幽霊がかかる、タバコのけゆ、
という、タバコのことである。『ひみゆさっぱの、
けもそめ』という。タバコの煙のことである。

 卑弥呼の頃からの話である。タバコの造りと
いう。一つは、山への礼儀である伊という。
これを、いんどき、という。インドのことという、
シャカのてもやり、という。インドのタバコと
いう。タージーマハルの歌である。たみそきと
いう、冠語の言葉の意味とぞ。タバコの意が
ある話という。
【カムイ髷】
 専売公社きえた話という。東インド会社という
、ゆむの言いである。めよむという、めよむの
いう、この言いが、のとみと、という言いである。
めよむのいうという、『と』を『の』という、
花やきの言葉という。はなせの宮の言葉という。
御所の中はなせの宮である。山の煙をたとえる
宮である。今の京都御所である。はなめ闇という。
はなせ宮の別名である。迎賓館奥という、そこの
ことという。昔あった迎賓館である。昔の迎賓
館という。ゆぜ宮ともいう。そこの、けかみ、で
ある。毛を『かむ』という、毛神(けがみ)という。
『カムイ』の語源である、毛を髪という、その
言いの花髪という、これの変わり言いという、
毛神という、髪を祭ることという。花髪まむ、と
いう。『まむ』が祭りである、これを、カムイマム
という。カムイが髪であることという。神とも。
おかみという、おかみ天球という、丸い髷という、
山るり髷という、これが、花のおき髷である。
沖縄の髷という、その結い元である。

 沖縄のカムイ髷という、これが、沖縄の、ユイ
ユイという、この解釈の、沖縄きもふき、という。
古い穂浦という、穂浦のおき髷である。西闇山と
いう、そこの風習ともいう。穂浦だんべる、とい
う。べなそめの山という。今の西山丘陵の辺で
ある。子供ぼんたり、という。この『たり』が
髷である、後、足のことという。
【鎌足】
 かまたりという、かま足という、その名の人の
ことという。後、玉取りという、玉取姫という、
藤原のことの話という。藤原やっぱのゆみ浜と
いう、そこの話である、玉取姫の話である。
それが、怨霊の話である。藤原きんもき、という。
それの山の、たかみつ、という。高くみつぐ、
やもの堰という、岡崎の、やもの堰である。

 それが堰の造りであることの話である。高槻の
山のことである、大阪の高槻のことともいう。
茨木宮のことの、はみふみ、という、ことの興り
である。茨木宮のいばる話という。山崎天王の
、はよふり、という。これの話である。
略。 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N16. 
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
腹を横に書く。
**************
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 

2020年11月18日

卒業9010 萩 (壮強太陽):イカスミ柳

 ファイル差し替え分
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 卒業9010京都船旅7910
古譜6910大原練習6810天の下7210  俺010 萩 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



    20110417曲
    20110418詞
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 
秋萩を見る たおり君にかんざし
よいやまびこ聞こえ 頭垂れる
黒い緑髪 秋空に舞い上がる
落ち葉の花中 ソレ 君は手を振る
応え手を挙げ ゆめ遥かに時を越え
日照らす園にたおった萩の枝片手に

  秋園へ行き 共に池に鯉追う
  よい秋の葉浮かび 波の模様
  広がり行く中 水かがみ君映り
  飾りのかんざし ソレ君は華やぐ
  応え微笑む 君と歩む時をめで
  日は行く園に 共々飾りのかんざし


 狐の天気予報。〇r1999/08/13
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】
 安全な園に一日楽しむ。
 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N18 
 ***
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。  
腹を横に書く。
Mr. Atom Lucky Ager, "JAPAN report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 

2020年11月19日

卒業8144京都船旅7044古譜6044大原練習5944天の下6344  (壮強太陽):イカスミ柳

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音楽
【曲名】 卒業8144京都船旅7044
古譜6044大原練習5944天の下6344  俺010 萩 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    20110417曲
    20110418詞
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷
 狐の天気予報。〇r1999/08/14
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】
 群馬前橋、駆動橋移動橋。
 京都穂浦に橋が架かっていた時がある。回崎島と穂浦
の島である。
【かちどき横橋】 
 回崎島と穂浦西に橋がかかっている時がある。この橋が上へ
開き下へおれる、横へ開く橋である。かちどき横橋という。
この橋を、1メートル程の長さに切って、群馬前橋へ運ぶ、
橋を架けたことという。継ぎ目にカップリングを使う。
子供のおもちゃの手足が曲がる部分の仕組みである。
これを使った群馬の橋である。橋が動くという造りである。
橋桁は、ようやき、という、今の溶接である。補強に上から
木を巻いてある、これが群馬の前橋のようやき橋という。
カップリングをホセという群馬の言いである。風のひょうみ
という、京都の呼びである、表見と書く、ひょうけんとも
いう。群馬の前橋である。日本の国興しの一環である。
名を、前是(まえぜ)という、前是京次という、
若名という、幼名のことである。

 前橋豊ともいう、私の名前である。前橋の屋のお書き。
そこを古京是という、古い京都の回埼島の言いである。
古京屋という家である。国を興す、これが仕事である。
世界五十ヶ国の言葉という、それを、はるかに越す
数である。穂浦ですでにできている、世界百ヶ国の言葉
という。冠語を添えて置いてある。百ヶ国語に皆、冠語
がある。動物の言葉も冠語に入っている。これが、世界で
る。みよよんてすの世という。穂浦の世という。
 また、橋を架けた今の京都の西大路五条東という、その通
りをいっこきょう通りという、今の五条通りである。
【前橋】 
 前橋群馬の、はなよぐさ(花世草)という、菊の花である、
駆動橋の周りにある。松弓という木が補強に使われている。
松の木のことである、『ひのよ』という群馬の言いである。
京都を『なな』という、群馬の言いという、そこを、『なな
のめ』という、京山という。京都の花やりという、群馬の
京の言いとぞす。ななのののお下記という。ののみぬ、と
いう。
『ありかわるら、えてせ、るりとれ』とぞす。めめその言い
という。これが、群馬の群刀という、群刀ごという、群馬の
言葉である。ぐんそめ、という言葉とも。『ゆゆよっすの
まいけら』という、ノチ、『ぐんとめ』という、古い群馬の
言葉という。ゆゆゆの山のお絵という。この『絵』も群馬の
絵という。ぐんろの弓春という。

 これが、群馬の日本をいう、古い、ぐんせらのいもそも、
という。群馬を芋山という、起用の呼びという。『芋山へ
いく』という、芋の絵の群である。鉄材を芋という。
芋運びの群馬橋架けという。大お爺さんおられおらる群馬と
いう、群馬のやさみす、という、やさみ世の大お爺さんという。
やさみすの、おやり、という、群馬のことである。
【群馬の侠客言い】
 古い日の群馬、ここを、しゅれるれ、という、後とぞす、
群馬のしゅ、という、主、首。この群馬の主都という、前橋を
主都という、群馬連めく、という、群馬のしゅぶせむ、と
いう。かんゆきのこと、という。めよの言いという。
群馬を『かんゆき』という、古い京都の中の群馬という、
京都に群馬がある、その群馬の言いともぞ。群馬前橋と
いう橋がある、今山浜という、そこを、ぐんさめ、という。
そこの群馬も、この言葉を使う、古い侠客御所の言いという。
『おひけぇなすって』の御所という。まやとめの言葉という。
一松言いともいう、石松のことを一松という、これが、群馬
連ぜるである。群馬である。古い群馬の言いである。

 今の群馬のことという。とりせまのぐんよき、という。
今のとちこす、という、栃木の群馬という、関東の群馬で
ある。ここを『むらうる』という、侠客の言いという、冠語と
いう、この冠語を侠客冠語という。

 『むらうるれんて、すってば』とぞす。めてる言いともいう。
群馬前橋の言いという、めよての言いとぞ。群馬を呼ぶ浜づけ、
という。馬の群馬でもある。群馬の馬という。大きな馬で、今
の馬の倍ほどある。この群馬がいた群馬である。大馬山のお絵
という。群馬のやのお下記という。前橋の場の書きである。

 『群馬ゆり、そめるら、えてす』とぞ。これが、冠語のゆいの、
中脳の覚えという。上の文がそうである。おれまがりの山のお書
きという。古い穂浦のことである。穂浦をいう、人のことという。
やばるらの言いともいう。この『やばる』という、後、『やはり』
という、今の言葉の『やはり』という、『すはり、きたか』とい
う、『やっぱり、きた』という。来た、である意という。

 着た、である意とも。やはり着、やっぱり着という。『ぎ』と
いう言いである、『やはりぎ』『やっぱりぎ』という。これを、
『き』という、これが、群の言いという、『やはりき』『やっぱ
りき』という。後、りき、という、この『りき』の言いという。
群馬の言いという、京群馬の言いとも。京都の群馬と、関東の
群馬である、両方で使う言葉である。京ぜまらく、という。関東
群馬を、『ぐんぐん』という、ぐんぐんばりという。『ぐん
ばって』という、ぐんせらの言いとぞす。地域に残る『ぐん
ばる』である。ぐんまよっきのお書きという。
【江戸城改修】
 関東群馬、こいするぐんろ、という。資材運びのぐんとめ、
という。後、江戸の群という、江戸城の改修の、とらっこぜ、
という、今のトラック道である。江戸城のトラック街道という。
江戸城の中にあるトラック街道である。トラックの子やもある
江戸城である。群馬からも資材を運ぶ、京都からという、京闇
のトラック路という。江戸城のかみそれ、である。この日、
江戸城、髪をそったという、髪それの日という、古い江戸城の
改修の日である。群馬工法が使ってある江戸城である。

 大御爺さんあられおらる日の改修とぞす。この改修を、かい
てま、という、かいてまのおしゅう、という。修理である。
ほぼ、新築である。江戸城のことという。江戸山の沖という、
この沖の言いの、なかし、という。江戸城なかし、という。
貿易用語の『なかし』という、江戸城住人のなかしである。

 江戸住まいの前滝である。江戸表という、江戸浦の言いで
ある。『江戸城なかしが、やってきた』という。今のことで
ある。
【群馬工法】
 群馬が言う、『えせもせらっかく』という、落閣、落ちの
江戸城という。群馬工法の場所である。落ちの住まいという。
若い人が住んでいた話である。ここのことを、江戸城きく、
という、江戸城の天守閣の言いである。この間を一広という。
一広の間という。江戸城のことである。こんさきのもよ、と
いう。革命を叫ぶ場所である。徳川の山の絵という、とく
せらのわてよと、という。京の五条の橋の上という、かく
せらるう、という。その物語の若い人である。牛若丸と
いう名前の一である。前橋豊のことである。

 若い人がいう、『富士の山が見えた』という、京都峰で
ある。その頃の江戸城、京都の江戸城である。今の東京の
江戸城の四倍である。

 関東の江戸城、『群馬はどこや』という、これを、
江戸城問という門の名である。江戸城なかし、という。
江戸城の門である。アスク、トゥ、ウェエという、
ウェイ、トゥ、アスクという。英語の問いである。
『どういうのや』という、なかしの言葉である。
江戸城門という、その門のお通りである。
【古仙台城】
 門付城が入ったという、二条城天守閣を曳いた人である。
アスク・トゥ・ウェという、篠是の言いという。ウェという、
植えることである。城の据付けを、ウェーという、全国城の
築城である。だてみゆぜら、という、だてみの言いという。
仙台伊達の言いという。仙台の青葉山菊という、仙台城の古い
仙台城の言いである、山菊という、単に菊という。
【お菊さん】
 お菊さんの皿数えという。皿という、地のことである。
お聴くさんは城にいる人である。皿を数えて何十里という。
城曳きのお菊である。京都から消えた二条城の天守閣という。
『どこにあるか』という、今は栃木にある城曳きの最中で
ある。
【やなぎっぱか、やなぎっしょく】
 『やなぎっぱか』という、仙台青葉山菊である。仙台の
城である。仙台の山という、話である。今の仙台城のほぼ
四倍である。仙台青葉山菊のお菊さん、とぞす。消えた
お菊という、有名な幽霊である。

 群馬の幽相という、勇壮なお菊さんという、伊達の黒兜の
ことである。いたちだてのかっくす、という。小心の伊達と
いう、伊達(いたち)の正義という、小心者という。この『小』
を正という、やなぎのことである。

 江戸城、やなぎっ菊という、江戸城の、やなやます、と
いう。なまずの江戸という。
そこの天皇、なまずという。これが、江戸城天守閣間の言い
である。天能話なまずという、柳言いてである。江戸なまず
という、江戸なまし、という、江戸城なかし、という。
徳川の置きである。やなぎの天守という、これを、ウィロー
・ロックという、ロックが城である意とぞす。

 柳のや、という、あのななめ、という。これが、上文の
『なな』である。東京という、京都という日の東京である、
東京山城という江戸城である。東京下という、これが、京都
下という、大阪尼の言いという。京下の人という、岩手大槌
の言いである。京都を京下という、『小川さらさらの』の地
という。

 また行く大槌、東大からの航路という、その目印である、
仙台並び城という、いすたち建ての城という。その上空を
いう、ジェット機空路である。
【仙台青葉四条縄】
 私の好きな仙台青葉四条縄という、『目指せ大槌(おおつい)、
城がより』という、大槌城のことである。東大から行った
鶴状のジェット機である。二本足で立つジェット機である。
大槌浜より、という、水流れていた、大鎚の町という、
村である。道に水が流れていた大槌字という。京下の山の
お書きという。この日に、江戸城守という、若い人である。

 『なかせ』という、城の置きの文である。『おせんな
かせ』という、城めくの言いという。仙台青葉山菊の『お
せん』という、おせんの名の城である。
【おせん城】
 おせん城という、仙台山菊である。ここを、古仙台という、
古仙という、おせん、という。この言いが、やなぎっぱか、
である。おせんを正という、やなぎという読みの城という。
城にはやなぎがある、という言いとぞそ。

