そうきょうは、よい時 です。

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 202203

 

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 202201
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202111
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 202108
 
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 202103

グラスゴ 

 202102
 
 202101
2022-02

2022-1   大阪、千早城、カザフスタン、三宮確楼、宮津国会

 

2022年01月01日

皆さま、おめでとうございます。

『おめでとうございます。』

 これを、きょっくく、という。ここを、江戸城という。
アールラッセン・ホアッルラーという。ラッセン・ニーズの
こりゆってき、という。らっとうの言いという。
 『きんゆば、せりまさ』という、『おめでとうござい
ます』という意という。これを、そうきょう・らっくく、
という、レルッサン・オーラクという、れるての言いと
いう。

 『ここゆら、きんばれ、めなせら』という、向日
ごゆらくの大極殿という、ここの冠語である。これを、
アップション・シーズという、冠語のことである。

 ブーズー語で、『ナユヨ』という、ハッピー・
ニューイヤーである。ドイツ語のナーレルの掛かり
である。ドイツ語ののみ浜の言葉である。これを、
アンゴルゼという、アンゴルという。ブーズー語の
古ブーズー語である。冠話である。

 ドイツ語の『ナハト』という、ナハトの意がある
『ナユヨ』という。セサミル格という、文法の格
という。これが、ブーズーの格である。

 私を、ムンブク、という、セサミル1格という。
『ムンブク、ブーシャ』という、古ブーズー語の
『あゆよっせん』という。これを、みよ浜語という、
篠山のブーズーがかりである。

 江戸城のブーズー語という。古武士という。
ブーズー・ランダムという。これを、
江戸城のほりから、という。『から』が
言葉の意という。カラオケという、カララと
いう、カラセルという、言葉のことである。
 江戸城で挨拶をする、『こみれる、さましら』と
いう、これを後、単に、『しら』という。挨拶の
ことで、言葉の意である。江戸城を、しらっけり、
という、これを、皇殿落という。

 皇殿落の『あいたりはら』という、江戸城の
ことである。たりるらべんもる、という。やや
とせの、ご挨拶という。大お爺さんに申し上げる
ご挨拶である。ブーズー語という。正月三が日の
ご挨拶である。『ムンブク、ブーシャ』という、
これを、古武士語という、古ブーズー語という。

 これが、アフリカのアンゴラにある。大極殿
からの言いという。大極殿ブーズーという。
  『ムンブク』という日本語である。江戸城代
かんゆき、という。これが、古ブーズーの言葉
である。

 レレッセン・タークソーという、ブーズーと
日本語の関わりをいう。ここがミナベである。
日本の古い挨拶である、『ムンブク・ブージャ』と
いう。アイル・サックスともいう。このままの冠語
である、英風冠語という。

 『ムンブク・ぶーじゃ』の話の英国伝祖という。
英国各地に、これがある。古アイルランドにもある。
ギロギロという、古コックス英語の言葉という。
これが、ありょう木の言葉である、後、アッサムと
いう、アッサムの木の言葉という。ラルン・ファー
ルラーのお解という。

 ハッピー・ニューの解釈ともいう。『水』が掛かる
ニューという。英語を入覧語という。水の話が出る、
ニューのおにゅう(お入)という。レラン・ファックス
の言いという。木に水をやる掛かりという。
 アンゴラ・ミナベの話である。
なみふみらくのおんぱれ、という。歌山の言いという。
『おめでとうございます』という話という。
『アンゴル・モック』という、古ブーズーの挨拶
である。

あんせるいまやら、という、4語の言葉である。
古い日本の和歌という、4,4,6という調子という。
後、5,5,7になる。
『あみきし、ゆられら、おりすずるる』という、
出雲立つという、八重垣のことである。正月の
言葉に使う、向日世の大極という、アンゴラにも
これがある、古ブーズーの冠話である。
コカンレックスのおとよと、という、古ブーズー
のことである。古武士語という話である。

『皆様』という、さんすげの言いという。
『皆様、おゆらる、こりらく、ろめるら、
いひしり』、『おめでとうございます』という、
『ナユヨ』という、この意である。

 古い日本の正月の挨拶でもある、
『ナユヨ』とぞそ。『ナバ』ともいう。
『ナバ』が、チョッソン・ラールゴーという、
古い朝鮮の言葉ともいう。『ナンカンヒュア』
ともいう、古い李氏の言葉である。オロションの
おこと、という。日本語でもある。

 日本が朝鮮を日本というひに、朝鮮が日本を
オロヒャワという。これが朝鮮への侵攻である、
言葉の広がり、広げという。日本語を使っているひに、
オロヒャワで朝鮮語を使う、これを、チョッソン・
ラールゴーという。みよ山の言葉という。チョロンソと
いてう。フアル・スッサン・サーズーレーという。
4文字の和歌の頃の日本という、オロヒャワ語という、
チョウセン・ラールゴーを使っていたことという。
代表が大和朝廷である。田村の守という、田村麿と
いう、坂の上の田村麿という。その人の言葉である。
係が、山科になる、日本府の掛かりという。日本に
朝鮮がある話という。朝鮮に日本府があることという。
田村麿という人の造りである。

 朝鮮へ行ったひは、太宗という、朝鮮の太宗で言った
話という。田村楼という楼閣の尋ねという、ピョッソン・
ラールゴー足す意゛ねという、チョッソン・テイハンと
いう。これを、日本軍の侵攻という、太宗という朝鮮の
太宗が朝鮮へ行く、今の平壌である。
『私、朝鮮人である』という名乗りのパレッスレーという。
朝鮮の原始人ですという名乗りである。太宗の古い意味が
これである、原始人である。
米米米米 米米米米 米米米米 米米米米 米米米米 米
 この原始人を、ナユレという、チョッソンのたむぜ
ら、という。坂上田村麿の話という。チョッソン・ラー
ルレーという。なゆみの山のお書きという。後、『ナム』
という。日本語とちょっそん語の同語である。今も『ナ
ム』をいう。日本人で、朝鮮人と同じく『ナム』をいう。
 
『ナム、せいらるう』という、古い日の、李王朝の言葉で
ある。私の故郷という原始人である。古い話という。

 朝鮮の漢の時である。『ナム』の言葉の説きである。
李王朝という、朝鮮太宗という、日本の、すももの宮の
人である。

 同一人種に扱う、朝鮮モンゴロイドの人種の区分け
である。モンゴロイドという、日本人のことという。
『ナム』が元である。

 日本の中の朝鮮の話ともいう。韓国岳のことともいう。
あやからの山という話という。リュウファンラクのお話と
いう。

私講義11
『楽器ギロ』の話
 2~5 やすみ  

2022年01月06日

出発1670 楓間月 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック

スマホ天神、スマホ天女方々用、こちらをクリックしてくださいませ。

You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発1670 楓間月


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/05
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/05
    監修、そうきょう連      2022/01/05
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
楓月正月 楓添え 副添えの 松飾は
向日町は楓静 そうきょう風吹けば
よりそうる そうらぜの竹 玄関の飾り初め
健康に楓の向こう先 ことほぎと

楓間月という、正月のこと。
空の月でもある、正月の付きという。
太陽を昼楓という、正月の太陽という、
鶏ともいう。
 暦の楓間月という、これを、おうかんという、
おうかん月という。往還の行き来という。
太陽の入り沈みをいう。陽はまた昇る日沈
の太陽という。沈みをたっとぶ向日の陽(こう
じつのひ)という。向こう葵ともいう。葵日という、
元日のことである。葵印太陽という、まっぱくの
言いという、はくせらるう、という。はくまるの言い
という。はくまろ、ともいう。あいせざれのいいらく、
という。ロミソンという、『向』町のことという。


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/05
【歌詞解説】
 梅干しを買うことをトッタという、『向』の町の
古い言いという。向町の鶏冠井(かいで)という、
これを買い手という、買い手のことをトッタという、
トッタ手という。
 
 これが、言葉を広げる太極殿のことという。
鶏冠井太極という。向こうの景観という。
梅干しを買って後 、景色を見る、鶏冠買い
という。これの歩きを、鶏冠井様(かいでざま)と
いう。

 正月の梅干しを、鶏の頭に例える、みっびつ、
という。みひし、ともいう。梅干しを餅に見立て、
梅干しを、とらすれ、という。正月の餅を、トラ
という。これを、竹の箸を使う、正月トラ渡りという。
このトラに、竹を添えたという、トラを猫のように
描く、猫替え年という、新年のことという。

 この猫を、いっせま、という。トラを、ろき、という。
これを、トラ替えぜら、という。トラの祝う健康と
いう。トラの健康を祝い、我が健康を添える、
これを、ネコという。ネコラの時という。
古い鶏冠井の言いという。正月をネコラという。
正月に猫をめでることを、とらるら、という。
とらるらの・ふうくつ、という。風窟。この風を
トラという。トラの目という、台風の目という。

 風をトラに例え、ネコ竹という。竹と虎の
絵である。これが、じんとり、という絵である。
ネコ竹の、廟竹、という。これを、かいざきされ、
という、一言いに、そがされ、という。

そがされという、みのえ、という。これをみのえと
いう。身の上という、身上けんたり、という。
そがを、もっけ、という。もっけを、け、という。
餅のことである。しらけそみ、という。
けずかりす、という、けそみそ、という。これを、
みそけという餅という。みそかの餅という。

 31日にみそかの餅を食べる、これの鶏冠井
みそか、という。翌、明けを、ねこみらす、と
いう。正月をねこという。ねこやまらみの言い
という、鶏冠井方言という。これを、白いの
とりにする。しろいという、めっくのそみすり、という。
白い鳥を鶏に充てる白鶏日という、これを太陽の
日という、元旦のことである。白に畔という、
太陽のことである。

 向こう先のフランスが、日本を太陽と言い、
自分を鶏という。に畔が太陽を見ることを、
その視線を、鶏戦線という。第二次大戦
のことである。これを、言葉の広めという、
フランスの日本語を使うことという。この話が
ヒットラーの進軍という、ベルオリーという。
音楽の軍楽のことである。これを、しららっかん、
という。白鶏覧という。勲章の鶏勲章である。

 鶏の、おやられた・そみそり、という。白い
鶏という、ばんけす、という、てぐさま、てぐほん
という。ラッパーという、鶏声の歌手という。

これの声の向かいを、さっくく、という。山で
ある場合を、八方という、声のことという、
ヤッホーという、ララという、山に向かって呼ぶ
声という、その返りを聞く、返り声を、きまず、と
いう。こだまという。こだまを、渡世という。とよ声
という。この声の快感という、胸を開ける、開襟
の服の造りという。こだま服という。これに、
鶏冠の飾りをつける、鶏冠開襟という。
うめゆらぜの服という、梅を天神で表す天神襟
という、開襟シャツのことという、背広のことである。

 またさわれ、という、襟のことである。開襟という。
これ子らの言いが、『向』の町の言いという。
これを、開襟語という、『向』の町の方言という。
これを、しらっせら、という。鶏の鳴き声である。
しらっせらという、知らせの意という、夜明けの
知らせをする鶏という。鶏冠井に地の代表をとる
太極鶏冠という、大きな鶏である。一メートル
程の鶏である。恐竜のトモドンという。鴻鵠という、
中国の言いという、この鳥の大きな鳥という。

 トモドンという恐竜の、おべやり、という。鶏の
大きな恐竜の鶏である。3メーター、4メーター
という。太極殿クウランという、鶏をクウランという、
鶏冠井の方言である、『向』の方言である。
『向』の字のつく場所である。

 クウラン一声という正月の到来である。鶏の
庭という、太極殿を鶏庭という、鶏庭所という。
これを帝という、鶏のべ名である、帝という。
帝鳥ともいう。『グワーッ、コケー』という鳴き声
である。ぐぎゃくら、という、鶏小屋である。

 『向』の方言である、鶏冠井方言ともいう。
楓間月という、正月をそういう鶏冠井である。
ことほぎの鳥という、鶏である。祝鶏鳥という。
太陽のともだち、という、共立鳥という。

 トモドンという、鶏のドンぱれ、という。日本の
鶏日という。トモドンという正月である。古い日の
岩手の言いある。岩手県。
青森の、トモベ、という。はちおり日という。
新潟の、びっせら、という。
山形の、るりひり、という。
秋田の、おうりら、という。
宮城の、とんぺ、という。
福島の、もっぱつ、という。
元日であり、鶏のことである。

関東の、げげるり、という。
中部の、みまげら、という。
三重地方の、よよん、よんぱれ、という。
近畿の、ろっけり、という。
中国の、ろしらら、という。
九州の、だだ、という、りはる、ともいう。
これが、ダダイズムの九州という、大宰府の
言葉という、九州の代表である。
ダダイズムという鶏のことである。ありがたやの
言いという。りりんせら、という。りはの言いと
いう、せっしょらの言いという。
太宰おさむという、九州平定の鶏かいれ、
という。言葉が九州全般に及んだことという。
言葉の広まりである。これを、鶏激と
いう。言葉が広まることをいう。鶏勲章の
意味である、一地方の言葉を、大きな地域
に広める言葉という。これを、へいさり広めと
いう。軍の披露目という。言葉の広めの
一解釈である。

 統一とは、『さ』の言葉である。統査という。
太極殿淳和の広めという、お茶で広める言葉の
広めの一法である。『さ』の広めという。淳和茶
の話である、統一という、統査という。

 兵の言葉を標準にする話という。軍れず、と
いう。『きょめ、さんられ』という、会った時の挨拶
である。鶏会いの言葉という、向軍という、向隊
という。郡れずの山のお書きという。さっさの覧閣
という、軍隊の泊まる場という、向軍の言葉である。
鶏の帽子を着る話という。向町の軍隊である。


そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2022年01月07日

出発1682 埼玉、猪 :イカスミ柳

出発1682 埼玉、猪 :イカスミ柳
腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/07
『猪が 今日も飛びくる 紫宸殿』

出発1682 埼玉 :イカスミ柳
腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック

スマホ天神、スマホ天女方々用、こちらをクリックしてくださいませ。

You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発1682 埼玉


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/07
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/07
    監修、そうきょう連      2022/01/07
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/07
猪が 今日も飛びくる 紫宸殿

【河内長野、埼玉】
 浪花のなきそれ、とぞそ。もっしか、という。猪をもという。
河内長野という、大阪の古い、みとよりがま、という。ここの
紫宸殿とみいう。さいたまという、大阪の河内長野のみよ
らき、である。
 『大おばあさん、おらっせもそれ』という、みよらきの、
さいきからみ、という。イノシシが々ように出てくる
大おばあさんのごいそきらる、いしかんさき、という。
紫宸殿とっすみ、という。

 京都の今の御所の長屋のような造りの井戸のある
頃という。ここの、めとみる、という。紫宸殿のことである。
わらるらき、ひもそら、これを、ろりせる、という。
 猪を愛でるひぽせま、という。ひっぽよも、という。猪の
ことである。渡し山踏みの、おいかみさり、という。
みうちのうの(河内長野)という、京都御所の長屋の場
である。

 大阪河内へ行く、くくげのきっこる、という。くげを、
くくげ、という。ろっぱの言い、という。また行く、河内長野、
ここを、の、という。のやひば、という、さいたまの、しっさり
るり、という。またやたのあいされ、という。もっとくのいそみ
そ、という。いばらんれの、たいそらる、という。
 さいたまごっしょく、という。ここを、めのすまらのろわ
ぜる、という。
【ワシントン・アーリントン】
 アメリかのワシントンのアーリントンという。ここへ、
さいたまから行く、ゆっぱさるる闇という。場所を闇と
いう。さいたまの言葉という。
 この『さいたま』が、こうはんるれ、という。こうしょぎ、
という。てっせらの言いという。ぴばるら車という、
垂直に上がっていくジェットと自動車である。

 ここへまた行く、私の行きという。その紫宸殿の歌で
ある。全国にたくさんある、さいたま、さいたまの、なが
しからり、という。長野の河内という、長野県の河内
長野という。ここにも、さいたまの紫宸という埼玉ごりょ
さり、という。
 古い渡しの記憶である。これを、さかむしゃられる、
という。アーリントンもっきす、という。
 アーリントンに私の墓がある、ここの、いとまら、という。
ふっぷら・れっせく、という。ここへまた行く、ゆゆざらの
、こうにょろ、という。太宰とんはみ、ともいう。太宰の
たいはる、という。太宰にもアーレザがあることという。
大宰府という、太宰のリハラルという。太宰ろんせま、
という。
【カザフスタン】
 この日、浪花さきゆり、という、埼玉のすべさら、
という。ここへ、ロットレという、超豪白という、超
豪速の、ひとやり山の乗り物で行く。名を、劣る、
という。劣ルで行く、大宰府からロシア・モスクワ、
カザフスタンという、アフリカのマレルという所の
訪ねのお行きという。

 カザフスタンの花芝という、チェコ・プラハという、
ここのとっぱるという、ここせのおいられ、という。
ここから、アメリカへ行く、ウェストニアという、ア
メリカのロサンゼルスという。ロサンゼルスの町である。
また、チェコ・プラハへ帰り、このプラハから、
カザフスタンへ行く、カザフスタンのタッポスという
場所の行きという。タッポスからマレルへ行く。
マレル山ふまの、いよさまる、という。

 ここかやたゆざる・あってら、という。そこの、
あおらっきく、という。葵い色の聞くの花の咲く、
おいやらる・せっとく、という。今の、カザという、
後、カサブランカという、ここへ行く。

 ここで、きっそれみ、という。きずすみの、
青い家という。港のある所という。この日、
以前ヨーロッパから訪ねた、きさまるらる、
という、カザミブラブという。ミブラの町という。
たくさんあるカザの町という。カサラミ、カサメウ
カザブー、数すらのいそきき、という。カザの町
である。
【モロッコ・カザ】
 カサブランカという青い色の町である。ヨー
ロッパ・イギリスでの呼びに、ブルー・ロンドンと
いう、カサブランカのことである。ここにノソという
場所がある。このノソのいそたという、いそらまの
場の近くという、古く、トロイ・パルテノンから訪
ねた町である。背の高い大きな人がいる町と
いう。ノソンガという場所ともいう。人もこの場
所を名乗るアフリカの真黒の肌の人という。
古い日の同在という、モロッコ・カサブランカの
町である。

 ここを、ナユッタスという、トロイ語である、カサ
ブランカのことである。ナユヨという挨拶である。
人に会えば、ナユヨという、これが、古いブーズ
ー語である。この町に日本語が通じるところと
いう、この『ナユヨ』が掛け持つ由来である。
日本語の『ナユヨ』と同じである。トロイの
ナヨユッテスという、英語、グドソム、という。
これが、グッドの英語のブーズーまる、という。
英語のブーズー語である。ロンドンニーズとい
う。ロンドンのレーラ鼻の崖の所である。
【イギリス・ロンドン】
今のロンドンの川崎の海岸である。ここが、
レーラ鼻である。レーラ・フックスという、
レーラ冠話の鼻である、フックスという、ここわ、
ナユスミという、古いロンドンのブーズー語で
ある。後、コックスの冠話になる、ギロギロ、
メロメロという、これらの言葉がある、古コックス
である。ニューヨークでも使う、コックスの古い
英語である。
【アメリカ・ロサンゼルス】
 この頃のアメリカである。ウェストニア・らん
せば、という。ロサンゼルスの北である。小さな
村という、そこへ行く。チェッコ・ランソムという、
チェコランの行きという、チェコランからの行きで
ある。そうきょう山れき、という、山船の使いと
いう、今のロサンゼルスのウェストニアのスッツと
いう、この『ツ』、日本語の『津』である。山の
津の場である。ここへ置く、大きな岩船という。
この岩船を、ランスムという、ロッスコーという、
古い米語の言いである。船が進むことに使う
ロッコという、これが、後、ロッホという。イギリス
の歌にある、ロッホ・ローモンドという、この『ロッ
ホ』である。岩船を操る言葉である。
【ワシンシン・アーリントン】
 この『ロッホ』が、ワシントン・アーリントンの
モニュメントである。記念碑という、岩船の後、
記念碑にしたことという。またせらるお行きと
いう。

 ワシントン・アーリントンの墓という、墓参を
すれば、いつも会うアメリカの大きな人という、
隣の墓の人という。若い人の墓の隣である。
これを、墓のおあらぎ、という。

 ウェストニアへ行く人という、古い日、ヨーロ
ッパの人と一緒に行った、ウェストニアである。
ここが、まだある話という。今のロサンゼルスの
北の方である。砂漠になっているところである。

 私の好きな砂漠、今のチョッキソという、ちょっ
とのメタルという、金の砂漠という、ちょきるら、
という。ロッホの丘の町様という、砂漠の町という。
ロサンゼルス北の所である。
【アメリカ・ニューヨーク島】
 ワシントンのペンタゴンという、ニューヨークの
ペンタパッセラという、古いニューヨークの三番
街という、ここの住まいという、ニューヨークという
島のあった頃という、この日、後で来るアゲーン・
カーロクという。レッド・パンチャーという、大きな
箱の島の城の置きという。白の中にある大きな
箱で、レッド・パンチャーという、この中に、いこる、
というものがある。これが、まだある、海の中で
ある。この日、入れたのである。ニューヨーク島の
大陸側の埼である、名を、トという。この『ト』、
今のギシリャ語の言葉である。英語の『ザ』で
ある。城の中の鉛の箱である。後、この島へ
ロンドンから行く、パリ経由で行く、日本からも
行く、ジョージ五世という人が、おられた頃
である。ロンドン・モーニングという、島の埼の
名である。名付がジョージ五世である。

 古い頃の話である。シェップス・ロンドンという、
これが、ロー原の言いである。ニューヨーク島の
原っぱである。フィールド・ロンドンという。今の
イギリスの丘のあたりの人という、ハイドの公園
という、そこの近くである。古い記憶の片隅で
ある。

 このハイドのちざという。地の座という。ハイ
ド・レットスという。山そめのしそるら、という。
この日の言いという、ラレンファールゥという。
ハイドの地を、らっかけ、という。この『ら』が
古い、らのべ、という。古いハイドの日本の
呼びである。今のイギリスのハイドの公園と
いう。この日 、すでに、ハイド公園という地名
であったこととも。後、パッツという、ギロギロの
メロメロという、これが、古いコックスである。

 これがまた行く、さんとれの旅行という。今の
長岡京市の、向日冠白という、ここの空港から
の行きである。超豪速のシャープ・ラントスである。
向日冠白の空の管制用語が、オール・コックソン
という、こくさらみの言いという。ロンドンをパットン
という。パットン・シーラクという。これが、新しい
ハイドの地の言葉である。ハイドをパットン・シー
ラクという。シーラクという、フォンソワの地のフラン
ス・ラックという。古い日の、ロンドンのストーン・
ヘンジという、ここの住まう人の言葉という。

 フォンソン・ランドンという、ロンドン・ランドンの
言いという。古いロンドンの人の言葉である。
フランス語の係のロンドン・じんびつ、という、
コックスのフランス語がかりの言葉という。
ラールロンともいう、言葉のことである。

 このラールロンという言葉が、ニューヨーク
島の言葉でもある。フランス語がかりのニュー
ヨークという、これに、京都府向日町の太
極殿の言葉を使う、二語を使っていたニュー
ヨーク島である。太極殿のブーズー語である。
今の日本語である。ニューヨーク島の人は
ラールロンと日本語を使う人達という。古い
ニューヨーク島で沈んだ島である。世界各国
の人がいた島である。沈むときには、皆、いな
かった話である。全部無事である。
ラールオンソンというお書きである。
【アフリ・ノソンガ】
 アフリカのノソンガ村の人という、一緒にい
た人である。中国のチャッスビーという町の
日人ともいう、中国人のたちつられ、という。
一緒に場所を移動した人である。沈むとき
である。私の記憶である。

