そうきょうは、よい時 です。

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 202204
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 202203

 

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、バイデン・タウン、
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 202201
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 202103

グラスゴ 

 202102
 
 202101
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2021年06月30日

出発702 ラーテル卿7-5 :イカスミ柳

腹を横に書く。
Certificate  原始人証明書
原始人を証明してくれる、イギリスとはそういう国である。
私の故郷という、岩穴住居という、ストーン・サークルとも。
原始人の喜びという。パーソン・スタンド、ブリミティブ・
スタンドという、ブリティッシュ・エレクタスの証明という。
中国人風のメイヨーという、市長の証明である。
キャップスという、コークスの意とも、鉄鋼のイギリスと
いう、造船に伴う鉄鋼とも。日立人というエレクタスである。
日立とも、鉄鋼と造船である。

【曲名】 出発702 ラーテル卿7-5
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/25
certificate, Leicester issue 
Red paper. Black letter.
This person be-are Person stand.
Leicester Mayor certify-en.
Mai 5th

This certification by London Caps.
Printed Ceamon Prison.

Leicester---stamp


Hat-words of modern style at that day.
Leicester hat-words.
"London" means city, city office.
"Prison" means print office.
"London", "Prison" are hat-words.
Primitive stand, person stand,
young man is called person. He is a primitive.
He has the stone cave living. Called penisara
person in Caledonia, north Britain.
Inside palace word is another call of Hat word.
The stone-circle is persons living place.

プリゾンという刑務所という、古くの刑務所という、
印刷所のことである。グラスゴのストーン・サーク
ルの原人という証明である。シーモン印刷という所の
ものという。レスターの原始人である若い人という。
ストーン・サークルという石窟人居ともいう、ストーン・
ケーブの住処という、石穴人という、原人という、
原始人とぞ。プリミティブ・リビングという。
小高い丘の三叉路の建物で、市庁舎という、この裏が
崖で、ストーン・サークルがあったことという。
これは、グラスゴーのストーン・サークルの証明で、
レスターでいただいたものという。原始人の宝である。
ストーン・サークル発行の証明もあることという。

 川が流れていた場所とやら。御叔母おられおられ、
レスターの町という、ロット・ハット・ロンドンともいう、
御叔母の御威光という、若い人の好きな、第二
番目の自由の女神という、川の行水という、
水しぶきが霧になるという、御叔母の行水である、
全英が霧に隠れる国という、御叔母の行水という。

 全英を覆う御叔母の御姿という、豪快な御叔母
であられる。霧のことである。この日、英国をムー
大陸という、英語をムー語という。イギリスの古言い
である。イギリス・ニューヨークの言いという。イギリスを
ムーという、フォグ・ランドという。フォグ・ランド・ワード
という、英語のことである。御叔母の行水という、
ベージング・フォグという。レスターの霧吹き出しと
いう、霧出の国という、レスター市国という、レスター
の地である。

 赤い霧という、これが、ルイ王朝のブラッディ・マリ
ーという、カッティング・フューズという、霧の屋の言い
という。レッド・フォグという、これを、レミタスという、
ダメセスという、ラムセス二世の涙ゆり、という。
イージスラックスという、エジプトのミイラの涙という。
ルイーズという、日本の英様冠語の言いという。
御所のラムゼラルーという、ラムセスという、インナー
・パレス・サイドという、内御所という、ここの言い
でもある。ラムセス御所という。イージスラックス
という、御所の船の出しという、エジプト掛けの
船出という。
そうきょうよいお書き。J25.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』

2021年06月30日

出発530 春去れ期 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発530 春去れ期



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/06/30
    造詞、冴柳小夜・正     2021/06/30
    監修、ほうきき・正        2021/06/30
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
天里春池西 魚が立ち泳ぐ 梁針ふりゆらに
雄々しくも立って 池見下げ 天篁を査察する
姿は船冠のさびす ふりつみ花ゆかる
大西里に 雲立つ姿は 雲みよ城里


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/30
【歌詞解説】
【奈良三輪三輪】
 くもみよを、はよ、という。はよ城という。この『は
よ』が名古屋の城の『はよ』という返事である。
さびす姿という。ふりつむはなゆかられる、さびすの
姿という。城の立つ姿という。雲読城の里という。
雲読の雲見よ、という。自分が雲の冠を被り、雲の
池を見る城の、梁木闇浜(やなぎやみはま)という。
この梁木の城という、木を梁木という。城の梁木はみ
(yanagihami)、という。名古屋こんぜんる、という、
やなせのせいしら、という。城の立ちの三輪れま、と
いう。これが、奈良三輪三輪という地名のことという。
遠く、三輪の地を入れる、やなぎ針るら、という。
やなぎ市の名前の城という。やなぎ城という。
これを、やなみわ、という。柳三輪という。
【東藤藩】
 柳の奈良三輪という。やなぎなみすみ、という。奈良三輪の
古い地の名前という。これが、後、藤堂という、奈良三輪
藤堂の話という、東藤藩という。江戸みき期と
いう。奈良三輪の暦の期とぞそ。東藤暦という。今の
旧暦の一種である。三輪暦ともいう。江戸みき暦
ともいう。藤堂藩が後である。

 さいしば、という、場所である、冠語の地名とぞ。
奈良を作る日の言いとぞず。倭っ国さっくれい、と
いう、冠語の英様日本語冠話という。これが、天
皇査察という、今の口語という。作暦の話という。
あっすという暦の造りである。あず造りともいう。
今の太陽暦の暦である。これを東藤藩の造りとい
う。奈良三輪ゆまの造りとぞそ、造りとする、古い
梁針城のさいたみ、という。後、さいする、という。
【山査子】
 この『さいたみ』を、咲いた実にとる、山査子の植
えという、山査子が後、奈良三輪の特産という。これが
ある丹波市(たんばいち)という、今の奈良三輪市丹波市
てある。
【梁針城】
 城の、やなさみふり、という、城の建つ姿のことと
いう。後、天皇査察城という。山査子の植えという。
山査子を、天皇査察果実という。同時に人頭果
実という。人頭城という、梁針城である。
【三輪の脳医学】
 脳の、やなみば、やなぎばる、場所という、やな
ぎば、という。この言いの、奈良天里という、やな
ぎばる、という、これを、柳を張るという言葉の脳
の、やなぎおれ浜、という、やな浜という。これが、
おれまがりの場所である。三輪医学という、医学
の脳医学である、この脳医学の言いである。
今様、海馬である。
【三輪算盤】
 三輪算盤という、ここの算盤の勘定の和算の
使いという。開平開立の計算の算盤という。
『いっちん、そく、りんらん』という、開立の九九と
いう。後藤八拍(ごどうはっぱく)という、京の園花
城の算盤城という、ここの計算である。『そうれす』
という『そうです』のことの言いという。園花城と梁針
城という、これに、村上上白(かみしら)という、村上
城の算盤である。この三つが『そうれす』という勘定
をいう。これが、奈良三輪の三輪算盤の感じようである。
開立開平という、数学の計算である。城建ての
時に使う計算とぞそ。
【春去れ】
 ここの城の歌という、春去れ、という、春去れ期と
いう。今の梅雨のことである。後、みどすり、という、
口語の、緑梅雨という。今の六月を緑梅雨という、
城の言葉である。日本の城のほとんどの使いである。
二条城の歌という、この緑梅雨である。これを、陸
月という、陸を『ろく』という『む』という、むつきの梅雨
という。これを、四月の梅雨にする、たけのこ梅雨と
いう、なたね梅雨という、英語の April shower 
エープリル・シャワーという。アメリカ・ニューヨーク島の
梅雨という言いである。グリーン・シャワーともいう。

 四月の雨である。エープリル・グリーン・ロックの言い
という。奈良三輪三輪の梅雨という、緑梅雨空という、
タケノコの頃の雨の期という、春去れきま、という、
これが、親里冠話である。
【京都の篠五】
 古い京都の、ささござれ、という、篠五(ささご)の
御所の言いとぞそ。ここの篠五を、サレーザラという
日本の英様冠話という。古くの、サラセン・ロシアの
掛かりともいう。ここのウラジユストクの城の字の使いと
いう、説楽文字の使いである。後、金釘(かなくぎ)
文字という、キリール文字である。ウラジオストクの
城の名という、金釘城という。この頃の梁針城である。
ダー・オストという、オスト・サラセンという、オストラン
ゼーラという。オストの城という、ここと通信をしてい
た若い人とぞそ。梁針城通信という、金釘字を
使う、キリール文字を混ぜる分の通信である。
ロシア・コンピューターを使う、梁針城の、インター
ワンラク、という、落という。ワン落である。
飛行船の初期の飛行船の通信法である。

 篠山ごぞふれ、ともいう。篠山城の通信でも
ある、この通信を、コミューンホックという、篠山城の
通信である。三進法通信ともいう。コンピューター
を使う、512ビットのコンピューターという、OSが、
今のOS9系という、後、リヌクスである。篠山城の
城である。この頃のコンピューター通信である。
日本全城の通信でもある。いたち密国ともいう、
仙台の城の通信である。
大村ロットンという、江戸の古江戸の城である。
名古屋ソメという、名古屋城である。
神戸明石という、明石城のロイホイという、これが、
露峰の名の城である。露峰城という、明石城で
ある。

 平覧城、真四角の城である。これが、春去の
意である、四角、四月とぞ。三輪四点バックス
という。城のことである。

 歌の背景である文という、背景お書き。

そうきょうよいお書き。J30.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月01日

出発540 親里 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発540 親里



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/01
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/01
    監修、ほうきき・正        2021/07/01
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロデューサー  カワイ社
【歌詞】正里
しらの木の造り 裏にある神殿
親里の道 傍に咲く 白木浜 神殿の
白木の神殿 やなぎ そうきょうよい
五条図通りの 野の花に 進み行く
ジーセル車 丹波の国大江町
キリンが鳴いていた頃


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/01
【歌詞解説】
【丹波国大江山】
 京都の町の古い頃。頃を、さみやま期という。こ
の頃の歌。キリンがいたことという。家へ来ては長い
首で周りを見ていたことという。他に、小さな馬と
毛長象がいたことという。ラーテルもいたことという。

 牛のまのよみ、という。白木の神殿の横の住まい
という、動物舎のことという。いろんな動物がいた
丹波の国大江町という。今の京都のことである。
【親里、コロポックル】
 親里道という、親里小道の歌闇という。これより
後、天里机ょう(あまざときょう)を興すことという。
古い日の穂浦の世を継ぐ天里机ょうという。
後、天里花由良という、親里という。京都浜るき、
という、この記という、記章川という、川が流れてい
た頃のコロッポという、これを、コロポックルという、
原始人の部類の若い人という。
【天里浜音頭、神殿】
 天里浜音頭という、後の、御所の今の烏丸の
御所という、そこの踊りの元である。さてすわの踊り
という。篠寺山小節(ささてらやまおぶし)という。
『ひとつ』という、数え歌の形式の踊りという。
これが。十ニの組み合わせのものという。
『ひとつ』から『十ニ』までを、一組という、十ニ組
の歌という、踊りという。『とおふた』の歌という。後、
『十』までとする頃の神殿という。

 祭の歌というる。祭の対象が、動物の形である。
イヌイットという、エジプトのような象という。象のゾウ
ペという、鹿のシクケキという、キリンのキカレルという、
ラーテルのいたちごゆという。もという、ものらべの毛
長象という、豹の白い縞の豹という、白縞と黒縞が
ある。それと、ノマという動物のラーテルという、大き
さも同じくらいである、大きな兎である。これに、
タコイカカニなどの魚の類という、よせて、おいるら
、という。これらを真ん中に置く、両脇の花木という。
桜、にら、にれにら、という、これと、真ん中に、いた
ちゆみ、という木とぞそ、今の榊という。あと、桃、
銀杏、花梨、はなやら、という。石を据える、六段
の丸い石の自然石のままの積み重ねという。大き
な石である。これで、またびの浜という。不知火の
ある頃のことという。きつねび、という、しらずのひ、
という。しみすみ、ともいう。穂浦だんせるの話の、
浜の当雌雄という。白木浜の名とぞそ。これが、
親里である。 今の京都の卑弥呼白のある辺りで
ある。

 大きな建物である。穂浦ゆなるれ、ともいう。西の
ごぜそら、という、ごぞそみのゆいっしょ、とそず。
これが、西の御所という、建物の西のも一つ大きな
建物である。高床遣りという、高床のやりふみ、とい
う。高沢ざめ、という、鮫のお御所という。さめるら、
という、頃のさめかわやりやり、という。さめのような
形の造りという。長さ500メーター程である、建物と
いう。これが、後、和国という、和国の屋という。
和国さんくく、という建物である。大きな建物が
周りを取り囲む、和国連読という、れみしま、とも
いう。和国政府という場所である。和国祭庁とも
いう。ここの暮らしを、よわいさり、という、よいさる
日々という。後という、海のようになる場所という。
この海を、総じて穂浦の海という。たちつた、という、
海をつた、ということの言いの、たよねの海という、
五条海という、五条手という。条海の類である。
【五条ヶ丘】
 後、五条ヶ丘という、丘が出来たことという。
倒れたねの海の少し東南とぞそ。この頃の東江
という、なたねよっとき、という、なたねの海と
いう。後、野原のなたねという、今の、たんぽぽ
のひまわり、という、大きなたんぽぽの作原とぞづ。

 ひませまのお書きという。文字が、説楽文字を
使う頃とぞづ。この頃、飛行機が飛び交っている
こととぞ。ロケット機という、ジェット機、飛行船、
円盤、今のドローン、コンピューター、スマホ、タブ
レット、大きなバイク、潜水艦、下敷きのような
薄いコンピューターという、インターネットも駆使
する村という。ファックス、ブーイングをたてる、テレッ
クスという、原子炉の電気という、これと、マイナス
だけの電気という、これなどを使っていた、和裏の
花の道具という。

 円盤という、シャープ・フロントという、円盤の部
類に入れる、穂浦やら、という。穂浦海空軍であ
る。陸軍もある、戦車、パンテラタンタンという、
ゴムのキャタピラの仙洞車という、主に道路を作る
道具、機械である。

 遊歩道という、動く道という、駅などにあるものと
いう。エスカレーターのまっすぐという、これに、地下の
道という、リニアの走る地下道とぞず。海にはケー
ブルが架かる、つくしらくり、という。地下道から、こ
れらの建物へ行くことともいう。地下道の長さという、
長いもので、ごよやま、という長さである。今の、
50キロである。これが、卑弥呼の白の頃である。
しがやりはまるま、という。電車が走る大きな地下
道である。今のトラムランという、トリッセラという、
とみしばのお乗り、とぞず。

 そんな頃である、このコロポックルの世という。デジ
タル製品は、ほとんど、今のものよりも便利なこと
という。デジタルかり、という、デジサラという、デジタル
製品のことである。

 団扇のような乗物という、空飛ぶものという。アリ
ババの話にでてくる、絨毯ともいう。トタン板の
ような作り物とぞず。テントウムシのような形の空の
乗物という、鉄製の機械という。動くいえ、歩く家と
いう、こんなものが既にあったことという。
【円盤】
 円盤という、タツノオトシゴという、そんな形の飛行
機とぞず。卑弥呼の頃の乗物である。土を燃料と
する、使えばね土か゛なくなり、穴があく、どんどん
使えば地球がなくなるという、自動車電車もそうで
ある。ある一定の速度を超えれば、地杞憂はなく
なることという。土の燃料である。鉛版の一機が
あれば、地球はなくなるのである。使えばそうなる。
一度なくなった地球という、今の地球の前の地球
という、なくなったのである。円盤華やかなりしころ
という。今の地球は作られたものである。

 しっかりスピードの早いものを乗るのである、乗れ
ば地球はなくなる。穴が開くという、大きな深い穴
があく、地球の土を使う乗り物という、どんどんなく
なるのである。

 いまの地球、四回目の地球である。太陽から
無くなっていく、次に月、その次、地球という。
円盤、乗物博士という、駄作者である。

 世界各地、穴があくという、そういう話である。今
は、円盤は手元にはない、という、若い人の知る
ことという、ないことを知る話という。
【地球回転日】
 地球回転記念日という、歌という、駄作者の
造りという。この歌はその頃の歌である。どんどん
使う円盤である。地がなくなることという。

そんなに急いでどこへ行く 、スピードをグンと落と
した今の乗物である。リニアはどうや、という。
原子力発電の電気を用いる話という。土がなく
ならない用法である。
【水星時代の地球】
 いまの地球、北極に陸があったことという。
そこの地に家がある。ちわそら、という家の名前で
ある。全土が水に浸かったということという、これを、
水星の世という。地球が既に経験したことという。
7月1日、この日になくなったのである。後は、地球
造りの日である。北極の屋のお江という。
駄作家の話という。若い人の知ることという。

 夢の話は、これという。しどみやまれろる、という、
たいさん山のお絵という。円盤はあることという。
動かせば上記のようになる。
七月山お書きという。

 親里の通う話という。地球はなかったという話で
ある。燃える土はどこでもある。そこの土を燃やせ
という、知らない人の言うことという。なくなるので
ある。土を大切にする話である。ロケット打ち上
げる人という、土よみ浜るり、という。回る地球の
補填の道具という、ロケットのことである。
【原始、月に空気があった】
 原始、月の空気という、あったことという。回転
に伴う、空気のすりへり、という。すりへってなくなっ
たことという。

 地球の空気はどうなるか、親里の『ひとつ』という、
空気を保護する下りとぞず。放射能であるという、
空気の保護の働きである。それとも、地球にとまっ
てもらうか、何度かとまっている地球である。
【全宇宙同時消滅】
 青い雪、赤い雪の頃とぞず。大きな地震があった
という、水漬きの地球という、その頃とまった話と
いう。今度という、全宇宙同時消滅である。
地球がなくなれば、皆、なくなる。太陽からな
くなるので、そのつもり、という。
同時消滅論 、これなるを。