 やなぎという、おれまがりの部分でもある。やなぎっきく、
という、やなみや、という、やなせら、という、やなぎも、
という、脳の部分であり、道の曲がりの所でもある。
【岩手大槌(大槌、おおつち、おおつい】
 道脳という道である、ジェット機航路である。東京から
仙台経の大槌航路という。仙台の大叔父という、大御地の
地へ行く、大槌航路である、叔父という空路である、地の
道ともいう。冠語を靴語ということでもある。
地脳道という、東京~仙台~大槌の道である。
時速1,500キロの自動車の道である。モッツクという
自動車である。フルヘルバックの運転という、ロコツが
する運転という、若い人の御兄上とも、若い人がする運転
とも。ロケット型のモッペバという、モーリソンという、
京れらの自動車という。
【京都峰大槌】
 青山という大槌の青山という、やまさなのさな、という。
自動車である。さなれるかんすげ、という。めっぺの言い
という。京の五条の橋から行った話という。これが、京都
峰の大槌である。京都峰のお書きという。2500メーターの
京都西山の頃である。煙をあげる、にしはまれ、という、
ここの、なかせ、なかし、という、にしなかしの言いと
いう。京都峰の頃の言葉である、なかし、おきなかし、
という。山の真ん中あたりである、なかし、という、
沖とぞそ、沖である。
【坊条制】
 おきなかし、という、これを、ぼう、という。後、
坊条制の坊である。一坊、二坊と数える京都坊城で
ある。坊の『なかせる』という、この『せる』、城
のことである。坊せる、という。九坊京都という、
後、条城という、条々に城がある京都という。
この京都、うたわれ城町という、古い京都とぞ、
高槻坊山ともいう。この高槻、京都東の高槻城の
ある頃という、今の岡崎東とぞ、蹴上坂ゆっきく、と
いう。『きく』が城である。
【幽霊城】
 大阪高槻の坊埼という、幽霊城という、高槻城の
城町という、めゆせばのお言いとぞ。のつみ山という、
高槻城である、大阪高槻である。
【大津皇子】
 この大阪、京の大阪でもある。どちらも大阪という、
鎚らざの言いという、『大崎ゆっき、れれてそ』、という。
茨木の中津宮の言葉という、大阪の逢坂という。
京都逢坂の大阪という、どちらも、おおさか、である。
逢坂ゆっきす、という、大津皇子の浜背という。大津皇子の
地という、山科を、品埼という、大津皇子の言いとも。
品浜の言いという。
【香港】
 ほんこん(香港)ゆっきす、という、香港島のゆきである。
インドという、インド渡りのじぇんせく、という。山科航路
という、空路である。香港経由、金四島、青島黄島、ウラジ
オストク、急南下、インドデカンである。この航路を、
おおつみくう、大津御空という、みよすて、という空路で
ある。

 原子爆弾落としたことという、穂浦のもくゆり、という、
ゆりをした、原子爆弾の搭載という、合計40基である。40
個の原子爆弾である。ランゲスラッスという、げんとくの
落としという。その航路でもある。

 大阪より出で、上の空路という、この大阪、京都の逢坂
という、後、東野という、後、山科空場である、航空機が
、みよ、という木で、なんそめのおとみ、という。これが、
お富さん空路である。粋なくろべ、という歌という、おお
つみ空路を行く、みよ、である。黒に黄色い線が入っている
羽である。
【予科練】
『若い血潮の、よか航路』という替え歌がある、この
『よか』である、後、海軍という、穂浦の、予科練である。
回崎島にもある、穂浦連島の貝埼である、回崎群島という、
この『群』という、後、村である、邑ともいう。
邑村名の回崎島である。ゆそんという、ゆそんという、回
崎の島の言葉という、ここが、橋が架かっていた所である。
動く橋という、かちどき横橋とぞ。むゆむゆ橋ともいう。
後、韓国の橋架けである。今の大邨である。とうから橋と
いう、当時の呼びである。この辺に日本語が通じる所が
ある。ゆいたらのおこと、という、大邸の町である、たい
そん、ともいう、たいみらのゆりゆり、という。
大邸の町の真中の場所である。長老という呼びをする、
まよすての言いとむいう、これを、チョンガーという。
大邸の冠話である。李追うという、李の町という。
李のきみの呼びという、この『きみ』、王と書く、
李王の闇という、李の町の若い人である。
 ウラジオスクトからの航路中、立ち寄る所という。
みよみよのおいき、とぞう。

 やなぎっぱか、やなぎっしょく、という。『いろ』という
言葉のことである。やなぎいろ、という、京都壬生の言葉で
ある。やなぎいろという、言葉のことである。
『やなぎいろれんて』という、れんてみそ、の言いとぞそ。

 言葉を『いろるき』という、これれの延伸という、いろめ、
という、言葉の区切りをいう。文節のことである。古い
文法書に、いろめ、とある、穂浦の海軍の教科書という、
この教科を、京科という、後、教頭という、本を教頭という。
この教頭を、京頭という、後とぞ、教頭色という、後、教頭の
職である。いろから出た学校の職責である。穂浦鍋という、
穂浦の西で、御前川で穂浦島が切れていた、穂浦鍋という、
言葉を鍋という言いとぞ。回崎島のことを、穂浦れく、と
いう。

 言葉を、いそせみ、という、大御爺さんのお言葉とぞ。
 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N18 
 ***
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。  
腹を横に書く。
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 

2020年11月20日

卒業8150 幸福 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック
You would click music piece.
音楽
【曲名】 卒業8150京都船旅7050
古譜6050大原練習5950天の下6350  俺150 幸福(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 20201027
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 20201027
    監修、雪柳里花雄・正     俺 20201027
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】5/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン
【歌詞】創郷 
緑夏過ぎ 秋は山に来たと大仙住まい
たたら山から影落とし飛ぶ隼のやや
わが身のたとえ 花飛び花返りの優雅
羽をつづくろう 巣ははくる 宮のなり

  文に記され名をば馳せる 我が名
  祖先のたとえ たたえ飛ぶ羽と身
  安心の里の教えを尊ぶ 畑を上飛び
  安きを手にすれば 未来 己が目に
  映りくる 成りの御飛び


 狐の天気予報。〇r1999/08/14
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【絵と楽譜】
:有名な画家の無名時代に描かれたものです。
鳥取大仙想像の風景です。
『私のキャンバスは、コンピューターである』
大家の言です。筆の代わりにマウスを持ち、
コンピューターに描いていく人です。

 あの人もノート片手に、絵を描いている人かも。
コンピューター時代の人です。入院中に
書きました。絵は口ほどにものを言うかもしれない、
鳥取に住んでいました。裏に川が流れていました。
大きな木があって、よく行ったものです。
 馬がいて、楽しい日々です、歌の通り、
ハヤブサがいました、家の中へも入って来て
飛んでいました。鳥取の世、古い話です。

 絵の革命的手法による、大家のお言葉です。
大家のお教えという、若い人の古い話です。
そんな時です、今です。

キャンバスは、ウィンドウズ付属のペイントです。
絵に消しゴムを使う人です。音楽もコンピューター
なら、絵もノートパソコン、機械駄作の世です。
【隼】
 隼という、幸福鳥という。若い人は一緒に
住んでいる。大仙の柳京である。鳥取の大仙で、
巣に飛んで帰ることの言いという。
『巣ははくる』、『巣はぱっくる』という。
鳥が巣へ帰ってくることの言いという。
【さちこえる】
 花飛びの隼という。花飛びという、『さちこえる』
という、鳥取大仙の山々の屋の言いという。
『さちこえる』という、さちせ山の言いという。

 私をさちという、若い人の言いのとめ山という。
『さちは行く』という。さちいく山という。

 鳥取の大仙の言いとぞう。だいっぱやっき、と
いう。
【鳥取方言】
 『そうしときんか』、『そうしとき』という。
『そうしなされ』という意とぞう。
『おぼえときんか』という、鳥取の言いの
やた行きという。若い人の生きという。古い古い
行きという。大仙山という、若い人の若い時の
いきという。

 『そう、いきやっしゃあれ』という、楢域の
言いという。これが、域山の奈良で、今の奈良
坂当たりの言いとぞそ。

 私の好きな、鳥取なぶふら、という方言という。
奈良と鳥取県である。『なめんす』ともいう。よみ 
よみの言い豊(いいとよ)という。これも、島原の
遊郭の一つという。京都島原で、ゆいもっしょ、
という、遊郭の言いとぞう。
【遊郭の夢浜】
 『そう言いと、きんすば』という。遊郭の夢浜の
やきゆき、という。めよめよのおりらる、という。
おかむろの言葉という。おかっぱのおかむろの
言葉である。

 『いいときんす、よいっそも』という。
いいとんはっさまの言いという。ゆいもっと、
という、めるれるおいそいのいいそも、という。
これを、天下山という、天下の言いという。

 秀吉の初是という、秀吉の言いの天下人の言い
とぞう。『よめって、すっせば』という。これを、
たいふ、太夫という、太夫山のお書きという。

 秀吉を、きもせり、という。太子の言いという。
その島原を時槍という。ときやりのしっぱん、と
いう。しっぱんの域という、この域の行きという。
これを、しまれむ、という。『れむ』が、生の意
味である。島原のいきという、これを、粋という。

 島原太夫の伝統という。島原の安全と健康という、
これを、粋という。太夫の一芸という。これが、
秀吉の島原遊郭である、江戸の名の島原の遊郭と
いう、吉原という島原である。島豊(しまとよ)の
秀翼という。秀吉の翼という。右翼という、羽とも
いう、羽翼の山という、左翼という、さみそよの
、はざれさみ、という。これを、ぼんすり、という。
これが、島原の山の言いという。古い島原の遊郭の
言いという。秀吉山という。島原の言葉である。
【大津屋】
 ろいろいの山の世という。これを、いみそみ、
という。山々の言いの花山という。競争の言いとも
いうを、そうきょうの言いという。島原の大山と
いう、おおつみつ、という。大津屋ともいう。
さまさまの言いという。
  
そうきょうよい時です。正(やなぎ)O27.
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
 

2020年11月21日

卒業8151 鯨-2 (壮強太陽):イカスミ柳

【日本語フログラム『なでしこ』利用】 

※下、コピー、『なでしこ』に張り付け
A=「
B=「~~~~・~~~~・~~~~・~~~~秋残り
C=「~~~~・~京都 秋残り~~~
D=「             秋残り著 {今日}
※※※積み木デザイナ:ここから※
※ 以下はデザインデータです。
※ コメントを削除しないようにしてください。
※ ---
※母艦とはフォーム##生成
母艦は「メインフォーム」
そのクライアントW=640#数値
そのクライアントH=640#数値
そのタイトル=「秋残り駄作」#文字列
※ ---
メモ1とはメモ##生成
そのX=56#数値
そのY=48#数値
そのW=464#数値
そのH=392#数値
そのテキスト=「{今日} {今}{改行}{改行}{D}」#文字列
そのスクロールバー=「」#文字列
※ ---
ボタン1とはボタン##生成
そのX=440#数値
そのY=400#数値
そのW=64#数値
そのH=32#数値
そのテキスト=「保 存」#文字列
そのクリックした時は~ボタン1__クリックした時#イベント
※ ---
ラベル1とはラベル##生成
そのX=80#数値
そのY=8#数値
そのW=384#数値
そのH=24#数値
そのテキスト=「最終行で2回複改キーを押せば、一行空けて保存されます。」#文字列
※※※積み木デザイナ:ここまで※

●ボタン1__クリックした時
  # ここにイベントを書きます。
  # 字下げした部分がイベント範囲です。
  「{デスクトップ}雑」にフォルダ作成
  「{メモ1}」を「{デスクトップ}\日記.txt」に追加保存
  「保存しました」という

● このままメニューのボタン?印を押せば、雑フォルダ
  と日記ファイルができます。日付と最終行の間に一
  行空けてあります。そこからに入れて下さい。
  「「             秋残り著 {今日}」で
  日付の最後に合わせて入れれば、22、23字程です。  
● 1行目から4行目 下線部分を、好きなものにしてください。
  下の20行目青色「{D}」に、A~Dを入れます。
  下から3行目、赤字の雑、日記を、好きなものに変えて
  ください。フォルダ名とファイル名が、替えたものに
  なります。¥を消さないで下さい。
● なでしこのデザインタブ(一番下)を開き、メモをクリッ
  クすれば、大きさ、位置を変えられます。保存ボタンを
  クリックして、場所を移動さすこともできます。
● 下線部分は自由に変えてて可、「」を残して下さい。
● ファイルは追加保存になっています。月ごとにファイ
  ル名を変えるなりして下さい。
 11/22

2020年11月22日

卒業8151 鯨 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 卒業8151京都船旅7051
古譜6051大原練習5951天の下6351  俺0151 鯨 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 




伴奏譜 404-2s-303.mid

    20110417曲
    20110418詞
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
穂浦に鯨がやってきた 沖では潮を
吹いてる 花崎峠 まっすぐに上がる潮
毎日来ては上げる潮 風吹く中 高く
一本 どうかこちらへ叫ぶと 大きな
目玉が私を見ている 近くで潮上げた
穂浦灘浦

 狐の天気予報。〇r1999/08/16
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。  
腹を横に書く。
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 

2020年11月23日

卒業8154 俺154 原子爆弾投下 1/3 (壮強太陽) (壮強太陽):イカスミ柳

 ゆらという、うらのことである。宮城(みやぎ)やっきょ
く、宮城やっきくという。宮城やっきくのむお浜という、
おや浜という、宮城県の浜野ことという、そこへ行く山の
夜という、イージスという船の行きである。陸路へ行く
イージスである。これを、え、という。宮城県の興しと
いう、イージスで興す県とぞす。いいたり山という、
宮城のことである。古い日の国興しである。

 斉明天皇の話である。人工の天気という、原子の使い
という、雲が出ることという。木実の為という、若い人
の言いである。中性子を伴う原水素という、原水爆の
ことである。古い御代のことである。これを、斉明期の
たたかいという、我が闘争という。

 今にまた行く、埼玉の大叔父御上という、宮城の大
山の水素爆弾という、落とした人である。弁当箱二つ
程である。海の波が高上がった話である。原水爆の好
きな人である。原水爆を風呂敷に包み肩からたすきに
掛けて歩く人である、腰に巻く人でもある。喜びの人
である。槍型水素爆弾を持って通うた東大である。
鉄騎馬という、高らか足音の東大という。富士津原見
山という、水素爆弾片手の雄姿ゃである。

 この東大、江戸の頃という、この江戸、京を、こうり
ということの言いとぞう。氷が張る京都の言いという。
京大の、あずまひろ、という、奈良の四条縄手城である。
〆縄城という、今の三輪の奈良である、後、うるり、と
いう、そこの城である。東おり語という言葉を使う城で
ある。城を、ろく、という。ろくむき、という、おりご
る言いの、しろつ、という。三輪を、しろれる、という。
三輪のやの言いである。あしかがり山の麓である。あし
かす山のお絵という。

