そうきょうは、よい時 です。

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2021年05月01日

出発52 いわんときんか

【曲名】 出発52 いわんときんか
    創曲、今 出発・正(やなぎ)  2021/04/30
    造詞、今 から ・正      2021/04/30
    監修、今 正出         2021/04/30

【歌詞】正里

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
【おわら風】
2021/04/30
おわら
 2021/04/30

 富山おわら
篠山おわら
岐阜金華山おわら
名古屋春日井おわらりな
名古屋おわり
京都ながぜるおわら
【兵庫県篠山】
『おわる』の篠山連という、この篠山の
おわらさっかく、という、尤離楼という、
この楼の古い名である。これが、
『おわられら』という、篠山数空のいいさみゆら、
という。おわらの出の、篠ゆま浜ゆり、という。
これが篠山の高山という、高山という、篠山が
おのを高やし、という、これを高山という。
高山連空という、この日、京都が、自分を、
篠ゆま、という。京の篠山をいう。この京都の
言いとぞす。
【京都峰】
 『れおてせんくら』という、言いやしのとり
ふり、という。これが、京都峰の交野の言いで
ある。この日、片山を、こうしび、という。
かたせる川ゆら、という。これを、交野連句と
いう。交野の言いの京都のいいそり、という。
交野の言葉を使う、篠ふりゆき、という。
これを、『おわられ』という、岐阜の言いの
金華山という、金華山の言いに、京都の言葉が
ある、これが、交野という、かりせらの言葉と
いう。これを、岐阜のきんという、きんさる-
るいすい、という。これを、みんそま、という。
れそんの、ゆいおってす、という。れそんとれっく、
【大阪箕面】
という。これが、箕の言いである。この『箕』、
大阪の箕面という、今の、大阪の梅田新道の一番
端である。この箕面、おいしかのふみやら、という。
ここの言いという。かんせられんくう、という、
かってすという、かてらの言いという。
 これが、おわらの風が吹く航路である、進路と
いう。おわら風の言いという。
【おわら風の進路】
 隼人おわら、という、九州大分のおわれら、と
いう。後、山口のおわせ、という、おわせの磯弓
という。東へ行って広島の『おわっとせ』という。
岡山へ行き、『おねおり』という、おわらの言い
である。この後、兵庫篠山へ行く、『ねねそり』と
いう。この時、赤穂から西脇へよる、風が出る、
この出た風を、『おわらわら』という、西脇赤穂の
言いという。
 この時、西脇から、兵庫の氷上という、この
行きになる風が出る、この風を、兵庫のたぜれま、
という。これを、多田の兵庫という。兵庫の豊能の
ところである。この豊能、今の川西池田になる前の
『みのそき』という、これが、別れ風の進路という。
 箕面で、風が合わさるのである。そして再び、能勢
へいって篠山へ行く、この風のことの言いという、
。『ひろしられえ』という。ひろしらの風という。
 これが、『ふく』という字のつく場所の言いである。
福知山、福山、福崎、福住(亀岡)・・という。福田の
言いという。福井のことともいう。

 この『ひろしられえ』が、篠山を、ゆうた、という。
ふくの字の付く所の、篠山を指す言いという、ゆうた、
という。これが、『おわりゅう』という、おわりゅうの
言いの言葉の、言いやすい変化という、これで、風を
『りゅう』という、主に大風をいう。
【鳥取】
 このまま篠山から鳥取へ抜ける風がある、『いわん
とき風』という、『いわんときんか』という、鳥取の
言いの風という。

 鳥取から倉吉へ行き、再び、広瀬山に行く。この時の
風の強さを、『いわん』という、『いわんさき』という、
これが、島根の境の言いという、『いわんさめ』という。
この場が、広瀬の場である。この広瀬が、今の広島の
瀬戸内安芸津という、ここを広瀬という、いわんときんかの
言いという。安芸津闇という、言葉である。

  これが、尾張の言いである。この全部を、尾張という。
  尾張の話という。

 『Let's roll、レッツ、ロール、まいて行こう』という、
rolling stone ローリング・ストーンという、石を巻き
上げる風である。stone circle wind ストーン・サークル
・ウインドという、この巻き上げる突風を、スットン拍子と
いう、ひょっとこという、ひょっとこ風という、石巻風という。
後程。

2021/05/01 付け
おわら、おわられて、と言う。
おわり、おわりられ、
おわる、おわるそる、
おわれ、おわっそる、
おわろ、ろっくすれる、という。
これが、おわらのれむそれ楽という。
らむんて・れっそくのお言いという。
このいいの、めば、という。これを、ろいふき、という。
めゆろっとくの屋の言いという。ろむすっくくの屋の
ぺゆべそ、という。この『べそ』が、べそかくのべそ、
である。むうゆるりみっとの言いという。
これが、またゆた、の言いである。めめそ、ともいう。
台風の吹く風の進路を、ぺぞ、るみ、まべ、ふぬゆれ、
という。これを、御所みくの言葉という。
台風を、るりょんろ、という、大風である。

これが、京都壬生の賀陽御所の言いである、今の
京都御所に受け継がれる。るりょんぱっくすの
ごみとみ、という。御所の賀陽冠白という、
かっせるれえるの、おうりよんてっく、という。
おりするお風という。これを、みよよん、という。
【皇居の御所】
東京のいしもせみ、という、今の東京の皇居御所の
言葉である。この言いの、ながし、という言いの、
とみふき、という。これが、言葉を風にたとえる言いの
使いという。口論という語源である。口論が東京皇居の
おいはりるるの間でつかわれる言葉である。これを、
るぎせる、という、口論という言葉である。口論語という。
この口論語を使う、そっこく、という、そこくの間の
言いとぞそ。
 はゆっせてっかす、という、東京の御所の言葉である。
この日に、風を明風という。明風皇居という、この風を、
明らかに治むという、治め風という、これを、つむぜき、
という、これが、明治のたいとき闇という言いである。
 この時、京都を明路という、京都への道を明路という。
みれが、宮城野の皇居という、はるかす、はるかる、はる
かぜ、という。宮城野の言いが、はるかぜやきふり、という。
これが、しもらきの言いである。
【宮城野】
 宮城野が旧仙台をいう、仙台のはつめか、という、
はつゆつの言いである。『ゆつ』という仙台ひまゆり、
という、意が『つゆ、梅雨』である。仙台ひまそのお言い
という、これを、仙台平という、言葉の話である。
ささごぜんともる、という、古い仙台城の言いである。
梅雨を『もす』という、仙台城主冠話という。
宮城野の木の下露という、『木の下露は雨にまされり』
という万葉集の言葉である。すぐるあまゆき、という。

 東京の皇居から仙台へ行く、宮城野ろろふき、という、
台風の通った道を行く、ろろふりすみやり、という。
これが、日光木杉の街道である。日照る浜百合という、
百合街道という、百合山のいとゆと、という。
きようれむまんと、のお言いという、きょうそめ、とも
いう。

 明風皇居という、俺の言いである。俺がやる維新という、
維新風を吹かすという、俺のことである。きしるらんかく、
という。岸和田の城を出でた日の言葉である。和歌山の
岸和田とぞそ。

 『天皇、下がっとれぇ』という、岸和田のまやふき、という。
そこの祭という、祭の合図である、そう言うて祭を始めるので
ある。おりゆっきし、という。きしらすのお言葉という。
『天皇、下がれ』である。古く、京都府宇治の、だんてむ、と
いう、岸和田のだんじりという、浪花ゆっこしの言いとぞそ。
『わっしょい、わっしょい、天皇下がれ』という、掛け声で
ある。各地にある、さがりょらの言いである。
これを、俺興しという、『俺がやる』という、維新である。

『あの間無理だわさ』、桓武の言いという、後、前、
仁徳の言いである。境の庭という、前方後円墳のことで
ある。存日冠白という、これを、ぞんび、という。
『おりゃぁ、墓に寝て暮らすわさ』という、寝の俺と
いう、初め寝の屋という、あの墓である、俺の寝家(
ねか)である。生きているうちに寝る所を墓というのが
俺である。

 京の桃山も、あれ、俺の寝床である。
『布団着て、寝たる姿や、大岩ふまれ』という。
京の桃山という、桃の木の植わった所である。
『あの間、無理だわさ』と点を入れて切る、
冠無潔白の俺という、東京八王子のあの岩屋で
ある、あれ、冠無潔白屋という。『あのカン、
ムリだわさ』という所である。あの間無理の
里という、存日の山染めという。ゾンビ山という、
あの間無理の冠無潔白屋である。墓に寝て外へ
出てきた人をゾンビという。墓寝の人である。

 維新は存日の賜物である。下賜の太陽と
いう、お手玉のゾンビという。手を前へ出して
歩く格好という、お手玉ゆらし、という歩き方で
ある。

 桓武の頃の、おじゃみ、である。お手玉という。
『おじゃみ』がゾンビ語てある。ゾンビあべそみ、
という、おじゃみのことである。『おじゃみ、
じゃみじゃみ』という、そわれんゆっかくの言葉で
ある。
 泥棒山お書きという。

『おじゃみで、はっしょる、つらっしょる』と
いう維新発という意である、維新出である。
『おじゃみ、もってしょ』という、しょしょ山の
お言いという。後、御書道という、書き初めの話
という。
 『おじゃそめ』という、仙台宮城野の、書き
初めの言葉である。仙台冠せま、という冠話で
ある。木の下露の書法である。木の下露という、
墨書のことという。大阪浪華の城を『おじゃれ』
という、浪花発の、出初め寝、デゾメネー、という。
イオントーブの『はっさく』という、これが、仙台
の城冠語である。浪花のゴットンという、これごっ
つい、という。亀岡管制の頃の言葉である。亀岡の
崖の中を飛行機で飛ぶ、ゴッツイネーという、
のち、飛行船で飛ぶ青森連絡という、ブルー・
ランド・コネクトという、ランドリック・ルーテの
お言いという、イオントーブの仙台城の言いである。

 亀岡管制は、京都府亀岡市の飛行場のこと。今は、
飛行場も崖もない、平地である、現状という。

後程。

そうきょうよいお書き。M25。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』

2021年05月02日

出発50 亀岡管制発

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音楽
【曲名】 出発50 亀岡管制発



    創曲、今 出発・正(やなぎ)  2021/05/01
    造詞、今 から ・正      2021/05/01
    監修、今 正出         2021/05/01
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
今から昔知った町へ向かい知り合い
訪ねる気ははやり鞄を片手に
降りては駅の傍 田舎の匂いよい
昔から変わらずの単線の小さな駅
  駅まで迎えの御叔父上来られ挨拶
  おっしゃり よく来たの 笑顔の満面
  昔の崖そばの景色は一変し
  工事した ともに打った大杭の
  御叔父御上


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
【】
2021/05/01
 管制という、飛行機を主とした場所の言い。
飛行機の使いの頃の言いである。亀岡の大町と
いう場所である。また、行く大町、御叔父御上
おられ御叔母御うえござる、伊能篠という、亀岡の
崖の頃の住まいという。ここの見である、後、単線
の軌道敷の町である。
【亀岡の大町】
 古い日の出発である。大町駅という、機関車の
出発の場の光景である。ここから出る、軌道ジー
ゼルという、そこの大御叔父の歌である。

 篠山環頭という、ぎっしょけけくり、という。亀岡
大町という場の歌という。後、京都の駅の中で住
まう、今の京都駅西の梅小路という、そこの住まい
のことともいう。ここから出発する汽動車という、
周りは、線路だらけの家という。ここで、その時の
時刻表を作ったことという。今も、その一部が使わ
れていることという。日本の線路に使われている、
私の仕事という、この日、国鉄と言うた頃である。
 亀岡から西の山陰線という、この頃の作である。
若い人お発お書き。

 五条管制の私の家からまっすぐ西へ向かう
じょうろうき路という、この出発という、でんすめの
お書きという。私の家の周りが、線路だらけである。
国鉄のお書きという。後、省線という、すぐ、国鉄と
いう、この省線の頃とも。
 またゆた花のおときき、という、めゆてゆのお歌と
いう。また行く大町、懐かしの町という、崖の町で
ある。亀岡省線という、線路の敷設である。
お召し列車にお乗せ下さった御叔父御上という。
大お爺さんのお召し列車という、今もある、JRと
いう。省線弱録という、本記という。

 一等筆頭官という役職である。若い人という。
私の通いという、家から電車に乗って通うたことと
いう。和国世という頃の私の国という、後、日邦と
いう国である。後、咸の国という、後、漢という国と
いう。この頃の日本である。明治世お書きこれとる遣り
という、思う国のことという。思惟落国という、
日本のことである。天照という名前であることと
いう。若い人の名である。日本を起こすという話と
いう。山来荘という、若い人の住む家である。
【新潟】
 明日は、新潟へ行く、今の新潟である。省線を
使い行く、まっすぐの頃の線路である。おわら風
追う線とぞそ。親知る子知るという頃の越山越え
である。揺られて行く人である。家を出で、ほめゆみ、
という所の行きとぞそ。今の新潟である。後、おお
ちゆ、この時の行きという。後、おおおち、という。
新潟の八郎潟のない頃である。

 そこ、おおかたのれ、という。のれとる山ゆり、
という。山が揺れていた頃である。地が鳴っている
頃である。

 着いた所に、ばすをよる、はるれるのお行きと
いう。ここが、新潟ばすという場所である。今の
新潟の大道辺りである。後、はっぺよ、という。
後、そこはば、という。それを置く地名である。
『はば』が、今の英語のハーバーである。
後、港ができる話という。長尾ゆきやき、という。
長尾の遣りという、越山のことである。
【京都、長尾城、よいよ】
 京都向長世(むこうながよ)の長尾城という、
昇扇峡の城である。この城から出る、わとそみ、
という、蝋燭の機関という、これの電車である。
お召し列という、お召し列車のことという。
ここから出た人のことを、よいよ、という。
長尾城の常用の言葉である、城住まいの人の
ことである。徹する話という。日本の古い話で
ある。
 
 アメリカ・ニュークロスという、今の、ニュー
ヨークのことである。ここへ行く、長尾城の
よいよの人という。若い人である。そこのお書き
である。よいよお書きという。

 私の好きな、ショーセンという、ショックスと
いう、昇扇長尾城という、省線の向日町という。
そこの向日町にいた人である。

 向日町の、よんそめ管制という、言葉が、オロ
ロン語である、今の、ちょっこす、という。ベル
ギー語である。この頃のヨーロッパ、フランク王
国という、ベルギー語の管制である。長尾城管制
ともいう。ベルギー・ブラという、ベルギーの
ブラセラである。ここを、おとよ、という、
おとよとよ、という。豊茂原という昇扇峡の
周りである。大型飛行機が常駐していた管制で
ある。

 亀岡大町へ行く飛行機という、ベルギー語を
使う、ろめそめゆらふり、という、飛行機で
ある。今のコンコルドの丸型である。羽根が
縦に付いている飛行機である。

 ここから、B29に乗って飛んでいく人である。
若い人という、よいよの人である。長岡京市、
向日市の場所である。崖があった頃である。
【長岡京市】
 出発のことを、がりかま、という。長尾城の
言葉である。細川ガラシャという、ガラは崖で
あることという。細い川が流れている話という、
今の長岡京一文字橋という、その川である。
この川添い、崖である。
【土御門陵】
 出発の、いでそめ墓という、向日町の墓という、
長岡奥の土御門墓という、カンテラゆらしの家
という。ここを、古く靑盛という、灰色の石の家
である。原始人の住まいという。雪の灰色という、
灰色の雪が降る所である。土御門周辺という。
ここを、かなはね、という。埴輪の製造所である。
茶色の埴輪という、土御門製という。長岡の埴輪で
ある。この埴輪を、はいるり、という。長岡の
言葉である。古い長岡である。
【埴輪】
 この『はいるり』が、新潟の言葉でもある、主と
して、長岡で使う、隣の村上市という、ここでも、
はいるり、という。長岡の掛かりの村上である。

 後、村上城を建てる人である。奥組芝のおゆふ、
という、村上城のことである。その隣にも一つ、
城がある、この城の言葉という、はいりる、という、
埴輪のことである、この『はいりる』が、亀岡大町の
言葉でもある。灰色の埴輪とぞそ。

 はいるりを茶色という、徘徊の言葉という。長尾
城の埴輪造りともいう。灰色と茶色と、それらの色
である。書く巣話という、灰色の巣という。家の
ことである。
【ずこずけ】
 駄作者の少知識という、若い人のことをずけずけ
書く。駄作の山という。八郎潟の、ずけ、という。
埴輪の海という、大きな埴輪を立てた場所という、
秋田ぺっ釜という、言葉とぞ、『ずけ』である、
埴輪のことである。村上ずこの埴輪という、
ずこという村上である、埴輪である。
ずけずけのずこずこ、という、新潟の人形の
ことという。古い頃という。

 秀衡が里の、ずこずけもある。家のことである、
巣のことである。ずけずこ、とも。あの写真、
ずこずけである、巣である家である。東大教授の
頃である。皇居より通うた東大のことである。
ずこずけという埴輪の話という。大和朝廷の
おがさりである。イオントーブの言葉という。
ズックスという、ズックという、埴輪の意とも。
履く靴のこととも。

 ズックスクールというイオントーブの言葉
である。
後程。

そうきょうよいお書き。M01。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年05月03日

出発70 花金目

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発70 花金目



    創曲、今 出発・正(やなぎ)  2021/05/02
    造詞、今 から ・正      2021/05/02
    監修、今 正出         2021/05/02
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
土帝稜向かい飛べば山奥地 飛行機を
斜めにとめた地はなだらかな丘 稜の上へ止めた
竹を植える金ヶ原 永尾の城から行く音露の国

 音国の古花丘槍 北条の丘越え乙の海を
 越えて竹を植え花津窪地は陵の地 岩組の屋
 そこから下向かい竹を植えた西陣の里

金ヶ由良文 竹立ち発つ長岡の地 西山連峰の
花夢奥床地 今日にその山の よくほ 鷹 岩住み
飛ぶ羽を広げて金白滝 先生の里


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
【歌詞解説】
2021/05/02
【長岡京市土御門陵】
 京都府長岡京市土御門陵の周りの言葉、
竹を先生という。先生の清蕗という、竹をたと
ゆめ、という。たたうめの読みという、土御門の
読み、とそ。御所の土塀の門のことという。
ここを、つみふみ、という、積みの地という。

 『ふみ』が地に掛かる『踏み』の『文』という、地の
ことを文という、土御門の言いである。ここか古い
、ふみなゆべる、という、御所の建つ前のことという。
御所は後で建てられた話という。

またゆみやまのおかづ(又弓山の丘津)という、
古長岡の、いもきゆき、という地とぞそ。長岡の
古い、ちとう、という、じもうともいう、花目由良の
言いという。この『由良』、乙の世という、乙の海と
いう。北条の周りの水辺とぞそ。ここの北条が
今の北条である。
【長岡京市金ヶ原】
 また来る長岡の地、必ず来る、これが、金ヶ原
陵の決めである。墓地で決める、わがくゆ、という。
メノンソメーという。この『メノンソメー』が、イオン・
トーブの言葉である。この期を和国という。ちゅう
みらの言いという。メゾンオックスの意という。
メルラン・ファーという、ルールルーのお言いという。
後、ランファールーで、ファッセラの言いのかゆげ、
という。勘解由(かげゆ)を、かゆげ、という、長岡の
地の言いという。メーリルーランファックスという。
まゆってのお書きという。まゆての丘という、
長岡の古々々言いという。メンメーの言いという。
この場のお歌とぞそ。
【長岡京北条】
 長岡の『みゆよって』という言いの北条の言いと
いう。『よって』という言葉を使う北条地の言いと
いう。又行く、北条、長岡ごぶゆれ、という。
ごぶしくれとん、という。ゆめよんてその北条語と
いう、長岡の北条である。
【新潟北条】
 同じく、新潟の北条ともいう。同じである。竹も
同じである。アールランテーファックスの言葉ゆり、
という、ろろんそのおいてけ、という。『てけ』という、
みよの言葉である。鷹のはゆみ、という。鷹の
出す音を『てけ』という。土御門の言葉である。

 古い古い長岡の世、また行く里である。若い人
の行きという。訪ねる北条の地、御叔父ゆ、ありそ
わられ、ありすかっけのゆいとそ、とぞづ。

 また、あくりや、よみふみのおいとす、という。読み
文の地とぞそ。学校、学問の読み文という。崖が
あった頃の長岡地とぞ。
【細川ガラシャ】
 細ゆ川ありて、そうそれ、れとんの山のお絵という。
細ゆ川、後、細川ガラシャとぞそ。今もある、細川の
崖という、カレーランファックという。細川ガラありてそ、
なっぱくの糸のかゆこれ、という。古い長岡京の造船
所という、大型の船を造る、細川ゆりくし、という。
ここの細川造船屋である、長岡京という、ここの北
にも長岡京の造船所がある、その北、長岡の更地
である。今の川傍である。

 また行く長岡、おいとすという言葉の場所という。
どちらの長岡もこれをいう、新潟長岡という。新潟
山お絵ともいう。長岡の友弓という、今の友ヶ丘で
ある。友岡ほっちき、という、友岡の地の住まいとぞそ。
今、少し高い所になっている、ここが反逆の地である、
今の学校のある場である。長岡反逆、出の場所で
ある。
【出発】
 若い人という、長岡の出である、新潟の長岡とも。
駄作家の『輪をとめて』という、これが出だしである。
出発という、デパーソレーという、デパーチャーの語源
である。