 この頃のことという。ないさきのお書きという。
チャーレラのパユッソベという。

 レッド・パンチャーの一緒に入れた人という、
中国人である。今もおられる私の思いである。
古き日の世界、南アフリカの喜望峰のきませの
人という、きっぱという言葉の場所である。

 オーストラリア・シドニーの行きである。シド
ニーの浜辺の住まいである。ここからキャンベラ
特別区という、ももせらのお行きという。
キャンベラの特別区をロールツという。この
ロールツの言いがある、キャンベラの特別区で
ある。5、7、5の日本語の田という、ここで
歌った歌である。紫宸殿の猪である。キャン
ベラに日本語がある。俳句がある町という。
ニューヨーク島の住まいの隣の住まいの人で
ある。俳句の得意な人である。上の歌である。
川柳の町という、ニューヨークという、オーストラ
リアのキャンベラという。英語の俳句も作る人
達である。

 キャンベラ特別区を紫宸殿町という、紫宸
村という、この紫宸殿、大阪の浪花の埼玉という。
埼玉の紫宸殿である。河内長野という、かわち・
にょーはる、という、埼玉のことである。

 また行く埼玉、関東の埼玉、長野埼玉、大阪
河内長野の埼玉、紫宸殿という、建物、場所が
ある村である。外国のニューヨーク島の、北の東側
である。紫宸殿という建物がある、京子という名前
である。京子という紫宸殿である。ここを、シットンと
いう、しれせれ、という。シットン・パールレーという、
しれせれの宮町という、鳥のひきさき島という。

 これを、かよきき、という。かよせらの、しばする、と
いう。これが、花芝のことという、芝花ともいう。
外国の場所にもたくさんある、花芝の地という、
英語で、すっされ、という。フランス語の使いの島
である。オーストラリアらんとれ、ともいう。

 オーストラリアのサンタクロースという。オーストラ
リアのいよさみやら、という。全部、脳の文である。
地名が脳の部分の名称である。これの縮図が、
今のアフリカの頭という、アフリカ地図の都市名が、
脳の部分の名称である。

 古ブーズー語になる脳学である。古ブーズー
語の地名が、脳部分の名からできている、これが、
ブーズー語の一つの言葉の造りである。ブーフル
という、べもそめのうゆそゆ、ブーズー語のことで
ある。

 みなせの町のナミベ山という。アンゴラの国の
水辺の町という、ここが古いブーズー語がある、
一部、日本語が通じる場所である。地の山の
裾という意味である、アンゴラという。
紫宸殿の5,7,5がある町である。古い山の
お書きという。舌に皿をのせる古い風習の町と
いう。サルーという、ナミベの町の別名である。
 外国の人もいて、小さい猪がいたことという。

【歌詞解説】

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』

 
 

2022年01月08日

出発1680 大きな力 :イカスミ柳

腹を横に書く。
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音楽
【曲名】 出発1680 大きな力


    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/08
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/08
    監修、ほうきき・正        2022/01/08
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
大きな力の 波寄せて 潮風が
頬なで 浜は 深緑木々そよぐ
帆を上げ船行く 新しい春の世に
人朗ら 宮辺の三宮 きれいな座敷に
座り 賜る扇

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/08
【大きな力】
暴力団に、健康安全を。

暴力、大きな力のこと。波の力などにいう。
【印刷】
 暴力のある所、浜辺という。ここで仕事をする
沖仲仕、漁師、港湾の労働者等、これを暴力団
という、大きな力の組、団である。この団の知らせ、
連絡に、団内の新聞を作る、この印字の印刷
の仕事、印刷業という、暴力団の印刷という。

 これで、暴力団が、海辺に出て行く 。全国の
海辺である。昔の、沖崎るか、という。沖の場の
組印という。暴力団印という、発行の印刷である。

 この印刷業の言いの暴力団という。印刷業を
請け負う組の人という。ぼっくせ、という。印刷の
印字の組の人である。
【舎弟】
 これが、よとむ、という。淀む印字という、印刷紙
である。これを、ていそり、という。『てい』を淀むにとる
、淀判(ていはん、てんはん)という。後、じょうらぎ、と
いう。てっそむ、という。手を染めるという、仕事を
することである意という。せっと、という。手を染める
ことを、せっと、という。せっと淀判という。これをする
人を、舎弟という、印刷の業に携わる人という。

 この舎弟のことを、淀みま、という。よっとけ、という。
よらぜ、という。これの言いの、くらす、という。舎弟の
世をいう、印刷業者の日常である。

 くらす人という、印刷業者である、これを、組しぶ、
という、組んだ組のことである。主に浜辺の印刷である。
いっせらぎの組という。後、暴力団という。普通の
人達の集まりである。
【養蚕】
 寺の養蚕という、この寺の蚕の力を暴力という。
この蚕を、暴力たんはむ、という。後、みっすべ、と
いう。たまう山やら、という。山という蚕の集まりで
ある。
【耶蘇落】
 キリスト教の耶蘇落という、これを、ちょこすれ、と
いう。今のチョコレートを作る仕事という。キリスト教
がチョコレートを作る団体である、集まりである、
この団に、ちょっそく、という、チョコレートの仕事である。
この団をチョコレート団という、キリスト教一般である。
この暴力という、小さな善力という。キリスト教の
女性の仕事という。

 暴力という言いの諸相である。今風にいえば、
昔の言い方という。
【神戸】
 宮辺の三宮という、神戸のことである。この『
神戸』、古い、長岡京の友岡辺りという。水辺
の、まけさり、という。造船業の場という。暴力の
造船という、暴力団業という。造船会社の古い
言いである。
【神戸三宮】
 これで、神戸へ行くという、今の兵庫の神戸で、
宮辺の三宮という場所という。今の三の宮辺りである。
古い日に、侠客御所という、ここから訪ねた三の宮の
団という。そこの家の歌である。

 皆、浜辺の仕事をしておられた人達である。
扇を戴いた話という。今は、手元にない。

 ない話を書く人である。当時、暴力団といっていた
ことという。ここの座敷である。侠客御所という、
今の京都御所の人ともいう、たくさんおられることという。

 印刷業をする暴力団という。暴力団の一意味で
ある。

 暴力団に健康と安全を。
広く、印刷業、造船業とも、この人達に健康安全を
、という。

 健康な体で安全に仕事をしてくださいと、暴力団
にいう人という。周りの人にも安全をという、いちいち
私が言うまでも無く、考えている人達である。

 神戸三宮の宮、京都ごゆほめ、という、古い暴
力団の言いである、暴力冠語という。ごゆ、ともいう。
京都御所のことを、けりさま、と呼ぶ、京都の暴力
団である。一般に、かっくり、という、京都御所の呼ぶ
呼びという、暴力冠語をかっくり、という。警察にも
用いるのである。警察を古く、浪士という、浪士団、
浪士組という。暴力しまり、という。島の里という。
警察のある所を、暴力里という。キリスト教の小さな
善である、小善里という、耶蘇団という、場所でもある。

 警察に、健康と安全を、という。

これが、落ちである。物事のしまりという。決である。

余談。
 友岡という、友岡である、友岡の『友』の意である、
上の文である。これを、ともじょれ、という。『しら』と
いう場所である。

 『じょれっさん、びた』という。じょれみの言いという、
これを『しら』という、古い三の宮にもある、浜じょの
言葉という。ぼふれめ、の言いという。
ぼふという、暴力のことである。大きな力のことである。

 細長い舟で、たくさんの人で漕ぐ舟を、暴力艇と
いう。後、競艇にも使う、波の力を乗り切る力という。
波の力を、乗り切り、という。乗切(じょうせつ)の、エル
サンファールルーという。古い京都壬生の舟屋である。
浪士漕ぎという、ぼふつれ、という。
古い話である。新しいよい話である。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2022年01月09日

出発1672 カザフスタン・千早 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発1672 カザフスタン・千早
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/08
いざ伝え カザフスタンの おとゆまら
【千早赤坂城】
 大阪に千早赤坂城がある頃、我が家で、『カザフ
スタン』という新聞を作っていた。千早赤坂を、かんめく、
という冠語をとる、かんまく、という。かんまくろんき、と
いう。このカザフスタンという、今、出ているロシアの国と
いう、めてぶ、という、当時の呼びという、日本冠語で
ある。

 この冠語を、ろこきく、という。場所を、ろめ、という。
めるせれ、という。この城に住まう、あかめはんたり、と
いう。相芝の、はませいっきす、という。
【当時の通信】
 この頃の通信という。『トオ』という、通信音を発する
、れけてさ、という、通信の言葉という。これを、りお
せる、という。りおせるのおっぱね、という。みれを、水戸
へ打つ、みとゆそ、という。このみとゆその、押し手を、
つうふみ、という。今の、キャット・キーという。キーボード
である。

 この通信に充てる、いきそき、という。これを、れぼん、
という。れてそれ、という。こりからの・るいすい、という。
むべざば、という。ろっきく、という。れてその言いそみ、
という。これを、るみふみ、という。

 この通信を、今のカザフスタンへ打つ、あるてら、と
いう。カダサフスタン連立という。後、おっしろし、という、
今の、ロシアから打つ、ろろするおりせる、という。
ロシアまっかく、という、通信である。これが、当時
の通信の一法である。

 これを『よもそれでとる』という。千早の言いという。
赤坂れんめの、こしろり、という。通信を、ろっきせ、
という。あたやたのよべそられる、という。通信のこと
である。
【ペトログラード】
 この日、ラロスルという場所の打ちという。ラロ
連の、ほいおみ、という、今の、ペトログラードである。
アローシア・ランテスという。ペテルグラードの地である。
おおゆまの・はなゆみ、をとる、れそれろ、という。
これを、かざふり、という。後、風原という。

 この風原が、今の、カザフスタンである。かざすれの
地という。風が、強く吹く、カザフスタンのこれすり、と
いう地という。カザフスタンのこきゆき、という、場所という。

 たむせらのたりたり、という、場所である。これが、
千早の城の言葉という。後、千早の言いの、とっ国の
言いという、今の外国語である。カザフスタンの言葉を
使う、とのふもの磯見という。いっそべ、という。これを、
とっさけ、という。れてほて、という、れとろ、という。
やんばずの言いという。
【クーデター】
 これで、でた、という。この『でた』今の、クーデターと
いう。クーデターの『デター』である。国のことである。
後、く・せまられ、という。りくう(理空)という、りじょはる
の・ぽいほい、という。これを、めみふら、という。
御所の赤由良という、その場の磯ゆそ、という。
磯見原の一地という。いべすめ、ともいう。場所が
千早赤坂である。またやたの・れそん、という場所
である。ろりそっくるの・れてそ、という。まみせるの場
所という。

 ここの言葉を、ろめふみ、という。あいさら(相皿)の
いきとし、という。城を出た所である。ここわ、りはます、
という、いきとしのことである。

 ろりさるのおっと、という。おっとれんせい(連勢)、
という。これを、つうしら、という。しらという、言葉の
ことである。通信のことという。しらら、ともいう。後、
白(しろ)という。この千早赤坂の城という。どちらも、
城と言い、白という。この言いを、ろりんず、という。
ろっけまるくの言いという、ろりんずのことである。
【ウラジオストク】
 カザフスタンへ行くという、航路が、うじ原という、
今のウラジオストクという。ここへ通信の設備を作る
、これをしに行く、する行きという、通信設備の作り
である。まいろんはっけく、という。通信を、マラセル
という。ランローのおくきり、という。きりふみの・たよ
ふり、という。しらっすさっくす、という。『さくす』が、
冠橇(かんそり)である。橇で行く、ウラジエカトクと
いう。これを、めせるべ、という。みよと、のお行きと
いう。アルセン・ランフラーという。

 これのことを、うらすり、という、新聞に印刷した
ことという。古くのカザフスタン字が書いてある。
千早城の城の置物である。
【カザフスタン】
 この置物に小さい判子をつけたことという。今の
訂正印である。名を、ほふれ、という。判子のやい
かり、という。判子の造りをいう。判子のあとゆみ
(後弓)という。これが、行く通りもの判子を置いた
のである。後、判子の・えいてい、という。打つ面を
、てい、という。これを、らめ、という。あいたいの
そい芝という。ラルオンテスという、古いカザフスタンの
古都の言いという。

 この『らる』を、とん、という。今の『トン』という。
ウェリントンという、この『トン』である。色んな所に
『トン』がある。みっぱつのおりそり、という。『そり』が
橇である。『トン』という所が橇を使う所である。
【京都府長岡京市】
 この頃のカザフスタンという、世界の『トン』をいう。
この『トン』が、カザフスタンの発である。カザフスタンが
自分を、トントン、という、とんせま、という。これが、
通信のかいさま、という。通信の相(あい、そう)という。
通信の姿である。りりさる・おたり、という。この『たり
』が後、鎌足の名になる、場所が、今の京都府長
岡京市友岡の辺りという、鎌足原という。古く、友
槍があったことという。後、槍が噴火し、残った山が
二つになる。双び山という、そうざん、という。友岡
双山という。後、舟を作る友岡という。この友岡の
しら、という。言いをしらという。これを、はっすべ、と
いう、言いのことである。

 友岡の言いが、千早赤坂の言いという。カザフス
タンの古い頃という、後、ウラジオストクの古い言いと
同じになる、この日、既に同じである。これを、ウラジ
オスタンテク、という。ウラジオスタンという、両の村を
そういう。

 これらを、やまる、というまとめをする。このまとめを、
ロッキスという。ロシア・ランデーという。後、千早赤
坂のとっ国語を、ロシア語という。これが、千早赤
坂の城の話である。むみすの城という。

 日本を興す城という、千早の城とぞそ。
大阪河内の城である、今の河内という。
ペテルグラード、今のレーニン街という。
レーニンパッセラーという、カザフスタンの古い
言葉である。レニングラーヂをいう、みってす・やまくく、と
いう、アルテラの言いとぞそ、冠語である。
【クーデター】
 クーデターという、言葉を話すことをいう。らてされ、と
いう。後、交野(かたの)の山のお言いという。かいせるの
・とりおり、とぞそ。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 1/10やすみ  

2022年01月11日

出発1682 首里 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発1682 首里
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/11
【首里城】
 首里城の奥にカラがある。そのカラが、コリをメ
という。これを、からせら、という。れってす、という。
今の英語のレッツという、レッツ・ゴーのレッツであ
る。このレツの言いの、ついかる、という。この、つい
かるをコンパベという、めっべ、という。めるてれの
言いという。らるてのおりそり、という。これを、
メンシャーラーという、古い首里の挨拶という、
メンソヘレの古い形である。これを、沖らんぜく、
という。めんてすの言いという、ラルースのおりすり、
という。これを、沖縄のエルコッツ、という。メンテス
・ロンセという。れるてのあいそみのあいたす、という。
この言いが、首里城の琉球の言いである。
【沖縄漁法】
 この言いのあいに、てをとる、という。てをほとい
う。この『て』を『こて』という。漁に『ほ』という、ほて
漁という、『て』を『ほて』という。沖縄の漁法である。

 この漁法に、暴力法という言いをする。当時の
沖縄の琉球の言いという。漁師の言う暴力法で、
この漁師を浪士という。浪の人という。古く、壬生の
浪士という。どちらも漁師の意がある。
【侠客御所】
 広島の漁師という、地の言いに、暴力師という
暴力士とも、漁師のことである。同じく浪士という。
これの広まりが、日本の全国の暴力士という、
暴力団の話という。港町に出る暴力団という。
広く漁師をも含める言いとぞそ。
かよての山のお江という。漁の手を、かよて、という、
ほて、こて、かよて、という。これわ、ぼめふり、という。
この言いを、侠客御所という、また、革命御所という。
侠客御所も革命御所も、この言いを使うことに、
パテという、今に建築に使うパテという、この建築業
周りを、ごかげ、という。侠客御所の言いをとる、
るぼぜる、という。建築業のパテがこれである。
この建築業を暴力周部という。大きな力を思わす
、暴力という。暴力周部業という、侠客御所を暴力
周部という。

 これで、暴力を言うひに、御所がつくのである。
御所の人浜という、ごめせらのごいそい、という。
キャット・ルットという。キャレット・ロンクという。

 ねこを、ぼうつり、という。古くの寺の言いである。
犬の江という。これが、古い、キーボード類いの
言いである。レバンゼル・ランコスという。

 これが、時をレバンという。言葉を補いレバン
時という。この『レバン』が、琉球にある、かこの
言いという。かこを過去という、すぎた時という。
この『かこ』をカラという。から過去、という。
これが、首里の奥の言いという。カラが
あるという、言いの話とぞ。
【沖縄挨拶】
 カラの時のいいを、メンシャーラーという。後、
メンソーレという。琉球城の住まう秀頼という、
ひでよの住まいという、秀吉のわたの名という、
秀頼という。浪花の城の、あいどかれ、という。
今の大阪城である。西にイオントーブがある、
西をイスという、浪花の城の言いである。
東を、マク、という。
北を、モノ、という。
南を、フケマ、という。これが、大阪城の言い
である。西のイオントーブを、といふみ、という。
これが、琉球のカラの言いである。ふけさん、
という言いである。古いメンシャーラーの頃の
言いである。メンソッテともいう。琉球の言いの
古い漁師の言いである。漁師の挨拶である。
【沖縄利発】
 この漁師語のメンソッテを、そうにょみ、という
、日本語である。この『そうにょみ』の、『にょ』を
、りはつ、という。利発。

 利発の出の街という、琉球という、古い沖縄
の、くぐかけ、という。くらす、という。琉球の場所の
言いである。場所を、くぐかけ、という、くらす、
という。これが、くらすの場という。生活の地である。
くらす地の山という。山を話という。らるてのかいさま、
という、かいの言いという。こうすげのらうれ、という。
これを、革命侠客という。清水次郎長が、明治
維新にいたという話という。革命のおとゆみ、という。
【暴力革命】
 この通りの話である、清水という港の話という。
侠客が港へ出る、革命の侠客という。暴力革命と
いう、この言葉への、一接近である。アプローチ・
ワクションという。

 革命の担い手という、暴力団をそういう言いが
ある。これを追う浪士という、これに付く浪士である。
壬生浪士の幕末の維新期という、革命浪士という
言い方の警察という、刑法の警察という。警察の
医学をいう、警察医学という、暴力団という。
医学の、ぼうふみ、という。医師団を、ぼうらんぎ、と
いう。代表を白い着にとる、警察の出の医学という。
【警察の鉄砲】
 警察が健康をよる本義という。鉄砲の撃ち方に
体側上腕中程という。右をとる右の方の体である。
色んな鉄砲の撃ち方があめひぃに、この打ちを、
といふる、という。カザレの国の打ち方という、今の
カザフスタンである。ぶめふめの打ち、という。
これを、りよかみ、という。やむなく発砲する場合の
警察の打ち方とぞそ。アルスタイレーの打ち、と
いう。琉球の警護の打ちでもある。

 秀頼はっすべ、という。豊臣秀頼の打ち方である。
浪花そっはう、という。はっすべ、という。漁師の、
いかげやり、という、槍を使う漁法という、はっすべ、
という。冠語混じりの文である。
『はっすべをはる』という、れおてろんるう、という。
はるんせるの言いという、単に、はるん、という。
ここれを、るらせるの言いという、流浪ともいう。
流浪のおせゆせ、とぞそ、言いである。

 流浪言の警察、暴力団、広く、印刷業、
造船業、漁師を含む、たいそむ、という。
広く、沖縄の言いである。冠語で、はるん、という。
【イオントーブ】
 大阪城に返して、いよっぱんすめ、という、イオン
ハットブという、この『イオン』を、和国語という。
わんれめのお言いという。和国イオンという、ハルン
レーテルという。遠くカザフスタンをハルンの国という。
イオントーブの言葉という、大阪城を、めっぱむ、と
いう、これが、イオンハットブである。遠く、アメリカの
ダコタという。古い日のカリフォルニア半島の付け根
をもいう、ネバダらんるき、という。ここを、バネダと
いう、日本の御台場という、古い日の、静岡の
付け根という、その辺のおだいという、御台場の
いみそ、という。付け根の台山という。これを、
いよ、という。後、伊豆の国という。いよという
言いである。卑弥呼のことを、いよ、という。
【御台場】
 この御台場を、むんばく、という、卑弥呼の頃
の、コロポックル、コロッポという、れってむそうよう、
という。コロポックルの言葉という。ろろんすの・
おいさま、という。日本のことを、ころすけ、という。
ころせるのみなばず、という。この『すけ』の雲助が
この場の名である。静岡の付け根という、雲助と
いう。つづれおり山、空を見上げる姿という、雲が
かる山という、旅路の、あまみあげ、という、空を
見上げる旅の姿という、『おひけえ、なすって』の
格好である、一名、雲助という、三度笠の雲助
という。現代様、雲を見上げる姿である。背広とも。

 背広のことを雲という、ズボンを、まく、という。
雲幕という。袴ともいう、古い言いである。
和服のみに用いる袴である。
【雲助三度笠】
 三度笠の袴、雲れくんさみ、という、侠客御所の
言いという。この日、侠客を薬売りという。やくざ、と
いう。薬の座である。

 三度笠で薬を売り歩く、越中富山の薬という。
富山三度という。古い日本のことである。
【アメリカ・ダコタ】
 アメリカのダコタという、ここに、三度笠姿の米人
という、古いアメリカの薬売りである。鉄砲を持つ
薬屋である。この姿を、ラッキー・スタイルという。
薬をラッキーという古い米語である。シンタワの
お言いという。らんぶずの・いそみる、という。
ノース・ダコタの場という。アメリカの薬である。
舎弟薬という、射程薬である。
【お里】
 侠客御所を、り、という。これを、里という、里御所と
いう。私の里という、しらりる、という。冠語の言いで
ある、東京の青や御所という、里という、私りの・すべ
らみ、という。すべらみを、すめらみ、とも。れっする・
かゆてす、という、れろんの言いという。
赤坂を、みばせま、という。ここを、私の里の隣りという。
私隣(しりん)という。私隣そわ、という。東京皇居の中
である。
【東京赤坂】
『私隣そわ、ゆってさ、ろっこそ、ゆりゆったせ、
 あんらきる、ゆってすってすってさ』という、熊本民謡の
発の場である。これを、イオン数組という、赤坂を、
りんざみ、という。ここを、ふるさみ、という。古く、
りんふるる、という、赤坂のごぜ浜の言いという。
古い日の私の住まう赤坂という、今の東京ごゆほめ、
である。東京の、とっきすぎ、という、突発の皇居という。
これを、革命るれ、という。革書の山の言いという。
革命を尊ぶ赤坂である。

 赤の革命という、レッド・レンゾンという。これを、
れぼるりら、という、古い琉球の革命という、カザフスタンの
言葉でもある。赤いなよれ、という。赤の革命の話である。
ふくすりかわのお書きという。天皇の査察を尊ぶ、
赤坂こうかふ、という。古い日、赤坂の港であった、
山の港という。

 ここを出る三度笠姿という、宮の浮き姿という。
これを、宮人という。万葉集の中の旅の歌がこれである。
宮人という読み手という、詠み人知らずとも。若い人で
ある。
【東京赤坂和歌】
 『舟は岩舟、木々山ゆかる、あかゆさるく、
  せつせつるるす。』 赤坂の頃の冠語の和歌である。
上、数行のことである。
 この歌が首里城という、首里城興しの歌である。
レッド・ゾーンという、首里城のことという。

『お里こいしや、里ゆかし、赤坂ゆらら、せろべろす』
『ゆたらすめ、せみらすりるり、そみそれる』
『ゆたせらず、ふいすいそよす、そろるして』
『ままとらす、ごっけすっくれ、らぞるらふ』
四行を、とよすめ、という。和歌であるひの、かそめうた、
とぞる。そっての歌という、古い赤坂の歌である。
冠語という書きである。冠語せんからの歌という。