 〆縄のかかる城とぞう。四城らら、という。そこの住
まいとぞう。今の奈良三輪という、そこの城である。名を、
しっぽ、という、おしっぽは、という。はい、という
返事という。しっぽの言いという。山と答える、城で
ある、城の言葉という。忠臣蔵のことという。
一緒に城にいた吉良上野の御方という、栃山沢という、
栃木の近くとぞう。『との、殿中でござる』は、電柱の
ことである。忠臣蔵の人という、浅野内匠頭のごいそ、
である。一緒に住んでいた忠臣蔵である。忠臣蔵の
仇打ちとは、原水爆落とすことである。糸山の岡の
糸という、細い形の水爆である。

 水爆落として、何かよいという、木水の為という。
穂浦断頭という、水死祖と中性子と原子の合わせと
いう、図を吸い上げる爆弾である。そして京都は水が
なくなったという。キーラフーミーという、吉良山の
吉良家の家という、斉明という、吉良の家である。
穂浦連騰という日の落としとぞう。毎日落としていた
爆弾である。よっかす、という。水をなくす一手段と
いう。大きな雲が出た話という。のち、水のまま
上がった水もある、水がやってきたという、空から
来る水とぞず。

 とかちという、戸津川の家という、そこの水という、
空にある水である。岡山にもある。ほか、東府という。
東大の浦の川である。ちかそよのお水という。大きな川が
流れていた東大である。槍を落とすという、東大の上で
落とした人である。国作りである。国作の爆弾落としで
ある。村上城の周り、数十の原子爆弾である。城目安に
周りに落とした話という。村上城の話である。あいっ
とむのおばく、という。ゆいゆるおんせる、ともいう。
水素爆弾である。和国という国である。大阪曽根崎上
という、ピカランというピカドンである。イオントーブ
の言葉である。ピカリドンという、私の好きな水爆で
ある。茨木の海がなくなった話という。雲花崎という、
投下の場所という。今の曽根崎である。

 また落とす話という。人心が乱れたら落とすという。
やなぎという、原子のことでもある。ドン花咲かせる
ことである。太平洋お書きという。落柿舎のことである。
原子爆弾製造所である。ばしょうの話という。去来の
ばくおく、という。吊るし柿の落ちである。縄糸の
吊るしという、これがある、アーホの町である、アメ
リカという、ダラスも、の、うちい、という。井戸と
いう井戸山の落としとぞう。後、ダラスが出る、こっ
こくという、コクソクの国という、ダラッセル山の
おちいく、という。ダラスすめ、という。ダラス
天皇である。アーホの麓という、アーホ山の麓である、
ダラス山という、古い言いである。

 我が懐かしの故郷、樫の木がある町とぞう。ある
阿呆の文という、関西便の阿呆とぞう。アーホ山を
観た人である。アメリカ・アラモ、だせすき、という、
すきやの今という、今のことである。原子爆弾を落と
すことを戦争という。戦争中の話である。

 弁当箱の水素爆弾、懐かしいことである。和国の
お書きである。

ぐだぐたいう世の中という、もうやった話である、
とうの昔である。ぐだぐだいうという、鮎島の言い
である、鮎鳥島ともいう。穂浦の東の方である。
ぐだという場所である。ぐだ島という。穂浦灘の
沖である。そこで落としたリットル・ボーイである。
原爆弾リットル・ボーイ型である。棒脳の話という。
原子を見る脳である。おれまがりの隣てある。

 やなぎよば、という脳である。柳野言葉を大切に
する人である。どんどん使えば健康になるという、
やなぎのことという。健康の脳という。アーホの
邑の教えという。アーホの邑の古老という。
アーホ山の麓である。ルシュという、蘇州のこと
という。アメリカのアーホの中国名である。
ゲリオンという中国語のことである、古い武漢の
言葉の音韻とぞ。イオン密国の言葉という。
イオン世の言葉である。密国がダラスを意味する、
ダラス天皇の言葉である。

 ワシントン・モーニカという、ホシントン・オ
ハラの話という。

そうきょうよい時です。島津よいときという、
 そうきょうの島津である。上田成明の世、これなり。
  世の矢のお書きという。
 

2020年11月23日

卒業8154 俺154 原子爆弾投下 2/3 (壮強太陽) :イカスミ柳

この『りく』が、今の陸である。浜がある京都の町と
いう。斉明天皇という、斉明の住まいのむことという。
斉明屋という家ある。足利山のおとゆと、という。
足利家の山という。足利たよ、という、大御婆さんで
ある。斉明のお書きという。この日の水である。
斉明水という、家が屋根まで沈み、まだ、水が増え
ていたことという。この日、京津という、京津の山の
おえ、という。れが、えとの言葉のど、という。
てを、どという、えど水という、えどの言いという。
これが、みそかるの頃である。みそかるという、暦の
一日である。今日が、みそかるの日である。
未曾有の水という、京都が全部浸かったことという。
 ひがしやま三十六峰という、全部なくなった話とい
う。国興しの話である。

 おれまがりの京れという。京れ水という。町全部、
使ったのである。斉明のくと、という。くと山のおい
そい、という。これを、なかべ、という。後、中臣
(なかとみ)という、後とぞう。

 後、天智という天皇の、水時計という、これの延伸
である。天地の図という、この言いの天相という、天
気のことをいう。空の相(すがた)である。天智の御代
のお書きという。埼玉山の行きという。

 この日の埼玉という、日本の国をいう。日本のあや
まく、という。日本を、さいせる、という。これが、
後、さいとく、という、さいた、という。日本を『
さいた』という。埼玉の古い言いである。

 また行く埼玉、我が世の故郷という、古い里のこと
という。京都が水に浸かった日という。山沢のおかけ、
という、この分である。我が山のや、という。これを、
きつり、という、木を浮かべて夜を過ごす日の夜の
ことという。大きな水である。三日三晩の水の中で
ある。京都の水という、京都湖という、この言いの
京という。京水、狂水という。くるわるやのいと水と
いう。いと水の山という。この水の水がひいた頃で
ある。四曲の絵である。

 ひいた頃に船にいた話という。この船が今まだある
ことという。イージスという、大きな船という。船の
山のお書きという。この譜ね、後に、やまと、という、
書きに、大和という、だいわという船でもある。

 せんそうの道という、船通りである。水を、『た
つ』という、たつの通り世という。通り道である。
このたつのことという。水の出るむらうる、という。
らうれるの村という、穂浦のつるめる、という。
つたゆたのお言いという。

 埼玉へ行く日のことという、『おでんたっけく』と
いう。おでんのおかり、という。後、かりかき、という。
かりよるの絵の遣りという。絵遣りの言いとぞう。

 この日のことという、古都という既に古都と言うて
いた日である、京都を水っかす、という。埼玉を古都
国という、これを、水冠語いう、埼玉の古い言いとぞ
う。群馬へ行く日である。国興しの日々である。また
行く群馬の前橋という、駆動橋という、駆動の橋の造
りとぞう。京都水浸かりの頃の橋である。カップリン
グという使いという。カップリングが今の英語である。
カップルりく、という、かくせるの言いという。

 京都水浸かりの日、原子力炉が水に浸かったという。
その日の雲という、巨大な雲である。京都の町全部を
覆う雲が出たことという。応陽雲という、メキシカン
・ハットがそれである。応陽帽という。メキクシコの
町の、ふぁチゲという、ファチマという、今の、アメ
リカ国境線の地の言いという、地ファ地という、後、
ティファナという。アーホの町という、小さなことと
いう。古都という。オールド・レイシーズという。
れいしずの邑という。この邑の字という、巴の水と
いう、京都の古い言いという。この洪水の後の洪水で
ある。何度も水に浸かった京都である。オールド・
レイシーズがいう、アーホの水戸という。京都の水戸
という。日本を、アーホという、レイシーズの言いで
ある。古いレイシーズの邑の言いである。この字が
ある、巴水のおんたみ、という、巴という、我が名と
ぞそ。斉明巴という、巴よっこく、という、レーシー
ズの邑である。

 群馬から、ジェット船という、前橋の掛かる川で乗り
レイシーズへ行った話という。この日、邑枠(ゆうわく)と
いう、レーシーズの町の名という、大山があったアーホ
の町という。今も歌う、オールド・ジャーニーという、
オールドのあめりく、という。あふふ言いという。今の
南アメリカの言いである。後、しりえ、へ行く。しりすま、
という。しりやらの都という。原子爆弾の使いという。

 夏の夜の夢という、じゃんかっくという、じゃんくすの
言いの言葉という。原子の御代のお書きという。原子爆弾
を駆使する和国である。アーホの町の上という、原子爆弾
を落とした若い人という。マッチ箱四つである。山がなき
くずれという、なしくずしの山のことという。アーホ山の
ことという。高さ五千メーターである。また行くアーホの
町、我が埼玉の世という、斉明朝という、後とぞう。
斉明天皇の謂れである。たよ御婆さんのおことという。

 共に行った埼玉、アーホの邑とぞう。今も埼玉は邑とい
う、ここを、さきつみ、という、さきみゆ、という。さき
を見る邑という、さきつみむ、ゆらら、とぞう。
ゆらら埼玉のお書きという。

  そうきょうよい時です。
 

2020年11月24日

卒業8155 原子爆弾投下 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業8155京都船旅7055
古譜6055大原練習5955天の下6355  俺010 原子爆弾投下 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    20110417曲
    20110418詞
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
赤い夕日に背を向けてやってきた
原子爆弾投下の世 見晴らし台の
上から勇壮なふにふに山が見えていた
はいさんらっくのお山から どんあけ
どんやけ 夜のおかが 飛び上がる
よい世と 水素中性子爆弾落下 
ゆゆせら

 狐の天気予報。〇r1999/08/18
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】
 安全な園に一日楽しむ。
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N18 
 ***
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。  
腹を横に書く。
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 11/25休み
 11/26

2020年11月26日

卒業8159 群馬 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽


【曲名】 卒業8159京都船旅7059古譜6059大原練習5959天の下6359  俺159 群馬 )(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 
    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/26
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/26
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/26
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 



 狐の天気予報。〇r1999/08/21
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■

【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【解説】
『みずは行く』 京都郷(きょうとごう)の言い。
『みそは行く』 群馬前橋の言い。
むきつきという天篁の言いという。
これを天皇という。上の二文である。笹屋陣閣、
笹屋陣の言いである。ここの折りをむきつきとい
う、笹屋織りという。京都郷が前身である。

 『みずは、もってらっす』という、笹屋陣閣と
いう言い方である。みそとも言う、じんばっくの
いいという。京都西陣の一角である。
『じょうす』という言葉を使う、『そうじょうす』
という、『そうです』という意である。『~じょ
うすか』という、『~ですか』である。

 笹屋陣閣の言いで、群馬上州の郷(ごう)という、
同じ言いである。これを、郷通(ごうつう)という、
言いが通う話という、古い言葉の、幕織りという。
バック・トウ・ゴーの、『ばっく』が『やり』で
ある。篠山やりという。バクション・レーックー
という。みんたのお言いという、これを、びんた、
ともいう。

 『びんたをはる』という、びんたの言葉を使う
意である。びんたやり、という。これが、上州の、
風邪そよ吹き、という、風びんのびんた風という。
手さき懐手の言いという。上州からっすきという。

 ここを、からぜま、という。ふきゆきの鳥の言
いという。この鳥が、白い烏である。上州烏とい
う。他に、タヌキがいる、たぬそ、という、上州
の古い言いである。前橋遣りの言いという。

 自分を郷京(ごうきょう)という、群馬の言いと
いう。『みずは、む』という、『行く』という
意である。

 大ゆられのなかそねさんの御爺さん、笹屋の港
の御爺さんである。京都舟歌の出である。なかそ
ね語を使われる、なかそねと歌の歌詞である。
歌の語のや、とぞ

 上州なかそねという、この『ね』が風の音であ
る、これを根という。風根のやという、若い人家
である。風根やりふり、という。この『やり』が
家である、槍という。笹屋連幕という、陣連の陣
幕という。ランテル・ロッテという、群馬の『ラ
ン』という、乱と書く。乱風の群馬という。

 大御爺さんお話の言葉、これをなかそね語と
いう。京都笹屋港という、ここを、じょうかき、
という。この『かき』が、ひんだめっく、という。
ひんだま、という、言葉の言いのこととぞ。

 ヒンズー語という、このヒンズー語を、てれ
らる、という、てれらく、ともいう、冠語である。
デカンの頃のインドという。デカン→ゴア→イン
ドである。ここの港の言いという、ふなぬな、と
いう。ふなせの言いという。船の歌のことという。
インドラーデンという、インドソックスという、
そくれす言いという。これが上州の言いである。

 ふなゆののあかくれ、という。めてゆた、とい
う、めれその言いとぞず。上州を、めっく、とい
う、ここの言いの、『めっくられけえて』という。
めくられての言いという。めくらの言いという。

 この『めくら』の言いの『くら』という。意が、
蔵である。織り蔵という、これを、めくら蔵とい
う。暗がりの蔵である。めくらの暗がる蔵という。
蔵のことを、めくら、という。これを、上州りん
ばる、という、めくらがりの暗い所の言いである。
上州を暗所という、『あんじょう、しなすった』と
いう。これが、『みずはむ』という『もってらっ
す』の意味とぞず。『めくら』の言葉の意味であ
る。そこの平成という、平成宮の描きである。
上州軍落といううちの家である、若い人の家と
いう。これが、軍芝(ぐんしば)といううちの山の
絵という、じょうの言いという。これを『ゆ』と
いう、しだき文字の『ユ』である。

 卑弥呼の上州という、よわぞののういてけ、と
いう。この『うい』を『うい』という、初めの意
のうい、という。上州めってばのふい皿という。
ふいういという、じょうの言いの古代大和語とい
う。これが上州をいう、上の頃という、上の代と
いう、古い御代のことである、かみかれ、という。
この『かれ』が、風のことともいう。
かみ風の上州という。上州もっぺら、という。

 この『もっぺら』をなかそという。この音(ね)
を、なかそねという、上州もっぺらである。大
御爺さんの笹屋陣幕という。しのめな、しのめら
、という、笹屋の陣密という、目蔵という、くら
すの山という。暗巣。蔵を目蔵という、上州とい
う。京都西陣の笹屋である。

 大御爺さん織らるる、これを、おっと、という。
織り人のことという。この織りの言葉の『おらる
れ』である。大御爺さんの御織りとぞず。今の剣
道着のような織りである、柔道着とも。これが、
陣かわ、という陣つゆの織りという。篠山の今田
織りという、今田の織りのことという。篠山を兵
庫県という、同じ織りである。上州やんもれの織
りという。織り山里暦という、織物の暦の造りと
いう。この暦、今の、ビンズーの暦である。