 永遠という、ないことである。

 石はどうしてできたか、土の造りは?。
ジタキ文字の文書に書かれていることという。
地球の字である。しださる、という、しだりの字
という。地球の出来も書かれている、若い人の
話という。
【虚の地球】
 今の地球を虚の地球という。数学の虚実の数
である。虚数を用いる、実の距離の計算とぞそ。
虚の実という、虚の地を実の地という、虚の地球で
ある話という。いつになるやら、同時のことという。

 平賀源内のエレキテル、これを、無虚という、
電磁闇ふり、という。むつやりのお書きという。
虚の屋のことともいう。虚国という、和国という
、日本の古いことという。日の本の国という。
サンラズリルという、日沈む言いという。日が上がる
という、れも、という。日が沈むを、れほ、という。
れみそる言いという。三次元玉という、るりの言葉と
いう、その意味である。日の玉のお書きという。
日球という、地球のことという。時間の山のお絵と
いう。時の山のそれ、という。かれやりはむるら、と
いう。昔の言いの、地球のことである。冠語という
部類の言葉である。
【やなぎ】
 やなぎの言葉という、やなぎのおはるく、という。
初めを、やなぎ、という。おやなぎ、ふみるり、という。
地球をめでる話という。地球造作の言葉である、
やなぎ、という。地球を、やなぎ、という。

 やなぎという、やまはき、という。山を大切にする
話とぞ。山がなくなることの、山をいう、なくなっている
人の言葉とぞず。なくなれば、地球は分解する、
なくなるのである。

 地球の山という、地球の頭という、マンという、
山の意の地球という。円単屯という、昔の言い
の地球である。

 レスターの証明書の『en』がこれである、地の
ことを意味する。これを、レオ、という。おれまがりの
レオンという。レオン証明という、レスターの語原で
ある。
http://akinokori.sblo.jp/article/188789908.html

 マンという、フマンという、ヒューマンのことである。
セベスレのお言いという。せっぱらの言いという。レス
ターの地の人の言う言葉とぞず。古い言葉という、
英語の言葉という。今の英語が古い言葉である。
アーマン。レーソブという、ソブという、祖父という、
地球のことの言いという、おじいさん、という、
おばあさんという、じばばじの、じっぱら、という。
はらっぱの山という、これを、地球の山という。
お爺さんお婆さんのことを、はらすら、という、これ
が、マンの言いという。おまんの方という、秀吉の
言いとぞず。葦原山お書きという。遊郭の話
ともいう。
【丹波】
 丹波の『丹』の話という、初めの意である。
丹波の国という日本という、英国という、
英丹波という、中国というね中丹波という、
国初めの言葉という、丹波のことである。

 大お爺さんおらるるお国という。大お婆さんの
お国という。英国丹波の話という。アメリカという、
ワシントンという、丹波なったす、という、古い言い
である。アフリカのアフト丹という、アフタンという、
初めの意とぞづ。国を作る言葉である。八坂録
ともいう。和語遣り言いの。やりゆばの言葉という。
【消えた地球】
 また山のお絵という。消えた地球という、はなえ
とき、という、消えた戸木の言葉という。はなえとき
の地球という。きえやみ山お絵という。

 しだれるという、柳の木の形という、消えた地球
の時の宇宙という。花のような姿のような宇宙 と
いう。これが一度なくなり、できた地球という、これに
伴う宇宙の出来という。今の地球である、虚の地
球という。うつろられ、ともいう。冠語の解析である。

 地球が口語である、冠語で、あすみす、という。
みっすずの地という。あまさ山という、地球のことで
ある。山ができた日の言いである。あまさやま、とい
う、ちたま、という、地球のことである。
【宇宙の出来】
 能能の言いという、これが、まの、という、能能
冠話という。地球のことである。まのらわ、という。
土星のような冠があった地球という、これが遠のい
た時の言いという、まのさ山という、地杞憂という。
遠のいた時、大きな星があったことという、月
の出来とぞず、月が遠のき、ほうき星という、月より
大きな星という、見栄をいう。これも遠のいたことと
いう。皆、遠のいていったことという。
太陽の出来という。太陽がなかった話という。今の
地球のできの頃とぞず。冠の地から出た太陽であ
る。土星の輪のような地とぞず。そこから出た太陽
である。あと、星が、地球のように、形をまねた星と
ぞず。土星が代表である。

 地球論という、原始のことという。原始人の話で
ある。マヌエッパーという、まにょそ、という、めるれる、
という。原始地球の頃の、地球のことである。
柳たま、という、やなぎっしょ、という、原始地球の
ことである。火山がふいていた話という。ひの山の
お書きという。黒い花山という、初め黒かったことと
いう。青になり、紫、緑、赤、という、順である。
この赤、紅赤という、バレレルという色である。
今の地球の一番近い色である。古い山のお絵と
いう。全宇宙という、その絵の言葉という。
全宇宙消滅する話である。同時消滅である。
永遠のない話という。永遠は存在しない話である。
永遠という言葉という、英円という、丸いことである。
物が英円にあるという意という。これが、やりふり、
という。永遠の両意義である。ないことをいう
言葉という。

 距離の永遠はある話という、遠い所である。
永遠の存在、また、その物という、ないことという。
これが消滅の意味である。永遠という、消滅である。
おれまがりの出の言葉である。中脳を真ん中に
するものである、中脳を、げんとき、という。元という
意とぞそ。

 東大京大の医学の宇宙見ともいう。全大学の見
でもある。医学から見た地球という、説ともいう。
地球から見た地球でもある説という。

 暗い話ではなく、実の話である。

そうきょうよいお書き。J01.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 
2021年07月01日 

出発702 ラーテル卿7-6 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発702 ラーテル卿7-6
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/25
【歌詞解説】
 イギリスの船出を、スタートという、デパーチャアと
いう、船出のイギリスという。これを、ラムセス出航
という、イージス艦船の出航という。これが、イギリ
ス海軍の言葉である。ウッポスという、古いエジプト
の言いという、これを、トロイ出という。シーザーの
船出という。この物語が、クレオパトラの話である。

 クレオパトラの地という、ラムセス二世という、
シーザーの呼びという、シーザーのことをラムセスと
いう、これをイージス言いという。古い海軍の言いと
いう、イージスという、クレオゾー、クレオゾールという、
この二つをクレオパトラという、この二つの掛けが、
クレオパトラとシーザーの話である。イージスの作り
という、クレオパトラ造船という、シーザー造りと
いう。イギリスの船産業の立ち行く言葉である。
日立造船という、陽を奉ずるイギリスという。
イギリスの旗の意味という。英国国旗の話
である。

 日本の海上自衛隊の発揚旗という、日の出の
あしらいの旗という、ロシアの横の地下室という、
そこで、発揚を、発陽にして、海に上がる太陽と
いう、発揚旗の丸が中心にある旗という。これを、
船出ゆみふみ、という。旗をふみという、旗踏み
という機踏み機で拵えた織物の旗という。これが、
能能の旗であるという、若い人の造りである。
若い人が内陸航路に使う旗という。イージスに
使う旗とぞそ。織物の旗をおいてある、海軍横浜
という、横浜の自衛隊という。他の会場自衛隊と
いう、そこの艦隊長席という、そこの旗である。
若い人の席という。海外へ行く時にも使うイージ
スである。クレオッソン・ルーパーという、ムー語の
イージスという。クレオ艦という、シーザー・レミタスと
いう、イギリスへ行く時の船という。若い人の使う
航路という。ムーへ行くという若い人である。
御兄者人の言いでもある。ルーパー船の操舵手
である。イージスの操船である。

 発揚旗の真ん中の丸の発揚旗という、これが、
空の太陽である。古い日の、斑鳩旗という、談山
神社という、あうさらの言いのサラテスという、イー
ジス艦船用語である。出港を、デッパ、デパという、
これが、御所の今の京都御所の船出という。ここ
から出る時に使う 、丸が真ん中の発揚旗である。
デパ旗という。これが、神宮皇后の旗である。卑
弥呼旗という古い言いである。

 この神功旗という、横に桃之旗を掲げる、桃之
宮旗という、これが古い日の御所幕という、御所
幕府という、高山旗という、桃之旗である。高山
城の城門の旗である。

 高山へ行く京都からの船航路という、これが、
神功皇后の船出という。五条条川(ごじょうすじ
がわ)という五条の川の船出という、神功出立と
いう。平安京の以前の京都の船航路である。
今の千本通りが川であった頃という。五条通りも
川であった頃という。花瀨きっきし、という話とぞそ。

 条文地下は、城の地下である。ニューヨークの
日本様の城という、全世界のニューヨークという、
この頃三十箇所にあったことという、このニューヨ
ークに日本様の城があったことという。

 今の江戸城という、ここを、もめやり、という。
もろめやりの家という、この言いが、海上自衛隊
の言いである。イージス艦船という時の言いという。
ニューヨーク発立つの言いという。若い人の部屋か
ある自衛隊のイージス艦船とぞそ。

 そこの一隻の話という、一席の話という。京都から
船を使い、東京丸の内へ行き、皇居へ入場した若
い人の話である。ベルギー冠白という、言葉を使う、
カッポーラ・ロンドンという、ロンドン・バックスという、
ロンドン幕府の人である、若い人という。ジェッソレの
お行きという。その時の航路、帰りの京都市役所と
いう、これを、ベルギー論浜という、ベルギー槍という、
あまされるはぬ、という、古語の冠語という。
古語の通常語という、これと対の冠語である。
ベトソンという冠語である。これがイージス艦船の
使いの冠語という、イージス艦船冠話ともいう。
皇居の地下のベルギー室である。隣がポルトガル室
である。海外の国名がつけてある皇居の地下室と
いう。御所の、かんかくす、という冠語の一種の使い
という。地下の言葉の使いという。皇室はどこにある
か、という、外の皇室という、これを外務交館という。

そうきょうよいお書き。J25.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 7/2休  

2021年07月03日

出発550 春去来 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発550 春去来



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/02
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/02
    監修、ほうきき・正        2021/07/02
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
春が去り来る夏の子 蝉鳴き木陰に
声聞く 夏の菊花立つ大池  遠くに
城が立つ姿見え 西槍 丹波市の世
山査子の実が見え 東山 火を上げては
煙の匂いがする。


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/02
【歌詞解説】
 早山査子、5月にみがなり、青いうちにとる。
丹波市の山査子とそ。
 緑蝉、長生きの蝉。一年を超していく蝉という。
奈良三輪匂い山という、匂うの宮の蝉という、槍という、
匂うの宮である。後、晴寺という。奈良三輪の寺である。
奈良三輪の梁針城の近くという、梁針寺ともいう。
やむすらるれせてる、そんとめ、という。奈良三輪の丹波
市の古い頃という。後、東藤藩という。山査子の早
山査子が植わる、これに、緑の蝉がくる、ジコンとい
う鳴き声という。長生き蝉という。丹波市の蝉で
ある。器用との穂浦の蝉と同じ蝉という。おおきい
蝉で、20~30センチの大きさとぞ。
毎年、同じ蝉がやってくる、丹波市の蝉とぞ。
古い夏去り期の頃である。これを、春去来と
いう。五月、六月の緑夏瑠璃という。瑠璃期と
いう。春山のお書きという。
 夏去り期の春去来という。しゅうらき、という。
期である、木ともいう、山査子の木のことという。
山査子の、かんさき木という。かってむ、ともいう、
かりすめ木ともいう。かりららの木のことという。
春去来花、春去来果という。

 秋をはるという、丹波市の言いの木の添わりと
いう。しかれる木、期のことという。秋蝉の鳴きゆり
という、蝉の声のとうとび、という。夏に来て、また、
秋に来る、都市を濾してままたた来る蝉の訪ねる
たんそろ、という、梁針城のことという。たんばす地
という、丹波という奈良の奈良三輪の丹波市のことと
いう。三輪たんかく、という、しっぱの山のおむいく
さる、という、猿のいる地という。この猿、小さい金
色のヶの生えた猿で、金花猿という。かんきみの猿
という。みの山のおいき、という、この猿のことという。
丹波市の住まいという。蝉が去るとじゃれることと
いう。穂浦蝉の種類である。

 墨で建てた家という、全部、墨でできている家の
ことという。この墨の家、なべ墨という、なべやの墨
という。いかすみのすみを混ぜた墨という。墨壁の
いえという。真っ黒の家である。この浜のお絵という、
春池の麓という、春池の丘の麓という。だんでら、
という、だんます、ともいう。若い人の住む家である。
二期作の頃の話という。

そうきょうよいお書き。J02.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 
 
 

2021年07月03日

出発702 ラーテル卿7-7 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発702 ラーテル卿7-7
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/06/25
【歌詞解説】
 そこの一隻の話という、一席の話という。京都から
船を使い、東京丸の内へ行き、皇居へ入場した若
い人の話である。ベルギー冠白という、言葉を使う、
カッポーラ・ロンドンという、ロンドン・バックスという、
ロンドン幕府の人である、若い人という。ジェッソレの
お行きという。その時の航路、帰りの京都市役所と
いう、これを、ベルギー論浜という、ベルギー槍という、
あまされるはぬ、という、古語の冠語という。
古語の通常語という、これと対の冠語である。
ベトソンという冠語である。これがイージス艦船の
使いの冠語という、イージス艦船冠話ともいう。
皇居の地下のベルギー室である。隣がポルトガル室
である。海外の国名がつけてある皇居の地下室と
いう。御所の、かんかくす、という冠語の一種の使い
という。地下の言葉の使いという。皇室はどこにある
か、という、外の皇室という、これを外務交館という。

 皇室外交という、皇室典範職の仕事である。この
皇室、だいせら花という冠語を使う部屋である。
古く交換所という、今の宮内庁の一室という、若い
人の典範職の席という。宮内庁まらるり、という、
典範職言いの花ゆらり、という、花のがむせら、と
いう、これを、皇内冠話という。これを、使う典範職
である。クレオトレともいう。クレオ冠話という。
空の冠話の海使いという。ジャルという、ジャルの
飛行機の言葉使いともいう。パーサーズラックという
、船のパッシブという、船の出しをする、典範職の
仕事の内である。

 『えん』という言葉を使う、英様冠語とぞそ。
ジャパーラレンという、ジャパンクションという、
クッションレールの言葉である。これが、典範職の
通常語である。『ちんげ(朕下)、言いたまれ』と
いう言い回しとぞそ。下朕閣という場の言葉という。
古い大村城の城闇という言葉である。それの踏襲
である、典範職の話という。

 一億円という、この『えん』は、典範職の『えん』で
あるという、一億の城という、この『エン』は何や、と
いう。能能査察用語であるという。

 大村益次郎という、砲の言いである。

 北白川宮住まいの若い人という、 一空砲射と
いう、一億円砲という、北白川宮の大砲のことと
いう。一円砲ともいう。皇室典範職の言葉である。
北白川宮のお書きという。

 ラムセス二世という、北白川宮の奥の場という。
らむせらるう、という、らゆるれんせむ、という。北白川
宮のことを、めいたら神宮という、神社という。
ここの海外歌劇である、エジプトの言葉でする歌劇
という、『朕下』という言葉を入れる、エジプト語の
歌劇という。北白川宮近辺、アフリカーンスのエジ
プト方言を喋る地という。『ブージャンボ』という言葉
の使いという。日本の外国語を喋る地の一つである。
靑森八戸の類である。奄美大島にもある『ブージ
ャンボ』の挨拶である。

 イギリス・ニューヨークの教えである、今のエンカレ
ッジという、カレッジの古い言葉の使いの、ニュー
ヨーク・ハットワードである。この言葉での講義という、
ニューヨークの古い駅沢という、駅舎の場の講義と
いう。ここを、ニューヨーク・エキスプレスという、ロンド
ン・コネクションという、ロンドン・エキスプレスの電磁
車という、今のリニアという、ソレの発の場の駅という。
ニューヨーク・ランドという、にゅう寺の言いという。
『リニ』が、これである。『リニア』という、これを、エキス
プレス・リングという、えきしょす、という、冠語の電磁
車用語である。リニア・ロンドンという、ロンドン鼻を
走る電磁車という。イギリスのリニアである。

 ロンドン出版の話ともいう、電磁車で印刷をする
ロンドン・エキスプレスである。この電磁車で曳く
サークル・ストーンもある。イギリス・ニューヨークの
ことである。今様の形のリニア・モーターカーである。
ロンドン・パックスという、ロマーナフックという、ろま
せらの言いの英語という、ゴッドファークスという、
ゴッド英語という。かみせめの言いという。

 このニューヨークを、れべふれ、という、明治の
日本大使館の言葉である。駐英の若い人である。
ニクのハイ・カレッジという、ハイ・スクール・カレッジと
いう、そこの講義という。今のニューヨークの高校の
六年制という、そこの卒業である。この卒業をデパ
ートという、イギリス・ハイスクールの古い言いである。

 この言葉とコックスを使う、ニューヨークのらんざく、
という、らんてっすう、という、らんせめ、という、英語
で、ハイスクール・コックスという。『アイ・ゲット・ロンド
ン』という、ロンドンへ行く話である。ドイツ語を使う、
古いニューヨークの陸の管制という。『イッヒ・ゲーヘ
ン・ツール・ロックス』という。『ロックス』がロンドンであ
る。ツリンフリーの言葉という。これが、電磁車の用
語である。ドイツ語を使う電磁車線路である。
ロンドン鼻という場の駅を経由する、ロンドン・ニュー
ヨーク間の列車とぞそ。韓国京城にも似たような
駅があることという。