 懐かしい東京の赤坂麓の、雲助陣という。 三度笠
姿の陣やっき、という。陣屋着。雲助の城から拝む、
山空雲である。古い日の東京赤坂麓という。京都を
呼ぶ、雲助のヤッホーという。京都よますめのういすい、
という。懐かしい冠語という。里の言葉という。
私の話である。

 御所出という、この御所を、むされま、という、里という。
古い、八千草の夜学校という。八千草のお山の学び
という、大おしい゛さんおらるおらせら、ゆいしょ、ありるる、
せとらすいふい、せられ、そしそす、るるらる、りみて、
すそよぶ、すめらっしょ。
 八千草の砦という、壬生かっすぐのせと、という。
水戸陣露という。じんつゆ、じんろ。
これを、パリという。これを、みとっぱ、という。
パリ・ファーゼという、壬生野ことという。
ファリルラーともいう。

 遠く、陸奥の仙台に、このことをとる、仙台を、こっくき、
という。ここの言葉という。ファリルラーという。後、仙台
交範という。空の言葉を、カザフスタン語を使う、陸上を
ルルチョッソンというね朝鮮語を使う、海の、あいさりら、
という、あいして、という、ブーズーという、ブーズー語を
海の言葉とする、海隣の居間という、きょうらぶの言い
という、仙台という、これを、ドミットという、ドミステーと
いう。やぶれたーの仙台語という。

 八千草の砦を訪ね、学びをいう、大お爺さんおられ
らるるれ、大お婆さんおらるるるれれ、おいさせてせ、
そしるさっれ、しそめす、えりやる、すらるら、やっつれ、
ろりせ、るりする、そっとす。

 八千草の砦という、卑弥呼浜の巻向(まきむく)という。
後、梁木針世(やなぎはるよ)、丹波市市の、くっけきかか
、という、かるせるの岩の屋という。今の豊田山墓地の
向かって右の小高い山という。その山の住まいという、
岩造りの屋である。せんさび山という、そこの住まいという。
後、東藤藩という、ひっそむ、山すみ、という。後、
四〆縄ふら、天皇査察城という。白の建物の中に川が
流れる造りという。

 これがある日の、奈良郡山城という。ここの住まい
である。なつかゆっかく、せとよすみする、れろほんる、
という、るみすれの郡山という。長くいた郡山の城で
ある。その付属の建物にもいた、郡山のいゆらぜき、
とぞ。郡山っ子のお書きという。

 懐かしい郡山、今もある、私の話という。後、千早
赤坂城に住まう、後、河内長野という、さこの、埼玉の
屋という、御所という。埼玉ぎよふ、という、ここへ住まう
山里のすいさま、という、やまりやまざとの話という。
『こっちょらせっく』の言いという。
『こっちょふ、らっき』という、かちんなっくの言いという。
河内長野(こうちながの)を、かちん、という。
かちんの言葉を、かちんなっく、ひれを、ナボクフ、ナボコワ
という。これが、赤坂千早城にもある、ナボクフという。
ロンセルラーという、れんみれの言いという。今のロシア
語である。ラローレンテスの言いという。しっぴす言いとも
いう。ダーロローという、ダロレロの言いという。今針語と
い、ロシア語である。ナボコフ語という。
ダーイス・ヤッツのお書きという。

また行くノルトス、これなるを。

出発1680大きな力
http://akinokori.sblo.jp/article/189257359.html

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 
posted by 秋
 12 やすみ
 

2022年01月13日

出発1700 万愚節 :イカスミ柳

出発1700 万愚節 :イカスミ柳
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音楽
【曲名】 出発1700 万愚節


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/13
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/13
    監修、そうきょう連      2022/01/13
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
万愚節の日 道向かい 歌歌う
この日 世界の人は皆 歌歌う
同じ時 声を揃え  列に並んで
川に向かい 山向かい 海に向かい歌う
健康安全 これを世に歌う

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/13
【万愚節】
 若い人は歌を歌うという。万愚節の日という。
(1月13日)、夜に歌うという。古い頃の万愚節という。
ジョージ五世のお教えという。我が家の万愚節という。
 愚か日という、この日の愚か日、愚か夜という。
健康を願うのだという。イギリスで歌い、日本で歌う。
ロンドンのストーン・ヘンジという、外へ出て道に向かっ
て歌ったという。
【ロンドン、ストーンヘンジ】
 ロンドン、ストーン・ヘンジの小さい一室の畳の部屋
という。そこの講義である。部屋での御指揮という、
座って指揮をされたジョージ五世という。御兄ととも
に歌った歌という。その歌である。翌る日、外で歌った
という。花山の夜の音講義とぞそ。
 歌の教えという、後の、ヒューマン・マインド 人の心と
いう、講義の一話である。
【庭の千草】
 伊草の歌という。『庭の千草』という歌という。今の歌で
ある。イギリスの人の歌という。イキリスの人の心である。

 私の古い記憶であるという、若い人という。また、こん
な日が来るという。
【世界の万愚節】
 世界の人、みんなが、同時刻に歌う日が来る。
安全健康を願う、人の心という、世界の人、皆、
同じ心である。ジョージ六世のお話でもある。
【ロンドン、本初子午線】
 この日、ロンドンの本初子午線が決められた、
ストーン・ヘンジの上という。
 庭の千草という、イギリスの伊草という。周りに
生えていたことという。この伊草の畳である。
ストーン・ヘンジの一室という。後、また、この歌を歌う。

 日本で歌った、万愚節の歌である。夜に歌ったこと
という。イギリス思い歌った話という。

 今もおられるという、ジョージ五世六世の御方という。
アーサー王の手紙の話である。銅像への手紙という。
ふと思い出したロンドン、ハイド・パークの近くであったと
いう。アーサー王もおられるのである。

 また行くロンドン、懐かしい所という。ちゃっとく、という、
てれすれの・はとゆと、という。わたべの山のお書きという。
綿山の辺という、緑の千草という、なゆなゆの・おゆさま、
とぞそ。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2022年01月14日

出発1710 万愚由来 :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発1710 万愚由来


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/14
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/14
    監修、そうきょう連      2022/01/14
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
万愚節 私 岸に立って 川めで
犬連れ 共に歌う 魚は顔を出し
春 小寒空 足の草めで
人の世は情け 世 義理偲ぶ
しらら歌 弓弦ひけば 陽を
背に 矢は飛ぶ


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/14
【万愚節】
*世、義理偲ぶ : 世に義理を尊ぶ
*しらら歌 : しらら津のこと。後、白津(しらつ)
 すきのえ・しらつみ、後、白村江。
 しらつらふりのより、という。万愚という、
 万愚崎という。
『世に』という時に、『ヨオ』といういい。
【藁の矢】
藁で作った矢をあげたこともある。大きな
矢である。直径20センチ程の、全部、
藁でできている。この日、葦でつくった矢である。
長い矢である。誰もいない所であげた矢という。
しったすれれの・行い、という。れっつれすの弓と
いう。広河原の白村江(しらすきえ)という。
チョッソン・ラールゴーという、れめるれの・あゆっそん、
という、鮎村の鮎幟という、後、鯉幟という。
矢を鯉という、鮎のことという。この魚が顔を
出した魚である。
 しろがて、という、白い岸辺である。白村江と
いう場所である。はくそんこう、ともいう。

 陽を背に矢は飛ぶ、という、陽向かいの矢である。
後、旭日旗の図案という。やますめの・おじょうらま、
という。れれすれ・といくし、という。今の旗である。

 といくしという、旗をいう。後、旗のあつらえになる。
矢旗立という。やばたたて、やばただて。

矢旗を『て』という。てっそ、という。てつむれ、という。
てれせのおいといいう。アロー・スカットという。
後、ブルメル、とぞそ。

 アロー・フラッグという、アロー・スカットが英語の
冠語である。アローを『も』という。モスカットという、
モスキャーという。スキャテラルウのいいという。
フラッグらんせいの世、という。らぼんてっす、という。
『らぼん』が『ぼん』である。盆。
【ろう盆】
らぼんの盆の日、万愚節という。後、四月一日の
ロートレルという、ろう盆という。この日を、おろか日
という、およよ、という、およよ日という。ろう盆のこと
である。るめとめの・るりえる、という。おうりるうる、
という、これを、ぼめてす、という。後、ぼんという。
ぼんぼめのお日という、ぼれてる・あるてる、という。
万愚の謂れである。今の四月一日を万愚節と
いう。世界へ出す謂れという。
【本初子午線】
 イギリスの『やっそけき』、という。イギリスの日の
呼びである。四月一日に決められた、イギリスやっそ、
という。今の耶蘇という。耶蘇の決めである。
本初子午線に合わせたイギリスの決めとぞ。
【ストーン・ヘンジ】
 岩に向かって、ごんぺくの矢を射る。この言いの、
岩屋の周りに、斜めに柱をつっかう、この環状列石
のことという。ストーン・ヘンジ・ピラーという。斜めの
つっかい棒のような柱である。つっすめ、という。
つれらる山のお江という。これを、江絵(ええ)という。
えいえ、という。絵家、絵画屋という。

 絵に置く、やますまれ、という。やだつ・といほり、
という。やだて屋という。矢を立てた家という。家
全体が矢を立てた造りという、柱のこととも、
つっかい棒である。
【原始人】
 この屋に住む人を、げんどれ、という。後、原始
人という。げんらんらん、という。昔の、今の京都の
向日町の北大極殿という。大極殿の隣りである。
あまされの造りという。大岩造りの一工法である。

『いよ』という、『よお』という造りである。
世造りのやためり、という。ためりゆらふり、という。
たおせる・ろりやり、という。メルレンテスという。

 万愚の頃の造りである。この日を、万愚節期と
いう、今日のことである。一月十四日。
【イギリス、ボーンマス】
 また行く、ボーンマスという。ボーンマスにあった、
岩屋に藁の屋根をまく、周りに、まっすぐに柱を立てる
、壁に沿って柱が立っている、いくつかの数在という。
ボーンマスというイギリスの海岸の村という。
ふみすめらむ・おゆり、という。そこの住まいである。
ここでの万愚節の祝いである。一月十四日にする
祝いという。『ボーンマス』という語が入る歌という。

『ボーンマスくらし、とせられて、あるゆりせられ、
それおぐし、ささらずくらず、とおとせの、あるくずゆらす、
とりおぐし』 歌語。
『主よ、御許に』という歌の節である。『春由』という
歌である。

 世界で歌う 『春由』の歌、同時の歌という。
家で歌う、それぞれに歌う場合とも。同時革命と
いう、健康を尊ぶことである。同時に、自然、動
植物、物品をたとえる行為とも、万愚節の意である。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2022年01月15日

出発1720 暮色晩 :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発1720 暮色晩


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/14
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/14
    監修、そうきょう連      2022/01/14
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
赤い菱餅 緑白紙の三宝 だんだんに
こは万愚の備え付け 神前庭は幕張に
白い旗たなびき世々浜 竹は並び
数奇の寄席原の 白岩造り 道頓の
岩屋 我が家めでたくも たなびいて
七の色

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/14
【歌詞解説】
歌の『晩』は、昼のこと。
夜も晩という。
晩々の緑時という。晩の12時のこと。
始番とっくすの言いという、番晩の緑時とも。
晩という、これの対を番という。
昼を番にし、夜を番にする、逆もある。
これを、対らき(ついらき)という。ついたいの・るりせ、
という。るりるりのおゆそう・れてそれ、という。
ぬみぬみの言いという。
辺り全部を幕で張ったことという。ろう盆明けの
花よみ、という。はれせ、という。るみそ、という。
るみせる山のお張りとぞそ。

【ろう盆】
4月1日、万愚節。
 朗盆、ほがら盆 、うらやそのとみすみ、とぞ。
やるてその・やっきさ、という。めっせるす、という。
やるるやんせりの・こくくゆ、とぞそ。あるてらすの言い。
しっとすうかるの・こんくり、という。あたやたのこみそ、
という。

 盆の出しの手の記とぞそ。盆に字を書くペラゾレと
いう。バップスレルともいう。盆をぼんにとる、物をのせる
盆という、この盆の字という、主にシダレルを使う、説楽
(しだらく)文字という。古い盆にある原始人の字ともいう。

 この盆を、うぜさり、という。うざめざの・ときすれ、と
いう。この『ときすれ』の『とき』が、日時をよる、盆という
日である。これを、ろうとみ、という。ろうと盆という、
ろう盆という。れむすれの・るいふい、という。ふりさらの
意味という。『ふりさら』の『さら』が、地である、盆である。

 これで、ろう盆を、地にとり、日にとり、ろうか、という
、はいらずの世を歌う。はいらずの世という、よませみの
およよ、という。これが、世々である。日時場所をいう、
【朗歌】
 『ろうか』という、家の前の道を、『おろうり』という。
この『ろうりの歌』を、ろう歌という。ほがら道のことの
言いという、朗歌山の『おろうか』という。おろか道と
いう。『おろう』という意で、『いよう』という、『います』
という意という。『おろか』という今の言葉である。
平易な解釈という。およよおろか、という。
この世にいます、という。愚か在世という。
この一つの見解である。おろか世の話という。
『居る(おる)』意という。これを偶成という。

『たまたま、います』という、この『たまたま』を、地と
いう。地にある、たとえの言葉という。盆に見立てて
、たま盆という、盆のことである。

『みたま、おらせる』という、祖先を表す場合もある。
『たまたま、おられら』という、御霊の存在という、
常に祖先と共にくらすことをいう。
【同道、同行】
 仏教の言う、同道、同行という。仏と常にいると
いう。信仰をする人の気持ちという。キリストとともに、
神とともに、という。常時同行を説く宗教という。
【淀】
 郎盆という、いらつ、ともいう。いらつ盆のいらひび、
という。日々のいらりくを、よどせる、という。淀が、
水をいう場合、淀を、まどせり、という。この淀の場
を、まどむ、という、よどむ、という、淀野、まど野という。
  
 これが祖先に掛かる、よどまど、という。祖先の
おられる場という。この言葉の使いの神当という、
後、神道という。神道で、仏教の來栖をいう、
来世という、来世が、まどせり、である、よどまど、
という。死後の世界のことである。祖先を常に
思うことという。これが、万愚節の一意である。
【うそをつく】
 『うそをつく』という、『うそ』が、虚の世という、死後
ことという。『死後をつく』という、死後が死語である。
祖先のお言葉という、死語である。これを『しぬかっき』
という、死ぬ書きの、祖先を思うことという。これを遺言
という、祖先のことを重んずる書という、『うそをつく』と
いう元の意味である。

 万愚節という、これを死人の世にとる、およよふむ、
という。これで、ろう盆の盆という。切手盆という、仏壇
供えに使う盆という。葬式の盆である。

 万愚節の日に切手盆を使う、この『切』を繋ぎと
いう、繋ぎゆいふみ、という。死者と手をとる、繋ぐ
、やまほり、という。これを、ばんでっく、ばんでく、という。
古い日の、ばんときの場という。ばんでっく、という。

 この『ばん』で『およよ』をとる、偶成を祝う、たまゆまま、
という。これが、神道の、たまゆ、という、盆を、たまゆ、
という。たまゆそりさら、という。これが宮の言いである、
神社のことである。ばんだりる山という。神社を万朶
(ばんだ)所という。万朶の柵等(さくら)という、神社の
ことという、神社の中の柵を、しもやり、という、とすてむ、
ともいう。しもやる・ぱんせり、という。
【朝鮮語】
 この『ぱん』を、朝鮮語のような『ぱん』であると使う。
これが、『ぱんさんはむに』という、古い言いである。
これを、ぱんはむにる、という。これが、初期の神社
の言葉である。後に、朝鮮語になる。ぱんはん、と
いう、朝鮮語のことである。まどせるの言葉の延伸と
いう。ばりるっすりー、という。ぱり、という、神社の、
まどよどのことという、よどまどという。
【仏教の巴里】
 古い日の言いである、ぱりという、ばりという、仏教の
言う、あの世である。これを今による万朶遣(ばんだやり)
という。後、万愚節という。この日を、ろう盆という、
ろう盆の祝いともいう。祝う山のお絵という、江ともいう。
【英人作造、古神社】
『そうきょうろってさ、てむって・よめさ、
 さめてる・やってさ、ヨッテヨッテヨッテヨッテ』
上意である。
ろっくそのかりすりの解説である。開く節の話とむいう。
竹の幕のこと。『ろっこまっとく』という。竹から竹へ
幕を張る、古い神社にある幕張という。テラの『きそ
けめ』という、古い寺の言いという、幕張のことである。
【このにに神社】
古い英人の作った神社である。そこの歌である。
『そうきょうろってさ、てむって・よめさ、
 さめてる・やってさ、ヨッテヨッテヨッテヨッテ』
ロッコのやんさま、という歌である。
幕ゆかしき、青い袴の英人、御名を***さんといわれる。
神社の椅子にお腰掛け、たよたよの屋の御方とぞそ。
色んな国の人が参っておられたという。
【世界の人、参拝】
アフリカ黒人、『ブー・ジャンボ』
イスラエル人、『ディル』
仏人、『コマタレブ』
独人、『グート』
オーストラリア人、『コメラ』
米人、『グッディー』
中国人、『ミョンホー』
ゴンドワナ人、『ベルブ』と挨拶。
色んな国の人々である。

 祭主、青い袴の英人、冠帽姿。
巻紙広げて、誓文お読みあり。
ようそくのお祭という。新建の英人作造の
神社である。神社の門で立っていた若い人という。
名を、このにのやっこ、という。

アイスランド、『グッ』とぞ。
アイルランド、『セ』とぞ。
ロシア、モスクワ、『ぺ』とぞ。
ウラジオストク、『ル』とぞ。
通門の際の言葉とぞ、無言ありたり。
パプア・ニューギニア、『ヨ』とぞ。
他に、色々の国からお越し。
アイルランド、足踊りの人、大勢参拝という。
今は昔、世界今昔、人肌違えど、皆、同じ心とぞ。
ピグミーの人、抱かれて、神前、手会わせ。
仏人祭主なりたり。ヨーロッパのピグミーの人
とかや。後、アフリカのピグミー、各国のピグミー
という。世界各国の子供参列したり。
【今日のいき】
 これ、京の町の意気なり粋なるを。今日の町と
いう。大お爺さん大お婆さんおられおられる世、
今の世なり。大勢大勢の各国人なり、日本人とも。
後、ふち祭挙行せられ、大叔父御上、大声あげら
れ、『よきに、よきに、よきに、よきに』とぞ。
『ありるすらる、ありらら、ててるせ』。
【万愚節期よま】
 第四次世界祭という、懐かしき日である。
イボ族の人という、アフリカ奥地の御方という、
御名を、イ**という。イボ族の人である。
白い黒人もおられたことという。めのすりの山
の奥の世という所の住まいとぞそ。
世界、万物の健康を唱う、みことのりという。
万愚節期よまの日、この日のことなり。たくさんの
人であったことという、皆、世界の人々である。
何日にも分けて祭礼が行われたことという。
場所は、若い人の住む家の傍である。
【世界各国、通門時の言葉】
北海道アイヌの人、九州熊襲の人、北極の民族の人、
オーストリア(後、ニュージーランド)、アボリジニ、
『ハカ』と仰る。
オーストラリア、『カンガー』と仰る。
南ア連邦、『ティッ』と仰る。
アフリカ黒人の祭主、『ミヨミヨ、ナムナム・・・』
と、みことのり。

夜は夜とて、列席の食堂という、大お婆さん、
御母御上、お忙しの御手御手、色んな国の
人達とともの色とぞ。大お婆さんたすき掛け
かや、懐かしくにやありるらむらん。
世界の屋のお書きという、これなるを。

インドの人、『ツ』とぞ、お言いさりあら。
タイ人、『ミソレ』、
ベトナム人、『モミス』、
フィリッピン人、この頃、よせ山島という、
もますりべ、という、『ルゾ』とお言いありる。
アフリカ。ナミベ奥、『ボベ』とぞ。
台湾人、『ミョロ』とぞ。
琉球島人、『みょうそうふう』とぞ。
屋島島人、『ことん』とぞ。
硫黄島人、『ぐーみっぱ』とぞ。
秋田もんぺという、秋田の言いで、『みょう
ふうくう』とぞ。
青森人、『おどんてっく』とぞ、お言いありたり。
今の、おどんぱという、秋田祭りの青森風という。
ふち祭り列に加わりあり、おっつ山という。
むーみしーともいう、ふち祭りという。
九州、『ちょんでどんす』とぞ。
薩摩、『ちょわでごわ』とぞ。
肥の国、『あ』とぞ、また別人、『あとよ』とぞ。
四国阿波、『たつれ』とぞ。
四国土佐、『よいそ』とぞ。
九州五島、『みみふ』とぞ。子供とも。
島根鳥取、『よいとのい』とぞ。
京都宮春、今の、宮津、『よいかや』とぞ。
兵庫篠山、『よいデッカ、デッカした』とぞ。
岡山土屋、『ろろっと』とぞ。
大阪岸田城、岸和田のおそずり、城のこと、
『らろそ』とぞ。

バチカン市国、『よーやーるる、るられ』とぞ、
この子度は、今のバチカンの奥ざわれ、という、
そこの言葉とぞ。
フランス・パリ、『コマン』とぞ。
リスボン、『カッ』とぞ。
リスボン子供、『ミー』とぞ。
スイス、『タジー』とぞ、お言いそわれ。
皆、この日の、世界各国、通門言葉である。
他、後程。
【インド行】
 古い神社である。これより、共にインドへ行く。
ドッコの町という、ドイトルやもはも、という。
今のインドのベンガルという、そこに神社がある。
牛を祭るロ**神社という。今もある。
三宅山のお据えという。

 また行くイギリスの古い町、私の故郷という。
若い人はいう、『みのみみました。よろずひものの
あためられ。』と。生活の言葉である。

 イギリス遠くて古い御国、環状列石今もありたり。
歌を思う、古い日の歌とや。ロンドンふりるりの、
こよら、これたり。ロンドンの岩屋、子午線が通る
、やばりすり、という、子午線の古い言いである。
?斗雲(きんとうん)、岩に降りて、浮き沈み、
グラスゴー、今もある。沼世のグラスゴー、懐かしいにや。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』

 
 

2022年01月16日

出発1900 賜る扇 :イカスミ柳

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スマホ天神、スマホ天女方々用、こちらをクリックしてくださいませ。

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音楽
【曲名】 出発1900 賜る扇


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/15
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/15
    監修、そうきょう連      2022/01/15
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
神戸の浜を歩き 磯静かに
足跡見れば ふと思い出す浪花の組
組渡り 人生の花組 新し世は
必ず来る来る 明日
私やる 生きてやる 花の組
花の明日

右手に柳を持ち サクラ弓手 
声大きく叫び 健康安全の声
海遠く波は歌う力 漣、異国歌い
俺に知らす 俺生きる 夢叶う
花が笑む 俺の柳

人生位過去と 人は知らず
我が声 過去を呼び 過去に楊の
声入れ 億座敷 扇を賜った
あの日を振り返れば うれしい時
心に決めたことは 今の世に言葉となる

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/15
【歌詞解説】

 暴力団方々、柳を植えましょう。
健康と安全の為に。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2022年01月17日

出発1910 三宮の世 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック

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You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発1910 三宮の世



    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/16
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/16
    監修、そうきょう連      2022/01/16
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
奥の座敷ゆき座り 掛け軸見る
扇賜った時に うれしいと 声をあげた
見れば山緑 古式床しさに新た胸躍り
君ともに手を繋ごう 夢今叶う