 インドたんべ、という。この『たんべ』のこと
という、インドの織りのことである。同じ織りと
いう。インド綿のことという。東インドという、
こへ住まう若い人である。たんべという、デカン
の頃のインドという、これを、インパスという、
後、あーれら、という、後、アーリという、後と
ぞす、アーリアという。このデカンの頃の言葉と
いう、『ひんだっせ、すみさと』という、インド
、デカンにある、若い人の言葉である、冠語とぞ
ず。ひんの言葉という、ヒンズー語である。

 大御爺さんのなかそね語である。ふなという、
初めのことである、ういふな、という。ういろっ
て、という。ういふみのことの言いとぞず。

 暗い所を一般に・くらという、めくら路という、
めくら盧という、吊るし盧の山という。がんぜる
おいそい、という。今田山お書きという。群馬の
やのおたき、という、群馬吊るしという、群馬山
のこととぞそ。

 この群馬のなかそねの言いである、うちの好きな
めくら言葉である。『くらよして、おいきなっす』
という、後、御所の革命屋の言葉という、革命御所
の言いでもある。京都舟歌、ここが初めじゃ、うい
しょである。御叔父御上山、お言葉。天皇の言葉と
いう。京都舟歌のことである。

 すめらやり、という、ずべんした、という。滑
った下の地という。ずべられ、という。ここを、
ずべ地という、『みずは行く』という、みず語と
いう。『みそは行く』という、かたやりの言いと
いう。百姓のやり、という。鍬鋤のことである。

 この鍬鋤を、むきらみ、という、御所のきたせ
る、という。今の御所の中である。ここを、きた
はら、という、きたせらのいみそゆ、という、
しのめらの場という。これを、しのさゆ、という、
古い御所のことという。御所和、しのさゆ、とい
う。御所、内裏(うちうら)の言葉である。おとそ
山という、御所のことである。平成山、ひらなり山
ともいう。ここの原の、いかれるという、いかるが
という、いそみそのみすっぱ、という。みすれるお
いとい、という。みゆみゆの言いという。

 御所のやなぎ世という、やなぎのやよたよ、と
いう。やなぎみゆみゆのおご、という。ここを、
こゆみる、という、紫宸殿のことである。これが、
御所の天当の言葉である。天たおす、天倒、とも
いう。これが、イオン・ドッポルという、イオン
祖の言いという。『どっぽられえれ』という、
どっぽ着という、笹屋陣幕の着物である、柔道着の
ような着物である、剣道着という。どっぽすの
イオンである。イオン・トーブの言葉ともいう。
大阪のイオンという、群馬がこれを、メリンとい
う。メリンふうざら、という、皿由良の言いとい
う。

 群馬をごき皿という、木更津の言いという、木
皿ともいう。これを、きざらぶ、という、壬生の
らぶれる、である。遠く、小樽鎌という、小樽の
住まいの言葉である。『アンヌ・ユッタ・メン
ソテ』という、これを、エッタという。

 ギリシャのエタである。アイヌ語に一部ギリシ
ャ語かかる、ギリシャの言葉という、『アンヌー
プラ』という、アンナプルナの初期の言いである。
あんなりやという、あんせるの言いの、安徳帝と
いう安徳上落という、この『上』が、しだき文字
のカカナの漢字である。『ユ』を『じょう』とい
う、安徳帝の言いという。

『そこの天皇』という、上落のことを天皇という、
安徳こうれく、という、これを、行楽という、後、
行国という、これが、和国のことである。和告と
いう和の告げである。これが国である。和国母大
国という、和国のことである。古いイオンともい
う。大阪曽根崎のイオンパックという、これを、
ままろり、という。まませまのいま、という。
今山のお言いという。笹屋陣ばっくのことであ
る。後、幕府である。この幕府を、やまとがぜ、
という。幕府をかせ、という、がせ、ともいう。
これが古御所の今のまの言葉である。このまを、
ばんみか、という、みかそゆのういたい、という
。これが、冠語である、古い冠語とぞそ。

 肩に紋をつける、ばゆはゆ、という。ばまべら
、という、ばゆせゆの紋付きという、これが、
さきをよる、よった、という、よった紋という。
えったりべえの言いという、御所の内ゆり、と
いう。この御所、今の御所の、北の御所である。
倍以上あることという。これより古い御所、
四倍以上ふる御所である、中に、むらおるがある
御所である。

 この肩の紋を、御所っけく、という、菊をけく
という、古い言いである。菊の御紋という、若い
人の紋という、大御爺さんの御紋である。若い人
の紋である。国に置いたことという。おいて使う
のが内である。国の内という、外内という、そと
めのお置きという。江戸城というみかそりにある
ことという。そりすらの沖という。

 みずをつめという、つる山のお菊という。お菊
さんの墓という、江戸城の墓である。白猫の墓が
ある、タイプを打つ猫である。人という若い人で
ある。お菊さんの墓という、今も生きている猫
である。黒の縞もある猫ともにする白猫の物語と
ぞそ。

 ウォックス・ロンドンという、ウォーの猫熊と
いう、今のパンダである。このパンダの意味であ
る。古い武漢の城曳きを立って拝む黄色いパンダ
である。大原猫山という、江戸城のとも住まいと
いう。大きなパンダである。全身黄色である。
のみをかうという、かうすという、パンダのことで
ある。ダブルカフスのカフスボタンの造りである、
パンダの仕事である。パンダが作るカフスボタンと
いう、羽織のとめ紋の考案者である。パンダの脳
の働きである、陣脳という、人の脳のおれまがり
をいう、そのおれまがりの後ろの部分である、
陣脳という、パンダ脳という。

 今も皇居にいるパンダである。計四十頭いた話
である。武漢のパンダともいう。一緒に行った
武漢である。

 熊猫、猫熊という日本語である、パンダという
読みは、広東官話である、中国広東である。
パンダが知る武漢の城曳きである。白曳き家お
書き、若い人である。

 パンソメの記という、孔子廟の記ともいう。
九州孔子廟、あおられやり、という、『やり』が
家である、若い人が住まいである。
一に曰く、高祖(こうそう)の蕗
二という
三の、ふいたい、という、
四に、ていはま、とぞ
五に、にっぱつ(日発)という
六ぞ、おいたる、そも
七そ、やよぶる、てら
八そ、やっぱく、とよ
九そ、ここはならくよ、とぞ
十ず、やっくり、くりすみ、められ、とい、とぞず。

 これが、論語の古い書きという、これを、御所論
という。北の四倍ある御所の論語である。名を、
公楽という、後、くがくという読みで、この読みの
くげという、公家(こうが)という、この公家、川で
ある意がある、この時、中国の漢大国である、大
漢国という、武漢首の都の国である。たいほれと
いう、北の四倍の御所の呼びである。この時、
今の御所は、あったという、若い人という、水漬く
前である。きたすらやっかまのお書きという。

 この来たの四倍ある御所の名という、ぶうみ
ょうという、ぶうという、ぶうもうという。
書きに父母と書く。

 『南無父母、弥勒尊(ナム、ブーミョウ、ミー
ロクソン)という御経においてある、父母恩重経
ともいう、これが、初期の仏教を残す、拍手の仏
教という、三拍手の形式である。意味は、三つ指
合わせ、という、三つ指ついて、我が生を尊ぶ意
とぞそ。これを、あやまる、という。おあやまり
の御手という、おてゆたのみはまゆり、という。
三拍手の意である。後、神の言いをする、周らま
のいうかする、かそれす、という。これが、神社
の祝詞を合わす、祈りのことという。『かけまく
も、かしこきかしこき』という、一派になる。

 なんぷらのお題という、これを、みねそな、と
いう。拍手くっかくの形式である。大仏のような
神道の神像という、後、神像を、かたがえた形式
という、形を変えた形式である。しんそめのお題
相という。今の宗派の山という、三拍手のおきと
ぞず。安徳の御代のことでもある。

 平清盛という、大御爺さんという、平家の落人
という、平家が行った先は、水元である。今の
御所が水に浸かっていた頃という。安徳入水と
いう、船を浮かべることを入水というのである。
安徳天皇という、北の御所という、おうだらみ、
というそこを出発した若い人である、船に乗って
行く、船出を入水という、船の話である。

 新しい月照入水という、桂浜の言いの、西郷と
いう、西の郷の桂浜行きである。今の京の桂離宮
である、若い人が住んでいた話という、御大叔父
御上の御家である。
『西郷より、きなすみ』という言いである、『月
照入水です』という、古い桂離宮の言葉である。
この言葉を西郷どん、という。西郷どんりり、と
いう。りりさらのお言いという。月照入水という、
明治の前の西郷と月照の入水という、若い人の船
出の話である。船の名を、桂小五郎という、五郎
船という、後に、東郷から訪ねた桂離宮という、
これを、桂御号という、郷通の里の仲介という、
離宮という幕末の頃の、離れ屋敷である。

 皇浜(すめらはま)という桂浜の長滑りという、
どこへ行っても、皇は滑る意味である。船を滑ら
して入水である、船を水へ入れることである。
月照夜の話という、これが古い仏教の話である。
本願の里という、遠く高野山の里ゆ、という、
若の浦から訪ねた安徳である。和歌山のことで
ある。岸和田ごんくれ、という、夕焼けをごん
という、岸和田の里の言いである、冠語である。
陽照の浜という、これを、月閣という、ひゆれく、
というかんそめの言葉という。

 月照上人という若い人である、船に乗ることで
ある、入水したのは船という。船の名を、こん
ゆれ、という。船旅のことである。平家の落ち
武者という、落ちた先は、山の上であった話とい
う、月照上人夜話という、太陽の輝いていた陽輝
の浜という、岸和田の後の、城が建つ所である。
若い人の故郷である。

 新しく岸綿城という、そこにいた人である、
名を陽輝武漢という、官船である。武漢という
艦船である。これを、『カンカンシーシー』と
いう、後、グリ語という、これを経て、今の英
語という、英語の sea シーである。

 中国府武漢を陽輝市という武漢の別名である。
英語で、キーランという、この『ラン』、英の
言葉という、ラングという、ランゲージである。
キーが、山の岸である。少しの水という、池が
ある陽輝市である。『みずは行く』という、
ウォーター・ノットという、ネクタイの巻とも
いう。ノットン・ファーククーという。これが、
グリ語を作り出す、脳の大猫部である、熊部とも。

るろはり、という、後、るろうという、みむれむ、
という、この『れむ』が、今のレム睡眠のレムで
ある。古くのグリ語である、も一つ古く、北の御
所の四倍ある御所の頃の、その地の言葉である、
ノットン・ハーレルともいう、グリ語の初期で
ある。安徳帝お書き、というのである。
平家物語の一説明という、蛍源氏の説である。
蛍が船に泊まりに来た話という。源平合戦という。

 旅行記造りの源氏物語である。蛍の光派、その
話である。三拍子の岸和田の陽輝入水である。
だから安徳帝は今も生きているのである。御所の
安徳帝といてう、堺町門の前である。安徳庭とい
う。出発港という現代人である。平家の頃のお書
きと、古い御代のことであるという、水漬き港の
京都である。

 平家の落ち武者になったという安徳帝の亡霊で
ある、生きて霊である、御霊串の意味である。
櫛飾りのことという、萩野櫛という、男密の冠掛
けという、北の四のしょ、という。四倍の御所
である。御叔父ゆ、御叔母ゆ、おいられる、北の
墓場という、火の玉の出る所である。

 花火をする話である、ドズンぱっかくの八角形
の御墓という、これを、隋唐墓という、やがた船
墓という、墓という住まいである。家のことを墓
という、北の四大御所の言葉である。四倍御所と
いう。ばいだいの菩提という、ダックという英様
の言いである。ダックという御所である。ここの
言葉をだくせらるう、という、だっくすれえれ、
という。だくせらのお書きという。安徳帝先未記
という、亡霊ゆかりの寺である。京都東山高台寺
という、紀伊峰高野山という、京都野にはる寺の
ことという。野に咲く花の菊という、大きなひま
わりの咲く寺である。

 『ナム・フーミュウ』というお題を唱える寺と
いう。御父母を『オンブーズー』という、上記三
つの寺である。これが、ひそかに唱える、密唱と
いう、寺の言いである。密唱といいながら、大き
な声で唱えることである。

 『ほうりょめ』という、出だしの合図である。
拍子木の逆さ打出しという、大御爺さんお内出し
の拍子木合(図)という、拍子木を開き、いったん
胸先へもってきて、また開く、このことを、さか
みか、という。さかすりのお打ちという。若い人
家の古い式でもある。この寺を、さかゆれ、とい
う。坂の亡霊という、棒礼。拍子木を棒という寺
である。下賀茂神社の北のすそふり、という、
じんそめのかんぱれ、という、そこの神社の式
るり、という、しんぱくのかしわぎ、という。
神社のさかき、である。

 今の御所の堺みあけ、という、そこの木切りと
いう。正市議を打つ、初めのことである、合図で
ある。遠く福島会津の鶴ヶ丘の城の、うちいだせ、
である。同じ打ち方である。

 古く大砲の打ちの時の合図木である。『トンハ
ショッテ』という、福島の小五郎、与五郎の五
郎内、これが打ちである。福島城の福島種臣で
ある。そこの小五郎である。拍子木を耶蘇(ヤソ)
という、耶蘇木というム、そこのそこの打ち方を
耶蘇打(やそだ)という。この耶蘇打の言いが、
ドンレラという、御所みその磯野御所という、
仙洞御所である、そこのあしかがみの打ちという。
御所から受けた弾を返す返弾礼儀という、その返
弾礼儀の打ちの時の逆さ打ちである、拍子木とぞず。

 二条も返弾をする、パパンという、小打ち音を
入れる、二条返せという、二条城の打ち方である。
城へ打った弾という、桂離れから離れた弾である。
これを桂高射という、御所が桂浜へ返した、
二条城が返した弾の話という、これを、乱という。
乱弾という。群馬の乱が備わる、軍録という。
軍閥の話という。関東軍指令という、はやめ落菊
の関東軍という、そこの若い人である、轆轤(ろく
ろ)十字という、きされさの打ちとぞそ。

 後、高砲という、北白川の高射砲である、大御
爺さんお打ち打ち、ららせるせんとれ、とぞそ。
二十五メーター砲という、それこそ、ランラン
ランである。ランランやっぱしのお打ちという。
北白川砲射の書きである。
のち 、若い人の和歌山友ヶ島の大砲乱れ打ちで
ある。口拍子木のカチカチである。カカチという、
合図の口である。二条城式である。

 なよなよの、二返し打ちという、八坂連幕の打ち
という、上記という。京都返せの話である、東京の
ことである。江戸のヘロ弾という、秀吉の言いと
いう、ヘロヘロ弾という秀吉である。