そうきょうよいお書き。J25.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月04日

出発560 網走番外地 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発560 網走番外地



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/03
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/03
    監修、ほうきき・正        2021/07/03
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
こめか去りゆく前そり夕垂れ 夕期の絵
ほいかなみ夕 あそぜられす 葉の絵られす
あしびきに夜かられ さんかっける かあ晴れら
すずるいそま 夕がれしっきのそいそれ
はなみるみっとれ うくらす すべりゆ 
そりしっかまふ ありそらず 天里のふらず津せら

歌語。歌語は、歌に使う言葉。
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/03
【歌詞解説】
 奈良三輪、天里の西に崖があったという。ここを、
あばす、という、後とぞそ、網走という、あそすり、と
いう。後の、崖の開拓という。崖を、ころれり、という。
コロポックルの言いという、げんそんてんてら、という。
 めぬっそずのおりさっくす、という。さくれすの言いの
天里の親冠語という、ここの西山という、ここを、山
さみ、という、後、番外の地という、後とす、せらせ、
番外地の位置という、数の一を掛けた言いとぞす。

 番外一という場所の呼びの言いの、はなゆみ、と
いう。弓ぜらおってて、という。おつてつの言いとぞす。
番外という、外の崖の呼び遣り、という。外の崖へ
行く日の言葉とぞす。

 『番外よってつ』という、『番外へ行きます』という
意とぞそ。これのいいの歌という。言葉が歌の言葉
という、歌語という。後、奈良っそりっく、という言葉の
ことである。

 奈良っそりのふみゆみ、という。れれての言いの、
おやいすら、という、おっつりしょっつ、という。おてら
らのおいっしょ、という。これを、らおたら、という。
寺を、寺ら、という、おてらら、という。るべんはっくす
の言いとぞそ。

 歌語の歌のおとし、という。このとしの歌という。
おらっせらるう、という、おらせの言いそみの、るてら、
という。るみっそれいのとびとい、という。とっせまの
言いという。これが、奈良のやなふわ、という。
やなふわの言葉という。るいっとんびっく、という。

 るみっそれえという、ぱじょしかのかってす、という。
かりせらの言葉という。これが後、奈良方言になる。
これを、奈良のへきさき、という。奈良の水の多かっ
た頃の言いとぞす。これが『なもう』という、言葉の
最後につける言いという、現在の奈良の言いという。
『そうだなもう』という、『そうやなもう』という、るみっ
さんぱっくす、という。奈良の言葉という。るみぜる、
という。言葉のことである。

 ここの英語の言いとぞそ。英語が、はなふす用と
いう、これを、ごっせるかっくす、という。奈良れら、
という、言葉の使いという。

 冠語の『れら』という、歌語の『れら』という。
『はってられっせつ』という、べにさんの言いとぞ。
この『せつ』が、説である、後のこととぞ。
自分の言いを説という、これを、奈良じせ、と
いう。自分の説を、奈良じす、という。

 この『じす』が、今の『ジス』である、工業製品
などに使う単位の言葉という。奈良発のじすである。
奈良語から出た用語とぞそ。

 自分の説を、自分の体とする言いという、今の
身長、五尺一寸という言いの、じすみす、という、
じす言いという。これを、ならす意味の言葉という、
じすみすで、ならした言葉とぞそ。言葉を他地域
に広げていく、一つの言いという。

 『じすみすれってらぁ』という、てれっその言いとぞす。
これで、尺寸が広まる言葉という。後、はなふすよい
ほる、という。これが、今のジスという、ジスのやいとり、
という。主に物の長さの単位に広めをする、尺貫録
という。これを、みきしっぴし、という、初期の尺貫法
という。ジス言いという。これを、ゆっぱく、という。

 歌のゆっ拍の律とりという。これで、歌で広める
、ろわっすらぁ、という。これが、墨スリのすぱれる、と
いう。奈良の墨のことの話に広めをとる、てきやき、と
いう。墨のことを、てきやき、という。

 網走番外地の墨ガレという、墨のような崖のこと
という。天里の西の方である。ここに『夕が垂れる』と
いう、夕方が来る景色という、これが、きみすみ、と
いう、君が住んだ崖という。私が住んだことという。
きみわたし、君私、という、私の意の『きみわたし』と
いう言葉である。口語では、君と私という意である。

 きみわたし、という自分を表す、こいこい、という
言葉使いである。こいこいは、言葉の使い方である。
めのっすず、という、めのふり、ともいう、言葉の使い。
この歌である。この歌の話である。説明である。

****************************
 名歌『網走番外地』 秋残り解
『春に春に追われし花も散る
酒(きす)ひけ酒ひけ酒暮(きすぐ)れて
どうせ俺らの行く先は
その名も網走番外地

キラリキラリ光った流れ星 
燃えるこの身は北の果て 
姓は誰々 名は誰々 
その名も網走番外地

遙か遙か彼方にゃオホーツク
紅い真っ紅なハマナスが
海を見てます泣いてます
その名も網走番外地

追われ追われこの身を故里で 
かばってくれた可愛(まぶ)い娘(スケ)
かけてやりたや優言葉(やさ)
今の俺らじゃままならぬ』


酒(きす):酒(さか、さけ)のこと、坂のこと。
どうせ: 道西(どうせ)、ここでは、北海道の地名で
     ある。かた霧の霧の出る所である。
(『キス坂』と、『坂』を補えば、よくわかり、
坂のことである。現、英語の Question to ask の類。)

坂で、空を見ていた、流れ星のことという。
きすづ(酒津、坂津)の景、きすづという一般名詞、
後、坂津という地名の固有名詞になる、酒津(さかつ、
さかづ、さけつ、さけづ)とも。
『キスひけ』は、『坂にいる、坂へ行く』ことの意。
坂麓であろうか、『ふもとゆみ』という言いという。
この『ゆみ』が、『きみゆみ』という、きみわたし
君私、という、私の言いになる、『ゆみ』で、『私』
の意である。『ゆみひけ』という、『私がいる』と
いう、現居所の意味になる。『地』という言葉を補い、
『ゆみひけ地』という。

『酒』が、『坂』の意で、この意の使いという。
きすひけ、という、幕府の言葉でもある。

季節を『子』という、夏子、夏の子、という。
これを、すけらぜ、という。
『まぶい』という、まっつくの言いの、てよそっと、という。
まっぱく山の言いという、ほぼ冠語である。
まぶい娘(スケ)、まぶい娘(コ)、という、マッペラ期の
ことで、その言いである。
 「まぶい』という、べっせらのらおん、という、らりるぅ、
という、らりっての言いの言葉という。
『まぶいスケ』という、魚の大きな、まぶそう鰯、という。
これを、まぶいスケソウだら、という、スケソウ鰯のこと
という。
 故郷が道西という場所である。そこの歌である。
これが、冠語の見方である。

 酒と女という、口語の解ともいう。スケという、
女である。べっぴんさん、という、べっぴんしゃん、と
いう、女性の呼びという。『スケ』が、きよれ、という、
清いという言葉の含みの女性のことという。
酒を呑んでいる話という。

『ハマナス』という女の充てに使われた言葉という、
これが、掛けの、清いハマナスのような女性という。
これを、サクラ連という、サクラのことを『ハマナスそめ
』という、替え言いの冠語である。サクラを花の代表
にとる、道西の発である。小樽西辺りである。網走
という場所である。足走のことの古い言いである。
『アミ』で漁師が掛かってくることという。

 後、宗谷の方の歌になる、少し南である。
今の網走である。ならず者という歌という。
古い日の『ならずや』である。ならづの奈良津
である。天里の津ともいう、天里を入れた解釈という。
天里奈良津のもの、とそ。
宗谷の奈良津で、網走の番外である。

((ハマナス総北という、方道德の一般名詞である、冠語の
一般名詞という。レルッソン・サーフラーという、
レロッソのロブセクという、レロットの言いという。
総北という、めるせるのおいさず、とそ。
ルッソロッソの言葉の使いという。ロルレルという、後、
宗谷番外という言葉の種類である。後、ルロレという、
ルロス、ルロソという、後、オルソロルという、これが、
ロシという、言葉の種類である、ローシーニという、
ロッシーニという言葉の使いである。後、オロレスという、
レスロッソという、後、ロシアッツクという、ロシソラと
いう、ソロレンテスのロシア語という。この言葉との成り
が、地名にある、宗谷の地名という、ロシア語の入れと
いう、ロシアの侵攻という、ロシア語のことという。
宗谷の古いロシア地である、これを、江戸幕テスという、
幕府論具という、ロシア語の話である。
 宗谷を、おろせま、という、これが『オロシア』の語源
である。後、ロシアという。この期の日本語である。
オロシア語という、日本語の一種という。オローラン・
ファックスという。
 ロシアという、日本の一地方である。宗谷辺りのことを
いう。つゆべらふっくすの言葉の意という、つゆの地と
いう、つゆ山の言いという、ここの言葉を、つゆ語という、
露語と書く。
 後、外国の地名に充てることの、ロシア語乱入という、
ロシアが攻めてきたという、ロシア語を使う、ことの言い
という。この『ロシア語』が、当時の、つゆ山の言葉で
ある。キリールレンテという言葉である。これを、英花
露語という。
 これの延伸が、一部、今のロシア語である、外国のロ
シア語である。奈良津さんふり、という、北海道の宗谷の
地のことで、言葉の入れという、地に言葉を入れる行為と
いう。『攻め』という、ロシア侵攻という、ロシア語入れ
という。宗谷地区の言葉が延伸という、今のロシア語であ
る。ダーイル・そっとく、という、この『ダー』が、今の
外国語のロシア語の『ダー』である、『はい』の意である。
これを、エトリーシカという、エトリショという、ハラショ
ーの言いという。ロシア語を、エトリーシカという、日本
語の一部という。これが、ウラル・アルタイのロシア録で
ある、今のロシア語という。
 若い人が宗谷にいた話という、網走番外地の話という。
天里をソーレスという、ソーラン・ラッキスという
初期の、あませら語である。これを、エトリーシカ・ラッ
クスという、つゆ語を使って宗谷へ行く、若い人行である。
網走番外地へ行った人である若い人である。アマ里に宗谷
という場所があることという。がらっせらという、谷の
ことの言いという、谷に露が降りる話という。つゆの言葉
という、今のロシア語である。タオッソンメレーテルという
冠そめらんぎ、という、ランの花のことの言いを、露降り
のランに掛ける造りとぞ、ロシア語の造りである。
御所のローエル・セックスという、つゆびらの言葉という。
宗谷の網走番外地という、アッパセーラの言いっそんずう、
という、この官語の説明である。アッパセーラー・ラッ
クスという、ダワッソンレーテの、いぱしば、という。
古く、しば語という、つゆ芝の降りの、つゆ降りの言葉
である。ロシア語に『つゆ』の言葉がある話という。
日本録の日露という、日露という日本のことである。
日露漁業という、日本のことである。))

 奈良宮のならずもの、という、奈良の宮のことである。
ならっしゃんす、という、天里のてんとわ、という、これを、
とわの言いという、永遠と書く、ならずのことの言いとぞ。
ならないことの、とわ、という、永遠という。奈良宮の
言いである。奈良宮の『ならず』という言葉の解である。

 このまま冠語にすれば、脳の経路の歌である。
あばしりという、あばすうの出の場の経路という。脳内
のあばしりである所の出のことの経路という。しゃっくす
の解とぞ。しゃっかんれっけす、という脳の解釈の言葉
の歌である。
 農工の歌ともいう、脳のがべぜるのいそしぎの歌と
いう。『しぎたつ沢の秋のゆうぐれ』が掛かりである。
脳、農のがってくすの歌というう、れれっそのゆいその
ことの糸すり、という、『いとをする』という言葉の解と
ぞそ。あってさあるっくすのおりらら、とすぞ。
****************************
本歌
 『こめか去りゆくまえ』という、こめか闇という、闇のこ
とという、夕方の闇のことである。
『そりしっかまふ』という、この『まふ』がまぶいの意という、
まぶしいのことである。
『まぶいゆっけさ』という、ゆりゆりの言いの夕方のまぶ
しい光のことという、『そりしっかまふ』という、夕方の
光の闇という。光を見れば一瞬暗くなる、『しっかま』と
いう時間である。
『カー』は、山のこと。
『さんかける』という、褒めのことを『さん』という、
人名に使うことともいう、冠語と口語の
両法の言葉である。『れっぱつれろっとと』という言葉の
使いである。『らりーおんせらー』という言葉の掛かりの
るおっす、という、れれっせの言いとぞず、『さん』の言葉
という。『おっす』という、人に会うた時の言葉ともいう。

脳の『みつま』という所で発生する言葉とぞ。
おれまがりの一部分である。海馬の一部とそ、海馬
闇という場所である。これを、脳の花おり語という、
海馬闇の言葉。脳医学の掛かりの冠語である。
大脳へ行って、かいさまりく、という場所で、整理
した言葉という、『みつま』の話という。
おれまがりみつまで、『さき』という、大脳へ行き、
『さん』という、諸機能を経た言葉である。経路が 、
みつまゆりはな、という、海馬から大脳のかいさまりく
への経路という。
大脳陸という陸である、ここの場所という。大脳の
前頭部の一部とぞいう。
後、延髄へ行く掛かりである、延髄へ行き、『おりょ
らき』という言葉になる。延髄語の『さん』である、
おりょらきという。
脳の中心のほぼ真下の延髄である部という。
これが一瞬のうちに行き交う、ことの旅という、
言葉の旅である、思想のことという。思想の発生の
考察という。言葉を大切にすることという話である。


前歌 DE550
http://akinokori.sblo.jp/archives/20210703-1.html
 『春去来』の歌の、『夏の子』というのが、夏のことで
ある。夏子という、言葉を添える言いという、夏子
の期、夏子の季節という、意とぞそ。『子』が季節である
言いという。ロシアの地の言いという。チャイルドという
季節の意とも。サマー・チャイルドという言いである。
緑つゆ丸という、緑児の話である。緑梅雨の梅雨前の
ことという、サマーレンテスという、冠語での表しとそ。

 『ゆうかま』という、今の奈良三輪の教団の古い建物
の前の地である。脳を喩える場所である、奈良三輪す
らぁ、という建物の地の外の間辺りの地である、
『しっかまれ』ともいう。よく歩いて所である。古い
みよ様の御地という、奈良三輪教という教団ができる前
のことという。『しっせんさっつらぁ』のおあゆみ、という、
後にもよく歩いていた場である。
奈良三輪にいた頃の若い人の話である。

そうきょうよいお書き。J03.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月05日

出発562 ゆみよっきす :イカスミ柳

【曲名】 出発562 ゆみよっきす
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/04
【ゆみよっきす】
 冠語という、冠という頭にかかることの言いとぞ。
脳を考察する言葉という、言葉により脳を考察する
話のことのいそすそ、という、冠語のことである。
これで、記憶という、記憶の言葉ともいう。
記憶のはなやらのるべそべ、という。
これを、『ゆみ、よっきす』という。

 『きす』という坂の話がこれである。農をならすと
いう。地ならしのならす、という。農地という。この
『農』が、農共という、農のうつゆき、という。古く、
のみせむ、という冠語である。

 冠を戴くという、かんむのけべそ、という。これが、
農のあゆふり、という。農協という、農の共の農協と
いう。農のさんらず、という。さんせめ、という、さっ
すず、という、さめそめのお言いという。前項の
『きす』の話という。
DE560
http://akinokori.sblo.jp/article/188811605.html
【大和朝廷飛鳥】
 冠の冠里という。大和朝廷の飛鳥という、この
飛鳥のみそふり、という。これが、みゆっすず、という
ふりをする、飛鳥冠なめ(あすかかんなめ)という。
かんなべの冠という。古い天里の冠という。頭の
保護の者で、帽子という。冠帽、冠帽子という、
今の帽子のことである。冠を、そきやき、という
冠語という。それって、とも言う。これが、みよふりの
言葉の、ささおぜ冠語という。ここを、あまれる、
という、レルオンテスという、後の、御所の冠語という。
この御所を、今の京都の御所という、京都烏丸
通りにある御所という。ここを、のみっそめ、という、
冠語の呼びという。これをパレス・インナーという。
インナー・パレーという、インナヘー・パレールルの
言葉という。これが、御所夜学の教えである。

 古く、ささめす、という。さみてすのるりよ、という、
夜学のことである。れるおっすず、という、ろすろの
そみて、という、御所夜学の通いのことである。
ろばせの言いという、かんせら冠語という。らるって
すの言い、とぞ。
【京都壬生】
 『きすみひば』という、これが、ひばの木の植わった
御所とぞ。きすみゆっきし、という、ゆばせるのおす
らや、という。れれるおりそゆ、とぞそ。ルレンファー
クスという、御所のかんせら冠語のアルヨンテという。
壬生っすべの賀陽原という、ここの御所の通いとも
いう。八千草という、すかみ槍という、山の小さな槍
があった頃とぞそ。後、こうはなれま、という、八千草
冠語の言いという。八千草の地という、ここの、言い
の、壬生っ所(みぶっしょ)さっくす、という。壬生の
言葉という。これが、壬生野通いという、壬生夜学
の教えという、八千草地という、夜学所である。