 反逆という坂道のある場所である。崖とも。
あるゆる山のお絵という、この『絵』が『江』の意で
ある。ゆうゆるゆっくすのお書きという。反逆の場所
の言いでもある。長岡北条、反逆の地である。
古く、鉄砲水が出た場所である。
【水琴窟】
 明るい日差しの穏やかな日、心地よい音が響く
軽い音である。リンリンリンという。鉄砲水の音であ
る。岡の水琴という。アメリカ・ニューヨークの岡も、
水琴窟である、良い音のねの聞こえる岡という。

 ロンパックスのハワードという、水金のお書きという。
金のような音である。金ヶ原という、水琴窟である、
土御門陵のことである。古い日の、山ゆり、という。
山ゆりの音とという。水琴窟の音である。そこに住
んでいた人という。

 『わっかく、ひくひく』という、歩きの形容をする
金ヶ原の歩きである。原始人という、原始人の
音楽である、自動演奏という、水琴窟の住まい
である。心を癒やす原始人である。岩屋に響く音
という。
【師の地】
 長岡の地、先生の地という、師の地である。
恩師ありてあられる、教え山お書き、たっとうこと
である。おしえのたっとさ、という、恩師の御姿とぞそ。
永尾先生の教えという、まさきく竹、生えて生えるる、
やっぱゆっぱの御竹という、先生のことという。
竹のことを先生という、長尾城の竹という、長尾先生
という、長岡の言いである。

 北条竹を、すいるみ、という。すいすい国の竹で
ある。千島列島の竹という、ここの竹と一緒である。
長岡の永岡ともいう、どちらもある、岡という。

 長尾城、永尾城という、長尾先生という、永尾
先生という、どちらも御在話という。長岡の地を歩けば
長尾先生はいたる所におられるのである。友岡先生
という、友岡竹のことという。古北条の言いともいう。

 若い人の先生 という、若竹のことという。まっすぐ
伸びる丈のことをいう、まさきく竹という。これを、丈
という、古い北条という、方丈という。きたたけ闇と
いう、今の長岡北条のことである。闇の竹という、
おとみたけ、という。音の掛かりの竹である。
鹿老いのししおどしの話という。おとみたけ、という。
水琴窟のことという。

 駄作家のおとみ、である。長岡を、おとみの国と
いう。この『おと』が、音である、乙である。落ともいう、
落楽の里という、友の里という、古い尤離楽という、
土御門の楽という、尤離ごゆふぜ、という。北条の
楽である。水琴窟の音をいう。大きな水琴窟で
ある、人が住む水琴窟とぞそ、土御門陵である。

 北条の戦いという、竹植え、水琴窟造りである、
すみかを造った話という。上の文である。
【金科玉条】
 土御門帝という、水琴窟の金靴人である。
金科玉条という、金靴の玉道という、反逆の人で
ある。かなしな山の岡という、金科玉条の地である。
水琴窟のある周りの道という。音庭の道という。
鉄砲水の知らせとも、大切なものである。
反逆の人のお言葉である。原始人である。
音を聞く原始人である。

そうきょうよいお書き。M25。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
h 
 

2021年05月04日

出発72 長岡

今、書いてますお書き。
腹を横に書く。
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音楽
【曲名】 出発72 長岡




    創曲、今 出発・正(やなぎ)  2021/05/04
    造詞、今 から ・正      2021/05/04
    監修、今 正出         2021/05/04
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
【歌詞解説】
2021/05/04
  奈良県奈良三輪市の豊田山という、ここの、レブン
ハックスという、れぶんの組行きという。ロールレー
という、めよよってすという冠語の部類になる言葉と
いう。この冠語を『るぅりよってす』という言葉になる。
『俺っつぁ、るぅりよっさ、組いっきゃさ』という、ロール
ローレルという言葉の使いとぞそ。
【京都府長岡】
 この『よってさ』に、京都府長岡北条の『よって
す』がなる。『よってす』を、『よって』という、長岡
北条の周りの言葉である。『よっていく』という、
組ゆれが出る。
( (注、『出る』という、『なる』『ある』・・という意。
   『出す』という、『作る』ことの意。互譲フックス
   という言葉使い。
   今は、こういう使いをせず、『ある』ことは、
   『ある』という、『作る』ことは『作る』という、
    合理性に富んだ現代語を使う、世界の
   ことである。 ))

 京都府長岡のくりという、くるせるのおんゆし、と
いう。これを、めよって、という。めの・すめゆき・の、
言葉という。『よってさ』という言いという。

 京都府長岡北条周りに、この言葉がある。
大阪くみすめ、という、大阪の『よって』である。
『そやよって』という言いをする、大阪組すめ、という。
『そうだから』という意である。
【リーンカーネーション】
 これが、奈良三輪市豊田山にある、この豊田山を、
『こんはく』という、『こんペ』ともいう。これを、冠語が
オールロンという。ロンカックスの冠語という。
このカックスが、『リーン』という、『リーンカネーション』
ということをいう。この英語が、ふかれる英語という。
今の英語の中葉頃の英語である。
 リボルバーという、ローテーションゆっき、という、
組行の『組』の一意である。『よっさ』という意味に、
これが、かすかにある。
 ローテーションのロールという、ロールに『巻く』という
、『蒔く』という意味がなる。この『なる』が、上の注の
『なる』である、『ある』ことをいう。
【れろほ】
 これが、ローテーション・モッコスという、モールレ・
ファールルーのおっぴよんて、という。れろほ、という。
これを具現という、『れろほ』という、岩屋組である。
組岩屋のある場所の言いという。

 これが、谷をよる言いという、れろほのこと。京都
長岡北条奥にれろほがあることの、いいよま、とい
う。この『れろほ』がよる場に『よって』が使われる
言葉という。
 
 奈良三輪組という、れむほれろほの組である。『組よらさぁ』
という、組よりの言葉である。谷のある場に、これが
いわれる場合という。谷以外でも使う。

 岩屋の組であるひぃの、組という。岩屋の建て
である。組立という。この岩屋がよっている組と
いう、どちらも組である。これが、『るりよってさ』と
いう、言葉の意という。

 たくさん集まった同様の建てへ行く、また、ひとつ
だけの建てへ行くことの、集合の意を含む言葉と
いう。『るぅりよってす』という。『るりよって行く』こと
をいう。これが浪花のゴリョン・ハックスという、
ゴリョン・ローレルという。ゴリヨン、ゴリオンとも。
【大阪天保山】
 これが、浪花の天保に出る、天保山よんびく、
という、天保山の言葉である。この天保が『より』
という、『そやよって』に『そやより』という言いをする、
めっくらはっく、という。これを、めくら言いという。
『めくら』という、岩屋組をいう、天保のめくら、と
いう。天保の岩よまれ、という、れろほのことである。
大きな自然石を使う岩屋建てという。

 今の石舞台という、天保の石舞台がある、めくら
という言葉にこれがある、一部含まれることという。

 『やおら』という、やみすのことの言いの、めくら、と
いう。古く 京都の千丸という場所の言いという。
蔵を、めくら、という、後、闇組(あんくみ)という。
これが、めくらの話である。
【滋賀県土山、滋賀里】
 古く、滋賀県の土山という、今も崖のような所が
ある、急坂である所という。ここの屋の言いの、
めよん、という、めくらの意である。メヨン・クックスと
いう。この土山という、滋賀揺れの場所という、
滋賀県が揺れた話という。滋賀世羅論という。
滋賀県の大地震をいう話である。土山にあること
という。私の好きな急坂がある場所という。これを、
滋賀里という、今の滋賀県の作り出の場である。
滋賀県出発の地である、滋賀県が出発した場所
である、滋賀県がなり出た場所である。古い滋賀
の話という。アッテラ・サッキ・フッキという、当時の冠
語である。土をアッテラという、さますよの言葉とい
う。これが、アテラという、地を踏む自分という、
アテ、あて、という、『私』の意である、自分という
意である。

 この『アテ』の掛かりという、琵琶湖対岸の、滋賀
里という現在の地名の場という、ここが掛かる場で
ある。言葉に、『そうですっとのう』という、両の方言
である。これが、アテの言いである。『そうで、のう』と
いう日本全国の、一般にいう、田舎の方言である。
『そうですっとのう』、これが滋賀里の『すっと』が出る
でめそめのおこと、という。この『でめそめ』が、ゆわら
れんるる、という。ゆおせ、という、ゆわて、という、
言葉の種類である。主に方言である。
方言を、ゆわて、という話である。これが、『そうで、
すっと、のう』という、『すっと』を言葉に使う、レゾン
花という。レゾン・モッケスという、これが、岩手の
言葉になる、岩手の、よもて、という言葉という。
この岩手、一般名詞の岩手である、全国の至る
所の、岩の場である意とぞ。後、代表という、
岩手県という。この岩手県の作りが、滋賀の作り
をいう。秋田連花の言葉という、秋田県の『すっと
』という言葉の一意とぞそ、岩手県、岩場、滋賀県
の意がかすかに含むという、意を含む話である。
【秋田、岩手】
『意が含む』という表しをする、秋田花という、岩手
よんとき、という、大阪ゴリオンという、ひょうてる・
らっくす、という、言葉の言いという。これを、めくら
言い、めくら花、めくらっく、めくそめ、という、単に、
めくら、という。

 岩手のめくら組という。めくらの札組という。
平たい岩の札という。この岩屋組である。
へぶれ、という、へぶらう、へぶらい、という。
【札】
 へぶらい語の皇居という、斜めの地という。
札皇居というう。これを、札皇という、札皇所
という。これが、リーンカーナルという、かんぺす、
という。古いリンカーン御所という。この日、ア
メリカのダラスをいう、このダラスが、リンコという、
後、りそふそ、という、りじょう、という、ダラスを
理状国という、和国の言いである。
このダラスを、リトミラという、『ミラ』か、鏡である。
鏡を、きみすら、という和国冠白である。
これが、鏡の国の大鏡国という、ここの古い言い
に、ロール・カムという、鏡行き、という、人を
ローサムという、古ダラスの言いである。大鏡国
という頃のダラスの古い言葉である。頃が、イギリス
のアリスの国という頃の言葉という、この頃、イギリス
は、アリスの国、鏡の国という、アメリカ・ダラスを、
ミラーレスという言いという、大鏡のことという。
レーブレれんて、という、れむっその言葉という。
【アメリカペンシルバニア】
 これが、アメリカ・ペンシルバニアにある、レン
ブラントという言葉という、キリスト教の役職で
ある現在で、ペンシルバニアが自分をレンブラ
ントという、古いレンブラント州というアメリカの
古い言葉である。
【ゴンドワナ区】
 今のパキスタン、アフガニスタン 、イラン辺りの
ゴンドワナという、これが、古いペンシルバニアの
言いである。レンブラントという言葉使いのこと
という。古いペンシルバニアの言葉使いである。
この時前後のタコマの掛かりという、今のアメリ
カ・タコマである。ここと、カリフォルニアの、ティ
ファナ辺りである、カリフォルニア半島とも、この
場の崖が、レンブラントという、崖をレンブラトと
いう、この地域である。
【熊本御所、隈本とも】
 崖下を、暗合所という、これを、薨去という、
薨去の古い言葉である、上の叙述のアメリカの地
が、『寝る』ことをレンブラントという、スリーピングで
ある。古い日本の言いに、寝ることを薨去という。
『おら、よって、してさ』という、一つ屋によって寝る
言葉という。これが、御所の熊本御所である。
祐の井前の長屋の隈本屋である。前の井を熊の
井という。だらっされ、という、井戸のことである。
『だらっされ、れーて』というだらっされの場をいう。
これが、『よってさ』という、井戸寄りのことでもある。
熊の井を、さ井戸という、佐井戸。この『佐』、右を
表す意もある。古い意である。左佐という、左右
である意という。ささ、さざ、佐左。
【サイド】
 これが、サイドという、英語の意味である。ささ、
という。この『ささ』を篠という、ささ、さざ、しの。
しのつゆ、という、井戸汲みの水である。だらっされ
やな、という、やなみなの言葉という。これで、井戸
周りに、やなの木を植える、柳の木である。やなぎ
井戸という。前の長屋を、やなみます、という。
やなせらの言いという。やなみぎます、という、
やなぎます、という、これが、だらっされ・ういるき、と
いう言葉使いである。見る、食べる、飲むことを、
やなぎまめ、という。これを、るりまら、という。
るりやなみ、という。長屋をるり屋という。古い
薨去の意である、後、皇居という。長屋のことで
ある。京都の古人という、るり屋という、御所内の
言いという、るりやしきという、長屋である。平建て
の長造り一般民家に見る長屋である、祐の井前の
長屋である。

 この長屋の奥、北の方になる、外交という場所で
ある。ここによく遊びにいっていたことを、外遊という。
御所がいう、外遊である。ここを、豊田山という。

 この豊田の掛けが、深いをいう、深いことの言い
という、深い場を、ふくだら、という。これが、『ふかい
』を『ふくい』という、全国各地の言いという。
ふくい谷という、ふかい谷という。御所の外遊の言い
である。御所の豊田山に行くことである。ここを、
るりより山という、るりよ、という、深い谷を意味する、
ふくやれら、という言葉の種という。

直接、深い谷をいう、
ふくや、ふかや、るりよる、るりや、るりよ、という。
川を、らいぶれ、らいはく、らいしら、らいすよ、すよらま、
    すよすよ、という。
町を、れんはる、れんそむ、れんす、れんて、れんてら、
窓を、うい、ういんす、ういんど、うっく、うっくす、
家を、め、めくら、めのそ、ゆよよ、めるれ、めるれら、
道を、むめ、むる、もる、めそ、るれ、るち、
大きい建てを、もみ、もそ、ろく、べか、べる、それ、べるぞれ
『私が行く』という、『るりおってす』という
『私がいます』を、『るりみ』
『私が見ます』を、『るりゆら』 『るりゆら、めってさ』
『私が寝ます』を、『るりさる』
『私が食べます』を、『るりさま』
『私が連れます』という『るりりる』のお言いという。
これを、御所の外遊語という。名詞で、動詞でもある、
名動語、名動詞という、今は、動名詞という英語の文法
である。
この外遊の『遊』の意が、上文10~20行ほどである。
レンブラントを遊師、遊士という、これを遊子という、
光を追う姿という。キリスト教のレンブラントが、光明師
という役という、光明を追うことを、与えられたという、
髪のお影をいう、額のことという、光る額という、太陽を
思わせる言いという。光を与えるレンブラントという役と
いう、キリスト教の役である。キリスト教の光明という、
レンブラントのことである。
後程

そうきょうよいお書き。M04。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年05月05日

出発74 レブラント

腹を横に書く。
【曲名】 出発74 レブランド
    創曲、今 出発・正(やなぎ)  2021/05/05
    造詞、今 から ・正      2021/05/05
    監修、今 正出         2021/05/05
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
【レブランド】
2021/05/05
 レブランドという、レンブランドの認めをレブランドと
いう。初期のレンブランドのはんこをいう、この判子を
レブランドという、認め印という。ブランド系の言葉と
いう。レンブランドが役を解く解の意味である。
 これを解義という、後、認めを解く、これを邂逅と
いう、れめそれのせよおんてむ、という。レブランドの
邂逅という。この意の、ロンメレという。レブランドの
解式という、キリスト教のレンブラントを、ブランドと
いう、ブランドのレブランドという。メンリル・オッケスと
いう。めろよんの言葉という。

 キリスト教をメロヨン教という。レンブラントという、
影の絵をとる、れんぽのいみ浜、という。はよれる
おりん、という。れれすのろいほい、という。後、ろろ
んす、という。ろっけるっきのれろ、という。るみ様
言いという。

 『るみふってす』という、ふるふるのるみらみ、という。
『るみ』が、とよふ(豊府)の言葉である。ここが、
キリストのはぶへる、という、はぶ所という。はぶっせる
のこと弓という。『るみ』という、れろんの言いという。
後、『るま』という、ぶっきょの中にある、キリストという。

 このキリストのレンブランドをいう、レブラントルークー
という、レオン・ルークという。れっせらのおいとい、と
いう。めるーれるらっきすという。れれてのおいそい、
という。かんせらのゆみふ、という。寺のことを、ゆみ、
という。キリストの言いの、日本の寺をいう、キリスト
のことを、寺という。キリストの地という。ヘブライ語
を使う寺という。レブランドを、レンブラントという。
【奈良三輪豊田】
 奈良三輪の豊田山のことを、れんす、れんそめ、という。
後、奈良三輪を、きっこれ、という。てむそめのいろす。
これを、奈良三輪のキリストという。寺掛かりのキリストと
いう。奈良三輪を寺という言いのなりゆり、という。成り
行きのことである。奈良三輪へ行くことを、寺行きという。

 奈良三輪という寺があった頃という。奈良三輪寺という。
この頃を天保という、天保教という、奈良三輪寺の
ことをいう。この頃の奈良三輪という、今の奈良県の
奈良三輪という。豊田山のおちすち、という。『おち』が
山のずり落ちである。これが、山影をいう、山の
映る影という、谷の場合もある。山影地の豊田山
という。この頃の奈良三輪市という、周りに木が植わっ
ていたことという、この木を梁木という、一般に木の
ことを、やなぎ、という。

 今の宗教団体の場である。ここの住まいという、
豊田の住まいという。家の前に大きな梁木があり、
この木に、縄を掛け、やなせゆ、という、縄掛けの
ことである。神社の木に掛ける〆縄という、やなせゆ
という、奈良三輪豊田の岩宿の言葉である。今の宗
教団体にこの岩がある、磯山らま、という。岩組
のことである。この頃の岩組という、火山岩の岩の
組という。火山岩の家という、この一部がある。
【ふろき字(あざ)】
 家の隣の火山岩の組家である。大きな火山
岩の塊という。この頃の家の前、風呂の屋という。
風呂があったという、風呂を建てたことという。
これが、奈良三輪の豊田を、ふろき字(あざ)という。
【一口(いもあらい、赤池)】
 ふろゆらのおたてゆ、という。ここを、きしそき、
という。時の、奈良御所の呼びである。奈良御
所が京都の奈良という場所という。上奈良、
下奈良という、ここの近くの一口(いもあらい)と
いう。ここを奈良御所という、京都烏是かくす、
という。かくすれる、という、ほのやら冠話という。
少し離れた赤池という、今の一号線の赤池で
ある、ここの住まいという、若い人が住んでいた
赤由良(手手)文、--あかゆらゆみふみ--
[(手手)は一字で、『ゆみ』と読む。『文』が、
場所である。]

 赤由良弓文の、いびしば、という。ここの、ごめ
かり、という。京都烏是をいう、今の烏丸の御所
のことという、ここをごりかりという赤由良の呼び
である。このいびしばを、奈良御所が、いとせば、
という、同時に赤由良をいとせばという、奈良御
所の言いである。これが、今の府道の作りに橇
をいう、橇を使った道作りという、赤由良を作道
所という、後の府庁である、一時期のことである。
若い人が住まっている府庁の建つ以前の、今の
府庁の場所である。奈良御所を、作道はんぱす、
という。この[はんぱす]が、レンブラントの掛かりで
ある。府庁のような建物という、この時、府庁を
建てたのである。大お爺さん、おかゆふ、と仰る
しっぽり山という、しっぽり山の火吹上(ひふき
あげ)という、この山の麓の建物である、府庁で
ある。後、短期間、御所という、吹上御所と
いう。

 これが、奈良という、京都の奈良の話である。
【奈良三輪市豊田山】
 奈良三輪豊田山の火山という。豊田を、つるふき、
という。つる火山という、豊田山のことである。
ここの火山岩という、今の鬼押し出しという、
ここの火山岩と同じような石である。ふきあげ
ゆみ、という。

 この頃の豊田の家の前の風呂という、おんそめ
、という。暖かい湯という、これが出ていたことという。
宗教教団の話にある風呂の話という、若い人の
住んでいた家の風呂である。宗教教団がなかった
頃である。そこの風呂屋、若い人が、のれんと言うた
場所である。今も風呂屋にのれんはつきものである。
こののれんである、れっとん、という。これが、リーンカ
ネーションの巻きという。のれんを巻くことである。
レットン・リーンという。アフ座箕の花の木を芯に巻く
のれんである。カーネーションという、アザミの木と
いう。この頃の奈良三輪の我が家である、若い人の家
である。ジャット屋という呼びの家である。
【イタチ】
 このジャットが土目という、動物という、その動物と
ともにいた家である。今の『ラ』という動物である。
ジャットという。京都の吹上が、これを、かめせ、
という呼びをする、ジャットのことである。ラーテルと
いう種類である。イタチの種類という。これが京都に
いたイタチという。立って歩くこともする動物である。
一緒に住んでいる若い人という。

 この日の奈良三輪の話である。レブランドの話という。
リーンカネーションの深い谷という、豊田山の話で
ある。この頃、京都に奈良三輪寺があったことという、
奈良三輪寺という、レブランドをいう寺である。五条
管制のもひとつ古い五条管制である。この古い
五条管制の言葉である、レブランドという、飛
行管制である。寺管制という。タツノオトシゴ機
の飛来という頃のことである。縦型の飛行機で
ある。後、奈良三輪寺を奈良三輪教という。