 原子爆弾を大砲から撃った時の口である。ヒョ
ロ原子という、リットル数霊という、リロットスの
ギリシャ論白という、口も兼ねた、大口大砲である。
一メーター口径である。友ヶ島にもある時という。

 これより以前大砲という、四メーター砲である、
大筒という、口径の四メーターである。村上海軍
という島そよの、おふるゆき、という、これを、
むゆき、という、笹屋陣幕の『む』である、行く
という意味である。緑雪降る友ヶ島である。
緑なす我が髪という、緑の眉毛という、みどるら、
という、緑色の人である。ばんせるゆっきとよ
浜のおるり、とぞふ。

 これが、後の、豊見(とよみ)という、後、とよ
とみ(豊臣)という、臣という、天能のことを臣と
いう、大和朝廷の言葉である。この朝廷の臣と
いう、うちゆられ言いという。大和朝廷の卑弥
呼軍である。この日の田村麿という、田村ゆなの
将という、源平氏という、みなもとだいらのきゆ
てす、という、田村庄の将軍という、朝鮮任那の
渡りである。ここを、日本府という、たくさん
日本府である。昭和の頃にもあった話である。
チョッソン・レンラーという朝鮮幕府の若い人
である。坂上田村麻呂という若い人の名前である。
朝鮮返せの名という。これを、大和撫子という、
大和武士という、撫子のひまわりの花である。
ひまわりの紋章の意味である。リー・ラッキーと
いう、みそすての言いそみ、とぞう。

 十メーター黒打ちの大弾くらわすうちという。
朝鮮任那日本府の武器である。みまなみなまの
地である。天から水がやってくる所である。
渤海側の日本府である。今の東朝鮮湾である。
そこの日本府、後、北京朗国という、我が日本の
首原という、日本の琴はという、日本語が通じる
地域である。秀吉の日本の韓国である、たくさん
ある韓国岳である。福井の韓国岳の話が、これ
である。新潟そよふれのお書きという。新潟三条
の古い話とぞう。親知る子知る、山越え、川渡り
という、木曽義仲の新潟行である。これを、塩送
りという、しおみその造りという。びびすてと
いう、みよのお造りという、新潟味噌のできそめ
のお言いとぞう。木曽味噌のことである。
木曽のことを味噌という、義仲の言いである。
大津の浜の世のことである。木曽義仲の大津という。

20201126
そうきょうよい時です。正(やなぎ)N26. 
 ***
 

2020年11月27日

卒業8160 宇治大山、だんみく (壮強太陽):イカスミ柳

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音楽
【曲名】 卒業8160京都船旅7060
古譜6060大原練習5960天の下6360  宇治大山、だんみく(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/26
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/26
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/26
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】5/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
私が住み過ごした日 大山ただす麓
隼のこい花に 雅の春 おそに
ほんの 円書き庭 古宇治津宮
ままよはなあって いけすの墓
大宮の音揺川 わたせまなの
ふのふるす さわにかわと

【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記 京都府宇治市の項
【宇治川の祭り、だんみく】
 担ぎ山という、縄のような山という。宇治川の
ような表しという。宇治の浜の祭りである。宇治
川の橋の、たもれむ、という。たもとの祭りの
言いという。山名の世の祭りという。
まよまよのお書きという。江の絵という、後、
大山という、まつくの絵という、この絵のような
よい春という。山々の世の絵という、人のような
、だんみく、という。岸のだんじりという。山の
ことである。宇治の言いという。宇治の言いの、
だんみく、という。宇治川のマツリデ使うことより
、という。祭る山のお書きという。
【衝堀木(ついほりき)】
 衝堀木(ついほりき)という、。左の四角いもの、
 この堀の言いの、まつよ、という祭りの夜の、
 まつよ、という。これが、だんそめ、という。
祭りの、だんとめ、という。
【春の紅葉】
きじ造りという、きじみす、という、これが、きじの
山の絵という。鬼山のおまつ、という。鬼山の祭りと
いう。山々の丘という、山背(やませ)の祭りという。
私の家という、祭り鉾の家という、これに住んでいた
私のことという。うれしい日の話という。花山の
宇治百合という、うじみつのおまつ、という。
岸みすの山という、祭りの巫女のことでもある。
この巫女を、こうようみ、という。紅葉の頃の
祭りという、春の紅葉である。
【合わせ、とっせ】 
 10月27日という、言いをする紅葉の月とぞう。
衝山(ついやま)の言いという。これを、紅葉の
屋という。あとで、またじがわという、言いをする、
また山の、またじ山という。またよとの言いそれ、
という、これを、そらよいあしび、という。
空の山のお連れ、という。そらそらの言いのごめ
とめ、という。祭りの言いの紅葉の祭りの言いと
いう。これが、かわぜのゆいかわ、という。
かわぜがわの合わせという、食べ物の合わせと
いう。この合わせの言いを、とっせ、という。

 とっせの屋の言いという。宇治宮の言いの
かよふれ、という。かよかよのお書きという。

 うちが、『花見の糸』をいう。これを、みのそ
み、という。祭りの始まりをいう。祭りの始まり
をみの、という。これがいわれる、宇治の出と
いう。『みの』の出が宇治である。
【大津遣り】
 これを、『きず』という。『きず』を、『やな
みこ』という、これを、『やなぎの子』という。
『やなみこ』の宇治とし、という。この『とし』が、
大津遣り、という、大津みつ(大津光)のこうきき、
という。こう山のお書きという。

 この山のひよ山という、ものを信じるを、ぎゃる
という、ぎゃるみこ、という。後、巫女のことに
使う、ぎゃるそん、という。これが、フランス語の
作りにあるをいう。山空の作りのフランス語という。

 これが、ポンポンという、祭りのぽんという。
これを、げきゃはが、という。はがねのゆまはり、
という。鋼の山のお据えという。うちが、天塔を
いう。まみの山のおとよとよ、という。この言い
の、こわんぜ、という。
【大津宮】
 大津山槍という、みめよととのあんてす、と
いう。めとよと、ともいう。れよすのいっぱす、
という、大津宮の言いのこよかよ、という。

 これが、大津皇子の話の歴史という。大津山の
お住いの丘の糸よと、という。糸しみの山裾と
いう。
【登志山】
 やすとしの名前という、うちの安年という、
稔登志という、これが、大津山の名前とぞそ。
登志山という、京都山科の大津という。そこの
山の名前の言われという、これを、およおよ、
という。山名の使いという。登志たる言いと
いう。母山のおかきという。

 これで、『とし』を言葉に入れる使いという。
これが、正木(しょうぼく)の使いという。これを、
としの入れという。

 『私としは、行きます』という。としみすの
入れ吊り、という。言葉に自分の名を入れる、
『あきしむ』の入れという。『あきしむ』と
いう、これを、『あきしむのま』という。
『あきしま』という、
【あきしの】
 日本を、あきのよ、という。大津宮の言いと
いう。これが後、『あきしの』と名乗る、若い
人の名乗りとぞそ。『あきしのさみよ』という
名前である。つれが、『あきさみ』の言いであ
る。秋冷の山という、大津宮の秋ひく、という。
ゆんそよの山という。山々のお書きという。
【大津皇子】
 大津宮の皇子である、大津皇子という。古くの
万葉集に出てくる皇子である、若い人のことである
という、若い人の御叔父の御名であるという。
おじ山のお書きという。この『おじ』が、皇子で
ある。万葉集編纂の一人である、大津皇子という。

 これが、やなぎの言いである、元の書き物と
いう。『やなぎの、よろずぎ』という。やなぎ
まんよう、という、万葉集の原本である。
この原本が日本にある、やなぎまんようの話と
いう。万用という、やなぎを万用する集めと
いう。万葉の語源である。
【やなぎ葉集】
 『やなぎ葉集』という、万葉集の原本ともいう
。やなやな、やまやな、やなやまのお言いという。
これが、冠語の『やなす』の言いである。冠語の
やなぎという言葉のことという。やませんらっく
、という。もよもよのお言いという。大津宮の
お書きという。御所内の大津宮ともいう。
京都山科の大津である。万葉集にでてくる、
大津皇子のことである。

【伊東さん、八坂さん】 
 東大教授の話という、よもよものお言いという。
山々のお書きという、うたよとのお言いとぞそ。
大津という名の人のことを、うとめ、という、
うとよみ、ともしいう。大津せんらっく、という。
伊東山お書きという、伊東さんのお教えという。
伊山浜のおんとみ、という、伊東やっく、という。
伊東夜久野(いとうやくの)のお教えという。この
『さん』が、『し』である。伊東司という、伊東
さんという。伊東司の山の言いである。伊東さんと
いう、人のように呼ぶ宇治大宮のだんみくのことで
ある。京都の八坂さんというのと、同じである。
まさだわというだんみくの名という、これを、伊東
さんという。

 のち、大海皇子という、おおあまのみこのこと
という。これが、れきそき、という、歴史のこと
という。歴史通りである、この道がある。

 歴史山お書きという。
【大津宮、はっさい】 
 『はっさい』という掛け声をする宮である。
大津宮のことという。あだり山の人のお書き
であるという、あだしのという化野の屋の
お書きという、お化けの宮である。
【化野念仏寺】
 『一つ積んでは、父の為、二つ積んでは、
母の為』という、化野念仏寺の話という。
大津山の名である、念仏寺である。大津皇子が
おとなう、という、まよすてのうつゆつ、という。
古く御所みる、という場所という。御所みっくく
の山という、後ろの山である。化野念仏寺の
ことという。つねさらゆき、という。山の名の
ことという。つねさらゆき山という、化野の山
という、これを、つねるる、という、つねしょの
山という。

 古く、穂浦のゆおれ、という、いわれのこと
である。これを、やすれる、という。やすみすの
山という。これを、そうれく、という。そうすの
山という、わたやたの歌という。ゆゆゆの山という。
おりおんてすの歌という、うたやたの山という、
これを、れよる、という。檸檬所のお書きという。

 この檸檬所の判が、れもんの判である。れっぱん
めっそく、という。めるれるのおよんは、という。

 天皇列則の山という、山の見の天皇という、この
天皇を天王という、天皇ともいう。これが、たん
せまの歌という、やすとの山のお書きという。

 天皇を、たんはた、という、大津宮の言いという。
大津山の言いである。後、藤原をいう、ふじつわら
ばらの、長岡京という、たまそよのおきゆり、
という。やまづ言いという。やまいのかわみ、と
いう。これを、大津見当という、見当の山のお書き
という。
【日本書紀】
 かみれいしょの山という。これが、日本書紀の
編纂を受ける、受け持ちの若い人のことという、
名を、小林という、小林壱裕という、若い人の
書紀の名である。名札のことという。名札を
書紀という、書記ということである。

 日本書紀という、日本のことが書かれている書物の
ことという。万用の書記の人である。若い人の判のこと
という。大津宮の書記の人で、初期の人である。

 大津宮のみこであるという、万葉集の編纂という。
人知らずという、人の歌という。若い人である。

 『ぎこやっこん、きこきこ』という、櫻木の判の
押しという、きこ山のお書きという。若い人の
きこの名のことという。
【柳きいこ】
 『うちは、きこや』という若い人の言いである。
これを、柳の木という、きこという、樵のことで
あるという、柳きいこ、という、木を切る話でも
ある。きいこきいこと、木を切引く(きひく)、
きいこの山のこという、柳の名前の山である、
きいこには、皆、柳がついている、きいこせん
べっく、という。山々のお書きという。

 きいこ柳という、小柳みるこ、という、山っ杣の
名という。これを、杣名(そまな)という。山の名の
杣の名という、これが、御所の名前である。
何々御所という、その名前を、杣名という、東京
皇居の御所のことを、そっしょら、という、これが、
古い歌謡御所である、賀陽御所のことである。

(そっしょらという皇居のことをいう。
そっきょらの御所という、そっしょらのことである。)
この書き方が、そっきょの書き方である、()内。
御所の古い書き方である。ふっそるけめそめ、と
いう。

 同じ言葉を何度も使う書き方とぞそ。御所の伝祖の
言いである。後、陸軍伝令用語という、後、しょう
ほむ、という、きいこの言いという、そっきょうの
言いである。音楽の即興曲の言いともいう。
【耶蘇教の天皇】
 音楽の天皇という、合唱団のしきをいう、指揮者を
天皇という、キリスト教の主なるものの人のこと
という、キリストでもある。これを、耶蘇という。
耶蘇の天主という、耶蘇教の天主を天皇という。
キリスト教がいう天皇である、耶蘇教天皇という。
耶蘇のとみの言いである。

 うじつしょっくす、という、てめそめのいとそよ、
という。
【柳星】
 柳星の宮という、三日月の中の柳の星とぞそ。
これが、外へ出る流星という、遊星ともいう。
流々の御名とぞそ。柳の名という、柳一夕という、
柳星の御名を頂戴する若い人という、柳星家で
ある。柳星遊(やなぎぼしあそぶ)という名前の
ことという、柳一夕という名前である。
川由良の玉名である、星のことである。

 柳ひこきき、きいこひき、きこゆきの名という。
紀雄(のりお、きお、きおう)という、きゆうと
いう、名前の人である。きゆう焼きという、
焼き物の名前ともいう、御所の中の焼き物である。
【神事品門】
 神事品門(しんじひんもん)のお書きという。
柳を飾る門である。御所の一門である。ぼういつの
門ともいう。雅楽の笙の唱和の文句の冒頭である、
『ぼういつ』と歌いだすところである。それを、
神事品(しんじひん)という、御所一門という。後、
この門を、問という。御所のことは、俺がいう門
という。これを、たてみかど、という、門をかど
という、みかどという。おれが、いうもんである、
者とも。
【松花堂】
 ばっちあかすという、だんみくの言葉である。
だんせられんれという、だんみくの冠語である。
わためたの意味である。わたやたのういみそ、と
いう。古い松花堂という、ここの言葉である。
壬生の松花堂ともいう。宇治のおゆはり、という。
みっとゆっとの山という。これが、宇治のせいほい
、という、しょっくという言葉の意味という。