 地の、松花堂という賀陽御所のことをいう、賀陽
御所地の建物という。ここが、夜学所である頃のこ
とという。これよりも古い八千草地の夜学所という。
【八千草大則】
 八千草大則という、やったく草の生える所という。
今の賀陽御所である。壬生ゲンナレシスという、
原人のことという、後、ペキナンという、ラテン語の
言いの壬生原人という。壬生の原の住まう人という。
ペキネンシスというラテン語の言いをいう。これが、
大則という、後、大学という言葉の出になる、
これが、御所八千草大則の教えである。ラテン語が
混ざる言葉を使う、大則きょっしょく、という。これで、
後、大学のラテン語という、ラテン語を使う大学と
いう。カールレレンセラーという、冠語のラテン語で
ある。ラテン語が歓呼であった頃という、ルリオックスの
言いともいう。冠語の、えいはな言いという。英花言。
これが、初期のラテン語である。壬生の古い地に、
ラテン語があることという。ラテンというのが、それで
ある。これが、壬生原人の言葉である。
ルリッテラ・ペキナンスウという。『テラ』が地である意
という。寺と表す、『地』を補って、寺地という、大則
のことである、大則地という、松花堂周辺の壬生
周辺という。京都の壬生である。新撰組の屯所の
ある所である。
【ラテン語、ヘブライ語】
 ここを、古く壬生夢(みぶゆめ)という、『夢』が『
地』を表す言葉である。大則夢という。大則地
という。これを、レルヨンテスという、古くの壬生っ
所の言葉である。路道花の言いという。ラテン路
道という、はなゆらの言いという、ラテン語である。
今のラテン語である。古い頃、壬生でラテン語を
使っていた話という。

 これが、兵庫篠山のヘブライの言いにある、
ヘブライ津の言葉という。兵庫県篠山のヘブライ
津が、壬生を、ルヘーという、ルフェーという。
ヘブライ語のルフェーという、壬生のことである。
この『壬生』が、全国の壬生である所という。
全国津々浦々に、壬生はあることという。
津々浦々が残る場所である。津掛かりの場
の壬生という、ここに残るヘブライ語という、
代表が、靑森八戸という、古くの壬生である。
壬生っ所ラッケスという、古ラテン語のラッケス
である。『自分がいる場所』という意である。
ラッケン・ファックスという英語のラテン語言い
という、らくしょるという冠話である。
冠語であり話である、これを、論という、論語
という、論川の言いという。ろぜふら、という、
壬生の冠語である。後、今の京都御所の
賀陽楽という賀陽御所の、京都御所の内と
いう。京都御所内賀陽御所という、そこの場の
夜学の言葉である、ろぜふら、という。

 壬生の大つり菊という、菊花の咲く香炉峰
(こうろほう)という、壬生の大山という。ここを、
オホ津という、オホーツクラムという。壬生の
ことを、オホーツクという、これが、まってらと
いう、まつの場のことという、ここの言いである。
まってらの言いという、オホーツクという言葉と
いう。
【間宮林蔵】
 これが間宮という、林の蔵の宮という、間
宮林蔵という、オホーツクの世の、まつれる山、
という。壬生の八千草大則の、まなべる記と
いう、夜学の教えである。八千草大則録と
いう、若い人の話という。

 これの掛かりの、.きす話という、『ゆみ、よっ
きす』の『おたれるり』という。冠語を、『おたれるり』
という、賀陽御所の言葉という。壬生賀陽おたれ、
という。おたる言いという。
【北海道の地名】
 北海道の地名の造りである。間宮林蔵の造り
という。イョッテラスという、あまずらの、あまてらす
言いという。これを、天孫間宮という、壬生の賀
陽御所のことである。間宮の賀陽御所という、
後、京都御所の賀陽御所のことであもある、
単に賀陽御所という。
【網走番外地】
 網走番外という、賀陽れんてそ、という。
番号ふりの地のことという。そうやる・ろってさ、と
いう。御所の一地の、そうやる楼という、賀陽楼
閣のことである。ここの楼閣の八千草という、
八千草間教えという、八千草論という、ゆおよっ
て、という、れれっせるの学録という、後に御所
夜学に引き継がれる、東京の皇居の夜学という、
京都御所の夜学ともいう。ラオッテル・サンクッスウ
という、新語という、新語の言葉の使いという、今の
冠語である。冠語を使う御所の中の話という。
【函館五稜郭】
 北海道へ行く、函館五稜郭の場所という。ここの
住まう、そうらる・るおっせらあ、という、ルミットスとい
う、古ラテンの使いというラテン語のことである。
これが、榎本という、新選組のもとすき、という、
榎本武揚という、御方の行きという、若い人の
名のことの言いという。榎本山の人という。
生きておられる人という、坂本龍馬の人のことの
言いの、人名の地の言いである。

 榎本武揚地という五稜郭のことという。なれなれ
しく言えば、『榎本さんの家や』という、若い人の言い
である。ここに住んでいた若い人という、網走の番号
振りをしたところという、五稜郭の若い人の仕事で
ある、典範職という、若い人の仕事という。
網走番外地という、有名な場所である。

 ついでに『ロシアが攻めてくる』という、ロシア語の
使いをいう。オホーツクという北海道の網走の
ある所である。この網走の周辺、ヘブライ語もある
所である。ロシア語という、ラテン語も一部ある。
番外という言葉がそれである。ロシア語ラテン語の
合わせである、五稜郭の番号振りの言葉という。
たけあきむがい、という、竹の節を番号にする、
竹を植えたところである、五稜郭という、網走と
いう。竹の番号の降りである、網走番外地と
いう。番外地は竹が植わっている地である。
【番号付】
 京都長岡の竹を、番外竹という、壬生の竹の
植えという、京都の山々の竹という。西山番外
地という。これが後、竹の番地という、今の場所
の番号である。竹の節の話という。
竹の節を一号二号と数える、庭園の造りの数え
という。榎本竹ともいう、竹のことである。竹振り
番号のあけ、という、榎本 武揚さんという、人名
呼びの地のことという。

一号榎本という、
二号竹島という、武島とも、
三号ひとらぎ山、という、
四号すめそら、という
五号後藤里、という、
六号、荊無所(けいむしょ)、という。
七号、ろろすべら、とぞ。
八号、よみさき、
九号、もめすめ、
十号、ろっきす、
十一号、番外、
十二号、番外一という、後、番外ニ、という。
十三以後、同である。
これが、五稜郭の番外付けである、番付で
ある。榎本 武揚さんという、若い人の話の人の
人名である、同時に地名である、五稜郭のこと
である。若い人の夜学の話という、山々の記憶と
いう。
【榎本竹秋】
 自分が、榎本 武揚さんであるという、記憶の
すべにする人である、明治維新幕末の記憶である。
榎本 武揚さんは、竹植えの名人であるという。
若い人の竹植えである、榎本竹秋という、若い人の
典範職の名である。典範職を榎本竹秋という、
職の人名言いという、現在は、しないことという。
維新朝の言いである。麻竹ともいう、榎本のえのき、
という。御所の中の、麻植わりの場のことという。
麻という、えのきのことである。そこの燕の話である。
後、燕号という、機関車の番号付けに応用する
竹の燕という、麻雀延伸である。麻雀のパイの燕の
パイである、役外牌という燕牌という、御所の数えに
用いる麻雀牌である。番号付のことである。
【五稜郭住まい】
 これが五稜郭の住まいの頃という、若い人の話で
ある。麻雀をする、賭事をしないでする、長生きを
とる方策という。たまにすればよい話という。
榎本 武揚の長生きという、若い人の榎本竹植え
である。えのきの長生きという、麻雀が具現である。
ものを賭けずに遊戯をすることという、長生きの一
方策とも、健康法の一法ともいう。

 競馬をいう、馬に乗らないで、馬に旗のような
布織を着せることという、これが馬のめでになり、
挙句、健康という、挙句健康という、動物に乗ら
ない人という。動物を大切にすることの、一延伸で
ある。榎本竹秋さんの話という。北海道五稜郭の
闇の教えという、闇の山という話という。
馬の着飾った姿を見ている話しという、健康延伸の
一法という、ロボット馬ともいう。機械竹の話という。

冠、武、八千草の話という、八千草の生えた地の
八千草大則通区の話という、後、八千草通学で
ある。夜学である、若い人の受けた授業という。
八千草大則学ゆっきめそ、という夜学の教えという。

ゆみよっきす、みよよんてすの言いともいう。
後程。
そうきょうよいお書き。J05.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月06日

出発564 幕府将軍 :イカスミ柳 8ぺーじ

腹を横に書く。
出発564 幕府将軍 :イカスミ柳
【曲名】 出発564 幕府将軍
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/04
【幕府将軍】
 幕府を『ろべ』という。これが幕府の将軍冠話で
ある。ばくれす、という、エミール・ラットという、ミヨ
サンスーズーという、幕所の言いという。
ミヨサンスーガーという幕府の冠語である。これを、
ばってす、という、幕府ラシーという、幕落のおそりる、
という、ろぶっせぶ、・りふら、という。夢という、場所を
いう。夢幕府という、ベロッサレーのおうりべっぺす、と
いう。ルリハンルラーの言葉という。幕落ゆみのはお、
という、これを、かわれき、という。かわれきの徳川と
いう、古く、得川ともいう。江川とくがわの言いという。
幕府という、ろべのすゆすゆ、という。これを、バクス
ラーという、バックセームという、すうさらの言いという。

 バックで、後ろ幕という、これを、こうるき、という。
コラッセルックスという、こらず゛らの言いという。
幕府の陣前(じんさき)の言いという。

 『てまら、つって』という、まっせらのいそゆそ、とぞす。
れれっぅの言いという。れれてるお言いという。める
よんてす、という言いの、さおはろ、という。さおしまの
言いという。これが、幕府の造りの、説明というる

幕府のえるさっくぅ、という。めえるるれんてのおりふり、
という。幕府のよっきす、という、この『よっきす』の言いと
いう。

『たおせら、よっきれ』という、れるせるらてまた、とい
う。幕府役人の冠語という。自分のそいさる、という。
これが『去り』という書きの充ての充当の表現という。
『たおせら』という、入城の言葉である。入場ともいう。
その場へ行くことを、『たおせ』『たおせら』という。
『よっきれ』という『よっきす』ともいう、入場の輪の針
という。『針』が場所である意という。場所を針とい
う、えっせくせ、という言いとぞそ。

付け
7月6日 亀の日。亀をめでる人の漁という。
なろう漁という。『きすひけ』という、病気が
直った意に解す、きすぐれる日という。
これの延伸が、奈良津みな、という、港の
ことである。ここの番外の振りの日の光景という。
これが、病気を直す掛かりになる。亀の長生という。
そういう意味である、解釈という。駄作者の解釈で
ある。動物を尊ぶ、やなぎみより、という、やな
浜の歌という。奈良津の歌のという。
そういう解釈がなる歌である。刃物を振り回す
映画という、これが医者の見である。新撰組の
話と同じである。

 亀の医者、亀が病気を直してくれるという話で
、亀を尊ぶ日本の国という。きこく、亀国という、
帰国、家へ帰る、故郷へ帰る、退院する喩えにとる、
奈良藁という、奈良津の風習とぞそ。亀の飾り物な
どを、おくことなどをいう。

 アメリカの『ワラ、ゲラ water、 get out』
が、これの一意である。『ワラゲラ、ワラゲラ』と
いう水掛かりの話である、病気を治す言葉である。
水は外の意である。水が薬の話である。
外へ行って水を汲めという、古いアメリカという。
日常生活に健康をいうアメリカという。これを、
トランペストという、トランペットの水吹きと
いう。音楽の健康の話という。
アメリカ南部の話である。
ダラス・サンセット・モンデスという話である。

そうきょうよいお書き。J04.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月06日

出発580 天里 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発580 天里



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/05
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/05
    監修、ほうきき・正        2021/07/05
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
天里 原子炉の家 藁葺き 茅藁の
屋根低く 中 厳か 原子炉座り給う
人の知恵 素晴らしい 牛や馬がいる里
牛馬の知恵あり 大切な頭から出でる
知恵に 人の世の 電気の灯がともるよ


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/05
【歌詞解説】
そうきょうよいお書き。J05.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』

2021年08月07日

出発762 松露 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 出発762 松露

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/08/07
【冠語解説】
 『おりろうす』という、降りる雲をいう。これを、松ゆつ、
という。天の雲が降りてくる、ここの場の言いとぞそ。
橋本ひらるれ、という。ひらるるおりそみ、という。
あいすれのゆったさ、という、るりるりのおりこり、
という。めのんそべ、という、雲のことという。

 茨木の宮の松ゆつをとる、これを、まつつゆ、
松露という。、まーれるスワンズーという、おりそっとく、
という。対岸の、ひらてそ、という、茨木の宮の言いと
いう。ひらっせらっせる、の言いという。リベンスという。
リベンジという、今の英語のリベンジである。
千葉せらるっくのリベンの言いという。

 千葉が、千の葉のような松の木である、これを、
松ゆつ、という、松の木の言いという。まってく、とも
いう。まってく枢要のお言いという。リベンス、リバセと
いう、川の近くの町の言葉という。淀川水系の言葉
とぞそ。

 枚方の、メバンスユックスという、メバレルルックと
いう、メノンソの言いのみよたやの言いという。
長谷川がもった言いという。淀川水系の長谷川
の言いという。枚方、男山、八幡、そこらの言い
とぞ。れれての言いともいう。これを、勝芝という。
勝海舟の言いの出の場の言葉という。
『おいらぜらっか』という、『おいらせ』の言いという。
勝安房の言葉である。淀城の奉行という。

『おめんさ、ゆっ、てらっせぇ、あるつゆ、れれつ、
みのそす』という。勝の淀の奉行の時の言葉という。
これを、淀せとらす、という。淀奉行の時の時世と
いう、御時世の言いという。
【人生劇場】
 『時』を『まま』という、人生劇場の歌という。
吉良の仁吉の歌という。『時世時節世、
変わろと、ままよ』という。これの解説である。

 みます楼という、あしせらのいそゆそ、という、
橋本の名革という、立派な遊郭という意の
ことという。たくさんの遊郭がある、橋本の町の
ことという。ここの続きの樟葉ともいう。

 遊郭が御所の掛かりのことである。橋本遊郭と
いう、京都府園部の遊郭の掛かりという。黒祖の
はめそめ、という、お歯黒闇そめ、という、れれんすの
お歯黒という。歯を黒く染めることという。ああるれん
せっつう、の染めという。れれ手のゆいはみ、という。
れえるれんせらぁ、という。

 樟葉枚方の遊郭のことの染めという、お歯黒の
ことという。対岸の茨木高槻の通いのことの言いの
ほめ、という。言いをめでる、お歯黒という。

 京都おっくか、という。くかが、公家という。これを、
久下という、くか、くげ、という。くうれるれぼんす、
という。これを、勝の御所言いという。勝が御所に
住まいをしていることという。かってらせっつぅ、という。
『せっつぅ』が、摂津である。このあたりを摂津という。
勝ゆつのれっとす、という、これを、勝の幕てく、という。
【仁義】
 『仁義をきる』という、幕てくの御仁津という、幕府の
前の言いである。後、幕府という。これが、枚方の
辺りの、幕府以前の、幕てく、という、勝がいた話と
いう。淀奉行、淀町寄という、与力という、よりより
のいとゆと、という。勝の御時世という、幕てくの勝の
住まう橋本樟葉の遊郭のことという。
『仁義をきる』話という。

 京都の役という、侠客御所の仁義という。
『てめえ、はっしょう』という、これを、仁義という、
しょうごくという、しょうこくの言いの、生まれの表しで
ある。京都の侠客御所という、ここのことの言いの
ことという。これに付随する行いのことという。
これを、仁義という、侠客御所のことという。
上品な話という、勝の上品という、『やっさぐれ』と
いう。

 京都侠客御所、茨木の宮、枚方あたりのことと
いう。勝の幕てく、という。幕府の以前のことである。
勝が闊歩した、樟葉、橋本の遊郭の町という、
『おらっせ、ゆわってさ』という、勝のゆわれ、という。
これを、ますれる、という。ますゆすのゆわす、という。
勝をめでる、橋本の遊郭という。淀町奉行のかせゆま、
という。淀かせ、という。淀るり、ともいう。淀の町の
おくゆき、という。奥津城を、奥之(おくゆき)という。
淀の場の勝夢(かつゆめ)という。『夢』が『場』である
表しという、勝の場という。勝の住まう淀辺りという。
淀、枚方、茨木、高槻辺りという、勝夢という。
茨木御所のお言いという。

 枚方の御所を、男山という、男山じんつゆ、という。
男山の御所である。橋本樟葉という枚方を含む、
男山じんつゆ、である。後、幕府という。淀幕府と
いう。この前を、淀幕てく、という。勝がいた淀の町
一帯という、淀の城が役の場である。淀城を勝の城
ともいう。

『おいらしょ、れってす』という勝の言葉という。これが、
勝の屋のお言いである。京都の侠客御所のお言い
ともいう。茨木の宮の言いともいう。これらを含めて、
かっせらるう、という。。ここの言いの浜山という。
自分を、やくざ、という、勝の言葉という。
やくざの一役という、薬座である。

 これが、勝の薬である、後、家康の薬という。
徳川家康の薬造りという。勝の流れである。
この勝を将軍という、淀城の話という。この
将軍を 、おまん、という、おまんよ、おまんせ、と
いう。淀を本万という、本万社という、これが、勝の
神社の出しである。勝造りの神社という。淀の繰り
だしという。淀から出す神社という。淀城の役目と
いう。神社を作ることの役目である、淀城の役目と
いう。これを、二条幕せら、という。二条城の幕てす、
という、幕てく、という、幕てす、ともいう。幕府の
前の言葉である。

 江戸城もめゆり、ともいう。大阪イオンはる、という。
イオントーブのもめはん、という。浪花の城の勝花と
いう。勝の夢の場という、秀吉の『難波の城も夢の
こと』という。城のことである。古く、藤将台という、
二条城の台のことともいう。聚楽第の話という、台の
ことである。城のある場のことという。弟の台という、弟で
ある、台であることという、場のことである。