静か静か時 胸は高鳴った 新た
年開けに 頭垂れた時 上げて
御叔父おられ 話された 胸の
奥しまう お声太低く 君ともに
賜った この日 確かな楼

神戸三宮 君と私の日 厳厳かな
末に広がって 渡る世間 鬼の世の
渡り 確か確かな楼 奥の座敷には
君私とともの世 鬼の確かな楼


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/16
【たしかな楼】
 神戸三宮の歌。確かな楼、確楼という。
新た年、すれ違う人、正装着飾り、朗ら
朗ら、厳かな中、ほほえまし余り余り、行儀良く
奥座敷へ歩く。この日、賜る御扇、末広がりの
世の祝い。
 ござきょう浜という、浜辺のあった頃。ふと思い
出した、古い古い世の記憶、幾度も訪ねた
三宮、我が友と共、という。
 きれぎれの思い出という。また、繋がれる思い
出である。今、有名な団体である。義理人情の
ある神戸、浜辺を歩んだ思い出という。私の故
郷である。懐かしく深く、ふくるる・おり山という。
ふくい思い出という。
 何度も頂いた御扇、今はどこへやら、大切
にしまっていたが、旅をしておられる話である。
 この日、友と共に戴いた話とぞそ。
【厳か宮】
 神戸三宮の日という、この日、三宮を厳か
宮という。厳宮、神戸市をいう、一名篠山市
である。大きな神戸市という、京都長岡の神戸を
含む神戸市である。この神戸市を、カントンマという、
フランス語のカントンマという言葉の市である。

 かゆれかっふれのお宮という。高楼の確楼という。
神戸ゆんたすのお町という。そこの中心部である。
今の有名な団体のことである。また、行く神戸、
『三宮ゆっちゅやっちゃ、とっとろ 』という。
『うたるやっとら、そっとろゆらせつ、ろっとろっと』という。
三宮の、だんてる、の歌である。
『よりろっと、ろっと、ろっと』という、続きである。
『』のこと。

 また行く、三宮、厳宮、ありる、おらさる、ゆゆたれ
らす、三宮冠語である、一名、暴力冠語という。
大きな波の力をたたえる言葉とぞそ。

 松の緑、吹くやさ、ささしぐ、という。漣のような
風という。るるせる・ありるら、やさゆらの・おいそい、
という。

 京ずみ・すれるる、ゆらさら、おりとり、これを、
組という。この日、*****という、組名かぐわしく、
ゆやありたり、すすよる・ふぬゆぬ、という。
私の故郷の組である。
【リハバン】
 リハバンの世ともいう。りはめなの・ふっせ、という。
渡る世の意という。厳か世、げんための・あゆよ、
という。くいすなまゆみ、ともいう、渡る世のことである。

 古い、げんどう・もみふみ、という。りれんせの・あっ
てす、という。わよわゆ・ありらる・るりふり、という、
これを、厳世冠話という、冠語である。後、リチタンと
いう、りはるらのお言いという。リハン・バーゼリという。
これを、リハバンという。リハバンという、もゆめの・あり
そい、という。京都の、めるせる、という。めゆっての
言いという。またゆた、れれす、ろいそい、むにふに、
めめす・ゆいろわ、という。この『ろわ』が、仏語の
『ロワ』という、カントンマ・ロワという。やゆやゆの言い
という、仏語のことである。

 また行くフランス・パリ、神戸三宮から、ロケットの
乗り行きという。扇を頂いてロケッテに乗ったのであ
る。我が世、春多いおおら、おおらかの青春という。
ぼからゆら春という。ゆなふのお書きという。
【H2-1V】
 ロケットの名を、H2-1V という。エッチツーワンブイ
という。和国の、ぼうふる夢、という。
 めざすフランスのパリという。リランスのいゆら、という、
フランスのエッフェル塔のすぐ近くという。これを、のれ
それ、という、うなぎのこゆっきし、という。やゆたる言い
という。力鉋の、打ち光、お打ち下さった、組頭の
御方とぞそ、大御叔父御上とぞそ。
ありるありる、かしこみかしこしの御光という。
ちからかんなを、火打ちと石という。

 神だしいだす・ひっぱすろめ、という。暴力冠話で
ある。古い昔の神戸である。また行くパリ、弓山の都
という。仏山のお書きという、神戸らんせらのお書きと
いう。

 『暴力団に光あれ』という、船員、造船業、印刷業、
漁師の方々の集まりという。
【やなぎ大切】
 柳さっぺの・おつゆつ、という。柳をたとえる暴力団
とぞそ。正(やなぎ)とも。対昭和、おおややなぎ、とい
う。この『やなぎ』の読みを、暴力団読みという、また、
造船読みという、古い日本の、普通の読み方である。
この普通を、やなふみ、やなぎふよ、という。

 やなぎ大切の世の中という。お話のことである。

 秋残り講義という私である、若い人という、柳を
右手に持つ人である。桜弓手を、わこしく、わこし
ぐ、という、わこうどの古い言いである。これを、組
の冠語という。京都七条の辺りの言葉てもある。
ロング・ヤッツという、ろぶふみ、という。ローラルとい
う、若い人のことである。秋残りの駄作という、
くらす人という。

 秋残りゆま浜の山の江という、神戸三宮の浜辺
のことでもある。秋ゆっかし・そいぐい、という。
秋ゆかしの・秋残りという。これを、ときまや、という。
秋をときという話である。駄作家の話である。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 
 

2022年01月18日

出発1930 確楼音 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック

スマホ天神、スマホ天女方々用、こちらをクリックしてくださいませ。

You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発1930 確楼音


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/18
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/18
    監修、そうきょう連      2022/01/18
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
愚か世の日 ピアノお弾き 食事時には、
楽しさ増え きれいなね音聞き 組の
やさゆられ しれされらの磯に まつぼくり
砂の実か 祝う岩屋 大き雲 白空に
鳥羽広げ

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/18
【確楼万花節】
 ピアノを、かくらきき、という。『ねおと』という言いをする、
せんさるめら、という。たゆすく・いとそみ、という。これを、
ラユンホアという。らぶせ、ともいう。

 楽しい万花節の一日のこと。夜、提灯の歩きという。
夜を、もさ、という。もよ、とも。もよもさ、という。
もよもさ・ありすらる、というねめっさるきの・らめらら、
という。めるおの・ふゆらく、とぞそ。

 天皇とはいわない神戸三宮という。てんと(天当)と
いう。アユランホアッルラーの・てそらめ、という。

 神戸なつかしくゆ、さふぁら・れすれ、れっとすうるう、
ありるられおん、という。神戸三宮の景の言葉である。

 こっこす・れらん・くっすく、という。めよよんて、という。
みみしらの海やりららの、たおれさ、という。砂の松の
意である。

 『さってゆっさ、てっささ、らおら、ろりおっすれい』
という。松の緑をたっとぶ、こよらまの掛軸(かけじ)
という。
【神戸の浜】
 神戸の浜、なれさま、という。なみなれの・ある
んれら、という、これを、なみよま、という。後、浪
の世という。浪をたとう言いとそ。
【漁師】
 ゆまゆまの・えばれんぎ、という。漁師の着物と
いう。漁をする、えばさめ、という。これを、暴力
ふらめ、という、後、ぼうすめ、という、後、暴力
組属漁師という。浪の力を乗り切る漁師という。
後、単に、漁師という。ローライレクの言いという。
漁師を、ローラレという。ろーすめ、ともいう。ろー
はるの家(や)の言いという、冠語をたっとぶ確楼と
いう。さってゆった言いという。漁師の言葉がこれ
である。

漁を、みっぽ、という。みっぽせみ、という、漁師の
ことである。『せみ』と、我が身をいう、これを、
みつぼう、という。ひそか山の言いという。みんばす、
ともいう、みりょっと、という。こを、ヨットン・フールルー
という。浜の言葉の漁師の言葉である。古く、暴力
冠話という、今という、漁師冠話という。組の冠話
ともいう。
【拍子木】
 懐かしい三の宮の一景という。清楚な姿で、万
愚節をいう、これを、組のよっとれ、という。組の式
という。歌の通りである。年革まるという、年革儀
式という、組の万花節の式という。行儀正しく、
礼儀正しく、なめ浜のきよきらき、という。拍子木を
使う万花節という。

 海辺の拍子木である。船の出航等に拍子木を
使う風習という。これで、古く暴力団が造船に関
わり、知らせを主とする印刷に関わる、広く新聞
になる。暴力団の業務である。広く海の関係の
組になる。暴力という、浪の大きな力のことという。
浪を暴力波という、暴力浪という。これを、浪波と
いう。波浪注意報という、一般に取り入れられた
言葉である。この通り港の波に関する組である。
港湾浪組という。波辺の言葉という、暴力の一
意である。

『船浦』
http://akinokori.sblo.jp/archives/20160120-1.html

【舎弟、頭】
 『おらんぞら』という、これを舎弟という。
『ゆべ』という、これを頭(かしら)という。
若いという、わっかまくくいすれ、という、これを
若頭という。

 舎弟も、頭、若頭もむ、一般の人の使う
言葉である。忖度という、思いやりという意という。
これを、舎弟忖度という、しゃっそれい、という。
舎弟という周りの人である。しゃるらっれい、ともいう。
これらの言葉は全部、やなぎが付いている。正し
い言葉という。やなぎさっぱつの言いという。
サルレン・ファールラーという。
【暴力団のやなぎ】
 暴力団には、やなぎがついている。
やなぎの代表を木の柳にとる、柳今白という。
柳という、由緒正しい人の常用語である。
『やれ、みっとしょ』という冠語という。くんはか、
ともいう、くれっすみ、という。暴力団に使われる
冠語という。今は、通常語の話という。一般の人
とも。暴力団員も一般の人である。

『暴力団にやなぎを。暴力団に健康安全を。』
という。暴力団も、健康安全を訴える話という。
舎弟安全という。
【看護婦】
 射程安全は、看護婦の言葉である、注射である。
看護婦さんに、健康安全を。ナイチンゲール・ロットと
いう、看護婦冠語のことである。ノヨットという。のべす
らめる、お言いという。

 暴力団所属の看護婦を、みよね、という。みよねら
のお言いという、ナイチンゲール・ロットンである。
一般に看護婦を、みのふり、という。アールレッテン・
ファールクーという、ナイチンゲールのことである。
 
 病院所属の看護婦を、みよふ、という。アールセラー
ルーという。看護婦の総称を、アールスッフーという。
これを領暴という、領暴婦という、看護婦という。
今は、夫とも。看護婦帽を、良帽という。
ナイチンゲール・ロットン・ハットンという。これが、
ナイチンゲール・ロットンと、ナイチンゲル・ハットンの
意である。みのふりと、みよふの、ことである。
ヌイットランクのいいという。ロンソラーともいう。
るいしく・まゆそめ、という、ラール・ラッテン・フールーと
いう。この『フールー』という、エイプリル・フールのフールで
ある。
【万花世の医者看護婦】
 看護婦の掛かりが出る万花世という。看護婦が
行列に加わることとも。ナイチンゲール・ルックで、
行列中ほどという、これを入れる、確楼らんき、である。
きつねこり、という。狐と猫で、きちふみの入れ、という。
恰好が猫帽子をいう、このナイチンゲールを、ろめっぷ、
という。路面婦という。これが猫の帽子を着る路面看
護婦という。今様いえば、救急車の看護婦になる。
医者を入れる場合もある、この医者を、まよふ、という。
まよん、ともいう。恰好が黒の医者の白衣である。
これに聴診器をつける、黒衣の六角という。六角医者
という。六閣とも。これが確楼の舎弟行進である。
3、4、5拍子の行進ともいう。しゃっかく・れっそれい、と
いう。神戸の夕方の話である。せきそむ・れっかん、という、
舎弟行進のことである。
 上品な話で、丁寧な話である。礼儀正しい人の使う
言葉である。舎弟等。
 
 古く造船業に、3、5拍子を使う、これの掛かりとそ。
4拍子、もちろんこととも。浪の律という、大波を5拍子
で表す楽譜とも。3拍子を漣の使う、ドナウ・らんとせ、
のお使い、という。
【聖徳太子】
 ゴンドワナ地区に、聖徳太子の話がある、アレキサ
ンダーという、この話が、きぬ、という、きね、という。
絹の道という、船の関わりという、大地を行く船ともいう。
アフリカの砂漠を渡る船ともいう。アレキサンダックと
いう、聖徳船という。古い日の、ぼうろく闇という。
アフリカ・ゴンドワナ・絹の道の周りという、この話がある。
後日。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

出発1920 組の万花世 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック

スマホ天神、スマホ天女方々用、こちらをクリックしてくださいませ。

You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発1920 組の万花世


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/17
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/17
    監修、そうきょう連      2022/01/17
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
組、柳掛け 飾って 万愚の節
皆、揃い浜向かって 柏手 歌う
手を高らかに浜向かい 歌歌って
安全健康を 羽織袴の大お爺さん
拍子木のお打ちされ

  およよの日柄 花飾る 色の餅に
  手合わす姿 組膳 きれいな器
  拍子木合わせ箸をとる 皆揃って
  楽しさを味見 ここ三宮 おろうかの
  そめ さり着のお年祝い

確楼の間に 詩吟され 袴山のお姿
厳厳か 和らぐお席 話は楽し 頬二重
口ほころぶ 万愚節の日の世、浪高らか
みらう時々 鬼の世渡りうれし


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/17
【歌詞解説】
*およよの日 : 愚か日とも。万愚節。
さりぎ : およよ着、万愚節の着物。
世 : 夜のこととも、世を呼ぶ、という。
    鬼の声という、キツネの声としいう。
    やなぎ山という。
浪高らかの、浪高、老公という、大公老瑠璃
という。めよせんてすの・いっぴす、という。あむ
せら山の言いという。れぶっそん・ぷうくく、という。
れぶせるゆまの言いという。
 三宮の冠語を、おいとみ、という、おいそま、
ともいう。かんさまの言いという。浪高らかの話と
いう。夜の波音のことという、これが押し寄せる
景の言いという。夜の浪という。山すらの言いという。
【提灯餅、家前に並ぶ】       
 この日に、歌の歌詞の内容の後、5時に
家の前に並び、提灯持つ、提灯を、あんざし、という。
これで、拍子木の音の後、歌を口ずさむ。歌を『春由』
という題名の歌という。
--春由--
『 小川の冬も神(かむ)さびて、
  うら若草や、燃えぬらん、
  春来(はるく)と告ぐる鶯の
  声の末こそ、たのしけれ 』
という歌という。この時を、闇ふま、という。
これを、ぼうふり、という。やむれまのろい、という、時間
である。これを、狐のかくすまる、という、確堂という。
ばれむるゆ、という、べっつむのお時とぞそ。
確堂ぎょうれく、という。行列のほのゆまらの・いそびら、
という。いっすゆっすの・ろいるり、という。
【万花世】
 これが、組の行事である。組を尊ぶ、万花世という。
万愚節のことである。日が、二月鼻という、二月初め
という。古い日の、神戸の万愚節暦という。一名、三宮
暦という。この暦の日である。旧暦 、万愚節という。
正用礼(しょうようれい)という。これを、万花世という。
 
 言葉が、万花の日の言葉という。よそう↑ ふみ↓ と
いう。上げ下げの調子とという。この言いの神戸の三宮
の言いという。組の儀式ともいう。また、一般の儀式も
これにならう。三宮の万花世という。遠く六甲の山とも。
神戸一帯の式とぞそ。

 低い声で、よそうふみい の、記念の言葉という。
後、歌を歌う。『 小川の冬 』の歌という。
提灯手のよきふみ、という。よい浜のお歌という。
【そりという、聖歌のことという、冠語】
これと同じ歌が、耶蘇教の『主よ、御許に』という
歌という。節が同じである。これの、教ほべ、という。
きゃますめ、という、歌の人という。これを、暴力冠
話という冠語という。暴力冠語である。

 よい浜世のお言葉という。やなぎ掛けという、着
物の羽織の紐の掛けという、紐結びである。私の
好きな、やなぎっぱおり、という。やなぎ葉山という。
組の羽織袴という。羽織袴姿で、やなぎ山の姿と
いう、やなぎ鬼ふり、という。これを、きつねゆみ、と
いう、ヤナンソレーという、ラユッテスのおりるら、という。
こめさまの・ゆいむらる、という。これを、やまらぎ、と
いう、着。山の着の姿という。富士つゆ歩き、という。
袴で歩く姿という。
【他し楼狐】
 これで、古い日の、狐のとま山という、これを、確
楼(かくろう)狐という。狐の面を付けることもある。
神戸三宮の、万愚世はまる、という。はめせめの・
るいっさま、という。万愚節の日の確楼周り、確楼
中心の神戸という。これを、めゆべっぱく、という。
『めゆ』夢という、別拍の言いという。拍子木の拍
という。拍子木の打ちである。めよすび、という、日の
拍という。

 めらすれれのおいんと、という。らるせむ山のお言い
という。大お爺さん最先という、後、行列の提灯持ち
という、大お婆さん、お添われ、ろますお列という。
確楼から出る、狐もろく、という。今の有名な組のある
所である。これを、正らみ(しょうらみむ、せいらみ)という。
いたりもの、という。正の至る所という。正至所という、
確楼のことである。正(やなぎ)らみ・すっさぱば、という、
確楼所という。柳、正(やなぎ)をたっとぶ所である。

男女皆、この列に加わるをいう。ゆっくり、ゆたらりの
歩きという、狐よんそめ、という歩きとぞ。三宮のもは
れば、という、行列の道という。古い日の確楼の行事
である。
【庭の千草】
 その日の夜、ピアノの宴という。『庭の千草』という
歌という、ピアノ合わせの琴という、大正琴とも。
おおやなぎれんさめ、という。歌を歌うこととも。
歌を、らるせ、という。古い日、歌語で歌う、この
歌語を、ろりあり、という。冠語である。
【はるさら(冠語)】
 --はるさら--冠語。口語で、春由という。
 『ふるやらふらず、 そめゆかれ
  そるろるせられ、すらそれず
  たややるそしれ、つらするおれる
  すざらぞゆわら、そらいずす(そらしずす、とも)』
という歌詞で歌語である。『小川の冬』の同節である。
【狐、針】
 めっさるらるむ、という、ますれすのろりるり、という、
テヨンラックスという歌である。テヨンラックスは、あーる
れるの言葉である。ラルンフーラスともいう。めよすめの
言葉という。『めよすめ』を、狐という、狐目のまるすられ、
という。夜狐のお行き、という。粋のゆい針という。針すら
の言葉という。『針』が、場所である、道である。
『ゆい針』で『いく針』という、ここを、針村という。目的
地のことである。
【確楼行き来】
 確楼からの行き道を、ゆい針という。帰り道を、
確楼向かいの道を、帰りゆりふら、という、ふらせらの
意味という。これを、ぼうて、という、ぼて山の言いと
いう。古く、組のお言葉である。冠語を使っていた
頃の組である。この組を、神戸げっせす、という。
神戸ろうくく、ともいう。これを、組山浜という。
浜語という、冠語である。ごゆっこその言いという。
ばぶれまの言いともいう。れれる山という、言葉である、
冠語である。後、神戸さんれめ、という。古い組の
冠語である。暴力ふみ、ともいう。冠語のことである。
浜間の冠話という、かんるらせいの・すゆすゆ、という。

 上の冠語の歌を、ラルックスという、アール語の言い
という。テヨンラックスという。歌のことである。冠語名
を、あらされさ、という。新たをかこつ言いという。過去
のつらせら、という。過去川の言いという、過去のこと
である。これに、やなぎをとる・らべっつ、という。過去
をよりよくする、るわせらのことという。
過去の日付に、やなぎを、付けていくことという。
過去をよりよくする行為である。
未来に、これをする、未来の日付にやなぎを付ける、
未来の健康安全という、将来一点の灯りという。
これを、希望の灯という。
【南ア喜望峰】
 喜望峰の光を、南ア連邦の喜望峰の光にする、
喜望峰にある、高い塔の光という。これが、未来の
光という。ろわぜらの喜望峰という。暗がりを過去の
夜という。過去川の未来見という。川の流れる姿の
言い様という。言い山のお書きという、兵庫県加古川
のことを、みらう世という。未来の世という。これを、
かれくり、という。『栗』の名の所という。福島のくめすめ、
という。久米の仙人の、ふみゆらみ、という。久米の
仙人が雲に乗ることの磯見の言葉という、ふみゆらみ、
という。ふっさまの言いという、加古川のけんらみ、
という。神戸加古川をふつさるめろよらる、という。
これが、きつめ、である。よしめ、ともいう。きちめの
山という、久米の仙人の山である。

 これの意を体した行列である、確楼の行列と
いう。組の行列である。ゆたり歩きという、狐の
行列である。羽織袴の着物姿である。面をとる
人もある。狐の面という。この面、つみふみ、という。
狐の顔の、めよ浜、という面という。おるせらの
山という、狐の山のことという。『おるせら』を、
狐おるら、という。狐の住まう山である。
【きつね団】
 暴力団をきつね団という、かますやり、という、
暴力ふみ山という。狐の大きな力を、正力
(しょうりき)という、暴力団を、正力組、正力団
という。狐をとる、稲荷ぼうふめ、という。三宮を
狐豆という、狐のしょっこく、という。しょくらくの言い
という、食国。食楽。
 やなぎつきの暴力団という。暴力団の健康安全
という、これをいう暴力団とぞ。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

 

2022年01月20日

出発1932 万愚節・およよ : イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発1932 万愚節・およよ
【指揮】 ある万愚節のこと、
     ジョージ六世御指揮、オルガン奏者、その奥方。
     ありるるせらやらの万愚節という、
     ニューヨーク島のことという。
【場所】 ニューヨーク島、沈んで、今はない。
 御名ゆかしき、ありすられ、せとせとのあいめな、という。
この書き、失礼なきよう、おいのりいのり、御許しの程、
お願い致します。原始人拝白。
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/18
【万愚節】
 世界万愚節。およよの日。始まりは、米国ニュー
ヨーク島、結婚島・ブライダル・アイランドである。
である。イギリス、ジョージ六世の御提唱、ピース
ビーというお言葉。歌を伴う行事という。
歌が、『春由』『庭の千草』等。これを歌う行事である。
後、スイス・ビール時間一時にする、世界同時という。
いたっせらの時という。ビール発の時間という。
世界同時に祝う時という。万愚節の時間である。
 道に並んで、川傍に並んで、ストーン・サークルを
囲んで丸く並ぶ。こういうような状態で歌を歌う。
並ぶことが困難な場合、それぞれ、自分の家の前
で歌う。だいたいこんな感じである。

*スイス・ビール町、ビール時間の入れ。百分時間という。
アールランテラッスーという、今のインターネット時間という。
ビール一時をとる、@100時。この時間で、世界同時をいう。
これが、万愚節の時間である。始まりが、にゅおっそ、という。
にゅうらずの場所という。米国ニューヨーク島である。
恰好が 、時計を胸にぶら下げる、また、背中にぶら下げる。

 ビール時間が夜になったりするところも出てくる。これで、
3月31日から4月2日までを万愚節にする。ビール時間
一時を、広く幅をもたせることという。

*日本  @100に合わせた時間です。この時間で、
万愚節の行事をする。幅をもたせた時間で、やり
よい時間にする。およよの日という。末日を、けめ、
けめ日という。
 3月31日を、およよけめ、という。これを、初日にする、
万愚こんそめ、という、けめこん、という。およよ、こんり、とも。
4月2日を、およんす、という。おろかすうはる、ともいう。
 4月1日を、およよ、という、おるせる、ともいう。えうれんて、
まよまま、ませらる、まよんせ、という。泳世の日の言いで
ある。冠すべという冠語である。万愚節冠語ともいう。