 この頃の奈良三輪の西という、そこに住まいがあっ
たことという。今の宗教団体の建物が建っている
所という。沼の中の我が家という、若い人である。
その沼にイカがいた話という。いかすみます池とい
う、沼である。字(あざ)いかろづ、という。
【藤堂藩】
 今の丹波市駅、奈良三輪駅の南の方である。
ここの晴寺という、藤堂のことである。藤堂藩
というのが、これである。江戸幕府の役人が
いた話である。大学頭(だいがくのとう)という、
『丹波市いかっしょ』という言葉という。豊田の家か
らそこへ行く。武屋(ぶや)という、丹波市の古い
頃である。御叔父ゆ御叔母ゆ、おらるれられ、
はるくすやそ、という。やそ屋という、レブランドの
キリストがかりの呼びである。江戸幕府という、
飛騨高山にあった江戸幕府である。

 古い丹波市という、やなはりきぶ浜という、そこの
浜夢である。後、東大寺の夢をいう。この丹波市の
夢屋という、堂のことを夢という、これが、奈良ゆれ
浜語という。遠く宮城の浜御殿という、宮城県の
宮城である。この宮城から、ロボット馬に曳かれて
やってきた、ふろき字の、やれゆられ、という。
ロボットが火山岩の上を走って行く、立ち上がった
ロボット馬という、飛脚というのがこれである。
丹波市の飛脚という。飛騨高山の山振れ機と
いう。ロボット馬である。
【字作り】
 丹波市(たんばいち)は、奈良三輪市丹波市である、
今の奈良三輪市である。宗教団体の建物、その建物
全部住んでいた若い人である。立ち上がりを見て
いた現場監督である。いかすみ建てという、その
建物の並びである。奈良三輪の道の並びにある建て方
という、字(あざ)作りの話である。あざなう建てと
いう、本敷(ほんじき)ゆきふき、という。あざないの
一方法である。字なう、字ないのことである。
『なう』ことという。縄ないの、『なう』、この言葉で
ある。あざないの建て方である。字建荘という、
宗教団体の建物並びである。

 檜を周りという、丸い柱という、鉄芯という。
鉄周りに木を巻く工法という。西の方にもある
話という。池沼のある辺りである。沼を囲んでの
建物という。高組いとれ、という、糸寄作りと
いう。これが、字(あざ)の意である。

御叔父ゆ御叔母ゆ、おられ花、字建荘武屋ふる、
とんとん文はみ、るるるるぅ。
花字建(はなあざだて)、奈良三輪市の作りである。
後程。

そうきょうよいお書き。M05。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年05月05日

出発90 よい言葉

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発90 良い言葉





    創曲、今 出発・正(やなぎ)  2021/05/04
    造詞、今 から ・正      2021/05/04
    監修、今 正出         2021/05/04
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  エクセル    マイクロソフト社 98%   
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  Mixture Internet社
【歌詞】正里
朝早く起きて背を伸ばす 今日が始まる
何かよい事が起きそうな気がする 昨日の
あの人にいわれたこと 思い出してはしてみる
よい気持ちになった よい言葉

【今常】
 エクセルで、作りました。ドラムは、
MItureです。伴奏を一つずつ書いていたら
たいへんです。エクセルで作れば、ワン
タッチ、和音も簡単に記譜できます。
できものをコピーして、『テキスト音楽さくら』
にうつし、midファイルで保存して、楽譜のソフトで
読み込めば、名曲になります。ほとんど、
手を入れていません。
そうきょうよい時です。
【解説】
【歌詞解説】
2021/05/04
[よい]という言葉を使いましょう。
そうきょうよいお書き。M04。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月06日

出発290 再会 :イカスミ柳




リンク先 https://www.bing.com/images/search?q=%e6%
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音楽
【曲名】 出発290 再会




    創曲、今 出発・正(やなぎ)  2021/06/06
    造詞、今 から ・正      2021/06/06
    監修、今 正出         2021/06/06
【拍子】4/4
【種類】 BIAB 自動作曲100% そのまま
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドインナボックス  PG Music Inc.社

【歌詞】正里
新潟の日 浅草雷門出て今住んでる
飛行機を見上げる 手紙の筒 渡され
うれしく読んだ また会う日が書かれ
楽しみが再会の言葉

  家前で写真を撮った日はまた来る
  古ボケ 茶色の絵 写ってる人は
  遠い遠くに住まわれ 今日九重匂う
  古い過去の日々 あの日がまた来る

『ここはどこ?』 我が言葉返り 教えに
『新潟』 京遙か住まって 家の外で
空見て手紙を読んでいる あの人は住む
遠い国 再会を思う


京: 東京のこと
【今常】
そうきょうよい時です。
【歌詞解説】
2021/06/06
 若い人は新潟に住む。東京浅草から新潟へ
移り住んだ人である。家の前で、飛行機が来る
のを、空を見て舞っている。いつもの定刻のこと。
横田組という、家の造りのことという。そこに住む
人である。写真を撮ったひ という、家の前の写
真とろ。めめす・るるせる・とよふり、とず。
 また行く新潟、また帰る場という。懐かしの新潟
闇という場所のこと。手紙が筒に入れられ届けら
れる、新潟航空弘報という、新聞と手紙という。
若い人の、常の楽しみとぞ。『また来る、また来る』
という、心のうれしさの叫びという。
 遙か京(東京)思う、今日九重の空という。我が
心の景色という。新潟の日々という。出発の人と
いう、再会を胸に、大きく手を挙げて人を呼ぶ。
再会の新潟という、新潟の屋の歌とぞ。よく似た
家である。横田組という組の家かしら。タオ花の屋
という。若い人の住んだ家である。
家の組、建屋を組むこと。家の建て方とも。
そうきょうよいお書き。M25。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』出発290 再会 :イカスミ柳
 

2021年06月06日

出発272 ロートス 2-2 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発272ロートス
【今常】
そうきょうよい時です。
【ロートス】
2021/05/31
【お万の方】
 お万の肩という、およろず・きみのえ、という。
よろずの大正という、これを作る、作ったものが
大正山の小さい築山である。すぐに無くなったこと
という。大正十五年という、以後発という、平地に
なった、大正山崩御の後という。大正天皇崩御の
話という。およろずのおふみ、という。

 お万の方という、奉書紙のざらばん紙という。
山無所紙という、奉書紙むのことである。お万の
方という、長屋王という、長屋の話という。長屋の
平屋建てである。御所の一角という。大正天皇が
なくなって悲しいという、若い人である。東京皇居で
の言葉である。そう言うて宮城へ行った人という。
音村山お書きという。

 『イタチもいるかな』という音村山の話である。この
頃の皇居の池という、斜めに作った池という、はすに
作るという、池という。蓮を植える池という。斜め池と
いう、大村所の言いという。皇居の中の御所である。
東京の皇居という。ここの大正池をお万池という、
斜めの池、はす池である。

 掛かりが、オーマンではない。大正に掛かる、主と
して大阪の大正である。
【オーマン行】
 オーマンへ行ったのは、シャープ・レッセスであるひ
という。靑森の伊立という地から行ったことという。
アラビアのオーマンである、若い人がそういう。

【靑森雫石からオマーン】
後、雫石という、五条管制から大阪大正上空経て、
東大阪の立章園という、そこの飛行機船という、
それに乗り換え、オマーンのシャーム山へ行く。
これが、若い人の一航路である。一旦、太平洋へ
出て、パプアの海へ行き、そこから、オマーンへ行く。
この航路を、おまんのかた、という。方航路(肩航
路)という。オマーン菊槍守(きくやりかみ)という航路
でという。ロックス・ヤッキという航路である。

 大阪なによ航空という、立章美章の航空という。
宇多山のおえ、という。オマーン槍という、ルッキス闇
という、闇槍という、シャーム山のことという。サレッスウ
という日本冠語の言いである。この日のオマーン、
井戸掘る日である。

【オマーンの井戸】
 パレッセ・ヘンパラーという、ラーテル連れのひょう
連れ、イルカ共とぞいう。井戸を共に掘った動物
である。一つの井戸の名に、イルカ井戸、ひょう井戸、
いたち堀井戸、という別名が付けてある。オマーン
の井戸である。

 イテの井戸という、これがそのままに名にしてある、
令和の井戸という、若い人の堀った井戸である。
令和を、りょうさき、という、シャーム山の崎である。
イテイマという、イテイマ崎という、オマーンのシャー
ム山の崎という。今は昔の物語とぞそ。

 『サー』という英語のサーの言葉の意味の具現と
いう。井戸掘り当時、既に令和と言うたのである。
冷和ともいう。これが、イスラエルの宮の話である。

【イスラエル】
白い大地の頃のことという。イスラエルに日本様の
建物がある、少し離れた所、崖という。クリッソン・
るうくう、という。流空。そこにオマーンという建物の
一区である場という。その場に埋め、梅、栗の木
がある。そこの話がオマーン掛かりの話である。
寝谷の村、これを伝える所である。寝谷という
砂漠の中の場という。イスラエルのたみより、という。
民寄。ミンキカッククという冠語である。イスラエルの
御字、御地がある、イスラエル文字の発祥の所
という。そこの谷の屋、離れた大正をいう、日本
大阪の大正をいう、若い人の言葉という。
ねだち槍という山のある所という。根達槍。
ねたに槍という。そこの屋の言葉という、ヨスという
言葉の出の場所という。

 オマーン山という槍がある。この槍、山である。
手に持つ槍の絵という、山を表す場合という。村の
ヒヒとが持つ槍、山を尊ぶことという。日本の槍も
そうである。人につく山という、人山の言いの、槍持ち
という、これを、けんゆき、という。亀岡山の麓という。
靑森の亀岡という、伊立の地の御お爺御上のお教え
とぞ。マダガスカルの地の話という。イスラエル、オマーン
にある話という、地が分かれたという話である。
イスラエルの寝谷イエという、若い人の住まっていた
所である。崖離れの屋という、そこのつっぱりの場の
言いという。谷をヤフという、イスラエルのヨスである。
ヨスという、イスラエル語とぞ。ヤフは、イスラエル語と
いう。イスラエル文字のやぶふれ、という。やぶふれの
御字という。イスラエル文字である。

【イスラエル脳】
 鋭国という、砂漠の尖り石という。砂漠の中の
尖った塊のある所という。日本にも一時期あった
話という。尖石という、尖石砂漠という。
花山意かわせ、という。後、為替の経済通商の
使いという。イスラエルの尖り石の見という、これを
観察する時、為替の発想という。発想が出てくる
ことの言いという。イスラエル脳法という。イスラエルの
脳使いという。人の脳のおれまがりの右側をいう。
ここの部分を、いたち脳という、左方を、いるかげ脳
という。人の脳の主たる言葉の出の部分である。
イスラエルの一掛かりという。イスラエルの町の出来
が、この部分の働きの具現である。

 テルアビブという、イルカの照る背中の日を浴びる
イルカ槍という、イルカ脳の部分という。海馬の一
部分という。テルアビブという町の出来とぞ。ニュー
ソキという古い名という。水が掛かる所という。
古い日の旅、ニュー所巡りとぞ。
【東大阪】
 東大阪立章園、大きい川が流れていた時という。
若い人の住まっていた場である。懐かしい立章園と
ぞ。御叔父御上おらることという。飛行機の町である。
近く、放出(はなてん)という、飛行場である。東大阪
長堂という、懐かしの古町である、胡蝶の舞う町
という。黒揚羽の黄色の縞とぞ、それが群がる町
という。黒揚羽の平家という。平家の落ち武者と
いう。放出の御所の言いである。
【東大阪放出】
 放出が朋夫(ともお)という場所である。『ともお、
もっけ』という、放出の御所の冠語という、『放出に
いる』という意とも。イルカの川という、放出の川の
言葉という、イルカッ草という。古い勝海舟の行き
という。京都より放出の宮へ行く、御所ごんぼ、
という船のことという。大阪吹田より宮船を出す
放出のおわゆき、という。古い旅という、川伝い
の行きとぞ、大きな川のある所という、放出の
宮である。ワタスという自分を指す言葉とぞ。
『ワタッス、やっぴ』という、『私が宮へ行く日』と
いう意とぞ。放出の宮の言葉とぞ。東大阪で
ある。ここに、山崎という、京都の長岡の大阪
寄りの場という、大山崎という、ここの天王山
という、古く天皇山と書く、天下分け目の話
という、秀吉のいた場所という、駒背見山お
書きという。駒が、大きなイタチである。動物の
イタチがいた話という。今の小さな虎くらいの
大きさである。御叔父御上おられおらす屋とぞ。

【アデン】
 アデンという国へ行った話という、シャープ・ロットン
の旅という。古い遠い昔のことである。中国の北京
官話がある町である。中国の新しい文字という、
簡体字を使う町という、イエメンの里という。紫
づくしのイエという、若い人の住まうイエという。
また行く、アデン共陸という、アデンの沢弓という。
中国のしょすおられ、という。中国の書がある。
若い人の書いた書とぞ。説明が、しだき文字で
されている。日本の字の書きで、中国語混じり
という。しだき字の置きという。

 アデン揺れという地震のあった時とぞ。ここの空
港の作りである。一部、斜めになっている滑走路
という。アデン管制という、言葉が、支那語という、
北京管制の陸用管制である、南京官話である。
南京官話を管制用語に使うアデン管制である。
『オマ』という日本語の掛かりという。オマーンが
あるをいう、オマーンが震源地という、オマーンの
地震ともいう、アデンの地震である。M19.5で
ある。建物が斜めになり、又、戻り、また斜めに
なり、全部。斜めになった時、地震がやんだ、
時とぞ。斜めの建物という、アデンにあるという。
津波が起こった日という、この津波、内陸側へ
出た津波である。これを、唖然波という。

 アゼル・ハイジャンという、ジャンが波という意で
ある。カスピ海の波を受けたという、デルベントという
町である。オマーンで興りV字型の陸へ行った波と
いう。一部が、テルアビブで止まり。もう一方が、
アゼルハイジャンである。テルアビブ・デルベントという。
陸の津波である。海へ伝わり 、マダガスカルの南
という、そこの島が沈んだ話という。マダガスカルが
ひっついていた頃である。そこの南という。モザン
ビーク海峡が川であった頃という。そのマダガスカル
の南という、島があることという。これが沈んだという、
また出る島である。浮き上がる話という。

 浮き上がれば、地にみのが言われる。地をみのと
いう言葉が出る。地震を伴う浮き上がりである。
これが、白豹の見である。白ひょうの脳使いと
いう。ものが浮き上がる見という。小さな島の浮き
上がりである。ここに家がある、若い人の住まう家と
いう。

 遠く北極をいう、これが沈んだ地とぞ。ここに
建物という。建物があることという。これが、沈んだ
時、マダガスカルが離れた。その時にある島である。
マダガスカルの南の島という。

 糸島、糸鋸島という、弓の形の島という。ここに
家を建てた人という若い人である。

【マダガスカル】
 奈良三輪という奈良三輪から行った人という、晴寺の
発とぞ。マダガスカル・アンタナナリボという、この近く
に日本語がある。あたゆた・められる、という、冠語
のいいという。これが、マダガスカルの言葉である。
マダンタスという言葉である、通常語である。
アフリカのかかりの、モザンビーク、ケリマネ、ベイラ
、この辺の言葉と同じである、アフカーンスの一種
という。日本を、ロートスという、明治の言葉という。
この『ロートス』がある、マダガスカルとも。

 これが弓飲む形の島である、ロートス島という、
明治島という。アフリカーンスの現地語で、あゆずきと
いう、あゆみふき、という。この意味の、イカレという、
これが、このまま、ある言葉という。
 これが、ロートス島の言葉であり、マダガスカルの
言葉である、モザンビーク、ベーラ等の言葉である。
ロートス島がある話という。

 ロートス島の建物、晴寺と同じ形の建物である。
アンタナナリボの建物という、絵と同じような建物で
ある。第一次世界大戦の話がかかる、チンタオ(青
島)攻略がいわれる。言葉の広まりの話である。
マダガスカルの古い話とそいう。

 マダガスカル海峡という、蜃気楼が出る島である。
日本が映ることという。日本の輪島の蜃気楼が
かかる話という。中国の砂漠の蜃気楼という。
これが、全部同じ蜃気楼になる、映りがあった
ことという。これが月の裏側を見る話である。
モリスのいいがこれである。モーリス自動車という。

 マダガスカルからアデンという、ムマプトのことである、
ここへ行った話という、砂嘴があったというモーリス
自動車の行きとぞ。日本の島がそのまま映る
海峡という。この日、自動車を出す、マダガスカルの
キンタナの宮とぞ。そこにモーリスがある。

ロートスは、ロートの語原である。

そうきょうよいお書き。M31。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月07日

出発276 Lima-リマ Peru :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発276 Lima-リマ
【今常】
そうきょうよい時です。
【ペルー、リマの話】
22:45 2021/06/06
 土のことをままという。土ままという。
これが、リマの宮の言いである。リマに宮がある。
これが韓国をマネという。マネの宮という。この日の
韓国で、日本のことの言いという。韓国がペルー
である意という。このペルー、今のリマの宮の浮春
とぞ。浮春宮という。これを、レッパスという、レッテ
の言いの使いという。これが、今のリマの言葉の
古い言葉とぞ。古い日の日本の言葉がある。
【リマをみやびという】
 この言葉の言いを、みやびま、という。みやびまの
言葉という、これが、みやびを都にとる言いの言葉と
いう。リマをみやびという。これが、かけのる、という。
かけのるの言いという。今のペルーの言葉の古い
言いという。みやびの官崎語という。今のスペインの
言葉という。スペインの言葉の入れとそいう。

 この日のリマという。リマの地のことを、ロクという。
リマの古い名前がロクである。この『ロク』を、『ダシ』
という、当時のリマの、ロクの、言葉という。
【リマの土細工】
 これが、ロクロをいう、ロクロの土細工の道具という。
この道具のことを、ロクキという。ロクキを、まのるる、
という。これが、リマの土の細工の言葉という。スペ
イン語の入れの言葉という。土細工で、スペイン語
を入れることという。これが、リマみやび、という。リマ
の宮の造りのみやび、という。リマの宮の造りである。

 やたりという、やたせらの造りという。この『やた』、
みよしという、みよし造りという。みよしの名の土の
細工という、リマみやびのことである。
【リマの『糸』『ひも』】
 この日のリマに、いと、がある。これが、いとという、
ひもという、土の細工の土の部品という。これが、
みやリマにある、リマの町の古い土細工の
言葉という。いと、ひも、という言葉という。

 これが、みやびの日本とペルーの掛かりの言葉で
ある。リマの町にある、古い日本語という、今の日本
語である。これで、日本字がある。『紐』『糸』という字
である、リマの町にこの字がある。


 日本とペルーの掛かりの言葉という、字という。
リマの古い宮ににほんごがある。日本語が通じる
部所があることという。その部所が、近くに穴が
ある。土を掘り、その土で、細工をした花都市と
いう。その穴、日本語の名前のアナという。『通路』と
いう言葉がある。色が紫である。又、黒、黄色、青、
赤といういろいろな色のある時の堀という。穴を掘る
ことという。大部分が紫である。
【リマ紫、色町】
 リマの町の美という。紫を使うリマの建物とぞ。この
建物がある場所に、『糸』と『紐』とがある、字である、
言葉である。リマの都のなりという。リマ紫という、
色町という。これが、リマの紫の話である。
【リマの袴】
 これを、くにやみ、という。くこの宮という、リマの
宮である。この『くこ』を、ハッポンという、八本の紐
の対句という、八本の糸の細工である。この細工が
リマににある。これを、リマのむらっぱち、という。
日本の言いという。

 リマをいう、リマのまよはみ、という、日本冠語の
言葉という。シマの、えいかく、という。この『えい』が
英語の『えい』である。八の意である。これで、英語
経由のスペイン語を入れる。リマに、この鋭語がある。
『えい』という英語である。八の時に『えい』という、
セブン・エイトのエイトである。『ト』が、日本語言い
である、英語の日本語言いという。エイト・リマ平と
いう、袴の八の条の折りの袴という、この袴が、
リマにある、日本を袴という言いをする、リマの町
という。八本折りという。袴が日本様式の袴である。
日本の古い袴がリマにある話という。
8のお書き。Eight-writing.