 淀場という、淀台という、淀弟という。三つ合わして
淀城という日の言葉のことであり、場所のことである。
淀から繰り出す、橋本、樟葉、枚方、四条縄手、
交野、対岸の茨木、高槻という。茨木の宮という、
高槻の幽霊閣という、枚方という、これを、大宣と
いう、大宣場ともいう、秀吉の言いである。
勝の言いである、御所の言いである、遊郭の言い
である。二条城の言いともいう、江戸城の言い
ともいう。ひっくるめて、城せらるう、という、御所ぜら、
という、遊郭言いという。みな、つきものである。
【ロシア革命】
 茨木の宮のおつれら、という、通じていることという。
花ゆりのおこと、という。勝の言いの場という。勝が
民という言いである。『江戸のお民連れて、おいら、
国作る』という、勝の言いという。江戸のお民という、
陸やり川ふらる言いという。勝の国造りという、
江戸城に住まいをする勝という。勝の大菊の紋と
いう、着物袖のいっぱいの大菊の紋という。勝の
紋である。菊の紋という。後、日本の国の紋にする、
勝の采配という。渡米の頃の話という、勝の渡米で
ある。名古屋山のおつゆ、という、名古屋ゆっきし、
という、名古屋城の城の住まいという、橋本から
名古屋へ居を移す、勝の城の移りという、これが、
江戸の城の移り世という、移り変わる世の中という、
アナスタシャという、オロシヤ国夢譚という。勝の世
の話である。ロシア革命という、ロマノフのニコライと
いう、薬の話という。

 ニコライ丸という、ロマノフ薬という、茨木宮露と
いう、枚方飲み、という。薬の話の革命という。
ロマノフ王朝という、薬造りの話である。薬座の
話という、侠客御所の話である。江戸城鯉山
歌という、薬の歌である。

 『かつれかんかの、よっぽかれ、ろくろるゆっての、
 むめゆらら、そめやったけせ、るり、おんとめら』という
 、大学調子で歌う薬造りの歌である、江戸城鯉
山歌という、二条城のイルカ山の歌である、御所の
侠客地の薬座の造り場である、そこらの歌という。
大学調子の数え歌である、『』内である。

 『かつれかっぽん、きられぶし』という。

そうきょうよいお書き。A07..
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 
 

2021年08月07日

出発760 橋本ゆうざふ :イカスミ柳

腹を横に書く。
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音楽
【曲名】 出発760 橋本ゆうざふ



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/08/06
    造詞、冴柳小夜・正     2021/08/06
    監修、ほうきき・正        2021/08/06
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
橋山は淀川の帯しめて 横 男山
添わし地を揺らす 空気揺れ 
赤い気の 絹掛けて おおし雲 
かしこ雲 組雲 おそれ雲 赤波に
雲添う 通らぜに雲降りて故郷の御代

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/08/06
【歌詞解説】
そうきょうよいお書き。A08
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月08日

出発574 丹東是 The statue of King Arthur :イカスミ柳

腹を横に書く。
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音楽

【曲名】 出発574 丹東是 The statue of King Arthur



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/07
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/07
    監修、ほうきき・正        2021/07/07
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/07
【若い人家】
 縦藁の葺き。玄関前に、アーサー王、帽子姿の
立像。この立像に毎日、挨拶をして、マントを着せ
る人という。梯子をかけて、マントを手に登っていく。
マントを掛けて、手紙を出す。若い人の浅野日課
である。
 朝日さす、像の横顔という。フェットという、横顔と
いう。後、フェットセーという、若い人の言いという。
アーサー王を拝む人という。大お爺さんという、若い
人である。毎日、手紙を台座におく、ふち祭のあっ
た日という。この像の横、周公という。その横、ヒット
ラーという、ドイツのヒットラーである。後、その横、
タイのプガワンという、タイのシートーという、タイの
シーザーの、剣を持ったライオンのようなシーザーが
座っている像という。
 7月7日を、たなひま、という、今の、七夕という。
セブン・パッスーという、せぶん楼のお置きという。
この日を、ろぶれ日、という。綾山という、この地域
一体の名称である。今野若い人の言えの近辺と
いう。
 古い日の像の尊びという。像を拝む人という。
ワーシップ日という、七夕拝みという、後、牽牛と
織女像を添える人という。ふち祭の始まりという。
後、場所を変えたふち祭である。今の、港の船の
出の祭になる。若い人の出航という、七夕の出航
という。水が増える日の船出という。『潮もかないぬ』
という日で、出航する、ふふるるおしゆせ、とぞそ。

そうきょうよいお書き。J07.
******
 

2021年07月09日

出発564-3 幕府将軍 :イカスミ柳

出発564-3 幕府将軍 :イカスミ柳
腹を横に書く。
【曲名】 出発564 幕府将軍
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/04
2021/07/04
【勝小吉】
 勝小吉という、『ゆめゆめ』の言いという。『ゆめゆめ
ゆるゆ、ゆめゆるゆ』という、ばっせるらあて、という、
めぬっそるいそめま、という。これが書かれている
夢酔独言という、『ゆめゆめゆるゆ』という書である。
ゆめという場所という。これを、ゆめの場という。
馬歯世のことである、氷川という場所の地という。
氷川の夢という、夢が地である意という。

 これを、氷川幕府という、勝の屋敷のことという。
ここの一間のことという、話という。勝にいた人という、
若い人という。『ゆめせば、まってすて』という冠語を
使う人という。後、高山という所の言いという、この
言葉の使われの地という。これを、こうてら、という。
こうてんろっすく、という言いという。勝の言葉の言い
という。冠語の使いである。
【マダガスカル】
 勝小吉ともいう、かつこよし、かつこきち、という人
という。これが、マダガスカルれく、という。マダガスカル
の地の住む日という。マダガスカルの夢という、場とい
う。この場の立て物の造りの話という。

 これを氷川ろろ、という、ろろたる幕府とぞそ。
これの建てである、勝小島、勝子縞、かつこじま、
かつこしま、という、これを、勝の縞という、勝の言い
という。ここの国を作る、夢酔どくげんである。
あせんての造りという。日本風建物のことである。

『ゆめゆめゆるゆ、ゆめゆるゆ』という冠語である。
『ゆめ』を『ゆるみ』という、かんせらのおうりかんすて、
という。御所の頃の皇居の冠語言いである。東京
の皇居という。ここの御所のことという。
カツレラーという、かっさめの、ゆるゆ、という。この
書である、勝海舟の書という夢酔独言という。
マダガスカル・レンゾワという、マダガスカルの地のこ
との言いの書という。中国人名を用いてある書きと
いう。氷川清話という。勝の言葉の筆記という。
【夢酔独言】
 夢酔独言の書という。どちらもマダガスカルの地の
ことの書である。同時に動物の見方もできる書と
いう、ネコの書という。ネコの脳の話である。人名が
所々現れてくる書きとぞそ。江戸城内の書である。
バーレルレンゼラーという、ばるはんねという、ばるっ
せの言いのおいぜる、という。これが、幕末の話に
掛かる、原始人のことの書である。
【太田道灌】
 ばくれつ、という、幕列のおいっそ、というる江戸城
の皇居の造りとぞそ。皇居の建ての書である。
太田城という。太田の城という、皇居のことである。
太田道灌という人の建てという。これを、ゆめのぶ、
夢が場である城という。この城を、きったき、という。
太田勘定の言いという、太田道灌の人の言葉と
いう。

 きったきせっさかく、という、城のことである。後に、
谷 干城としいう人のことという、坂本龍馬の掛かりと
いう、勝海舟のことの掛かりという。

そうきょうよいお書き。J04.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月10日

出発590 天里竜 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 出発590 天里竜



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/10
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/10
    監修、ほうきき・正        2021/07/10
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里
竜がやってきた ラーテルより大きな竜 
ラーテル竜 三輪竜 天里竜 両脇火山岩
道を歩いてやってくる 後ろにラーテルがついてくる
我が家に顔出してミと鳴く 立てば顔が
見えないくらい  大きな三輪天里の竜
優しくおとなしい

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/10
【歌詞解説】
【竜が道を作る】
 大きな火山岩の天里の頃。火山岩をのけて
中に道を作る。その道を通ってやってくる。
三輪竜という、ラーテルような竜とぞ。ラーテル
より大きい竜である。それが我が家へやってくる。
毎日来る竜である。家にそのラーテルの部屋が
ある、そこへ入り、座っている。竜も一緒である。
 大きなたらいにも餌を入れると一緒に食べて
いる。
【恐竜の食事】
 餌が 、かきざら、という、さらの食べ物という。
大きな甘みを付けた、天里の木の実の食べ物と
いう。後、小さくなり、今の山査子である。この期の
山査子、20~30センチくらいの大きさで、これを、
二つ三つに切り、与える。手をふいてやると、爪に
かけて、口へもっていき食べる。これに、大きな葉
っぱの青い色の野菜という、この野菜の大きな頃の
葉っぱという、今の、大根の葉である。これを、与
える、喜んで食べている。竜とラーテルである。
小さなラーテルの子も一緒に食べている。
奈良三輪里の我が家という。このラーテルと一緒に
火山岩の道へ歩く。ラーテルの竜も一緒に連れて
行く。これが、火山の頃の天里である。ラーテルの
家が、その道の端にある、大きなラーテル、小さな
ラーテルといろんな種類のラーテルがいる。竜もその
家の隣の家という、大きな屋根の大きな戸である。
この戸を開けて出入りする、ラーテル竜という。
人畜同居の頃の天里である。
 このラーテルの家という、大きな恐竜屋敷という。
人三人分くらいの高さである。それに合わして作っ
てある。豪邸という。
【竜が拝む】
 このラーテルが今の奈良三輪教の神殿という、大きな
神殿に上がって座る、両手を合わせて木を飾る
拝みの対象という、ラーテルの拝みという、竜の
拝みという。これが天里奈良三輪という。後、親里奈良三輪
という。竜が拝む場所という。
 これが、かごめ、という、竜のことという。かごめ竜と
いう。恐竜である。この竜の重さにもちこたえられる
神殿の造りという。今の奈良三輪教の礼拝場である。
背を少しかがめて入る造りという、竜のことという。
これが、かごめ造りという、教団の建物の造りである。
【天里奈良三輪の歌の一節の解】
 唄に『よろづよの』という、『よろづよの』が竜のこと
である。『世界一列』という、竜の歩く姿である。
これを奈良三輪王という、竜王のことである。この竜が、
鯨をいう、鯨背という、ラーテル竜の背中という。
この竜の特徴である、平たい背中という。これが
いた天里である。いちずにず(一頭二頭)、という
数えをする、竜の数えという、後、いっとうにとう、と
いう数えという。この数えを天里竜数という数えの
一種である。恐竜の数えという。
【恐竜の脳】
 この恐竜の脳をいう、恐脳という、恐竜の脳と
いう。人になつく竜である。火山の石を取り除く
日の、竜も手伝った道造りという。これが、エンと
いう、援助の援の字を書く、援竜脳という。火山の
石の重さを見分ける脳という、この恐竜の脳である。
【援脳】
 援脳の脳という、この脳の場所という、ミという
場所である。中心の脳である。これが、ミという言
葉を出す、自分の知らせの言葉という。この言葉を
使うミという、自分のことという、日本語である。
英語で、ミーマイという、これが、英語の初期の脳の
言葉である、脳のことである。古いミーマイという、
言葉という、脳という意味である。このミーマイの英
語を、延伸という、この延伸の延が、援助である。
援延のはのほま、という、これが、中心の脳の、
当時の言いである。恐竜の脳の言葉を人が使う
ことという。天里さぎはみ、という。動物の言葉を
人が使う意である。主に冠語という、これに残しが
ある、これが、残すという、野を越した歩みという。
竜と一緒に歩いたことをいう。

 人のおれまがりの部分の記憶という。恐竜が
いたという話である。今もいる話という。清川(きよ
かわ)という恐竜である。ラーテルの種の恐竜である。
天里竜という、三輪竜という。三輪の『三』が恐
竜の鳴き声である、これが、三輪という、三輪やら、
という、三輪の竜のことである。『三輪やらがいる』と
いう。後、わら、という、恐竜のことである。わら竜と
、言葉を補う。わら立ちという、四足動物が立つ
ことをいう。動物の立ちを、わら立ちという。ミィの
声で立っていることを知らせる、恐竜の脳の働き
である。
【天里奈良三輪の脳医学】
 これが奈良三輪の脳の医学の、人の脳の医学である。
脳学という、これが奈良三輪教の『よろづよの、世界一
列』である。これを説く、よのもと、という。よのもとと
いう、脳の働きのことである。ラーテルの鳴き声を
徹底的に考察すする、自分の脳という。これが、
動物の脳をそのまま自分に見立てる脳の見方と
いう。動物を大切にする人の脳のことという。

この歌いが『みかぐら』という、古くの『かごめ』である。
恐竜の脳の歌である。援脳という歌である。
奈良三輪王という竜のことの教えである、脳がその一
つである、教えの中の一つである、脳の話の部分
である。後、円の考察になる、数学の円である。

 動物大切、恐竜大切の話という。
【ラーテル描、絵画】
添えの絵は、ラーテルが描いた絵。
青みがかった道が描かれている。丸いものが
火山岩である。この道輪立って歩いていた竜である。
恐竜である。ラーテルが描いた絵をマネして写した
ものである。色もそのとおりである。
しだき文字の説明が入っている、絵画である。
動物の脳という、絵を描く脳である。人と同じ脳で
ある。『ラーテル黄金会』という、奈良三輪教の初期の
名前である。親里天里という頃の奈良三輪の
天里である。京の天里も、これとほぼ同じである。
一部分の絵である。
 場所は今の親里という所で、郵便局辺りの絵
である。神殿の西である。その道が、絵の青い道
である。当時、青がかっていた土である。
今の奈良三輪教のまたり、という場所にその土が残って
いる。火山岩の下である。

まゆのやなぎ、という、竜のことである、脳のこと
である。竜脳という。天里奈良三輪発の言葉である。
親里言葉という、天里奈良三輪の言葉である。
人の脳を、まゆ、という話である。
古文真宝集という、漢文の書籍に、脳をまゆという
箇所がある。まゆのやなぎという言葉もある書籍と
いう。孫子の話という。兵法で論じられる、脳の話
である。奈良三輪大学の、がんとうの山という講義が
これである。げめそめという、冠語の説きともいう。
奈良三輪大学の脳学である。
 奈良三輪を孫所(そんじょ)という呼びをする、奈良三輪の
町を、孫所の兵子という、兵子が、人のことである。
兵子町という、奈良三輪のことで、、この論をとる町の
一般の町のことである。奈良三輪の兵法という奈良三輪
大学の珠玉である。奈良三輪大学の存在の理由という。
よろづよの世論という、世界を論じる奈良三輪兵法で
ある。****教授のお話である。
若い人の先生である。よく、お訪ねした御宅で
ある。奈良三輪教の珠玉ともいう。兵法の箇所がある
奈良三輪教の郷里という。兵法は、脳の話である。
これが、奈良三輪教の脳学である。よろずよの、
言葉の意である。古く世論津という、穂浦の海の
ある頃の津である。奈良三輪への船旅の出発の港の
津である。今の平端へ着いた船である。この航路が
『みかぐらうた』にある、奈良三輪教の歌である。

 清少納言の船という、この航路のことを、
清少航路という、奈良三輪という頃の話である。

そうきょうよいお書き。J10.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月10日
出発564-4 幕府将軍 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発564 幕府将軍
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/04
【勝小吉】
 これらの人の話である、マダガスカル・レンテスと
いう、マダガスカルのアフリカにひっついていた時である。
この時の建てという、たもせるという建てである。
マダガスカルの国の造りともいう。

 幕府の勝の名の人という。マダガスカルの造りの
人という。若い人の且 回収という話である。

『おいらせ、江戸のお民つれて、おいらの国をつくる』
という、勝の国造りという、マダガスカルが、その一つ
である。明治維新という言葉がマダガスカルに
ある話という、若い人のことである。秋残りよん、と
いう国の名である。若い人がいたマダガスカルである。
【五稜郭振り番】
 秋残り三、という、五稜郭の振り番国である。
秋残り五の、ホンカントンという国という、今の香港
から青島辺りの国である。秋残り三が香港である。
キールンラックスという、言葉が、英語という造りの
頃の言葉という。中国の華南語である、これらの
言葉のことという。香港の市という。これを含む
秋残り五である。青島の近海の塩造りの島という。
ここの、五というフィフスの言いという。塩をちゅう
こん、という。忠魂と書く碑の意味である。
【香港、青島】
 これを、フォーラスという、塩のあふすれ、という。
塩見縞という、塩身縞とも。青島近海の縞である。
塩田がある島という。第一次大戦の話という。
ドイツの入れのことの話である。塩造りの話である。
ここの勝という、勝軍という、すぐれる人という、帆船
で行った話という。戦いのことで、攻めのことである、
行くことという。ドイツ語の入れの話である、塩造り
の話という。アメリカ、ソールトレークにある塩の克美
という、塩野かつ、という、塩野話である。青島と
香港の話がある所という。カツの話という。
子供をカツという、チャイルド・ストロングという、カツ
の人という。自分を、小児という、商事会社の興し
という。かってられいせい、という、貿易の担い手を
商事という、この商事をいう、正時を人れる、という。
時を正時という。
【正時】
 この正時をジョウジという、ジョージオという、
塩のことである。アメリカ人の名前ともいう。
ジョージのワシントンという、ワシントン・ラックスと
いう、これがワシントン幕府である。今の、星の府
という、ペンタゴンラックスという、ワシントン幕府の
出張という、ワトソンハックスという。ペンタゴンにい
た人という、若い人である、アーリントン墓地の参
拝という。アメリカ人の人と、いつも一緒だった
アーリントン墓地の参拝という。りばしばらのお書
きという。ニューヨークの住まいの話ともいう。

