2011年08月03日 白夏の送り(しら夏送り) すさ山の世
白夏の送り(しら夏送り) すさ山の世
世を寄るという。世の穂をとめる、くるという。せわら、こぜをとめるかてという。
おりよの顔という。うるゆ、かれよ、かすれ、かみゆ、かかをとめるとと、という。
われよるふふという。けさの顔のとと、という。かれし世々という。
うるゆ、ささ、取る毛々という。よっとの山という。よっか世という。
よるひ という。山世のうわという。れれをくせるくくという。かおらめのゆらという。
ことの矢、おりてふふる、せたという。せせよ、くるふ、くく、山の世という。
せらのくくという。せしゅてらという。せわら、すすむ、てをくる、という。
この世のふめを手という。ふふて山という。うらの矢という。やせを取る
くるという。くせの穂をとれるかかという。つれる山という。山をこする手という。
せせを取る山の手をみという。みの世という。みせのたたという。
みわれ、こす、くくという。くれを取るつるの絵、くれーという。
くれーのくせ、くくる山の送りという。山をしという。山田(やまた)の世という。
たたる毛々という。うるゆ、ゆめ、おとをおれと、ひさと、ふると、ふりと、ゆと言う。
毛々をとめという。毛やらくくという。山の送りをくくという。山くともいう。山れの闇という。
闇をやたという。山の音(おん)という。山世の秋、この日と、この世と、歌う絵という。
山送りの歌という。山に行くという。お山という。死を見る顔という。山の矢という、やせをいう。
するふる手の世という。せっかれれという。れれの世の書きという。れれ歩く、つると、雲行くてという。
竿の山、せせるくすという。くすの譜、やるという。やる絵という。山という。大和という、言葉の出来
という。えとなという。えとの波の世の毛という。えと波ともいう。この世の波という。
大和波という。ひとをとるくくという。大和波を越ゆる山という。死者を送るたりという。
たり世という。たりせ、たつ譜々(ふふ)という。たつ世のたおをたとという。たおるかやという。
傘をともぬかけという。これをなつという。夏を行く山の雲という。
夏の絵という。夏のかかという。夏の送りという。人の世という。夏を送り、死者をたつる
ここという。ここな世という。ここな世の、こぬ世という。世々という。死者の行く世のことをいう。
死はともぬ、ともる、そそという。そ山という。その世という。そのを取る死という。言葉という。
あだしという。あだし野という。あだれという。あだれ野という。この世の絵という。
その絵とえとという。えとという、過去という。えとの波という。死者の矢という。この矢の山という。
すっくという。すっくるくくという。すっくるすすがきという。進みゆく山という。この山を手という。
せたという。せみをとめ、せせを取るかかという。かかれ世という。
かしぐぅ日々という。日々のくくという。くくるゆみという。のとを取るくれという。のとぐれという。
えわら山という。おわるくくと、ややと、山という。やたの山という。矢音(やおと)山という。
死の絵という。くれーるぅ槍という。くらるる八尾(やお)ともいう。くれーるぅかかという。これをれれという。
れれるおこという。わらのことをいう。ややともいう。やや送りという。夏偲ぶややという。
かなよの山という。かなよええという。このえの山、おりを取るたたおという。たたや、ありてありそめて、ありそむゆゆという。
あられ世の譜、かれをかく山という。こそよありて、あり花、雨世(あめよ)たおるくれという。
くくる山という。くっくる山のお書きという。かなよの金矢(かなや)という。傘という、山のことをいう。
ややよよという。世々の送りという。ややよよはは、という。わわという。わわれ、あめる、くるやわと、という。
せせよ、ておする、ややという。金世(かなよ)という。金夜(かなよ)のかかれ節という。わらという、
わっしょんという。わってるくく、という。わっしょんくくれともいう。わってるわっかという。これの世の譜、ありて穂という。
ありゆ、けける、くっする世がきという。かかを取るかせという。かせ所(書)という。かかやみのえらという。
かかれかかという。かかる冬を夏という。なまよの矢という。なまれ穂という。穂がきという。ほほという。手々をいう。ややの手という。
やかるくすという。やからみという。やっくれる花という。やっそがきという。
白夏をするすさなつという。すさなつという、書きの書という。すさなつがきという。冬をつるつらという。
すさを見るやこという。やこの山、おりておる花世という。てから山という。たから闇という。てから立つ人の姿をいう。
手を立てて赤子という姿という。この赤を取る、宝闇という。死者を赤という。ておの闇という。手々世という。
赤子の手をいう。あかやという、さたという。さた世という。死者の行方という。行方知る人ちという。くものことをいう。
くもる山ともいう。くもれひという。くもれびという。かかやまの御世(およ)という。かっくるけっふぁという。かっくるゆぅという。
かくる八尾(やお)という意味という。かっくるけっふぁかっかあという。かっくるれる顔という。かっくるしょほという。これを
死者の歩みという。初歩の意味という。
かっくるゆ、けけより、かかるくるく、くっせるくくれという。
くく山の絵という。花歩みという。花歩きともいう。すさ夏のおこるという。すさ夏の山、ありて山の世の譜取りて、ておという。
かか山の譜、これありる、あれめという。ありゆという。ゆの由来である。古語のゆになる。
大和の古い言葉となる。大和世という。事の山のおれがきという。死者をいたわる書という。
いちひろという、我が世の意味となる。ふたひろを世々という。みよの音(おと)という。みよの山ありるここ、という。
ここ山という。おれよ、ふふる、ふれす、すさる、すさという。すさぬ槍という。
今の遣りという謡の音(おと)という。遣りの送りという。すさ送りという。すさ山という。すみの闇という。すみら譜のお書きという。
進む山という。山行きの御絵書き(おえかき)である。一ユ花世書きて送り申す、死者殿、御無礼なき様、おん添えの書、ここを名乗る私のとという。
死者を送る、白夏(しらなつ)書、すさなつという。すさなつがきという。我が世の送り、申し申す、つるつるふれる、ややの御送りとぞ開き申す。
ととれれ、ゆれれ、すゆゆ、ゆゆれゆ、ゆゆれれす、ゆゆゆれれ花、花れれと申しみ申しみ奉る。ゆゆれれの花という。ととよ、ははよ、かつるひとという。
かっつる書き書かきれれ、かきゆ、ゆるふ、ゆるれれ、ゆるひ と。とがきの書、かかれ書、たておつる書。〆。
夏山をすさという。とうさんともいう。尺八のとざんという。山送りの笛という。笛の音(ね)を色という。この世のはねという。笛が消えるような
音をいう。はねという、音の話という。とざんを登山と書く、うちの御爺さんの登山流れという。これを都見(みやこみ)の尺という。尺八のような笛である。
尺山(しゃくやま)の書き、これにておわんぬ。