 道をめでる人は、道に向かい並んだり、指揮者が出て、
その人数におうた指揮者数という。指揮者を、めっぺく、と
いう。およよこん・めっぺく、という。

『春由』(『かむいこ』、『あたよ』、『ろり浜』、
『小川の春』等の題名がある。)
『小川の冬も 神(かむ)さびて、
 うら若草や 萌えぬらん
 春来(はるく)と 告ぐる鶯の
 声の末こそ 楽しけれ』

『春由』は、キリスト教の聖歌『主よ御許に・・』という
歌で、節が同じである。
 宗教は、その宗教の歌詞で歌う。この時、嘆きの壁という。
キリスト教がイスラム教の歌詞を歌う、イスラム教が
キリスト教の歌詞を歌う、壁に向かって歌う。
寺も神社も同様である。
寺が、キリスト教の歌を、
神社がヒンズー教の歌を、いろいろな宗教という。
この歌で『春由』の歌も歌う。それぞれの宗教であり、
一般人も、だいたい『春由』で、『主よ御許に』も歌う。
これに、『庭の千草』を添えたりする。世界同様であり、
世界同時である。

 これを、古く、まゆれむ、という。まべせら、ともいう。
ランスーフル・レースレーという。四月のこの日を、
レースという、レース日。絹のレースをいう。絹掛を
使ったりする。

 他に、緑の淵の色紙に、餅、まんじゅうを乗せる。
それを、三宝にのせて、日の食べ物という。道を歩く、
これを、万愚行進という。日に見せるという、太陽万愚
のぎょっくく、という。れりせら、という。

 アール・ラッセン・レーテク・ゆっそ。
後程。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 19 やすみ  

2022年01月21日

出発1940 たしかな楼 :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発1940 たしかな楼


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/20
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/20
    監修、そうきょう連      2022/01/20
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
たしかな楼の日 つつましくに やわらいだ
神戸 港 浪の音しずかさ 今日万愚節
世は 字(あざ)を見 柳葉揺れる 持つと
正義 繰り出す夜 楽し 看護婦告げ
安全

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/20

【某社万愚節考室】
『君、我が社は、世界に冠たる会社だ、
 まあ、そこへかけたまえ。
 君はよく外国へ行くそうだね、失礼だが
 何か関係でもあるかね』
    『外交は平和の為です』
『他に、理由は?』
    『人々との交わりを・・・』
『私が聞きたいのは、君と、外国の人の
 関係だよ。昔からよく知っているとか、
 親戚とかだよ。』
    『いいえ、親戚とかじゃなく、諸外国と
     仲良くと、思いまして』
『君が外交といって、行かなくても、外国とは
 仲良くしてるよ。』
     『・・・・・・』
『それとも、外国が君に来てくれって、いって
 いるのか』
     『いや、そういうことでもありません
      が・・・・』
『君、はっきりと言うが、君の言う外交を廃止
 しようと思っているのだよ、誰かのつきあいで
 行っているか、どうも行く理由がないんだ』
     『・・・・・』
『優しい外交だとか理由をあげているが、
 全く外交の理由にはならんよ』
     『・・・・・・』
『それで、今までの外交に掛かった費用を、
 調べてくれたまえ、ついでに、資料室外交
 の費用も調べてくれたまえ、』
     『わかりました』
『よく、X室外交用といって、費用を請求
 しているが、くわしく、調べてくれたまえ。』
     『わかりました』
『わが社は、外国に国を作った会社だよ。
 世界にその国があるんだ、X室だの、
 ○室だの、そんなものメじゃないんだ』
     『よく、わかっています。』
『X室から請求があっても、軽く出さない
 ように、理由のないものには、費用を
 負担しないように』
     『我が社の品位を保つという
      意味ですね』
『そうだ、我が社は外国に建国をしたんだ、
 どこの国か、わかっていると思うが、X室
 が我が国の建国にどんな寄与をしたんだ、
 何もしてないじゃないかね。
 統一などと、かってにいっているだけだよ。
 今年度から、請求があっても、念入り
 チェックをするように、これから、保健に
 経費をあてる。今はそういう時期だ』
      『わかりました』
『天照大御神だ、諸事、権現様の
 お定め通り』
      『わかりました。早速、
       調査致します。』

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』

 
 

2022年01月22日

出発1950 組のおよよ :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発1950 組のおよよ


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/20
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/20
    監修、そうきょう連      2022/01/20
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】神戸三宮
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
左手に桜木を 右手には柳を
正義の歌を歌い 歩けば町静か
心は和らぎ すれちがい挨拶に
人は微笑む 我が勇気 胸に湧き
三宮楽し 今宵のおよよの行事

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/20
【平安】
 平安時代を令和時代という。これを、
平安令和という、昔の平安の言い方の一つの
言い方である。平安令和戸いう、平安前期に
充てる場合もある。

 そのころのおよよという。およよ平安という。
この頃の万愚節は、川端柳の蛍という。
【組の行進】
 神戸で列で歩く三宮の町。羽織はかまの提灯、
医者は、聴診器を肩から、看護婦さんの人もいる。
こんな穏やかな組である。すれいちがいの町の人、
挨拶に静か上品。

 これが神戸三宮である。万愚節およよの、
あび歩き、という。先頭の大お爺さん、肩から
拍子木をかけられ、背筋整い、清ら背、
後ろより拝み、山姿。

 懐かしい、組のおよよ、正義の柳、手に持つ。
勇気が湧いてくる、列になっての行進。
ひやしずかの行進とも。

 律儀、義理、大切なものである。

暴力団の柳、正義の柳である。
暴力団は、健康安全を、最優先にする。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2022年01月23日

出発1960 およよ並び :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発1960 およよ並び


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/21
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/21
    監修、そうきょう連      2022/01/21
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】神戸三宮
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
うれし 組の周りは 提灯もった並び
人が見に来ては 和やかな笑み 話して
みんな笑顔でうれしそう 襟を直して
袴のお医者が胸に聴診器
拍子木の凜とした音鳴り行く

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/21
【歌詞解説】
 門前に、塀を背に、袴姿で提灯持ってズラーッ
と並ぶ。近隣の人が来ては、にこにこ笑顔で挨拶。
話をしたり、組の万花節。楽しい節である。
時が来て、拍子木の出発の合図。気が引き締まる。

 柳くっぴじ、ぴべされ、あるすれの・ろよんふ、という。
およよろよんの・あぱせる、ぱれせるあぱせ、という。
るわる・せのよりの・お絵、これなるを。

 およよの日の夕の並びとて。
『暴力団の健康安全、柳。』

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
【病院の万愚節 】 


 ある病院の万愚節。
 救急車をねぎらい、感謝する。救急車
に花を飾ったりする。
 救急車の前とか周りで、歌を歌う。
医者、看護婦、病人、他関係者。
手に花を持って歌ったり。

歌同じ、スイス百分時。
歌詞は、異なる場合もある。病院だけ
でなく、他の場の万愚節も。

-- 幸室一言 --
『幸』の字を、どんどん使いましょう。
たのしくなります。
 『字(あざ)』を使いましょう。字--あざ--
と言えば、悪事がでない。土地所につけられた
『字(あざ)』、こんな住所を大切にしましょう。
 光幸の『字(あざ)わられ』という。これを、
幸室という。光の幸意味という。
 テブンサークスという。

 マヨレン・ファールクーという。レッテラスー
という。ここを幸所という。こうせる山絵という。
光をたっとぶところで、さちをいう。これを、
こきひきばれ、という。晴の舞台という。
舞台を光所という、役者の幸という。
光幸の、ひぽせみ、という。

 ひっぽという、ヒランファールラーの
えびそみ、という。これを、詩という。
地区を詩という、言い表しの謂れである。
小川詩という、また、秋残詩、という。
場所を表す話である。小川詩という、
地名である、京都市の烏丸五条辺りである。

 この場所に字が備なう、あざという。
これを、字光という、幸覧という、幸室
の周辺を幸覧という。これを、名前にする。
子貢の名付という。例、幸子、光子・・・
という。光代、幸代・・・という。

 男名に、一郎ずり、という、字寺(あざでら)
夢ふり、という。『字』も『寺』を場所を表す
言葉で、じめはば、という。一郎郎と書く、
みよもんす、という、古い名前の表しという。
一郎郎という、めれず・つりすり、という。
これを、一字とれふり、という。これを使う
幸室という。天当のこうしぎ、という。
光室という、まってさの・おかげらき、という。
これを、れべんす、という。れってるすうふく、
という。この、おんだべふり、という。
やなふすの・あいとすてる、という。

 古い三宮の一使いである。きつねよよす、の場
という。ベリンファールラーという。りはせる・
さっぱす、という。光幸のあばしひま、という。
三宮の『宮』の意である。ここを、じみしみ、と
いう、冠語の呼びである。単に、『しみ』ともいう。

 この『宮』は、大きな家である。人の住む所
を宮という。

 上文の片仮名が、アール語の一種で、アール語を
北極冠話という。北極の地の言葉である。
アール・ラッセン・ランルクという、北極のことである。
えられらの言いという。

 幸室光所、光幸、幸光、幸所・・・、天当の言い
ある。

 点灯という、『光、灯して、ゆっさっさ』という、
狐踊る幽灯という。花見山寄山、という。はなみやま
より山。神戸の提灯を持った行列である。この日を、
万花世という。ばんかよ、ばんけ。

万花世、『ばんけ』、北極の冠語読みである。
やますての文である。この文の『を』の使いという。
れっぴし・すんふくの、土浜の使いという。三宮の
浜である。大きな小高い山である。松茸山という、
そういう形の山である。

 神戸の山で、全国にある。松茸山の場所の言葉
である。松茸山、加藤山ともいう。
***
 漢字で書かれた、源氏物語という、加藤書き、
ともいう。万葉集、土佐日記等。

 
 

2022年01月24日

出発1970 宮路確かな :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発1970 宮路確かな



    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/21
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/21
    監修、そうきょう連      2022/01/21
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンド・プルデューサー         カワイ社 
【歌詞】正里
君と歩めば 狐のおよよ灯
あかりともして 提灯の行方 
薄暗い港町 家々の灯りが
ぼつぼつ 人少な 止まって
これから行く道は 確かな路
愚か日の宮路

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
ほのよまれ: 愚か日に見る夢、口語で、おとめみ、
        という。おとめみは、節の変わり目。
        ほのよまれという判子もある。
        若い人の判。
2022/01/21
【歌詞解説】
組の健康安全、柳。

あああああいいいいいうううううえええええおおおおお
そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
【某社万愚節】 


『君、万愚節にやってほしいのだ』
    『何をですか。』
『階下の玄関脇で、7~8人ほど並んで、
 花を持って、『春由』という歌を歌う。
 時間はビール時間だが、巾がもたせてあるから、
 昼の休憩時間にしようと、5~10分だ。
 我が社ですることにしたんだ。世間は、
 コロナで、閉口している。』
    『歌って健康に注意を注ぐのですか。』
『経済に活気をもたらすと、これの一環だ』

『たくさんの人でと、それはしない。少人数で、
 交通に不便をきたさぬよう。代表は君だよ。
 指揮者をするなり、きみの思うように。』
    『人選も私がするのですか。』
『そうだよ、君がやればいいよ。他の人は 、席で
 歌う。』
    『はい、やります。』

『巻いていきます。君がよく言うじゃないかね。』
    『どうするのですか。』

『この際ね、君か、省庁でも当たってみるか。
 君の言う、巻いていくだよ。』
    『行ったことはありますけど』
『大臣に言うのだ、これこれこうで、省でもどう
 ですかと。指揮は、もちろん、大臣ですよと。
 細かいことはいわなくてよいよ。我が社は、
 このようにします。君、国会へでもいくか。』
    『国会って、そんなごっついこと。』

『何も恐れることはないよ。一言付け加えるか、
 『歌う国会でいきますか』と。コロナのことで、
 歌の最後に健康または安全と、つけます。
 国会中継で、審議後にでも、国民の皆様も、
 合わせて歌って下さいと。歌って健康に寄
 与して、よい知恵が出ることにもなりますと。
 一席、ぶってくるかね。』
    『はっ、はい、やってみます。』
『首相でもいいんだよ。指揮者は首相ですと。
 前首相でもいいよ。歌う国会で、コロナ対
 策ですと、訴えてみろよ。お金もかからない
 から聞いてくれるよ。簡単なことだよ。』
    『度胸がいりますね。この際、やってみ
     ます。内容が簡単ですから。』

『難しく考える必要ないよ。簡単に考える。
 僕はねぇ、両隣の会社にいったんだよ。
 運送会社で、トラックも相当数ある。
 安全ですと、言えばグットのりだしきてね、
 同じようにやります、といってくれたよ。
 トラック置き場でもやりますと。』
     『そうですか。』
『歌の最後に、安全という。合唱団がある
 から、7、8人、玄関でと。一言でOKだ。』
     『はあ、そんなものですか。』
     
『もひとつの隣りでだよ、会社のアピールにも
 なりますよと。う~んと考え始めて、簡単な
 ことだから、やりますと。こんなものだよ。』
     『そんな簡単にいくのですか。』

『そうだよ。故郷だけどね、昔やっていたんだ。』
     『初めて聞きました。』
『故郷の会社もやっていたんだよ。』
     『会社もですか。』
『役場もそうだよ。』

『僕の住む町内にもいってみたんだ。会長は
 若い人だよ。提灯行列もありれますよと、
 付け加えたんだ。』
     『はい』
『家の前で、家族で、道に向かって歌いま
 すと、いってくれたよ。インターネット中継も
 かんがえてみますと、こんなこともいって
 くれたよ。』
     『今は、世の中で、なんとか、コロナ
      のことで、よい知恵はと、そういう
      時世なんだ。だからね、歌って、
      健康をといい、費用はかかり
      ませんと言い、よい知恵がどんどん
      出てきますと、こう言えば、聞いて
      くれるんだ。』

『君、政党にかけあってもいいし、ようは、コロナ
 だよ、万愚節の一行事に、まあ、この辺を
 うったえてみたまえ。』
      『はい、よくわかりました。やります。』 
『まあ、僕のね、些細な行動だ。我が社の印象
 を少しでもよくしようと、万愚節の近時日くら
 いなもんだ。昔の踏襲で、歌も、『春由』、
 『庭の千草』だよ。老人でも知っているよ。
 子供でも歌えるし、これからあまり外れない
 ように。
  仕事に差し支えないように、やって
 くれたまえ。コロナのこともあるから、仕事と
 して、扱っておくよ。手当も少しだけれど、
 考えているから。この期だけだよ。後は、
 行事として、一般化すればねえ。
  そういうことだ。』
      『はい、よくわかりました。昔の
       踏襲で、いいですね。歌も
       なつかしいですね。』 

 

2022年01月25日

出発2020 国会冠語・文だけ :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発2020 ににに


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/25
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/25
    監修、そうきょう連      2022/01/25
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/25
【歌詞解説】
2010続き
【国会冠語】
 国会に白院冠語がある話という。わうんす、という、
冠語である。レブラン・ルックスともいう。

国会議員を、れもんしょう、という。
議長を、ろーるる、
書記を、まさ、
聴衆を、ろわ、後、ろわいやる、
警備を、ころく、
党を、れず、
審議を、おこくく、
首相を、ろわせら、ろいほい、
質問を、そっそる、まべらす、まべらみ、
代表を、れっとす、という。

議事を進行さすことを、ねせるり、くみそ、組々(くみそ)、
  組々は、組閣のこととも。

これらが、白院冠話である。国会の冠話である。
【西田そめ】
『私は国会へ意行きます。』という、『しゅうする』という。
 古く議員を、しゅうめ、という。この『しゅう』を、れっぱ、
という、れすてす、という。『れすりっと、ろっと、しょる』
という言葉がある、国会の揺り、という。この揺りで、百合を
持つ国会議員という。これが、西由良里(にしゆらり)の言葉で
ある。古くの、西田そめ、という冠語である、議員冠話と
いう、ろんるれっさわ、という。

 古い言葉でいう国会の話という、これとら、という。
これで、首相を、これとら、という、ろっぱす、ともいう。
『私は首相に会います』という、『ミーサー・フールラー』
という、みびせみの言いという。これを、ごませる、
という、みよよんとすの・ろいほいるり、という。
マップス・れんつれ、という。ろいっくすの言い
という。
『ミーサー・フールラー』という、これが『フー
ル』である。万愚節の意の言いの、国会歌会という。
【国会の和歌】
 詩を読み上げることという。国会の和歌を読む、
和歌組(わかくみ)という。和歌をたっとぶ国会と
いう。万愚節の日に読み上げる、国会の和歌で
ある。この若の読みに、シークワーサーという、
沖縄の動物の飾りを置く、首相の席という。
首相を、沖縄シークという、化け言いを使う。
これを、みっぱられる、という。蜜則という。
蜜則語という、化け言いのことである。
万花という、古い万愚節のことを、いかゆり、
という、ゆりいかの・まべせら、という。
これを、トルーという。古い歌劇の言葉を
入れ使いする、この国会を、尊(そん)という。
たっとぶ国会という、尊国会という、トルーと
いう意味である。
 トルーテス・ロックスという、国会を開くと
いう、かいそれの・れってす、という。まぶれ
らすうの言いという。まべせる、とも。
国会に関する話である。
【国会詩、鯨国国会】
詩を、こしきる、という。古語の、うた、という、
詩のことで、こしわれ、という。これを、国会詩
という、国会の場所の意である。『こし』を、
『ころ』という、クジラの肉という、これを、
げいから、という。鯨から、クジラの言葉と
いう。鯨国国会という。わんてらの言いという。
わんてらが白院である。『てら』は、神社より
の寺の意という。この場合、単に、場所をあらわす、
『てら、寺』の意である。

 国会寺(こっかいじ)という言いをする、審議
の場所の進行を、せむてす、という。これが、
古い江戸の、こっせり、という。国会の初期の
言いという。『こっせり』は、今の、こくらめ、
という。こくらめのせみせむ、とぞ。国会院とも。
【パレンバン空襲】
 これを、きっかす、という。きみせるの言いと
いう。国会冠話を、きみせる、という。
『ろいほい、きみっすく』という。これが、首相の
古い冠語である、きみてらの言いという。きみてらと
いう白院の言いである。とばつれの言いそろ、という、
『ようそろ』の『そろ』である。
国会ようそろうのパレン芝という、パレンバンという
南洋のいませの・おりしぐ、という。パレンバン空襲
という、便所へ行くことである。

 パレンバン空襲で、用たして、『おいほいろわ』と
いう。国会の席を、気持ちよい所です、という。
これが、万愚節の、ダウンタウンという。国会議員の
品という、『おいほいろわ』を、ろわした、という。
ろわを、ろわいやる、という。これが、天皇をしたに
する、天皇下という。これを、陛上れんてす、という。
戦時中の、天皇の言いである、天皇下という。
閣下という、下をとる、国会とぞそ。これの遠延伸を
公僕という。くうつすう、という、けられせの・言い
らら、という。めりっす、ともいう。

 一般市民を、れんてす、という、天皇下の言いと
いう。一般市民を、へいする、という。れんてすを、
ていそん、という。こうつぐめの浜という場の言い
という。こうつぐめを、パルレという。これを、
パレッセルという。めよふっとす、という。
この『め』の言いを、国会柄(こっかいがら)と
いう、しなよき・らんきす、という。品よいという、
がらがわのいいぞる、という。国会議員をとる、
しっせる、という。しっせ、という。執政官の
意である。国会議員を、しょり、という、さって
るさっすう、という、めよする、という。
これが、議員の市民とり、という。議員が市民を
とる、アルランテスという、ろぼそぼ、という。
【礼文】
 この『そぼ』を、そめさき、という。国会の先と
いう、議事進行の行方である。寝興の行方を、れて
そめに、すらり、という。れてそめを、すらりという。
この『に』の使い方が、国会秘書の使われるてそ、と
いう。みいらる・れんてす、という。初期の話という。
古い日の国会に関する言葉という。
みいられて、という、秘書の仕事をしている景という。
ひしょみそ、という。れぶんてす、という。
これを礼文(れぶん)という、国会の文という。
国会での文のことを、礼文という、これを、檄という、
檄文という。礼文の島の名付という。国会関与の
礼文という。みっする・かおふふ、という。
国会賦の話という、国会譜という、譜面の山浜と
いう、音楽の話が出ることという。
【国会譜】
 国会の譜面である、音楽を入れる国会という。
だいひょうが、万愚節の歌という、万花世国会
という。『歌う国会』の元の話である。
げんぺば、という、ペッパー・コミュラムという、
ペーッパー欄間のこよふき、という。国会の装飾
である。この装飾の造りの、せれ、という。
せれしょの国会という、万愚節の国会である。
首相官邸を、ろいする、という、ろいせま、と
いう冠語である。そこの装飾との対である。

 国会と官邸とを、みるって、という、みるす、
ともいう。みるうらるやっぱす、という。
議員宿舎を、パッペーという。パペペという。
ペペの国会という。れむてすのおりすれ、という。
【桜の国】
 これが、場所を、さくらぜ、という。桜の
欄間という。後、桜の国、日本という。
黒い桜の木の頃の造りである、材料である。
黒桜国会所という、官邸と国会である。

 『私が寝ていたころの国会』という、寝ては
いず座っていたのである。これを、『寝ていた』
という。おきすり山のお言いという。国を興す
言葉である、『おきすり』という。
【詩の朗読】
 読む詩を、国興しの文という。『小川の冬も』と
いう『春由』の歌の朗読という、後、歌うことと
いう。指揮者の出をとる、朗読という。この朗読を、
しっされ、という。みよっぱの・よみふみ、という。
軽く、楽器を入れることもある、朗読で、これを知
らす、詩の朗読の上げ下げという。
【詩の朗読で楽器を知らす】
『小川・・』という所で、
上げ下げをする、『小・・』で高く読む、入る楽器が、
シンセサイザーで、れるさら、という楽器で、今様 、
ホンキーというピアノである。シンセサイザーのホンキー
である。
 『小・・』を低く読む、あげる、という楽器である。
この時、指揮が、上げを知らす指揮をする、指揮棒を
下から上へ上げる、振り下ろす時に歌始めという。
この、あげる、という楽器もこれをする、初めを一緒
にする、ビジャッタスという楽器で、今の、シンセサ
イザーの『あ』という楽器で、マリンバのことである。
マリンバで、楽器のマリンバである。シンセサイザーの
マリンバではない。シンセサイザーの『あ』で、
トランペット音を入れる。

 この言いで、シンセサイザーのトランペットと
マリンバである。また、楽器のトランペットとマリンバ
という。両用ともいう。これらで、万愚節をしていく、
国会の万花という、まんせばの・りっさら、という。
『さら』が場である意という。木更津という、木更津
を代表にする、万花楽器国会音という、木更津音という。
【大臣指揮の大花山、指揮棒の振り】
手に百合を持つ、大臣指揮者の片手ゆり、という。
百合をポケットに入れる場合もある。
 もう一人の大臣の指揮者が、百合を軽くふる。
指揮棒をまっすぐに真前へ出す。そのまま、真上へ
上げる、下した時、歌始めである。あとは、百合を
添え手にする、これを、百合式辞という。
 国会の指揮者の風である。
『やって下され』という、下された指揮者の、まん
そく、という、満足という。これを、まんせる、と
いう。指揮者三昧の話という。大臣のことである。
大臣の喜びという、指揮者になってよかったという
話である。
【国民の万愚節】
 家でテレビを見ているものは、テレビを見ながら、
大臣指揮で歌を歌う、もちろん、その人の自由意思
である。国会とともに歌う、自分が選んだ議員ととも
に歌う、国民万愚という。家の前で歌うもよし、
川に向かって歌うもよし・・・。
 ただ、大勢群れることは、安全上、考えなけ
ればならない。警察への手続きもあり、
近隣の人が迷惑と思うこともある。
小さい集まりで、公園で少しと、これくらいな
ものである。