 ニューヨーク三番街の日の行きという、ペンタ
ゴンへ連れて行った下さった話という。ニューヨークの
川が流れている坂道という。三番街からの離れ
である。
今のニューヨーク市という、三番街が、少し高く、
後、沈下をして、また、上がった頃とぞそ。ニュ
ーヨーク三番街辺りである。ニューヨーク山という、
小高い丘である。ここのいっぱという、かつのこと
の言いという。かつべの英語という、この英語の
使いとぞ。私を、Mu ミューという、ミューラックの
英語という。行くことを、ゴッスベーという、ベア英語
という。ここの証という、ニューヨーク・パラレルと
いう、パラレル・ウォーキング・ヒューという、
ヒューマンのことである。人間証明という、ニュー
ヨーク市の証明である。

そうきょうよいお書き。J04.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月11日

出発600 平子槍 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発600 平子槍



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/11
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/11
    監修、ほうきき・正        2021/07/11
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
バンドプロデューサー  カワイ社
【歌詞】正里
目の前にマイクロソフトのコンピュータが横たわる
俺のことが、俺の過去が書かれていく
俺の言うこととあの作家がかき立てる
恐竜と暮らしていたと ピテカントロプス・エレクタス
ネットに出ている 今見ているコンピュータ
今はそういう時代です

  駄作者は私です 若い人のことも俺という人の
  ことも書いて描いてかきまくると いつかは
  駄作の日本一 夢の日に花開く ああ おお
  あれが作品ですかと いいたくもなるようなもの
  まゆのやなぎ コンピュータ 見ているかしら
  若い人

輪をとめた ひらくはた 船は行き行く 世に
みよよあれ 発の今に古い過去がよみがえると
いつか見た道が 俺という人ととも 若い人とも
手をとって 見えたなら 船に ひらはたが
翩翻となびく 振り返りの尊い世 
日本一には いつなれる


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/11
【歌詞解説】
 奈良の平端の楠の世、その歌です。
近鉄平端の、楠のある所、大きな池があった頃。
 京都の、ちんざん槍という山の所から、発に船出
という、奈良坂越えて郡山越え、平端並池という、
くねすねの木という、今の楠のことで、それを目指
して行く、船の旅、翩翻なび旗の歌という。くすれる
・ひのものの・御旗という、楠の旗という。
 みの山のお絵という。れれすのうちふち、という。
この意の歌であります。
 
 大きな平子槍があって、その槍を回って池へ行く。
その麓の場に、今の近鉄の平端駅が出来る。
http://wakaihito.sblo.jp/article/53365911.html
そうきょうよいお書き。J11.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月11日

出発564-5 幕府将軍 :イカスミ柳

出発564-5 幕府将軍 :イカスミ柳
腹を横に書く。
 New York parallel certificate, Book issue, Washington Pose,
Liverty Rose, Polish picnic, Visa-randes,
日英両語で書かれている、冠語の証明書。
英語は、字だけの判子。『New York Quid Long』の箇所が判子。
ベルゾン・スタンプという、字だけのハンコ。
GOBOU 牛蒡市というニューヨークのこと。『証す』が簡略冠語。

 
【曲名】 出発564 幕府将軍
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/04
【ニュヨークの原人証明】
『この者、二足歩行の人種である』という証明書の
書きという、市長をブックという、ブック・サーティファイ
という。エドラン・ビックス原人という、若い人のことで
ある。緑地の証明書である、緑色の紙という。
ニューヨーク・ブックス郷という場所の役所の発行
という。今ある話という。ピクニックという、仕事へ
行く言葉である。オン・ピクニックという、ニューヨーク
の言葉の意という。原人用語かもしれない話という。
園へ行くという、仕事のことという、類人猿の話で
ある。ブックス・ロングという市長冠話である。

市長をモーという冠語という。古い日のことである。
ニューヨーク・ロック・ピクニクスという、ニューヨーク
類人猿である証明という。パラレル・ウォークという
二足歩行という、ペンタゴンの古い、自由の女神
の兵士である証という。四つん這いの訓練、その
時の言葉である。ピクニクス・アタックという、自由の
女神の兵士である。日本語両用の証明という。
類人猿の大切なものである、原人ともいう。
ニューヨーク類人猿証明である、若い人のことと
いう。モー・ニューヨーク証という。
【証明書】
A4サイズの証明書という、三つ折りにしてある証
明書という、古ニューヨーク・モーという、市長の証
明である。冠語の証明書である。
緑紙の灰色の文字とぞ。判子が、御名という、
英語でパーという、パーセルともいう。
オフィスのことを、モックという、ニューヨーク・モックス
という。ワシントンのペンタゴンの言いである、ペンタ
ゴン・ラックスという。ワシントン・モーの話という。
ワシントン・ポップ・ランゲージという、ワシントン冠話
である、ニューヨークと同じである。
裏が白紙で、HITLER という字が書かれている。
ヒットラーという原人の部族の名である。古い頃の
聚合落である、原人部族という、ヒットラー群という。
ニューヨーク・キッド・ロングという、冠語のことである。
冠語による証明という。
【ニューヨーク・パラレル】
ニューヨーク・パラレルという、ニューヨーカーのことで
ある、ニューヨーク人という。古くニューヨーク山のこと
である。New Yorker Ritz という、古くのニューヨーク
の音楽のドラム楽器のことである。律打という。
『律を建てる』という冠語の言いの楽器という。
ドラマーの町ともいう、ニューヨークのことである。

((足の健康をいう楽器という。足の健康によい影響
がある楽器という。たもの、ともいう、ドラムである。
ヒトラー枢軸をいう、ドイツのドラセラという、ドイツ
モーの、ラッション・テックスという、古ドイツ語のドラ
ムである。ハイレゼイ・ユックスという日本の冠語で
ある。朝鮮のラギという、ワギスとも、朝鮮ドラムと
いう。朝鮮の洋楽のドラムである。朝鮮冠話という、
らぎ、らぎすのこと。後、みなみ朝鮮のラッチョンと
いう。ラービスという、南朝鮮の冠話の英語である。
『ビス』が『ビザ』のことである、通過国という、査証
の国という、朝鮮のこと。李王朝の頃の言葉である。
李王シマという、朝鮮冠話のことである。

そうきょうよいお書き。J04.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月12日

出発610 古親里岩山中道 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 出発610 古親里岩山中道





    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/12
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/12
    監修、ほうきき・正        2021/07/12
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロデューサー   カワイ社
【歌詞】正里
火山岩の道行く 転がる岩 切り開いた道
両脇 火山の岩山 前に 火上げる東山
拝がんで進めば 恐竜が 手上げ 迎え立つ
イタチが駆けていく 私も後 追いかけた

  恐竜の傍へ着いたら一安心 もう大丈夫と
  竜がいう笑顔 白青毛長い背中 東山
  より高く火上げた イタチが立ち拝み煙くる 
  竜に連れられては 家へ帰る古親里

皆一緒に住んで 食べるごはんは茶色の
ごはんよ 同じものを食べるこの穂 
とうと尊い 皆仕事していたよ イタチが
家の中の畑にみずやる 恐竜が水桶
運び この世 花住まい


【今常】
そうきょうよい時です。
【歌詞解説】

2021/07/12
 地がずれたりしていた頃。晴寺奈良三輪という
頃の奈良三輪槍という、火山の山。黄色い煙。
 今の奈良三輪駅から、教団の神殿へ向かい行くと
(東向かい)、山が見える、その山の大きな頃。
今の教団の神殿への道、商店街、郵便局
辺りで、後で、もう少し、南になる(右になる)。何度も
地ずれがしている。教団、神殿がなかった頃。
 歌の通り、イタチ連れて遠くへ行った時、帰る頃、
恐竜が迎えにきてくれる。山が火を噴いていた
頃である。火山岩が積み上がり、それを切り開
いて道を作り、行き来していた。下の道が白かっ
た頃である。所々青い土があった。
ラーテル竜の、青と白の毛で、少し長い毛で
ある。立って迎えてくれる、大きな竜である。
 家が、その道から少し北の方になる。

 この穂という、山のことで、この穂槍という。
『穂』が、山のことで、地のことである。

今の、穂高連山という、その類いである。

 地の色と、同じ色の毛で、若い人が、後、
頭に青い毛が生えた話という。京都も青い土と
白い土があった、後、黒くなる。

そうきょうよいお書き。J12.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月12日

出発564-6 幕府将軍 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発564 幕府将軍
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/04
ルーイル・ラットン・セラーの言葉という、李王朝の
李冠話というねレーイル・ソッソンに掛かりをする
日本のチョッソン・ラールゴーという。この、ペキン
(北京、朝鮮の北京、今の平城付近、ヘギョンの
こと)、ピーナンという、平南、日本の朝鮮冠話で
ある。ドイツ・オモニーという、おもたるのお言葉と
いう、朝鮮冠語のことである。オモニという、日本
語の『主に』という、同じである。和国期の頃という。
この和国を、レオシーズという、古い、えいたら言い
という、レモンホックという、レモンセラーの言いという。
朝鮮のことを、レーラルという、礼の国という意と
ぞそ、霊ともいう。リーライという、レーライの国とも
いう。礼霊の国という、『朝』の意という。礼朝と
いう、李朝のことという。リーライのけそべる、という、
レミスのみとする言いという、朝鮮語である。
アールラックスロンルーのことの言いという、朝鮮
論里の話という、朝鮮李王朝のことである。
これを、ヘッギョンソーワという、朝鮮の平壌冠
話である、ヘッギョンソーワの一意とぞ。))

ワシントン、ニューヨーク、イギリス・ニューヨークとも
同じ証明書である。
BEE IS ENTI という証明書という、この頃の
冠語の証明である。BEEが『屋』という意である。
ブックという、市長の意で、市庁舎ともいう、本立て
という、後、本庁という。
ワッス・イシューという、どっちもそういう。ワッツランの
お言いという。
【ピクニクス・アタック】
 ピクニクス・アタックという、安全をとれという、ペン
タゴンの軍冠話という、ハット・ワーズで、アーミー・
ソックスという、ネービーラックという。四つん這いの
訓練である。これを、フォーレルという日本の英様
冠語である。フォーレル・アタックという、軍の規律
用語の冠語である。後、大軍を率いる将相の言
いという。
【安全相】
 これが、映画に出るパットン戦車の軍団用語
で、戦車の行交の規律という。パットン・
ハットという、パットン冠語という。アール・セッツと
いう言葉という。アメリカのOR論の用語という、
冠語のOR論である。『 I wish 』から始まる
大軍の安全を第一にいう、ジェネラルという、
将相という。冠語で将相という、後、安全相の
現在という。政府用語である。フォーレル・ブーズー
から出る言葉という。おくゆかし脳府という、中脳の
ことという。脳の中心である。安全を第一に唱える
中脳の言葉という。ここを、脳府という、中心脳の
ことである。セントラル・ブレーン・ジェネラルという。
脳の府の言葉という。ブーズーの意という、ブラルン
ともいう、ブレーンのことである。脳溢論という。
そうきょうよいお書き。J04.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月13日

出発620 天里恐山 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発620 天里恐山



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/13
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/13
    監修、ほうきき・正        2021/07/13
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロデューサー    カワイ社
【歌詞】正里
見よ 大空に 飛ぶ鳥の姿
恐山の頂に立って見る 始祖世 
飛ぶ鳥のおおらか 夢運ぶ 羽広げ
山に降りてくれば 風が音たて ヒュウヒュ
小肌寒 天里の踏みのあしあと
尊き鳥


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/13
【歌詞解説】
【青森県恐山】
 靑森恐山。天里という。大きな鳥が飛ぶ里。
紫蘇鳥という鳥の歌。3メートル程の大きさで、
足が縄を巻いたような足。

 恐山が噴火した頃で、その後、土がかぶさり、
まだ、柔らかかった土で、踏めば足跡が残る。
大鳥が降りてきて、それが埋もれ、深い足跡。
始祖鳥の鳥の世、始祖世という、天槍のことの
言いのことという。靑森の天里の暦の言い。
天里靑森の暦という。後、今の旧暦という、この
地の暦のこと。絵が描かれた暦とぞ。古い日の
話という。私の故郷、靑森の恐山。

 いたこみやりる、という、いたこの都という。長靴
を履き土の山へ行く。住処が戴きした辺り。少し
歩けば頂、足が深く沈み、両手で長靴をもって
上げる。そうして登る、私のわずか登山。

 鳥を見る日の足跡。恐山冠浜という、わたよ
まのかきやり、という、この文とぞう。また行く恐山
ありるありりせ、ややよ、ふみふむ、るおせ、とぞ。
恐山冠白とぞ、冠浜とも。
 御大叔父御上おられおられ屋、尊きの屋の
お住まいとぞ。京白山のお書きという。恐山京
とぞ、いいたまわる御叔父御上、お教え。
やまず山、ありてす、すする、あさよら、すすす。
すみす。えてるらのおりよん、とぞふ。
 春かしら、山すわれら、白き冠なると。これ、白
き土とぞ言いたまふ。またすよ山お書き、とも。

 土ふみつれ、れれて、れれる、そるす、してしず、
しずつゆ、ありてす。靑森の世、これたる。
【京都発、雫石経由、恐山】
 四等の書き。奈良三輪奈良の靑森という、奈良三
輪のうりすみる、という地という。私の家から、飛行
機自動車で行く、靑森の雫石からの行きとぞ。
行程約500Kmで、40分という。ケー・メータという
今のキロ・メーターである。おり浜のおりはみた、
おりおらる御大叔父御上、ありるありるそつゆつ、
おあそ、すっくつ、おあられる御大叔父御上とぞ。
【始祖鳥、夢を運ぶ鳥】
 この鳥、青い鳥という、灰色で青い色の鳥。
ゆめなめ鳥という、夢を運ぶ鳥という。まだ、
生きている鳥である、後、先生となる鳥の先生
という。大きな鳥である。

この始祖鳥に手を挙げればホーと鳴く。
始祖鳥といっしょに山を下りる。始祖鳥の大きな
足跡の横。私の小さい足跡という。始祖むかれ、
という風を起こして降りてくる鳥である。
【恐山のラーテル】
 この山のラーテル、いきみ獣という。しだれ
・さっぱれのおいき、という。御お爺さんのお教え。
怪我生え替わるという意味のえいきもの、という。
れれてる・うんすて、という。青黒白茶木余という、
順の生えという。これを、ほい、という、毛をほと
いう、れっする、ともいう。これが、毛並みの語源
である。ラーテルけーろく、という。毛録。
ろっくそうのお言いという。れれせの言いとも。
【ラーテルと替え言いの始祖鳥】
 よわてありせら・るてる、ろんせそう、という。
よってすうふく、という冠せら(かんせら)のこいふり、
という。また山のお行きともいう。れれての行きそき、
という。そき獣という。そきてきのおてゆと、という。
これが、手の使いという、手羽の使いのおりそり、と
いう。羽の手を、人の手のように使う、鳥の知恵という。
この知恵のことの言いとぞう。れれるそんそめ、という。
冠せらるうの言葉という。ホーを人の言葉にする、
代表が大砲という。
【天里語、ロシア語を使う】
 大砲のような手という。手のうて、という。手を
あかるひび、という。目の手という。るるせらあの
言いという。めみそよのあて、という、手のことと
いう。ロシア語で、ペブという、パブともいう。
パブロワの手という。ぱぶっせるらあくうのお言い
という。パブッセラーともいう。ラミットス論語と
いう、ロシア語のことである。天里の言葉がロシア語
である、他の地の天里とも。

 いこゆきの言葉である。めめてのるいるい、と
いう。めすゆすおりろんて、という。またのの山の
お言いという。これを、吉田すっくせい、という。
吉田のろしるたわふれ、という。後、たわの言いと
いう。ロシア語を、たろれ語という。メトセンセバー
の言葉という。れれすろんてそ、という、かるれの
おろしあ国という。これが、ロシアのことの言いと
いう。赤の広場の屋の言いである、これを、ロシア
冠語という。後とぞふ、ニコッスキー、という、
アンドロトロフという、ニコライらってのお言い
という。東京のコニライ堂の言いという。
【ニコライのキリスト】
 このキリストを、ニコライという。ロシアの
キリストという。ニコライこうきき、という、
ロシア語である。この『きき』が、『口をきく』
の、『きく』という言いである。同時に、菊の花
の意でもある。ニコライ菊という、ロシア菊という。
ロシアの赤の広場の話という。赤坂らんてす、とも
いう。赤坂の御所の冠語である。ロシア語の話と
いう。

 後、レーニン・トックソーという、とくれくのお
言いとぞそ、ロシア語である。また行くレニングラ
ードという、レーニンの地という。レーニン廟のお
書きという。ロシアらんとめい、これなる。るるせ
るのお書きという。
【大学等】
 東京大学の私の卒業論文とぞそ、若い人である。
俺の京大行の、おろれる、という。おろっせる論
という。めめてろんてすのあゆとよ、という。
この『あゆ』が、鮎幟の『鮎』である、今の鯉幟
という、京大鮎より、という、幟を『より』という、
京大の冠語である。京大職ほうとくれく、という。
京大の職員という意とぞそ。

 青森大学の山のお絵という、靑森伊立の地の大学
という、若い人のいる大学という。ここの鳥人学科
のお書きという、ロシア語で書かれている、キリー
ル文字の書という。これと、しだれるの字の書きと
いう。しだっそうきっくす、という。後、奈良三輪大学
のがくもれ、という、奈良三輪大学の字である。

 他に、関西大学、関西学院大学の字という、阪大
こうきき、という、字のことである。
【大浦の天主堂】
 九州のキリスト教の掛かりという、九州大浦の天主堂
という、長崎のあるれんて、という。ニコライ堂で掛かる
キリスト教という、掛かりを、れんて、という。アーイル
スンスウという冠語の、掛かりの言葉である。レンテとも。