 ゆめゆめのお書きという。勝司(かつし)という、
今の、勝市という、地名の一区画を司という。
後、たいかく山という。これを、みぞべと、と
いう。みぞやらの言いの地名という。
【京都を勝司という】
 京都を勝司という、かってろんぜい、という。
れもってすの言いとぞそ。これを、天皇の言い
という。天皇の言葉である。これが、天皇冠語
である。
【勝海舟】
 これを駆使する、勝の天皇という、勝海舟と
いう名の人の活躍という、勝役の若い人という。
れもってすぼん、という。だんみくのぼんの言い
とぞそ。盆でもある。盆に入れて、食べるその
盆を、れもれ、という。れもれ盆という。
【あお】
 これを、あお、という、食べ物のことという。
あお盆という。これが、松花堂の言いである。
『あお、やため』という、『お食べなさい』と
いう意味とぞそ。べっそめ、という言いである。
ばっちあかすという、よいをやまる、れとの明け
を見る言葉という。
 京都の、いっちょら、という言葉の語源である、
『あお』という言葉である。ちょっすい、という
言葉である。 
  そうきょうよい時です。正(やなぎ)O28. 
***
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
腹を横に書く。
Mr. Atom Lucky Ager, "JAPAN report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
 

2020年11月28日

卒業8170 大山 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】卒業8170京都船旅7070古譜6070大原練習5970天の下6370  大山(壮強太陽)鳴恭川世讃歌):イカスミ柳 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/10/28
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/10/28
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/10/28
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
私が住み 過ごした日 たたらの山麓
隼の行き来する濃い緑の谷間 川に
タニシがいる あおかいの山
御御地がいます 御御場います
大仙の鳥取宮 緑影のあきこぜる
すこにさわと

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【歌解説】
【デジタル】
 デジタルの山の家という。みっせなの弓春と
いう。若い人のお行きという。家という、忍得と
いう、しのび保つ人である。京の忍得屋の言いと
いう。でじそみ、という、デジタルの古い言葉と
いう。
【さわと】
 さわとというカニがいる、その山のことともぞ。
沢蟹の山という、だいせんみっくり、という。
『くり』のことを、蟹という、みくり蟹という。
死して皮を残すという、隼の鳥という、これを、
残名池という。大きな池のある畔という。
【『そうしときんか』】
 『そうしときんか』という、私の好きな鳥取の
言葉という。歌山のおいそい、という。私のおんば
はっくせ、という。うたうたのやそゆそ、という。
私のやすとという名前の意味とぞそ。

 この池を、いかこみ、という。中に島がある。
小島という、小嶋とも書く、この名の、やすと、
という、若い人の若い時の名という。やすとの
お行きという。

 大仙越えて行くという。若い時の行きという。
タニシを手に握る越えという。タニシを持つ旅
という、タオの風習という。古い鳥取の風習で
ある。タオという、たゆ山のたたら山という。
たっするれ、という。『そうしときんか』の
お言いという。『いくと』というゆいである。

 御所の『ものせら』という、『もっせ』の屋の
言いとぞそ。『そうしときんか』という、御所の
中の鳥取という場所の言いである。

 『せみっとす』という言いとも。『わたしゆま』
という言い方をする、『わたしゆま、せみっとす』
という、これを、官職という、官所の言いという。
官職官の言いである。古い日のこという。そこの
おちよち、という、おいせらのおいそい、という。
そこの言いである。

 冠語は、御所が出し、御所が説明する。この
ブログがそうである。御所の人の使いである。
やわてのおいそのみよる、みよすて、とぞそ。
言葉を貴ぶ御所という。きっすゆっすという。
めんつれのゆいそ、という。これが、御所の
言葉である。

 大御爺さん御家さるらる、せよるる、おりそり、
めてんくっさく、それす_れ。めれるやれ、
そみそりの山という。大仙のことである。
御所内の大仙とも。
【潜水艦GTO】
 若い血潮のよかせく、という。予科練の古い
言いという。海軍兵学校のよかせく、である。
若い人が乗る、潜水艦という、ジーシーオー
という、ベル・ジティオーという。潜水艦の
GTO である。後、自動車のよものことばである。

『ベル』が『よい』の意である。これが、英語の
ベルである、後、フランスのことばという。
この頃の、コックスという、英語コックスの使い
とぞそ。

 『アイ・ゲッタ・ハー』という、はっぷせの
御所のコクセルという。こもっくす、という。
これが、英語のコックスである、初期のコックス
である。後、アメリカのリンカーンの第二言語に
なる、リンカーンにコックスがあることという。
リンカーン全部にコックスがある。『アイ・
ゲラ』という、少し南部訛りのコックスである。
【げたよんの町】
 ゲチスバーグという、げたよんのことという。
日本語で、『げたよん』という町である。この日の
日本、今の日本のまとという、まとの日本という。
日本を、あきしまの国という言いの頃のことという。
この日本を、だいこく、という、だいこくさんの
島という。『さん』が『司』である。台国司と
いう、日本の古い名前のようなものである。台
国ともいう。台国司という、御所のもよはる、と
いう、御所の言いである。

 『げちすげた』という、下知の場の具である。
げちよっち、という、げちすのや、という。
ゲチスバーグの家という、若い人のいる家である。
名を、りもそめ、という。独立記念の祭りに参加
する人というを若い人である。

 この『げちす』が、やなぎおり、という。
ゲチス・ウィローという、アメリカのリンカーンの
やのお家という。ウィロー・ハッツ、という、
ウィロー・ハットンという。これが、アメリカの
記念日の若い人の家である。ウィロー・ロットン
という、全部、柳がつけてある、若い人のお粋と
いう。島原の遊郭の太夫の太鼓という、太鼓持ちの
若い人という。
【島原遊郭】
 太鼓を、ぼみ山という頃の、島豊(しまとよ)の
や、という。そこの言いである、げちす楼という。
この『げちす』である。島原の島豊という遊郭の
住まいの言葉の延伸という、今のゲチスバークの
言葉である。リンカーンがそうである。林間と
いうことという。まんせる山のおえ、という。
べっつくという、べろんせの山のおいせ、という。
おいせ山の言いという。 

 これが大仙の大遊楼という、もとゆとのしまん、
という。ここを、島富(しまとみ)という。この、
しまとみのといかのゆいふれ、という。これが、
げちすの太夫の言いである。『しまんとかんれ』
という、しまんの言葉という。これが、コックス
のことばの元のことばである。英語のコックスで
ある。

 これが、ホワットルローという、ローらるの
言葉という、コックスのことである。
『メイ・ワットン・セッカ』という、そんすれの
ことの言いという。せべん、という太夫の言葉
という。ここから大名に渡す言葉とぞそ。
コックスがけの言葉である。
【鳥取島津】
 『ヤッホー、ルッホー』の鳥取始末の歌である。
この『始末』が、山の埼である、鳥取冠花という
言葉である、鳥取の冠語である。始末を島津という、
島であり津である、これを埼という。後、島津埼
という、今の島津である。九州の埼花という、
せんらくの山という。ゆいゆいのおいそい、と
いう。
 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)O21. 
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
腹を横に書く。
**************
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 

2020年11月29日

卒業9200-2-2 俺200 福島 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽


【曲名】 卒業9200京都船旅8100
古譜7100大原練習7000天の下7400  俺200 福島 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 
    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/28
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/28
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/28
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 


【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。

20201128
【すおん】
 てっくすらあくうの夢という、さおれるすおん、とぞず。
この『すおん』が、和国の時の『イオン』である。英様
冠話ですおんという。すっぱらの言い井という、
田中の里の巣原の言いとぞず。

 長い使いである。このサーベルの鞘という、鞘
の使いという、さてより、という。ペンラックという、
サーベルのつり、という。レオンテスのサーベル
である。
【田中里の幌】
 田中里の幌、帆船に使う帆とも。帆帆船(ほはんせん)
の帆である、古い日だ高山の桃の旗という、城の門の
旗である。飛騨の五足という、五拍子の歌とぞそ。
【アフリカ喜望峰】
 古い喜望峰の黄色い旗という、小さな家に旗を立て
た黄色い日の丸という。喜望峰の岬である。和国の
後という。後の、イオントーブの頃とぞず。古い御代の
お絵という、ここの御代のゆりという、大きなゆりの花
いう、これが手を振る花という。後、地が揺れるゆりで
ある。地が波打った揺れという、大きな波である。
キーボードの模様である。世界、波の世という頃
である。

 世界波というキーボード発信である。ワールド・
ウェーブ・ソックスという、後、電波という、ワールド
・ウェーブという、美紋という、波の広がりとぞそ。
電波のことという。電波を美紋という、ピーレル・
ロンワーというアフリカの古い言葉である。
喜望峰の冠話である。このままの残しという、
黄色い旗の家という、家の中の旗という、家中
に旗を飾る、美紋飾りという、古くの、アフリカの
家の風習である。コンゴ・ブラザビルとも。
キリマンジャロのこととも、アフリカ各地の飾り
という、アフリカの古い風習である。モロッコの
カサという町もそうである、家中の旗という。

 キーボードの墓、我が家にある日という、
キーボードのような墓石の上である。波指
板墓という、機械の墓ともいう。後、供養と
いう、筆供養の中の入れという。筆塚ともいう。
塚墓のお書きという。我が家の家の一角で
ある。波舞いのお墓という、筆というキーボ
ートという、また見る墓である、サンノゼにも
ある、キーボード・ツームという、若い人の
住まう頃の墓である。

 『サンノゼよい町』という、ラオンコンテスの
コンテキストという、コングラックのお書きという。
ハーシェルパックという、兵園のや、という。
ソルジャー・ブックという、家をブックという、
古いサンノゼの言葉とぞそ。希望の本という、
この本を、元という、オリジナルという、希望の
元の町という、サンノゼのことという。オリジナル
・ホープという通常の言葉である言いとぞ。
ハッソンという、ハーソンというサンノゼ冠話である。
はっしょいの掛け声という、サンノゼの初めの
合図である。発のお書きという。
【サンノゼの数学】
 サンノゼが希望をいう、マイクロ・ウェーブという、
マイクロの微という。微分の数学の町でもある。
フォーミュワ・ビューティーという。サンノゼの数学を
いう、技術の掛かりの山徳という。山の微分という。
山の線を微分で説くサンの山という、三つ山囲われ
の地という。サントクという。山を三という、日のサンが
四である。太陽の住まいという、サン・スメルの町という、
ドゥウェルともいう、英語である。ドゥウェリング・
サントックという、サントクの町とぞそ、サンノセという、
三の背という。スリーサックの町という、サンノゼである。
スリー・サック・タウンという、サンノゼの古い呼びである。
ニューヨークをいう、サンノゼがいう、フューチュア・
フォーという、フォー・シティーという。サンノゼのニュ
ーヨークを呼ぶ言葉である。
【回波地帯】
 後、ゲチスバーグ行である。モルトックという自動車
である。サンノゼから空由、ビッツバーグ、ソロン、テス、
ダラレル、アカル、ミヨラク、レモス、レンダル、ケネ
ディーという、ケネディーより北上する、モイタワという、
アカネラック、スコラク、スイス、ツモッスモー、アフリ
ス・ミッカム、ここから、ダブリン、クリーブロット、
パリ・シャイヨー、グリーン・ピックスほくたつ(後の、
アイスロック闇)から、ロイドル、ミヨホック、喜望峰
周り南ア、ブラッシミより、リオ、メノト、ルックル、
レオントック、今の、とうけい航路という、西経の航路で
ある、これを、みのやりふりゆり、という。この地帯とぞず、
ロール波という、波が回るという、回波地帯という。山並み
の地揺れがあった話という、後、原子爆弾を落とす話と
いう、雲落としという、アフリカ喜望峰から、北上して
落としていく、げんたく、という。玄沢落としという。
茶話の波ゆるはお、という、回波地帯の爆撃とぞず。
中庸のお書きという。
【武官城曳き】
 この玄沢が、玄宗皇帝である。玄の元のすめら地という、
行程お書きという、中国武漢の皇帝という、これの古い言
いという行程である。武漢の復活という、今の言葉の行程
という。中庸の説きである。後、漢の頃の復活という、行程
のことという。武漢の城曳きとぞそ。黄色いパンダがいた、
パンダが手を合わせて城を拝んでいたことという。
【パンダ】
 このパンダを、黄獣という、後、西戎という、パンダ
の意とも。東夷西戎北狄という、東西北が囲われたサン
ノゼという、そこの中庸という、サンノゼの中乱という、
中乱の園という、サンノゼである。ぐめそむのウォック
スという、パンダのいる所という、そのパンダ、白縞の
黒尾という。今のパンダである。サンノゼ獣ともいう。
アメリカのパックス楼という、ワンダサンという、パン
ダのことである。ワンデル・ベーレーという、サンのお
書きという。回波地帯にパンダがいることとも。イラン
回のお書きという。回革という、イランの回革獣である。
【パンダの脳】
 笹好みの食べという、鮭をいう、鮭を好む波巻き顔という。
パンダの今のパンダの顔とぞ。古い世のウェーブ論という。
地波を見るパンダである。地震をいう脳である。パンダの
脳という、この脳の働きという、地震を、ゆふ、という。
【九州由布院】
 九州の由布院の由布の意味である。地震の意味という。
由布という、由の床という、由床院という、湯布院のことで
ある。笹見槍という、九州の阿蘇山のことという。由布山
(ゆぶやま)お書きという、ゆうぶういんという延ばしを入れる
言葉の使いという、古い笹見の言葉という、『商売繁盛で
笹もって』という、もってさつ、という。パンダの模様の札と
いう、九州のお金である、湯布院発行という和国世の
ユーブーマネーである。五千円札の和国札である。

 湯布院という夕風の札である。せきふうという。この頃の
湯布院の住まいである、若い人がいう、ゆうふうである。
裕風という風という、これの型を意味するお金である。
和国通貨である。

 後、沖祖由良という、お金を由良という、和国語とぞず。
山をそっくという、川を三代(みよ)という、家をすりという、
日をとうという。月をろめという、地球をそりという、橇と
書く。煙草(えんそう)の国という。山を尊ぶタバコという。
葉巻はえそく、という、タバコの和国語である。
葉巻ゆりという草が生えている由布院という、ゆうぶう論
という。

 ここの議会という、由布院国閣という、和国世の国みく、
という、みくあげという、意味ともぞ。のち 、みくみく
という八坂語の今脇という、わきせらのお言いという。

 北海道という、由布院からの海路である。福井小浜経由
、富山港、大町ふなれき、という、降る暦の使いという、
由布院暦である。今日の日という、これわ、ゆふめき、と
いう。今日を、ゆふ、という、和国語である。由布院と
いう和名である。名をむれふくという、むれの言いとい
う。和国の北海道という、瀬戸内海をうろうみという、
うつるよという、うつみつの言いとぞそ。古い京の寺の
言いともいう。この『京』をなかそ、という。なかそ宮
という、京都の古い言いである。なかそね語の言いである。