そうきょうよいお書き。J06。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 
 

2021年06月07日

出発300 新潟出発武漢行 :イカスミ柳

出発300 新潟出発武漢行 :イカスミ柳
腹を横に書く。
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You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発300 新潟出発武漢行



    創曲、今 出発・正(やなぎ)  2021/06/06
    造詞、今 から ・正      2021/06/06
    監修、今 正出         2021/06/06
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
新潟から飛行機乗って行く
出発に花供え墓前飾り手合わす
武漢 城曳きをする 彼の地へ向かう朝
いざ! 出発の時 胸は高鳴り
喜びを作り楽し 町興し城を曳く

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/06
そうきょうよいお書き。M25。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
【噂】 再掲


 少しは、噂に気を付けましょう。

 噂など、どうってことないヨ、という。と、言いなから、
気になるものである。

『噂などはネ、気にしなくていいんだヨ、
 影響などないのだヨ』という。
これが、噂である。『噂など、気にしなくて
いいよ』という話を噂に流す。
後に、当該の人のことを噂に流す、
又 、悪口をいう。
これが、噂を流す者のすることである。

『噂など気にしなくていい』、これが、
 噂の内容である。
『噂など気にしなくていい』、
 これが噂に流れているのである。

 『噂など気にしなくていい』を、まに受けて安心する。
これではなく、少しは 、噂に気を付けましょう。
 

2021年06月08日

出発310 微力の捧げ :イカスミ柳

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駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発310 微力の捧げ




    創曲、今 出発・正(やなぎ)  2021/06/06
    造詞、今 から ・正      2021/06/06
    監修、今 正出         2021/06/06
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
鈴山の鈴が成れば ソレ行くゾ 駆け足で
あの人がやってくる 私の記憶にある あの人の
面影 来た 再会の今だ 咲け花満開の地に
再会の時 別れ長く 今 涙流して微笑んで

 意志 私継いで 『会う人は泣き別れの人』
『会わせるよ』言った人 その意志 私継いで
声をあげ 手をあげ 人生まれては会いはある
柳そよそよ地に 手さしのべ 我が力少しだが
捧げてともに喜びを

人尋ね 教えこう人のビラを撒いてる目 真剣な
まなざしに私も手をさしのべ 会える日は必ず来る
老いた人待てる地に 故郷の地に 会いは必ず
来る 遠きながら わが微力捧げて 協力と


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
【歌詞解説】
2021/06/06
 微力ながら協力します。
そうきょうよいお書き。M25。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 6/9 休
 

2021年06月10日

出発312 村上城 :イカスミ柳

出発312 村上城 :イカスミ柳
腹を横に書く。
【今常】
そうきょうよい時です。
【新潟村上城失恋物語】
2021/06/10
出発312 村上城 :イカスミ柳
腹を横に書く。

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
【新潟村上城失恋物語】
2021/06/10
 『これはどうも、失恋しました』。これを、出発の
失里という。
  鯉上げの山ふら、という。村上城がなった時と
いう。『鯉上げて』という、村上の紅白雪という。
『鯉上げろ 』という、こうさきの雪踏みという。
赤い雪の村上という。桃色の山ふめという。
これを、鯉ふに、という。鯉山の赤式という。
これを、レッド・ゾーンという。
 鯉を里という、村上の、しょんふり、という。
しょったれ、という。これを、しつれん、という。
鯉を恋という、村上の失里という、里を出る
ことを、失里という。これを、失恋という。
村上の失恋を、町興す言葉という。『失恋
しました』という。これを、村上失恋という。
失礼するの意味である。町を興すことを、失礼と
いう。古く町興しの言葉である。村上暴言むと
いう。
 『広島へ行き、原爆を落とします』という、失礼の
町興しという。この広島は、村上である。村上が、
ゆりをとめすり、という。とめのあんせば、という。
 これが、大分の、かそゆき、である。かそゆきの
かっせぎ、という。かすてすのいとふり、という。
これを、英用花之き、という。村上の花言葉である。
失恋という花岡の、長世見則という。
 『村上城もして、かんさば』という。村上城の造り
のことを、『も』という、『もして』という。嘘を歴史と
いう。歴史をまんけという。まんけの言いの、もっす
け、という。歴史の虚礼という。虚礼をかっけく、
という。これを、めのせ、という。めってのゆいふき、
という。歴史城の虚勢(きょせ)ふき、という。
これを、うめすけ、という。鯉の梅れざく、という。
『村上ゆっきし、くっせか』という。ペルーという、
ペンセのゆきふり、という。この『ペルー』は、
鈴の意味である。鈴のことを、ペルーという、
この『ペルー』は、通常語である。ウィルキという、
ウイルバのえんせらっく、という、これが冠語である。
 村上城冠話という、めってすうふる、という。冠話
を、こうるき、という、けっけけ、という。村上の落春
(おちはる)という。これを青春という。青春村上と
いう。八本の葉の槍きふき、という。八本の葉っぱ
という、これを、むろか、という。八本の木を植える
六に紙の城という。これを、村上こうれ、村上こうる、
という。村上を呼ぶ、こうるれい、という。こうるれと
いう、冠語のふりふり、という。村上の失恋の意味で
ある。執達吏という、この執達の意を、しつかつ、と
いう。かつのれんそめ、という。村上のかどけはく、と
いう。村上帝という、村上の庭をいう。これが、
村上のはこせず、という。はこつ、という。後、はこり、
という。箱津の城という。村上連則という。村上の、
ひとすれ、という。村上城交室という。皇を見下ろす
交室という。村上納言の言いという。坂を皇という。
交室の言いという。村上城の住まいを交室という。
失連の交室という。こけが執達吏の言葉である。

 村上城かめ、という。村上の、うい浜、という。
これが、ういすいという、このせろのひとしろ、という。
城を、せろ、という。住まいを、しっぱ、という。
しっこむのせろ、という。出発することを、せんてめ、
という、交室の冠語である。

 『シツレンしました』という村上の交室である。

 村上のいきふり、という。村上城の交室住まいと
いう。若い人の住まう城である。『このせろ、おりす
ら』という、郷関語という冠語を使う人という、若い
人である。名を小林という。『あの、皇が』という
人である。坂道を行くという、あの皇が坂目をいう。
皇室を下に見る話という。下に皇室がある、村上
城の造りという。交室から皇室を見下ろすこととい
う。村上上皇室という。上皇室が皇室である。
これを、下級告という。

 『見上げれば、うたそのひつじ』という、ようかわれ、
という。ようか、という。これを、日下、という。くさか、
という。『よう』を八にとる、くさか原則という。ようか
遣りという。新潟のようかの町のことという。くさか
ようか、という。くされらのようかり、という。これが、
京の言いの、村上芝せる、という、芝語という。
京都府日下(ようか)の言いである、今の向日町で
ある。ここの、このゆれ、という。小林山という、そこ
の言いである。日下を、くさか、という、向日町の
そめふり、という。ここを、むそけま、という冠語の言い
とぞそ。

 京都府向日町に村上城があるという、この城を
、なめすめ、という。すめの城という。向日町の長槍
皇(ながやりすめ)の城という。後、太極殿という。
古い日の藤原京という、藤原鎌足の、すめふり、
という。今の向日町の長岡京跡という。ここの城を
、たいふり、という。この『たい』を、鯛という、鯉という。
鯉を恋という、恋のしみ、という。城をしみという、
しみせられいそゆり、という。秦(しん)の、しつせま、
という。

 ここの向日町の掛かりという、新潟の村上城で
ある。遠く、和歌山の岸和田という。岸和田の城
の、おりふま、という、この岸和田を、日下(ようか)
という。日下槍という城のことである。

 向日町、藤つ原める・せんてそ、という、京むら
ふら冠語という。県道のしみ、という。これが、江
戸の大森城の言いである。

 『天皇下がれ』という東京、大森城の話という。
これを、藤森ふなゆき、という。古き日の知多ゆられ
、という。名古屋よりの航路という。この航路を、
みんさび、という、みんてす、という。みられる・おりそ、
という。おっちく、という、知多の南平という、南平の
ひらるら、という。みっしぶ・そんれく、という。ここも、
『天皇下がれ』という土地である。知多の祭にこの
言いの祭がある。

 名古屋知多っしゃ、という、名古谷っぽの言い
という。これを、小林録という。いそゆその言いと
いう。全国の言いである。小林じょっこく、という。
ためんせらの上村花ゆり、という。磯野ゆられ、
という。たませばの言いという。しょくそん・らぁるの
話という。

 祭は、天皇下がれで始めるのが、神輿の発の
言葉である。『すめらって、ろっこしょ』という、後、
『よいしょ』という。丹波なりぜら、という。古くの寺
に、この言いがある、『天皇下がれ』という言いで
ある。

 パレス・ダウンという、アメリカのタルサの花祭と
いう、古くの、まつゆち、という。これを、まつらけ、
という。よいしょよいしょの祭という。アメリカ・
タルサのげんたき、という。これが、タルサ山ふみ
の祭である。日が、今の暦の、7月4日である。
独立記念日の頃である。ゲチスバーグの記念祭
の、受け巾という。受けた独立記念祭という。
タルサの町の祭という。古いタルサの町にこの
祭がある。

 鯉を恋という、大きな鯉を恋という、イルカでも
ある。海の生物という。村上城恋歌という、
『村上やっちゃ、もって』という、京都淵町の頃の
淵祭という、村上鉾という、イルカげいはき、と
いう。天皇をげいという。猊下という、仏教のことの
言いという。仏教が、自分を、天という、これにす
める、という、天皇のはかせ、という。寺の住職を、
はかせ、という。この寺、天皇をはく、という。天皇を
靴という、この言いの、天皇という、天皇を掃く、と
いう。これが、古い禅寺の言いである。古い寺の
言葉である。之の延伸という、住職が自分を、
天皇という。禅寺にいた若い人である。神宮寺の
言いとも。キリスト教という、ここも、自分を天皇と
いう。

 アメリカ末日教という、エンペラー・セイングという、
アイを、エンペラーという、アイ・ゴーを、エンペラー・
プッシュという。エンペラー・プッシュ・ダウンという。
『自分が行く』という意味である。I go 、 Emperor
push down。アメリカでできた末日教という、
キリスト教の一派という、アメリカ発の宗教である。
自分をエンペラーという末日教である。

 『天皇下がりおります』という、すめら下がりと
いう、これを、神下(こうげ)という、自分を神という、
これを、人間という、人間のさがれるかり、という。

 アメリカのカリフォルニアの半島の付け根の場所と
いう。ここの言いが、God Father という言いである。
古く、狩郷(かりごう)という、日本の呼びという。
向後冠せらという、これを、シューズ・ワードという。
天皇を靴下という、靴の下 という。ソックスレール
という、これが、日本冠語を、靴語という、同じこと
である。

 普通の一日が、自分を天皇という、『天皇は
行く』と『私は行く』という意である。これを、向上と
いう、古い藤原京の言いという。藤原鎌足という、
人の言いである。藤原の言いという。

 衣冠束帯に、忘れ緒をする格好という、天皇
ふき、という。忘れ緒をする言いという、これの言いの
天則という、天語という。

 『天皇、おりして、もたれる』という、宮内庁の、
かんせるかっき、という。宮内庁が、自分を天皇と
いう、天皇は庶民の言葉である。自分を天皇と
いう人を庶民という、一意という。一般の通常の
人が、自分を天皇という、言い方である。日本の
古い言葉使いである。宮内庁から発布した、天
皇という言葉である。これを、人に充てることを、
天皇発布という。天皇という言葉を自分に使う
話である。古い御所からの発布である。この御所、
京都御所の中のいきたはり、という場所の発布で
ある。後、菊水という場所という、後、一水という
場所という、いきたはりの一水という、後、若い人
の住む右隣である、出口に向かって、右翼という。
一水の右翼という、建物の場所である。
『天皇はお行きたもう』という、菊水の言いという、
菊水の紋の由来でもある。この紋を、お召し紋と
いう、延伸が、自分の紋をいう。自分の家の家紋
という、お召し紋という。菊水会の言いという。
右翼が、自分を天皇という場所である。菊水会と
いう、一水会の人という。いきたはる、という、いきて
を見る言いという。目的場所のことである。
『天皇はお行きたまう』場所である、自分のことを
いう。天皇の言いという、若い人の言いである。
古い御所の頃の言いである。東京皇居の御所
でもある。東京に、大きな家があるという、若い人
である。この東京を、向後所という。目的地のこと
である。革命のお行きという、いきたはるお行きと
いう。生江山という、御所の中の小さな築山である、
伊吹山の、北側である。小さい両並びの山である、
伊吹山という、息吹山ともいう、ここと生江山という。
山はりりょうる、という、御所の冠語である。
東京の皇居の大村すき、という言いとも、である。

この言い(という言いとも、である。)を、村上すき、
という。村上城の交室文語である。

 この文語を使う、岸城という、騎士城とも。仙台
伊達(いたち)の言いという。仙台城の交関語という。
この交関語を使うことを、京るり、という。これが、
だて、という言いをする、だての仙台という、郷関とも
いう、仙台の村ずり、という。村上城の言葉と同じ
言葉である。だての騎士という、洋風の兜という。
黒兜の話という。城の飾りである。城をとるという、
飾りの兜のことである。鎧兜のだて飾りという、これ
を、浜せる、という。横の城という、横田城という、
横田の城槍、城遣りという、仙台だてという。
伊達(いたち)だて、という。これを、いだて、という。
うだつの、いだせる、という。うだつをあげる、という。
屋根のうだち造りという、一名、だてあがり、という、
いたちあがりという。建物の建てに掛ける言いの
延伸という。伊達だて、という、屋根河原の葺き
である。

 藁葺きの屋のたてだち、という。縦にかけた
藁葺き屋根という、かや藁の葺きという。縦葺きの
屋根である。一部カリフォルニアにあることという。
狩郷という、飛騨藁葺きのヶ脱硝という、こにもある
縦葺きの屋根の合掌造りという。概観が、手を合
わせた格好である。末日教の古い教会に、この造
りがある。アメリカ合掌造りという。カリフォルニア、他
の地域である。この頃のアメリカ、佐助朝という、
原子炉の建設の頃という。スリーマイルズに名が
残る佐助という地名という、縦藁の家という、スリー
マイルズの話という。上皇屋敷ともいう、セット・
エンペラーという屋のことという。『セット』が『前』の
意である、以前という意とぞ。磯野由良浜という、
磯の屋という、磯野の由良の屋という、セット・エン
ペラーである。ここも、自分をエンペラーという。
『エンペラー・プッシュ・ゴーイング』という、原子炉の
英語の言いである。原子炉に住まいする人という、
原子炉の周りの住まいの人という、園人の言いで
ある。

 古いだて冠語という、英語の冠語である。天皇と
いう言葉を駆使する話という。自分を表す、天皇
という言葉である、エンペラーである。

 頭に特化して論ずる、天皇は象徴であるという、
今の憲法という、人一般のことである。自分の頭を
尊ぶ話という。医学にみれば、天皇の山ずり、という。
頭を撫でる行為という、延伸が、ドライヤーのあて
という。空気をあてることという。古い京都大学の
教えてある。京大の古い医学である。京大医学の
天皇論である。頭を大切に、という話である。

 大原御幸という話の一部である。やなぎ論ふめ、
という、古御所の教えである。やなぎという言葉を
多用する、頭をいう、体の健康に繋がる言葉と
いう。柳といえば、健康になっていく話という。
やなぎ返事をすればよい話という。『やなぎ』と答え
ることという、古い御所の夜学の返事という、御所
夜学の返事である。これを、やなぎごゆほむ、という、
言葉のことほぎ、という、ことほぎの語原である。
古い穂浦の馬村という、そこの教えである。
磯の源重郎という岸本槍という山がある頃の教え
である。磯野平価という若い人が使う名前である。
若い人の名前という。源重郎という山である、お山と
いう、山を崇める言葉でとも。太郎山という、
『太郎行くかって』という、『いきたはる』の言葉と
いう。

 山の上の方を上級ともいう、下を下級という、上級
民という、山の高い所に住む人という。上級国民と
いう、山高人種のことである。山高帽子を被った人
のこととも。上級衣装、上級帽子という。帽子屋の
言葉でもある。

 高い山のとんがり山を、ピサ山という、とんがり帽子の
格好ともいう。ピサロの征服という、とんがり山へ行程の
ことである。エベレスト征服という類いである。
とんがり山に、帽子の大きい鍔をつける、ジェット機の
発着場である、その格好である。山を崇める格好という。
だもって帽という、ピサロ冠という、やまじの話という。
山の字を、ピサ字というる山岳登山記号である。これの
使いの城、村上の奥津城という。山に墓地を造ることを
いう。村の上の上級墓地という。下級墓地という、
お山のお墓の尊びという。低い所の一にある墓地を、
下級幽霊所という。

 ゴー・ストロークという、幽霊所へ行きますという、
下級の魂という、これを、たもせら、という。穂浦の
言いという、御嶽やりという、槍の両言いという。
山であり、言いである。下級の話という、くわえたもう、
加給という、山を給という。丘陵の言葉の延伸である。
上級下級もそれである。下級墓地の方が、値段が高い
場合もあることという。
 上級国民、下級国民という、幣原(しではら)の言い
という。幣原から上を見る、山地を見る時の言いと
いう。上級地、下級地という、言い方である。

 幣の旅行きという、かけ落ち、かけ上がりの
物語という。男山、女山の話である。山で駆け落ち
するから危ないことという。山には登らない人である。
最上級の答えという。中間層住まいとも。若い人の
ことという、駄作者見識である。

そうきょうよいお書き。M25。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
あああああいいいいいうううううえええええおおおおお
そうきょうよいお書き。M25。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月11日

出発320 紅蓮

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発320 紅蓮



    創曲、今 出発・正(やなぎ)  2021/06/11
    造詞、今 から ・正      2021/06/11
    監修、今 正出         2021/06/11
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
きれいな花 紅に咲く庭 はすに 池斜め
石の碑 たたす身の江 皇世日 浜由是
降りたる期の木地(きち)の池頭 すめらぞ見
岩手向かう時 青の空澄みたり
ジェット機 縦に置く 幣される 我が意

しでされる : ジェット機の飛び立ち
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/11
【皇居皇居】
 東京皇居の斜め池という蓮池の景。
縦置きに置いたジェット機で岩手へ行く、大槌の
山々という。これを山連という。山連のやたゆられ、
という。ジェット機がゆられる場所という。ここを
越えて大叔母御上に会いに行く、ジェット機の旅
という。亀山山という山の名という、ここの越えと
いう、ジェット機がガタと揺れる気流のある日とぞう。
【新日鐵釜石】
 これを東京空襲という、東京からのエクスプレスと
いう。大御叔母おられおらる、わてやりの家という。
めめせの釜石(かまいそ、かまいし)という。後、新日
鐵の釜石製鋼という、そこへ行く。大槌から釜石と
いう。釜石の御地由良(おじゆら)という、大叔父
御上おられおらる・せめるれ、という。せめる行きと
いう。釜石の金網の張った場所とぞう。そこから、
御叔父御上お共を致す若い人という、製鋼所へ
行く、釜石の、おきね由良という。おきねという場
所である。大叔父御上おられおられ、御叔母ゆ、
あらすあらるれれすゆいゆいてれせ、みよととの
言いのお江という、釜石由良の製鉄の江とぞ。
我が故郷釜石、大槌とぞ。懐かしい釜石山とい
う、亀山山の御名の山という。

 何度もジェット機で行った旅山のお絵という。
『夏ゆつぁ、俺って、すっさ、もそす、おうりらら、
ゆわって、れっすす、れんてっそ、ゆうる、めめっせ』
仁徳言いのお書きとぞ。

 『ゆわられんて、さっすぅ、うりしっら、すわっす、
  おりせれ、るわる、めのよ』とぞ。意味が、
この文である。冠語言いの仁徳言いである。

 新日鐵堺の記とも。堺より行く仁徳期の池の
木ともとぞ、にれの木の植わる池とぞ、斜めの池
とぞ、蓮池のことである。
【皇居より東大通効】
 東大世の行きとも。東大の通いの頃という。
東京大学である。二本立ちの機という。大御
叔母あられあられ、名をすえ、と仰る、機を据える
ことを、名を据えるという、ジェット機の立てである。
また、行く、釜石、大槌、大磯、ありるありるなつくゆ、
懐かしの釜石とぞ。皇機というジェットの機のことの
言いともぞ。ともゆらめ浜、これより、紀州串本へ
向かう、ジェットの行きという。
【岩手大磯】
 篠山高等助という、そこの期のことという。篠山
より行く当方らるる・えよて、という。篠山の兵庫と
いう、大磯という御叔母ゆありせるありったふっぷす
、という。大磯山浜ありるありりせついついのゆい
はみ、という。御大叔母ありてそわらるそそす、
おおそわす、おりそりの、ゆおれら、という。
『俺っつぁ、れって、さっぱさ』という、機へ乗る時の
言いとぞそ。ジェット機の乗りである日という。
【釜石大槌造船所、製鉄所】
 大磯という製鉄の組立という、加工場の場とぞ。
釜石の大辻という、大きい道のある場という。
後、大磯の造船所という。大槌造船ともいう。
大型船の造りのコウバという、京都府長岡京市の
造船技という、同じ造船法である、大阪日立造
船の造船所という、東京蒲田の造船技術である。
『長岡造船ゆっかさ』という、今の長岡京市の
学校のある友岡という。そこの造船所の義とも。