 大勢の人がずらーっと並んでいると、恐がる
人も出てくる、こんなことは避けることである。
 耶蘇教のクリスマスのようなもので、人は群
れていない、喜びの日という。こういうような
ものが、よいでしょう。それぞれの家族の万愚節、
たくさんで、群れない話という。小さなもので、
小さな、喜び、これを大切にしたいものです。
 ただ政党とか、団体がする場合、人数が、
たしょう多くなるものと思われます。
私風情がいわなくとも、心得ておられます。

 コロナも頑張っています。目に見えないコロナ、
歌で乗り切っていきましょう。健康には歌を。
コロナに歌を聴かせる、いいかもね。
願う、効果抜群。


『みよとせ、むとらせ』
指揮者に息を合わさす言葉である。
あの大臣さんなら、やるかもね。

注意:『I would look, sir.』という。
『I would look sir.』という、
『sir』が、『sea』の意になる。
オーストリア・シドニー海軍の言葉という。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうよいお書き。

あああああいいいいいうううううえええええおおおおお
そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 
 

出発2000 国会・文だけ :イカスミ柳

抜けています。ファイルが、どこかへ・・・・・。
折角、書いたものが・・・・、あの文は、名文であった・・

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音楽
【曲名】 出発2000 国会


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/25
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/25
    監修、そうきょう連      2022/01/25
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/25
【歌詞解説】
DE1990 続き
【宮津氏】
   宮津の国会いを尊ぶ宮津市宮津ともいう、これ
   を宮津という。宮津氏とも。宮津市宮津の『ツ』
   が、節の意で、曲とも、音楽曲。
   宮津氏を宮津町ふに、という。『ふに』が、国で
   ある意という。宮津市民を宮津氏という。これを、
   メルス、という。メルスロン・ソールの宮津という。
   メルスロンメソールの・かよよんふれ、という。
   これが、氏を市という、宮津町ふま、という。

   パーレンセラーズという。アールヨン・ホアッルラー
   という。め浜の言いという。宮津町を、ふっきき、と
   いう。あおられて・そんすれ、という。この『あお』
   が、あび、という、あっぱすの言いのオルヨンテスと
   いう。これで、宮城(みやぎ)の宮津という。古く、
   宮城町という、この宮城が、白い衣服で白院装という。
   城院の宮城という。これを、両用という、宮城で宮着
   ですという。宮着市民という、宮着の誇りという。
   これが、宮城の誇りである。

    白院装を使う、宮津の農工である。宮津の農工を
   オル・パンハルという、これを、おりょされ、という。
   あっくすすれいの・あっくれす、という。
   これを、ちょうふち、という。町の淵ともいう。
   町淵のロップスという。アルパンス・スーショーレー
   という、これが、宮津の、ポント出しという。
【白院冠語】
    宮津ポンほの・かるけっすう、という。白院レブソン
   という。これだす・おりそり、という。古い堀の町と
   いう。宮津城下の、あるさんすうずう、という。
【宮着織白】
    宮着をたっとぶ、宮着織白(みやぎおりしら)という。
   宮津の織物である。宮津市の山のいやしら、という。
   これを、みのいり、という。『いり』を『はいる』に
   とる宮津ろんふれ、という。これが、白院冠語という、
   この冠語をクジャクの冠にとる、ロルレスという。
   古い先斗町という。ポルレセーラーという、アール
   トッコスのリオックスという。とんとれすの言いと
   いう。京都宮津のあっぱそんくる、という。
    この『くる』が、クルーである、英語の航行であ
   る。宮津船の・あおらっすう、という。小さな船の
   置家(おきや)という。
【宮津遊郭】
    この置屋を舞子の置屋に掛けた宮津遊郭という。
   この『遊』、船を遊船という、これを、宮津ぺっ
   すべ、という。あーるそっすべの・ゆみふみ、と
   いう。これで、船が遊ぶ、遊郭という。宮津の
   言いである。
【舞姫、宮面】
    『船が空へ飛んだ』という言い表しをする、
   宮津ペッパムのよりほんるう、という。この
   『ルー』が上文のルーである。ルルーという。
     このルルーを鶴という、遊鶴船という。
    これを舞鶴という。宮津舞子を舞姫という。
    男を、宮津ら、という。宮面という。キュー
    サン・クールルーという。これを、びめふめ、
    という。宮津町の興りという。興りを『せま』
    という、冠語である。興りせま、ともいう。
    これが、巌国のみやほめ、という。白院を褒
    める、宮津市の町ふられ、という。

     『あの冠、しらさざ』という。しらさ宮ふぎ、
    という。ふぎしくっくる、という。宮着の宮津
    山という。マールレレンテスという。宮着市の
    山ふり、という。ふりらんてすの・おりふっす
    ずう、という。これを、宮着の国得(くにえ)と
    いう。国をたっとぶことという。しらさゆっきし、
    という、宮着のことである。七五三参りに使う
    宮着という。この『しらさ』が白院である。宮着
    冠白(かんはく)の・しっかんはく、という。
    これを執政官という。子供の執政という、子供
    の宮のことである。

     神社を『もめ』という、木綿着を使う宮津の
    七五三という。主として宮津白院へ詣でる
    ことという。これを、執政官庁という、子供
    の宮である。宮津の国会々という。子供の
    国会遊びである。

     『国へ行って申すめ』という、子供の遊び
    である。これを大人がする、宮津ほりるし、と
    いう。『るし』は冠語で、流れという意とぞそ。
    掘りの流れを見て遊ぶ、遊朝面浜という。
【宮津城】
    ひょっとこの面を被って、『これは、いなこと、
    ほにほに、ゆかった』という、子供が喜ぶ山々の
    伊勢という。これを、ちょんぎはっくぅ、という。
    宮着を、ちょんぎ、という、朝鮮語のような、宮
    津の船周りの人の言葉である。これを、ポルト
    ガル語でいう、ルオロッソンルーという、るおす
    り、という。冠語ポルトガル語である。古いリス
    ボンの町の崖の場所という。そこの言葉である。
    これが、宮津の国掛かりである外国という、イ
    ギリスの庭園のクジャクと、リスボンの崖と
    いう。宮津城の造りである。堀を、りす浜、と
    いう、宮津の堀方(ほりべ)という。

    『この俺が宮津氏である』という、堀方の言いで
    ある。この城を、宮津堀という、宮津城の別言いで
    ある。これが、宮津城をめでる言葉である。上文の
    『 』の言葉である。子供を、お城様(しろさま)と
    いう宮津の言葉である、宮着の言葉ともいう。
    子供を天神という、こっちょめの言いという。
    宮津発の天神という、子供を、てんとくしり、と
    いう。 宮ロンセラーという。

    『天神が、きよらっせ』という、子供の歩み寄り
    をいう。これを、子供の提灯もたせ、という。
    子供の提灯もたせ歩きを、りよよみ浜という。
    りよれってす、という。ラールオンサールーと
    いう。この『ルー』が、きじ、である。鳥の堀
    城という。白院城の天神という。宮着姿の提灯
    姿という、主として、子供という。

    この子供の七五さん参りの姿を大人がする、宮着
    の、こくれす、という。京都市七条の西の町という。
    大門町のある辺り一帯という、ここの宮津という、
    同じことをする。大門セラーという。これを、
    セラーズ・ろっ色という。同じ町という。
【北極冠語】
    グップラーという、北極冠語を使う町である。
    ほっきゅく冠語のことをグップラーという。
    これで、北極を入れる宮津の町である。
     北極の地をいう。北極地の民です、という、
    宮津氏の挨拶である。万愚節の挨拶ともいう。
    『北極地ありせれ、らてさ、よってす』という。
    『ここは北極でございます』という、これに、
    『これせ』という仕草をする。これが、親指を
    『ませすら』という、北極の意という。

    手を握って親指を立てる仕草という。挨拶に使う
    宮城の城の風習である。この宮城、宮津城である。
    宮城県の宮城もこれをする。
【白院城】
     子供の官庁の出来という、大人がするという、
    北極冠を被る子供という、白院城のことである、
    宮である。
『難しい文です』と、子供がいう、
    大人の受けは、『簡単れす』という。宮津の『れす』
    という。『です』のことである。子供用語を大人が
    使う、れすてす村調という。これが、村長の『れす』
    である。子供を落とさぬようにという、落ちである。
    これを、子供るり、という。るりせまの言いという。
    子供あやしの言葉である。
【れす】
    『そうれすれす、れれーっ』という、幼児で
    ある話という。それで、田舎では『れす』を
    よく使うのである。尊重あやしの『れす』と
    いう。『そうれす』という方言である。
    これを、宮着得意の人という。宮津人という、
    宮津の陣の人という。

    宮津家老の、あやし落としという。宮津氏の
    出の人である。『れす』を『れれれす』という
    口回しで落とす人である。
【歌う国会】
    『歌う国会れれれす』という、国会をとる人
   である。落ちまくれの・落としまくす、という、
   弁舌さわやかな人である。
    『それっ、国会の中の、あの広場、落とし上が
   って候』という。難文調べの・れれれす、という、
   大人駒鳥がうたっていると言う宮津家老は、
   家康がまねをする、家康の口という。
 【宮津落とし】   
    これを、宮津落としという。国会をねらう人
   である。『それっ、歌文など』と、檄をとばす
   人である。
    『宮津、華やか、おりられっせとれ、すめら
   そんしょくの~、げむかんられさ~、るれせれ
   ・・・』という、歌語の歌を歌う人である。


【宮津家老】 
   宮津家老という、国会いの世界をもって、国
   会へ行く人である。七五三宮着に、城の小さ
   い模型を背中に下げて、便所風の落語建ての
   風呂へ入る人である。この風呂、遊船の風呂
   である。
【国会万愚節】
    国会の便所という、『城をもってきました』と
   いう便所失礼の言いという。背中ぶら下げの城を
   議長の前へ持っていく、国会万愚節の歌始めで
   ある。代々宮津氏の国会での行いである。万愚
   節という日の宮津国会という。『ソング・ロット・
   ショッテ』となる。万愚節尊具である。

    『家康公の口より、宮津がろかしょ』という、
   言いで、レレレテスという、言いをする。
   これで、宮津の国会の関わりである。白院着の
   ほおかむり、である。城を渡された者は『省知
   れす』という。『れを多く』と、宮津家老。
   指揮棒を指揮者に渡すのである。指揮棒を
   渡された者は『省知れれす』という。もう一人に
   指揮棒を渡す、『省知れれれすか』という。
   
   『はっ、スカっと歌います』という。
   これが国会駒鳥スカット・スタットという。
   スキャット論という、国会尊重の『れれれ』
   という。これが、国会尊重の万愚節次第である。
   『歌う国会』という、二人の指揮者という、
   指揮の呼吸という大切なものである。

   宮津氏出の若い人である。宮津家老の大お爺
   さんという.宮津市での白院の檄という。
   遠い所から歌の檄を飛ばす人である。
【宮津と国会】
    宮津の劇と国会の劇が同時である。ビール
   時間のもたせ巾の時間である。同時でなくとも
   同時である。これを、異同時という。宮路の国
   会という。
【三宮と国会】
    この日に三宮の合わせという、檄受けという。
   三宮の提灯並びがこれである。国会と同時に並ぶ。
   三宮の国会時という。この時に拍子木を打つ、
   国会の歌始めである。暴力団がこれをする。
   この日の暴力団、『うえにゃ~』という受けの
   声を出す。これで猫の頭に、小さい城の飾りを
   つける。この猫を『じょう』という。これを
   国会じょうすか、という。

    にゃあという、化け国という。暴力団を化国と
   という。ここに、かすれれれ、という、花化けの
   にゃおん、という。犬に小さな布を頭に巻く、
   犬よめし、犬ぬより、という。
【国会の花化国】
    狐に灯という、頭に小さい灯りを表す、花のような
   ものをつける赤色という。国会の花化国という。
   花化団ともいう。国会を見る暴力団である。宮津家
   老が赴かれる三宮という。京都七条大門の宮津とも。
   同じ行事をする話という。この話が七条大門の国会化
   という。国会の万愚節のたっとびという。
    
    これが、万愚節の花化けという、花化(かか)という。
   宮津万愚節が、花化万愚という、城を花化城という。
   宮津の城の別名である。全国の宮津、三宮、これに
   ならう。『春由』の歌を堀に向かって歌うこととも。
   歌川堀宮津市である。この日の、宮津市、宮津詩
   いう。宮津氏の話という。宮津家老尊という村で
   ある、市であってもそういう。詩尊大切という、
   化け言葉を使う。
【祖先をたっとぶ、しそみきという。】
   挨拶に、『しそれら』という。始祖の宮という、
   白院のことである。この日、詩を読み上げる、
   檄のことである。これで、檄を飛ばすという
   意である。白院檄文という。『しそれら』の
   挨拶という。『しそれら、みっとしょ』という。
   祖先をたっとぶ文である、檄文という。

    これで国会を、歌劇所という、宮津言いである。
   万愚節の言いとも。日本全国の言いである。
   『歌う国会』という話である。

    若い人がした国会という、国会での万愚節と
   いう。六百の席のあった頃とぞ。囚人服を着て
   前に出る。『そこの天皇、前へ出ろ』、宮津家
   老の言いである。これを、りはばん、という。

    『島流し』という、囚人服のことである。
    国会を、孝明庭という頃の万愚節である。
【省朝】
   この劇もたくさんある、各地でする、万愚
   節の一行事である。この国会、天皇を省朝と
   いう化け言葉を使う 。省朝れんせらあの天
   皇という。『古い凸』という言葉で、これを
   表す。『いいのしの、いいのしら』という受
   けの言葉という、『古い凸』の言葉である。
【オーストラリア】
    オーストリア特区から帰った日の国会での
   ことという。オーストラリアの古い言いで、
   キャンベラ特区のことである、オーストリア
   特区という、オーストリアの踏襲を置く、
   オーストラリア・キャンベラである。

    オーストラリアのシドニーにおかれている
   アールロックスという、コンドルの省朝という。
    これを、体する、島流しの風という、囚人
   服を身に着ける省朝という。囚人をたっとぶ
   意でもある。驚くことでもない話である。

    喜んで着ていた私という、囚人服の
   ことである。京都御所の長屋の頃である。
   祐の井のある所である。この長屋を、甲
   という、甲部屋という、甲室という。
   甲室ルックという囚人服のことである。
【船員服】
    後、船の甲板のことという、甲大(こ
   うたい)という、船員ルックともいう、
   作業に適した服装である。宮津城の家老の
   お教えという。私を囚人という宮津城で
   ある。城内で使う言葉である。

    『囚人は使いまして、おりおります』という、
   『私は、出航します』という意味である。
   私の好きな言いである。

    オーストリア・キャンベラのシドニーの
   言いという。『ばって、すめす』という
   英語で『I would look, sir.』という。
   意味が、 I see at sea. という意で、
   甲板に立ちます、という意である。

    私のシドニー海軍の頃である。
   日本の古い、陸軍兵省の頃の言葉である。
   囚人という言葉である、『囚人は、お行き
  ます』という、日常の言葉である。長屋の
   言葉で、兵省の言葉である。天皇甲べめ、
   という言葉使いである。天照世(あまてら
   すよ)の言葉ともいう。 
   
    『うちの天皇は・・』という、子供を天皇と
   いう頃の言葉という、これを冷静という。一般
   家庭の天皇という言葉である。りはばんの言い
   という。太宰論ともいう。

    京大の中の家に住んでいたころの言いでもある。
   天皇頭(てんのうず)という、医学部の言葉である。
   東大とも。青山から通った東大である。東大の中の
   家という、この家を、青山いや、『いや』は家の
   ことである。いやます東大という、古語の言いで、
   れっつるつ、という。れんてす、という。まもの
   言葉使いという。
【裁判所】
    後、裁判所に住んでいたうちである。自分をうち
   という、裁判所の言葉使いである。

    今の国会、上の万愚節をすれば、今よりもよい
   国会になる。天皇制の弊害をいう日に、古き良き
   を見直すこととも。朱里城の琉球の頃の、メン
   シャーラーという挨拶の意でもある。メンスレー
   の言いの琉球冠語という、メンシャーラーがそう
   である。今様、メンソーレーである。

    古い日の琉球でよく言っていた、マンフェー
   ラーという。まんての言葉という。ひめゆりの
   塔を、まんすみ、という琉球冠語である、通常語で、
   えいたん、という。鋭端。

   今よりも、よい国会になる、今もよい国会です。
そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2022年01月25日

出発1981 国会・宮津 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発1981 国会・宮津
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/24
【万愚節挨拶】
『おはょうございます。安全。』
・・・
『こんにちは。健康。』

 れおりの・そめふまれ。れおの・りばせみ、という。
るるさるの・山花という。めぞんすてー、という。
れてらせの山という。
【万愚節の花】
 私の花の家という。およよけめの挨拶という。上で
ある。手に小さい柳の枝、片一方に、ちいさい桜の
枝。五センチ程の江田で、これをもって細い川筋で、
歌を歌う。これが、私の万愚節。決して、大勢で
群れたりはしない。大勢、人が集まると、危険が
出てくる。近隣の人がいやがる、家の前に人が
ずらーっと並んでいる。これも、同じく、近隣の人
がいやがる、おうおうにしてある。治安維持上より
も、これが先に出る。治安維持上からも好ましく
ないという意見も出る。会社の代表で、1人で歌
ってきますかという。

 万愚節をいうひぃに、耶蘇教のクリスマスをいう。
家でしましょうという。小さく祝うひぃに、これが、後の
、安全を手にした喜びという。

 小さい村の祭りで、その村の人達だけが、こじん
まりと祭をしている。昔の祭である。行列という、
人も見ていない、静かな、さびしい所を少し、歩く。
健康の話という。
【万愚節行列】
 この行列の先頭に、狐を出す。この狐に、頭に、
折り紙で作った小さい傘をのせる。足に靴を履かす。
次に少し大きな猫、これも同じ。次に、犬、これも
同じ。万愚節という日の行列である。狐火、猫化け、
犬よめし、という。皆、健康維持、安全を歌う動物
という。病治し、とも。小さな行列である、1人でする
場合もある。犬花(いぬはな)のきんびき、という。
かっするすせす・れれそる・ありさり、およんす、
という。

 挨拶に、安全という言葉を付ける。会話に、安全
という言葉を付ける。喋れば、安全という言葉を
つける。これを、万愚という。万愚節の意である。
健康の言葉を付ける、とも。犬よらりの・せめそれ、
という。びぬしゃるの・せめそれ、という。沖縄、メン
シャーラーの町のこととも。めずじらせ、という。
めってす、という。めのん・そうすく、という。
あがめのははりの・おかり、という。ペラスという
言葉である。よい話という、ホテよいコテを、いとよる、
らすてま、という。ホテよいコテを綺麗にあらいましょ
うという。ばべんてっすくの言いという。
【太宰府】
 こみっしょられ、うてそんず、とぞそ。ろりす・しょうナモ、
という。田舎の言いよの、よいほるれ、という。
いとばん・そっすく、という、これを、りはれる、という。
りはばんの・やまま、という。りはばんをとる、太宰と
いう。日本の各地の太宰という。代表が太宰府という。
天神の場所ともいう。りはばんの天神という、太宰とん
ふき、という。りてらす・れんてるの、お絵という。らぶん・
すうすく、という。御所各地のりはばん、という。
【天神】
 天神の小さな祭という。これを、ぴとまんて、という。
びろるの言いという。
『天神 、やっこ、しっく、さっく』という、天神のゆっぺ、
という。てれんすの・おいさりるり、とぞそ。
りはばんを称える、といきき、という。これを、けるせ、
という。後、ぺるせ、という。後、ペルセポリスである。
【ポルトガル】
 ポンキスという。西洋のポルトスという、ポルトガルの
リスボンという。崖のあった、リスボンの町という。これが
水戸遣(みとやり)という、水戸りはばんという、オル・
ポンテスという。リスボンの、栗原ゆり歩きねという。
リスボンの祭である。日本との掛かりが、動物を出す
ことという。日本と同じ動物で、同じ格好である。
リスボンの町の古い祭である。リスボン崖のゆりみ、
という。手にリスボン柳を持ち、日本風の傘を持つ、
ポネサスという、リスボン・ルッスという祭である。
万愚節にする、この万愚節、でかするという、
れれす・まゆはむ、という。これを、リスボン・りはなる、
という。リスボンのオルポンテスである。
【京都市先斗町(ぽんとちょう)】
 京都市先斗町の、まいしば、という。先斗町舞子
が、これをする、リスボンのオルポンテスの風という。
『何を、くよくよ川端柳』という、エール・オン・ポンテスと
いう。ポルトガル語で歌う、エルアン・ソーラーという。
万愚節の、そのよる、という。これを、ソーラー・ナイト
という、カイト・レーセーという。先斗冷家という、舞子
座敷という。古く、園部の、宮津氏の踏襲である。
宮津白院の、ふぞまそめ、という。ここの踏襲である。
宮津氏の外国語がポルトガル語である。日本各地の
水戸とも。
【安全の屁】
 『オール・ポンテス・アントン』という冠語の挨拶で
ある。日常語で、『はうい』という、『エル・サントン』とも。
安全を 『ぺ』という。水戸っぺ、という。田舎っぺの
話である。『おへ、ひいた』の、おならの屁であること
とも。祭こき、という、ぺみす、という。あっぱすの言い
という。舞子のおなら、という。扇で顔隠して、ぷという。
アントン・セックスという。せくしられのお言いで、仕草
である。オナラをたっとぶポント草津という。

『ブブイのブイ』という、おのぶという、屁のことという。
『おのぶ』が舞子用語である。これで、おのぶおよよ、
という、舞子の万愚節という。
【落語家】
 これを、踏襲する落語家の万愚節である。扇を
『かんらく』という、落語家用語である。おならを、
顔で表す、へもんしら、という、単に、しら、とも。
扇で顔を半分隠して、片手の小さい拍子木で、
ビビビーと鳴るような音を出す。これが、そめ、という、
おりる、という、オナラをこく話である。落語家の万愚
節という。万愚節にする楽語とも。

 この楽語 、風呂屋、遊郭でする。他に、便所風の
建物でやる、ひすとす、という。これを、落語家ポルト
ガル語という。これで、落ちという、この日、おりました、
という。おり、という、落ちのことである。
【落語家の歌舞伎】
 この『おり』が、落語家のやる歌舞伎という。
歌舞伎の『オリオリオリ』をやる、落語家の上がりという。
これを、『すしくいねぇ』という。すしあがり落語という。

 『すし落ちしますか』という、落語家の女形という、
これを『オレポントス』という。おならを出しましたという、
やごめあがり、という。やごをたっとぶ、レオサンシーズと
いう。落語家の冠語真似という。マネキンの落語という。

 『あのマネキン、すしくいやがった』という、これを、落ち
あがり、という、落語家のすしマネキンという。招く調べ
という、ピアノ奏者のおなら、という。上品なかぐわしき
匂い入りである。
【宮津市】
 ポント出したを、ずうっとひる、という、ポント出したと
いう宮津民謡の、宮津白(みやずしら)という。これを、元
かえらり、という。歌舞伎役者が落語家の真似をする、
まねんずれ、という。これが、冠語ではない、歌舞伎役
者の専門用語である。