 音山お書きという、五千円の意味という、これという。
昔の古い卑弥呼の頃の由布院という、なかその雅という、
パンダ京(パンダみやこ)という、パンダ札という、お金
の流通という。善人の持ち物という、お金のことである。

 二千円札という、パンダ札の頃に見た人という。アメ
リカダラスという、ここのマッハである、マネーという。
古いダラスの通貨である。子供のおもちゃにある話という。

 古い喜望峰の通貨ともいう。゛ダラレル数用という、
マクシマスという、マクシマの言いとぞず。薩摩桜島の
通貨でもある。ダラス通貨が通用する桜貝という。桜貝
の模様という。
【木の通貨】
 木の通貨という、桜の模様の木であるお金とぞそ、穂
浦のお金という。西居槍製である。さいこうの通貨という、
木槍という。木槍通貨という。後、壬生皿槍通具という、
後、通行手形という、これを、鬼の通貨という。鬼の世
という、しゃこの歌という、しゃらせるお書きとぞそ。
しゃこのエビという。たくさんいることという。内陸の
住まう生き物である。しゃこを象った木の通貨という、
きはかみゆり、という。和国世の言いである。
【ウオックス】
 ウオックスの持ち物である、パンダの持ち物である。
しゃこの金属製のお金もある。流通の脳という、パンダ
の脳の働きという、流通をバンゼラという、和国経済用
語である。バンゼラという銀行である。後、和国銀行と
いう、後、ユットという、バンセムムレックのお言いと
いう。
【高槻幽霊城】
 後、日本という、和国の後という、これから未来であ
る。いつの御代のことか、歌山のお書きという。和国の
世という、幽霊の城という、高槻山のおとよそよ、と
いう。おとよそよ、黒岩山おたき、という。秋篠の宮
という、そこの描きという。日本の幽霊という、国見の
語源である。和国の話である。

 どっぱり山という、日本の古い名という、和国のこと
かという、うらめしやの国、日本のことである。おも
ては、こくな話という。幽霊の復活という。大阪高槻と
いう、和国良という、和国を国良という、幽霊の城と
いう、ドラキュラという、ドラロの物語である。ワル
キューレーという。ドラキュラは洋霊という。
ワルキューレーという。かべせるやのお書きという。
【福島市】
 幽霊の鐘の鳴る岡という、ここを、たんそめ、とぞずり。
この『とぞずり』が幽霊城の言葉である。古く秋篠語と
いう、古い日本の言葉を秋篠という、言葉のことである。
福島県の古い言葉でもある、秋篠という言葉である、お
金を意味ことともいう。福島札という、札間(さつま)の
国という、福島のごとゆとという。福島の市内である。
ここの言いという。秋篠という、お金のことという。
粟を栗という、福島の粟の国という。国を栗という、
栗宮のお言葉という。古く栗篠という、栗の成る木国と
いう。栗のお書きという。栗村の宮という、福島の宮で
ある。私の好きな栗村の国、福島という。
そこのみやである。底のみや、という。

 古く穂浦のハワイという。ハワイの太郎芋という、
福島芋という。ハワイの郷土料理である。また行く福島、
玄度の旅という、げんだみという、栗膝という。
パンダのうんこの栗という、パンダの黒パンダである。
栗パンという、栗の皮の細工という、ゆうぐりという
繰り方である。
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N28.
腹を横に書く。
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 

2020年11月29日

卒業9200-1-2 俺200 福島 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽


【曲名】 卒業9200京都船旅8100
古譜7100大原練習7000天の下7400  俺200 福島 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 
    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/28
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/28
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/28
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 


【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【ワニ料理】
17:19 2020/11/28
 『みせらていく、押さされていく、はんこの涙』
、みたいきるりという、遠くブラジルという国の
ワニ料理である。
【ワニ冠】
 はるなばる、ゆきなきがり、という。一水の
衣冠の水筒という。異国の山という。ここの
ゆきやりという、なきふりという、これの言い
の、みたやりやりという、みたやりのお料と
いう。大山山の、山け槍という。山すよの
けっぱく、という。ブラジルのゆい針という。
ワニを、はりやら、という。日本のワニの
衣冠という、ワニ冠のときゆき、という。後、
わがせる、という。わがほのかんたき、と
いう。かんめせの衣冠という。この冠を
水冠という、すいほう、ずいかわの言いと
いう。これを、よっそめ、という、言いとぞ。
【北条】
 北条を、たけより、という、たけひがし、と
いう。たけ山のお花きという。北条政子とい
うひの、日野山という、日野こうめく、という、
言いという。これが、後、日野という地の名の
うかれ、という、生まれという、地名の誕生で
ある。ゆきながり山のお書きという。

 これが後を、北条煮という、北条煮竹東という。
栢山(かややま)煮という。長いうどんのこととで
ある。くにおとぎ、という、うどんのことである。
【国土のことを国皿という】
 これが、『国を研ぐ』という国研ぎという、国皿
の言いという、国のことを、こわれる、という。
古い、ごくいそ、という、そこの言葉であり、
とんばの言葉という。国を、ごわせる、という、
とんばせえる、という。とっくの山のお書きという。
とくせらるう、という、てみそわ、という、てそ、
という。てみそわのおいらく、という。おいせる山の
お書きという。
【国見】
 『はるばなる、ゆきながり』という、ここを、丹六
という。後、丹東という、後、国岬という。全国の
津々浦々の崎を、国見という、後、固有名詞という、
国見峠という。全国の国見の遠山という。遠山金時
という、われせるの言葉のことという。人名のような
言葉の種類という。わっための言葉という、遠山金
時である意とぞ。
【連濁】
 人名が、言葉の種類をとる時の言葉である。
これを、とみ弓という。とみせらの言いという。
とっくすれえれえ、という。ときせらの言いである。
いい富山お書きという。キーボーという、希望の
言いとぞそ。キーボーという『キホ』を伸ばした
言いという。キーボー峰のお書きという、この峰が
崎である、岬ともいう。アフリカの喜望峰であるこ
とという。後、きれすり、という、喜望峰のことである。
今山のおい書きという。追われる、きそゆそ、という。
木曽の言いの、かゆせる、という。かゆての言いと
いう。この書きのことの縁という、ふちやち、という。
縁通り、えんどおり、という。連すりのにご山という、
後、連濁という。古い、ごっぺこっぺの言いである。

 連濁音の説きという、上の文とぞそ。この、ごっぺ
こっぺの説きを時という。これが、時節、ときよままよ
、という。ときままのことという。ご飯を食べる時の
お教えという。ご飯を食べる時のやき、という。
やき時という、ご飯を食べる時を、ごぶさらよき、
という。後、ご飯を食べることを、ごぶさく、という。
ごべ、という。ごっぺの言いの説きという。ごせくせ、
という。ごぶだき遣の言葉という。ごぶだきの山と
いう。ててせるいわお、という。巌山のすめすよ、
という。これを、あきれく、という。天村のお書きと
いう。

 古い穂浦の山の世、これなるとるせき、とりしかの
いおる、という。穂浦織りの言葉の織りである。織り
よる山という。ごぶという言葉の意味という。夜と
いう意味がある、ごぶの言いという。ごぶだという、
ごぶったの言いという。これを、ぶっだ、という。
古い仏教に連濁がある、ぜんごく(全国)のことと
いう。きみゆりゆき、という、ゆった言いとぞそ。
としくしのお言いという。ぜんごく山のお書きという。
【音楽五拍子】
 『そうだ、ずうだ』という、ずべの語源という。
『そうだ、ずった』話という。はなはないの、はな遣と
いう。はなせることゆと、という、これが、御所の言い
という。ごっぱくの言いとぞそ。音楽による、五拍と
いう、五拍のいそるき、という、五拍を説く話という。
ごっぱくるっき、という。御所ゆそのるりすり、という。
るり山の言いという。るりせる山のお書きという。
るりるりのや、という。この『や』を、『うお』という。
言葉を添えて、うお屋敷という、うおや式という。
五拍の音楽の指揮という。イチ、ニイ、ニイ、サン、
シという。これで、ニで切る五拍という。

 この『ニイニイ』を伸ばす音にする、論足という、
論だつ言いという。音楽による、るきふり、という。
『イチ、ニイ、ニイ、サン、シイ、ろく浜』という。これ
が、六浜をいう。『ロク、ナナ』という七拍子という。
【マイクロソフト、コンピューター・キーホード】
 浜和ナナにとる、音楽の古い率という、るきせる
お律という。音楽鎖っ国、という、音楽鎖国の繋がり
という。よう使うたキーボードという、マイクロソフトの
波形キーボートという、フルに使ったキーボードである。
何万字打ったことやら、キーボードの墓、ゆなくに、
という。キーボードのお書き。この墓のある、我が家
という、若い人の住む家という、

 穂浦の家には皆、ある、キーボードという、日本語の
冠語で、英浜の言葉である、キーボードという言葉とぞ。
日本冠語で、きこやま、という、波をきこという、きこ山はこく
、という。はこくの山という、アフリカの喜望峰のキーボー
峰という、希望のキーという、マイクロソフトがいう、キー
である。喜びという、キーボードの『喜』の字である。
喜押という、キーのことである。マイクロソフトという
会社のいこれみ、という、マイクロソフトの日本冠語で
ある。古いキーボードという、いこれみという会社である。
【京都田中の里】
 田山槍の言いである。古い、京の田中里という今の
京都の東大路田中である。そこの言いである。古い
穂浦のほろ地という、幌を作る田中の里という、そこの
里のキーボードである。田中ゆりうち、という、三本の
指の打ちである。

 設計図の作りという、百せることめ、という。ことめの
設計という、田中世の歌という。マイクロソフトという、
れっけすのお言いという。アメリカの本社のマイトクと
いう、日本冠語のういはか、という。マイクロソフトの
めでという。ようろうのお書きという。ウィンドウズ7
からの使いである。我が世のマイという、私のマイ
という、キーボードの舞手である。三本指でいっぺんに
押す、おしやり打ちという、昔の私のうちである。

 昔、これと同じ形のキーボードがあった、穂浦の
我が家という、穂浦崎という、穂浦峰の崎という、岬の歌
という。五拍子の歌をキーボーという、これが、ゆまぞ
の言いである。ドンキーボークという。

 ぼうさんという、棒のような打ちという。三キーという。
三ついっぺんに打つ打ちという。モトローラという名前の
ワープロという、アメリカの機械という。
【ワニ皮のキーボード】
 ワニ皮で造られたキーボードという、ワニの皮の目と
いう。皮の細工という、田中の里のことという。この里を
わにやり、という。倭国のすこく、という、倭国雛鳳という。
ワニを雛という、田中里の言いという。ひな祭りのワニ
の皮、祭る里の祭りという、田中ゆんはる、という。
今の大原のそるり、という。大原添いの大原記念の場
という、京大のある大原という、大原記念の地という。
大原記念の古い世の祭りである。この地を大原という時の
祭りという。ワニがいる鴨背波川という、並河とも書く、
場所の祭りである。頭にワニの作物をつける、ワニよらく、
という。五拍子の曲の律を奏でる祭りの音頭という。
【アメリカ・サンノゼ】
 古いアメリカのサンノゼの律という、日暮しひぐる山
のかこわれの所という、四つ角になっている所がある、
そこに住んだ人というサンノゼの囲われの地という、
綺麗な町である。飛行機様の車である。時速四千キロ
である。名をレッテムという自動車とぞす。

 また行くアメリカ、歌の五拍子の町、サンノゼの
律という。キリックという律とぞそ。御叔母おいらる
遠いニューヨーク、ここへ住んだ人でもある。五番
町夕浜町という、どちらも五でかかるサンノゼの五
という、サザンパックという、古い英語のサザンと
いう、巣なの葵砂の落ちという、青い浜の砂と
いう、五が青を意味する、サザンという、ブルー・
サンド・ハールクという、はっしょいというサンノゼの
古い剣道という、日本式の構えのサーベルという、
サンノゼ・サーベル術である。長方形のサーベル
ともいう、先と上下が歯である。レオンテスという、
古い軍宅の使いという、サンノゼのレックスという、
レックス・サーベルという、日本のさおれる、という
冠語の、さお、という。一茶の行きという。やおてす
のお行きという。サーレル・ベンズラーという日本の
英様冠話である。サーラーという、サーベルをいう、
サンノゼの冠話である。

 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N28.
腹を横に書く。
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 

2020年11月30日

卒業8165 風中夢殿の歌 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業8165京都船旅7065
古譜6065大原練習5965天の下6365  俺165 風中夢殿の歌 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    20110417曲
    20110418詞
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
はるそうよう、みつこさん、そうよう夢殿野
さちこさん、広帝、孔子廟、夏繁き
あきこさん、白鯨、潮上げ、たよね海
枯れ一葉、小枝舞う、めのやみ、冬が来る
転生の孔子廟、一年、目のや、水戸

20201129
【解説】
広帝:広庭のこと
やみ:蔵のこと
みつこさん:孔子のこと
さちこさん:孔子のこと
あきこさん:孔子のこと
 日本女名、常の名である。『そこのみつこさん』と
 いう歌わなの言いである、古いをいう、歌れ、という、
 歌わな、ともいう、のち、歌の名である題である。
 目の屋沖という、そこの水戸である。水辺(みなべ)の
戸野という場所である、穂浦連騰の岬野である。
【孔子廟】
20201129.
 孔子廟の歌。
 みつこさん、光子さん、
 さちこさん、幸子さん、
 あきこさん、明子さん、全部、こうしと読む。
明子の『明』を『こう』と読む、こうこうの孔明という、
孝明のたかゆき、という。たかみさの歌という。
【白鯨】
 潮上げた白鯨の意という。孔子を白磁という、くじら
しゃくこう、しゃくこうの光徳という。これを、こうみく、
という、孔子廟の中の白鯨殿という、これを夢殿という。
孔子の転生という、一年の巡りという。この巡りを、
めのよという、めのやみという。後、目の病に効く孔子
廟参りという、詣づる日の目開き(めあき)行きという。
目が開く白冬の至りという。ひととせの、めのふき、と
いう。草の生い立つ春の到来である。芽がふく春という。
 これを、目が張るという、芽とも。芽の春という、
張芽張春の賀正という、賀秋のかいあき、という。
廻る島巡る鯨を、くじらみ、という。カタツモリを、
みとせくじ、という。三年してまた来るカタツムリの
来訪のことともいう。これを、めのみゆ、という。
これが、孔子廟堂の目の開けという、後、開眼の大仏と
いう。仏教の中の孔子という、この孔子を、借雪という。