 技を義という、技義という、主に、造作の書である。
コンピューターを使う設計という、今のコンピューター
である。古い日の話という。
造船造作のお書き、これなるを。
【京都賦亀岡行、篠槍崩御】
 『一緒に行こう』という若い人の言葉という。御
叔母ゆ微笑まれ、御同意ありたる。京都への行き
という、京都五条管制より、亀岡へ行く、篠槍高
きを越え、急降下のジェット機という、谷中をいく機
という。のち、亀岡造地の明智工法という。大槌を
打ち込む工法という。亀岡渓谷の頃という。大崖
、大渓の地という。篠槍という高い槍をなしくずす
大掛かりな工事という。
【足利明智工法】
 足利、明智の工るらる(こうるらる)、という。後、
大町山という、大町の亀岡の場という、後、省線の
大町駅という。亀岡行という渓谷の中を飛ぶ
ジェット機とぞ。釜石、大槌、大磯の御叔母とぞ。
古い日の、おばゆこう、という。『一緒に行こう』と
いう行きである。
御叔父御上、京におらせらるお行きとぞ、ジェット
機の操縦という。小型ジェット機である。現、JR
丹波口駅、ジェット機の格納庫である日という。

 古くの名祖由丸という、小型船のみなつ、という。
その後の、京都市という、今の京都市である。
古い日の新しさ、耳新しい話である、古い話という。

 京都市長針という京都市の役場の中という。
若い人の在である。高山彦九郎の御大おじさん
という像拝みの人である。

大槌、浜の家、おどんて、という。御大叔母おられ
る家である。後、島根へ飛ぶ、ジェット・ローハンと
いう。島根双城の山という、鳥取双城ともいう。
鳥取の牧場という話である。大槌北の花山という、
鳥取大槌のや、という。牧場のことである。

 仙台浜御殿という、そこの対の城である。鳥取
城という。岸和田城が見て笑むという、和田笑み
という、かたえくぼの笑みという。池与原という地に
ある城という、鳥取島根の城という。
双城山お書き、これたり。

そうきょうよいお書き。J11。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月11日

出発402 卒發 :イカスミ柳

出発402 卒發 :イカスミ柳
腹を横に書く。

【曲名】 出発402 卒發

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
【卒發】
2021/06/10


小林壱裕卒業書
篠山高等師範 卒 
住所  篠山市向日録篠弓(弓にりっとう、字)
    花川世(竹偏に世)
    山々家の卒業
    明治36年4月参

印刷 神祇省學富部高等師範印刷




篠山助 卒 
小林壱裕卒業書
篠山助 卒  
住所 篠山城字皇居 
   得手富槍花席卒乙
日付 大正11念ゴモの矢この日((日日)という字、一字)

印刷 神祇省學富部高等師範印刷



縦書き、小さな手帳大の卒業書である。
小林壱裕卒業書
篠山高等師範 卒 
住所  篠山市向日録篠弓(弓にりっとう、字)
    花川世(竹偏に世)
    山々家の卒業
    明治36年4月参

卒業証書である。

上が、緑の紙に赤字
下も  同じ  
印刷 神祇省學富部高等師範印刷  
どちらもそうである。

 私の卒業証書という。篠山高等師範の卒業である。
出發 路町(町を二つ書く) 
二俣印刷所  
篠山高等師範の卒業証明書である。
よんの時の印刷である。
 二つを同時に卒業した話という。
同期生に、**という人という、それに、
**という、人という。
場所の書きという。二人が同期生である。これが、
篠山城の皇居の字(あざ)の場という。皇居と
立て札のあることという。この皇居、後、皇學という、
皇學館の皇居という。江戸という場所とぞふ。
後、東京市という、東京都の江戸町という、そこの
皇居という、城全部を皇居ということの、皇學という、
皇學館のつい札という。そこの卒業である。

 駄作者が、若い人から聞いた話という。小林壱
裕という若い人である。駄作者の回りにいる人である。
いろいろ探って書き立てるのが駄作者である。

『卒發』 そっぱつという篠山向陵の言葉である。
後、篠山皇上陸軍という。そこの皇上兵曹である。
篠山イージス陸軍ともいう。そこの艦船宮録部
(かんせんかんろくぶ)の宮参奈(みやみな)の
卒乙という、甲六の・きもふり、という。
篠山兵渠の記という。
『れれってら・せっけらぁ』という、よんよすの
言いとぞ。
 卒業証書という、現在、若い人の手元にはない
という。探せば、たくさんある、篠山兵という。
若い人の持ち物という。 駄作者が若い人より
聞いた話という。篠山皇上という話という。
篠山城の字(あざ)皇居という、城地の中の話である。
兵卒という言葉が、篠山城の言葉である。
皇上篠山という。皇上丘上(こうじょうへいじょう)と
いう。やもっせの言葉という。
イージス尤[良良]記 (ゆうらき)という。
[良良]は一字である。
坂道を、皇(すめら)という話である。皇上という、
坂道である。山城の言葉である。後、平城の地とも。
皇上昇という、向上する人である。坂道を行く、皇上
の雲という、雲かがる城という。雲掛かりの霜空という。
霜降らせの闇という、雲の地を、闇らき、という。
せんとめの言葉という、陸軍兵曹の、卒發という、
卒發の言いである。古い篠山という、私の故郷という
若い人という。名を立世という。立山居千尋という、
自民塔の原子力塔の名である。若い人の名という、
原子力塔の建物の名である、自民塔という塔である。
自民塔立山居千尋という、建物の名である。
御兄御上おられおられという若い人である。
http://wakaihito.sblo.jp/article/53365911.html

 小林壱裕という人物の話である。いかなる人物で
あるかという、生きている人である。駄作者捜索。

そうきょうよいお書き。J10。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月12日

出発402-2 卒發 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発402 卒發
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/12
【東京皇居】
住所が、江戸大夫(えどたいふ)ということの場の
卒業という。これが、うちのよんの場という。
江戸の皇居の卒業である。今の東京の皇居で
ある。名前が小林壱裕である。同期生に、
若よらという、若宮の名の人という、後に、同期生を、
同学という。同学生が、三人という。

一人が、若崎という、もう一人が、若津という、もう
一人が、よいふみ、という。この三人の同期という。 
これが、江戸の皇居の浜という、この、若巣という、
学校のことを、巣ということの言いとぞう。江戸番藩と
いう、江戸の幕府の前の藩校の前という。藩校以前
の番藩である。これが、大村城石垣の横である。
ここから、自動走行という、自動車の出しとぞい。
幣原号という、原子力の自動車という、後、水素
自動車という。これで、通産省へ行く人とぞう。
今の通産省の前の建物の、科学技術院という。

ここへ行く日の、書きとぞ。若い人の書きである。
特朝日記という日記の書きという。若い人の筆で
ある。これが幣原喜重という自動車の名前で
ある。通産省もしくは国にある自動車である。
幣原喜重郎という内閣である、その人と一緒に
いた話である。篠山高等助という、後、師範という、
後、助學という。助學の山という話という。助學山
のある篠山である。今の兵庫県篠山市である。
この時も篠山市といっていたことという。後、笹山町
になる、また、篠山市になる。その移り変わりの頃で
ある。二つを同時に卒業したことという。後 、東京の
江戸城の中の御所という、ここを卒業した人という。
御所夜学もある、今の皇居の御所という。京都御
所と同じ造りである。ここにいた時に、自分を、畜と
いう、畜生という、自分の表しである。畜生という、
動物を連れての自分である意という。
【畜生】
 『畜生よらえら、おりてる・せめすれ』という、東京
皇居の夜学生の言葉という。後、青山夜学という、
篠山にもある夜学所という。篠山皇居の城の中の
場の夜学所という。

 あと、皇居をいう場の、奈良の当時の奈良三輪と
いう、現、奈良三輪市の場の天皇査察城という、四〆の
城の夜学という。四〆城の夜学所という、ここも
皇居所という表示があったことという。天皇のことを
人という、自分を畜生生(ちくしょせい)という、これが、
奈良の皇居の言いである。奈良の三輪の四〆城の
言いという。篠山という場の言いとぞ。天皇査察を
する話という。どの城にも天皇査察があることという。

 幣原喜重郎という、幣原喜重の自動車という、
水素自動車である。若崎、若津、よいふみという、
ロボットである。
【迪宮、柚】
 迪宮のゆずらり、という、一名、京都ごよふみ、と
いう。柚の宮という、宮々の御所という。かよれ山
ふり、という。宮言葉という。冠語を使う日の、宮と
いう。宮日(みやび)という。宮日のお書きという。後、
休日という、今の休日である。古く宮日という。
4月29日という、宮の柚の香る頃という、これを、
柚緑という、柚日という、緑日の頃という。京都御
所の、迪内闇という、迪内楼という、そこの、かよせ
み、という、柚につたう蝉のこよふり、という。これを、
ろめふり、という。緑の宮の柚の実やの里ふり、と
いう。柚の里の山という。

 自分を柚という人という。『柚、いきみたる』と
いう、迪宮の言いである。後、東京へ行く、日光木
杉の街道のつくりふり、という。東京皇居より発する
街道のことという。皇居内に街道がある、これを、
宮れ闇ふり、という。これを、作る行進という。
大型トラックの行進という。
【国道番号】
 皇居から、せんだみ、という。せんらつのおこゆき、
という。これが、後を、国道という。国道に番号を
ふることという。ナンバーリングロックという、ろくせらの
おいとい、という。今の国道がナンバーでうってある
ことの由来である。名前を付ける国道にナンバーを
ふりそえることという。

 国道一号線という、東海道ごよふり、というナン
バーの付け方という。この一号線の番号を、迪弓
という、迪山のおつけ、とぞ。迪宮の付けという、
柚山連具という。リーイルロンリーという英様冠話
である。花山のお言いという。古く、穂浦ということ
の言いという。穂浦番号という。今の国道の番号
である。

 番号国道という、名前もある国道である。東海
道という国道である。東海道国作一号道という、
これを、線道の名という。線道を、いちゆち、という。
ゆうらるえりす、という。リーズルロンという、京方の
冠語という。これで、一号線で付ける、ナンバー
リングという、ナンバーの振り付けという。

 東海道53次の踏襲という。東京ゼロ番道路と
いう。これを、ナイキ、ナイクという、ナイクレンセラー
という、迪宮のお付けという。これが、日本全国の
番号の付け方である。国道の番号付け方である。
幣原喜重郎のお行きという。自動車の乗り行き
とぞ。

 東京皇居より出た大型トラックの出立という。
日光をとる日光街道という。大お爺さんのおつけ
という、ナンバーリングである、古く、京都大学の
教授の大お爺さんという、御所住まいの大お爺
さんである。迪宮という宮に住まいされている大
お爺さんである、京都御所内という。柚の宮の
浜ゆりという、東京の御所宮という、現、皇居
内の浜ゆりである場のこととも。

 東京を、かかめらき、という、その言いの、きょう
らき、という。ナンバー線窟という、いたちいざりの
おかさり、という。皇居の地下道という、れれておん
すけ、という。ここの仕事という、線にナンバーを付す
仕事という、若い人の仕事である。夜に夜をついで
付した話という。地下道での仕事である。
【東京皇居】
 これを東京キュウバンという。ナイントックという。
御大お爺さんおられおられ、あゆめられ、地下暗い
仕事場という。この地下道、しでなぬ、という。
しではらきみ、という。有窟のがんせみ、という。
エーイルロンレーのおつけふけ、という。迪宮の名で
ある、地下道の仕事場である。

 東京御所の迪宮という、京都御所の迪宮という、
その場の仕事のことという。アレッセレンテラーのあ
ゆっそ、という。古く、奈良三輪の四縄という、縄〆
の城の、地下住まいという、現、奈良三輪とぞ。
【二千円札】
 この城の造りという、柚山の作りという、天皇査察
強行札という、二千円の置きの城である。大蔵省
印刷という、篠津らら、という、ささづららの山という、
この話である。二千円札という、古い、京都の沖やら
の穂浦の頃の宮という、琉球宮という。この宮の描き
である。図案が描かれた、奈良の宮の、現、奈良
ホテルである。奈良女子大の岡教授のお筆であると
いう、小野郷のお絵描きのお筆であるという。
アウェッセーという、おんかわのお絵描きという。有名
なお絵描きのお筆である。二千円札のことをいう。
御岳父という若い人という、奈良ホテルでのお教え
という。盲人にもわかりやすい拵えという。

 御叔母御上喜び給う、はじめて手にされた二千
円札という、土山の御盲である。若い人がお渡しした
二千円札である、その日が、土山山拓という、土山
所のアルフレッドという、アルセラルウのあゆてす、と
いう日である。御叔母のごいさまのふみゆみ、という。

 日本銀行をいう、通の銀という。通銀 、路銀の
行きふき、という。これが銀行の意である。古く、
篠山のろっこく、という、路銀という。篠山発行と
いう、大阪の船場ゆらふりのイオンートースという、
イオンラックのゆっため、という。大阪浪華の大阪
城である。その古い図案という、琉球の城の図案
という、首里の図案である。首里城の顔という、
秀頼の目という、首里城の飾りである。

 迪宮の話という、二千円の札の話という、東京
国技ゆまの場という、そこの決定である。京都御
所篠津という場の査察とぞ。奈良三輪の四〆の
城の査察とぞ、代表が奈良三輪である、査察
の代表という。
【四〆城】
 この四〆縄城、入り口に、皇居と書く城である。
今は、この城はない。二千円札も見当たらない、
ないことを書く駄作者である。

 オマーン、マダガスカルという、かつ子島という、
遠く、アリューシャン列島の島名である。火山の名
が書いてある、島譜という地図という、日本名とい
う、これに、アラビア文字という、列記されている。
この地図の印刷という、ロシア語の印刷所である。
古いキリール文字で印刷所名が入ってる、この印
刷所、ロマノフという。東京皇居の地下の印刷で
ある。迪人という名札がかかっている部屋である。
迪人、迪仁と表裏になっている札とぞ。若い人
の仕事をする部屋であるネオお爺さんおられる御
部屋という。若い人の印刷の仕事である。

 一号線詳細地図、オマーンの地図、マダガス
カルの地図、この部屋で印刷したことという。若い
人が自分用に一部持つ、迪人と署名のある地図
である。小林壱裕とかっこ書きがしてある地図とぞ。
小林壱裕という人に尋ねたが、手元にないという、
旅をしているという言い表しの駄作者である。
小林人物という、小林人という、小林物という、
一連の書きという、駄作者にかき立てられた人
物という。小林おだい、という書き物である。
それも印刷所においてある話という、駄作者の
書きである。

 小林迪人、迪夫、迪子、迪広、たくさんある
名前である。小林柚という、迪という、木偏と
しんにゅうの字という。柚の宮迪という、東京皇居の
地下道である。ここを、あん、という。あん道という、
あん柚、あん迪という。迪道のお書きという。京都
御所ともいう。
迪宮柚お書き。 

そうきょうよいお書き。M25。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月13日

出発410 奈良三輪動国:イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 出発410 奈良三輪動国



    創曲、中山みき・正(やなぎ)  2021/06/13
    造詞、中山覚(さめ) ・正    2021/06/13
    監修、ほうきき          2021/06/13
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
ラーテルが立って辺りを見てる 
大きな体で象と並ぶ園は春の
奈良三輪の春 平たい背中 大頭の太足
ゆっくり歩むと花笑み木揺らぎ
トラトラトラの出 いざ しゅっじんの地張る


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/13
【歌詞解説】
 出陣の時、トラトラトラという、大虹鯛線地という。
『ダイニジタイセン』というロボットである。このロボット、
奈良三輪三輪の、ろこひき、という。初期のロボットの呼び
とぞ。テレビの宣伝に出るというロボットである。大虹
鯛線の布告という、宣伝である、相棒もいるという
ロボット機関の曹兵長という。
 この曹兵長が見回る奈良三輪動国である。若い人が
運転をする自動車に乗り、『ココデ、マチ』と言い、
車を止めて降りて行く。そして動物を見て回る。
天里郷という、里郷のこわしみ、という。中山みき
という名のロボットである。中山みき兵曹長という。
軍長の総指揮記録長という。同じ造りのロボットの
長である。

 これが、当時の奈良三輪動国の一光景である。
当時の奈良三輪という場所の光景とぞ。ラーテルと
いう大きなラーテルである。象くらいの大きさである。
マンモス、始祖鳥という、毛長象の群れという、大
きい始祖鳥が羽ばたく、ロボットの見回りという。

 当豹、辺りの一日の光景である。

そうきょうよいお書き。J13.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月13日

出発412 中山みき:イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 出発412 中山みき

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/12
【奈良三輪教】
 小林卑弥呼を祭る中山みきという。亀山
稲荷が境内にあり、後、三昧地へ行く。天
神の沿いという。天神を添わした稲荷という。
境内を、磯野境内という。石垣がある日の
ことという。石垣が、ことみゆき、という、こと
みの石垣という。境内の中のものの言いとい
う。これを奈良三輪教の言いという、奈良三輪教の
かんざきという、かんざきの言葉という。
これが、あしこく、という言葉という。これを、
あしき、という。あしきの言葉という。

【天祖】
 この言葉を、やもすれ、という。言いが、京都
の奈良三輪教の言いという。京都を、天祖という、
天祖町という。これが、奈良三輪教のできる前であ
る。京都で、興した奈良三輪教という、この奈良三輪教
を、きょうみ山という。きょうみの奈良三輪という。

 これが、京都を見るという。京見の峠という、
京見峠の奈良三輪柿という、奈良三輪の柿の言葉と
いう。でこぼこの柿という、表面が、でこぼこに
なっている、凹凸の柿という。これの言いという。

 中山の言いという。京見峠の中山峠という。
これを、奈良三輪見下ろしという。奈良三輪を見下ろす
京見峠という。

 奈良三輪教の本部という、京都市内にあったことと
いう。この本部を、現、奈良三輪市へもっていく、
しばらく京都と奈良三輪市の本部を、両本部と
いう、これを、奈良三輪におくことという。後、奈良三輪
教布教所という、京都の奈良三輪教本部に布教
所が、10ヶ所あったという、実際は、1万程あ
った話という。これが、奈良三輪市の本部に全部を
置くことにした、奈良三輪教の本部という。
【教布所】
 この日の奈良三輪教教会本部という、既に、海
外にもあったことという。一番最初、ロンドンに
出た時という。このロンドンの名前という、奈良三輪
教倫敦(りんとう)教会所という、後、教布所と
いう。当時のロンドンの新聞に出ている話という。

 ここと、パリと、ブラザビルという、これが、三
海外教所という。奈良三輪の言いの残る三教所
である。この言いが、りくわ、という。この『りくわ』
の『わ』が、時を得る栄えの奈良三輪という。『栄え』
の『さか』が、坂を意味する、教所の場のことと
いう。これを、りほう、という、利方という、理方と
いう。のち、『り』という。奈良三輪の方法 という。

 歌を、『とめた』『とめ』『た』という。これが、天
理教の歌の言いである。奈良三輪教の歌である。
中山みきの作詞という、作曲のことという。
【ラーテル】
 この中山みき、ラテルという、ラーテルのイタチ
の仲間の動物という。奈良三輪教の湯屋の家にと
もに住んでいた動物という。このラーテルの鳴き
声の高低を音符にすることという。これが、
初めの出の、低い音という。初期の奈良三輪教の歌
である。中山みき、という、ラーテルの名前であ
る。若い人のともである。
【奈良三輪動国】
 この時、奈良三輪の中に、動物の小屋があった
時という。動物の小屋を作ったのである。この
造りの小屋の形容という、これが、トントンと
いうトントン作りという。杭を打って、平板を
張っていく造りという。これが今の神殿の場で
ある。この時、ラーテルという、イタチの仲間の
つり山という、イタチをたくさん置く造りという。
最多数期で、1000頭のイタチのラーテルと
いう。奈良三輪の中のイタチ小屋という、囲いの
中に小屋を造っておいた造りという。

 この横に、豹の囲いという、多数期で、800
頭である。大きな豹という、これの囲いの
中に豹の休む小屋という、これを造った日の
歌という、トントンという歌詞で始まる歌という。
【奈良三輪動国】
 後、馬囲いという、馬を囲う場の平板囲
いという、この中にも馬の休む場の小屋という、
馬小屋をつくっていた時という。これが、後、
詰所という、各教会の信者の詰所という。
そこの置くに動物の住まう小屋を備えて造った
話という。これを、奈良三輪動国という。

 あと、蛇という、蛇小屋もあることという。この
小屋も置いた、奈良三輪教の動物の子やという。
大きな蛇である。最大50の長さという、蛇の
体という。これが三匹いた、大きな蛇という。

【和国邦】
 後、動物園ができ、そこへ分けて置いたこと
という。これが、和国の時である。若い人が、
和国をいう、和国の動物という。後、動物の
園という、この園を、和国邦という。動物の邦
という、動物園のことである。

 この動物園の、動物の食べ物という、皆、そ
れぞれの動物の造りという、自分の食べ物を
造る動物という。

【奈良三輪の象園】
 象がいた奈良三輪の象園という。約500頭という。
豹の囲いの隣が、象の園である。今の東礼拝
場という、この時の東礼拝場という、少し大き
な場という。後にできる東礼拝殿の倍の大きさ
という。大きな場である。ここに囲いを拵えた象
の園の場という、小屋もあることという。

 この象が仕事の指揮をする全動物の指揮とい
う。この象の中の、鼻の短い、普通の鼻の象と
いう、これも300程いた話という。この普通の鼻
の、鼻の長くない象の指揮という。この象のことの
言いという。仕事が、全動物の、仕事を指揮
することという。主に、食べ物を造る仕事の指
揮という。鼻の長い象と一緒に住んでいた象
とそ。