 後、キリスト教の掛かりで、脳を説いていく、冠語の
一領域である。
後程。

 私の踏みの足跡。駄作の足跡。

付: 
【始祖鳥】
ゆめなめ鳥という、『ゆめなめ』は、通常語。
始祖の夢浜の言い。
 鳥のことを、冠語で、きられ、という。
きられみっくす、という。これが、始祖鳥のこと
である。ミーイルランデスゥという、みいっての
おいらり、という。めとゆとのみりべぶ、という。
これがパブロワという、おろしそんのてゆっそ、
という。れれての、みゆべる、という。ははれる
山のお絵という。るいってのお言いとぞゆ。
 めれせるおんりる、とぞそ。むむて、という。
これが、始祖鳥のことである、むむて、という。
ミッスレーラルックのお言いという。

そうきょうよいお書き。J13.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月13日

出発564-7 幕府将軍 :イカスミ柳

出発564-7 幕府将軍 :イカスミ柳
腹を横に書く。 
【曲名】 出発564 幕府将軍
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/04
【トランプ・キッド】
 ニューヨークにおられる御叔父御叔母である。
自由の女神という、安全航海の話である。
トランプ・キッドという、証明のことをキッドという、
ニューヨーク冠話である。類人猿証明書である。
Wish long wordsという、キッド・ランゲージと
いう。人を、ヒューという冠語である。
イギリスのニューヨークもそうである。
類人猿という、原人である、冠語である。類人と
いう、これを、ルイ・ビトンという、るいびとのことで
ある、これを、ビトンという、イオンのことという。
ビトン・レオンのイオン語という、浪花屋という場の
言いという、冠語の言いである。シューズ・ロングと
いう、靴冠語という。

 ドイツ、アイゼンナッハの文山の行きという。
一緒に行ったことという。古い話である。

 古い日のマダガスカルの島のことの記とそ。
【李王朝冠話】
(())内は、挿入句である。長い文を挿入する
大邱入れという、ウーイル・サンシンという、朝鮮三味の
言葉の解説という。(())内の文章である。三津。
ウいれという。リンハンランルラーの朝鮮三味線で
ある、李王三味という、ウーイル・リンシンという、
李王朝の冠話である。
リンサンセンシンハン・ルックスという、れれんての
言いとぞそ。あったく精霊の言葉という、朝鮮語
のことである。安宅語という、朝鮮語である。
(())内が、朝鮮語の造りである。大屯邸ラックと
いう、李王の住まう場の言葉とぞそ。
すもも屋敷という。若い人の住まった屋という。
上記査証は、朝鮮の査証ともいう、ニューヨーク渡し
という。ニューヨーク発行の朝鮮通過であることの
証明とも。一時滞在という、今のことである。
ヘッギヨン・ループの通過という。レロンテスという、
原人の証明のことという。原人に与えられた査証
でもある。今は、手元にはないと若い人はいう。
駄作家の話という、ない話を書く人である。
【李王朝】
李をこばやしと読む、うえぞのという読みという、
後、うえむら発という、きしかられ、という、大阪府
私市の古山の読みである。これを、レロンという、
私市らっく、という、読みである。王朝を、きさ、
と読む。レロン・バースという、レロンのぱっさりという。
こばやしきざという、きしかられ、ということという。
レロン・バックスである話という、私市の幕府である。
ルオン・ラップの幕府という、ロンドン・モーネララーと
いう、上文のモーが、このモーである。
そうきょうよいお書き。J04.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月14日

出発622 なつかしの日 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発622 なつかしの日
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/14
【飛騨高山】
 飛騨高山、越川の密野という。ラーテル連れの
帆船の之き、という。みれを、夢なみ、という。
大きな川の越川という、大お字意さんおられる
御浜という。大きな浜があった今の高山、中橋の
川である。この浜を、おきいたり、という、越川里(
ことかわり)という、陣屋の西である。

『大お爺さんおられゆ』という言いの高山の冠語
である。ゆみゆみの言いという、飛騨ったた、という
冠語である。

 また行く、飛騨高山という。さんまちの合掌という、
この東の道という、ひだやまり、という古い名という。
 たわしの故郷、高山という。陣屋浦住まい、と
いう、やまれの里という。

 黒い飛騨ゆみの頃という、黒雪の高山という。

 イタチの中ほどのおおきさのイタチである、なかゆ
イタチという。小野浜の浜山という、その沖という。
大きな川であった頃の高山という。ハイランド原人
という、ニポナンの類人猿という若い人のことである。

 ててたまい、という、川をてという和国るり、という。
なかゆイタチという、教理由になるイタチてある。
これがいるイタチである。日本のイタチという。
白い毛並という、中に、赤、青が混ざる。イタチの
いる和国という、地のテンという。テンのイタチという、
テンというイタチの類である。イタチダチ、イタチガケという。
イタチの話という。また見るイタチという。

 高由間の城おいき、である。あと、蝙蝠という、
今日の7月14日を、いたちゆりはら、という、古い飛騨
の暦の言いという、いたち日という。飛騨さんすむの
言いという。

 密野の小野原という、なつかしの里、飛騨とそ。
なつかしの日のおつゆ、という。7月14日を、なつかしの
日という、降る飛騨の暦という。今野太陽暦である。
一般にいう旧暦が、新しい暦である。
今では、古い暦という。太陽暦も同時にあった話という。


 黒い雪が降っていた頃の日本のことという。
イギリス、アーサー王の話がある、飛騨高山、兵庫
篠山、京都の御所という、若い人の住む家のある
町の御所という。アーサー王のおられることという。
デビル・マスクというアーサー王の話という。ふち祭の
頃ともいう。銅像のあった頃である、像のあった頃とも。
王の縁のお交野像も共にあり、中国周公の像という、
スコットランドのヤードというその像という、ジョージ・
ワシントンというアメリカの大統領の像という、黒人の
ネイギリーという像という、アフリカのキンシャサの人の
像という、南アフリカの人の像という、パプア・ニューギニア
の像という、イースター島の像という、世界各地の像とい
う、あった頃の話という。

 皆、ふち祭に出る像である。7月14日の祭という。
これを、しおまま、という。英語で、ソールト・フェスティバ
ルという、ふち祭のことという。中国青島の塩を使う、
小池塩田の潮という、中国青島の小池町の塩という。
古い日の京都の祭である。今日の祭という。今の
祇園祭という。若い人の住む家の近所の祭である。
ふち祭という、古い日の祭である。アーサー王の像が
一番初めに繰り出す祭という。

 高山祭という、ふち祭の京都の高山祭ともいう。
高山の祭の岐阜の祭の同じ日の祭という。古い
高山の祭のことという。この日、京都も高山という。
同じ高山の祭という、兵庫県篠山ともいう。奈良の
丹波市のつまりであるとも。日本各地、皆、自分を
高山という、その日という、祭を高山祭という、古い
和国れるのおまつ、という。青森ゆったそう、という。
東京の江戸そっくせい、という、仙台のとみふみ、と
いう。皆、自分を高山という、7月14日を高山日と
いう。古い頃の話である。コロポックル・マットンという、
祭をマットンという、コロポックル語である。
冠語で、マットセイという、おまつ、という。

 マットン暦の太陽暦という、トロイ論のおこよ、という。
ギリシャの暦という。アラビアの古い暦でもある。
ノジュララという、アラビア、アフリカの暦という、太陽暦で
ある。欧州ののっけめれる、という、代表輪フランス語で
いう、ルイットンの暦という、後、ナポレオンの太陽暦という、
後、フランスは、革命暦という、ナポレオンのこよみである、
ほぼ今の太陽暦である。健康ろっくす、という、ナポレ
オンの革命暦という、7月14日を、モンロメーという、
フランスの言いという。アメリカ独立記念日もこの日前後
である。ゲチカバーグのこよみという、この日を、サマー・
スターションれく、という、サマー・ステーション・カレンダーと
いう、ゲチスバーグの演説のこよみという、独立記念日の
暦である。

 この暦を 、サマータッツ、という日本官語の言いという。
後のサマーホリデーのことである。祭をホリデーという日の
祭とぞそ。全世界の7月14日を、ワールド・ワッション・デ
ーという、これが世界の日という、第一次連する、という、
後、世界の連盟という、国際連盟の後のことという。
祭より出た国際連盟 という。
フェスティバル・ラッション・ブックという、アーサー
王のお言葉という。日本のにせ能能の伝えである。

 夏の暑い日を、天干日という、暑月という、暑月天
干日という、革命暦の使いをする京都の御所という。
東京の江戸城の暦ともいう。皇居の言いという、7月を、
暑月という、暑い夏を、暑夏という、これを、しょしょ、
という、夏をしょという、全御所の言いという、冠語の
言いという。

 漢文『処々聞啼鳥』、『啼鳥』は大きな鳥である。
恐竜という話である。

読者注:
処々抜けている、文ダフリ、ていちように読むことという。
『処々聞啼鳥』、『しょしょ、ていちょうを、聞く』
庭朝お菊の物語という。菊鳥の話という、むくどりの
ことである。所々の菊という。啼鳥は大きい鳥のこと。

駄作者言:重ね重ねの丁重書き。お菊さん数え皿ぬけ、の
     お書き。あつい日、しょきぬけ。

そうきょうよいお書き。J14.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月14日

出発564-8 幕府将軍 :イカスミ柳

腹を横に書く。 
【曲名】 出発564 幕府将軍
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/04
 ワシントン、ニューヨーク、英ニューヨークとも、平壌
のみつがかりのことの連結という、これを、サンシンハン
レンソンという、朝鮮の三味線のあわせの音楽曲の
李王朝の曲楽という。リーイル・サンシン・ハップスと
いう、こばやし・こかひび、という、三ヶ日人の現れ
という、原人のことである。小早という、こばやし、と
いう。曲の囃子であることという。ウッドという英語
という。囃子の意の英語で、後、音楽の場の言い
ともいう。ウッド・ストックという、言いである。小早志
という、しょうそうし、こはぜり、という、昔の音楽の
場である。原始劇場という、げんため、という。
【曲学阿世】
曲学阿世の言いともいう。小早らっくそっくの言い
ともいう。主に弦楽器である曲とそ、曲学阿世と
いう弦楽器の曲である、この名の曲もある。
古い日の、還城楽という舞楽の雅楽という、
曲学 阿世という楽曲名である。
【アリラン】
 これの朝鮮流れという、アリランの歌という、
還城楽発である、その流れである。古い日の、
朝鮮宮という、穂浦の御所の頃とぞそ。京都
水浸かりの頃の曲とぞ、還城水という、水漬き
のことの日の城のことという。後、堀をいう、ホリ
ゲンという城の堀のことというる入水陥落と
いう、水にうもれた城のことという。アリラン話という。
【人間証明】
 ニューヨーク・サーテイー・ライク・ペッパーという、
緑紙の査証という。京都らいはる、ともいう。昔の
人間証明という、ニューヨークも気軽に発行して
くれる話という。原人の話である、若い人のこと
という。サーティファイ・ルーレットという、査証のこと
である。ニューヨーク冠話である。
『二足歩行』が、ペブソルのペンタゴンの言いで、
兵士訓練の用語とぞ。

ルーレットの番付の国という、ニューヨーク島の
ことという。ニューヨーク島で作られたルーレットという。
ルーレットが地球である見立てという、その番号が
地球の場所という、五稜郭が番号をいう、ニュー
ヨーク島の弔いである、キュウバンという、Qコードと
いう、番号のことである。
ロシアン・ルーレットもある話という。後程。

そうきょうよいお書き。J04.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月15日

出発630 天里の戸 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発630 天里の戸



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/13
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/13
    監修、ほうきき・正        2021/07/13
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
Acid ソースネクスト社
【歌詞】正里
春暖かな日 イタチが駆け上がる
ゴツゴツした岩山 白い道 鷲の始祖
高い岩山にとまり辺りを見てる
コワッと鳴いて いたちと私に挨拶
天里に煙上がる 噴き出す頂は
赤い炎


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/13
【歌詞解説】

そうきょうよいお書き。J13.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』

2021年07月15日

出発612 毛の色 :イカスミ柳

出発612 毛の色 :イカスミ柳
腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
【曲名】 出発612 毛の色
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/13
【歌詞解説】
http://akinokori.sblo.jp/article/188837434.html
の続き。
【色の話】
 青黒白、茶木余(アオグロシロ、チャキヨ)
後、城。
 髪の毛の順番である。
この城、ブロンという。今の西洋人のブロンドのような、
黄ぶろんど、という、後、金色ブロンという。これを、
黄金城色という。城いブロンドという。ブロンドが、
このままの英語である。
青黒白という、壁の色である。初期の白の壁色、
今の村上城の奥の、村上奥津城という。この城の
壁の色である。
【新潟村上城奥津城】
 この奥津城、今の、きもはむ、という。初期の蚕で
ある。この蚕、大きさ、よんじゅう、という。恐竜の蚕
である。これが、日本養蚕の枢要である。
 青黒白という城の壁である。この『白』を城という。
はくはくのしろるり、という。これが、奥津城の村上由
間(むらかみゆま)という。初期の村上奥津城である。
【火山岩の城】
 天里奈良三輪のほんはま、という、これが、火山
岩の城である。ロブという、炉井春(ろいはる)という。
エモヨンともいう、テルレともいう。火山岩の城である。





木-木肌、木が人体に、動物の体(動体)に映る。
余-赤

【パンダ】
一週間のお名前ですよ、という。色の一週間という。
これが、パンダのそうろう部という体の名前という。
人の名前でもある。このパンダ、今のパンダである。
大きさも色もそうである。茶色と黒のパンダという。
目の周りの模様という、出たり、周りの色になったり
とぞ。周りの色と一緒になり、全身が一色になる。
これを、一色獣という。
【京の壬生】
 壬生ゆんよわ状という、古い京壬生のもありふ
らみ、という。えってせ、という。ろりふり、という。
みゆらんてすの、言い状という。これが、京の壬生
坊城の城の造りである。上の、青黒白茶木余と
いう、城の造りともいう。この『壬生』、あうすんすら
あ、という。青槍(あおやり)という。せいそうの城矢
倉という。七色の青しず、という。この『しず』、
えてゆた、という。れれそのとんはむ、という。
この『とん』、みの、という。城をみのという言いの
城という、壬生の坊城白(ぼうじょうしろ)という。
これが、しろしろのじょうはく、という。壬生ゆられ、
という言葉のことである。これを、むらかみ(村上)と
いう、村上の白浜という。
【京の村上】
 この坊城の城の浜という。これが、はまぐりの、
くりえぎ、という。くりおぎのそいはま、という。
れれてそんすう、という。レッスン・パールレーと
いう、れよろるの-いとっそ、という。アルセッフラー
という。めめてのおんそむ、という。これが、きよらるの
-おいとい、という。これりろの-くゆっそず、という。
れっつれるの-おっとそう、という。

 これが、言葉の城という。城っすず、という。レッ
スン・パールレーの意味である、言いともいう。
あにょんはっくれくのお言いという。古くの壬生の冠
語である。
【坊城】
 eZd(4tyk 呼びの壬生の色城という、この城が
坊城である。この坊城のラテという、ラミテスという。
ろんくべ、という、城のあまさみ、という。これを、
れろ春、れろはる、という。春の城という。これが、
四季の出の城という、坊城である。四季という、
天然と日月である。今、という、今の山の言い
という。これが、『うるわしき天然』という、美天城
という、美天状ともいう。城状のおいたり、という。
いたりる・れんてそ、という、ららんせのおいとり、
という、これを、めってば、という。『年いった』という
言いが、この城の言いの元という、この城の言い
である。
【ノイローゼ】
 これを、のいそみ、という、言いのことである。
これの延伸という、ノイロンという、後、ノイロルー
という、後、ノイローゼという。ノイローゼという
話という。

 『野、入ろうぜ』という、野に行く若い人の言葉
という。この『野』、あとゆの、ちという。野のあとの
言葉ある。野(しゅ)とぞ。言葉の造りの元とぞ、
種(たね)という。種(たね)の糸の様という。
サーレルレンゾワーという、ろるろのおとひり、という。
これを、小野(おの)という、後、尾野(おの)という。
どちおちのおとすと、という。

 どち野の野という、おち野の野という、これが、
坊城の城のある野とぞ。今の京都の城の坊城
という。坊城通りという、四条通りという、この
当時の場という、ここの城の場所である、坊城
の場所という、めめそらき、という。
【井上城】
 城のめめその場という。ここを、いのふまれき、と
いう。いのふの城という、いのえ城ともいう。いのうえ、
という。いのえの城のお書きという、言いという。
【あきらかず、昭和】
 ここを、昭和という、昭和城白(しょうわじょうはく)
という。あきらかずふれ、という。昭和という、あきら
かずの城という。ここを、正則(しょうそく、せいそく)と
いう。坊城を、昭和レンテスという。しょそんらっく、と
いう。

 『そこの昭和、言うてみぃ』という、典範職の言い
である。この『典範職』、おりさるはら、という、
はるとも、という、はるれのいっそみす、という。
この『みす』、御簾の語源である。御簾が壬生の
忘じようで作られた話という。典範職の職人用語
である、『言うてみぃ』という。
【かうの話】
 恐竜をかうという、典範職の話である。『かう』と
いう、恐竜のことである。これが、明治の頃の坊城
である。家老書きという、村上城の家老ともいう。
この『村上』、京の村上という。京野城、京乃城
(どちらも、きょうのじょう、きょうのしろ、という読みとも
、後、きようやじょう、ともいう、御兄御上御教え)と
いう。
【二城城】
 二つの城の話という、きょうのしろ、という。京野城
と京乃城という。二城の城という。にじょうしろ、
にじょうじょう、という。二城城。これを、はくせま、と
いう。当時の京の壬生野言葉という、アーロルレン
レイという。こを、昭和の言いという。れれてのるい
そる、という。るいふら、ともいう。あまっせるっかす、
という、京の城の村上の城という。
【ロシア語の出来】
 この時の奈良の天里という、そのゆらふら、という
冠語の言い表しの地名である。この地名の言いを
、ゆいふす、という。これを、ロリオンという、ロッソと
いう、ロミトスという、ロバン、という、るろはるれる、
という。これが、ロシア振りという。ロシアの言葉に
振る言葉という。ロシア語の初期の言葉である。