 新井山のお言いという、新井岬という、あたらし宮の
御堂という。この堂を威風という、威のような堂という。
寺の門の威風堂々という。寺をいう、てらすみ、という。
【といかり】
 東本願寺の代表という。本願代表の、といかり、とい
う。船の錨を、といかり、という。舟辺(ふなべ)の言い
という。『錨を上げて、くじつ見ゆ』という、海王の
かたしみ、という鯨のことという。かたい身の真面目と
いう。鯨を祭る廟堂という、この日の孔子廟という、
さちこ廟堂という、幸子やみあけ、という。幸子の山と
いう、さちこさんという。こうしの波浜という、この波
が、黄泉の打ち波という、穂浦の我が家近辺の浦である、
黄泉の浦、黄泉の浜という、黄泉の原という、黄色い色
の泉がある、穂浦である。若い人家の我が家である。
 後、船泊の世という。世が場所である意とぞ。
【孝明天皇】
 孝明天という、功名の辻という、御所内にある辻で
ある。功名ヶ辻という、その上が孝明天である。孝明天
皇お書きという。鯨の子供を飼う人である。
 こうめいさんという、こうみょうさんの言いという。
諸葛孔明の中国という。こうこうという、たかいくろく
すめ、という。これが、孝明天皇の意味である。功名ヶ
辻の我が家である。
【白鯨殿】
 ここの鯨、白鯨である。白鯨殿という、元、穂浦の
孔子廟堂の白鯨間という、白鯨館という、白い飾りの
孔子廟堂である。この装いを急襲という、いそぎがさね
という。ひととせを、三ねんという。しゅんかしゅう
じゅうという、ひととせを始終という、刺繍飾りの
大織冠という、大紫冠の紫相という。この紫を真っ青と
いう。正尾の言いという。まさおねやり、という。

 クジラをまさおねという。ますゆすという。鯨の丈夫
(ますらお)、という。ますめのおいき、という。鯨の潮
のことである。この塩を白煙という白縁という。白蓮の
語源とぞず。白蓮みはり、という。針をする、みはりの
治療という、針治療の歌という。やまいしぐれという。
病を直す針という。孔子廟堂のめのはり、という。
芽を見張る白さである。白鯨の館という。ピュラフラと
いう。フラッテスのやかみか、という。やむてるやかみ、
という。
【兵庫丹波、郡上八幡】
 郡上の八幡という、白遣り言いという。郡上八幡宮
という、八上の城という。隣が日置城である、その前を、
飛行場という、日置飛行場の言いとぞう。フラッペとい
う、ボート競技に用いる言葉という。みそかわの言いで
ある。
【竹田城】
 飛行機のさんじょうという、天下の三つ城である。
これを三成という、竹野郡の言葉という。石田三成と
いう。山ゆらる竹野城という、竹田槍ふき、という。
つわぶきの言いという。竹田城を竹野滝という、竹田の
城という竹田城の雲波という、白雲城という、白雲の
大志という、郡埼山お書きという。竹田宮ともいう。
【京都、竹田部落】
 『守もいやがる、盆から先にゃ』という、竹田部落と
いう、功名ヶ辻の出である。盆唐埼という、お茶の盆を
出す行為の元である。部落郡という、遠郷(とおさと)の
おきゆりという。部落出身の若い人である。園部の部落
ともいう。京都府船井郡である。園部町の部落民である。

 明智という部落である。御所が作る部落である。竹田
宮部楼という。大きな範囲の竹田部落である。大亀谷へ
行く人である。大亀谷の部落民という、そこの竹藪、植
えた人という。明智光秀という、孝明という、『明』を
『しゅう』という読みの明智村である、古い園世原とい
う、今の園部の渓谷を平地にした人である。
【京城、室町】
 古く、足利という、足利大天皇の御行為である。これを、
踏襲いう、唐襲、からがさねという。明智の治国平天下
という。山崎大天王埼という、三日天下の三日の工事で
ある。足利闇幕という、後、幕府という、足利幕府と
いう室堂の室筋かわり、という。筋を条に書く、室条川
という、上を室堂という、ここの港の出とぞ。船出の
室町という、室町幕船という、源頼経という、京城(けい
じょう)の京都という。京都室町を京城という、室町港の
若い人である。『御父御上』という、足利の御お爺さんの
お教えという。足利尊氏御名である。

 『おお』と仰る、笹屋港の京都小唄という、『はる
そうよう、みつこさん』という、さちこさんのお歌であ
る。お菊さんのおいなる話という、高槻の幽霊城、お菊
さんの皿数えである。城から町を見る数えという。

 遠く郡上八幡の高山合掌造りという、そこの数えとい
う、ひとさら、ふたさらと数える、合唱の家の数えで
ある。ひとさら合掌という、一皿のいちゆ、という。
皿のことを『ゆ』という、
【和歌山勝浦近く大地】
 一枚返して二枚よりという。三枚島津のとよぜり、
という。魚屋の数えという。いつぜ、むつゆり、なのゆ、
はっとせ、ここゆっき、とい、という数えである。この
魚、クジラのことである。和歌山勝浦先の大地の数え
とぞそ。古く友ヶ島の鯨の数えでもある。
『ひととせ、ふたみ、みよす、よるれ、いっこ、むっく、
ひっそ(しっそ、とも)、はちすか(はちす、はっか、とも)
きゅうす、とゆ』という、一年二見という、双身(ふた
み)けっせけ、という数えという。砲台のある以前の友ヶ
島である、そこの数えである。とゆばっくという数えの
ことという。
【和歌山友ヶ島】
 高槻の幽霊がいるという、友ヶ島の小校である。友ヶ
島、噴火していた頃である。火山の鬼押し出しという、
そんな頃の友ヶ島である。アンナーブル・ロンドンとい
う、あんなそって、という。大阪曽根崎港の、みらう
らる、という。未来という言葉の出の島である。エイと
いう島である、『はい』を『ええ』という。英告という
返事である。受けに『ろん』という、これを英論という、
英論島という友ヶ島の前の名前である。小校という若い
人家である。校屋敷という、荒野生の野蛮人である。
名を『郡目行登志(ぐんめいきとし)』という。

 郡上八幡へ行く人である。ここの友ヶ目という、友亀
という、孔子廟堂を友亀社という、友亀講の興しをする
人である。友亀山のお書きという。後、飛騨の郷へ行く
高山郷の町目という、小京都という、大御爺さんおら
れる高山城という、飛騨亀ゆらりの守という、幕府
以前の若い人の職責である。
【八上日置城】
 古い丹波古篠山という、そこの八上日置城という、
そこの出身である。部落城という、全国三千部落を作る
人である。この人を部落楽人(ぶらくがくうど)という、
うどの商人である。これを、しゅうじょうの人という、
秋上の日々お書きという。日置空港からジェット機へ
乗って行った人である。古い友ヶ島である、アンナー
ブル・ロンドン・パックという。水筒の記という。
お茶筒のようなジェット機である。篠山空軍という、
日置連隊の所属である。今の園生の大砲を積む機である。
【明智大工事、三日天下】
 後、山に十字砲火をする人である。『うちの四番手』
と仰った大御爺さんとぞず。打った人である。高い山で
ある。明智勢の若い人である。後は、川切りの大工事で
ある。浦を切る話という。篠から園部まで、切りに切る
人である、明智の浦見という、浦霧である。ここを、亀
の背という、明智ヶ原という。霧の出る場所である。
近代兵器を駆使した明智の浦切りである。亀岡篠から
園部の、三日天下の三日の大工事である。京都愛宕へ
行った明智光秀という、浦見をすることである。浦を
見たことという。川切り、浦切り、霧の明智という。
全国津々浦々にある明智名という、明智村という。
【南米の明智】
遠い、おうという地名の明智という、キリトックという
ペソベソの町という。遙かなるパッソーという、ラテン・
アメリカの話である、明智村が所々にある。明智の戦乱
という、古い、平頭のお書きという。平藤ともいう、
明智藤陸という、ラッタス・テーレーのいいという。
古いアメリカのや、という。やみそばの明智藤陸で
ある。明智小五郎という若い人のおいるさきるり、
という。若い人のうちという。たいまつでぶっ放した
ペーレル・ボワックの町である。ペレ勢世たり。
【マチュ】
 打ちに打つ山を、なし崩しという。平地のペレ
という。ペッセレーのペル様という。今のペルである。
アルゼワッカスのお行きという。南米の豊葦である。
植えた人である。ミーブルバンゼーという、後、
トランプの読みという、ミゼラブルと家なき子と
いう。これが、南米の明智の名の地の話である。
ミョウラン・かっくせっく、という。みょうたる言い
という。南米の現地語である。明智冠語が一部ある
ことという。日本様建物もある。ボリルゥレッパスと
いう、明智花の物語である。花が藤である。
藤を明智菊という、古い日本という、御所の明智語
という、明智冠花のことという。この冠が、こうゆれ、
という冠である、愛宕の浦見の時の冠である。
明智関白(かっぱく)という、明智の山の家という、
高い山である。メキシカン・ハットの山という、
マチュという、マチュピチュのや、という。
つばを広げた山という。山の頂上につばを付け、
飛行機の発着とぞそ。下からも上る道があるマチュで
ある。マチュが、古い言いのペルーである。
マチュ国という、この日のお生きととぞず。
マチュというごうわなの言いである。
【桔梗】
 明智紋という桔梗の置きという。若い人の
まとゆと、という。ボーリーブ・ラングという。
桔梗の花のことをマチュという。これが、
マチュの町の名である、そのなの言われとぞそ。
明智花という、古い日の藤ともいう。明智花、
桔梗という。乱差しのひと切り活け、という華道
の言いという。一輪差しである、マチュの町の
門に飾る、花一輪である。明智飾りという、
これを、ボリソンという、ボリーブ・ランクスと
いう、この言いが、トランプである。マチュを
トランプという、ボリーブのグリーンランドである。
ボケビアをいう、ぼりるりの国とぞ。桔梗の花の国
という。円筒のお行きという。筒型の乗り物である。
世界を興す話という。明智の御代のお書きという。
足利焼きという焼き物がある、ボリビアの町である。
穂浦青磁という、岸崎青吾の名前という、若い人の
名である。桔梗の咲く丘という、アルゼンチンの真
青岩という、まおばれという、まさゆその明智という。
明智名の磯という、その岸の名である。ゼンという、
アルゼンのちんたお、という。青島という書きの
青い国というアルゼンチンである、この国名の
言われという、アールテッタスのスパニ冠語という。
【南米のトランプ】
アルゼンチンにブエという、ブエなすあいれく、
という。青い茄子の作りという。日本の作りのなす
という。日本の茄子という。ここに日本風建物が
ある。グリーンの葉のなす、という。茄子のお置き
とぞす。ボリビア・アルゼンの両国を、あおりらく、
という。日本の落という、青い里の落行きという。
アルゼンチンなすの歌という、羅君の晴れという。
のそ下の若い人である。羅訓の読みという。
モトメルという、トランプをいう。トランプのことを
モトメルという。モトメル・レッツという。円筒機
の名である。グリーンランドともいう、ボリビア・
アルゼンである。桔梗の花の里という。桔梗を『べ』
という、青辺花という。アエード・ノルトという。
ブエナス・アイレスの一角である。アルゼンチンを、
そうきょう物国という、アール・アイレンの言いと
いう。元、グリ語てある。また行くアアルゼンチ
ンである。羅君こうるれ、という。キッスの国という、
唇の青い色という、明智の青という、青唇の由来とぞ。
足利ゆっかく(遊郭)の話という。古い丹波日置の紋で
ある、明地門という、桔梗の紋とぞす。
【園部】
 国鉄山陰線という、後に作る話である。今の園部駅、
そのちょっと隣が山であった話という。園生権現という
山のことである。大きな高い山である。ここを園部広範
という、後、園部城築城である。山の上にも小さな城が
話である。

 そこの洋城という、西洋風の城であ。今の園部から真
北辺りである。小さな城から見た洋城である。
ここへ行くプロレラルという、丸い球体に
上に羽がついている機である。飛行機を駆使する丹波郷
である。丹波の国という日本のことである。和国園の
お書きという。
【園世原遊郭】
 園世原という、そこの歌である、『はるそうよう、
みつこさん』という本歌である。園世原の遊郭の歌である。
合いに蛇皮弓という、蛇皮線の大きなものという、これと、
さんせまという楽の笙という、後、篳篥を入れる、後の
区分けに洋相という、洋楽様の歌という、園世原のそうよう
という。穂浦の園の歌でもある。園世原(そのよはら)の
春そうようという。春嵐急ぐ襲という。いそぎがさ、
という。日置八上城の城のことである。日置空軍宅と
いう、ジェット機のお行きという。ジェット機が飛び交う
城である。おおいすというジェット機である、
【吉野、五稜郭】
 東大から仙台廻り急降下南朝の吉野という吉野桜の
そめという。白い桜である。吉野におわす御叔父御上
という、南朝の五大閣という、後、五稜郭という、今の
函館の五稜郭である。この五稜郭の小樽の五稜郭という。
榎本武利という、たけあげの名という。ここの小樽戦落
である。イヨロットの南露空軍という。お茶筒立てた
機という、この機のことという。羽もないジェット機で
ある。足利空軍という。古い小樽の五稜郭である。
星型である。そこの造りである。榎本武利という、
フリンタックという、五稜郭のことである。アンナー
レル論閣ともいう。山があった所である。大山羊連れ
てのお行きである。若い人の空軍閣下である。山羊か
指令である。山羊のそう自由という、山羊の脳の操縦法
という、山羊の脳である。ふるすという山羊の声である。
この声で、急直下回転曲げという操縦である。山羊の
角のような回転という、レロンタスという、方向転換
である。五稜郭操法という、今のじせやり、という。
操法のことという。園世原の歌を歌う発進である。
『あけ春来(はるき)、そうようの世原みむやり』
という、歌の発進という。シンセサイザーで合いを
とる、真発歌唱という。歌唱発進という、京都和辻の
操法である。アンナーブル発進という。発進して直後、
ヨンのスピードである。

 歌唱の合いに、和楽器を使うこととも。
 もっと古い楽器を用いる若い人である、シンセサイ
ザーという、古い楽器である。
空軍の発進である、本歌である。
みつこさん、さちこさん、あきこさん、落下傘の造り
でもある。山羊と一緒に、『天から降りて来たんや』
という人である、若い人である。この項、後続。

【空間の見分け】
 山羊を孔子獣という、角の知恵という。見分けのこと
である。山羊の見分け、空間を見る脳である。山羊の
文、これなるを。やぎ座が天にある由縁である。

そうきょうよい時です。N29. 
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 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N18 
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『天照大神、そうきょう、よいよい』
腹を横に書く。
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
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***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***