【奈良三輪三輪動物所】
 色んな動物を置いていた奈良三輪教教会本部
という、後の奈良三輪教教会本部である地という。
この時、奈良三輪三輪動物所という、今の大掛
かりの動物園である。これらの動物の住まい
という、作業所でもある。

【始祖鳥】
 これらの動物を、当時あったカメラに写し、
デジタルカメラが既にあったことという、コン
ピューターに入れ保存したことという。鳥も
いた話という。この鳥の中にコンドルという、
大きな鷲のいたことという。今の鷲の倍ほどの
大きさである。始祖鳥という、これより大きな
鳥もいたことという。

 これが奈良三輪教以前の、奈良三輪三輪の村の
ことという。同時に京都の、ひみそり、という場
も同じような造りの物があり、ようけの動物という、
ようけいた話という。『ようけ』は、『たくさん』の
意の言葉という。これが、京都の墓町という頃
のことという。マンモスもいたのである。初期の
動物園にいたことという。

 奈良三輪教教会本部という、京都の奈良三輪教教
会本部の場のことともいう。みな、動物を置く
京都墓町という。平安京の以前である。
古平安京という、この後、墓町という、後、
平安京という。これが、京都水浸しという
頃の次である。平安京の後、水浸しになった
ことという。この時、大きな川ができ、山が動き
、地球の創成期という、地球が若かった頃と
いう。


 ラーテルの大きなラーテルという、象位の大き
さのラーテルという。この海の時、クジラが泳ぐ
景という。奈良三輪のクジラという、真水の泳ぎとい
う後のことという。

 相前後して、篠山の水という、篠山の大き
な山があった頃のことという、この時、篠山を
江戸という。後、江戸篠山という、今の篠山
市という。大阪の水浸しという、京都長岡向
日町の西という、大阪よりの場という、これより
西が海のようなものであったことという。茨木市
という高槻氏という、これが、茨木海という、
淀川の周辺という、大阪の曽根海の近くまで
海であったことという。曽根海も海である。今の
曽根崎である場という、この時の大阪城という、
大きな岩の上の城という、イオントーブという、
これよりも大きな城である。曽根崎の海の西で
ある所という。ずっと海のようなところであったこと
という。色んな雪が降った話という。

【雪絵の具】
 白い色の雪、青い色、赤い色、だいだい色の
雪、12色の雪の色という。これが、今の雪絵具
という、その雪で作られた絵具という。このの具、
まだ、たくさんあることという。今の、がんやき、と
いう、岩の絵具という、色付き岩を細かく砕く
造りの絵具という、これと同じ頃の造りである。
吹付という絵の造りという、この絵もあることと
いう。

 この江戸の言いという、今の東京の『そうだ』
『~~だ』という、言葉使いである。関西の場の
言葉という。この時の東京、今の東京の言葉と
いう、『そうだ』『~~だ』である。一時期、みん
な、『だ』『~~だ』を使っていたことという。
九州四国もそうである、北海道ともいう。日
本全国、『だ』『~~だ』を使っていたことという。

 動物のダチョウがいたという、大きなダチョウの
ことという。今のダチョウの倍ほどの大きさとぞ。

 これが奈良三輪教を造る若い人の、動物の尊び
のことという。動物を尊ぶ若い人という。生きと
し生けるもの、という、言葉の意という。動
物を思う若い人である。

今山ありてありせらるお書きとも。

上文、動物の数は、[1000頭、800匹・・]は、
はっさきという数え方である。この奈良三輪三輪の
動物所の大きさという、今の奈良三輪の4倍ほどの
大きさである。自動車で見回っていた話という。
家を持ち、それぞれの仕事をする動物という。

そうきょうよいお書き。J12.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月14日

出発402-3 卒発 :イカスミ柳

腹を横に書く。卒発
【今常】
そうきょうよい時です。
2021/06/10
【各地の皇居、天皇査察】
 あと、皇居をいう場の、奈良の当時の奈良
三輪という、現、奈良三輪市の場の天皇査察城
という、四〆の城の夜学という。四〆城の夜
学図書という、ここも皇居所という表示があっ
たことという。天皇のことを人という、自分を
畜生生(ちくしょせい)という、これが、奈良の
皇居の言いである。奈良の三輪の四〆城の
言いという。篠山という場の言いとぞ。天皇
査察をする話という。どの城にも天皇査察が
あることという。

【イオントーブとんはる】
 大阪のイオントーブという、この城の査察を
とんはるという。とんはるの言いの、イオンソキ
という、これが後、大阪城のイオン言いである。
大阪城代遣りという。大阪城の家老のことと
いう。家老を、じょっとく、というイオントーブの
言葉である。自分を、じょっぴく、という、イオ
ンハットブのこよふり、という。これが、大阪の
浪花の冠語である、大阪城冠話ともいう。
ゴリオンロンという、じっとくのろいふり、という。
これを、イオントーブという、イオン楼の言いと
ぞふ。とぞる・おんりす、という。後、麻雀の
オンリである。おりるという琴は背に使う麻雀
である。麻雀語にあるイオン語であるねイオン
トーブ語という。わらすららの山という、この山の
背向という、背向山のお言いという、今の麻雀
の言葉とぞ。

【船場、四条畷】
 この大阪の言いの、ゴリョウという、ごりょう論の、
ごいすき、という。これが、船場の言いという。
船場弁の、ボンボンという、ゴリオンという。
ゴリオンはんの言葉という。『みてしゃあら』という、
『みてくっさま』という、船場の『ボンボン、どう
しよって』という、船場の上品という、この
船場の家のまらすり、という、遠く、四條畷市の
たんぼの中の家の言葉という、これと同じである、
私市(きさいち)ともいう。大御叔母おられはな、と
いう家のことである。大阪城の今の国道の、京
都から行く直角に回った所の、大阪よりという、
そこの槍という、遣りともいう。そこの住まう日とぞ。
大お婆さんのおられる花屋敷という、近くに人形
劇小屋がある所とぞ。浄瑠璃の催しという、その
小屋という。その近くである。浄瑠璃へもよく通うた
ことという。若い人の劇とぞ。

【檄文、劇に使う文】
花山の劇という。これを、檄文(げきぶん)という。
劇に関する文を檄文という。花背山という劇の
見という、私の好きな劇という。『天皇下がれ』と
いう、仁徳上皇という、仁徳の名の劇という。
主人公が、仁徳天皇という、仁徳天ともいう。
この仁徳が、この日の大阪を堺県という。大阪
府をいう前の言いという。堺県という、交野の市
の場の付近という。これを、和国世という。堺
の名の県という、大阪府のことである。堺県という
表記のある大阪府という、今の大阪府の前の
場のことである。この頃の劇という。なゆなゆの
お言いという。仁徳の人形の口上である。

【仁徳】
 『仁徳、とりまのして』という、仁徳の初めの
口上である。『とりまのして、ふみすみ、よいせる、
せめ』という、仁徳の口上である。見る人を、
きゃのう、という、仁徳の言葉である。演ずる人
を、こきふ、という。仁徳の劇のことの言いという、
これが、イオントーブの浪花の言葉という。
イオントーブ語である。

【仁徳冠語の劇】
 『おれより、にんそめ、せせる、すすれ』という、
次の口上の言葉とぞ。冠語の劇という、浪花
冠語の劇である。後半が、通常の言葉の劇と
いう。『天皇、やめとれ』という、『てっぷか』という。
『天皇、やめとれ、てっぷか』という。意味が、
下がりおろう』という意という。仁徳の言いという。
堺の紀州の堺という、ここの仁徳御陵の言葉
使いという。『おれ仁徳』という、仁徳の言いと
いう。「おれという自分をいう。俺。俺様用語と
いう。堺の紀州の一区域に残る言葉という。

【新日鐵堺】
新日鉄の興しの頃の言葉使いともいう。
新日鉄の堺製鋼である。新日鉄堺工場の
興しという、この場に住む人という、仁徳の名
前という。新日鉄の仁徳製鋼という、堺製鋼
の前の名である。以前の呼びという。仁徳鉄
鋼ともいう。今の新日鐵堺である。工場に住
んでいた若い人である。仁徳寝起き屋という、
今の門衛の付近という。そこで寝泊まりしてい
た話という。堺起き寝起きという、堺ろっぽく、
という、ヒッピーの言いという。寝る日々の言いと
ぞ。大御叔父御上おられれ、仁徳ゆ、せんて
す、とぞ。

【湯】
 この『仁徳ゆ』の『ゆ』、鉄の湯である状態の言い
という、御叔父御上お教えお事とぞ。おじ山の
言いという。この日、仁徳上皇というね仁徳滑り
の言いという。すめら所の言いである。仁徳御陵
のすめら所でもある。堺仁徳という、堺の市の言
葉という。堺仁徳語という、この日の言葉とぞ。

【京都北野の言葉】
すめらぎという、すめらの滑り言いという、『俺っ
つぁ』という、京都北野の天満宮の周りの言いと
いう。
『俺っつぁ、るりよってさぁ、いっそれ』という。北野
の御叔父御上のお言いという、私の好きな言いとぞ。
『俺やら、すめってら、ろうりるうり、れれっせ、るりっさ
ら』という、北野の天神の言葉という、天神様のお
言葉である。この劇が、京の阿波座という、令和
人形の言いでもある。令和という頃劇である。
令和節という、れんせらの言いの劇とぞ。主人公
が令和天皇である、人形である。
『俺っつぁ、れっせら、おうりろうり、るるって、せみ
せぇら、すらるら』という、仁徳の紀州堺と同じ言葉
である。仁徳天皇の言葉という、仁徳期の令和と
いう。仁徳期の一時期である。人形劇に使う令和
という、令和土の造りとぞ。令和人形である。しばら
く、京都御所の洞槍という場所の人形飾りの置きと
いう。人形の飾られた部屋である。そこの人形であ
る。町の浄瑠璃小屋などで使う、人形という。

そうきょうよいお書き。J10.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月15日

出発420 天里の世 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発420 天里の世



    創曲、中山みき・正(やなぎ)  2021/06/15
    造詞、中山覚(さめ)・正     2021/06/15
    監修、ほうきき・正         2021/06/15
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
奈良の三輪の宮あたり イタチがいる園から
イタチ連れ車で行き帰り 岩の家を作る
奥の丘山 豊田の山園部 火を挙げる東山
そり使う 岩曳き 舟出す卑弥呼


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/15
【天里三輪】
 大お爺さん大お婆さんおられ世、天里(あまざと
、てんり)の、きょい浜という。三輪神社の辺りの日
、離れた奈良三輪までを、奈良三輪三輪という。その頃の
歌、自動車が、オイスという、るもるの、おいやき、
という、オイスおいやきの乗り物という。これを、
くるま、という。京のおとまれ、という。車のことで
ある。
【奈良三輪東山】
 火を上げる、東物(ひがしもの、とうぶつ)という、
京の東山という、天里の東山という、奈良三輪の東山
である。古い、山の呼びという、ひがしもの、という、
とうぶつ、という。火山の東山という。
【京都府向日町東山】
 京都向日町の東山という、現、東山、火を
上げていた頃という。京の五辻という、今の、
若い人の住む家辺りである。ここの平奨という、
火を上げる平地という。マンモスが歩む所である。
毛長象という。この毛長象とともにいる若い人で
ある。向こう山すめ、という、これを、すめる、と
いう。後、すめるらる、という、村を、らる、という。
後、らるすめる、という、後とぞ。

 『すめ』が『すべ』という、こうきさ、という。こうきさの
けめせめ、という。『けめ』が、向日の古い呼びである。
今の向日町という、向日市のことという、けめという。
けめ町、けめ村という、後とぞ、向日世という。向日
の世の、ひませる、という。ここを、かさゆみ、という。
傘弓。後、向日傘(むこうかざ)という。今の向日市
である。

 その頃の奈良三輪という、向日傘を、てんため、という。
ためのけめそれ、という。ここを、ためそる、という。
ため山のや、という。家。屋。これが、矢という、
場所を矢という言いの、ふれゆみ、という。弓山
言葉という。弓山のおこと、という。ことの場を、
言いという、言いとみ、という。これが、向日論
るき、という、向日の冠話という、後、向日村と
いう、向日村冠語という、これを、向輪という。
向輪語(こうりんご)という。

 天里三輪の言葉という、向輪語という。冠語
の話である。冠語の中の向輪語という、これを、
方言という。冠語の方言である。
【蔦葛】
 この時の御所、今の京都の烏丸丸太町の
御所である。この御所の言いの、つたられ、という。
つたう群(むら)という。蔦の群の場とぞそ。後、葛蔦(かず
らづた)という、葛野(かずらの)という。後、かどの、と
いう。つたかどの、という。蔦葛野。これを、めんつれ
、という。めのせる、という。葛野を、めん、という。
めんせる場という。めん場という。めのてら、という。
この『てら』が、後、場所を表す、てら、という。
後、しゅうる、という、今の宗教という、これの古い
時の、場の言いという。これが、宗教場という、今の
寺の字という。古く、場所を寺という。これが、今の
地名に残ることとも。場を表す 寺という、これの名
残という。てらという地という、場所という。
【親里、御小里(おやさと)】
 この頃奈良三輪天里(てんりあまざと)という、ここを、
親里という、同時に、京の五辻という、
ここも親里という。向日町の東山という、ここも親里という。
これが、天里の場である。同時に、兵庫県篠山も親里という。
いくつもある親里という。後、親里を、京都の奈良三輪
教の本部という、ここに置き、同時に天里三輪へも
置く。この置きを、たまそれ、という。たまそれの置き
に、ゆいはる、という、ゆいしまを掛けるたみゆり、と
いう。後、こうふり、という。こうを、かまれる、という、
これが、かまたり、という、藤つわらばる、かまたり、
という。後、藤原鎌足という、この鎌足の住む所を、
親里という。長岡京という、ここの友岡造船所と
いう、隣の緑ヶ丘という、ここを、親里という、おや
ざとのおや、という。これを、ははゆめ、という。
ははを、おも、という。これを、おもや、という、
もや、という。母屋。
【はは】
 ははという、はば、という、ばば、という。『は』が
場である。これが、すめ、すべ、てら、てん、と
いう言葉の延伸の言葉という。『は』が元である。
藤原鎌足の原論という。藤原京のかまれま、と
いう。これが、ふじつわらばるの・浜弓という、これを、
闇という。藤原闇という、山せらの言いという。
山世羅。期を世羅期という。世羅期の頃の藤原京
という、藤原鎌足の言葉という、親里言葉という。
遠く、靑森の伊立(いたち、いたつ、だて)という、
靑森の親里という、ここを、小里という。
 おさと、こさと、おこさと、おざと、こざと、おこさと、
おござと、という。靑森の伊立である。
【靑森伊立】
 伊立を、だりゅう、いりゅう、という藤原秀衡という。
藤原鎌足の音ゆらし、という。これを、おとめ、とい
う。おとめろく、という。この『ろく』を、ろっこく、という、
ろくだい、という。古くの天里の言いという。ろくだい
の遣り、という。ろくだい語という。藤原語という。
【藤原秀衡】
 藤原秀衡あそめら、という、後、あそん、という。
長岡京市を、あそん市、あそん町という。あそみ弓
原という。同時に、秀衡が里の藤原の地、青森伊立
、江戸とめやり、という、この地をあそんという、あそん
町、という。闇語の言いという。やみやりの話という。
闇、やりという、同じ意という。やび、ともいう。これが、
朝明けの朝村という、後、朝鮮という、これを、あそん
朝鮮という。とこふりしむのふりゆり、という。
【あそん】
 あそんを、ゆいち、という。あそん地のことである。
これが、うたを、ことはという。言葉のことを歌という。
後、宇多という。後、この宇多を歌という、唄とも
表す。あそんの出という、あそんから出た歌という。

 これが、古い、朝の音楽会という、逆立ての塔の
や、という家のことという。家で朝に歌を歌うことと
いう、家の周りの野で音楽を奏することという。朝の
音楽会である。逆建の塔のある頃という。
奈良三輪の天里という、逆立の里という。藤原鎌れみ、
という、逆立の塔のことである。
【京都政庁】
 この頃の市役所という、今の京都御池河原町の
市役所である、鎌足ヶ里という呼びである。御所を
、あまよれ、という、府庁を、め、という。国を、
ときえ、という。県庁を、ほる、という。この時の江戸
城、東京市のことを、やりあそみ、という。これが、
鎌足の言葉である。藤原秀衡という、藤原京の
住まうかよふき、という。国を見る、国見峠の言葉
という。これを、こくすれ、という、こくみく、という、
国上げの言葉という。『みく』という言葉の一意で
ある。

 この時の府政府という、国の、あそんため原という。
政府を興すという、若い人の言葉という。この時の
御所、若い人の住む西之御所という。この西之
御所の造りである、ここで、作られた政府という。
【政府】
 これを、西政という、西征という。神武の東征に
掛けた、征務という、これを、せいふり、という。
征府という、遠く朝鮮の日本府という、大和征府
という、後、政府という。この『政府』が、古い政府
である。政府 → 征府 → 政府 という、成り
行きである。
【講義】
 京都大学という、東京大学という、これらの大学
の夜学講義である。天里ゆわれ、という、藤原秀
衡御教授という、篠山高等師範という、そこの、
あさ学講義という、朝七時の講義である。東大、
京大という、篠山助の、かりせふらる、という。
ここのやの寝起きである、生活という。大学が生活
の場である日という。

  『ふん、天皇など』という藤原秀衡家老の言い
である。天里に住む人を、天孫皇という、天皇とい
う、後、天篁という、この『天篁』の受け継ぎという、
隣の家の右翼という、右翼を天篁という、左翼を
天皇という。西之御所、烏丸の京都御所の家の
言いである。
『右翼、行す(こうす)』という、隣の右翼へ行くことである。
『左翼、行はま(こうはま)』という、隣の左翼へ行
くことである。これが、御所に住む天皇の言いである。
『天皇め』という、『天皇とう』という、天皇人の言い
である。江戸村の御所ともいう。この言いを江戸紫
という。江戸紫の言いである、天皇下がれという、
言葉という、天皇下がれという言いである。
江戸紫の御所という。江戸村埼の晴れふり、という。
【東京八王子】
 この言いが、東京八王子にある、王子れく、と
いう言いである。通常用語の、天皇下がり場である。
これを、逆世羅見(せらみ)という。さかせらの言いと
いう。祭りの常用という。逆さ塔のやの言い、ともいう。
この逆さ塔のある場所という、王子という場所である。
ふぬ山の逆さ、という言いである。日本のあちこちに
ある言いである。天しばの言いともいう。

 今風、屋上の公園等のある所の言いである。
『天皇下がれ』という場、ビルの屋上に、木が
植えられたり、公園状になったり、農場になったり
という、その場ができる。これを、フィー発という、
フィッ発のふみゆみ、という、若い人の、おこりのこし、
である。古い天里の言いである。天皇町の言いと
いう。

 これが、古い日の政府である場の言いという。
京都府庁の前の政庁という、今、西の農産省
である。若い人の住まっていた家である。立藁
葺のや、という。大お爺さん大おばあさんおられ
おられ・やませやまや、という。ここのやの言いで
ある。御所の中の言いともいう。

 奈良三輪あそん町の言いともいう。奈良三輪朝鮮町と
いう話である。
【衣装】
 正(やなぎ)調ふめるき、という、その時の言い
である。マント・ヒットンという、丸い帽子の折り上げ
のふちという。お茶摘みの時に用いるという。古い
日の御所のお茶摘みである。奈良三輪の池のあった
頃の衣装である。マントという、かみマントという、
帽子のことである。後、奈良三輪晴寺(はるてら)の飛行場の
作業衣である。言葉が、メッタムという言葉を
使う、手旗信号用の格好である。背の低い、
自動車飛行機の発進である、その時の発進
合図という、片手腹前、片手直角曲げ上、という、
天皇族という、飛行機乗り人のことである。
空の旅をする人を天皇族という。古い日の若い人
の格好である。

 両手平行肩横に出し、直角に上へ曲げる、今の
交通整理のような恰好をする、ヘッツレーという、
ペンゾメの彩(いろどり)という、自動車飛行機の
発進である。江戸皇居に置いた自動車である。
紫色の作業衣という、これを着る島根の境という、
そこの船の船倉作業という、これに使うことという。

 古く親里の衣装である。この衣装を着る、紫
という、赤、黒、白、緑という、八色のかばね、と
いう。古く、大和世着(やまとよぎ)という、ヨギという
朝鮮語にした日である。朝鮮語にヨギという言葉
がある、その意である。李氏朝鮮の頃の格好で
ある。平壌に古い話という、衣装の話がそれである。
朝鮮に日本人がたくさんいる話という。平壌にも
いる話という。『ヘギョン・レッペさ、という、さるせら
れえて、そねそね』、という。色雪で染めた衣装が
ある、紫とも、他の色とも。大村城にある話という。

 天里の、てんたみやみ、という。『そうで、にいな』
という、奈良調の言葉の具現延伸である衣装で
ある。マント・ヒットンという。丸い帽子の格好である。
これに、よく似た恰好で、そうきょう調べ、という衣装
がある、天皇ショックスという、恰好である。