 この書き、当時のお書きという。世界の城の書き
の一つである。ウラジオストクという、その城の書き
という。おまんの花夢という、はなゆめ、かむ、と
いう。かむせらるう、という、はなゆめまき、という。
これを、ろるおる、という。後、『ろる』を、ロールと
いう。織物のことともいう。

 この時の篠山の城という。兵庫色という。
青黒白の茶木余とぞそ。この『篠山』、靑森の
恐山である。恐山のいたこの言いにある、『ちゃ
きよ』という。これが、めんときの言い、という。
るばんせ、という、るばんす、という、るばんせらあ、
という。るすれるという、日邦(にっぽう)の冠語という。
エルロンクソという、ルックスという、るくれくのお言い
とぞそ。
【二城城】
 二城城、にじょうじょう、にじょうしろ、にしろしろ、
にしろじょう、ふたしろぎ、・・・・・、と読む。
にぎじそ、という読みの古い読みとも。にっそそ、
という読みとも。みぬたみ、という読みとも。
みそるらあ、という読みとぞ。これが、だっそれらる、
という、めとよとの言いという。二城城お書き、という。

そうきょうよいお書き。J13.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 
 7/16,17 休  

2021年07月18日

出発640 ジョージ5世戴冠式:イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発640 ジョージ5世戴冠式



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/18
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/18
    監修、ほうきき・正        2021/07/18
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
戴冠の日の式は華やかさの人と馬 馬が曳く
馬車の色 白と黄色 機械馬 穂を下げ
立ち見る 遠い国から訪ね来られたる
グリズベンのお方の姿 東夷方の我が国は
明治の御代 古い頃

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
 先導、前に、大お爺さん、大叔父御上、御馬車行かれ、
大お爺さん、お歩き、お乗り、角手前、大お爺さんお降り
られ。
 次、ジョージ5世のお車。その次、ジョージ6世、御馬車
、御顔出され、手を上げられ。
次に、ご家族方々の御馬車続き、明治の御代のこと、古い頃。
この頃を古い頃という。御戴冠の式の行進。
 日本でもされたという、戴冠の義という。

 ジョージ5世の御写真、若い人の家に掲げられていたことと
いう。大お爺さんお飾り。古い御代のことである。
場所は、若い人の住むぎょもである。後の、御所である。
この頃、イギリス人、外国の人が住んでおられたのである。
車輪は、鉄車輪のゴムである。

 若い人家、御親族、大お爺さん大お婆さん、お爺さん
お婆さん方々、その次、イギリスの人達の御馬車。歩い
ておられる方もおられた。王京という頃のこと。
オートメーの町という、後、八坂国という、機械の国
である。ジョージ5世の御方の話という。
オートメーションロックという、明治卿の話という。
この日、明治の日とそぞ。

 戴冠の車、ジョージ5世の戴冠である。
旧暦、今日の日である。
旧暦の5月である日に、7月にした話という。
おっけらまゆみ、という。この行進の絵のことという。
御描である。
 若い人は立って見ていた人である。

 この戴冠を、ミットの戴冠という。めるれるという
、ひびすての御戴冠という。女王のおやかめき、という。
れれせのおちゆち、という。これを、たいせま、という。
隊列のくの意という、隊列の組をいう。
 ジョージ5世の御先頭という。先頭先導をとる、女王
という、ジョー王という。ジョージ5世の御方のいいという。
ジョー王という。女王と書く、話という。戴冠の義の意と
いう。じょみすて、という話という。ジョージ5世の王の
御方のいいという。ジョー王というジョージ5世である。
ともゆものりいそみそ、という。この日の京を王京という。
ジョージ5世の戴冠日の話である。またやたのお話という。
コッパー・フィールド・ロングという、話である。
この日の京都を、コッパーという。日英という日の改革と
いう。ジョージ5世の戴冠のことをいう。冠を戴く話のこと
という。冠をたたえる話である。帽子のことである。
ジョー王のお話という。6世の御方と一緒に聞かせて
いただいた話という。

 失礼なきありれらあるお書きという。失礼なきよう、
書きあげあげらく、ろろすことゆと、めいたるやますよ、
とそぞ。御戴冠の日のお書きという。
『戴冠のぎかれ』と、お言いありたる。
 
 そうきょう、よい時です。  J18.
 

2021年07月19日

出発650 O'George VI (six oclock) :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発650 O'GeorgeVI(six oclock)





    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/18
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/18
    監修、ほうきき・正        2021/07/18
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
ACID ソースネクスト社
【歌詞】
時は夏すぎ はなかゆる ふなゆかる
あゆしんふる 空にさえずる虫の音
うなこわきふれ はなしそしぐず 
ははらるふなべ ぼよかんふぁるに 
すちやすはづる けみゆ あゆさず
ふかれふゆる おりはり

Time is morning. Glasses have dew.
Tree decoration in May are beautiful,
Fish's flying in the sky. How beauty.
Mist mast wears white cloth. At bow
a flower stand up. The sun will rise up
high soon. Six o'clock all start.
In the house O'he is living.
I'm happy, o'he's singing this song
at last night. Birds now sing this.


I would not understand English.
Translated by Google.
Difficult English, very difficult.

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/18
鮎幟のない頃の歌。

そうきょうよいお書き。J13.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 7/20.21 休  

2021年07月22日

DE660 戴冠講義 O'George V, The lecture after coronation




御題『人の心』 O'title " The Human Mind"
"O'lecture after Coronation of O'George V, On Human Mind"
O'He would put on O'His body with black and blue colour, Japanese
kimono. O'He would give the lecture on "Human Mind" to many person
in general house after the coronation.
The lecture succeeded for several days.
O'His olden past was spoken in this lecture.
Kakeziku paint, 鳴尾山 Naruoyama, mount.

I would understand English a little.
I would hope that there is not rudeness in blog.
English, difficult, however.

出発660 戴冠講義 :イカスミ柳
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音楽
【曲名】 出発660 戴冠講義 O'George V, The lecture after coronation






    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/22
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/22
    監修、ほうきき・正        2021/07/22
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
夕方6時は御講義が始まる 
五世の講義 日本の民家の奥座敷の
掛け軸の間 座布団上に座られての
着物姿 たくさん人が身を質し聞いておられ
日本語と英語混じり 尊くも
戴冠後講義の夜
語と英語混じり

Six o'clock at evening, O'lecture would start
in okuzasiki It's after coronation. Japanese
kimono O'He wears colour black and blue.
Japanese style sit on zabuton mat. Kakeziku
paint, on the wall of O'His back.
O'He starts speech by English, Japanese,
in front of O'Him thers's book desk.
The noblest appearence, O'He would O'be.
The stars are shining.


【今常】
そうきょうよい時です。
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 7/23 休
 

2021年07月24日

出発670 contents 内容:イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発670 contents





    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/23
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/23
    監修、ほうきき・正        2021/07/23
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロデューサー   カワイ社 
【歌詞】正里
厳かな講義聴き 大事な人と巡り会う
五世陛下のお口
『人の世に生まれて尊きをめでる』
教えありて人生 遠くの国より
お越し来られた時の戴冠の記念事
講義 心奥

Hearing lecture earn, vivid Face,
O'He would be right. Kimono dress
is sprendid, O'five, O'George,
O'His words are,
"Hitono yoni umarete tohtokio mederu"
in Japanese in the lecture long.
O'He's come from very far.
"O'welcome", people of small virage
joy coronation.
Ongo, here is former Gosyo.


**
lecture long, "long" is hat word.
The meaning is "word", "language", "long".
"Hitono yoni umarete tohtokio mederu"
are Japanese.
Meanings are, "You would be born in the
human society, this is sacred, noble, precious.
You would joy this accident."
Gosyo is Palace.

Attention:
I would understand English a little.
It's very difficult for me to understand English.
Difficult, English.

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/23
【歌詞解説】

そうきょうよいお書き。J24.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月25日

少し休みます、予定。

4、5日 お休を頂きます。

 ●アメリカ、ウェディング島(ブライダル島)。アメリカ、
ニューヨーク島のことで、この島があった頃のこと、
この島で、結婚式をあげた人達がおられる、イギリス人、
また、現アメリカ・ニューヨーク市にもおられる。
 ●アメリカ、カンサス、アメリカン・ドリームのこと。
カンサス大学獣医学、現ニューヨークの町の番号振り、
カンサス・ナンバーリングのこと。カンサスの地名の
日本語のような地名。
 ●インド、デカン高原の東インド会社、ジョージ
五世インド戴冠式、インドの鉄鋼、サージカル・
スプーン船、匙の格好の船のこと。
 ●兵庫県篠山、篠山城、百メーターの塔、淡路島の塔、
  南アメリカ・ホーン岬の塔、アフリカ喜望峰の塔。
 ●ギリシャ、パルテノン神殿、クノッソスのこと、
  ベルギー大国、ロシア関連、トルコ、中国ウイグル
  アフリカ、ゴンドワナのこと。アラビア半島国のこと

 後、これらのことを書きたく思っております。
少し、休みます。 秋残り敬白。
 7/26.27 休
 

2021年07月28日

出発680 桜の家 :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発680 桜の家



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/28
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/28
    監修、ほうきき・正        2021/07/28
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
ネクタイに灯ともり 揺られ顔花木
桜の家から見たる顔揺れる
大きな顔 浮世を渡る 江戸の城
眺める外国の絵は広間 にぎやかな
宴会のはまれず またの浜 いよはなるる


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/28
【歌詞解説】
 空に浮かぶ顔、伊予花のまな。
ハード・ボイルド
 車から降り立った。後ろから御婦人がついて
おりてきた。自動車の俺の横にのっていた 御婦
人である。ここで、俺はこの婦人と同居する、同棲
ともいう。一緒に住むのである。玄関から、空を見
れば大きな顔が上がっている。伊予花のまな、と
いう。江戸の城である。

 かたよまれ、という、もう一つの顔という。
下にでる顔という。桜の家のはますれ、という。
二つの顔という。よよたるふもすみ、という。
これを、薨去という、後、皇居という。
唐の山の意という。これを、唐意という。
御関書東夷伝という。上野山の哀れという。

 東京上野の西郷せまれ、という。これを、
東京ララバイという。東京ハックレーと
いう。おっちんつく、という、おちんつくの
家の絵という。桜の家のことである。

そうきょうよいお書き。J28.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月29日

出発690 桜の家 :イカスミ柳

出発690 桜の家 :イカスミ柳
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音楽
【曲名】 出発690 桜の家



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/28
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/28
    監修、ほうきき・正        2021/07/28
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
顔は見てる 桜の家の玄関
しめてるネクタイは ピカピカと光って
東京の大空 京もともに生きていく
顔大きな顔 誰もが見てる 
空を謳歌 いとやりの花


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/28
【歌詞解説】
そうきょうよいお書き。J28.
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
 

2021年07月30日

DE692 枚方降雪

 枚方降雪の岡本語という。
関西大阪の枚方のことという。この枚方の岡沢という、
岡様の岡という、岡の様をいう。ここを、らげそ、
という。らて、ともいう。らむすてのえてゆた、と
いう。人を、あため、という。

 『あためて、そりふり』という、これが、岡様の
言いの枚方ゆま浜という、えてゆたの言いの、ゆかれか、
という。おりゆりの浜という。

『私の御兄』という、御兄がおられるという、岡の兄
という。おかれの御兄という、この御兄のいそめが、
仁徳という、仁徳のこりきく、という。仁徳のおいそい、
という。古い京都の墓町という、
この墓町のことの言いの、仁徳言いという。

 京を、げらぞ、という、仁徳の言いの、枚弓(ひら
ゆみ)という。枚弓(ひらゆみ)が、タッポーの言いを
いう。人を、ターという、ターシバーという。
仁徳の古い頃の言いである。京都墓町の言葉という。

 この墓町の頃、枚方野町のことを、タットン・
レットンという。『タットンせ』という、タットン町
という。たよぜる山の言いという。

 『タットンへ行く』という、『タットン、ファーゼ』と
いう、たよっその言いのことゆと、という。これを仁徳と
いう。古い古い私の言葉という。

 『タットン、ファーベ』という、かめっせの言いの
ことの野の行きの、ゆみゆり、という。枚方野へ行く、
たよっそ、れんてす、という。れてれてのおいそい、
という。

 これが、今の枚方の宮を、タレステという、また、
タレッスという。ターレス・ロックスという。古い
古い枚方の宮である。私の山のお言いという。

『トンチュラレッテ、おっそひく、つみるり』という、
つみってぱあせいの、ぱいそり、という。これを、交野
闇という。闇語のことのおいそみ、という。

 交野闇という、枚方の言葉である。枚方野言葉という。
仁徳の言葉という。仁徳の御兄という、私の御兄という、
私が御兄、御兄という人がおられる、私の御兄の仁徳で
ある。この御兄を訪ねる、ひみとき、という。

 これが、枚方の夏という、岡本語のしゃべりの御兄と
いう。岡本の口調という、仁徳の口調である。あるっせ、
という口調である。丘山の言いという、『もう一度あます』
という、岡本の言いのくらせりという、くらくらの言いと
ぞう。仁徳能能の岡の言いである。広く世を、とせ、という。
渡世の言葉という、仁徳の言葉である。

『やりかって、みそつけて』という、みそくさい言いという。
仁徳の言いの言葉という。また行く、ひらゆま浜の言いという。
はまってそっけ、という。浜世羅の言いという。これを、岡浜
という。岡の浜の言いの、てらっさせ、という、てらっせそっく
の・りろんそ、という。仁徳をめでる、枚方という。
枚方菊人形が、その一つという。仁徳菊の造りの町という。
菊の香の町という、これを、はっせら、という、菊を、
はっせら、という。はせ菊という。はっせらつれふれ、という、
仁徳の菊の言いである。

 仁徳を、ゆ、という、堺、岸和田という、岸輪という、この
掛かりの、遠い、靑森の伊立という、靑森の掛かりという。
秋田のいとすみ、ともいう。秋田山のある場の言いという。
古い、いろるり、という。秋田おばこ、という。
船が掛かる、和歌山の、大美島渡りの、和歌山市である。
砲台島への掛かりという。

 ここが、ラーテルを、いとめ、という。いとめ獣という。
大きなラーテルの飼ういという。ラーテルを飼う町という、
恐竜の飼いという。ラーテル原人という、仁徳の古仁徳で
ある。こにおに、という。ラーテルのことである。

 ラーテルを連れて行く、砲台友が島という。高さ7メートル
のラーテルである。ごっつい人という、この人を、仁という。
この日本である。晴仁(はるひと)という、ラーテルのことと
いう。平背獣の、いたちよめ、という。

 これが、東京の大きな顔の設計である。ラーテルめでるれ、
という。東京の空の大きな顔という。ひらおの晴ゆら、という。
ひらせらのお言いという。ネクタイが輝く顔という。ラーテル
原人でもある。あの顔である。あの顔も御兄という、若い人で
ある。

 また行く東京の宮という、皇居のことである。ラーテル原人
の詰め所という、ひらゆらのお言いという。御兄おられる
宮ゆみのおそめる、という。岡本夏生という、ラーテルの名で
ある、晴仁ともいう。恐竜である。シーザーもいる頃である。
 
 岡本名雪、岡本名之という、ラーテル原人という、岡本の
県の名元の人である、御兄上という、仁徳能能である。
懿徳のはなゆり、ともいう。懿徳能能の話という。
岡山蘭当の菊という。岡山県の名元である。
 

2021年07月31日

出発700 横大路 :イカスミ柳

出発700 横大路 :イカスミ柳
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音楽
【曲名】 出発700 横大路



    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2021/07/31
    造詞、冴柳小夜・正     2021/07/31
    監修、ほうきき・正        2021/07/31
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
夏は朝 起きて城跡を巡れば
今は宮の祭ある 上淀宮住まい
清々し気に満ち 石垣思う 船出した
時思い淀川下り 観月里 月かかる
木合い 木あわず 納所くれ(のうぞくれ)


【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/07/31
【歌詞解説】
 木合い木あわずの中山所という。京都淀の城
という。淀城の住まう頃という、中山所という、城の
中の一部所である。
 淀城の造りの木あわず、という。淀城の天守閣で
ある、木あわず、という、天守閣のことである。
【中山所】
 中山所の御叔母という、ありるありせら、ててする
おちゆち、とぞも。私の住まう頃という、ここより、ひら
ふりうらへ行く、船の旅という、今の枚方である。

 淀城から船を出す、枚方橋墨という、すみむみの
お行きという。淀城下りである。泓(ふけ)へ行く日と
いう。中山所の御叔母という、中山の御叔母という、
私の古い古い御叔母という。淀城の住まいという。

 また行く、淀のおみふみ、という。淀城の場のおり
るら、という。古い京の言葉の残しという。
淀のうぞる、という。のうぞ(納所)がそうである。
淀の地名である。この辺りを横大路という。
中山所という、なかみ山の言いという。御兄おられる
をいう、御兄とご一緒という、江戸の城という、淀の
城のことである。

 ここでのことという。また会う、木あわずの城のこと
の、木があわない、という。これが、淀野城の言葉
である。

 淀君の話という。また会う話という。淀君の花之
(はないき)という、鬼の会いという。『木があわず』で
会う、鬼の会いという。淀の鬼のお書きという。

そうきょうよいお書き。J31.
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『天照大神、そうきょう、よいよい』