 『しゃらんめえ』という、落語家の『リオ』である。ブラジル
の落語である。外国へ飛んでいく話である。これわ、飛ん
で戻ったという、リオサンスウズウという、歌舞伎役者の
落語家真似のリオ戻しという。これが、万愚節の歌舞
伎役者の万愚という。歌舞伎ざんめえ、という。

 三昧残務の、ゆめのこし、という。落語家のあげという、
夢の腰という、残夢歌舞伎という。夢を見て越す、山川
上げ下げの、稲荷茂(いなりも)という、稲荷でする落語
家の歌舞伎という。

 どこまでが歌舞伎の話ですかという、ぎよのかられ、
という。『かられ』が、歌舞伎の原語である。歌かられ、
という。

 『ちょいと、べらさん、よっとくせ』という。これが、種証し
である。オナラのことといわず、しらをきる、という
くせという。『ちょっとくれ』と言えば、先斗三昧、縞の財布
という、宮津白のこいはなみる、という。

 宮津りゃんされのそりっす、という。島の採譜かという、
ミューランサーが出る、『おみゃあの、みゃあらは、みゅーじ
白か』という、音楽の拍の、しらかえせ、という。これを、
みゅーじっ通という。音楽団の歌舞伎をする。宮津白院
の歌舞伎である。この歌舞伎に動物が出る。人が動物の
格好で歌舞伎をする、白院歌舞伎のミュージックという。
ミュージックのおれおり、『おれおり、おれおり』という、
『おりおりおおり』のことである。動物のおならを、おれおり、
という。動物のおならを、やまいね・なおる、という。なおると
いう話である。おならのことを、なおる、という。これを、おなら
づくし、という。音楽家のおならという。

 『エ~イ、プッとやれ』という、名曲の聴き方という。

 合わせ落ちのお書きという。
【国会】
 だから、国会の歌という、宮津白の国会い、という。
『宮津らっとして、すさっさ』という白院の国調べという。
これを、お岩のおなら、という。巌国という、宮津白院
浦である。ミュージラーの歌という。ミューの白浜という。
ミューという院長のことである。白院長という、クジャク
のことである。巌国の美貌人という。歌舞伎の話で、
落語の話という。これを有名駄作という、太宰という、
太宰治という、靑森有名館という。一名、太宰白(
だざいしら)という。太宰白状の場という、有名作品と
いう。

 太宰論とりの、とりという、『クジャクが、ネギしょって、
かもまぜた』という、宮津の方便という、『まねた』の
ことを『まぜた』という。『いいなきを、しょって』という。
『いいなき』という、これを『いなき』という、稲荷の
ことである。神社のくじゃくをいなきという。くじゃくを
飼うことという。神社の、うらやまらぎ、という。
くじゃくを放し飼いする白院という、イギリスの日本
庭園という、クジャクの庭という。
 これを、国会いという、宮津の自慢という。

 ここの万愚節である。ポントというて行事をする。
主として歌である。ここの万愚節を、国会々という。
くじゃくを奉る白院の万愚節である。巌国美貌万
愚という。くじゃくのおならを喜ぶ、おいとまり、という。
おならを、とまり、という。宮津医学の一つである。

 国会議員のおならの合唱という、宮津白ゆみはむ、
という。『ゆみはむ』は、おならのことである。国のおなら
という、白院善詩という。『詩』が場所を表す。これを、
国会詩という。『はむさら』というて歌を始める、国会
おう、ならぶ、という。国会、おぶ、ならぶ、という。
はむさら会議という、歌で終える国会という。白院流
ともいう。

 これの意を体す、そんれら、という。そんめの・こくする
という。これを、国会忖度という。国のやましられの意
味という。、国会忖度の歌う国会という。代表を、
万愚節にとる、はむさらである。

 『さら』は食事の皿である。がんとめの歌という、『春
由』の、国会用語である。がれっせる、ともいう。
国会のことを、がめふま、という。宮津白の言いという。
白院冠語である。『がんとめ』の『がん』を巌という。
国会を巌国という、白院冠語である、りゃんぜら、とも
いう。うりすせとるり、という。この『るり』が鳥である。

 くじゃくを国鳥といっていた頃の日本という、キジとも
いう。白院のキジという、くじゃくのことである。くじゃくの
声、『ケセセ』という、くるっしぶのおなき、という。これを、
ルルーという、冠語という。鳴き声という。かんつらっくの・
しょめされ、という。国会の調べという。

 白院調という、『春由』の歌のことである。『さるは、
よっつれる』という、よびふりの・しらそれ、という。
国会をたっとぶ文である。歌う国会という。正義を
歌うという意味の類の『歌う』である。

 国会回し落ちとも。尊落山という。終わりを落ちと
いう。

 宮津航路ともいう、『あれらピンととる、ピンととる、
びらら、しゃんととる』という、白院周りの古い古い
民謡である、『縞の財布をピンとだした』という民謡の
前歌である、意が『ポントセット』の意で、始めるこ
とである。節度豊かのピン先という。くじゃくの羽のことを
ピンはね、という。後程。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2022年01月26日

出発1990 立庭尊歌 :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発1990 立庭尊歌


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/25
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/25
    監修、そうきょう連      2022/01/25
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/25
【歌詞解説】
私は家の前に立って歌を歌う
隣りあここに ぼつぼつと 家の玄関
人がいでて歌う 春由の歌
並ぶ人の顔 空を見て 道に向かい
川に向かって 万愚節の喜び歌う

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうよいお書き。
 

2022年01月27日

出発3002 およよふ :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発3002 およよふ


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/27
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/27
    監修、そうきょう連      2022/01/27
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/27
およよふ、地方官庁の書きという。
【京都市会】
軸を立てる、篠山段折の、はかゆらく、を使う。
宮津軸(みやづじ)を立てて歌う。
【青森市会】
花会、とかい、という読みをする。
恐山を、萬茂(ばんとく)という。青森の出の読み
という。。小さな恐山の模型をとる市会という。
青森の、もっせみ万愚節という。
恰好が、ささゆらる、という、さみしら、の格好という。
上に 、えおき、という、青森の、ポンゼルをいう。
これを着る、下に、れべせら、という、れくしょく、と
いう、これを履く、これに、ぱっせ、という、あこびば、
という胸飾りをつける。萬茂を少し高く上げる。
歌始めである。
【京都府会】
京都を『戸(と)』という、京都戸という。これを、
テッツという、テットという。テッツレという。
二段折節(おりぶし)を使う、篠山段ぜま、と
いう。これが、綾部の、びぼっとく、という。
綾部論ぜまを、ゆいはも、にとる。これを、
府会の、たいよる、という。この、たいよるの・
あせらき、という。鯛を飾る、飾った時に歌を
始める、とみしぐべ、という。鯛を、おりさる、
という。りっぴすの・おっぱれ、という。
 これをハレーションという、このハレーションで、
地側をいう、これを府にとる、地球の横面と
いう。レフレンテスという、地球儀の台という、
台の上の鯛という。
 自分を鯛という、この日の府会の言葉という。
これを、きょっこく、という、地球の府面という。
これで、今日トト、という。魚のことという。
 おととおよよ、という、府会の共産という。
これを、共産革命という。この共産が、鯛を
みっびつ、という。この革命に、こっち、という。
こちせらをとる。レオン埼という、京都府面と
いう。これを、ろけすて、という、ロコーション
という。メルレッテス・ランテという、この日の
およよ、という。これが、共産革命の京都
府会である。
 この共産が、レオンスルという、蜷貝を使う
、大きな貝という。これを鯛とともに飾る、
アール・ヨン・ファックレーという。アルテスとも。
 これで、歌の合図を、きよっそり、という。
式が、鯛が指揮をする、からけせ、という。
これで、京都府会が、海外を駒という。
この『海』が、議場である。府会議員を海外の
都市に充てる、鯛の指揮の貝外という。
これが蜷貝である。三角形の大きな貝である。
きょれっせる・ろんけせえ、という。
 これで、府から檄を飛ばすという形をとる、
貝が檄を飛ばすのである。この貝を府貝と
いう。地球をめでる貝という。

 これが、『小川の冬も・・』という、ゆっくりした
調子の歌という、貝の世渡りを思わす川の波
のような歌という。これを、貝と鯛の共産という。
革命を、貝褒め、という、鯛かみふみ、という。
これが、鯛と貝の共産府会という。
地球をめでる共産という。この共産の、およよ
ふりふり、という。

 これが、海の力の暴力を入れる、大きな波
の力を称える、およよこっぱれ、という。これが、
京都府会の共産の一意である。この日の共産を
、ぴびんふれ、という。府会全員が、党を、共産と
いう。党が、鯛と貝である。これを、共産鯛貝と
いう。後、大会という、大海である。これで、

 海始めという、およよの日である。楽器を入れる
貝の楽器と、鯛の形の弦楽器という。ラルーテル・
ロンセラーという。レブセックスという、ラントン・ロックス
ともいう。これが、冠語の府会である。古い日の、
蜷世名(になよな)冠語という。蜷城の冠語という。
この文の片仮名言葉である。アンラセーという、
ミユテックスを、ロッテという、ろりせらの言葉という。
古い蜷城の言葉である。

 これを、蜷貝のおよよ、鯛を友という、これを、
京有という、後、府会発の、海発おっぺ、という。
おっぺおよよという。これを、不海という。綾部という、
綾府見(あやふみ)の、やまるら、という。『ふみ』とい
う、海のことである。この海を、志位海という、これが、
市会をとる、しそうさる、という。

 志位海が、古い日本海である名前である。
古代の海という。ミントッスレーという。さそうせむの
・おりさり、という。さりらす・ろふて、という。これが、
共産の府会の意である。共産主義という話で、
、まるくれらく、という。京都の共産主義という。
 
 共に産する意という。およよさんふき、という。
この日の府会を、レットという、レット府会と
いう、日本列島の意という。るびんふり、という。

 貝と鯛の共産のおよよ、という。これが、貝鯛と
いう、鯛貝の、あってすれえ、という。めるさら、と
いう。冠語を使う府会である。

 古い日の、京都鴨浜(きょうとおうはま)という、
京都の海という、これを残す、きょっきらの府会と
いう。ベルッセルレル、という。ベルギー論という。
ベルギーの琴を添える、京用の、べぼんせ、という。
古い日のベルギー王の訪ねという、府会の訪ね
という。アルラッテスの・ゆっぷす、という。レルン・
ファーレラーという。これが、およよの一つに入る
式の山の、貝と鯛という。鯛貝大会という。
京都府民をとる共産という。これをレッセという。

 レッセッセの、サラスポンという。ポルトガルの
入れという。パーレル・ルッサン・パールレーという。
レッセという掛け声をする、綾部の後埼(あとさき)と
いう、志位海の埼という、古代の埼という。綾部海
ともいう。

 この綾部ふりの共産をいう、阿部さっぷ、という。
この阿部を、るいべら、という。貝を、るい、という、
ふっせらるの言葉という。これが、パユンセックスと
いう、アリーランスレーという。アリーランという、朝
鮮の取り入れという、アルチョンふりいの、ペバレンゼ
という。これが、朝鮮の、ヘギョンソワをとる、るいの
ヘギョンレクという。これで、『ソワ』と『ルイ』で、フランス
をとる、京都半村という。

 この日のおよよが、るいをかっぺ、という。この『へ』
で、健康をいう、かっぺおよよという。これが、仮名ふり
の、えぱっせる、という。ローイサン・フールキーという。
ふみすりのかっすき、という。

 京都の府会を、ごゆほぎ、という。世界の都市を、
どんどん取り入れていく京都の、ふりすら、という。
これが、京都府会の世界を、ペンタル、という。
この『タル』を、樽という。京都府会を、樽という、
別呼びである。樽を飾る玄関という。これで、

北海道の小樽をとる、アイヌ・ユンキシという。
後、交野市をとる、カルーセル・ランクスという。
ばぜっつ、という話という。これが、京都府会の
話である。およよの日の京都府会という。
共産をめでる京都という、蜷よりはっぷす、という。
共産という、古きをもよっていく話である。

『旧来ノ陋習ヲ破リ』という、『旧来の陋習をや、
ふり』という解釈の、陋習の意である。古いことを
たっとぶ一意である。これを、京都府民の解釈と
いう。祖先をたっとぶ話につながる陋習の言葉の
意という、踏襲という意である。旧来を踏襲する
話である。これが『樽』の意である。

 『樽』を『陋習』という、樽巻の縄のことである。
『旧来の陋習を破り』という、『樽』の一製造法
である。アサヒビール、サントリービール、キリンビール
、・・・に聞けば、この用法がある。『旧来の陋習です
』という話である。鏡開きの一つともいう、『旧来の
陋習を破る』という言葉である、鏡開き用語である。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

出発3000 祝万物 : イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発3000 祝万物



    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/26
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/26
    監修、そうきょう連      2022/01/26
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
小川岸 花持ち立って犬を連れ
狐も連れて後靴履かせ飾り付け
万愚節  動物とともに健康を
祝うと魚顔出す 歌を聴く
川流れ 春日
   犬がワン 鳴く時 歌を歌う時
   花飾る岸 波応えては高くなり
   低くなる 波は喜んで 犬が立ち
   狐は良い心を持ち歌う
   万物の春日

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/26
【歌詞解説】
 京都市五條大宮。川岸に花を添え、飾る。
高波たち、ひくくなる。これを、波の喜びという。
狐と犬を連れて、足靴を履かす、頭に小さな
飾りを付ける。古い日の万愚節である。
万物の万愚節という。

そうきょうよいお書き。
【某社】 


『君、万物の万愚節だ。動物もともに祝う。
 君もね、自動車に、感謝を捧げるか。』
   『初めて聞きました。私もそうします。』
『正月の飾りのようなものだ。自動車に
 飾るだろう。一緒に万愚節を祝うのだよ。』
   『はい、そういうことですか。よくわかります。』
『物が喜ぶ、そう言うんだ。程成る、万愚節の
 日の 成りだ。程成るの万愚節というんだ。
 君もやれば、よいよ。』
   『自動車の前で歌います。』
『国会に犬猫狐を連れて行く。自動車も
 ともに祝う。宮やりすり、という。大きな犬の
 前に鳥居を置く。猫の大きな猫、この横に
 まとみ、という、まて、という、はかみ、を置く。
 狐に、たきさ、という物を後ろに置く。これが、
 万愚節の行事なんだ。張る湯の歌を、
 そうして、歌うんだ。』
    『はい』

『自動車を、国会の玄関に向けて置く。
 これが自動車の喜びを出さすことなんだ。
 自動車が喜ぶんだ。そしてね、自動車の
 合間に、さこ、という物を飾る。これが、
 自動車の物であるという、さって、と自動車
 にいう。機械の代表という。これを、物の心
 という。物に心があるという。飾りでもいいよ。
 色々 、今でも、自動車に飾るだろう、その
 ことだ。君のいとい、という。自動車のいとい
 という。いとう話だ。』
    『はい、よくわかりました。万愚節に
     そうします。』
『よいことだよ。物の供養ということになる。
 なっぺの行い、という、万愚節なっぺとい
 う。ことゆと、ともいう。パッパという。
 かみゆみの・いおれる、という。タバコのめで
 ともいう。パッパという幼児語だよ。煙の
 上がる所がめでである。』
    『よく、わかります。』

『万愚節の日に使う、大きなタバコだよ。
 柳とうせ、というのだよ。宮やりすり、という、
 せっとす、という、せれそれの・よいはる、
 という。万愚節の一行事だよ。大きなタ
 バコを、指導者の屋根に乗せる。これを
 、とうし、という。ばれってす、という。
 やっぱの言いという。そういうことだよ。』
    『はい、よく、わかります。』
『万愚節の行事だよ。』

そうきょうのよい話。
柳とうせ、という、タバコのことである。

******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2022年01月28日

出発 3008 小浜万愚節・小浜歌語:イカスミ柳

録音
汗カキカキ、恥カキカキ。録音主は、いずの人か、・・・・
有名歌手にしてもらいました。
アール・ロッソン・テーフレーという録音。
****
220128_001.mp3
1分。
小浜万愚節。
歌のような語り。小浜歌語。冠語である。
アール・ショットン、という。


****
220128_002.mp3
20分。
小浜、新潟、富山、薩摩、世界のピグミー。
スミス経済学、これによるコックス英語。
オール・ロットン・フースーとぞそ。
万愚節掛かり。

これらの内容です。

北極冠語という、これを表す文字がある。
デンマークの、あるお方の話という、教えである。
このデンマークに、北極冠語と、文字と、言葉にある、
ピグミー論の一種という。デンマークの言葉にある、
ピグミー語である。
 デンマーク・ロッション・ラール、という。


オールル・ロットン・ルースーで、私をピグミーという。
 

2022年01月29日

出発3014 御歌解説・東京万愚 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発3014 御歌解説・東京万愚
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/29
【御歌解説】
『詩、述ぶれど、色に出にけり、我が子、
 意は、ものや思うと、ひとのと、うまで』

色 : 絵のこと、綺麗な色で描かれた絵
ものや: 弓、弓矢のこと
ひとのと: まったけ山のこと。あませの言い。
      司忍山のこと。

 ロボット馬で行く。我が子という、若い人である。
司忍山のことである。詩というのが、本歌で、和歌で
ある。
     
 『今頃は、ロボットに連れられ、まったけ山へ
いっているであろう。我が子の安全を思う。』

 アメリカ、自由の女神の御歌という。我が子という
、ボーイという、兵士を思う歌。万葉記紀に至る名
歌である。自由の女神の兵士が神戸へやってきた
という、そのことである。やなぎ目の女神という、自由
の女神の目である。
【子意見山・司忍山】
 子意見(しいみ)山という司忍山である。ここから、
見る場を、志位の海という。海の共産という。
漁師の喜ぶ話という。志位の海を見る、弓矢の物絵
という。

 司忍を思想という。シソーレという。『忍ぶれど』という
上の歌の書きもある。山の江を、思想見という。原始
人の頭を類推する物見の山という、思想現屯という。
これを、とんじす、という、後、頓知という。
【書家】
 司忍の闇という、頭を司忍という、史記刺客列伝の
医者という。書家の見方である、言いである。
『呂牙(リョガ)、殷にあり』という。呂牙は呂尚(りょしょう)
のことである。舎路の呂牙という、旅中の医者という、
呂牙を刺客者という、刺客者を医者という、書家の
言いである。

 『呂牙、殷にあり』という、舎路の死角という。司忍を
仰ぐ角度である。仰角零度という。山を拝む姿である、
死角という。山に向かってお辞儀をしている。死者が
掛かり、死者をたっとぶ山という。
【宮津本間】
 『あいや、またれい』、その『シ』は『始』であるという、
始角本間という。たしかな楼の本間という、宮津本間
という。

 始を司る、万花の始という。これを司始という。万花
節の始の時である。
【ビール協賛天王山】
 ビール協賛の天王山という。全国酒造を、ボーレル
という。ビール会社の鏡開きの音に、暴力団の拍子木
の音が合う、これを、音の暴落という。万愚節のことである。

 死者を思う万花の一節という、楕円ぐうめく、という。
死者の楕円と生者の正円が合う時という、万花節
である。死者をたっとぶ万愚節という。
【明石城万愚節】
 明石の不図という、絵を、ふず、という。明石城の万
愚節という。これを、司忍思想という。司忍図を、不図
という。ふずゆら、という、絵の司忍山の周りである、
明石浜ともいう。
【芦屋塩田】
 自由の女神の、ニュットンという。この『トン』を頓知
という。自由の女神の思想という、明石論寸のこれすり、
という。これが、明石浜の塩である。安全を期することと
いう。死角柵、刺客策の塩という。刺客列伝塩田という。
小池列という、明石山の芦屋の塩田という。私のいた
芦屋という。アシア屋からの飛行という、れんする・ろよっと、
という。ジェットのアステカという。アステカへ向かうジェット機
という。アステカ周りの青島という、中国チンタオである。
ここの島の塩田作りである。
【塩の安全】
 この塩田の作りの一部という、明石三宮という、ここの
万愚節にある一部である。
『塩もって、そられら、シソーレス』という、歌語の歌という、
後、『春由』である。塩の思想という、安全の得という。
葬後の塩の風習という、塩を渡して、葬を終える
風習という。安全健康の意である。思わしくないという
時には、塩というなり、塩を少しかけるなり・・・・である。

 カマタッキス・レックスという、清めの塩という、穢れを
ぬぐう、という、安全健康のことという。

 カマタッキスという、釜遣という、塩の歌のことをいう。
レッテスのお歌という。『色に出にけり』という、塩のこ
とでもある。神戸三宮のことともいう。

 アールランレン・ソワッルーという。みしょれそ、という。
塩作りのたっとさ、という。

 国会の万愚節に、塩田の作りの書き物を入れる
、れんせま・せーらー、という。頭に塩田の巻きをする
、よんろせのてむす、という。塩田作業の巻きという。
塩使いの万愚節の、宮津家老という、この家老の
塩しろという言いの、芦屋の加わりという。これを、
芦屋かっけら、という。国会が芦屋をとる、ろべせべの
・おりらんすうるう、という。塩を織る国という、これを、
もっぺ、という。もれせれ、という。また山のお書きと
いう。

 大お爺さんおらるれら、という、芦屋の言いの、ろっぺ
すっぺ、という。これを、ぺぺせむ、という。『ぺ』という、
安全のことという。代表を田舎っぺ、という。都会
さっせる、ともいう。この『都会』を、東京都会という
掛かりをする、都庁のがぺふみ、という。
【東京都庁万愚節】
 都庁の万愚節のことという。がらっせまの・ろいそい、
という。東京都庁を、ごんせま、ごんせる、という。
これを、にっさま、という。にっさま都庁という、国会の
入れを、芦屋で入れる、しおめらのこっこす、という。

 都庁が、ろっする・そめせめ、という。ろきの都庁という。
格好に、塩田被りさっつれ、という、これを、ろきえき、
という。ろきえきに、袴座遣(はかざやり)という、これを
、はったり、という、はったりを入れた袴という、袴の下に
白い帯状をつける、上に、はおれら、という、はおせの・
るべせふ、を使う、ろっけく、という。ろいそいの・はっくくせく
、という。白をとる塩の表しという。これを、白塩という。
芦屋らんぺす、という。おんの(遠野)れっくす、ともいう。
えびすらんてさの言いという。あきやぜの冠語という。
東京都庁の冠語である。

 この日の冠語という、ごんせむらく、という。都庁の冠
語のことという。塩田被りという、冠語のごんせむらく、
である。これを、あこふこ、という、あきらくの・いそよそ、
という。私の故郷という、芦屋塩田という。私がいた
塩田である。広大な塩田という。

 昔思う、しおしおの流れろ、という。路を道という、
塩路はるか、という、塩作りの工程という。また行く、
芦屋、大お爺さん大おばあさん、いらそら、いろそれ、
れるて、れっそそ、ゆるらる・おいとれ、とそづ。
【芦屋からの飛行】
 山並みが遠くにあったように思う、芦屋からの飛行、
デンマークへ行く、ドロー落という。ドローンのような飛
行機である。またやたのおつれ、とぞそ。ピサロ航法
という、ドロー落の航法という。

 機をトムソムにとる、あるすれの・といこひ、という。
また行く、芦屋からのデンパックという。この日の飛
行とぞつ。芦屋しおっかぺ、という、機の名前である。

 アメリカ・ニューヨーク・ハドソン、自由の女神の周りを
回って、墓のアーリントンへ行く、ドロー落の、私の雄
の繰りである。古い古い記憶である。
【アーリントンから天津】
 アーリントン拝しフックスという、まゆせまの・さいたれ、
へ行く、今の、デラッセラという、中共のよほれか、という、
シェンチェンという天津である。ここの塩の作りという。
天津すっく、という、らるれるの・ろいほい、の、てそろそ、
という。塩の作りである。らるってんしす、という、めとゆ
とのおいそむ塩という。
【天津の運河】
 海からの水を運ぶ運河という、やゆやゆのあってす、
という。これを、トレンフスという。れれてのふゆふゆ、という。