 のち、一部の手術用の病院装という。頭に丸い
帽子をかぶる恰好という、病院一部の衣装という。
天里民族の格好である。天郷ともいう恰好という。
天皇査察準拠職という、制服でもある。宮内庁
の古い恰好である。皇室典範という、一職制の
制服ともいう。古く、農業服という、農民着という。
古くのインド・デカンの日常衣である。
【新潟酒田新発田】
 古くの酒田巻という、新潟酒田の上宮下宮の
恰好である。ここの典範職である、その恰好である。
これを、上宮得という、下宮徳という、両を、得徳
という、得徳帽という、これが、宮内という、下宮
という、これを、新発という、新発田の新潟という。
『新しい』がつく恰好という、新潟論調という恰好
である。新潟県民の姿という。インド・デカンの航路
の出しである。新発田から行く 、インド・デカンの
飛行機自動車という、若い人の運転という、若人
航路という、インド・デカンの行きとぞ。赤い帽子の
紫の衣装である。新発ルックという、色雪の染め
である。

 赤い表紙の本、その色、雪絵具の色という。
新発田の雪という、赤雪の降った日の造りとぞ。
若い人の造りである。新潟の花という、若い日
の著書という。大お爺さんおらるる大おばあさん
おられゆららる、そろれろ、うっつす、れれつ、
すみっつ、れべんのお書きという。新潟の冠語で
ある。新潟れってさ、という、古い良寛語という。
仁徳あうるっさぁ、れってすぅ、もみっそり、という。
この『そり』、山のそりである。奈良三輪で用いたそりと
いう。古新潟を、古親里という、これを、こおや、
という、古親の、こうやみ、という。掛かりが、
富山の親里である。富山の、おわらゆわら、という、
おわらをゆわらという、古富山の言いという、そこの
掛かりである、今のおわら町である。
【富山おわら】
 古く、いい原船得という、得徳帽をかぶる町で
ある。おわら船得という、船得帽という。インド・
デカンへ行く航路という。富山からもある話という。
大おばあさんお仕立てである。航路と衣装である。
【島根】
 島根から、とりさり、という、そこを経て 、九州
はこみら、九州の磯路という、大隅へ行き、東京
大村へ行く、そこの航路の仕立てである、具現で
ある。航路帽という。衣装が、スカートの細スカート
である。アラビア一部の掛けという、アラビア掛けの
縫いという。アラビア掛け縫いの、スカンテラーという、
スキャットホックという、ほっくそくの言葉の具現と
いう、得徳装の話という。
【伊豆の踊り】
 古くの近江の神宮姿という、この『近江』、静岡
の、伊豆の踊りという、伊豆の踊りの格好である。
伊豆の踊りという、地名である。『とく』のつく地である。

『静岡ゆってさ、おら、れりっつる、もいよっつく、
 めるっせ、れん』という。おわらざん札という、踊りの
忘れ緒という、天皇の意匠のことという。忘れ緒を
する天足の段得という。段得町の格好という。
奈良談山神社をいう、古奈良三輪という町である。
天足町という、そこの格好でもある。長靴を履く
段得式という、農業の祈りという、上記の格好で
長靴を履く式という、段山るきふき、という、
段山神社の格好である。
【篠山市福住】
 京都府亀岡西の福住、現、篠山市福住の
地の、那須与一を祭る神社の祭りの、でく曳き
という、でくの棒の引きをする、引手の格好である。
福住の神社の、古い宮である。そこの稲の種まき
の時の格好である。福住いわれ、という。古い日の
祭という。ひとよっき祭りという。今の、宮の掛かる
人の言いという。ひとよっきの人吉(ひとよし)という、
古い人吉という地名である、近くの琉璃渓の谷山
の沢歩きの格好という、長靴の使いという。ゴム
長で歩く沢の渡りの格好という。これらの地域の
恰好である。

 九州大隅、鹿児島植村こやら、九州くまそみ、
北道あいゆ(アイヌの古い言いという、古アイヌ)、
北海道の北道である、小樽連傘アイユマレ、
秋田おばや、伊立ろっくす、恐れ山録、岩手大槌
(おおつい)ついずら、大磯みっとき、釜石(かまいそ)
よっぴし、静岡踊り、という地名の掛かりという。
他にもあることという。日本の古い、色雪の降った
頃の染めを残す衣装ともいう。染雪という。
染雪衣装という、得徳帽とその衣装である。

そうきょうよいお書き。J15
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月15日

出発402-4 卒発 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発402-4 卒発
【今常】
そうきょうよい時です。
2021/06/10
【仁徳京】
 京都墓町という頃の仁徳京という、その一時期の
天皇のことという、仁徳天皇のことという。若い人の
名前という。『俺、らんらぁ、さってら、すらっそ、れ
れっす』という。『俺らっつぁ、てんすら(てんする、
ともいう)、るるってっせぇ、すっつすぅら、するれら、
るうりおり、めらって、るりっさぁ』という、半分冠語の
使いという。仁徳の語調の話という。山型に発音
する言葉という。

おれっつぁ
-=  _

という発音調子という。 ー中、=高、_低 、と
いう、調子である。京都墓町の言葉の調子である。
同時に、大阪府堺県、という羽城とぞ。紀州堺と
もいう。仁徳御陵調子という。これが、古仁徳の
調子である。

おれっつぁ
_=  -  

低高中という、今の仁徳語調である。京都墓町
以降の語調である。今の堺仁徳周辺の語調と
いう、紀州堺である。古仁徳はむ、岸和田の語調
である。堺の岸和田である。岸和田城のある所と
いう、だんじり語調という、だんてる言いという、
だんみそ、ともいう。だんじりを、だんみそ、とも言う、
岸和田の城周辺の言いという。でめっせめぇ、とい
う。でつれつのお言いという。岸和田の天足という、
天足語という。冠語が掛かるお言いという。
れれてのふっぷく、という。れれするお言いとぞう。
弓山の川の言いともいう。

【高野山】
 古く、紀州の城の双城という、和歌山の城という。
その頃の町の言いである。ここと、高野山の寺の周
りという、高野町という所の言いともぞ。るるっせる山
のお言いという。高野弁ともいう。高野山絵巻の町
という、城が移動する町という。昔の高野山という、
若い人のいう高野山絵巻である。
『おかえり』という城迎えの言葉である、城が寺へ
入ってくる時の言いとも。ずっと昔のことである。
高野山学世(こうやさんがくよ)のお書きという、仁徳
天皇お書きともいう。若い人のことを書く、駄作者の
言葉という。にまっせら録という。古い高野山の町と
いう、高野山の寺を出たところが、家並びてあった
頃とぞ。
『仁徳され、いらっしゃら』という、京都の墓町の言葉
という、どちらも同じ言葉である。仁徳冠語ともいう。

 まっさら弓ともいう、言葉弓のありせら、という。
ありるるせせる言いという。仁徳語のことである。
いまのに残る『おわそうず』という『おはそうず』という、
『ず』の言葉という。るるせるおりすり、という、冠語の
説明とぞ。

 『にんとっきゃ、さっきゃぁ』という、『仁徳語を使い
ます』という意味という。
『にんとっきゃ、さっきゃぁ、俺、さっつらぁ、るるっま、
れろす、るびっつる』という。
上つくし医言葉の使いという、仁徳語のほめの言い
という。人に使う言葉という、『おれっ、つぁあらぁれっ
さぁ』という、『俺らら、あれっさぁ』という、奈良の奈良三輪
近の田原の言葉という、伊勢の津の言葉でもある。
古い岩手大磯の大槌という、この言いが掛かる
言葉という。大槌弁という、『俺っ、さぁらぁ』とい
う、『俺っつぁあらぁれって』という、大和の陸前言
葉という。羽後という、ヘブライの掛かりという、
八戸の言葉とぞそ。

そうきょうよいお書き。J10.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月16日

出発402-5 卒発 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/10
【仙台城古冠語】
 羽後っけら、きっすき』という、羽後弁のことであ
る。これを、古伊達(いたち)、ふるだて、という。
古く、箱ゆり、という言葉である。仙台城の古冠語
という、だてゆらせ、という、いたちづつ、という、
いたちぶりの言葉という。『るうりる・るうらぁあ』という、
言葉の切り出しの言葉とぞ。これが、だての
言いである。いたちもっけく、ともいう。めめすお言い
という。るらっせらの言いという。
『るうりらぁあらぁ』という、切りの出しの言葉という。
語末の使いとぞ。
『るまっせ、てっせら、るうりそっく、れめっせ、おうり
すうり、るまるれ』という、きりすりのお言いとぞ、
仙台城の城冠語の古い言葉である、語調とも。

【篠山高等師範講義】
 これが、篠山高等師範の昼学夜学の講義であ
る。後、仙台の城の中の弘道館という、そこの
講義である。この日、青山講という、後、きゃあふり、
という言葉の講義という。仙台城内講話である。
こうぎらのむおりすり、という、講義のことである。
仙台城夜学の卒業生である、若い人である。
卒 青山藩仙台城家老職 という、書きの卒業
証書という、家老職に任命された若い人である。
後、高山幕府という、、これを興す人である。この
日、飛騨守という職である。若い人の飛騨守の
仙台住である。仙台城の中に住まいした人とぞう。
飛騨守は、岐阜高山の飛騨である。これより古く、
飛騨合掌の地の守かま、という、守かみの言いの
言葉を使う、おりしょくという、職業の言葉の地という
地位のできの頃という。幕府の陣傘被りの職という、
陣傘の守という。時代劇に出てくる陣傘である。
頭の上のことという、陣傘帽という、ぼってらの被り
とぞ。

ろばに曳かれて合掌参りという、馬連れの、馬
に曳かれる、ロボットの小丸という。羽織袴の陣笠
被りという、脇差山るりという。合掌参りの飛騨守
という、若い人の役職である。馬に曳かれて歩いて
いく、合掌である。

 又の機会に。
【小林一茶】
 駄作者が調べた小林壱裕という人のことである、
駄作者の回りは引き出される話という。
小林壱裕という、江戸末期から活躍した人である、
小林一茶という人である。江戸末期という、後、
仁徳朝である。仁徳朝内、令和期という。
浄瑠璃期ともいう、仁徳の浄瑠璃という期の記と
ぞ。冷和ともいう。
令和期の後が冷和期である、京都の墓町がかり
の頃である。とくにんぱっけさ、という、パーカー論と
いう。パーカーが、英語のパーカーである、墓の意で
ある。万年筆の名ともいう。万年筆が、京都墓町
の頃に使っていた筆記具である。パーカー期という
御所の言いであることという。
シャット・ダウン。書き終えのことという。御所は冠語
を駆使する所である。古くの穂浦の英様語である。
今様、ライティング・エンドという、ライト・ダウンという
言いの新しい英様冠語とぞ。シャット・ダウンという。
このまま、今の英語という。

【エンペラー】
 「エンペラー、プッシュ、エンド、ダウン』という、
狩郷所の英様語という。アメリカのカリフォルニア半
島の付け根の場所辺りの古い半島冠語という、
今の場所という。エンペラーという私の言いという。
古いカリフォルニアの言葉という。この日、ダートルー
という、後、ダラスという、ダラスの冠語という。
私をエンペラーという、『エンペラー、プッシュ、ダウン』
『エンペラー、プッシュ、ゴーイング』という、言いである。
これを、ダラス天皇という、今のアメリカの古い頃の
ダラスの国であることという。ここの憲法の訳という、
今の日本国憲法である。ダラス憲法と同じである、
日本国憲法という。アメリカから与えられたという
言いである。ダートマス憲法ともいう、リンカーン憲
法の踏襲という古いアメリカのゲチスバーグの日の
言いとぞう。ゲチスバーグ冠話の言いという、

『エンペラー、ゴッツウ』という、カリフォルニア冠語と
ほぼ同じである。一般の人の言葉である。
自分をエンペラーというアメリカ民主主義の言葉と
いう。福沢諭吉の日本の話という、ダラスがかかる、
福沢諭吉の言いである。『天は人の上に人をつく
らず』という言いとぞ。御所夜学の日々の教えと
いう、福沢講義である。後、慶応山の言いという、
早稲田の言いとも。これを、早稲慶応という、後、
大学とぞ。くまるりのペッサムの場の言いという。
ペレールレーという言いともぞ。

【浜漁師の言葉】
 エンペラという、魚の肉である。自分を魚という、
これの延長という、自分をエンペラという。

『えんぺら、ろっしょって』という、『しょらせ』という意と
ぞせ。『私は生きます、帰ります』という意。
『えんぺら、しょらっせ、すっそそ』、魚担いでワッショイ
という。ワッショイという背負いである。『しょらせ』とい
う、冠語にかかった言いの言葉である。『しょい』と
いう背負いのことである。『らっしょい』という、これが、
魚の『ら』である。魚をらという。
『らっしょい』『わぁらしょっせ』という魚をしょうことであ
る。らっしょいという祭の用語でもある。

『らっしゅい、てっつぁ』という、てらせらの言いの言葉
とぞっすぅ。一部、寺に残る『しょい』という言葉である。
僧職の言葉という。これを、鯛むれ、という。鯛の
えんぺらの言葉という。寿司屋へいけば、なんぼでも
ある、えんぺらである。

『えんぺら、ごっぎす』という。えんぺらを食べることで
ある。これを狩郷という、狩里ともいう。アメリカの狩
郷という、カリフォルニアの半島のことという、特に
半島の付け根の場所とぞす。

 この日、ダラスを、田楽という。ダラス田楽という。
フォートワースという。フォトワースを、田撫という。
これが、田々るら、という。ダラスとフォートワースを
田々という。この一円をダラスという。これを、ダラス
国という。後、アメリカをダラス国という。ダッテムの
るい浜という。これを、めのすのお言いという。
目の巣。

 イカの目の意という。イカのタコの目の、大ダコの
目という、カリフォルニア湾にいる大凧という。タコの
言いである。

 糸という、糸を巻くロール漁法という、『レッツ、ロ
ール』という通常の言葉のことともいう。漁師の晴れの
舞台の作業という、これを、パレス・サイドという。
パレス・サイド・ロールという、マッキントッシュ・レーレ
の言葉である。マッキントッシュという長靴の履きの
作業という。イカ釣り漁の話という。

 後、機械の巻きに掛かる、これを、マッキラムと
いう、マッキノンともいう。これが、登山靴の履きの
マッキノンである、古いニュージーランドのマッキノン
という、クックの話という。キャップテン・クックである、
マッキノンという。同じにとらえる論という。言葉の
掛かりがそうである。山鯨という、山の歩きの姿を
いう。キャプションという、キャッてらの言いという。
『てら』が寺である。キャプション楼という、魚の
置き場という。これを、エンペラ・ロックという。
魚をエンペラという日の、フィッシュ・ロックという。
これが、キャップテン・クックの名になる、名にかかる
魚の料理の言葉という。イーズルラックという冠語の
言葉の解とぞう。

『エンペラ、プッシュ、ゴーイング』という、カリフォルニ
アの古い英語という、マッキノン・ルートの古い言い
である。キャップテンという、キャプションの沖ゆりと
いう。『エンペラ、プッシュ、ダウン』という。どちらも
漁師の英語の発という、カリフォルニアの通常語で
ある。自分をエンペラーという言いである。

 日本語で鯛という、魚の話の延伸という。浜の
言いである。『えんぺら、行くっせ』という冠語という、
通常語で、『えん、行くわの』という、福井県の小崎
浜の言いという。自分をえんという、これが、えん玉
という言い表しの延伸である。『えん、行きます』と
いう。福井、富山、新潟一部、靑森等の浜の
言葉である。えん玉という、えんたまの言いのほみ
ゆみ、という。弓山の延伸の言葉とぞっす。『ぞっす』
が、えんの言いである。わた山の岡山の言いである。
山に掛かる言いという。ニュージランドと同じ掛かり
とぞ。

【海馬】
 おれまがりという海馬の働きである、言葉の掛か
りをする脳の働きという。これが、おれまがりまげ、
という。まがり脳という、海馬のことをいう。おれまが
りの働きである。単に、おれの働きという。これを、
おれ、という。掩体の架かりをいう、掩体という、
カーブした岩の屋根という、自然石の屋根という。
曲がりを掩という、おれの言葉とぞる。『とぞる』が、
折れ曲がりの言葉である。『えん』から出た話という。
縁ともいう、掛かりのことである。

 篠山高等助の講義という。古い篠山の城の講義
であるとも。同じ講義である。篠山高等師範染め、
という。師範代のことである。この『染め』を、『しみ』
という、古い秦の始皇帝のことである。めっせられえ
る、という、籾島の言いの延伸とぞれ。『とぞれ』が、
富島槍という、富島遣とも、その言葉使いである。
江戸の幕府の、篠山の江戸幕府である。篠山城
代の江戸幕府という。後、高山城代幕府である、
この『高山』、篠山が自分をいう、高山という、高山
幕府という。篠山城背景の山を、飛騨という、これを、
篠山飛騨という、篠飛騨という。後、大川大井の
川に移転する、篠山城の高山城という、この時、
岐阜を夢という、夢の高りる、という。りる楽のお
言いとぞっすぅ。『とぞっすぅ』の言葉が、飛騨高山の
言葉という冠語である。今の岐阜県高山も同じで
ある。古い日の篠山市福住の言葉とも。
『であるい』という言葉という、『である』の意という。

 この日の篠山市、古い篠山市である。神戸ぐら
い迄の広さである。和国連という国の頃とぞそ。
『とぞそ』が、京陸言いという。意は『である』とぞそ。

 後、幕府で『とぞ』にまとめる言葉という。後、
『でっしょう』を経て、『である』になる。
『そうでっしょ』という、しょさめの言いという、これが、
天里郷という篠山の城麓という、そこの言いとぞそ。
後、奈良三輪という言葉になる、書きとぞ。

 京都の古い奈良三輪教の、古い書きという、天里教
という、天里郷という。この日、京都の奈良三輪教教会
本部である。大きいラーテルがいたことという。象くら
いである大きさという。

そうきょうよいお書き。J10.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月17日

出発430 みき参り :イカスミ柳

出発430 みき参り :イカスミ柳
腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発430 みき参り



    創曲、中山みき・正(やなぎ)  2021/06/17
    造詞、中山覚(さめ)・正     2021/06/17
    監修、ほうきき・正         2021/06/17
【拍子】4/4
【種類】Supercomposer6 自動 80%
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
ラーテルが家へやってくる 朝が始まる
朝参り 池からイルカが顔出しついてくる
神殿の階段をともに上がり あとに豹
ともに拝する 長い廊下を共に歩けば
一日の始まりと日が差す 奈良三輪三輪の
みき参り 安全願えば世は楽しく極楽

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/17
【歌詞解説】
 奈良奈良三輪三輪の宗教という。そういう宗教である。
歌通り。動物が神殿へ上がり、拝をする。海外の
石窟、大きな神殿という、ゴジラの祈願対象である
かも。
 安全を祈るゴジラ。健康を願うイルカ、豹、ラーテル
、この日の奈良三輪のみき参りとぞいう。空には、
飛行船、ジェット機が飛ぶ、今日一日の始まり。
出発の朝、清々しい、至誠清廉潔白の気持ちとぞ。
 今から出勤です。20210617 730記す

そうきょうよいお書き。J13.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月17日

出発502 東山考 再掲 :イカスミ柳

腹を横に書く。


東山火山弾 昼間フラッシュ撮影


五条通り、JR丹波口駅辺より、東を見る。山は東山。高さ900m、
撮影場所(JR丹波口駅)より4~5キロ程。
写真映りの道(五条通)をまっすぐいけば、清水寺へ行く道が
あります。東山を越えたら山科、まっすぐいけば、大津市です。
国道1号線。


同、西を望む。正面、小さく映る西山。越えたら、亀岡市、
まっすぐいけば福知山、鳥取へと。国道9号線。
駄作者、提供。


【曲名】 出発502 東山考
【今常】
そうきょうよい時です。
2021/06/14
【東山火山】
 京都市に、東山という山がある。火山であった
頃という。京都の五条通りという。東大路五条と
いう、東へ、山へ登っていくと、清水という場所に
なる。有名な清水寺のある所である。東山連山の
この辺の山をいう。
 この清水に住まっていた若い人という。大お爺さん
御父上に『道が熱くなっております』と申し上げた人
という。
 大お爺さん御父上仰せられ、『明日、下りるところ
を、今すぐ下りる』、すぐさま、下山した。
下に大御叔父御上住まわれ、家を訪ね、
『今からおります』、申し上げ、また下りる。
 みな、下りて、今の鴨川辺りまで来た時、山が
噴火した。煙があがり、火が上がり、もくもくとした煙
である。当時、鴨川がなかった頃である。小さな細い
雨筋の流れがあっただけである。今の、川端通り五
条辺りである。
 この清水の山、何度か噴火している山である。

【駄作者名画】
 写真は、火山弾で、長さ20センチくらいで、重い
石です。東山が噴火して、その噴火の一つの時
のもので、4~5キロ西の、現、五条七本松、JR
丹波口駅、リサーチパーク付近、家の前へ飛んで
きた石の一つです。家から持ち出して、家前の
アスファルトで撮ったものです。家は写っておりま
せん。駄作者の家は豪邸で写真ではとりきれ
ません。

撮影日 : 2021/06/14
撮影者 : 駄作者
絞り : XXX
シャッター速度 : ○○○
撮影機 : キャノン フラッシュ撮影
      Power Shot SX410IS