 この航路を都庁航路という。ドロー落の航路である。
また行くしぇんちぇん、あるゆってす・おいきる・チャオ原と
いう。運河を、といはる、トンフラーという、トンシンのたち
たち、という。またまたのお行きという。塩の世のうちゆつ・
ゆってす、のお書きとぞづ。
【ロシア民謡、モスクワ郊外】
 ある人のといかれ、という。私を自由の原始人という。
自由原子のお書きという。原子爆弾を爆発さすお行き
とも。原子爆弾投下のチョッホルという、天津の郊外という。
『うらりる ゆうらぐ そーほぅず ららてる ろうこしぎ 
 そうれされす こうりふかる せろれろるさまれ
 うらしぎる とうほ らせる とみしばづ ちーさる』

ロシア民謡の『モスコースク』という歌の節という、
『窓に明かりが灯り・・・・・・』という歌の冠語である。
 
この歌の『・・・・・らせる ** とみしばづ・・・・・・』
という所の『**』で投下のスイッチを入れる、歌語投下
という。

 『とみしばづ ** ちーさる』という、『**』のところで、
爆発する投下法という、四分音符100の速さの歌という。
御兄御上お歌われ、大おじいさんお添いらる、投下と
いう。司忍山の大お爺さんという、ドロー落からの投下という。
スイッツという爆弾の名とぞ。ロシア軍のたっとび、という。

 原爆を投下して雲を作り、それをちらすことで、雨を、
翌日に降らす、この目的で投下する、これで、地がゆるみ、
工事をする運河の開削という。バットメ、バッ、という工法
である。ロシア民謡を聞けば、大工事を連想する、これを
戦争という、工事のことである。ラランスレーという、みって
すの・おいとり、という。囚人服で乗り組む、がっための・
ろっくす、という。古い中共のとさめさ、という。天津運河の
開削である。
【東京都庁万愚節】
 原始人のロシア民謡である。『夜霧の彼方へ・・・・・・』
と歌い、大砲をぶっ放す、私の好きなロシア民謡です。
短調という、裏切りの歌ともいう、浦を切る大砲という。
この大砲が都庁門前に飾られる都庁の万世万愚節という。
万世を、よろずのたた、という。たたの・おくさり、という。
歌に、民謡の、デカン落という、かんらくの・とよふみ、という。
これを添える、『春由』の後という。『デッカデッカ』という掛け
声を掛ける、こてすてのお歌という、『あら、よういようい、
デッカンショ』という、『はなのお江戸でしばいする』という、
篠節の歌いという、これを、最後に添わす、ごぼうれる、
という、ドッコショッコという、ドレッコスの歌という、

 篠山デッカンの掛かりで、デッカルという靑森の芝を
取り入れ、この芝で、アフガンのデカンの地の歌をいう、
れるそれの・れてんそ、というアフガンの民謡話歌う、
これが、都庁の都長調という、歌一連を都長調という、
万愚節の言いである。こっけさ、という都庁の万愚節
という。また行く都庁、私の官庁故郷である。
『よろしく、願いやら、るわって、そすれす、ろよんす』と
いう私の挨拶という。芦屋大お爺さんお教え、あるゆる、
あたせら、またゆらのお書きという。古い古い話という。
忠臣蔵という赤穂のきらゆら、という、歌語である。
『あたも、きったし、すめら、ろよる、すっすす』という、
天津ろっく、という。頭に紙折の兜をつけて、アール・
ロックソーという、歌語いう、これで始める、合図である。
【知事の指揮】
 楽を入れる場合、オルガンという、これに、フルート、
また、ハーモニカという、ピアノ類を入れる。指揮は、
都知事で、弓手という、両に、体を『イ』の字にする
手旗信号の形という、両手に指揮棒を持つ、一旦、
逆にする、逆『イ』の字にする、これで、両手を真前へ
揃え出す、上へ上げて、降ろして指揮をする。
降ろした時が歌始である。これで、イ裏イ指揮と
いう、意が、浦である、開削および、開くという、開都
の意である。東京の白という、この白の築城という、
その時の指揮の謂れという。『イ』で、ファボという、
次の逆『イ』で、フォスという小声という。
【太田道灌】
 これが、ファボフォスという、城築城の掛かりの号令
である。今の江戸城の築城である。太田道灌という
御方の指揮である。
 東京におく天津空爆という。空爆の歌である。
ドロー落ソンテスのおき、である。

 これらが、東京都庁の万愚節の意である。これに、
都民を入れる、都民ろうしゅく、という。あねまらの・
ろいっとす、という。びんがしゃくの踊りという。
ターファーのマッテスという。東京おわそ、という、
おわらのことという、これを意とする踊りという、
みるんしゃらのれっけき、という。阿波踊りのような
踊りという、格好もほとんど同じである。これに、
阿波のしっぱら、という、小豆島の入れをする。
かんかさの踊りという。『れるららってらって』という
掛けの始という、『といよられ、れっさよる、れれてす、
れっそれっそ』という、踊りの掛け声という。

これに小さい神輿を添わす、東京ろってそのあゆ
より、という。鮎島神宮の言いという、東京の都庁の
神宮である。全宗教をこの神宮に入れる、これが、
掛け声の意である。手を、ショットン手という、
手の人指を前へだして、出し引いて、行進する、
踊りを始める、京舞の入れという、寺のからせらという、
あみなのここくく、という、耶蘇教のアーララアーララと
いう、マホメットのルッラーホラーという、ヒンズーのシュ
イシュという、これを代表に、歌を歌う。『春由』という、
これに続く、アールサンファツルーのおいそり、という。
ロシア民謡などがこれに続く、万愚節の一景である。
 『あるらラント・シャラ、ルントシャッテ』という、変わり手
を知らす掛け声とぞづ。シオックスという。塩手という。
冠語の掛け声である。
ギターの行進を入れる場合もある。『ベサメ・ムーチョ』
の歌である。格好は南米の格好である。南米を取り
入れる話という。

 国旗に、びずさる、という飾りをする、都庁旗とも。
赤い垂れを付ける。これを、先頭にする場合もある。
これが、イギリスのカレードニア・ロットという、そこの
岩のストーン・ヘッドという、これのめでという。
東京を、すれすら、という、カレードニアの返礼である。

カレドニアにこの日、江戸弁を使う、かんたく、という、
官宅。この日一日、江戸弁を使うのである。ガーラン・
ゼールラーという、おいっしょくという返礼の一種という。
私の古い都庁の時という、その時にした万愚節である。
総勢5000人である。ギター列入れてした話という。
日が、二月の二十八、九、三十という。九、三十が
万愚節の日という、三月一、ニである。二月を掛けた
日の言いという。これが、東京江戸万愚暦である。

 この日のダブった所で、地軸が回転をする、地球が
回り、地軸も共に回っていく、かんためのいそゆら、とい
う。『ゆら』が地球である。地球儀に地軸が回っていく
器具をつける、この二日間のことという。

 若い人の考案で、『これがよい』と、仰った油田の
お爺さんという、ルアンダの黒人のお爺さんという。
この日、アフリカのルアンダが、東京を、まっとべ、という。
これが、都庁のアフリカ取り入れである。『まっとべ』
という日本語の言葉を出すルアンダの官庁という。
ルアンダが喜ぶ話という。

 これらが東京都庁の他都市とり、他国とりである。
若い人が、妙齢のご婦人の考案です、と言うた。
これで、ルアンダOKが出たのである。新宮殿、
夜の密会という話である。地球儀はどうあるか、
ぐにゃふにゃの地球という。ぐにゃふにゃ儀という。
大お爺さんお教えのことである。地球儀の講義という。
宮殿員全部揃っての考案である。若い人の考案という。
うちやちゃの日の話である。地球儀の横にピサロを飾る
東京都庁のその日である。

 ギター行進先頭が、ほおかむりで、ひょっとこ面、すそ
からあげで、団扇をもつ指揮をする。ベサメ・ムーチョである。

 古い古い日の私の思い出である。
万愚節大切、死者の供養入りとぞそ。死者とともに、
生きる万愚の日という。
【耶蘇教列】
 後列に、キリスト、マリアが出る。このキリスト、マリア
に悪魔がつく。悪魔が十時を背負うて、『イ』という、
もう1人の悪魔が『ィ~イ』という、逆イを表す。後、
最後の晩餐の人がでる。霊界の格好をする、絵にある
天使の格好である。キリストが『南無阿弥陀仏』という、
マリアが『アッラー、アッラー、アッラー』という、ムスリムと
いう、マホメット教を称えるのである。古い古い東京都
庁の万愚節である。ひょっとこ面の大おじいさんという、
団扇で指揮をされていたのである。ギター行進の式で
ある。イイの行進という。宗教も世界もどんどん取り
入れていく、どこの都市の万愚節もこれである。

 『アラッシャア』という掛け声で、ピパという、ピパソングを
歌う、『時は春、時は朝・・・・・・The year's at the spring,』
という歌である。節つけが、アラリラの人という。この歌がある。
ベサメの次である。

 次は、『しのぶれど』の和歌の朗読という。ひょっと
こ面のお爺さんがされたことという。もう1人のお爺さんである。

 この時にできたものがある。東京地下鉄の延伸工事で
ある。これと、東京湾の拡張工事である。これが、経済の
万愚節の取り入れで、できたことという。経済が万愚節を
いう、この経済を、るいっくす、という。フランスを取り入れる
経済である。テージーベーの地下鉄という。

 この時の日本の経済、黒字である。アルンテラッスウという、
経済のかいせり、という、ペッパーの経済という。スミス経済を
まぜた経済という。ルースルーの経落という。経済学を、
もめさり、という。これが、描かれている万愚節である。
ぜんじすという経済学である。ユーカリ市を出した東京万
愚節である。後、夕張という。北策の万愚節のという、この
日の万愚節である。

 若い人が着ていたのが古囚人服である。

【悪魔の指揮】
 キリストの横につく悪魔が指揮をする。キリストが歌う、
悪魔にみいられた意の歌である。この悪魔にキリストの
十字をさす、これを、悪魔きょっはく、という。
これで、『南無阿弥陀仏』と悪魔がいう、これが
キリストの声という、悪魔が十字を渡すそぶりをする。
それで、隣のマリアに、十字を回す、マリアつきの悪魔
という。この悪魔を、ときやみ、という。キリストつき
の悪魔を、めそれれ、という。ときやみ・めそれれ、を
きりふみ、という。これが、キリストの治しをいう。
悪魔の指揮という、南無阿弥陀仏で治るという。
 病直しをいう、これが、キリストの治しである。
治った人がいる、らっぷさんぷの人という。
これが、現実にあった、東京の万愚節という。
 名を、きそゆき、という、万愚節の治しの名前
という。病気が、ライ病である。死者をたっとぶひに、
これが出る。死者を重んずる万愚節という。
 東欧の人という。チャーレルというひの、
ばんせまる・ひよるり、という。キリストの治しの
話である。万愚節をたっとぶ話という。

きょっこくの、チェッサムの言いの、いとすみ、
という。色んな祭りの話という。これが実際にある、
京都の祇園世のおまつ、という、祇園祭である。
疫病がはやって祭りをしたいうひぃで、死者をたっとぶ
ことをいう。これが、直りの一つの心理という。

 死者への、こうく、という。これを、かっずべ、
という。京の、はふはふ、という。これが、万愚
節にある、ロレンスレーという。万愚節のキリス
トの治し、という。バレッセル・ランクスという。
悪魔の入れをする、万愚節という。

 司忍山のお爺さんの悪魔役という。この日の
デカしたである。キリストが悪魔を呼ぶ一面という。
治ることがある話という。ベサメ・ムーチョの歌と
いう。これも一因という。東京都庁の治しともいう。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

出発3012 丁抹万愚節:イカスミ柳

腹を横に書く。

【曲名】 出発3012 丁抹万愚節
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/29
【丁抹万愚節】
 若い人は、『デンマークに、御姉がおられる』
という。ここへ行って来たという。デンマークの
万愚節という。『ここで、囚人の格好をしたんだ』と
いう。姉の御前という。デンマークの波止場町である。

 たくさんの人がおられた、御姉の御場所という。
ここを、御場(おんば、おば)という。御姉が海を見て
いられるという。海の江の山の岡という。姉のおられる
所である。
【地軸】
 『ここへ、地軸を持って行ったんだ』という。御姉の
仰せに、『日去りの国から、よられたとのごゆれ、
くつろぜをせられ』とそ。横には、デンマークの御方が
おられる、教えの御方という。この御方のお教えの
一つという。ピサロの像という、世界を支配された
御方ですよ。これを、ピサロの逆襲という。
【ピサロ】
 デンマークのピサロの御方という。スペイン語が、
デンマークの外国語である。かの有名なマチュ
ピチュのピサロである。このピサロが、人魚姫と
ともにいく、という。全世界をいう。手に地軸を
持って回るという。
【マチュピチュ】
 これで、マチュピチュで、スペイン語を話すピサロと
いう、スペイン語が全世界に広がる、これを、スペ
インの征服という。言葉が広まることをいう。
【丁抹万愚節】
 この御姉のお供をするというピサロである。人魚姫と
いう有名な御方である。この御方の話という。若い
人が立って拝む人である。人魚姫礼拝の日去り国の
よみ人という。この御姉を敬うのである。人魚姫という。
『いよまんて』という、拍手という。拝みの手という。
そして、地軸を人魚姫に差し出すのである。これが、
デンマークの万愚節である。
【原子爆弾】
 この御姉をたっとぶ話に、原子人という。原子爆弾を
御姉の弟という、原子人という。御姉にもらいましたとい
う原子爆弾を腰弁当のように巻いているのである。
原子爆弾という御姉が持ち主であるという。尊いものという。

 御姉の言葉という、『みてしゃられら』という、デンマーク
語でいわれるのである。原子爆弾の人形姫という。
『後は世界中に飛んでいくのですよ』と。
原潜の停泊という。人魚姫の御命を仰ぐという。

 『その原子爆弾は世界中に持って行きます。』という。
『どこに置いたかは、世界の知識なり。置かれた所を、
 とぞら、という。』 空の原子爆弾という。御姉は
そんな御方である。

『世界で健康になりたいと、大勢で奇声を上げる、
 いつなんどき、爆発するやら』と、仰せられ、
『わらわの万愚といいます』とぞ。『弟に少しく持たして
 旅をさします』と。『誰に爆弾を渡すかは、原始人で
 ある弟のその日のおもむきです。』

こういう万愚節という。『今もある』という原始人である。
この日に、デンマークの北極という。デンマークを北極という。
『地軸が傾くのだ』という、万愚節の日のことという。
【地軸がまっすぐになる万愚節】
 デンマークが北極だという原始人である。コペンハーゲ
ンの人魚姫から、中国南京への地軸という。南京ほうせみ、
という、地軸である、コペン・ラッセルという、コペンハーゲン軸
という、原始人地球学という。まっすぐになった地軸という。

 これが万愚節の、たうとい、話である。人魚姫町の古
い話である。デンマークの姫話という。

 これを密則らむ、という、デンマークの冠語という、北極
冠語という。
【地球が太古にもどる万愚節】
 万愚節には、地軸が傾くという、まっすぐになる。太古に
もどるのである。デンマークを、地軸国という。この日、日本
を日去りの国という。これをデンマークで世界という。世界に
ばらまいた原子爆弾が破裂することを、太陽という原始人
である。だから原始人をたっとぶのである、『あの万愚』という
のである。『原子爆弾は世界へばらまいてあるのや』という人
である、『御姉の御命である』という。
【空に置かれた原子爆弾】
 ピサロと一緒にマチュピチュへいった、日去りの原始人という。
あの空においてある原子爆弾という。たくさん、おいといた話と
いう。デンマーク人魚姫町の、姫話という。
【人魚突発】
日去りという、ひさろ航路という、ピサロという、マチュピチュ
への道という、コペンハーゲン人魚姫のおられる所発である。
これを人魚突発という、原子爆弾という話とも。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2022年01月29日

出発3010 司忍山 :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発3010 司忍山


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/28
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/28
    監修、そうきょう連      2022/01/28
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
まったけ山登れと命令伝 見上げては
傘の下の麓より ねふ上がり まっすぐな
麓道 さて、上がるか まっすぐな登りに
かけた梯子を登り 傘下伝い登ると
傘皮針崎へ着き 塩谷崎 翻して登る

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
 神戸のまったけ山という、ここを司忍山という。
一名、子意見山(しいみやま)という。ここの、
まったけで、山をいう。まったけ山という。神戸にある
やまである。日本全国の山という。まったけの形を
した山という。新潟にもある。新潟の、やっとき、と
いう山という。ここの上の万愚節という。海を、志位
の海という。日本古代の海である。
 ここで万愚節をする、しっとれ、という万愚節で
ある。

 山に登って斜め斜辺で、歌を歌う、しっさま、という。
これが、司忍時という、歌話始める時である。ここへ
登り、『やましと、うるわら』という、これが。歌の合図
である。私のはなしという。神戸三宮の山という。

 後、まったけの部分の傘の下に、土を入れて上から
土で覆う、まったけの山のことという。まったけの絵という。
古い神戸のまったけ山の歌という。神戸三宮の古い
万愚節という。この万愚節を、今の神戸が、古万愚節
という。由緒ある神戸の花愚説という。

 拍子木を打ち歌を歌うことという。これを、こいさみ、と
いう。この万愚節の日の歌のことという。懐かしいまったけ
山の歌という。私の故郷という、神戸三宮とぞそ。

 三田闇(みたやみ)の射庭(いば)という。背に小さな
弓を背負う、まったけの登りという。この弓を、射庭先
(いばさき)という、神戸の弓という。居庭という、神戸
である、神戸の言いという。

 矢を小さな矢をゆるし放つ。射庭様という。弓矢である。
小さな20センチ程の弓矢である。神戸を、射庭よま、
という、万愚節の言いという。ほぼ冠語である。

 古い私記憶くという、司忍山のお書きという。

 周りを志位海という。日本海の意味である。古い日
本の海の古代の呼びという。代表を日本海にとる、
日本海を志位海という。今の日本海のことである。
綾部の場所ともいう。綾府遣という、綾府の事場である。

 神戸を、綾ふめ、という、あよらよ、という。古い神戸
の呼びてある。万愚節にこれが出る、万愚節の事場
という。志位万愚という、綾府のやとれ、という。
矢を背負うことである。上れた話という。

 これを、とうふり、という。後、登頂という。やったあ山
のお書きという。古い話である、万愚節の思い出という。
神戸の司忍山の思い出である。

 この神戸、神辺(かみのべ)という、神辺登攀(しんぺん
とうはん)という。ここをのほることを、かいくみ、という。
かりす、という。神戸の団の言いという、冠語である。
昔の神戸である。返り道は恐かったという、若い人で
ある。これを、言わずという。いわず登攀という。言って
いない話という。この後、塩田へ行く。証しかしの塩田
という。古い日の、芦屋の近くという。今の芦屋である。
芦屋からの飛行という。芦屋から赤穂へ行く。

 芦屋の塩田を見て、後、上海、懿渡島へ行く。
これを、南京ホンハウという、南京相府のお行きとぞそ。
ドイツの一次大戦という、ドムテスという。これが、塩
田の作りである。作りを、たたかい、という、この期の
言いである。神戸の三宮の言いという。

 登攀を、たつ、という。たつみつ、という。山を登る
ことである。この『を』の使い、ほねゆみの言いという。
『山へ登る』という、通常の言いである。

 拍子の変わり目が、地上と平行の所の率である。
『12345、12345』と登っていく拍子という。登れた話
という。司忍山登攀の話である。古い昔のことである。

 弓を放たれた人という、大きな弓である。しのびら
のお弓という。神戸船舶の弓という。さっつれのれれす、
という。弓をれれという。れれらる・おしるせ、という。
神戸の古い言いである。

 万愚節に思う文という。思い出のこうやか、という。
しのぶ山のお書きという。この山のうらっかわに住まい
をさしてもらったことという。司忍山の裏である。山越
えた向こう側である。

 明石へ行くという日の登りである。明石しへ行って明石
の万愚節を見る日という。後、赤穂の芦屋という、芦屋の
塩田の見という。みみせる・えんすめ、という。塩作りの
広大な塩田という。後、赤穂の塩田という、後、赤穂城
の住まいとぞそ。あっからき、という、赤き言いの明石という。

 懐かしい、神戸の司忍山、大お爺さんおいられること
という。大お爺さんおられおられ家 、ありるありる・
やれそる・ふられ、という。山々の譜とぞそ。

2022/01/28
【歌詞解説】

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』

 

2022年01月30日

出発3016 歌・治癒 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発3016 歌・治癒
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/29
【歌詞解説】
DE3014続き
 世界各地にある話で、万愚節に治る話もある。
奇跡といわれている一種という。この日、万愚節の
行列を拝んでいたという、治った人という。

 アメリカのスプリング(フロリダ近く)という、ここの
万愚節という、死をリブという、死者をリビング・リリビ
ングという。

 イギリス、ポーター・フィールズの詩人という、ベサ
メ・ムーチョの歌詞に、治りを入れた詩という、リブ
スラーという、ベサメ・ムーチョ英訳という。この詩の
愛読という。これを説いた人である。病気に好影
響があるという話という。

 いずれも万愚節に関わった場所という、万愚
節の日の主たる行事という。これを、ロリスレー
という。あってすの万愚節という。死者を弔う意という。

 京都の祇園祭にも、こういう話がある。祇園の
『まる』という、死者弔いの意という。

 いずれも健康をめざし、病気治癒を願う人の心の
歌という。『しのぶれど』という一種の歌の解釈ある。
よみ山の意のことという。いれそれの・あうたる、という。

 それぞれの家で万愚節をするひぃに、死者をたっ
とぶ話 という。これを、姿勢という。この姿勢が、
府市をとっていく、万愚節の官庁のはゆれ、という。
万愚節の官庁に、病治しという、健康維持という、
ことがある話という。他、会社、団体とも。

 これが、具現した万愚節である。大切にしたい
ものです。

 DE3014、悪魔の治しともいう。背中の十字
がこれを意味する。キリストともにいる悪魔という。
これが、朗家の話である。ロー家という。キリスト・
ローマのことである。耶蘇教の話という。

 家に寝ておられ、起き上がれない人で、自動
車で、その家族ともども一緒に、東京万愚節へ
いったのである。自動車では寝ておられたのである。
自動車の中におられ、行列に手を合わせ拝んで
おられた人である。自動車の窓から、じっと、
手を合わせていた人である。家に帰る時、少したたれ、
家へ帰って歩いておられた話という。らい病の人
である。東欧の人という。官庁に、このような機能
があるものという。たまれの岩のお絵という。
その人を思う話という。我が家の誇りである。

 たそれ、たそ、という、肺病という、らい病という。
これを治す言葉である。たそられて、という、万愚
節のことである。

 ピパソングの詩にもある話です。
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Pippa's Song 
  Robert Browning
                                            
春 の 朝
ブラウニング
上 田  敏
The year's at the spring 
時は春、
And day's at the morn;   
日は朝(あした)、
Morning's at seven;    
朝(あした)は七時、
The hill‐side's dew‐pearled;
片岡(かたをか)に露みちて、
The lark's on the wing;   
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
The snail's on the thorn;
蝸牛(かたつむり)枝に這(は)ひ、
God's in his heaven ― 
神、そらに知ろしめす。
All's right with the world! 
すべて世は事も無し。

そうきょうよいお書き。
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『天照大神、そうきょう、よいよい』
 1/31やすみ