 この石を、1億年前の火山の石といえば
どうなりますか。東山が噴火していた頃、
1億年ほど前のこと、5000年前のことか、
1000年前のことか、そのへんでしょう。

そうきょうよいお書き。J14.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月18日

出発504 東山考2 :イカスミ柳

出発504 東山考2 :イカスミ柳
腹を横に書く。


クリックすると、大きくなります。
東大路五条、五条坂辺。右端、清水寺。
ヤフー地図より
【曲名】 出発504 東山考2
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/15
【歌詞解説】
【東山火山】
前掲 出発502 の写真の石、アスファルトに
置いて写したものですが、こんな感じで、ゴロゴロ
転がっていた、この石の数倍ほどの大きさの石も
あちこちにあったことです。原始人の話です。
******
 丹波口辺りの道を歩けば、火山弾がゴロゴロ
転がっていた。東山の噴火である。大きな石が
飛んできた。

 地図赤印、火口の傍に住んでいた原始人である、
学術名、ピテカントロプス・ヒガシエンスという、
若い人である。ヒガシエンス・ヨーシャンスという。
ピテカントロプスの一種という、原始人という、原人
という。

 後、陽が支援する人という、若い人の言いである。
太陽の人という、若い人である。駄作家は、原始
人という、原人という。一億年前という、若い人
である。駄作家は、原始人脳という、一億年を
数える脳という、池があったという、原始人である。
地図青印。
船が浮かぶ大きな池です。原始人の観光です。

 火山の石と言うて喜ぶ人である。石から生まれた
石ひろ君という、駄作者という。自由の女神が御母で
あると言うたり、ストーン・サークルは我が住まいと、
海外の石窟を見ては、喜ぶ人である。交野掩体屋も
そうである。カチカチ、石を鳴らして喜ぶ人である、
火打ち石という、原始人という。駄作家の、若い人評
である。石二つを、カチカチと打ち鳴らせばよいことが
起きるという、原始人の喜びという。

 カチカチ、クリックすれば、小さい物が大きくなると
いう、近代感覚をも有する、ビカシエンスの人である。
ゲジゲジの石であろうか。一億年を計算する脳である。
、コンピューターの石という。石の歌、これなるを。

 『駄作家さん、ご苦労さんです』と、若い人がいう。
路傍の石をを、毎日、見ていますと、付け加える人で
ある、若い人という。

506回し**
====ほほほほほ====
 一億年の名作か、はたまた、一億円の名作か。古代
の夢物語という。古代にお金はあったであろうか。
貝塚作りを楽しむ若い人である。若い人はいう、『家の
前の土をを掘れば、貝でてくる』と。貝供養という、
原始人の信仰という、原始時代に始まったものかしら。
貝で拵えた舟に乗る航海の舟という。紅い海、中国の
紅い海という。黄海の話という。
 『ほほほほほっ、ほうかい、ほうかい』と言う、読者
という、駄作者である。こう書いたら名作になる話とい
う。 路傍の石の主人公、石をともにしていた人であろ
うか。機械加工開の工場の人である。若い人の開く産業
である。原資一億円であろうか、一億年前の資本という。
駄作者の経済学である。一億年前の経済学という、原始
共産主義であろうか、石は語るという、フラッシュを
浴びた石という。石の上にも三年、石の下にも三年とい
う、原始人若い人である。『機械組立もあるんや』という
原始人である。アットマン・コンピューターを操作人で
あるという、大阪安治川の造船という、日立造船という
後の名である。石の舟を浮かべた安治川である。
石舟の日美子という、若い人の原始人名という。
淀川を遡った話という、1000年前の話という。
若い人の言うことである。

あああああいいいいいうううううえええええおおおおお
そうきょうよいお書き。J13.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 6/19休  

2021年06月20日

出発450 奈良三輪花良卿 :イカスミ柳

出発450 奈良三輪花良卿 :イカスミ柳
腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発450 奈良三輪花良卿



    創曲、中山みき・正(やなぎ)  2021/06/20
    造詞、中山覚(さめ)・正     2021/06/20
    監修、ほうきき・正         2021/06/20
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
親里の羽根の飛ばしは 京服の
伏見宮 花津 空への飛びにつれ
花あしらう針 字の田植え奈良 
三輪遣り春 晴寺の飛行船 大阪へ
乗っていくと浪花世語る日の拍


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/20
【歌詞解説】
 飛行船の拍、スラーの箇所である。

そうきょうよいお書き。J20.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月20日

出発506 今座里 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/20
【解説】
『いまざりれて』
『いまざりれれ』
『いまざりれえれ』

『行ってきます』『行きます』という意です。
『れれ』『れて』という、今はこんな使い方
をしない。
『はなられて、すらっく』という、英語のよう
な言葉という。『すらっすう』という、目の
そめの言いという。『すらしゅすぅ』という。
後、すらっしゅという。いまの『すらってり』と
いう。『すらすめっつつ』という。これを、
藤原冠席という、ふじつ世の、ふじっきく、
という。藤原冠白の・ふじみす、という。
藤原のけんとりの言いという。れれっそ
るっかす、という。れつるれ、れつれつ、
れっそ、の、言葉の、あんせら、という。
あみってさんすう、という。これが、算数
という言葉の出である。算数の手という、
古く算盤の話という。さいさま、という、
さいたま、という。埼玉の算盤という。

【園花さいしみ】
 これが和党の勘定という。古く、園花
さいしみ、という、園花城の算盤という。
曽呂利門という。曽呂利新左衛門の
そろすり、という、この頃の数学という、
和算という、御和算(ごわざん)という。
『ごわざんで、願いましては、一円なり、
二円なりという』、読み取り、聞き取り
暗算の、ごじょきみ、という。これを、
れてそわ、という、数桁の暗算をしていく
、のいおり、という。のいすべのめのそ、と
いう。

【暗算の脳】
 脳の働きのごいっかすけんみき、という。
みきしあん、という。べじたりあん・ろっこく、
という。この『あん』が、暗になる、暗算の
語原という。冠語より割り出した暗である。
これを、暗察という、脳の、かえかま、という。
脳の働きの言葉とぞ。

 この暗察という、暗いめくら、という。
めくらやっぱむ、という、めくら暗算という。
めくらという言葉の出のことという。脳の
あんせりのゆみふみ、という。これが、
めくられっせま、という。めくらの言葉を使う
場のことという。

 めくらな弓浜という、暗算の脳の場という。
脳の部所である。めくらという、脳の部位と
いう。めくら脳と、『脳』という言葉を付けて
言い表す。この、めくら脳、おれまがりの外
縁である。ここが、暗算をする脳の部位で
ある。

 これが『れて』という、暗算の手を、れて
という、おいっせる冠語という。おいとみ、と
いう、古い、安産、算盤の言いである。
古く、藤津手(ぶじつて)、という、藤つ手、
という。藤の手という、めろるれ、という、
たおらるてめそゆ、という。算盤の曽呂利
新川という、せんてるろみそみ、という。

 『暗算をする脳の部位は?』という。
大学の試験である話という。これが、
冠語という言葉の特質である。脳の考察に用
いる時、効果がある。

曽呂利新ざみ(そろりしんざみ)という、藤の
木の枝の新芽という、これを観察する目の
延伸の、脳の働きという。自然の科学という。

 火山をいう、火山を見る目の延伸という、
どのような考えが出るかという一つである。
花闇のえばせる、という。花をたとえる考えが
出る。これが、今残る花山という。古く、草冠に
火と書く、和国字である。火山という読みである。
(『草冠』『火』、これで一字)、『山』と書く。後、
花山という、山の花の火という。今表しの、花山と
いう。これの古い意味が、火山である。

 地図をいう、全国至る所にある花山の地名とぞ。
昔、火山であった場所ともいう。

 平地に噴き上げる、平地の火山という、これを、
れれば、という。礼々場という。これで、火山を祭る
意という。

【平奨、平地火山】
 古く御所にもあった、各地にもあった、平奨という。
めくらふみゆみ、という、平奨のことである。

 『そこの天皇、言うてみい』という、『東京皇居の
火山は?』という。『どこであるか?』
教えてもらいたいものである。

 いつ、噴火するか、突然前触れもなく噴火する、
平地の火山、道を歩いていれば、ドカンと噴火する。
危ない話である。皇居にもある、どこにあるか、教え
てもらう話という。危ないからである。今は、ない、話
という。若い人は言う、『ないことを書くのは駄作者であ
る』

 それとも、平地火山という、平奨という、知らな
かったか。江戸のお米はなむぎ、という、平奨の話
ともいう。曽呂利山礼(そろりやまれ)という、山椒の
実のやむせみの・ひよいよ、という。良い世のひ、と
いう。火山の暦という。これがある話という。
ある話である、ない話という。有るか無きか、有無
をいわさず、いわせず、噴く火山という。

 設楽文字で書かれた我が書という、原始人の
言いである。この書はどこにある?。ふぬふぬの場
にある。海外にもあるという、設楽文字の文書という。
噴火の暦と場の書である。原始人の書という、設楽
文字の書である。

『いつから住もうておるか?』
『ふっ、ふっ、ふん』、噴火のことである。噴火をふん
という、めくらばんば、という。野原の地が突然噴火
する場という。

 京都落環礁という、京都壬生ふみらみ、という。
これが、京都の壬生の医学という、京都医学の
火山見という、はなすらるる山、という、やまいと
いう、うやまい・このゆみ、という。近衛、近江という
言葉の語源である。
【藤原教授】
 篠山高等師範所の講義である、藤原秀衡
御教授の御講義である。右翼の藤原屋敷という。
古く篠山緑ヶ丘ともいう。噴火していた火山である。
一年前の話である。一億年前という、原始人の
言葉である。山形有朋花由良という、場所である、
火山の場所という。花笠山という火山のことという。
離れてみる話という、火山のことである。ハナレテと
いう火山の尊びの言葉という。花山天皇という、
火山ともいう。御所内の藤原右翼ともいう。右翼を
天楽、天落という、右翼の尊びという。御所の中の
話である。

 人を天皇という、花山天皇の言葉という。花山
天皇の講義である。花山天皇の講義を受ける
篠山高等助噴所という。火山の花という、山々の
おすよ、という、山背のはなゆり、という、火山噴火
という。山の花という、火山の噴火である。

 通勤に大勢の人が乗る、箱電車という、天皇
ごったがえしの電車である。らっしゅられ、らっしゅ
れれ、という、冠語である。このまま今のラッシュ
である。通勤する人を天皇という、尊い人達である。

 お召列車という、火山を突っ走る電車である。
若い人が乗る電車という、若い人が運転する電
車という。

 お召列車という、今は若い人の手元にはない
話しという。あった話という、駄作者が書く話である。
お召電車火山通行という、若い人旅行記である。

御所をいまざりという、いまざり御所という。今座里。
人に安全をいう話である、右翼のお書きという。羽翼とも。
藤原御教授御お里、いまざりという、篠山にもある話という。
奥州秀衡ヶ里という、いまざりおくそり、という場所である。
『おばあちゃん、平将門が暴れております。』という、御所の
野の火山噴火という、平将門さんの話である。藤原右翼の頃とも。
【平将門】
 平将門の乱という、都人が驚いたという。突然ドカンとくる
平地奨のことという。平将門乗らんという、馬には乗らない人
という、いたち馬の平背イタチという。動物には乗らない人で
ある。常識のことという。平将門という人である、行儀のよい
人である。行儀のよい人を平将門という、紋でもある、御所の
長屋住まいの人という、祐の井の御所という、毎日、即位して
いる人である。平将門の同居という、火上げる火山わ駆け抜け
る人という、平奨を抜ける勇者という、さなから、戦地の様。

『駆ってくるぞと、勇ましく、誓って国をでたからは・・・』、
駄作者の名歌解説。平将門さん大喜び。平将門の乱という。
平将門さんの歌である。御所はそういう所である。

そうきょうよいお書き。J20.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月21日

出発460 ラーテル機動 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発460 ラーテル機動



    創曲、中山みき・正(やなぎ)  2021/06/21
    造詞、中山覚(さめ)・正     2021/06/21
    監修、ほうきき・正         2021/06/21
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
火山の石 組み立てて作り 神苑の
廊下ぎわ ごつごつした家 楽しみが
笛に増え ハーモニカ吹いて ラーテル
走れば縁の下 石木の幹線と
機動車 煙上げ ともに乗ると親里道


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/21
【歌詞解説】
 ラーテル機動という。奈良三輪教の初めの頃で
ある。機動車の走る頃という。

そうきょうよいお書き。J21.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月21日

出発508 東山考3 :イカスミ柳

【曲名】 出発508 東山考3


クリックすれば、大きくなります。 花坂由利、花見世坂見。
東大路五条通り交差点、R1東行、
左手大谷の墓越え、左入。
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/20
【京都東山考】
 京都から大津へ向かう、R1、東山のトンネル手前、
左へ入る道がある。将軍塚 という、坂上村麻呂と
いう将軍の像を地に埋め、京都の守りにしたという話
の場所という。将軍塚である。
 ここまで、行かないことという。
【花見世坂見、花坂由利】
 左で、入る入り口を、花見世坂見(はなみよさかみ)、
花坂由利(はなさかゆり)、という。はなさか山(花咲
山、花坂山)という、火山の名という。この『花』が、
火山の花である。噴火の火の花。
 火口である。山がふっ飛んで、
なくなり、後、窪地という、今もくぼんでいる地とぞ。
【火山弾、10キロ西、飛地】
 ここの山が噴火した時、時を、よみよみ、という、
時代の名前という。よみよみ噴火という。現、京都の
地の、西、約8~10キロの地へ火山弾が飛んだ
ことという。ここを、かぜらま、という冠語の地名という。
後、今の、葛野(かどの)という、葛々(かずらくず)の
地という。現、葛野(かどの)、という。花葛野夢(はな
かどのゆめ)という、当時の冠語の地名である。
夢を、地と言い、場と言う。これが、夢の場という、
脳の働きの場のことという。この場を、のうげら、と
いう。『げら』が火山弾である。この火山弾の場を、
葛野(かずらの、かどの)という。葛野を、べめそめ、
という冠語の地の呼びという。
【中脳】
脳の中の、中心の
場という、おれまがりの内部である。海馬の囲む
中という。ここが、夢を見る脳の場である。海馬
脳の働きという。

 地図、馬蹄形の地という。花見世坂見(はな
みよさかみ)の場のことという。ここを、脳中所という、
脳の中心という、中心脳という。中脳という。

 地を見る脳という、この見の地の名付けという。
地名を大切にすることという。字脳所(あざ、のう
しょ)という、これを、のうぞ、という、脳を大切に
する地という。字という、字の脳という。字という地を
いう。これを尊ぶ言いという。字をめでる話という。
【基地】
 字六丁頭(あざ、ろくちょうず)という、六丁図とも。
これを、頭図(ずず)という、地図を頭図という。
地図を大切にすることである、ともに、地名を尊ぶ
ことという。これを、己(おのれ)のきゆふき、という。
脳の地図という、おのれという、我がの地の言いと
いう。己地という、キチという読みという、おのれじ、
おのれち、という。後、基地という。己をきという、
基という。

 『き(おのれ)は、申させ』という冠語の言いの
『私は申します』という意という。『もと(基)は、
みよふら』という、『私は見ます』という意とぞ。
これを、キチという、既知の言葉の出という。
基地ともいう。火山のまよふみ、という。
これが火山を尊ぶ、ひいては、山を尊ぶ、
畏れるという、言葉の出をいう。言葉を大
切にする話ともいう。きち遣りさり、という言葉の使い
という。現、口語の、寄与という言葉の意という。
きちから出た言葉という。よりあたえることの意という。
基地の出という、基の地という、私の主たる地という。
生活の基という、化学でも基という言葉である。
火山の話の花寄(はなより)という。これを、花寄
団子という、花寄弾という、火山弾のことという。
花寄弾の基地という、火山の火口という、これを、
基火口(きかこう)という、石が飛ぶ火口という。まんせららっく、
という。マントルという火山弾の流れという。この言葉
の基という。火山山ゆい、という、言いという。火山
山を言う話という。火山さっくく、ということという。

 基地が弾に関係する、昔の言葉である、故郷の
ことである、基地という。自衛隊をいう、自衛隊の
基地という、若い人の居る故郷という。
【青森雫石】
 雫石山あり、すわれ、ららるせめてる、とぞそ。
靑森の雫石という火山世の村とぞそ。自衛隊基
地から推す話という、雫石火山という。昔の雫石町
である。
【京都園花、冷火山】
 京のしずっくく、という、くくせらの言いそろ、という。
曽呂利の山のお言いという、西の園花城という、
ここの西の火山という、園花火山という、大きな
煙を上げる火山である。冷火山ともいう。

地図左の火口は温火山、右が少し冷たい火山と
いう。冷温火山という。少ししか離れていない、
火口という。これを、天覧そっきす、という。てっそ火
山ともいう。二つ合わせた言いである。目の形の
火口という、人の頭という、人頭火山という。
二つの火口のある火山という。東山火山群という。
勢う火山という。勢火山という、マントル・ピースと
いうことともいう。マントルが目である話という。
まってるやり、という。マステスという。モマントという。
みな、昔の言葉である、冠語である。
【台湾霧社】
 『花見世坂見』という、六代の地名という、六代
期という、これを、りくるり、という。るりりり、という。
かんせらのかくらく、という。覚落。夢から覚めることを、
覚落という。脳の言いという、外科の脳の医者の古
いことの基という、おれまがりという場が基である。
おれまがりを、きみふみ、という。キミガミテタという、
台湾の現地語という、アユタイ族の言葉という、
台湾語のアユ語という。日本語のような言葉である。
キミガミテタという、おれまがりの意があることという。
台湾霧社が、これを踏襲する、脳の言葉という。
霧社という地がたくさんある台湾である。

 キユッキカスという、古いトロイの冠語という。
トロイ語の冠語である。今のギリシャ語である。
トロイランという、トロイ・ランゲージである。
【ベンチャーズ】
 アメリカ・ベンチャーズの、タラタラタラタラという、
弦をずらして弾くギターという、音による、この脳
の働きの具現である。駄作家の見という、聞き
という、弾琴ロックという、ギター琴という。
弾き口ずらし、とぞ。火山のニューヨーク火山の
場の弾きという。火山の具現という、海の大波の
こととも。サーファー・ランニングという、サーファーズ
ラックという。ギターの言いである。

 音楽私見をまじえての説明とぞそ。脳の話とも
いう。夢の話とも。むはべらゆっきし、という冠語の
言葉の解である。上の文である。

そうきょうよいお書き。J21.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月22日

出発470 省線の旅 :イカスミ柳

出発470 省線の旅 :イカスミ柳
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音楽
【曲名】 出発470 省線の旅



    創曲、中山みき・正(やなぎ)  2021/06/21
    造詞、中山覚(さめ)・正     2021/06/21
    監修、ほうきき・正         2021/06/21
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
省線に乗っていく新潟 夜明け前
大町の駅から 一人の旅路
きのう見た車庫の機関車 黒光
赤い色 きれいな線入り 力強く
見えて 新潟は夢多い町よ


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/21
【歌詞解説】
そうきょうよいお書き。J13.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月22日

出発460 懿徳号 :イカスミ柳

腹を横に書く。
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音楽
【曲名】 出発460 懿徳号



    創曲、中山みき・正(やなぎ)  2021/06/20
    造詞、中山覚(さめ)・正     2021/06/20
    監修、ほうきき・正         2021/06/20
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
懿徳の駅ゆら はまりす 推す
いさなみ駅から 黒玄(くろぐろ)行き
お召し列車走ればゆられ行き かなる
おおう、勇姿見れば 花槍 ふめる磯
ふかるされ 花見るぬぬ あらら立ち


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/20
【歌詞解説】
省線大町駅辺り。

そうきょうよいお書き。J20
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年06月23日

出発480 ラーテル冠北 :イカスミ柳

出発480 ラーテル冠北 :イカスミ柳
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音楽
【曲名】 出発480 ラーテル冠北



    創曲、中山みき・正(やなぎ)  2021/06/23
    造詞、中山覚(さめ)・正     2021/06/23
    監修、ほうきき・正         2021/06/23
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロデューサー  KAWAI社
【歌詞】正里
始祖鳥が飛んできた ラーテルの傍に降り
クワッキーと挨拶を羽少し広げする
朝は城御門 陽がさしてる みかどやむ
花の簪の様 羽でラーテルの背 なでている
私もいて 花の生き 喜ぶ

みかどやむ: 始祖鳥のこと
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/23
【歌詞解説】
しこえり門、なかず闇にある。ふみやり山お書き。
この歌の冠北の意味である。ラーテルの門という。
戸がある門という。動物が通る話という。
 始祖鳥の舞い降り、舞い上がりの門である。
始祖鳥のあいするラーテルという。しこえり門の名前
という、万物をえるという、よりえりの言いとぞう。
そうきょうよいお書き。J23.
******
『天照大神、そうきょう、よ
【敬語】 

 自分の親に敬語を使いましょう。
ご先祖様に敬語を使いましょう。

親思う 心にまさる 親心 今日のおとずれ 何ときくらん
吉田松陰先生御辞世